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仔羊の回帰線

詩と散文のプロムナード :Promenade

◎*ジョルダーノ・ブルーノ:魔術の世紀: ブレヒト ;Ⅰ-2.(*18)

2025年05月14日 09時07分27秒 | *B.ブレヒト散文選より-Goo

  ブレヒトの散文作品には、老子だのローマの将軍ルクルスといった人物が取り上げられていて興味を引く。  --                 その一人に「異端者のマント」ではジョルダーノ・ブルーノがいる。  時代はイタリア・ルネッサンスの時代のこと。:--

 周知のごとく、15-16世紀のルネッサンスは魔術の時代であった。   ルネッサンスの知性は秘部を覗きたいという熱望に満ちあふれていた。 --その魔術のひとつに記憶術があり、他の二大魔術は占星術と錬金術であった。占星術には二つの基本要素があり、それは天の黄道に沿って配置された12の星座、つまり牡羊座、牡牛座から始まって水瓶座、魚座へと巡ってくる星座と、季節の結びつきや、黄道上に巡行する太陽、月と5惑星、つまり、水星、金星、火星、木星、土星の位置関係の二つにより、天空と自然の在り方が説明されたのである。 

    この15-16世紀にかけて一人の人物が出現した。 ---             人物とは先のジョルダーノ・ブルーノで、宇宙と天体について独特の見解を提唱した。つまり物質をごく微細な原子・アトムの集合とみなし、人間から天体までの全ての存在をアトムの集合と離散と考え、生成しては分解し、新たに再生する全過程に宇宙をみたのである。

   この宇宙には空間や時間に限界がなく、無限。だが、そこには秩序があり、しかも、どの存在にも宇宙的な霊魂が宿り、宇宙は躍動する生命の集合であるというのである。だが、預言者ジョルダーノ・ブルーノは早く生まれすぎた。彼の考えの大部分はキリスト教会の見方と真っ向から対立したからである。 */-73*--55*-/**

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◎*魔術の世紀: ブルーノのこと:Ⅰ-4.*

2025年03月30日 10時40分48秒 | *B.ブレヒト散文選より-Goo

ドイツの劇作家、ブレヒトの散文作品に「異端者のマント」がある。          *15-16世紀は魔術の時代でもあった。--- >>             そして、この時期にブルーノが出現するが、彼は宇宙と天体について極めて独特の理解を提唱した。 つまり、物質をごく微細なアトム・原子の集合とみなし、人間から天体までの全ての存在をアトムの離合集散と考え、それが生成し分解し、また新たに再生する全過程に宇宙を見たのである。 --- >>                      そして宇宙には空間や時間に限界がなく、無数であり、しかし、秩序は存在し、しかも どの存在にも共通した宇宙霊魂が宿る、つまり、宇宙は躍動する生命の集合であると云うのである。 -->>>

だが、この魔術の預言者は早く生まれ過ぎたゆえにブルーノの考えはキリスト教会からは理解されず、真っ向から対立する不幸があった.

      *  因みに、ルネッサンス期の三大魔術には、占星術、記憶術、そして錬金術があるが、ルネッサンス期の知性は世界の奥の奥の秘部を解明したい熱望に満ちた時代であったのだ。

   Vgl. /「世界の歴史」16. 中央公論社参照.

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◎*ブレヒト「三文オペラ」:---

2024年10月09日 09時29分45秒 | *B.ブレヒト散文選より-Goo

*「三文オペラ」より

・ベルトルト・ブレヒトの「三文オペラ」は、1928年に初演された風刺的な音楽劇で、社会の矛盾と階級闘争を鋭く描く。>>

主人公はメッキー・メッサー(マック・ザ・ナイフ)で、魅力的な犯罪者で、貧民街のギャングのボス。メッキーは、乞食王ピーチャムの娘ポーリーに一目惚れ、彼女と結婚。ポーリーは父親のビジネスを継ぐことになり、メッキーの不在中には彼の犯罪組織を運営。。。

 ピーチャムは、ロンドンの乞食たちを統率する冷酷な男、「乞食王」として知られ、彼は娘のポーリーがメッキーと結婚したことに激怒、メッキーを破滅させようと企む。ピーチャムの妻シーリアも、夫と共に娘とメッキーを引き離そうとする。....

タイガー・ブラウンはロンドンの警視総監で、メッキーの古い友人。彼はこれまでメッキーの犯罪を見逃してきたが、ピーチャム夫妻の圧力により、メッキーを逮捕する。...

ジェニーはメッキーの元恋人であり娼婦、彼の逮捕に協力。ルーシーはメッキーのもう一人の愛人で、タイガー・ブラウンの娘。彼女はメッキーとポーリーの関係に嫉妬し、二人の間に亀裂を生じさせる。...

ブレヒトの「叙事的演劇」の特徴は観客が物語に感情移入することなく、社会的なメッセージを客観的に考えることを促し、音楽劇の要素も取り入れ、劇中歌「メッキー・メッサーのモリタート」は「マック・ザ・ナイフ」として大ヒット。。。

ブレヒトの「三文オペラ」は、クルト・ヴァイルによる音楽で知られ、1928年に初演。特に有名なのは、劇中歌「メッキー・メッサーのモリタート」で、英語圏では「マック・ザ・ナイフ」として知られ、ジャズスタンダードとしても広く親しまれている。。

ヴァイルの音楽は、ブレヒトの風刺的なテキストと完璧に融合、社会的なメッセージを伝えると同時に、観客に深い感動を与えた。音楽は、古典的なオペラの形式を取り入れつつ、ジャズやキャバレー音楽の要素を含み、当時のヴァイマール共和国の社会的・経済的状況を反映。

「三文オペラ」の音楽は、各幕の最後に「三文フィナーレ」という曲を配置、それぞれ「第1の三文フィナーレ」、「第2の三文フィナーレ」、「第3の三文フィナーレ」と名付けられ、劇のクライマックスを盛り上げる重要な役割を果たしている。。。

・ベルトルト・ブレヒトの異化効果とは、観客が演劇を客観的に見ることを促すための手法で、日常見慣れたものを未知の異様なものに見せることで、観客がドラマの中の出来事に感情移入するなく、批判的な視点から物語を見ることを可能にした。。。

 異化効果は、観客が登場人物や物語に感情同化せず、距離をおいて批判的に観察することを目指している。。

ブレヒトは、この技法を用いることで、観客が社会的な認識を深め、現象の本質や状況の変革を促す過程を含めて考えることができると考えた。たとえば、歌や踊り、プラカード、映像などの視覚的な手段や、俳優が役を離れてその批判を行うことによって、観客は舞台上の出来事に対して感情的に同化することなく、これにより、観客は舞台に対し知的な理解をするよう求められた。

・ブレヒトの「三文オペラ」は、1928年に初演された音楽劇で、クルト・ヴァイルが作曲を手がけ、ジョン・ゲイの「乞食オペラ」に基づいており、ブレヒトと彼のパートナーであるエリザベート・ハウプトマンが英語からドイツ語に翻訳し、ブレヒトが改作したもの。

「三文オペラ」は、貧民街のギャングであるメッキー・メッサー(マック・ザ・ナイフ)を主人公に、乞食王ピーチャムやその娘ポーリー、警視総監タイガー・ブラウンなど、カラフルなキャラクターが登場。

 物語は、メッキーがポーリーと結婚することから始まり、ピーチャムが娘を取り戻そうとする一連の騒動を描き、社会的な矛盾や階級闘争を風刺的に扱い、ブレヒトの「叙事的演劇」の特徴を反映している。。。

「三文オペラ」は、ヴァイマール共和国時代のドイツを背景に、インフレーション、失業、社会的不平等などの問題を描き、観客が物語に感情移入することなく、批判的な視点で物語を見るよう「異化効果」を用いた。。。

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*再会: ブレヒト散文選より 17-

2023年08月08日 07時18分48秒 | *B.ブレヒト散文選より-Goo

 コイナー氏と長らく会ってない人が久し振りに会うと、こんな言葉で挨拶してきた。: 

いやあ、相変わらず、お変りもなく  なによりですな・・。                                                       するとコイナー氏は、俄かに、蒼ざめた表情を見せるや、いやいや、そんなことは と口を閉ざしていたのだ。

 Wieder-Sehen:     B.Brecht : Prosa Band 2: suhrkamp ebd. S.383.

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*ズィレーネンの美声: ブレヒト散文選より Ⅰ-3.(*19)

2023年06月05日 16時43分46秒 | *B.ブレヒト散文選より-Goo

 かのギリシアはイタケの王で策謀家のオデュッセウス。:                         彼は魅惑の美声の持ち主・ズィレーネンの島が見えてくると、船のマストにみずからを縛りつけさせ、櫂の漕ぎ手らには耳に蝋で栓をさせる。                美声に心が乱れぬようとの配慮からである。                                         さて、島が見えて美声が聞こえてくると、オデュッセウスが解かれたがっているのを漕ぎ手らは目に入れた。が、申しあせたとおり、ことはうまく運ばれたかに見えた。                                                                                     だが、これに関して、ブレヒトの見解は違った。その違いとは?....:

  オデュッセウスはいざ知らず、縛りつけられた男を前に、美声の持ち主の彼女らが果たして唄っていたか、誰が信じられよう。そんな浪費はよもや、すまい。                                                                                            それでは彼女らはどんな行動に出たか。 それはこんな風ではなかったか: つまり、美声の持ち主のズィネーレンは、この用意周到なプロヴィンツラー・田舎者を全身全霊をもって罵倒していたのだ、と。                                     かくして、かの英雄は無事、航海をし終えたのだが、他方、彼は とどのつまり、恥辱と屈辱に耐え忍んでいたには違いないのだ。  
                ブレヒト散文選より Ⅰ-3.

 B.Brecht, Odysseus und Syrenen
  Berichtungen alter Mythen
 Geschichten Prosa.  Suhrkamp Vlg. ebd. .207.

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