仔羊の回帰線

詩と散文のプロムナード :Promenade

*許婚:ミガとヤンの泪:ラーベ「黒いガレー船」より

2023年02月26日 08時46分44秒 | *ドイツ短篇選:

   ・・ 歓声で 息を吹き返したミガ。

 ヤンの腕の中で 笑みを浮かべ、涙をみせ 自由の歌に 声を合わせた。

「約束は守った。 砲声と鐘とラッパの響きの中、故郷に帰れるんだ・・・

    助かったのだ・・」   こういうや、ヤンは歓声を上げた。

内城からは 号砲が矢継ぎ早に鳴り響いた。  町を取り囲む塁壁内からは、太鼓が鳴り始めていた。・・ 

そうして 喧騒を打ち消すように、歓声は高らかに鳴り響いた。

 

  神よ われらが主  我らが盾 われらが砦 !

   神よ!  われは 御身に 頼みます 見捨てたもう なかれ 

 永久に 感謝し 信仰に 身をゆだね 御身にお仕いします

打ちかかる暴虐は 追い払いくださいますよう・・・

 

W. Raabe: Die schwarze Galeere  

     Reclam  ebd. S.55...

   ラーベ「黒いガレー船」より ⑶

 

・時は1599年、16世紀後半の出来事。

  この大航海時代の覇者スペインの支配下から、独立と解放に向けてのなかの一挿話である。

 オランダの若き許嫁 ヤンとミガの苦難と希望が描かれた。 

そして 青年ヤンの活躍により、祖国オランダの勝利。

スペインの支配からの独立・解放。 

   のみならず、許婚のミガが、スペイン軍の若き中尉による横暴と虐げ、そして 絶望に陥るのを救済し、神への感謝と信頼により、前途に 希望を見出してゆくのである。

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*艦長A.の愛の叫び:「黒いガレー船」より

2023年02月24日 10時08分15秒 | *ドイツ短篇選:

   すると、聖母マリア寺院の鐘が鳴った。

真夜中 アントニオはベッドから起き 狂乱の叫びをあげた。                             「何処だ、何処にいる。・・酒だ、酒だ。・・明かりをつけ、連れてこい。・・レオーネ、何処に隠した。彼女は俺のもの。・・裏切ったな、レオーネ。・・  あの娘は俺のものだ。・・まだ、死んではおらぬ。・・レオーネ、 まだ、生きている。・・あの娘は 俺の・・」

  ミガは船室に横たわったまま。

友人のレオーネ中尉は 狂乱する友を ベッドに連れ戻し、落ち着かせようとした。 だが、 瀕死の艦長アントニオは まだ、炎々と気が昂ったまま

W. Raabe :Die schwarze Galeere : Reclam ebd. S.44f.

1831年、北ドイツはブラウンシュヴァイク生まれのラーベは、生涯に68編の長短編を書いた。

   この短編は30歳の時の初期の作品で、時は1599年、歴史的にはカトリックのスペインと プロテスタントのオランダとの抗争が 背景にあり、この16世紀大航海時代の覇者スペインの支配下から、独立、解放に向けての中の一挿話が 物語の内実となっている。:

一つはスペイン軍の二人の青年が 対照的に書かれる。            一人は30歳のドリア号艦長のアントニオ、 もう一人は彼の友人で、  部下の中尉レオノーレ。この二人の人間関係と行動が描かれた。

  そして、一方では、それにまつわり、支配下のオランダの若き許嫁ヤンとミガの苦難と希望、信頼に満ちた恋愛が描かれた

 

 

 

 

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*「ヴェネツィアは消毒され・・何故だ」:T.マンより

2023年02月22日 11時05分52秒 | ギャラリー:世界の文学 Ⅰ

     「きみ、どうなんだね」と アッシェンバッハは 声を潜めて云った。          「ヴェネツィアは消毒されている。なぜた?..」                                                     道化は嗄れ声で云った。  「当局のお達しで。この暑さで シロッコが吹く時は、決まってこう なるんでさ。シロッコは鬱陶しい。健康には良くありませんから」 

Von wegen der Polizei!   Das ist  Vorschrift, mein Herr,...                               .Bei solcher Hitze und bei Scirocco ,Der Scirocco druckt .Er ist der Gesundheit nicht zutraglich.

 道化は そんなこと 尋ねる人間が いるのは不思議だと いうように手を広げ、身振りで答えた。                                 では ヴェネツィアは 流行っているのではないな」                                    アッシェンバッハは 声を低くして訊ねた。                                            疫病?..いったぃ どんな。 シロッコが疫病と 仰るんですかい、  おからかひになっては いけません。 予防措置にすぎません。 天候が鬱陶しいですから、当局が早くに 手を打ったまででさあ          なら、それでよい。

 Es ist gut !...sagte Aschenbach wiederum kurz und leise und liess rasch  ein ungebuhrlich bedeutendes Geld-Stuck in den Hut fallen , dann winkte er dem Menschen mit den Augen ,zu gehen. 

        アッシェンバッハは云うと たくさんの金を帽子の中にいれて、 もう 行ってよい、と目配せした。     道化は、ニヤリと お辞儀をし 去っていった。

 

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*ホメロスとウエルギリウス: バース「酔いどれ草の仲買人」より

2023年02月20日 10時28分27秒 | ギャラリー:世界の文学 Ⅰ

     チャールズ閣下、貴殿は先刻、詩人とは何か、詩人には いかなる仕事が任せられるかと お訊ねなされました

エベニーザー・クックは パイプ煙草に火をつけてもらうと 続けた。

  怖れながら、閣下に、お伺いしたい。・・

 アガメンノンにせよ、英雄アキレスにせよ、オデュッセウスにせよ、総じて、ギリシア人とトロイとで やらかした戦争が なかりせば、 そして  ホメロスが詩に書かなければ、世間は あの騒動のこと 知りえたでありましょうか。・・

どんなに重大な戦争でも、歌い伝えられなければ 歴史の塵に埋もれてしまったでありましょう。・・

すると チャールズは笑いながら云った。

  ならば 詩人が 国王の随員として 役に立つというのだな                                 

その通りでございます  

エベニーザーは自分の弁舌に感激し続けた。:

   ギリシアに栄光を歌い残したホメロスなく、ローマに威容を歌い残したウェルギリウスなかりせば、二国は 如何でったことか。・・

 英雄は 滅びて消え、彫像は崩れ去り、帝国も 崩壊の運命にあったことでしょう。・・ 

ですが、「イリアス」然り、ウェルギリウスの詩句もまた、真実を伝え残しておるのでございます。

  詩人のほかに 美徳も悪徳も 真実に描く者はおりますまい。

教訓も実例も 伝えるのは 詩人のみ。・・

叙情詩のごとく歌い、頌詩のごとく讃え、哀歌のごとく嘆き、風刺詩のごとく刺す、これができるものは 他に何がありまするか。・・

   John Barth ; The sot-weed Factor

   ジョン・バース「酔いどれ草の仲買人」より

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*愛と魔法 : ティークより

2023年02月19日 15時44分29秒 | ギャラリー:世界の文学 Ⅰ

森のしじまに さえずる小鳥:  春の息吹は 甘くやさしく 

木々の葉ずれ 花も 歓び震ゑ  月は 燦然と光を放ち 

夕べの風も かぐわしく  菩提樹の香を漂わす そんななか               愛は 華やぐ薔薇のよう 星に煌めき

されど なほ 愛らしきは 蠟燭の青き炎に照らされて

小部屋にひとり 乙女がいれば 乙女はたおやか 

髪をすきつ編みつ 薄き衣に包まれ 栗色の巻き毛に 花冠が飾られ 

やがて 響きわたるリュートの音色 目覚めたように戯れ 跳ね回り

乙女が歌えば 歌声が追いかける

いや ! もう いや  音が かんぬき閉ざしても 愛は戯れ遊ぶ・・

   *- * - )))

 エミールは待つ間に こんな詩を認めた。👆

向かいに棲む娘への恋心の吐露。 彼は夜な夜な 眠れず、             と その時  階段を上ってくる音。ノックもせずドアが開き、仮面をつけた男が入ってきた。ローデリックは いきなり 声を掛けてきた。

冴えない顔して どうしたというのだ、カーニバルだというのに。           今宵は仮面舞踏会だ。一緒に来い。約束したではないか!..」  

            ティーク「愛の魔法」より

**ティークは1773年生まれ。19世紀ドイツロマン派の作家、80歳の生涯を過ごした。

作品には「美しいマゲローネ」や「ハイモンの四人の子らの物語」など。

           

 

 

 

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*鼠: .ハウプトマンより ➁ 

2023年02月13日 09時39分01秒 | 文学・学問・詩・余滴: Ⅰ

 

 「芸術の前では  皆、平等ですよ、支配人さん・・」                      「ジュピターくん、青白い顔で 何を云うのかね。

何処から そんな決まり文句を仕入れてきたのかね・・」

「ぼくはシラーやフライタークとは 相反する関係にあるのかもしれません。でも、レッシングとは 同じと思います・・ 

レッシングの作劇研究には 打ち込めましたから」

     「それで、・・」
「ですから、ドイツ演劇を活気づけたいなら、若きシラーや〈ゲッツ・フォン・ベーリッヒンゲン〉を書いた若きゲーテや、レッシングまで遡さかのぼらなければならなりません。・・ 

 そこには 芸術や人生の豊饒さが見られますもの」

「ジュピターくん、ゲーテの俳優問答は 云わずと知れた わたしの芸術的信条でもあるんだよ・・」


  「ですが、ゲーテは彼の俳優規則によって 本性を裏切っています。   かれはこう指示しているのです。:

どんな役を演じても、舞台に立つ者は 人食いの表情でなければならぬと。 それによって 気高い悲劇が 呼び起されると」

「とんでも発憤だな。不愉快だよ、きみ。

 きみはチューチュー小賢しい鼠だ。 実に、やっかいなネズミだ.

新しいドイツ帝国の破壊を始める輩と なんら変わらぬ。・・

それでは 芸術の理想を 齧り取ってしまいかねぬ.」    

   Gerhart Hauptmann :Die Ratten 3.Akt
     「鼠」 第3幕 より

    
       *- *- (((   *
 ハウプトマンの戯曲では他に、「日の出前」がある:

   そこではアル中患者が赤裸々に描かれた。


「ビーバーの毛皮」: 社会主義者鎮圧法などを背景に描かれた喜劇。

 また、社会の病弊を暴くのではなく、苦悩する人間の内面を描いたものには、「ハンネレの昇天》や「沈鐘」などの戯曲が有名。
 

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*鼠: ハウプトマンの悲喜劇 より

2023年02月11日 10時26分32秒 | 文学・学問・詩・余滴: Ⅰ


       その男。

 稽古部屋に入ってきて、チェス盤のように 64のマス目に分かれた図面の中央に立つ。

  と、大きな声で朗詠した。"

この胸が 怒りにたけり狂うは なにゆえか.."   

すると、劇場支配人の 禿げあがった 体格のいいハッセンロイターが

声を荒げた。  ストップ!...ストップ。

 それでは 彫塑の美に欠ける。 悲劇的人物の 品格が全くない。 

   いいかね、ジュピターくん、もう一度 やってくれたまえ!...

 "この胸が 怒りに たけり狂うは なにゆえか、

「きみ セリフに 相変わらず 情念がこもっていないねえ。

 始末に おえんな、ジュピターくん。

面と向かって 酷すぎると 云うこともあるまいな。 

きみの せりふ回しでは  なんの感動も沸かぬし、つまりだ

  一言で、つまらぬということに尽きるのだよ ジュピターくん・・

 

 ぼくは 気取りや修辞的なものは 性に合わないものですもから。

 この〈メッシーナの花嫁〉には 好きなセリフが 皆目 ありませんもの


 なんだと もういっぺん云ってみたまえ、ジュピターくん!...
ええ、何度でも。 芸術感が 根本的に 食い違っていますからね

 それだよ、きみ 

きみは 誇大妄想に取りつかれておるにすぎぬ。

それに 厚顔無恥ときている。・・ 

偉大な詩人シラーには 比べるべくもないが、 もう 何度も云ったはずだ。そんな 子供じみた芸術観なぞ ナンセンスだと 気づき給え 

いい加減にして・・」

「何を証拠に?....」  

「口を開ければ、その繰り返しだ。センスと云うものがない。・・

キイキイ、声張り上げてばかりで。 それに 劇の筋立てをも否定し、

やれ 価値がない、やれ 低俗だと言い張る。・・

それでは、床屋も女定員も 皆、マクベス夫人や リア王と同じ悲劇になると云っているようなものだ…
   
Gerhart Hauptmann :Die Ratten. 3.Akt:第3幕 より

 

 G.ハウプトマン: 1862-1946:  1912:ノーベル文学賞
 ドイツ自然主義の劇作家として有名。

「織工」「沈鐘」「鼠」では、荒廃した大都会ベルリンを象徴的に描いた。

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*前線の森で:  ボルヒェルトより

2023年02月08日 08時48分32秒 | *現代ドイツ短篇選

  雪が 樹々を 覆っていた。:

機関銃を手にした兵士が 歌を 口ずさむ。

ロシアの森の 最前線である。

兵士の口ずさむ歌は クリスマスの歌。 二月というのにである。

  雪が 何メートルも積っている。 雪は 黒い樹幹を覆い 小枝を覆い 木立に 綿をかぶせたように 吹き付け 辺りは 一面の雪。 

その中で 一人の兵士が 歌を口ずさむ。 もう 二月というのに クリスマスの歌を 口ずさむ。  

 ときおり 兵士は 二三発 発砲する。 そうしなければ すべてが 凍えてしまうからだ。 目標はない。 ただ 兵士は 闇雲に 発砲する。そして人の気配のないのを 知ろうとする。 心は 不思議と和らぐ だが しばらくすると 兵士は また 発砲を繰り返す。 すると 気が安らぐ そうしなければ すべてが 凍えてしまうからだ。 そして 発砲が 繰り返されるたびに 森の静けさが 打ち破られていく・・  

 刹那 何かの物音が・・ 左から 前方から 右からも そして さらに背後からも。兵士は息をのむ。 とまた 何かの物音が 鼓膜に響いてくる。兵士は軍帽のエリを 立てる。 指先が 小刻みに震え、冷汗が 鉄兜の下から滲んでくる。が 汗は 額のところで 凍りついている 。外は 41度の寒さだ。そのため 冷汗は にじみ出ると すぐに凍てつく。


 その時だった。兵士が歌いだしたのは。

大きな声で、不安を 打ち消すように、物音を 打ち消し 冷汗を凍てつかせぬように。兵士の歌う歌は クリスマスの歌!.. 

大声で ロシアの森の前線に いるにもかかわらず・・


  Aus: W.Borchert .1921- 47. Viele,viele Schnee     

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