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仔羊の回帰線

詩と散文のプロムナード :Promenade

◎*三島由紀夫の「潮 騒」: から

2025年01月30日 09時31分31秒 | *H.S-N.氏の生成AI活用術:対話篇-Goo

    ・「潮 騒」: しおさい<

* ある時、友人の徳丸くんが、きみ、こんなのを知っているかい、よく知られた小説からの冒頭の一節だよ。きっと知っていると思うが、まあ、余興だと思って附き合ってくれ給え。と云うと、彼は淡々と述べた。---   ・それは、間違っていなければ三島由紀夫の作品からだね。---    *なら、その作品名も勿論、分かっているわけだ。

・勿論だよ、間違っていなければの話だが。だが、どうして、そんなことを聞くんだね、と道之助が云うと、---   *あの海辺の小さな小屋で若い男女が、囲炉裏の焚火で濡れた体を乾かしていた場面が強く印象に残っているものだから。 あれほど若い男女の純粋な恋愛感情の感じられるシーンはないと思ってね。---   ・なら、きみにはあのように似た体験があったのかい、と道之助が軽妙を飛ばすと、---   *まあ、それはGeheimnisvoll ということにしておこう、そのほうが互いに心の奥底は秘められていて楽しいからね、---   ・意外や意外といったら、きみは気分を悪くしないかい。^-- *いいや、そんなことはない、充分、ぼくも愉しみな時が、仮令、数は少なかったとしても あったことは事実だからね、と今も独身をとおして研究に打ち込んでいる徳丸くんは笑った。彼の表情はいつになく明るい。--->・それは良かった。あまり根を詰めて研究ばかりに専念していてもいけないと思ってね。--- > *いや、きみだって翻訳に精を出したり、短篇も書いたりして楽しんでいるじゃないか。きみ、また見せてくれ、書いたものがあるんだろう。---  > ・無きにしも非ずだが、まあ、きみを見ていると、ぼくももっと翻訳に専念したいと思ってね、まだ、誰も手を付けていないか、やっていても研究者の数は少なく、そんな作家や作品に予期せぬうちに、然し必然のように興味が湧いてきてね、・・・その点、きみの研究対象の後期ロマン派の作家は殆ど翻訳はされているし、ということになれば細密な研究をさらに極めていくより新たな領域は残されていないのだろうがね>---   > *まあ、研究は愉しいし、それをドイツ語で書いていくのは、まだ、あまり発表している研究者も少ないからね、少ないのがいいとは決して言えないが、それもある意味でBeruf と云っては差しがましいが、使命と思えば、それにこしたことはないんだよ>---* 附:--->---   ・これは紀州の漁師の村を舞台にした純愛物語。純粋で美しい恋愛を描く。  >>  ある夜、ふたりが海を渡り、濡れた体を小屋の囲炉裏火を挟んで温める場面は純粋な愛の表現で、これから彼らがいかなる困難も乗り越えて行こうとする絆の深さや純粋さが感じられて見事だと徳丸五十くんは、意外にも 常日頃の堅さが解れて云ったものなのである。

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◎*Weh dem ,der fern von Eltern und Geschwistern ein einsam Leben fuhrt...

2025年01月20日 11時24分36秒 | *H.S-N.氏の生成AI活用術:対話篇-Goo

「..・・父母や兄弟姉妹と遠く離れた孤島で,独り暮らす身の悲しさよ!....」

*ゲーテ古典期の戯曲に「タウリス島のイフィゲーニエ」Iphigenie auf Taurisというのがある。   イフィゲーニエはギリシャ神話に出てくる、アガメムノン王の娘だが、アルテミス女神の生贄として捧げられた。>

というのも、トロイア戦争の際、ギリシャ軍は船が風が止まってしまい出航できなくなってしまったからだ。 それはアガメムノンがアルテミス女神を怒らせてしまったからで...そこで怒りを鎮めるため、苦渋の決断だが、娘のイフィゲーニエが生贄として捧げられた。・・かくして、幸いにも巫女として救われたもののイフィゲーニエは独り身の試練を受けることになる。

*-->:アルテミス女神を怒らせたわけは?・・:

・それは狩りの際に神聖な鹿を殺してしまったからで、これはアルテミス女神に対する重大な冒涜であったから。**->

このギリシャ神話を元にゲーテは研ぎ澄まされた韻文でこの古典的な戯曲を、当初の散文から書き改め、家族愛や人間の尊厳をテーマに書き下したのが、冒頭の箇所に見られる先のberuhmtな一節なのである。

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*妻の亡霊と「吉備津の釜」:上田秋成「雨月物語」より

2025年01月18日 12時55分48秒 | *文学・学問・詩:余滴 Ⅱ-Goo

       江戸中期というから18世紀後半の作家、上田秋成の「雨月物語」は怪奇幻想小説で、全五巻九編から成り、作者43歳の時に刊行された。  これは中国の怪異説話集「牡丹燈記」を典拠とする翻案:

  ---年来の好色のこの男。遊女と駆け落ち、純情な新妻を裏切る。すると病に罹った新妻は亡くなってしまう。遊女もまた、死んだ妻の霊に取りつかれ病死する。 

   そうこうするうちに、男はまた別の美女に出会う。ところが、この美女というのは妻の亡霊、女は恨みつらみを延々と述べる。すると男は陰陽師のところへ駆けつけ、言われた通り呪符を戸毎に張って 妻の死後四十九日が過ぎるのを待つ。     その間、夜毎に死人の霊による凄まじいばかりの怒りの声。   こうして竟に、この怨霊によって夫もまた、亡くなってしまうのである。・・>>>

      「雨月物語」には他に、「菊花の契り」や「浅茅が宿」や若き北面の武士で、後に出家した歌人・西行と崇徳上皇の、1168年の秋、崇徳凌での対話によって描かれた「白峰」などがある。

  これによって、それまでの怪異説話が文学の高みへと引き上げられたことで知られる。。。

***

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*西行と崇徳上皇霊との対話:「雨月物語」より

2025年01月16日 09時55分02秒 | *H.S.-N.氏の生成AI-活用術より-Goo

   時は1168年の秋、崇徳凌での西行と崇徳上皇の対話から。---        上皇の霊が凌を訪れた西行の前に顕れ、皇位継承の不当を云い、怨みを晴らしたき旨を述べる。が、西行は旧怨を捨て浄土に帰るよう諫める。然し、崇徳帝の怨霊は平家や後白河に対する呪いから、仇敵たる平家の滅亡を予言する。---西行はしかし、因果応報を説き、ひたすら成仏を祈る。   すると、亡霊の顔は和らぎ、旅僧の西行は讃岐の白峰山中にひとり残される。・・果たして、事実、11年後の1179年、平家が壇ノ浦の戦いにて破れ滅亡するのである。>>>

  この「白峰」は、「雨月物語」の第一話で、秋成一流の雅文体で書かれている。           ***

*上田秋成は1734年生まれで、江戸時代後期に活躍した文人。75歳の生涯を生きる。「雨月物語」は怪異小説で人間の本姓に迫った。

*******

*佐藤義清・のりきよという名が出家して西行と名乗った彼の本名だが、西行は生涯に2300首の和歌を詠んだ名人として知られる。彼は元々武士の身分であったが出家後は各地を巡り波乱に満ちた人生を送る。彼にはこんな死生観を詠んだ有名な歌がある。 

  願はくは 花の下にて春死なん

   その如月の 望月のころ

 ・これは、春の花の下で 命の終わりを迎えたいものだ 二月の満月の夜に・・という意味で、静に永遠の眠りにつければという美しさと静けさの込められた願いの歌である・・。。

 

 

 

 

 

 

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*「馬子にも衣裳」:ケラーより

2025年01月13日 11時15分30秒 | *H.S-N.氏の生成AI活用術:対話篇-Goo

・スイスの19世紀の作家ケラーには「馬子にも衣裳」という短編がある。--:

  馬子にも衣裳: Kleider machen Leute とは誰でも着飾ると立派に見えるというほどの意味だが、ケラーの短編ではどうだろう。・立派なひとに間違えられて困惑する者もいるだろうし、それに成りすまして意気揚々としているものもいる。さて、・・

   ケラーのこの短編では、或る貧しい仕立て屋はいつも身なりをよくしているため偶然にも、裕福な貴族出身と間違えられてしまう。この誤解から高い社会的な地位の人ととも交流をするようになる。---最初は戸惑ったものの次第に慣れていく。がやはり真実が明らかになると、困惑に直面。    とはいえ、彼は誠実であるがゆえに報われて、真実の愛と幸せが得られたという話である。

これからして、外見の身なりが人の印象には良き方向に向かうことも確かだし、にも拘らず、本当の価値というものは誠実さといった内面性にあるのだということも示唆しているのである。                     

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◎*Es irrt der Mensch. solange er strebt..;ゲーテより

2025年01月03日 17時02分00秒 | *H.S-N.氏の生成AI活用術:対話篇-Goo

*韻文劇と散文劇と。そして簡潔さと冗長について。:

ひとは努力する限り迷う。--:ゲーテより

  しかし迷う限り救われるともいわれる。 これは迷いや試行錯誤を通じて生長し、完璧でなくとも間違いや迷いを経験しつつ学び、生長していくからにほかならない。->                           また、Weh dem , der lugt という言葉もある。嘘をつく者に災いあれ。:---          オーストリアの劇作家Grillparzer グリルパルツァー。

これは喜劇であるが、この喜劇は嘘と真実、そして異なる文化の衝突をテーマにしたもので,発表当時は評判が芳しくなく、失敗に失望したと言われる。  彼の作品は古典主義の美学と道徳が色濃く反され、しばしば精神的な価値観をテーマにしており、現実主義から一線を画していた。

これはまた、韻文で書かれ、簡潔な文体で知られ、哲学的テーマや道徳的問題を扱ってはいたものの読みやすく、理解しやすいスタイルでもあった。 故にこの喜劇は効果的な表現に満ち、時代の社会や文化を反映しつつ、普遍的な人間の問題を書いただけに、評判が芳しくないのに失望したのである。                       > */-180*--177*-/*+*+*+*+           

 ・また、グリルパルツァーには「海の波、恋の波」Des Meeres und der Liebe Wellen という韻文で書かれた恋愛悲劇の戯曲もあり、やはり簡潔な文体で書かれ評判は良かった作品もある。>-

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