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仔羊の回帰線

詩と散文のプロムナード :Promenade

◎*ケラー:「ゼルトヴィラの人々」と幻想的作家ホフマンと猫:

2024年12月04日 11時39分31秒 | *ドイツ短編選:N氏のAI活用術より-Goo

  ケラー:Keller

   19世紀のスイスの作家で1819年チューリッヒに生まれ、短篇集では「ゼルトヴィラの人々」Die Leute von Seldwyla という10篇よりなる作品集がある。 --これはスイスの架空の町を舞台にして書いた物語集である。。。

  その中の一つに、「村のロメオとユリア」があり、これを聞けば誰しも、シェイクスピアの作品を思い起こすであろう。--二つの家族の対立に阻まれ、それを乗り越えようとする若い恋人同士の物語である。・・

また、「仔猫シュピーゲル」Spiegel,das Kätzchenというのもあり、これは賢い仔猫の冒険と生長の物語でユーモアと風刺が効いている作品。

 因みに、猫を主人公にした作品には、後期ロマン派の作家ホフマンの「雄猫カーター・ムルの人生観」Lebens-Ansichten des Katers Murrが有名で、幻想的で風刺的な要素が強い作品。---これはユニークな構成でできており二つの異なる物語が交互に進んでゆく。つまり、一つは知識豊富で自己中心的なムルが自身の人生観を綴った回想録であり、他は架空の音楽家クライスラーの伝記という想定で、偶然手に入れたクライスラーの原稿を勝手に引用しては、自分の回想録に混ぜ込んでいってしまうのである。>>

ホフマンは因みに、音楽家としても作曲家並びに、音楽評論でも活躍した才能と経験の持ち主で、法律学にも長けていた反面、生活は自由奔放なところもあり、しばしば飲酒に耽り、それで健康を害したこともあるが、その自由奔放さが創作活動に影響し、あの「黄金の壺」Der goldene Topf (緑の蛇=実は、若い乙女の化身:に詩人志望の大学生がひょんなことから恋をする-)のような幻想的で独特の作品をも生み出しているのである。>>

ホフマンはまた、小柄で風貌もあまりよくなく、また晩年には健康問題に悩まされたというが、にも拘らず創造力に長け、多くの傑作を産み出していった稀有な作家だったのである。      */-108*---*73-/* + *

・因みに、漱石も「吾輩は猫である」の中で、ムルを同類として意識して書いている箇所もあるのも面白いが、これには漱石山房の高弟としてドイツ文学者の小宮豊隆がおり、彼からヒントを得ていたらしく、また、豊隆は地方から上京して帝大生となり学生生活を送る初心な「三四郎」のモデルともいわれている。-->>

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◎*影のない男・ペーター・シュレミールの冒険:---

2024年11月24日 10時30分39秒 | *ドイツ短編選:N氏のAI活用術より-Goo

・19世紀ドイツの作家シャミッソーに「影のない男」がある。

 

この男はペーター・シュレミールといい、彼は自分の影を売ることでポケットから望むものは 金であれ何であれ 手に入れることができる魔法の財布を手に入れる。しかしこれには大きな代償がつき纏っていたのだ。--- 彼は影を失ったことで社会から疎外され、孤独な生活を送ることになる。とはつまり、物質的な富と引き換えに失われた価値は大きかったということで、そこにある皮肉と教訓。・・---         だが、彼がこんな作品を書いたのには十分な訳が秘められていた。 つまり、彼はフランスから亡命してきてドイツに定住することになり疎外感があったということである。・・*/-79*---*87-/* +

・この植物学研究者であるシュレミールはあるチャンスから世界冒険に同行し旅立つ。そして世界各地を経巡って異文化との接触を得る。その際に、彼は一歩で千里を行く魔法の靴を手に入れるのだが、そのようにシャミッソーは広範な旅を実体験したということであり、それがこのような冒険譚を描くきっかけともなり、文才が開花する基にもなったのである。>>>                    

チュース!..Tschüss!. Also ,Bis zum Nächsten Mal!... Danke !

               Danke Schön! ..

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*ヘルマンとドロテア: ゲーテより

2024年11月07日 07時16分46秒 | *ドイツ短編選:N氏のAI活用術より-Goo

ゲーテの作品に「ヘルマンとドロテア」がある。

・ヘルマンとドロテア:--->>>

静かな町の片隅で、ヘルマンとドロテアが出会い、
心は静かに結ばれた・・

彼は勇敢な青年、彼女は優しい乙女、                                                                 運命の糸に導かれ・・  戦争の影が迫る中、彼らの愛は試される、
しかし、彼らの絆は固く・・

ヘルマンは言った、きみがいれば、どんな困難も乗り越えられる
ドロテアは答えた、あなたとなら、希望を失わずにいられるわ・・

    ***
ヘルマンとドロテアの物語は愛と希望の力を讃え、困難を乗り越え、明日へと進む力。・

ゲーテの叙事詩「ヘルマンとドロテア」は、歴史的出来事に触発され、1731年にザルツブルク大司教による新教徒迫害と東プロイセンへの追放という史実から着想を得たゲーテは、新教徒の避難民の少女が農家の青年に雇われ、その後 結婚したという古文書の話を読み、これをフランス革命時の出来事に置き換えて「ヘルマンとドロテア」を創作した。。。

 詩は、ドイツの純朴な青年ヘルマンと、フランス革命によって国を追われた少女ドロテーアが出会い、結ばれるまでの物語、市民的節度を賞揚しながら、愛と希望の力を讃えた古典主義時代のゲーテの代表作。。。

・ヘルマンとドロテアについて:---

          「ヘルマンとドロテア」は、18世紀末のドイツ文学における叙事詩で、フランス革命の混乱を逃れて ドイツの町に避難してきた若い女性ドロテアと、その町の青年ヘルマンとの恋愛を描いて、市民的節度と愛の力を賞揚し、同時に社会的な混乱の中でも人間性を保つことの重要性を訴えている。

 「ヘルマンとドロテア」は、ヘクサメーターという古典的な詩形を用いて、9つの歌から構成され、各章はギリシア神話のムーサ(詩神)の名が冠され、それぞれが物語の異なる側面を照らし出している。

例えば、第一歌「カリオペ」では運命と同情がテーマとなり、第二歌「テルプシコレ」ではヘルマンの視点が、第七歌「エラト」ではドロテアの視点が中心となっている。。。

 :Johann Wolfgang von Goethe's "Hermann and Dorothea" stands as a unique piece in the author's body of work.   This epic poem, written in hexameters, was composed between 1796 and 1797.   It is often celebrated for its idyllic portrayal of rural life  set against the backdrop of the French Revolutionary Wars.   The narrative follows Hermann, the son of a wealthy innkeeper, who encounters and falls in love with Dorothea, a courageous and compassionate young woman aiding refugees fleeing the turmoil of war.・・

The poem is structured into nine cantos, each serving as a window into the virtues and values of its time, as well as Goethe's own philosophical musings. The characters of Hermann and Dorothea embody the ideal qualities of the era's middle-class: industriousness, integrity, and a sense of communal responsibility.   

Goethe's work not only reflects the social upheavals of his time but also delves into personal and familial relationships, highlighting the conflicts between personal desires and societal expectations.>>>

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*プラハへの旅路のモーツァルト; Vgl.メーリケ短篇

2024年08月27日 07時08分21秒 | *ドイツ短編選:N氏のAI活用術より-Goo

    ドイツの詩人メーリケには「プラハへの旅路のモーツァルト」という短篇がある。>>

   * プラハへの旅路のモーツァルト:--->>>

プラハへ向かうモーツァルト  旅の空に 音楽が流れ                       プラハの街に刻まれたメロディ: フィガロ
リズムに乗せて モーツァルトの精神を感じれば
プラハの夜に響く旋律は永遠なのさ・・

街の角々にエコーする音楽 プラハは、モーツァルトの魂と共にあるのさ・・

プラハの街角で石畳の上を歩けば モーツァルトの魂が響き渡る              その調べに合わせ 万物の魂は踊り・・                           「フィガロの結婚」のアリアが 夜の静寂を優しく包むのさ・・

おお ドナウ川のほとり、静かな流れのように 
彼の音楽は喜びと悲しみを 美しい旋律に変えて届く

プラハの教会の鐘が鳴り響くと 彼の音楽は、神聖なるものに感じられ

プラハの夜明けに、新たな調べ モーツァルトの音楽が、新しい日を告げるのさ
旋律は、希望とともに 今日もまた・・

プラハへの旅路のモーツァルト プラハの街で、彼の足跡を辿り               ぼくらのこころは 共に楽しく歩むのさ・・・       ⑴

          ***  ・・ 

 *モーツァルトのプラハへの旅、:---

18世紀の音楽界において、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトはその才能で知られ、多くの地を訪れた。プラハへの旅もそのひとつで、特に注目に値する。プラハはモーツァルトにとって、ただの演奏旅行以上の意味を持つ。。。

 モーツァルトがプラハを訪れた主な理由は、オペラ「後宮からの誘拐」が大成功を収め、彼の作品に対する関心が高まったため、プラハの人々はモーツァルトの音楽を特別に評価。。。

 プラハの音楽愛好家たちは、モーツァルトの才能を認識し、彼の音楽を熱狂的に受け入れた。このため、プラハでの初演を含む、いくつかの重要な作品を発表する機会を得、中でも「ドン・ジョヴァンニ」や「皇帝ティートの慈悲」、そして「交響曲第38番」(通称「プラハ」)は、プラハとモーツァルトの深い関係を象徴する作品となった。

プラハのエステート劇場での「フィガロの結婚」の初公演は、ウィーンでの初演よりも大成功を収め、プラハの新聞は「オペラ『フィガロの結婚』のようなセンセーションをかつて誰も起こしたことはない」と報じ、プラハでの成功を通じて、中央ヨーロッパでの彼の地位を確固たるものにした。>>>

モーツァルトのプラハ訪問は、単に作品が評価された場所というだけでなく、音楽的才能が最も光り輝いた瞬間でもあり、プラハはモーツァルトにとって、音楽が真に理解され、愛された特別な都市だったのである。。。

             ***

*モーツァルトのプラハでの作品:--->>

特に有名なのは、交響曲第38番K.504「プラハ」で、この作品は1787年1月初演され、その地名をとって「プラハ」という愛称で親しまれている。

また、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」もプラハでのモーツァルトの重要な作品の一つで、このオペラは1787年の訪問中に完成し、同年の10月プラハのエステート劇場で初演された。この作品は、モーツァルトのオペラの中でも特に高い評価を受けており、最高傑作の一つ。。。

さらに、「皇帝ティートの慈悲」もプラハで初演、1791年9月にプラハの国立劇場で上演され、モーツァルトの生涯最後のオペラ作品となる。---->>

これらの作品は、プラハの音楽愛好家たちによって熱狂的に受け入れられ、モーツァルトの音楽が真に理解され、愛された特別な都市、プラハとの深い関係を示し、プラハでの作品は、彼の音楽的遺産の中でも特に重要な位置を占めている・・。

*モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」について:---

モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」は、1787年にプラハで初演された作品で、正式なタイトルは「罰せられた放蕩者、またはドン・ジョヴァンニ」。このオペラは、スペインの伝説の放蕩者ドン・ファンの物語が基。

「ドン・ジョヴァンニ」は喜劇的と悲劇的な要素の両方を含み、主人公のドン・ジョヴァンニは、女性を口説き落とすことに長けた貴族で、その冒険と最終的な運命が描かる。 オペラは、ドン・ジョヴァンニが騎士長の娘ドンナ・アンナに夜這いをかけたことから始まり、彼女の父親の騎士長を殺害してしまうという衝撃的な出来事によって展開。

・このオペラは、ドン・ジョヴァンニの放蕩な生き方と、彼によって傷つけられた人々の復讐心を描き、特に有名な場面には、ドン・ジョヴァンニが騎士長の石像を晩餐に招待し、その石像が悔い改めるよう迫るシーンがあり、最終的にドン・ジョヴァンニは地獄に落ちるという悲劇的な結末。

*モーツァルトの音楽は、このオペラの様々な感情を巧みに表現し、喜劇的な軽快さと悲劇的な深みを兼ね備え、その内容は複雑で多層的。

 ・「ドン・ジョヴァンニ」は、モーツァルトのオペラの中でも人気が高く、モーツァルトの創造力と音楽的才能が最高潮に達したオペラの一つであり、不朽の名作・・。        ***   >>>   

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*クリングゾルの最後の夏」: ヘッセより Klingsor

2024年07月09日 11時02分41秒 | *ドイツ短編選:N氏のAI活用術より-Goo

ヘルマン・ヘッセの小説「クリングゾルの最後の夏」:-->

 ヘッセの「クリングゾルの最後の夏」は1919年に書かれ、翌年に出版され、精神的な危機を経験し、新しい創造的な方向性を模索していた時期に書かれた>>。

   「クリングゾルの最後の夏」は画家クリングゾルの人生の最後の数週間を描き--芸術と人生を振り返りながら、自己実現と創造性の追求における苦悩と喜びの物語で、この小説を通じて芸術家の孤独と内面の世界、そして自然との関係を探求した。

  ヘッセはこの小説を含むいくつかの作品で、第一次世界大戦後のドイツの社会的、政治的混乱を背景に、個人の内面的精神的な探求を描き、時代の変化と個人の成長の間の緊張関係を探った。。

 ヘッセの作品は深い思索と感情の表現が特徴で、「クリングゾルの最後の夏」はその最良の例で、人間の内面の葛藤と成長の物語を通じて普遍的なテーマを探求。--個人の自己発見と精神的な成長の旅を描いた。          *-/ *40---44--*/

クリングゾルは自分の芸術と過去の人生を振り返りながら、自己実現のための苦悩と喜びを経験し、芸術家としてのアイデンティティと、それがもたらす孤独感との闘いを描き、また、この小説を通じて時代の変化と個人の成長の間の緊張関係を探っている。・    

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