デーブリーンは20世紀前半に活躍したユダヤ系の作家。ベルリンの神経科医でもある。彼には「ベルリン アレクサンダー広場」という傑作があるが、次の短編は、孤独な老人と若い《端役の女》との淡く儚い話から。
カーチャは鏡の前に立ち、自分の姿を見つめた。上半身裸のまま、見入っている。「あたしって、少しも美しくないんだわ・・」と思う。 「体形もそう。脚線もそう。・・お痩せだし、・・」 長く見つめていればいるほど、気が塞いでくる。すると鏡の中の自分を慰めようと鏡をこんこんと軽く叩き、声をかけた。 《でも、頑張るのよ。・・きっと、いいことも在るから…》
イースターの日に、老人は劇場の裏木戸で、いつものように待ち伏せ、夕食に誘ってきた。乗り気はしなかった。が、食事を一度ぐらいしてもいいかとついていった。老人は あれこれと注文し、食欲が旺盛だった。
《よく食べるのね》とカーチャは少し嫌気がさしてきた。が、食べ終わると三泊の旅に誘ってきた。翌日、昼頃に、騙されたのかもと思いつつ 待ち合わせの場所に行ってみる。と、小さなスーツケースを携えてやってきた。
「待たせて悪かったね」と老人は云うと、買い物に誘った。カーチャは小奇麗な店で帽子を買ってもらい、老人もグレイのハットを買った。が、出かける前に買ったのはこれきり。彼女は内心、新しいカラフルなドレスもヒールの高い靴も欲しかったのだ。
「嗚呼、もっと素敵な人とめぐり逢えたら・・」 こうして、旅の支度を済ませると駅に急いだ。旅の最中、老人は精一杯、報いようと努めた。が、時おり、不機嫌そうな顔。溜息を洩らした。
「いやあね、これだから・・歳のいった男は・・」とカーチャ。やがて、降りる段になると、すれ違いに素敵な紳士が乗り込んできた。紳士はすると、目ざとくカーチャに一瞥を投げてきた。 少し戸惑っていると、羽根つきの鍔の広い帽子を被った見知らぬ女が寄ってきた。 「あなた、あたしの彼に、ちょっかい出さないで!...あたしたちも、これから旅するのよ!...」 こうして素敵なカップルは汽車に乗り込むと、離れていった。
Alfred Doblin: Die Statistin Aus: Deutsche Erzahlungen 3. dtv. Deutscher Taschenbuch Verlag. S.54ff. デーブリーン:1878-1957.