チャールズ閣下、貴殿は先刻、詩人とは何か、詩人には いかなる仕事が任せられるかと お訊ねなされました。----エベニーザー・クックはパイプ煙草に火をつけてもらうと続けた。
怖れながら、閣下に、お伺いしたい。・・---アガメンノンにせよ、英雄アキレスにせよ、オデュッセウスにせよ、総じて、ギリシア人とトロイとで やらかした戦争がなかりせば、 そして ホメロスが詩に書かなければ、世間は あの騒動のことを知りえたでありましょうか。どんなに重大な戦争でも、歌い伝えられなければ、歴史の塵に埋もれてしまったでありましょう。・・
すると チャールズは笑いながら云った。: ならば 詩人が国王の随員として役に立つというのだな・・
---その通りでございます。
エベニーザーは自分の弁舌に感激し続けた。: --- ギリシアに栄光を歌い残したホメロスなく、ローマに威容を歌い残したウェルギリウスなかりせば、二国は如何でっあったことか。・・英雄は滅びて消え、彫像は崩れ去り、帝国も崩壊の運命にあったことでありましょう。----- ですが、「イーリアス」然り、ウェルギリウスの詩句もまた、真実を伝え残しておるのでございます。。。---蓋し、 詩人のほかに 美徳も悪徳も真実に描く者はおりますまい。 --とはつまり、教訓も実例も伝え残すのは詩人のみということでありまして・・。いかがですかな・・---叙情詩のごとく歌い、頌詩のごとく讃え、哀歌のごとく嘆き、風刺詩のごとく刺す、これができるものは他に何がありましょうぞ。・・>>> John Barth ; The sot-weed Factor ジョン・バース「酔いどれ草の仲買人」より *** +++
・ポストモダン文学を代表する一人でアメリカの小説家ジョン・バースJohn S. Barthは1930生まれで2024年4月に93歳という高齢で亡くなったが、歴史や神話、フィクションを巧みに組み合わせた作家として知られている。--> 1960年に上梓した「酔いどれ草の仲買人」はその代表作で、実在の詩人エベネザー・クックの人生を元に、18世紀のメリーランドを舞台にした風刺的歴史小説で, この作品は当時の社会や文化、政治を風刺したメタフィクション的アプローチの小説である。その特徴はプロットは複雑にして、言葉遣いは豊富であり、そして ユーモアと風刺が巧みに織り交ぜられているのである。>>>
因みに、Post-Modernismとは、20世紀後半に登場した運動で、伝統的な価値観や規範を疑い多様性や相対性に重きを置く特徴がある。 また、メタフィクションとは物語のなかで物語自体を意識的に取り上げ、フィクションと現実の境界を曖昧にする手法で、新しい表現を生み出しているのである。 */-112*--109*--/* + * +