<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/">
 <channel>
  <title>仔羊の回帰線</title>
  <link>https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251?fm=rss</link>
  <dc:creator>herrsommer3251</dc:creator>
  <dc:date>2025-07-24T17:29:29+09:00</dc:date>
  <language>ja</language>
  <copyright>&#9400;NTT DOCOMO, INC. All Rights Reserved.</copyright>
  <image>
   <url>https://blogimg.goo.ne.jp/user_photo/57/2c467a37424d809ddac38723e578856a.jpg?1675471330</url>
   <title>仔羊の回帰線</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251?fm=rss</link>
   <description>詩と散文のプロムナード　:Promenade</description>
  </image>
  <description>詩と散文のプロムナード　:Promenade</description>
  <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
  <item>
   <title>*市井の隠者、デカルト:---</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/657ef5316aea2bd4e4f5d656693dca4a?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
<p>　1637年に「方法序説」が出版されると、それから4年後に亡くなった父親は云った。:　--仔牛の皮(パリンプセスト)を着た本をつくるような馬鹿息子が、我が息子とは。---</p>
<p>    デカルトは一生の計画を定めてからは故国フランスの父とは疎遠であった。が、妹とは親しい気持ちは変わらなかった。    彼はこうして孤独を愉しみつつ、堪えることもできた。</p>
<p>デカルトの座右の銘にこんなのがある。:---&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　よく隠れた者は、よく生きた者。</p>
]]></description>
   <category>*文学・学問・詩:余滴　Ⅱ-Goo</category>
   <dc:date>2025-07-24T11:39:23+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/657ef5316aea2bd4e4f5d656693dca4a</guid>
  </item>
  <item>
   <title>*「天上でも、地上でも」:ベルゲングリューンと現代</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/b4faee2d42d4536934d9c9243cbe4fbd?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
<p>「天上でも地上でも」:ベルゲングリューン:--</p>
<p>一旦、フェイクニュースが流れ世に流布すると、皆それに惑わされていくという話・　　***  --*ベルゲングリューンの世界：--</p>
<p>    ベルゲングリューンは20世紀初頭に活躍したドイツの作家で深い心理描写と緻密なプロットが特徴、特に短編小説においてはその技術が光り、しばしば歴史的な背景を持ちながら、普遍的な人間性を探求する。--彼の代表作、「天上にも地上にも」(Am Himmel wie auf Erden)や「3羽の鷹」(Die drei Falken)などがあり、これらの作品は宗教的なテーマや倫理的な問題を扱い、人間の内面と対外的な行動の間の葛藤を描き、また彼の作品はナチス政権下のドイツで発表禁止処分を受け、政治的な抵抗の象徴としても注目された。-   作品は単なる物語以上のものを提供、それは歴史の中で生きる個人の葛藤、社会的な制約、そして個人の信念といったテーマを通じて、自己の内面を見つめ直す機会を与える。  -- 　*</p>
<p>*作品が発表禁止処分を受けた背景:--</p>
<p> 20世紀初頭のドイツ文学においてベルゲングリューンはその独特な文体と深い洞察力で知られ、作品は当時の政治的な状況と密接に関わり、特にナチス政権下での彼の立場は複雑なものだった--      作品が発表禁止処分を受けた理由は作品が持つ非ドイツ的な要素と、ナチス体制への内面的抵抗が読み取れるからである。</p>
<p>　彼の長編歴史小説「大暴君と審判」(1935)や「天上にも地上にも」(1940)などは舞台を過去に設定しながら、当時の政治的な限界状況における人間のもろさと救いを描き、これらの作品はナチス政府による迫害を超えて発表された。その結果、1937年にナチスにより非ドイツ的作家として発表禁止処分を受ける。</p>
<p> ベルゲングリューンの作品はロマン派的幻想と心理的リアリズムを結合した技法で 限界状況におかれた人間に永遠の秩序が啓示され、宗教的倫理性に貫かれていた。---作品はナチス政権による弾圧の中でも人間性の問題を追求し続けた。---   作品が発表禁止処分を受けた背景には時の政権にとって不都合な真実を描いていたことで、作品は歴史を通じて現代にも通じる普遍的なテーマを扱っており文学の力が社会に与える影響の大きさを示している。 -  /*52-- *59-/ *</p>
<p>*ナチス政権下での文学と抵抗：禁止された作家たちの遺産:--</p>
<p>ナチス政権下のドイツでは多くの作家がその独裁的な政策と反ユダヤ主義のために発表禁止処分を受けた。---エーリヒ・ケストナーはその中でも有名で、彼の作品はナチスによって焚書にされ執筆活動が禁止されたが、彼はドイツに留まり抵抗を続けた--       ケストナー以外にも、トーマス・マンやヘルマン・ヘッセなどの著名な作家がナチスの圧力に直面し、マンはナチスの台頭とともにスイスへ亡命、その後アメリカに渡り、ナチス政権を公然と批判し続け亡命中もドイツ語圏の聴衆に向けてラジオ放送を行い ,またヘッセもナチス政権による検閲と迫害を受けたが、スイスに亡命していたため比較的自由に執筆活動を続けることができた。--これらの作家たちはナチス政権による弾圧に屈することなく、文学という形で人間の尊厳と自由を守るため戦い、彼らの作品は政治的な抑圧に対する抵抗の記録として、また人間精神の不屈の証として、今日に至っている。　　　*** </p>
<p>*---ベルゲングリューンの長編「天上でも地上でも」は一旦、フェイクニュースが流れ、それが流布し広まると皆、戸惑って流されてしまうという話&gt;--*   「天上でも地上でも」は、このようなフェイクニュースが流れた際の人々の反応を描き、フェイクニュースがどのようにして人々の不安や混乱を引き起こすか、そしてそれが社会にどのような影響を及ぼすかを示している。---   </p>
]]></description>
   <category>*現代ドイツ作家の群像;人と作品:1945年以降:-Goo</category>
   <dc:date>2025-07-24T10:15:24+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/b4faee2d42d4536934d9c9243cbe4fbd</guid>
  </item>
  <item>
   <title>* ベルゲングリューンとロシア文学:--つれづれドイツ語選　</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/8645cf28b36e2e137e5b2b4beec7cc24?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
<p>　　 ドイツの作家ベルゲングリューン。                                                               彼はロシア文学の作品を多く翻訳している。例えば、ドストエフスキーの「罪と罰」や「白痴」。　　 またツルゲーネフの「父と子」など。</p>
<p>彼はよく知られたドイツの現代作家。1964年に物故している。これはちなみに、東京オリンピックが開催された年である。また、松本清張の「球形の荒野」の背景になっている年でもある。外交的平和を求めて難儀し努めた外交官に纏わる悲惨な物語である。　閑話休題---</p>
<p>　ベリュームトな大作には「大暴君と審判」や「天上でも地上でも」がある。　　　　　　　　短篇では「鳥の小皿」Das Vogel-Schalchenほか。多くの作品もある。　　　　　　　　ベルゲングリューンが何故、ロシア語に堪能であったか。他でもない、彼が生まれたのはリガ。そして　リガは、旧バルト三国の中の一共和国でなのある</p>
<p>　　　　　 *  )　---&gt; つれづれドイツ語選:--附</p>
<p>Kennst du  den katholischen Schriftsteller  Werner Bergengruen ?          Ja, gewiss. Warum denn ?　　きみはベルゲングリューンを知っているかい。　　--勿論。　で、何故? ---</p>
<p>  Er hatte  viele grosse russische Romane ubersetzt.;  Verstehst du ?　　　　彼はロシアの長編小説をたくさん翻訳しているのだよ。・・</p>
<p>zB. 'Schuld und Suhne' 「罪と罰」,'Der Idiot' 『白痴」  von Dostjewski , und  auch　'Vater und sein Sohn' 「父と子」von Turgenjew  usw...　</p>
<p>　Er ist ja naturlich ein sehr beruhmter Schriftsteller in der modrnen deutschen  Lireratur, der in 1892 geboren und in 1964 gestorben war.　　</p>
<p>Und  er hatte   viele grosse Romane geschrieben. wie du kennst. ;　　zB. Der GrossTyrann und das Gericht , 「大暴君と審判」、-- Auf Himmel wie auf Erden ,　「天上でも地上でも」 und  Vogelschalchen 「鳥の小皿」,　usw...   　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>
<p>　--Und  dann und wann  dachte ich daran ,  wieso er im Russischen so geschickt und bewandert war .und  so bemerkte ich gleich danach, dass er in Riga geboren war.  -- </p>
<p>Riga ist freilich ja  die Hauptstadt in einem von Drei Staaten  am baltischen Meer in alte Sowjet Union.-- Das hat mir  tief eingepragt...</p>
<p>Ach so, ja versthe ich gut , verstehe ich gut,   Danke , Veilen Dank!...　因みに、バルト三国とはエストニア、ラトビア、そして、リトアニアである。</p>
<p>　　　　</p>
]]></description>
   <category>*桑子道之助氏のつれづれドイツ語　から:-Goo</category>
   <dc:date>2025-07-23T08:02:36+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/8645cf28b36e2e137e5b2b4beec7cc24</guid>
  </item>
  <item>
   <title>◎**「かのように・・」:鴎外の短編から</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/3066efbf667981296398398936ca9cea?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
<p>  鴎外の短編に作者の分身と思われる歴史学の学徒、五条秀麿を主人公にした「かのように」という作品がある。  --   これはドイツ語で云うals ob...の訳からのもので、そこにはこんなことが書かれている。例えば、:--《小説は事実を本当とする意味においては嘘である。》    :        とはつまり、フィクションということ。しかし　これは最初から嘘と意識してつくられているのであるから、そこには生命もあり価値も失わない。---  《絵もまた同様で、どれほど写生したところで実物ではない。 嘘のつもりで描かれている。》　</p>
<p>　　　　因みに、自然が絵画を模倣する、という言葉もある。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　これは名作に出会って、それによって強く印象付けられた目で　自然をいつの間にか見てしまっている、といった意味である。</p>
<p>　また、精神学でも然り。:---自由だの、霊魂不滅だのは目に見え、手に触れることのできる存在ではない。しかし、その無いものを　在るように考えなくては論理が成り立たない。---  かくして青年学徒の秀麿が言うには、数学も然り、つまり点と線とがあるかのように考えなければ幾何学は成り立たない。      こうして、哲学も然り、宗教も然り、というように《かのよう・》　als ob...がなくては　学問も、芸術も、宗教も成り立たない、というのである。　そして、こうして学問に打ち興じてはいるが、これはまだ、未完成の若き学徒の内なる葛藤でもあったのである。*/-39*--59*-/*</p>
]]></description>
   <category>*文学・学問・詩:余滴　Ⅱ-Goo</category>
   <dc:date>2025-07-22T11:44:18+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/3066efbf667981296398398936ca9cea</guid>
  </item>
  <item>
   <title>◎* アニマ・アニムス; 　自己回帰への道</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/257699783590284f784efc84b136ae75?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
<p>　イモヌス先生はスイス生まれの神父にして文芸学者。背は高く四角く細長い顔には、細い目に銀縁の眼鏡をかけ、少しとっつきにくい。そのためか、女子学生はちょっと陰険ね、などと時おり囁きあっていたものだ。 　　確かに、丸顔の骨太でピンク色した艶やかな顔に、やはり銀縁の眼鏡をしていたが、厳格にみえても親しみのある言語教育学者のProf.フェールケン先生と比べればそう云えなくもない。</p>
<p>　このイモヌス先生が書かれた数ある論文のひとつに「ドイツ文学における深層心理学的原型」というのがある。他の多くの論文中でとりわけ目に留まり覗いてみると、《アニマ・アニムス》という項目があり、《自分への回帰の道》という語句が目を引いた。</p>
<p>    少し読んでいくと、スイスの精神分析学者として有名なユングの学説に基づき、《アニマの原型が男の無意識層に作用する原型理解:》　に基づいて文芸学的に解釈を試みたものと知れた。    これは文学史上に名を留めた多くの作家やその作品に触れ、縦横に論じた７０ページほどの論文で、こんなユングから引用された一節がある。:　</p>
<p>--《前半生における人間の課題は、外的現実への適応と、確固とした自我の形成にある。それは外へ向かう道である。　》</p>
<p>　　　　ところが後半生では、この自我は大きく方向を変え、自我の根源から新たな生命力をくみ取り、今度は自覚的に、この根源に根を下ろさなければならない。　自我は無意識に、いつの間にか遠く離れた所へ来てしまっているから、根無し草にならぬために、もう一度　自分と繋がりをつけ、新たに結ばれなければならない、・・として　この人生の転機はたいてい、人生の危機と結びついている、・・   というのである。</p>
]]></description>
   <category>*文学・学問・詩・余滴:　Ⅰ-Goo</category>
   <dc:date>2025-07-19T09:38:21+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/257699783590284f784efc84b136ae75</guid>
  </item>
  <item>
   <title>*パスカルとライプニッツ:---そして新渡戸稲造</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/2308b9bea29a58acc0ae9f8cd29dd27a?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
<p>　「パンセ」で知られるパスカルも、「モナド」(単子論)や「弁神論」「予定調和」などで知られるライプニッツも、時代は17世紀バロック期の戦乱時代にあって、その学識は幅広く、数学者としても名高かった。---  フランスは当時、数学の発達した時代で、その分野でも大いに学識を披歴して共通点も見られた。</p>
<p>パスカルは3歳の時に母を亡くし、(その後は父親からeducation =Erziehung: この言葉には、元来、才能を引き出すという意味がある、教育を受けている)、ライプニッツは6歳の時にライプツィヒ大学の教授である父を亡くしているのである。   ** *  )) )  </p>
<p>  　　一方、「武士道」で知られ教育者でもある新渡戸稲造も6歳にして父を亡くすと叔父の家で育てられている。が、そんな不幸にも拘らず並外れて学識が発揮できたのも稀有には違いないが、そんな幼少期の悲しい共通点もあったのである。--&gt;&gt;</p>
]]></description>
   <category>*文学・学問・詩:余滴　Ⅱ-Goo</category>
   <dc:date>2025-07-17T07:19:35+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/2308b9bea29a58acc0ae9f8cd29dd27a</guid>
  </item>
  <item>
   <title>*コーラ・ディ・リエンツォー:- ⑸-</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/a569b69bf22119acdb83df5eca4e00a0?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
<p>      　      ガブリーニは一族と食事を一緒にしなく、別の食卓で取りはじめた。召使用の食卓であったが、食事が劣っていたわけではなく、アナーニの村では代官でさえ、このような上等な器で食べたことはないほどのものだった。<br />　 　ガブリーニは、やがて召使から告示板を通して、いろいろ知らされた。:---コーラが教皇や皇帝らと司っている政情は、どんなか、また、国の無秩序に終止符を打ち、平和を取り戻すため選帝侯を近々ローマに召喚させるのも間違いないなどと。こうして、かなりのことが明らかになってきたが、  こんなことも知らされた。:--</p>
<p>コーラがローマ教皇の礼拝堂の立派な洗礼盤で洗礼を受けたことや、(そこはコンスタンティヌス大帝もローマ教皇の聖シルヴェスターから洗礼を授かっていたのだ・・)　コーラが騎士の称号を授かった際に大祝典で、七つの葉模様の飾りある月桂冠と銀の王冠を頂き、帝位についたことなど・・・。　　　<br />          W.Bergengruen :Das Vogel-Schalchen<br />            ベルゲングリューン　「鳥の小皿」より</p>
]]></description>
   <category>*現代ドイツ短篇選:夏目政廣訳:--Goo</category>
   <dc:date>2025-07-16T09:11:42+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/a569b69bf22119acdb83df5eca4e00a0</guid>
  </item>
  <item>
   <title>*コーラ・ディ・リエンツォー: ⑷</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/9c90c4b7b22847b59899ff7ebf9118d9?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
<p>　コーラの一族は今や称号や官職を与えられ、世界貿易のことや都市交易など喋り合っていたが、ガブリーニのことも気にかけていた。　あるとき食事の際、食堂に鳥籠を携えてきてはならぬ、まして、食卓に置くことなど罷りならぬといわれた。衣服についてもことあるごとに、なんだかんだと云ってはガブリーニのことを当て擦り、口やかましかった。<br />　また、或る祝いの際に、宮殿前のローマ教皇の銅像の馬の鼻腔から赤と白のワインが流され、自由に飲めるよう趣向が凝らされたことがあった。ガブリーニももちろん、皆に混じってお相伴した。が、一族の者は彼を叱責していうのだった。:そんなに酔い痴れて、少しはわきまえなくてはいけないと。--</p>
<p> 馬の鼻腔から流されたワインは最高級なものとは言えなかったが、お喋りしともに飲むことは楽しかったし、羽目を外し鱈腹飲んだことも事実だが、彼はこんなことも言われた。:     おまえさんときたら、挨拶もなっていないし、品もないんだね。これを聞くとガブリーニは流石に腹が立ち、一族の者とは相交えず避けるようになった。宮殿内は広く、それも叶ったのだ。　　　<br />　　　　ベルゲングリューン作「鳥の小皿」より・<br />　　　　W.Bergengruen : Das Vogel-Schalchen </p>
]]></description>
   <category>*現代ドイツ短篇選:夏目政廣訳:--Goo</category>
   <dc:date>2025-07-15T09:52:21+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/9c90c4b7b22847b59899ff7ebf9118d9</guid>
  </item>
  <item>
   <title>*コーラ・ディ・リエンツォー:   ③</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/3806f1e5cf3b1636a94b7ce2aaa7a0c9?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
<p>　　　 宮殿内では築城されたり増築がつづき槌の音の絶えることがなかった。ガブリーニは飽きずに眺め人夫らとお喋りした。宮殿内にいる多くの縁者らはそれを好ましく思っていなかった。<br /> 一度、何かの折りガブリーニは一人の横っ面を叩いたことがあった。すぐに泣き上げた少年は縁者の者で、彼のそんな振る舞いを声高に非難したが、コーラは意に介さず、みずからの若き頃の愚行を思い浮かべているに過ぎなかった。　</p>
<p>　　宮殿内では大きな歓迎行事のあと、ガブリーニも同席しなければならなく、それが苦痛のタネだった。　　テーブルに座っていること自体、好きになれず、レセプションの席では豪華な料理で多くの騎士や連隊長や大使といった列席者の下で荘重になされた。こうしてみると、コーラの交際範囲は驚くばかりであるとガブリーニは思い知った</p>
<p>Werner Bergengruen: Das Vogel-Schalchen  　「鳥の小皿」より<br /><br /></p>
]]></description>
   <category>*現代ドイツ短篇選:夏目政廣訳:--Goo</category>
   <dc:date>2025-07-15T09:25:44+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/3806f1e5cf3b1636a94b7ce2aaa7a0c9</guid>
  </item>
  <item>
   <title>*コーラ・ディ・リエンツォー:ローマの護民官 &lt;2.&gt;</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/4cc55ce2dc9965829c103b64c6ed63ae?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
<p> 　　騎兵はガブリーに、ローマに来られるときは礼儀をわきまえ、ふさわしい身繕いで来るよう金を手渡し、あれこれ報告し命令を伝えると立ち去っていった。<br />　　　ガブリーニは手にした大金の一部は手元に残し、他のすべては裏庭の大きな桜の木の下に隠すと、ローマへ旅立った。<br />　　騎兵はガブリーニに所持品は一切、携えてきてはならぬと伝えていた。だが、薔薇椋鳥からは離れがたく、鳥籠を携えていくことにした。---   　こうして、馬方とともにローマに辿りつき宮殿に着くと、衛兵らが引き止め鳥籠を見て笑いこけた。だが、書状を見せつけると衛兵はペコペコお辞儀をし、中にいれ身分の高い男に通した。この男もまた、丁寧に回廊へと引き連れていき、ガブリーニはコーラと出会ったのである。----     　</p>
<p>コーラの眼は相変わらず火のように輝き、体からは活力をみなぎらせまとっていた衣装は豪華なものであった。<br />    ガブリーニはコーラと抱き合うと、甥の耳朶をつまんで云った。</p>
<p>　大した人物になったものだのう、・・わしのところにおったことを覚えておるかの。亡くなった家内はいつも云っておったものぢゃよ。少しもじっとしておれぬ男じゃと。と、このとき、ベッピーノは間髪をいれず叫んだ。 おっ早うございます、もう一杯、如何❢...</p>
<p>　コーラは、やあ、なかなかよい鳥じゃ。よい鳥を引き連れてきた。こう言い残すと、急ぎ議会へ行ってしまった。執事が近寄ってくると、ガブリーニを部屋へと案内した。<br />　　                       ベルゲングリューン短篇より ---&gt;</p>
<p> </p>
<p><a href="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/be/35acb913a3243986967ca369f1fb57d8.jpg"><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/2c/be/35acb913a3243986967ca369f1fb57d8_s.jpg" width="185" height="123" />  <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/a0/45d3df92c2b844e32c4352a2d7d631e4.jpg" width="215" height="143" />     </a><a href="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/41/4bebbcb219a974c0319fafbc181946fa.jpg"><img src="https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/11/41/4bebbcb219a974c0319fafbc181946fa_s.jpg" /></a></p>
<p> </p>
<p>           </p>
<p> </p>
]]></description>
   <category>*現代ドイツ短篇選:夏目政廣訳:--Goo</category>
   <dc:date>2025-07-14T10:50:57+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/herrsommer3251/e/4cc55ce2dc9965829c103b64c6ed63ae</guid>
  </item>
 </channel>
</rss>
