仔羊の回帰線

詩と散文のプロムナード :Promenade

*:鴎外「青年」より

2023年05月30日 09時05分01秒 | 文学・学問・詩:余滴 Ⅱ

 ルソーは嘗て、自然に帰れ(Zuruck zur Natur!)といった。                 日本では 契冲、真淵、本居宣長以下の(「万葉集」、「源氏物語」や「古事記」の)国学は唯の復古で、ルネッサンスとはちがう。                だからといって、過去の夢の国に魂を馳せノヴァーリス(Novalis)やドイツロマン派 Romantiker のよえに 青い花(Blaue Blume)に憧れても、それだけでは駄目だ。                                       「戦争と平和」を書いたトルストイも、自身は遁世的といっていい。                                          やはり、日常生活に面と向かっていかねば。                   この面と向かっていく心持が大事で、これをディオニソス的といっていいし、日常生活に没頭していきながら、精神の自由は護り、一歩も仮借(excuse)しないところがアポロン的なのだ。

* )))

 「どうだね、こんな話」                                大村は延々と自前の説を披瀝すると笑った。それを熱心に聞いていた純一は「なるほど、」と頷くと、                               「この間の某博士の説に、こんなことが書いてありました。つまり、個人主義は西洋の思想で、個人主義では自己犠牲はあり得ない・・」

 

 

 

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*ラザロの復活:「罪と罰」より

2023年05月26日 09時08分12秒 | 文学・学問・詩・余滴: Ⅰ

 ヨハネによる聖福音書・第11章に出てくるラザロ復活の話は、よく知られているが、「罪と罰」にも取り入れられている。:

「じゃ、ソーニャ、神様に よく お祈りするんだね」  彼女は口を開かない。で、ラスコーリニコフは返事を待った。

「もし 神様が いらっしゃらなかったら、どうなっていたのかしら、わたし・・」 口早に云うと、眼をキラリと輝かせ、彼の手を握り締めた。              「それで、神様は褒美に何を・・」 ソーニャは長いこと口をつぐんでいた。 みれば 箪笥の上に本が のっている。ラスコーリニコフは手に取ってみた。 ロシア語の新約聖書で、古びた皮の表紙のものだ。                  「のっていたのは何処かな、ラザロの箇所・・」  訊ねても彼女は下を向いたまま。                                          「ラザロの復活の箇所 教えてくれないか」                         「第四福音書よ」                                        「それでは そこ 読んでくれないか」                            ソーニャは震え声で読み始めた。:

「ひとりの病人がいて、名はベタニアのラザロと・・」                     声は上ずり、息が詰まり、胸が締め付けられるようだった。                  ラスコーリニコフはソーニャが すらすら読めないのを理解していた。 が、構わず 続けるように云った。                               彼女は、始めは声を詰まらせたが、19節まで読み進めた。:

「イエスはマルタに云った。兄弟は蘇るであろう。 なぜなら、わたしは蘇りであり、命であるのだから。                                    信じる者は たとい死んでも生きる。また 生きて信じる者は、いつまでも死なない・・                                              あなたは これを信じるか」                                     マルタはイエスに云った。                                   「主よ、信じます。この世に来るべきキリストは 神の御子であることを 私は信じます」

 

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*カサンドラ: ノサック「カサンドラ」より

2023年05月22日 09時17分15秒 | 現代ドイツ作家の群像; 人と作品:1945年以降

  あらゆる男から、もっとも美しい女と認められていたヘレナ。               そのヘレナがトロイの王の娘カサンドラのことを何と云ったと思う。            カサンドラは腰が細すぎると云ったのだ。

   「ヘレナって口の悪い人ね」と オデュッセウスの妻は 夫の問いに答えた。彼女は不機嫌そうだった。 

 「だが、そうはいっても ヘレナが口の悪い女だったとは言えまい。それに、いかに女たちがヘレナに嫉妬していたといっても、粗探しはできなかった。それができたら、喜んで言いふらしたろう。・・前にも言ったと思うが・・」とオデュッセウスは続けた。                                 「ヘレナは誰一人として悪しざまに云ったことなどなかった。いや、それどころか、周りの女たちを護ってやった。 惜しまず相談に乗ってもやった。」

トロイの王子パリスに誘惑され、トロイ戦争の原因となり、かの戦争はヘレナのためになされ、多くの人の命が犠牲になり、馬鹿げたことだというのが大方の意見だが、やがて時が経ち、人の心も落ち着くと、ヘレナは戦争の口実にすぎなかった。だからヘレナは今では、女神に列せられている。 

「だから、おかしい」とオデュッセウスは妻に云った。 「ヘレナがこともあろうに、何故、カサンドラだけを辛辣に云ったか」                         「アポロのことでヘレナは妬ましく思ったのね」とオデュッセウスの妻は云った。「いや、まいった。そうも考えられぬこともない」とオデュッセウスは叫ぶように言った。

      ++ ))) *

カサンドラ: 予言の能力を持っていたが、アポロの求愛を退け、予言しても信じてもらえぬという罰を受けた。トロイ王の娘。

オデュッセウス:イタカの王で、トロイ戦争におけるギリシア軍の智将。      トロイ滅亡後、苦難の末に巡り巡って10年の後に故国に辿りつく。                「オデュッセイア」はホメロスが書いた その放浪と冒険の長編叙事詩として有名。

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*再会:ゲーテ「西東詩集」より

2023年05月09日 08時40分45秒 | *Deutsche Lyrik

 その昔 世界が暗黒に 閉ざされていた時                        神は 創造の喜びで 生まれよ! と云われた すると                     宇宙は 俄かに 巨大な身振りで呻いた

すると 光が顕れ 闇は怯え 光から身を離した                      地水火風の四元素は おのれの領分を 拡げようと争った                     やがて 計り知れぬ空間は 黙し 寂寞となった                       神は それを目の当たりにして 孤独となり                          世界を憐み 燭光を創られた すると                                色彩が生じ それまで分かれていたものが                          愛しあうように 近づき始めた・・・)))

嗚呼 わが身を振り返ると                                      星のように輝けるあなたに ふたたび逢えた歓び!                     離れていた夜が 煩悶と苦痛だっただけに                          歓びは 計り知れなく あなたを見つめる そして                         朝焼けの翼となり 飛んで行くや                                   二度と離すまいと 誓い 抱擁していたのだ・・

 ゲーテ 「西東詩集」 ズライカの書 より                              Goethe ; Wieder-Finden                               Aus;  West-Ostlicher Divan 

     

 

 

 

 

 

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*魔術の世紀:ブルーノのこと: Ⅰ-4.

2023年05月06日 18時29分45秒 | *B.ブレヒト散文選 より

       ドイツの劇作家、ブレヒトの散文作品に「異端者のマント」がある。     15-16世紀は魔術の時代でもあった。                                        そして、この時期にブルーノが出現するが、彼は宇宙と天体について極めて独特の理解を提唱した。つまり、物質をごく微細なアトム・原子の集合とみなし、人間から天体までの全ての存在をアトムの離合集散と考え、それが生成し分解し、また新たに再生する全過程に宇宙を見たのである。                         そして宇宙には空間や時間に限界がなく、無数であり、しかし、秩序は存在し、しかも どの存在にも共通した宇宙霊魂が宿る、つまり、宇宙は躍動する生命の集合であると云うのである。                                                   だが、この魔術の預言者は、早く生まれ過ぎたゆえにブルーノの考えはキリスト教会からは理解されず、真っ向から対立するという不幸があった。     因みに、ルネッサンス期の三大魔術には、占星術、記憶術、そして錬金術がある。ルネッサンス期の知性は世界の奥の奥の秘部を解明したい熱望に満ちた時代であったのだ。

   Vgl. 「世界の歴史」16. 中央公論社 参照.

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*夜の魔女・エリヒトー:ゲーテ「ファウスト」より

2023年05月02日 07時48分24秒 | *ゲーテ「ファウスト」より

    場面はファルザスの古戦場。辺りは暗黒。

魔女 エリヒトー :

     ハーイ あたしはエリヒトー 夜の魔女よ !                                           今宵も 魔女たちの祭りに参上したわ                                                     詩人たちに 悪しく言われるほど 不気味な女でないわ                              褒めたり 貶なしたりして 際限を知らないのが詩人よね                あら 見渡せば 谷間に 灰色のテントが ぎっしり 波打っているわ         あの波の まにまには 過ぎし日の恐怖が 夜の幻に交じって              もう何年 繰り返されてきたのかしら そして これから先も いつまで繰り返されてゆくやら。                                    そう やすやす 国は人手に渡したくないに 決まっている                 略奪や統治も 力づくでは 長続きするはずないわ                   他国を奪ったり 支配したり 権力欲や 傲慢からくるのよね               そうよ ここも そういう戦(いくさ)があった古戦場なのよ                  美しい花が千切られ 月桂樹の冠が 略奪者の頭を虚しくかざったところね  

こっちの岸辺で ポンペイウスが 過去の栄光に酔っていたと思えば          対岸では シーサーが 運命を覗っていたところね                     そして やがて戦が 。   勝利の女神 ニーケが どちらに微笑んだか 云わなくても分るわね・・

  古代ワルプルギスの夜                                     ゲーテ「ファウスト」 第二部 より

 

 

 

 

 

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