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京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

INF全廃条約米離脱問題,欧州に迫られる核軍拡再開と空白のアメリカ中距離核戦力再整備計画

2018-12-05 20:00:37 | 国際・政治
■ポンペイオ長官,60日期限提示
 INF全廃条約離脱における最大の懸念は外交政策と国防装備の不一致、つまり米国防政策と外交の不一致の懸念があるということです。しかし、世界規模での影響は大きい。

 アメリカのポンペイオ国務長官は4日のブリュッセルにおける会見で、ロシアに対し60日以内にINF全廃条約違反の兵器を廃棄するよう是正を要求し、ロシア側の具体的行動が無かった場合はアメリカのINF全廃条約枠組離脱手続きを正式に開始する、と発表しました。ロシア外務省のザハロワ報道官はこれに対し、条約違反の兵器は無いと繰り返しました。

 INF全廃条約では500kmから5500kmの射程を有する米ロの地上発射型ミサイルを規制しています。この射程は軍団支援用戦術弾道弾射程以上で主として中距離弾道弾や長射程巡航ミサイル等が含まれるもので、ボルトン補佐官訪露時にプーチン大統領へ突き付けたINF全廃条約枠組離脱へ、具体的に着手する期限を今回の国務長官発言は示したかたちです。

 欧州の核軍縮、核兵器は我が国国民が深く関心を寄せるところですけれども、欧州には現在地上配備型核ミサイルは全て撤去され配備されていません。欧州には在欧米軍と核兵器国フランス、核兵器国イギリスがあり意外と驚かれる方が多いのですが、基地も無くなり、フランスの核ミサイルサイロ等は既に廃止され、跡地は天文台に転用されているほど。

 アメリカの中距離核戦力全廃条約、所謂INF全廃条約からの離脱は欧州諸国に再度地上発射型中距離弾道弾を保有するという選択肢を迫られる事になる可能性があります。勿論、INF全廃条約は米ロ間の条約ですので、大量破壊兵器拡散防止条約に違反しない範囲内で、つまり国産開発を行うのであれば現在のところ欧州諸国にその開発の制限はありません。

 NATO諸国が廃止した中距離弾道弾、そもそも中距離弾道弾は冷戦時代にソ連軍がフランクフルトやパリとブリュッセルにローマ等の戦略目標に対し核兵器による恫喝を加えた際に、欧州が独自にソ連のモスクワやレニングラードに対し報復を加える事が出来る基盤を整え、抑止力とする事が目的でした。そしてソ連のINF全廃条約加入が大きく影響する。

 自国への明白な核戦力の脅威が劇的に縮小したのであれば、敢えてその区分の兵器を保有する必要もない、という事です。ミサイルの性能は公示され誇示する事で抑止力とする、ソ連のINFの射程からその核戦力の狙う目標は配備地域から必然的に限定される訳です。これを元に抑止力が構成される。そしてその脅威がなくなれば、事を荒立てる必要もない。

 S-3-SSBS,フランスは1980年より射程3500kmの中距離弾道弾をアルビオン高原の戦略ミサイル基地へ配備、ソ連への核抑止力としていました。フランスはアメリカと戦争する戦略は無く、最大の脅威はパリを照準するロシア中距離弾道弾である為、フランスもS-3によりモスクワとソ連中距離弾道弾基地を照準する事で核抑止力を構成できたわけですね。

 フランスはしかし1996年、シラク政権下でS-3-SSBSの廃止を決定、フランスにおける地上発射核戦力は全廃されました。これはINF全廃条約によりフランスを狙う核戦力が全廃された事で、明らかにロシアを狙う核戦力の必要性が解消し、射程500kmのASMP巡航ミサイルや、射程10000kmのM-51潜水艦発射弾道弾という核兵器へ統合されたかたち。

 21世紀に核軍拡競争が発生する懸念、例えばロシアがアメリカのINF全廃条約離脱により条約枠組が完全に解消し、イスカンダル短距離弾道弾を発展させた中距離核戦力を保有する選択肢を執った場合、特にフランスは現在弾道ミサイル防衛システムを有していない。フランスもS-3-SSBS後継の中距離弾道弾開発という選択肢を迫られる可能性があります。

 ヴァンガード級原子力潜水艦4隻だけの潜水艦発射弾道弾だけに核戦力を縮小しているイギリスでも、INF全廃条約枠組の解消は、4隻だけであり米英共同核パトロールという、イギリス政府の一存だけでの発射が難しい、つまり即応性に限界のある核戦力以外の、例えばアスチュート級原子力潜水艦へ核弾頭巡航ミサイル搭載という核軍拡を考える可能性も。

 アメリカの安全保障に大きな制約が加わっている、という論点でも、アメリカにとり地上発射中距離弾道弾を必要とするほど、中南米に脅威がある訳でもありませんし、在欧米軍や在日米軍の縮小を提案したトランプ政権政策と矛盾、更に海上発射型の方が運用が容易である。悪影響は大きいのですが、アメリカにとっての利点が、分りにくいのですよね。

 トランプ政権のINF全廃条約、最も不可解なのはアメリカにはINF全廃条約枠組に該当する地上発射型ミサイルというものは存在しません、30年前にINF全廃条約とともに廃止されたパーシングⅡ戦術弾道弾は射程1770kmというものでしたが、さすがに30年前に全廃され条約に従い完全解体、しかも生産ラインも完全に解体され、その再生産は不可能です。

 何をしたいのかわからない、という事はこれまでにも述べましたが、離脱する事で得るものが無い。欧州防衛強化へアメリカのINF増強を目指すのか、否トランプ政権は欧州防衛へ冷淡だ。米本土防衛に必要なのか、否そもそもINFの射程限界ではアメリカ本土から脅威対象国に届かない。武器輸出に寄与したいのか、否そもそもミサイル拡散には反対だ。

 ミゼットマン地上発射型弾道ミサイルという、冷戦後の1992年に中止された移動発射型ミサイルが存在しますが、こちらは射程11000kmあり大陸間弾道弾に区分されることから現在再開発した場合でもINF全廃条約の制限を受ける事はありません。そして将来を見てもトランプ政権に、新しい地上発射型の中距離弾道弾開発計画の検討という話もありません。

 地上発射型トマホークを開発するのか、という分析も成りたた無くは無いのですが、アメリカにとり、地上発射型トマホークを開発する意味はありません。アメリカ本土に配備しても叩く相手が射程内にありませんし、在韓米軍基地や在欧米軍基地へ配備するよりも、地中海や横須賀前方配備のイージス艦から海上発射型を投射した方が、確実であり、早い。

 INF全廃条約はアメリカにとり有利です、こういうのもアメリカは脅威と地続きではない、アメリカ本土から5500km以内にアメリカを攻撃できる脅威は無い、あってアラスカ州に近いロシア沿海州程度、カナダもメキシコも通商面で対立はあるが核武装しアメリカと戦争する気配もない。だからこそ、アメリカ海軍イージス艦がトマホークを運用しています。

 地上発射型の中距離核戦力、実はアメリカにとり非常に有用性が低い実情があります、その理由はアメリカ本土へ配備した場合でもロシアや中国へ届かない為です。INF条約目一杯の射程5500kmミサイルを開発した場合、グアム準州へ配備したならば北京まで4100kmですので中国沿岸部やロシア沿海州へ届きますが、米中核戦力差を考えれば不要でしょう。

 グアム準州へ中距離核戦力を配備するならば、条約枠外の射程6000kmを確保する事は射程5500kmのミサイルを開発する事とそれ程労力が変わるものではありません。しかし逆に言うならば、グアム配備以外は全く用途が無く、グアム線用ミサイルを開発する合理性というものもありません。当たり前ですがアメリカ本土に配備する意味も全くありません。

 グアム配備専用に中距離核戦力に相当する新兵器が必要、これも考えにくいのが現状です。装備単体ではなく装備体系として考えるならば、ミサイル体系に新しい体系を構築、つまり予算を一割の水準で増額させる必要が生じる、この努力を行ってまでグアム専用兵器体系を導入しなければならない程、必要性は勿論、アメリカの国防予算に余裕はありません。

 合理的ではないINF全廃条約アメリカ離脱、アメリカとしては考えるところがあるのでしょうか。単にロシアへの強硬な姿勢を示す事でアメリカ世論の支持を図る、という構図も見えてくるのですが、その姿勢の結果がアメリカ中間選挙での共和党下院過半数割れでした。ポピュリズムのリアリズムの闘争の結果といえます。さて、どう展開するのでしょう。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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