goo blog サービス終了のお知らせ 

気紛れ貴婦人願望バーバの徒然草~カムイミンタラに憧れ、悠々自適人になりたい

ご訪問いただきありがとうございます。安政の探検家松浦武四郎足跡を訪ね、音楽と自然、いにしえのロマンを愛する旅人です。

函館伝統的建造物 旧相馬邸にある松浦武四郎の資料

2014-08-22 21:07:59 | 日記
2014年7月18日、私の相棒より旧相馬邸の見学に誘われて、元町公園のすぐ傍にあり、港を見下ろす展望の良い絶景の場所にある函館の富豪相馬哲平の邸宅を訪ねた。
旧相馬邸と初代相馬哲平


創立者である初代、相馬哲平は1861年に越後の国から北海道に来て事業を始めた。
 邸内ガイドの方の親切な説明がある。当初、予約されていたかどうか・・・と問われたが、電話で話したので・・・と云い了解を得た。(電話を受けてくれた方は不在だった・・・。)
相棒は、邸内に松浦武四郎の資料が展示されていると調べていた。
邸内は撮影はご遠慮・・・というところであったが、私たちは北海道内の松浦武四郎の足跡の碑などを廻っていることを話、その箇所の撮影をお願いした。
 相馬哲平は、当時先見の目があったのか、大量の米を備蓄して、その米が彼が巨万の財をなした基というようなことを説明。
明治41年(大火の翌年)に和洋折衷の邸宅を建造し、家屋には貴重な屋久杉の天井や、庭園など客を迎える所には贅をかけたよう・・・。私的住まいは簡素とのこと。(巨額の財産を得るにはそれなりの哲学があったのでしょう・・・)
全国の納税番付でもかなり、上位にあり、当時の石橋湛山を上回っていた。
(実は相馬家の何代目に当たるのか、また直系か別家か分からないが、F小学校や中学校の後輩に「相馬君」がいた。)
各部屋を案内してもらったが、展示室にはいって蠣崎波響の「アイヌの酋長」の絵などもあった。
第一に目についたのは
 「アイヌの鶴の舞」の絵。武四郎著の「久摺日誌」や「東西山川取調日誌」「丁巳日誌」などの著書。
 丸瀬布にお住いの松浦武四郎研究会の名誉会長である秋葉實氏の解読のものなど。

「アイヌの鶴の舞」


「丁巳由宇羅津布日誌」(松浦竹四郎著)別名の「竹四郎」を使ているいる書物もある。
  ユーラップから函館の調査

そこには
『今朝出立せんと用意するや、ヲシャマンベ 土人メツチャシ来たりて是よりヤムクシナイ迄送り行度由、由出けるか、
番屋守も、何れ誰なりと、直に此の者え申附け呉けるや、川端のクサレンカ来りて云えるは、昨日何或順々土産をば貰ひしまゝ是えにしにとてシュトと申、むかし、土人等が合戦を致せし頃用いたる棒といえるものを一柄我に呉けるか・・・(中略)
 説明として、札幌、北海中学校の北駕文庫の蔵書の鈔写したものなり。原本は松浦竹四郎の次いつ本にて、當て竹四郎の箱館奉行所に献本したるものなる事は、同署の箱館御役所の蔵印あることに依って知られる。
 昭和十年、七月一日、函館開港七十七記念の港祭りに際し、函館回顧展覧会を開催し、本書の出陣を得たるに寄り、特に鈔写す。
              昭和十年九月三十日 』と書かれている。
蠣崎波響の「夷酋列像」ブザンソン美術館蔵


最新の画像もっと見る

コメントを投稿