鉄道親爺の窓

今日でブログを始めて6年目 国鉄形の車輌の淘汰が進み 寂しさもひとしおですが 平成の名車にも目を向けたいと思っています。

越美北線の SL(28651) Ⅱ

2011-09-05 22:01:59 | 蒸気機関車

    1973年05月00日撮影 越美北線 越前大野駅

 機回しを終え貨物列車の先頭に立ち 越前大野駅で出発の準備に備える28651号機 シールドビーム化され煙突も化粧煙突からパイプ煙突に改造され しかもクルクルパー付きと 外観は原型を大きく損ねているが 良く手入れされておりランボードに白線が入っているだけで 引き締まって見えた。越美北線へは結局この年の4月と5月に一度ずつ 二度の訪問で終ってしまった SLブームの当時はやはりC57やD51と行った 大型蒸気に目が行っていたのだろう 8620や9600といった地味な機関車をもっと写しておけばよかったと思うのだが 関西から出かけるとなると やはり九州や北海道は遠いところだったのだろう。

越美北線の SL(28651) Ⅰ

2011-09-05 20:40:54 | 蒸気機関車

    1973年04月00日撮影 越美北線 計石~牛ヶ原

 SL終焉の時期 北陸本線越前花堂から別れ 九頭竜湖まで52.5kmを結ぶ越美北線に 大正生まれの名機8620牽引の貨物列車が走っていた 線路は九頭竜川の川沿いにユックリしたのぼり勾配で 途中牛ヶ原の手前?のトンネルがサミットになっていて越前大野に向かって下り込んでいたように思う 貨物輸送は福井から越前大野までで 九頭竜湖までは転車台で機回しをするための単機回送だった 大阪を夜中に出る立山3号で福井に着き 朝一番の気動車で越前大野に入り 越前大野~田野の間で単機回送を写し トンネルの手前に鯉のぼりを上げている家があったので 鯉のぼりを入れて写したのを覚えている 8620もこの頃は五能線・福塩線・香月線・室木線で 僅かな客貨物列車の運転に従事している位で あとは駅・機関区などの入換え用で働いているだけだった。

    

    1973年04月00日撮影 越美北線 越前大野~田野

 越前大野で貨物を切り離し 九頭竜湖駅できまわしを済ませ単機で越前大野に戻る28651号機 こぶしの花が咲き始めたといえ大野盆地の春は遅い。