俳人漱石 (岩波新書) | |
坪内 稔典 | |
岩波書店 |
冒頭の俳句は夏目漱石の明治30年の句です。その前年に漱石は29歳で9歳年下の鏡子と結婚します。新婚早々の元旦、当時第五高等学校の教授だった漱石の家に「年始の客が四、五人ほどあり、生徒も五、六人来て、ご馳走が不足したそうですね。それで漱石さんが腹を立て、奥さんは夜中の十二時までかかってきんとんをつくったそうですよ」、とは『俳人漱石』の著者・坪内稔典氏があかすエピソードです。
ところで私は、昨年の夏頃から漱石の周辺をうろうろしています。漱石の最晩年に当時の臨済宗の雲水(うんすい=修行僧)二人と数十通の手紙をやりとりしているのを見つけたからです。漱石は大正5年12月9日に50歳で亡くなりますが、その一か月前の10月末に二人の雲水が夏目邸に逗留して、漱石におこづかいをもらって東京見物をします。漱石に次の俳句があります。修行僧二人がお風呂にはいって背中を流しあう(風呂吹き)光景です。
風呂吹きや 頭の丸き 影二つ
岩波書店刊『漱石全集』はつくった年月が明らかになっている俳句として2499句を掲載しているけれど、「風呂吹きや」の句には2491のナンバーがふられています。文豪があまた作った俳句のなかで、末期の一句にちかいのです。このことに関心を寄せている人はあまりいないようで、新雪に初めて足跡をつけるような楽しみがあります。少しの間、頭の丸き二人の消息を追ってみます。それが、年始めの吾が願です。