紳士・淑女の昔物語・・・六宮の姫君(その3)
五年が過ぎた。父の陸奥の守の任期は終わり、上京しようとした時、常陸の守の人は、この男の評判を聞きつけ
「娘の婿にしたい」と使者を立てて、迎えようとした。
男の父、陸奥の守は「それは結構なことだ。」と喜び、この男を常陸へ送った。
こうして陸奥には五年、常陸には四年がむなしく過ぎていった。
常陸の守の娘は若く、魅力もあったが、京の人とは較べようもなく、心は常に京へ向き、京の人を悲しく恋していた。
何度も京へ便りを送ったが、便りはなく、所在は不明であった。
そのうち常陸の守の任期は果て、同道して、上京することになった。
京に入るや、男は旅装束のまま、六宮の住居へ急いだ。
築地はあるものの、家はなくなり、粗末な小さな小屋があるだけであった。
その小屋から、尼が出てきた。
男はこの尼を呼びよせた。
月明かりに見ると、この屋敷の下女であった。
「この屋敷に住んでいた姫君はご存知か?」と問うと
尼ははかばかしい、返事をしない。
男は尼が寒そうに見えたので、男は着ていた衣を一つ脱いで与えた。
尼はどうしてよいかわからぬ様子で
「どなたさまが、このようなことをしてくださいますやら」と言う。
「おまえは私を忘れましたか。わたしはおまえをわすれないよ」
と男が言うと、尼は聞いてしゃくりあげ、涙にむせぶのであった。
それから、尼は話した。
(次回へ続く)