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まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

寒の入り満月、春七草粥、銀座通りの賑わい

2023年01月12日 | 日記

 寒の入は満月の直前にあたり、仕事帰りに駅から道中東空の方向低く登り始めたお月様は、まだオレンジがかっていて大きく、身重で落っこちそうなくらい。
 翌七日は仕事休みで良く晴れ渡る。すこし遅めの起床の後、用意してもらった七草粥の朝食をいただいた。この日は昭和天皇のご命日にあたり、八王子市高尾長房町の武蔵野陵へは皇族方のどなたかが参拝されているはず。そんなことを考えながら、ヨモギ入り草餅を焼いて食べた。草餅には邪気を払い、健康に効用があるといわれていて、お正月にはふさわしい食べ物だろう。

 週末、午後からは銀座に出ることにして、恒例の「現代の書 新春展」を見に行った。新春の銀座通りは、歩行者天国の老若男女で賑わっていて、とりわけ外国人観光客の姿が目につくようになっていた。
 書の展示会場は、四丁目交差点角、時計塔のあるビルの六階ホール。昨年6月に改装オープンして「セイコーハウス銀座」という名称へと変わってしまったけれど、旧来から馴染んだ銀座和光のほうが重みがあってしっくりくる。会場はさほど広くはなく見渡せるくらい、厳かな雰囲気がする。ここに書を出展できること自体、相当に名誉あることなのだろう。文字よりも装丁にほうに目が行ってしまうのは、俗人の証拠か。
 見終わってから、地階に降りて店内をすこしぶらつく。やはり優雅でゴージャスな雰囲気が漂っている。富裕層ばかりでなく、中間層にも開かれていて巡るだけですこし高揚した気分にさせてくれるところが、東京銀座ならではのマジック、なのかもしれない。

 和光を出てから交差点のむこう側、ガラス円筒形の銀座三愛ビルへと向かう。その一階は、“Le Café Doutor”とすこし気取ってはいるけれど、あのドトールコーヒーショップである。ここではブレンド一杯が460円、器は真っ白なロゴ無しのすこし厚めの陶磁カップだ。
 せっかくだから二階へあがって、交差点を見下ろす窓際カウンターに席をとる。さきほどの時計塔ビルや向かいのデパート、日産ショールームのあるビル、銀座通りや晴海通りの賑わいが一望のもとに眺められる都会のど真ん中の特等席。ここでのひと休みが珈琲一杯の値段で済むとは、素晴らしいこと。

 まだ夕暮れまで時間はたっぷりとあるから、どう過ごそうかと思案しているうちにそうだ、新年の映画鑑賞はじまりを銀座でというのもいいなあ、と思いつく。スマホを取り出して、時計塔ビル裏手の映画館上映スケジュールを調べると、午後三時すぎからは「土を喰らう十二ヵ月」の上映開始だ。主人公役が沢田研二、松たか子のふたりというのもなかなかいい気がした。この映画にしようと決めると、しばらく時間までカウンター席から向かいのデパートへと出入りする人々、交差点を行きかう市井の風景を眺めていた。

 ふたつのスクリーンが同居する映画館建物の二階がお目当ての上映場所、ここで観るのは本当に久しぶりのこと。四季折々の食でつづる人生ドラマ、というのがテーマ。原作は水上勉のエッセイ集、信州田舎暮らしをする老境の作家が主人公だ。
  編集担当者で年の二回りほど離れた恋人役の松たか子が、その作家ツトムが独居する茅葺古民家へと原稿の催促がてらに東京から訪れる。恋人どうしなのに愛の表現は食の情景のみで、あからさまに性が描かれることはない。一度だけ、男が女の手に手を重ねようするシーンがあるが、つれなく女のほうがその手を引き離してしまい、男はそれ以上に求めようとしない。まだ若くて都会的な雰囲気をもつ女は、老境の男のことを最後の決断ができない、優柔不断な性格と心得ていて少なからず物足りなく思っているようだ。
 そんな心境の時のふたりの会話のトーンは、年齢相応よりもすこし高めで、初々しくもあり微妙に交差しないすれ違いを象徴しているかのようだ。ツトムが鼻歌で「鉄腕アトム」を歌うシーンがなんだか可笑しい。

 四季折々の情景が映し出されるなか、男の畑仕事の様子や旬の食材から丁寧に作られる料理を味わいつつ重ねる交流が淡々と描かれてゆく。男は中学生のころ京都の禅寺へ修行に出されて、そのときに精進料理を覚えたと語る。取り立てのタケノコをゆがいて、大皿に盛って二人して喰らうシーンがいい。喰らうは生きること、男の亡くなった妻の母親の死、その娘で義理の妹夫婦の身勝手さ、田舎の葬儀から浮かび上がる近所との関係性などが、次々と現れる料理でつながれてゆく。
 慌ただしく葬儀が済んだ後に、男は一緒に暮らそうと提案するが、すでに女は男のもとを去る決意を固めていて、同僚?からのプロポーズを受け入れたことを示唆して都会へと去ってゆく。するとそれも予感していたかのように男はいつもの田舎暮らしへとゆっくりと戻っていくのだった。

 エンドロールに流れるのは、沢田研二が歌う「いつか君は」(1996年初リリース)。別れを予感させる歌詞が映画に寄り沿っていて、またジュリーの歌声に色気があり何とも味わい深い。
 映画館を出てからもしばらく余韻が味わいたくて、銀座の街中ビルの合間を彷徨ってから地下鉄に乗り、銀座線で帰路へ着く。



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