日々礼讃日日是好日!

まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

初春の空はぬけるように青く、陽光は次第に長く

2020年02月13日 | 日記

 ここ数日、日中はよく晴れて暖かく春近しの気配はあるけれど、日が暮れると冷え込みがぐっと厳しい。

 ロサンゼルスのハリウッドで第92回米国アカデミー賞が発表されたばかりだ。韓国映画「パラサイト 半地下の家族」が最高栄誉の作品賞を射止め、韓国人ボン・ジュノが監督賞や脚本賞、国際映画賞を合わせて四冠となった。昨年のカンヌ映画祭最高賞パルムドールに引き続いての快挙で、新聞一面扱いのおおきな話題となっている。同じアジアである日本において、商業的にもアカデミー受賞は大きいニュースなのだろう。その流れに乗るわけではないが、立て続けに三度ソウルを訪れて、その社会や地理歴史・文化への関心が高まっているところだったので、この映画への興味をかき立てられしまい、機会を見つけて観に行こうと思う。

  振り返ってみると、前回2018年のカンヌ映画祭最高賞は、是枝裕和監督の「万引き家族」だったが、こちらはビデオデッキに入ったままで未見である。とにかく、新作映画に限っても次から次へと話題づくりが先行して、実際に映像作品を見て記憶にとどめ、反芻されるということが実はとても難しくなっている。

 そんななかで、2019年5月のカンヌの正式招待作品(コンペ外)として上映されたクロード・ルルーシュ監督の最新作を観てきた。タイトルは「男と女 人生最良の年代」、原題英訳は「The Best years of a life」と拍子抜けするくらいオーソドックスだ。邦題の冒頭「男と女」は配給会社がつけたもので、内容からして続編であることはそのとおり、一般大衆へのアピールなど商業的に必要と判断されたものだろう。この三文字のおかげで、53年前のカンヌで賛否両論の渦の中、パルムドールを取ったあの第一作目「男と女」の代名詞とも言えるタイトル曲の電子音メロディー、あのスキャットが流れてくる。

 それにしてもルルーシュ監督82歳、ともすれば恵まれた美男美女の恋愛メロドラマとなりかねないところを、絶妙のバランスで乗り切って変わらぬみずみずしさ、人生の肯定賛歌を奏でている!年齢を重ねることは、悪いことではなくて、経験を重ねた分、深く味わい広く地平が見えてくるのだと思わずにはいられない。新旧の映像が交互にまじりあい、演じる俳優と役柄の時間の経過が重なっているのは、まさしく53年の時を隔てて、主要なスタッフ、子役を含めた主要キャストが奇跡的に結集してできた作品だからだろう。

 とても残念なことに、女主人公アンヌの夫役、事故死してしまうスタントマンを演じたピエール・バルーが、2016年12月に82歳でほんとうに突然、この世を去ってしまった。彼は「男と女」に出演したあと、映画の相手役で今回もアンヌを演じたアヌーク・エーメとしばらく結婚していた。そして、作曲のフランシス・レイも、この映画への楽曲提供を最後に昨年亡くなっている。でも、そのふたりの面影はこの映画の中に変わらずに生き続けているのだ。

 冒頭から印象的なのは、年老いた男ジャン・ルイの暮らす老人施設を同じように年を重ねた女アンヌが尋ねてゆき、芝生の庭で再会を果たすシーンだ。前髪を書き上げる女のしぐさに、男はかつて愛して別れたひとの面影をみる。虚と実が入り混じる懐かしいような不思議な場面だ。若いころはお互いに訳ありだったふたりが、いまは年を重ねてすこし饒舌になっていて話すほどに寄せる想いがよみがえってくる。

 そして回想の中に、第一作のパリ街区を車で疾走するふたりのかつてのシーンが挿入される。粗い粒子のモノクロとカラーが交錯する前衛的で斬新な映像構成に驚く。ルルーシュはこのとき28歳だったはず。さらには五十年ぶりに再会したふたりが、パリ郊外ノルマンディの海岸までの地平を対話しながらドライブするシーンもいい。フロントガラス越しに笑顔で話すふたりの顔に道両側の木々の枝葉と空が重なって映る。流れるような光と影のモンタージュー手法の魔術とでもいえようか。

 女が男をつれてゆく海辺のリゾートホテルの部屋は、かつてふたりが初めての情を交わしたであろうその部屋である。そのときのふたりの表情がアップされ、微かな口づけと抱擁が切り取られてモノクロシーンとしてフラッシュバックする。それは過ぎ去った時間と苦い後悔としてではなく、失いかけていた長い空白の記憶の確認であり、これからの人生肯定の想いへと連なっていく。

 二人が並んで歩く海辺の水平線は夕焼けに染まって輝いて、純粋な感情の高まりの中に真実の一瞬があり、最良の日々は人生の黄昏に訪れるだろうという、クロード・ルルーシュのごく自然な確信で締めくくられる。ふと思ったのは、待てよこれって「竹内まりあ「人生の扉」のテーマそのものじゃないか。人生、健康であれば、男と女はいくつになっても愛おしい?

 そう、ルルーシュ監督は53年ものあいだその確信の時を待ち続けて、とうとう幸運にもこの作品を生み出すことに成功したのだ。ストーリーが甘いとの批判もあるが、変わらぬそのイノセントな恋愛賛歌を通した人生を肯定する姿勢が好きだ。


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