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まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

「波」と「図書」

2020年03月15日 | 日記

 先月末のこと、第三種郵便紙製封筒入りで「波」が、ゆうメール扱いビニール包装で「図書」が自宅宛て同時に届いた。いづれもA5版サイズ小冊子、年間購読は千円、それぞれ新潮社と岩波書店の読者向けPR誌である。ことし二月号から定期購読を申し込んでいたものだ。

 定期購読を申し込んだのには、それぞれにそれなりの動機がある。「図書」のほうは、新聞読書欄の一月号広告において、さだまさしと立川志の輔の対談、さらに巻頭言が佐伯泰英、新連載エッセイでは片岡義男があるのを知り、まとめて読んでみたいと思ったからだ。一方の「波」は、たまたま町田久美堂本店で無料配布を手にしたところ、永田和宏の新連載が目に留まったことがきっかけだ。
 この機会に、即席の読書人読書家ぶってみるのも自尊心がくすぐられていいかもしれないし、そしてこれがとても肝心なのだが、両冊子とも持ち運びやすく手によく馴染む体裁なのである。

 もう少し興味の内容を明らかにしたい。まずは「波」における永田和宏さんの生い立ちと歩みを振り返る連載「あなたと出会って、それから・・・・・・」(・数は掲載原文のまま)は、一月号の第一回「湖に降る雪」にはじまって、「風のうわさに母の来ること」「消したき言葉は消せざる言葉」と続く。永田さんは細胞学者であり、妻の河野裕子とともに歌人として知られるが、その人生を振り返る内容とともにひかれたのは、生まれの地が琵琶湖の西岸、湖西地方の北に位置する村と書かれていた。滋賀県高島郡饗庭村、現在の高島市新旭町である。
 琵琶湖とりわけ西岸は、比叡山のお膝元の坂本から堅田あたりを過ぎれば、かつては裏近江とでもいうような寒村地帯となり、歴史風土的にはとても興味深いところだ。ここをゆかりとする近現代の人物として、桜美林学園創立者でクリスチャンの清水安三(1891-1988)とフランス文学者である自身のルーツを探った自伝「故郷の廃屋」を書いた饗庭孝男(1930-2017)のふたりがいる。
 つながりのなさそうな三人がふるさとが同じということで結びついたことがおもしろくて、このことは改めて別の機会に記述しようと思う。

 そして「図書」一月号である。2019年十月に行われたさだまさしと立川志の輔の対談を読むと、お二人は同年二月に行われた武道館ライブで共演している仲だった。ここでは新年号にふさわしく、ふたりの恒例となっている公演(志の輔は、横浜にぎわい座の新年カウントダウン寄席のことに触れている)などについて語り合っている。岩波書店のPR雑誌を意識しているのか、社会世相との関わり、とくに震災などの災害と芸能活動の有り様、置かれた立場のなかで考えていることをお互いに持ち上げながらもけっこう真面目に吐露していておもしろい。

 巻頭言の佐伯泰英「惜櫟荘が文庫を」の惜櫟荘(せきれきそう)とは、吉田五十八設計の旧岩波茂雄熱海別荘のことで、いまは作家自身が仕事場として所有している建物だ。2012年岩波書店より刊行された「惜櫟荘だより」を読んでから熱海を訪れた際のこと、ブルーノ・タウト設計の旧日向荘の見学の後に近くだからと、本の記述と掲載写真を頼りに現地を探して尋ね歩いたことがあった。海際の崖っ淵なのに松ではなくて櫟、すなわちクヌギの木というのはちょっと植生的に意外な気がして、これは信州諏訪出身の岩波茂雄だからなのかと思ったりもした。
 駅から東方面に国道を戻っり途中から海側へと下ると、石畳のある昭和初期に分譲されたという住宅地があり、その一角をさまよいながらも、とうとう写真にある門構えを見つけることができたときはうれしかった。そこからは家屋も庭の様子もうかがい知ることができなかったが、初めての探索としてはうまくいったと思う。こちらの風呂に浸かった窓からの相模湾の眺めは、素晴らしいと聞く。今回は、続編「惜櫟荘の四季」が岩波現代文庫に収録されるに際しての感慨をつづったエッセイである。

 つぎに片岡義男といったら、かつての角川書店のイメージだから、新連載エッセイと岩波書店との取り合わせが意外だ。二月号に掲載された「ハーボのブルース」が興味をひく。片岡氏が町田タワーレコードの棚を見ているところから始まり、エッセイタイトルからその曲を収めたフィービ・スノウ「サンフランシスコ・ベイ・ブルース」(1974年)の印象的な横顔ジャケットがすぐに思い浮かんだ。
 学生時代、ロバータ・フラッグ、ジャニス・イアンと並んで愛聴したアルバムであり、ポール・サイモンのグラミー賞アルバム「時の流れに」中の一曲、「ゴーン・アット・ラスト」(1975年)のデュエットも記憶に残る。たった一曲だけだったが、いつもながらポールの才能を見極めるセンスに脱帽したものだ。タイミングよくフィービ・スノウの来日公演が東京グローブ座であったときにそのステージを目の当たりにして、リズムを刻むギター、特徴のある地声裏声とうたいまわしが印象に残っている。

 この一連のエッセイ、片岡さんは玉川学園から町田への散歩中、お気に入り喫茶店である「カフェ グレ」の一角で書かれたのだろうか、と想像してみるのも楽しい。バロック音楽が静かに流れる店内で、ここのコーヒーと自家製チーズケーキの取り合わせは最高だ。この先いつか「ハーボのブルース」に動かされた片岡さんの短編小説が書かれた暁には、ぜひ手に取ってみて読んでみたい。

 というわけで、これからは通勤途中にこの二冊を読みながら、さまざまなことに考えをめぐらすJR横浜線となりそうだ。


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