日々礼讃日日是好日!

まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

大寒の月を見上げて

2021年01月21日 | 日記

 新年があけて鏡開き、小正月も過ぎたと思ったら大寒の日だ。日本海側は大雪になっていて、ふるさとの新潟は風花が舞っているだろうか。
 
 すこしずつ日が長くなって日没は夕刻五時まえくらい、ちょうど帰宅のころになる。日中は晴れ晴れと青い空から、夕刻の冷え込みのなか丹沢あたり山並みのシルエットがくっきりと浮かびだしている。西の空が次第に沈んだ青から白熱色へと変化して、ギリギリのところでオレンジ色に輝いてみえていた。この齢になってみて朝日の出と夕日入入りのどちらが好きかと聞かれると、夕日が山並みに隠れた直後の空風景が一番しっくりとくるように思えるのは自然のことなのかもしれない。

 まだ太陽が天上にあった正午、昼食のあとに青々とした空を見上げれば、東方向に月の影が白く浮かんで見えた。それは三日月と呼ぶにふさわしい膨らみ具合の月齢だった。日中の月を愛でるという体験も考えてみればじつに不思議なものだと思うが、趣のある月は夜ばかりのものではないだろう。
 白昼に遠い星は見えないのに地球唯一の衛星とはいえ、太陽の光を受けて月の痕跡が薄くぼうっと浮かんで見えるのは、大気が冷えているこの季節ならではのものだ。これからは瞳を閉じてもそのかたちが浮かんでくるように、もっと真冬の月に気を留めてみようか。

 昨年暮れにとなりまちの地元書店本店で本を三冊まとめ買いしておいた。年が明けてから、そのうちの「国道16号線」柳瀬博一(新潮社)と「旅のつばくろ」沢木耕太郎(新潮社)の二冊を読み終え、いまはドナル・ドキーン「黄犬交遊抄」(岩波書店)に取り掛かったところだ。
 この三冊、いずれも2020年中に刊行されていてずっと気になっていたものの直ちに購入しないで、しばらく見過ごしていた。それが年末年始の機会に読んでみたいという気持ちが高まっての納得買いだった。年末はあれこれと慌ただしくて集中できず終いだったが、明けてからは近くの喫茶店へ持ち込んだりして、読み進めていった。

 最初の「国道16号線」は、同世代の著者によるものだ。なにしろ、その16号線のすぐ近くでずっと暮らしてきているものだから、書かれている主題の多くがドンピシャ、著者の視点と重なりすぎてあやしいこそもの苦しけれ。
 取り上げている内容は、経済雑誌編集者出身らしくマーケッテイング視点からの経済分析、現代の古代からの歴史と地理、流行音楽や映画アニメを題材とした風俗分析など。第五章「カイコとモスラと皇后と16号線」では、宮中養蚕と明治殖産興業の関係を、ゴジラ映画に登場した怪獣モスラおよび16号線の前身である横浜港へむかうシルクロードと結び付けて記述しているのがおもしろい。
 ほかの細部では、80年代TBSドラマ「金曜日の妻たちへ」「南町田グランべリーパーク」「紅白歌合戦」におけるユーミンと桑田佳祐についてとりあげているのにも共感できたし、新型コロナウイルス感染拡大にともなう都市生活スタイル価値観の変化や、生命潮流についての考察にも触れていて引き出しの多さに驚かされる。もうすこし続編がありそうだ。

 沢木耕太郎国内旅エッセイ集とドナルド・キーン交友録は、ずうと読みたいと思っていた。前者は雑誌「トランヴェール」の連載をまとめたもので、なによりもタイトルとシンプルな装丁に惹かれた。章のタイトルのひとつに「朝日と夕日」があり、日常で眺めていた朝日夕日と鉄道旅をして眺めた水平線からの日の出、日の入りについて対比しながら考察して書かれた文章があって、そのほかの旅情を感じさせる数々の文章に共感したところ大である。表紙のつばくろのイラストと手書きのタイトルは横山雄という方で、装丁は新潮社装幀室による。

 「黄犬交友録」のほうは、これまた手に取るのが楽しくなる装丁だ。いまどき珍しくなった布製によるものでタイトルを尊重した鮮やかな黄色染、見出し紐も黄、表紙題字は金箔色とそろえてある。そのためか定価は、本体2600円と高め、それでも思い切って購入してしまったのは、2020年2月13日発行の初版、つまり著者の一周忌を直前にして刊行されたものだったから。
 都内西ケ原の旧古河庭園に隣接したご自宅マンションの遠景も、菩提寺である真言宗古刹無量寺境内の様子も実際に訪れてみたことがあり、文章を読むだけでその情景までよくわかるのだ。日本文学探求に生涯を捧げ、純粋で真摯でありながらユーモアを忘れなかったというお人柄が重なって見える。
 交友録のなかで興味を引いたのは、安部公房との出会いと交流である。なんと1974年の西ヶ原引っ越しのさいには、安部公房自身と安部スタジオの若手が手伝いにはせ参じたというのだ。その中には、まだ安部との親密な関係が表立っていなかった若き日の山口果林も含まれていたのだろうか?
 三島由紀夫との交流についてはすでに知られていることが多く、その衝撃的かつ自己愛的な死も含めて関心を引くところはない。その一方、谷崎潤一郎と大江健三郎との交友について、本書ではふれるところがないのは少々残念に思える。

 おしまいに「附 西ヶ原日乗」というかたちでいくつかのエッセイがあり、その最後の表題が「雨」、すきな季節と西ヶ原周辺と軽井沢別荘の緑の風景について短く美しく語っている。そしてあとがきは養子となったキーン誠己さんの一文だ。誠己さんは新潟出身で、文楽座三味線方を務めた後に帰省して家業の酒屋を手伝う傍ら、再び三味線と人形浄瑠璃にかかわっていたそうだ。その関連で新宿文化センターの講演会を聴き行き、導びかれるような楽屋における出会いから養子になるまで、そして一緒に暮らした和やかで生き生きとした日々について丁寧に記された文章が心に残る。 
 
 きょうの夕刊を手にすると大寒の昨夜、午後8時32分、「西の空に大きな流れ星である火球が現れた。上弦の月と同じマイナス10等級ほどの光を放って5秒以上光り続けた」という写真付きの記事があった。
 大寒からあけての今夜、ベランダに出てみれば、澄んだ大気の天空にその上弦の月が耀き、そのすぐ右上には火星が接近して見えている。この光景はなかなかのものであって、小さな人生におけるひとつの邂逅であろうか。
 このめぐり合わせた天体事象に巡りあうことで、いまだ猛威をふるい続ける新型コロナウイルス禍社会、未曾有の事態が少しでも好転していってくれる契機となりますように。流れる星に願いを!

 新春の江の島からの相模湾越しの丹沢の山並み。対岸は茅ヶ崎から平塚あたり。


快晴初富士を相模湾越しに望む。翌日に降って見事な冠雪となった(撮影:2021.1.10)


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