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まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

帰省、そして時代の変わり目に見たふたつの茶室

2019年04月30日 | 日記
 もうじき平成三十年の時の長さに区切りがついて、新しい元号による時代が始まろうとしている。この春は自身の人生歴の区切りである還暦を迎えて、文字通り社会的な「異動」と空間的な「移動」の時期だった。
 所属先の再任用による「異動」があり、職場環境が都心から郊外へ変わり、自宅からは私鉄二駅とJR二駅の乗り換えで到着し、随分と距離的に近くなった。新しい勤務先は、三社構成からなる所属の異なる立場の人たちの集まりである。組織的異文化交流の見本市のような感じで、最初はてんやわんやの手探り状態だったが、ようやく方向性が見えつつある、といったところだろうか。

 その一方で、個人的な空間の「移動」もあれこれと続いた。

 四月上旬、サクラ開花の時期に津久井湖畔の知人宅へお招きいただき、ログハウスのベランダで眼下に湖面を見下ろしながらの花見会。遠く視線のさきには、城山城址から続く山並みとそのふもとの里山風景と街並みが一望できる。ダム湖である津久井湖のむこうは、リニア開通を見据えての再開発が著しい橋本の市街地だ。部屋の中の西側窓からは、対岸の又野からこちらの三井地区に架かる吊り橋の赤い名手橋が正面にみえている。どちらも額縁のなかの絵画のような構図の風景を愉しむことができる空間での語らい、一期一会の贅沢な時間を過ごす。

 23日からは二泊三日の里帰りで、圏央道から関越道を通って新潟上越までの往復だった。道中の新緑に遠くの山並の残雪が美しかった。山の中腹には、煙るようなうすみどりに混じって、ところどころに山サクラがまさに見頃だったし、高速道路を降りてからは沿道に花々が咲き誇って春爛漫といったていであった。
 田舎のひと冬無人のままだった実家の庭にも、雪椿が雪に負けないで紅白とさみだれに咲き誇っていたし、家の敷地周囲には水仙が列をなして咲きだしていた。もうだめだと思っていた芝サクラもけなげに残っていて、紅白の絨毯となしていたのはうれしかった。急いで玄関と居間のある縁側の羽目板をはずし、ツツジや山茶花、紫陽花、南天、ヤツデといった植栽の冬囲いの縄を解いてあげた。家の屋根は、思ったほど目立った傷みがないようで、ほっとした。
 
  すぐ家のとなりには、宿泊体験施設“月影の郷”(旧月影小学校、2001年3月閉校)

 着いた翌日は、ひがな庭の草むしりと落ち葉の掃き掃除に精をだし、昼近くに墓参をすませた。午後からは買い出しと二階部屋の剥がれかけていた障子戸の張り直しをして、すっきりできたと思う。最終日は雨でもやがかかる中を松之山から魚沼をぬけて、雪解けの急流が滔々とながれる清津峡へとむかう。清津川のほとりのひなびた日帰り湯、その名も「よーへり」(方言で、ゆっくり湯にお入りくださいの意)に立ち寄り、にわか仕事でこわばった筋肉を温めてほぐしてから帰路に就いた。

 四月最後の週末は、待ちかねていた静岡浜松までの新幹線旅である。天竜川中流にある秋野不矩美術館「堂本印象展」とその美術館敷地内に昨年できた「望矩楼」(2018年竣工)、そして浜松城公園に隣接した「松韻亭」(1997年竣工)と、現代建築家による二つの平成時代の茶室を見にいく。おなじ茶室でも建築家の資質違いを反映していて、まったく趣の異なる佇まいであるのがおもしろく、それは命名された“楼”と“亭”にも端的によくあらわされている。
 「望矩楼」は高台にあって、下から見上げるとなんと楕円形の茶室!、三本の柱で空中に浮かんでいた。設計者の藤森照信さんによれば、イノシシみたいになったというけれど、それよりもマンガの主人公パーマンが野武士になって被ったヘルメットみたいな風貌がユーモラスで、超アバンギャルドだけれども妙になつかしい。ワンパク少年のような藤森さんのまなざしが伺えて、ここの山間の風景にすっかりなじんでいる。
 
 「望矩楼」の壁周囲と床下は、銅版の人手によるタタキ張り。青空のもと、チベット王宮のような秋野不矩美術館。

 もうひとつの「松韻亭」のほうは、谷口吉生らしくモダンなつくりに伝統をいかしたクールなつくり(施工は水澤工務店)で、前庭のアプローチからのコンクリ塀による空間の切り取り方がシャープだ。うすく水平に左右へと伸びる屋根から来る効果だろう。この建物は、豊田市美術館(1995年)と東京国立博物館法隆寺宝物館(1999年)の中間に竣工している。ここで立礼の抹茶をいただいたあとに、奥庭から横長に伸びた茶室棟をながめてみると、縁側からの張り出し舞台が芝生庭にうあまくはまって効果的であるし、全体にイロハ紅葉を主体とした庭との調和も見事だ。その一方、少々庭のメンテナンスに難ありで、小川の流れが停まっているままなのが残念、設計者の意図が十分には活かされていないのがもったいない。

 それでもこのふたつの茶室建物は、あとで振り返ってみれば周囲のことなる環境のなかで対比して眺めると見ごたえ充分であって、平成の締めくくりにふさわしい体験であったといえるだろう。
 たったの一泊二日だったけれど、浜松天竜めぐりは郊外ローカル線道中あり、夜の肴町散策あり、記憶と体感が深まった忘れられない旅となった。