いいね~おいしいね~

食べたり買って良かったもの等を実体験に基づき厳選紹介!ぜひご利用頂きより良い人生や日本経済等活性化につながれば幸いです♪

2015年7月~12月「美味しかったもの」まとめ

2015年12月30日 01時00分00秒 | 外食
 2015年7月~12月にこのブログで紹介したレストラン等で、特に美味しかったものを振り返ってみたいと思います。

 実はTwitterで紹介はしつつも、このブログで紹介していないお店は多々ありますので、ここで振り返るものは厳選に厳選を重ねたものとなり、どれもとても美味しくオススメなお店です^_^)

今回特に素晴らしかったは、カシータ(東京 表参道)ですね。
ビルの前でお店の方が待ってくれていたし、途中で外の席に変えてくれるなど、ホスピタリティが素晴らしかったですね。
もちろん料理も美味しかったです^_^)

 今回は以下のように、「イタリアン」「フレンチ」「洋食」「和食」「居酒屋」で分類してまとめてみました。

イタリアンでは、カシータ(東京 表参道)アントニオ南青山本店(東京 南青山)サバティーニ・ディ・フィレンツェ(大丸東京店)は内装も素晴らしくもちろんホスピタリティも良く、料理も美味しくて素晴らしいお店でしたね!

洋食では、池波正太郎氏がよく行っていた資生堂パーラー銀座本店(東京 銀座)は内装やホスピタリティ、料理も素晴らしく、また当時の池波正太郎氏のことも聞けたのは嬉しかったです^_^)

それから、和食では、御花の「料亭 集景亭」(福岡県柳川市)が、庭も美しく素晴らしかったと思います。柳川市の川下りを楽しんだ後に訪れることをオススメします!

そして、居酒屋では和酒和食 古今(川崎市溝の口)が想像以上に店内が綺麗で、そして素材の良い料理やお酒が美味しかったです!
また、豊年萬福(東京 日本橋)は外国人向け旅行ガイドブックのLonley planet tokyoに掲載されるのが納得の広い室内空間で質の良いつまみやお酒を頂け、とても良かったですね!

イタリアン
カシータ(東京 表参道)
アントニオ南青山本店(東京 南青山)
サバティーニ・ディ・フィレンツェ(大丸東京店)
レオーネ マルチアーノ(横浜市みなとみらい駅近く)
BELLA VISTA(東京のホテルニューオータニ)
ベッラ・ナポリ(東京 森下)

フレンチ
THE FRENCH KITCHEN(グランドハイアット東京)
プルミエアベニュー(川崎市 溝の口)

洋食
資生堂パーラー銀座本店(東京 銀座)
日本近代文学館にあるBUNDAN(東京 駒場)
イベリコバル門仲(東京 門前仲町)
煉瓦亭(東京 銀座)
カフェ リコプラス(cafe riko+)(東京 門前仲町)

和食
御花の「料亭 集景亭」(福岡県柳川市)
てんぷら天松(東京 日本橋)
酢重ダイニング(東京駅近 新丸ビル)
鳥ふじ(東京 茅場町)
並木藪蕎麦(東京 浅草)
川万(神奈川県平塚市)

居酒屋
和酒和食 古今(川崎市溝の口)
豊年萬福(東京 日本橋)
居酒屋ゆうちゃん(東京 門前仲町)
ふうすけ(東京 門前仲町)
久昇 本店(神奈川県藤沢市)
魚三酒場(東京 門前仲町)

なお、それ以前のまとめたものは以下となります。
良ければこちらもご覧ください^_^)
  ・2015年前半の「美味しかったもの」
  ・2014年後半の「美味しかったもの」
  ・2014年前半の「美味しかったもの」
  ・2013年後半の「美味しかったもの」
  ・2013年前半の「美味しかったもの」
  ・2012年後半の「美味しかったもの」
  ・2012年前半の「美味しかったもの」
  ・2011年後半の「美味しかったもの」
  ・2011年前半の「美味しかったもの」
  ・2010年後半の「美味しかったもの」
  ・2010年前半の「美味しかったもの」
  ・2009年後半の「美味しかったもの」
  ・2009年前半の「美味しかったもの」
  ・2008年の「美味しかったもの」
  ・2007年の「美味しかったもの」
  ・2006年の「美味しかったもの」
  ・~2006年の「美味しかったもの」

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2015年7月~12月「お勧めなモノ・サービス等」まとめ

2015年12月28日 01時00分00秒 | イベント・外出
 2015年7月~12月にお勧めなモノ・サービス等を紹介したもので、特に良かったものを振り返ってみたいと思います。

以下のように「すぐれモノ」「体験」「東海道」で分類してまとめてみました。

今回は旧東海道の川崎宿から小田原まで歩くツアーに参加したので、それが多いですね。
毎回歴史や地理の勉強になり楽しいですし、各地名物の弁当を食べられるのも嬉しいです!

また柳川市(福岡県)の川下りは想像以上にゆったりとして、そして美しい緑もあり感動しましたね。
東京ステーションホテルのSPA TOKIONEも素晴らしいSPAでしたし、エアウィーヴ(airweave)「四季布団 和匠」も毎日気持ちよく愛用する布団でとてもオススメですね。
改めてこの半年も色んな体験を楽しみました!!
皆様の参考になればと思います。

「すぐれモノ」では、その他にはTUMI BRAVO 22318 「モントレー」スリング(肩かけバッグ)は外出の時に愛用していて、特に自転車にも使えるのはうれしかったですね。
また、国内旅行では飛行機内持込み可で座れるキャリーバック「ZUCA フライヤー」を愛用していますね^_^)
イスがない場所でこのキャリーバッグに座れるのはとても便利です!

「すぐれモノ」
エアウィーヴ(airweave)「四季布団 和匠」
TUMI BRAVO 22318 「モントレー」スリング(肩かけバッグ)
飛行機内持込み可で座れるキャリーバック「ZUCA フライヤー」
パナソニック 【扇風機】創風機 F-BL25Z

「体験」
柳川市(福岡県)の川下り
東京ステーションホテルのSPA TOKIONE
旧前田家本邸(洋館)(東京都目黒区立駒場公園内)

「東海道」
東海道五十三次 街道をゆく 川崎宿~神奈川宿編
東海道五十三次 街道をゆく 神奈川宿~東戸塚 (1)神奈川宿編
東海道五十三次 街道をゆく 神奈川宿~東戸塚 (2)浅間神社~帷子橋跡編
東海道五十三次 街道をゆく 神奈川宿~東戸塚 (3)保土ヶ谷宿編
東海道五十三次 街道をゆく 神奈川宿~東戸塚 (4)権太坂・境木等編
東海道五十三次 街道をゆく 東戸塚~藤沢宿 (1)品濃坂上~鎌倉ハム
東海道五十三次 街道をゆく 東戸塚~藤沢宿 (2)戸塚宿~八坂神社
東海道五十三次 街道をゆく 東戸塚~藤沢宿 (3)宮塚八幡宮~浅間神社
東海道五十三次 街道をゆく 東戸塚~藤沢宿 (4)諏訪神社~藤沢宿
東海道五十三次 街道をゆく 藤沢宿~平塚宿 (1)藤沢宿~弁慶塚
東海道五十三次 街道をゆく 藤沢宿~平塚宿 (2)源義経首洗い井戸~弁当
東海道五十三次 街道をゆく 藤沢宿~平塚宿 (3)牡丹餅立場~馬入の一里塚
東海道五十三次 街道をゆく 平塚宿~大磯宿~二宮 (1)平塚宿編
東海道五十三次 街道をゆく 平塚宿~大磯宿~二宮 (2)化粧井戸~弁当編
東海道五十三次 街道をゆく 平塚宿~大磯宿~二宮 (3)湘南発祥の地~国府本郷の一里塚編
東海道五十三次 街道をゆく 二宮~小田原 (1)二宮~弁当
東海道五十三次 街道をゆく 二宮~小田原 (2)小八幡一里塚~北条稲荷
東海道五十三次 街道をゆく 二宮~小田原 (3)かまぼこ通り~小田原城

なお、それ以前に「お勧めなモノ・サービス等」でまとめたものは以下となります。
こちらもぜひご覧ください!
  ・2015年前半の「お勧めなおはなし」
  ・2014年後半の「お勧めなおはなし」
  ・2014年前半の「お勧めなおはなし」
  ・2013年後半の「お勧めなおはなし」
  ・2013年前半の「お勧めなおはなし」
  ・2012年後半の「お勧めなおはなし」
  ・2012年前半の「お勧めなおはなし」
  ・2011年後半の「お勧めなおはなし」
  ・2011年前半の「お勧めなおはなし」
  ・2010年後半の「お勧めなおはなし」
  ・2010年前半の「お勧めなおはなし」
  ・2009年後半の「お勧めなおはなし」
  ・2009年前半の「お勧めなおはなし」
  ・2008年の「お勧めなおはなし」
  ・2007年の「お勧めなおはなし」
  ・2006年の「お勧めなおはなし」

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2015年7月~12月「本の紹介」まとめ

2015年12月25日 01時00分00秒 | 
 2015年7月~12月に紹介したもので、特に良かった本を振り返ってみたいと思います。

今回は「人生向上もの」、「経営」、「経済」、「教養」、「健康」で分類してみました。

 改めてどれも良書ですが、特に全体の中で今回はジョコビッチの生まれ変わる食事(ノバク・ジョコビッチ)という本がとても感銘を受けましたね。
テニスをやる方にとっては有名なプロテニス世界一位のジョコビッチ選手が、小麦粉などに含まれるグルテンや乳製品等をやめる食事に変えることによって、劇的に健康な身体になったことについて書かれたものです。
 そのジョコビッチ選手が小麦やチーズを使うピザ屋の息子で、そのピザが体調不良の原因だったというのは皮肉ですね^_^)
自分も特定の食物に対する不耐性を調べるELISAテストを受けて、より健康に留意したいと思いましたし、食事だけでなく前向きな思考についても書かれていて、真の健康を考える上でとても参考となると思いました
とても勇気づけられましたし、とてもオススメな本です!!

「人生向上もの」では良い習慣 悪い習慣(シュレミー・ディーン)が特に良いと思いましたね。
より良い人生のためには良い習慣を持つことが重要で、特に幸福をもたらす習慣として、感謝の心を持つことが大切だなぁと改めて思いましたし、習慣は小さな変化をつけることが大切で、そして先のことではなく目の前の喜びを堪能することが人生を味わうこととなり大切ですね。

「経営」では、日本経済の原点と言われる江戸時代の現代語訳・西鶴 日本永代蔵(暉峻康隆)は特に面白かったですね。
富を築くことを目的とする町人、特に若者に対して、その目的を遂げた人々の生きざまについて教訓となるよう書かれたもので、富を築きながらも没落した人々やその理由についても書かれています^_^;)
金持ちは代々続くのではなく丁稚が成り上がる、工夫・知恵が長者になるなど現代にも通用する内容だと思いました。

「経済・投資」では金融が支える日本経済(櫻川昌哉 宿輪純一)が良かったですね。
現在の日本の経済政策が短期的で市場機能・競争原理・新陳代謝が低下する内容で問題であること、また長期的な経済成長のために何が必要かについて分かりやすく説明があります。
 そのほかドイツ・米国・北欧の事例、日本の政治制度の問題やAIIB、また日本の何が悪いのか、ROE向上、法人税の課題、円国際化などについても分かりやすく説明があり、日本や国際経済について理解を深める内容となっています。
宿輪純一さんにはその宿輪ゼミでも大変お世話になっており宿輪ゼミもオススメです。

「教養」では、映画はやくざなり(笠原和夫)が良かったですね。
映画の脚本に取り掛かる順の説明や、シナリオ骨法十箇条が面白いと思いましたね。
小説等を書く際の参考にもなるかと思います。
それからロシアの街角で出会った人々(茂櫛 勉)はロシアの実態を知るにはとてもオススメかと思います。
面白いと思います。

「健康」ではジョコビッチの生まれ変わる食事(ノバク・ジョコビッチ)の他に、腰痛は心の叫びである(山本浩一朗)も面白いと思いましたね。
腰痛の痛みの原因はストレスが多く、その原因は我慢とのことで、ストレスや思い込みが痛みを発しているとは驚きました。
また、改めて目標を立てることや、プラス思考、呼吸法、笑顔、掃除、歩くことなどが大切ということが分かりとてもオススメです!

それから「観光」では、Lonely Planet TokyoLonely Planet Japanが、日本を旅行する外国人用旅行ガイドとして一番売れているようで、この外国人の視点で改めて日本の観光を理解でき面白いと思います。
簡単な英語ですので、初心者用の英語の教材としても良いかと思います。
私はこの旅行ガイドで紹介されている美味しいお店は今後ぜひ行ってみたいと思いますね。
これもとてもオススメです!

 なお実は結構本はもっと読んでいて、それらはTwitterで紹介していますので、もしよろしければそちらもご覧下さい。

「人生向上もの」
良い習慣 悪い習慣(シュレミー・ディーン)
運を支配する(桜井章一、藤田晋)

「経営」
現代語訳・西鶴 日本永代蔵(暉峻康隆)
「バカな」と「なるほど」(吉原英樹)
ゆっくり、いそげ(景山知明)
成功はゴミ箱の中に(レイ・クロック(マクドナルド創業者)自伝)
買う5秒前(草場滋)

「経済・投資」
金融が支える日本経済(櫻川昌哉 宿輪純一)
ストラテジストにさよならを(広木隆)
2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する

「教養」
映画はやくざなり(笠原和夫)
ロシアの街角で出会った人々(茂櫛 勉)
グルメサイトで★★★の店は本当に美味しいのか?(嶋浩一郎、森永真弓)
老い方上手(上野千鶴子 大熊由紀子 会田薫子 樋口恵子 井上治代)
ビールの科学(渡淳二)

「健康」
ジョコビッチの生まれ変わる食事(ノバク・ジョコビッチ)
腰痛は心の叫びである(山本浩一朗)
食品の裏側2 実態編(安部司)
病気は才能(おのころ心平)
怒り 不安感情にとらわれると病気になる(おのころ心平)
ゆるすいっち。(おのころ心平)
医者のかかり方完全マニュアル(おのころ心平)

「観光」
Lonely Planet Tokyo
Lonely Planet Japan
JAPAN CLASS それはオンリー イン ジャパン


なお、それ以前のまとめたものは以下となります。
良ければこちらもぜひご覧ください!
  ・2015年前半の「本の紹介」
  ・2014年後半の「本の紹介」
  ・2014年前半の「本の紹介」
  ・2013年後半の「本の紹介」
  ・2013年前半の「本の紹介」
  ・2012年後半の「本の紹介」
  ・2012年前半の「本の紹介」
  ・2011年後半の「本の紹介」
  ・2011年前半の「本の紹介」
  ・2010年後半の「本の紹介」
  ・2010年前半の「本の紹介」
  ・2009年後半の「本の紹介」
  ・2009年前半の「本の紹介」
  ・2008年の「本の紹介」
  ・2007年の「本の紹介」
  ・2006年の「本の紹介」
  ・2006年以前の「本の紹介」

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久兵衛(東京 銀座)のお寿司はとてもオススメ!

2015年12月23日 01時00分00秒 | 外食
 以前このブログで紹介したLonely Planet Tokyoという本でトップチョイスに選ばれている東京の銀座にある久兵衛という寿司屋へ行ってみました!

 久兵衛は1936年に銀座に創業した老舗で、多くの政財界の要人や文化人が長年通ってきた名門中の名門店とのことで、2014年4月にオバマ大統領が来日した際には「すきやばし 次郎」へ安倍首相と行ったことは有名ですが、実はその前に「久兵衛」で出前を取っていたとも噂されています^_^;)

 私の友人も久兵衛は絶賛していて、特にFさんに握ってもらうと美味しいとのことでしたので、お店に到着した際にFさんに握ってもらえるよう頼んでみました^_^;)


↑久兵衛の店構え

 実は平日のランチの11:40頃に一人で行ったのですが、予約をしていなかったので、再度12:40頃に来るように言われました。
ランチでも予約が必須ですね!
そして12:40頃に再度お店へ行ったのですが、今度はエレベーターで4Fの待合室に案内されたのには驚きました!
 待合室を作るくらいなら客席にすれば売り上げが上がって良いのではと思ってしまいますが、それは素人考えでしょうか・・・
4Fではすでに20名ほどが待っていましたが、実はこの部屋は魯山人ミニギャラリーとなっていて驚きました^_^)
魯山人もこの久兵衛を愛していたようです・・・。
しかしながら、5分後くらいに呼ばれて再度1Fに降り、荷物を預けて右奥のカウンター席に座ります。
 なんと、板前はそのお願いしていたFさんでとても嬉しかったですね!
Fさんは笑顔で迎えてくれ、そしてその笑顔がとても素晴らしかったですね^_^)


↑メニュー

メニューは玄関で見ていたので、おまかせの握りを注文します。
創業記念感謝として、ランチはすべて2,000円引きとなっているのはとても嬉しいです^_^)
この創業記念感謝はいつからいつまでやるんでしょうね?

 最初に熱いおしぼりとお茶が運ばれます。
お茶はこまめに何度も注いでくれるのは嬉しいです^_^)

そして「ワカメとツマ」にポン酢をかけたものが運ばれます。
これは、お代わり自由とのことでした・・・。
結局2皿分頂きましたね^_^)
もちろん冷んやりしていて美味しいです。


↑ワカメとツマ

それから付き出しか茶碗蒸しを選べるとのことで、茶碗蒸しを選択しました。
茶碗蒸しは光沢があり、柔らかくアツアツで、さすがこれも美味しいです!


↑茶碗蒸し

そして、マグロが握られます!


↑マグロ

醤油は浸けずにそのまま食べても良いとのことなので、そのまま食べますが、マグロが濃厚で柔らかく、口のなかでとろけ、さすが旨い!
この旨さはこれからの寿司にも期待をもたせます・・・。

 そしてここで驚いたのですが、板前から「シャリの大きさは、これからは大きくします?」と訊かれました。
シャリ大きさを選べるんだ!!
お腹が減っていたので、大きめでお願いしますと頼みます^_^)
シャリの大きさを頼めるというのは素晴らしいと思いましたね!
そんな寿司屋は初めてです!

そして、次々と寿司が握られていきます。
いくつかの寿司は、味付けをどうするか2~3種類から選べるのは素晴らしいと思いましたね。
特に「塩」も美味しかったです。
さすがどの寿司も美味しいです!
なお写真は美味しくて1つ撮り忘れています・・・。


↑イカ


↑ウニ

それから、生きた粋のいい車海老を目の前に出されたのには驚きました。
生でもいいし少し茹でても甘みがでていいとのことでしたが、活きがいいので生にしました^_^)
ネタの上でもその車海老がピクピク動いていたのには驚きました!
隣の奥様もビックリ^_^;)
それほど新鮮で活きがいいということですね!


↑車海老


↑鯛?


↑煮はまぐり


↑サバ?


↑しじみ味噌汁

トロも色合いがとてもよく、そして口のなかでとろけて、質の良さを感じましたね!


↑トロと車海老を焼いたもの

それから穴子がアツアツなのには驚きました!
そして塩とタレの2種類も楽しめる!
これは嬉しいし、美味しいです!


↑穴子


↑大根にゴマと紫蘇を挟んだ口休め

巻物も、目の前で手際よく作ってくれます!
板前は動作が機敏で清々しかったですね!


↑巻物と漬け物

それから、卵はご飯を入れるか訊かれるので、入れるように頼みます。


↑卵など

最後のデザートは「ラフランス」か「栗ようかん」を選べるので、秋らしく「栗ようかん」を選びました!


↑栗ようかん

それから、左側の奥の3人や2人連れが記念写真を撮っていましたが、若い板前が、「「す~し~」というので「う~に~」と言ってください」と言っていたのには笑えました^_^)
フレンドリーなのは良いですね!

また、板前に「最近は外国人のお客さんが多いでしょう?」と訊くと、カウンター全員が外国人ということもあるようです。
恐るべしLonley planet!!

久兵衛は、驚くサービスばかりで、そして銀座の中ではリーズナブルで、楽しく美味しくお寿司を堪能でき、とてもオススメです!!

美味しかったものまとめ(2015年上半期)

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銀座 久兵衛 銀座本店寿司 / 新橋駅銀座駅内幸町駅

昼総合点★★★★ 4.5

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東海道五十三次 街道をゆく 二宮~小田原 (3)かまぼこ通り~小田原城

2015年12月21日 01時00分00秒 | イベント・外出
 前回に引き続き、阪急交通社が企画する「東海道五十三次 街道をゆく」の第8回目の二宮~小田原 (3)かまぼこ通り~小田原城について紹介したいと思います。

それからしばらく歩いて、かまぼこ通りを通りました!
この旧東海道のかまぼこ通りは、小田原名物のかまぼこメーカーが乱立しているため、かまばこ通りと呼ばれているようです^_^;)


↑かまぼこ通り

さっそく、「丸う 田代総本店」というお店で、相模湾で獲れた「いさき」を70%使った(30%はぐち)の内閣総理大臣賞などを受賞した「いさきかまぼこ」を購入しました!
このお店では試食することもできて、確かに美味しかったです!


↑丸う 田代総本店


↑いさきかまぼこ

それから、少し歩くと1945年8月15日の終戦当日の小田原空襲の説明がありました。
深夜1~2時頃にB29一機による焼夷弾空襲を受けて、家屋が約400軒焼失したようです。
この日は直前に埼玉県熊谷市と群馬県伊勢崎市が空襲を受けており、その二都市を攻撃した編隊の一機が、マリアナ諸島の米軍基地へ帰還する途中に小田原を空襲したようです。
計画された空襲ではなかったようです。


↑小田原空襲の説明

 それから明治天皇宮ノ前行在所跡で、イヤホンによる説明がありました。
明治元年に明治天皇が京都から江戸へ行く際に、この本陣に泊まったようです。


↑聖跡

それからいよいよゴールの小田原城に到着しました!
到着は15:50頃といつもよりかなり早めの到着です。
その小田原城が工事中で驚きました。


↑小田原城

ここでも、イヤホンガイドによる説明があったのですが、小田原城は2015年7月から2016年5月にかけて耐震工事及び全面リニューアルとのことです。
そもそも、この小田原城は昭和35年に建てられたもので、耐震に問題があったようです。
また、江戸時代の城へ忠実に復元するようで、そのために補助金も下りたようです。

小田原城は13万5千石の領地を持ち、江戸時代は当初は大久保家で、その後は稲葉家が治めていたようです。
1703年の大地震の際には1706年に建て直したようです。
1590年の豊臣秀吉による小田原征伐時の小田原城は、江戸時代の城の10倍ほどの広さを誇り、その中に街が作られていたようで、民衆も住んでいたようです。
もちろん、大阪城よりも広大だったとのことです。

今回は美味しいかまぼこをゲットでき、また小田原城址は工事中ではありましたが、なかなか良いと思いました。
次回は、小田原からついに箱根へ向かいます^_^)

次は、小田原~畑宿 (1)小田原城~昼食です。

お勧めなお話(2015年上半期)
自動車保険を安く!

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「運を支配する(桜井章一、藤田晋)」という本はとてもオススメ!

2015年12月18日 01時00分00秒 | 
「運を支配する」の購入はコチラ

 「運を支配する」という本は、麻雀で引退するまで20年間無敗で「雀鬼」の異名を持ち。引退後は麻雀を通して人としての道を後進に指導する「雀鬼会」を始めた桜井章一さんと、株式会社サイバーエージェント代表取締役の藤田晋さんが、運やツキの流れ、勝負勘などについて、麻雀や仕事に関連させながら解説したものです。

 麻雀と仕事は無関係のように見えて、共通するものがあるようです。

たとえば、麻雀は以下のようにビジネスの縮図と見えるようです。

①どんな牌が配られるか分からない「不平等」な所からスタートする。
②一定のルールに則り、配られた牌をもとに、いかに人より早く大きく上がれるかの「相対的な競争」になる。
③局の進行、相手との点棒差など刻一刻と状況が激しく変化する中で、冷静で素早い「状況判断力」が問われる
④4人に1人しか上がれないため、大半の時間は「忍耐力」を要する。

 ビジネスは「不平等」でありながら、「相対的な競争」であり、常に「状況判断力」が求められ、最後は「忍耐力」が勝負の分かれ目だからです。

特に本書では以下について共感を得ましたね。

・普段からしかるべき準備をし、考え、行動をしていれば、自ずと運はやってくる
・シンプルに考え、シンプルに行動するのが一番強い
・人生の大半は耐えている時間がほとんどで、大半は我慢と苦悩の日々というのが現実。そこで焦ったり、不安にかられて無理をしてはいけない。そのときが来るまで、仕事の質を落とさないよう凌いでいる人にしかツキはやって来ない
・負けのほとんどは自滅が多い
・脱落していく人は、①忍耐力のない人、②目標設定の低い人、③固定観念が強くて変化できない人
・崖っぷちに追い込まれたようなピンチこそ、この上ない順風
・人間の能力を100%引き出せるのは、危機的な状況に追い込まれているとき
・力を抜き、力みのないしなやかな柔らかさこそ最も強い
・要所で素早く見切ることが大切
・自分を客観視することが大切
・ポジティブに気分よく仕事することが大切
・勝負の流れにおいては準備してから走るのではなく、走りながら二の矢、三の矢を放つことが大切
・スランプの時は、別のことを考えたりやったりして、間をおくことが大切
・大負けするのは調子が悪いのにずっとやり続ける人
・厳しいせっぱ詰まった状況で覚悟を決めるのは、苦しさやのしかかる大きな不安をすべて受け入れ、正面から立ち向かおうとすること
・正しい方向に努力することが大切
・考えるより感じることが大切
・勝ってもそこで満足するのではなくまた新しい目標に向かうこと
・良妻を得れば幸福になるが、悪妻を得れば哲学者になれる
・楽な道ではなく厳しい道を選んでいれば、自然と鍛えられ強くなる
・借りではなく貸しを増やすことが大切

 なお、藤田晋さんは、2014年の麻雀会の日本一を決める「麻雀最強戦2014」で優勝しているとは凄いと思いましたね^_^;)

「運を支配する」という本は人生をより良くするヒントがたくさん書かれていて、とてもオススメです!

以下はこの本のポイント等です。

・ビギナーは難しい複雑な手が選択肢の中にないので必然的にシンプルな手をもってくる。それが結果的に勝ちへとつながるのだ。勝負には複雑にしたほうが負けるという普遍的な法則がある。「シンプル・イズ・ベスト」なのだ。なぜシンプルなほうがいいのか。それはシンプルな手にはムダがなく、速く動けるからだ。ビギナーズラックをもたらすシンプルさは、「難しく考えない」ことからくる。すなわち、勝負を複雑にせずシンプルにするには、余計なことは考えず、感じたことを大事にすることだ。知識や情報といったものが増えると、どうしても考えが広がって選択肢がたくさん現れる。その分、迷いが生じ、決断に時間がかかることになる。

・私は運は自ら呼び寄せるものではなく、「運がその人を選ぶ」と思っている。普段からしかるべき準備をし、考え、行動をしていれば、自ずと運はやってくるものだからだ。同じ量のエネルギーを注いでも、間違った考え方のもとに正しくない行動をすれば、当然運はやってこない。こうした日々の生きる姿勢におけるちょっとした差によって、運はやってきたり、来なかったりする。「なぜ、俺はこんなにツイていないんだ!」と嘆く人は、嘆く前に自分がとってきた行動を振り返ってみるといいだろう。調子がいいときに、奢った気持ちになって仕事を軽く見ていなかったか?自分の損得ばかり考えて周りの人への配慮が足りないことはなかったか?いつも安全策ばかり講じてリスクをとることに及び腰ではなかったか?たいていこういう人は何か間違った言動を仕事や対人関係においてとっていたりするものだ。現実にそのようなことをしていながら、「俺はツイていない」と嘆く人は、ただ運に責任転嫁しているだけなのだ。つまり自分の至らなさや過ちを正面から見たくないから、運のせいにしてしまうのである。このような人はまた、他人が仕事などでうまくいったのを見ると、「あいつは運がいいよ」という感想を抱くことが多い。もちろん、その人にはうまくいった人がどれだけ努力をしたかが見えていないし、見ようともsない。運のおかげと思えば、自分の怠慢や間違いを見つめずに済むのだ。運は決して不合理で理解しがたいものではない。日々の行動や平素の考え方、仕事や生活に対する姿勢・・・そうしたものが運という形をとって表れるだけのことなのだから。運というのはきわめて具体的で、かつシンプルな原理で動く。奇跡のように思えることでも、その例外ではない。そこをきっちり認識していれば、運に妙な幻想を抱いたりして惑わされることはないのだ。

・僕は、ベンチャー投資が得意分野で、自分が投資を判断したもので過去10年間に400億円以上の利益を稼ぎだしていますが、その投資手法は簡単で、シンプルに安いと感じたときに買って、高いと感じたときに売っているだけです。また、サイバーエージェントの経営戦略を決めるときも、最後はシンプルに考えて決めるようにしています。ビジネスは複雑化すればするほど、シンプルにものごとを見ることが極めて重要になってきます。携帯電話がガラケーからスマートフォンに移行する流れが始まったときも、市場性がどうだとか、需給関係のバランスが悪いだとか、その流れを素直に見ることのできない専門家がかなりいました。当時ガラケーが衰退し、スマホは伸びるという流れは、素人が見ても自明のシンプルな話だったにも関わらずです。専門家は、ものごとを難しくとらえる傾向にあります。なぜなら当たり前のことをいったら、自分の存在価値がないからです。だから僕はシンプルに考える必要があるときは、専門家の話はあまり聞かないことにしています。結局はシンプルに考え、シンプルに行動するのが一番強いのです。知識や経験が増えてくると様々な選択肢ができて、欲や恐れが迷いにつながります。だから最後は、専門家の意見に頼るのではなく、自分を信じる心の強さを持つことが必要なのです。

・相手の運量が多いときにどうするか。運量が多い相手は勢いがあるので、序盤から流れは相手側にある。ところが、運量というのは一定しているわけではなく、状況の変化、流れの変化に応じて微妙に変わってくる。私は運量だけではなく、運が持続する時間も併せて読んでいた。たとえば「相手とこちらの運量の差が20とすれば、後30分くらいはこの勢いが続くな」といった具合だ。そう思っていれば、30分の間形成が不利でもどこか余裕を持って打てる。そうやって相手の運量に圧されても、調子を狂わすことなく耐え忍べば、「いま、運量が変わったな」という「変わり目」が必ずやってくる。その瞬間を逃せば、また相手の運量はあっという間に元の勢いに戻るかもしれない。そうなる前にすかさず潮目の変化をとらえるのである。この「変わり目」をいかにとらえるかで、流れは大きく変わってくる。それまでは耐えに耐え、潮目が変わったと感じた瞬間に一気に勝負に出るのだ。そこで相手の運量とこちらの運量はさっとすり替わるのである。仮に相手の運量に圧倒され、土俵際まで追い込まれようとも、じたばたすることはないのだ。私の中にはそもそもピンチもチャンスもない。ピンチは私にとって、単なる劣勢という状況でしかない。たとえこちらに一分の利しかないような劣勢であっても、「変わり目」を的確にとらえて逃さなければ、形成を一気に逆転することはできる。劣勢とはそんな可能性をいくらでもはらんでいるものだと思っていたので、焦ってピンチと感じるには至らなかったのである。

・毎日やっていることは極めて地味なものです。ただ淡々と仕事をしている。麻雀でいうと、耐えている時間がほとんどです。会社を始めて17年になりますが、そのほとんどが耐える時間で埋まっているようなものです。僕が書いた2冊の本、創業から黒字化するまでを描いた「渋谷ではたらく社長の告白」と、黒字化してからAmebaを立ち上げるまでを描いた「起業家」を読んでもらえばわかるのですが、内容の大半は我慢と苦悩の日々であり、それが現実なのです。だけど、そこで焦ったり、不安にかられて無理をしてはいけません。勝負所がくる前に勝負をすれば、本当の勝負所で動けません。”そのとき”がくるまで、仕事の質を落とさないよう、しのいでいる人にしかツキはやってこないのだと思います。そうして耐えている時間は、勝負の感覚でいうと、形勢不利の立場に置かれているように感じます。でも、仕事をしている時間の大半が耐えている時間だとすれば、むしろそれが普通の状態なのです。

・私が感じたことは一つ。激しい戦いも大きな風が巻き起こらない一見クールな戦いも、負けのほとんどは自滅という事実だ。ほぼ互角の打ち合いでも、息がちょっと上がったり、リズムがおかしくなってちょっと失策をやらかすだけで、あれよあれよという間に対戦相手が崩れてしまう。こちらが勝負をかけなくても、勝手に相手が卓の向こうで音もなく沈んでいく。そんな光景を何千回、何万回目にしたことか。それを見て私は、負けというものは99%が自滅であることを悟ったのだ。負けの99%は自滅。このことは麻雀に限らず、スポーツでもビジネスでも生き方でも、人が関わるすべてのものにいえることではないだろうか。実際、スポーツでも、ビジネスでも、あらゆる世界で繰り広げられている勝負はつぶさに見ていくと、自滅で「負け」を引き寄せているパターンが圧倒的に多いことに気づく。わざわざ自ら負けようと思う人はいないのに、なぜ自滅してしまうのか。それは「勝ち」を求める思考や行動のあり方にすでに自滅の要素が含まれているから、としかいいようがない。「勝ち」に囚われるあまり、おろそかになってしまうものがどれほどあることか。焦りや緊張、不安や迷いといったマイナスの感情も起きるだろう。それによって行動や思考が正しい筋道をたどれなくなることもあるだろう。ミスを犯しても気づかず、修正を怠ることもあるだろう。視野が狭くなって大局観を誤り、相手への気遣いをなくし、信頼を失うこともあるだろう。そんな一つひとつの積み重ねが自滅へのループを確実に描いていくのだ。

・たくさんいた同世代のライバルたちは、僕が抜いたのではありません。勝手に落ちていったのです。仕事のレースで脱落していく人を順番にあげうと、①忍耐力のない人、②目標設定の低い人、③固定観念が強くて変化できない人、になると僕は思っています。②の低い目標を達成して満足している人は、高い目標を目指して必死にあがいている人にはかないません。達成するかしないかの前に、モチベーションと努力の大きさで差が開きます。また目標を高くして頑張っても、③の固定観念が強いあまりに変化を恐れる人は早晩行き詰まります。しかし、何より最初に脱落するのは、①の忍耐力のない人です。忍耐力のない人は、競争に勝つことができないのです。

・私が順風よりも逆風を好むのは、そのほうが単純に面白いからでもある。順風のときは何もしなくても風に乗ってさえいれば、前へ飛ばしてくれるようなところがある。ところが逆風のときは限られた時間内で色々なことを同時に工夫していかなくてはいけない。その追い込まれた状態が、オセロの石の色を一気にひっくり返すような爆発力を生み出すのだ。崖っぷちに追い込まれたようなピンチこそ、私にとってはいつもこの上ない順風であったのだ。

・人間の能力を100%引き出せるのは、残念ながら、夢や希望に燃えているときではありません。むしろその逆で、危機的な状況に追い込まれているときに100%の力が出せるのです。仕事が順風満帆のときは、自分たちの力が発揮しきれない状況ではないかと疑うべきかもしれません。仕事が追い風のときはすいすい進んで気持ちがいいものですが、ちょっと油断をするとたちまち急降下することがあります。緊張感が失われていて足をすくわれやすいからです。反対に逆風は辛くて苦しいものですが、危機感を持ってそれを乗り越えれば、その過程が厳しいだけに他の人が真似できない、高い次元に到達することができます。その意味では、うまく利用すれば順風よりも逆風のほうがむしろ遠くへ飛んでいける可能性を持っています。

・力を抜くことは、麻雀に限らず、スポーツでも仕事でも生き方でもすべてに通じる、とても大切なことだ。力が入っているものは、一見強く頼もしく感じられるが、壊れやすい。スポーツを見ていると、そのことがよくわかると思う。緊張したり、勝ちを急ぐあまり力みの入った動きをする選手はどこかで必ず崩れたり、ミスをする。力みのないしなやかな柔らかさこそ、実はもっとも強いのである。

・仕事でも、見切りのタイミングを間違えて、身を滅ぼす人がいる。大きな成果を求めて必死に頑張っているものの、なかなか思うようにいかない。ここで退却すれば大きな損失が出てしまう。あきらめるわけにはいかない、なんとかしなくてはと踏ん張るが、残念ながら目標は当人の能力をはるかに超えている。深追いすればするほど損失は膨らむばかりなのに、後に引き返せない。このようなときは、できるだけ早くいい見切りをして、あきらめるべきなのに、それができないのである。「このまま前に進むべきか?」それとも「あきらめるべきか?」。2つの選択肢を目の前につきつけられることは、生きていればいくらでもある。いい流れをつくっていくには、要所、要所で生じる迷いを、いかに素早く見切るかということも大切だ。捨てたり、あきらめる代わりに、別のいいことがあったり、何か大事なものが守られるのだという発想の転換が柔軟にできるかどうか。そのことが、いい見切りをしかるべきタイミングでしていく決め手となるのである。

・人の運というものは、石油や天然ガスのような有限のエネルギー資源とは違う。つまり、運の量といったものは何も定まったものではなく、その人の考え方や行動によって運に恵まれたり、そうでなかったりするだけのことなのだ。運に選ばれるような、しかるべき考え方や行動を普段からしている人には、大きな幸運に恵まれてからも続けざまにまた大きな幸運が起こりうるのだ。そう、生きている間は、運は無限にあると思っていいのである。だが、それはダイヤモンドの鉱脈を掘るように、運の鉱脈をがんがん掘っていけば、ツキまくった人生が送れるという単純な話ではもちろんない。運は無限かもしれないが、それに恵まれるには正しい選択の積み重ねが必要だし、それにふさわしい苦労や努力といったものが伴うということだ。ただ、昔の人の教訓のように「そんなにいいことが続くわけがない」と思うのは悪いことではない。人の心は放っておけば、楽なほう、楽なほうへと流れるものだ。大きな運に恵まれると、それに依存して考え方の脇が甘くなり、行動がおろそかになったりする。いいことは、運が悪いほうへ変わるきっかけにもなる。「いいことは続かない」のは、そのためなのだ。その意味で、「いいことが起こるとバチが当たる」という考え方は、そうならないための戒めとして、決しておろそかにはできないと思う。

・驚いたのは、麻雀がこの10年ほどの間にかなりの進化を遂げていたことです。それは明らかにネット麻雀の影響です。勝ち方のパターンなどいままでよく見えなかったものが統計的なデータで表れるようになり、それをベースにして勝負する風潮もある。そういう中で一つの打ち方のトレンドが出てきたら、それをさらに上回るものがまた生み出されるという目まぐるしい変化も起きている。今までと同じ打ち方をしていては、研究されて勝てなくなってしまうのです。それはまさに、将棋の定跡が改善され、どんどん進化していくようなものです。当初はデジタル的な麻雀に対して僕は否定的だったのですが、いまのトレンドを知ると、データや知識をしっかり把握した上で勝負しなければ、もはやいくら強い打ち手でも勝てないと思うようになりました。

・勝負強いといわれる人は、ある共通する特徴がある。それは「勝負所に強い」ということだ。勝負所というと、多くの人はチャンスのことだと思うかもしれない。だが、チャンスと勝負所はまるっきり違う。本当の勝負所というのは、ピンチの中のピンチ、圧倒的に不利な状況のときにこそ訪れる。麻雀でいうと、自分以外の3人がリーチしている状態だ。相手3人からリーチされてもひるむことなく攻め続け、それをしのいで状況をひっくり返す。そのときの達成感は、普通の「勝ち」の中では決して味わえないものだ。

・有名な経営者たちと会うと、共通して感じるものがあります。それはほとんどの方が「腰が低い」ということ。つまり謙虚なのです。こちらが何か褒めると、判で押したように「いやいや、とんでもない」というリアクションが返ってきます。それはたぶん、本当の意味での謙虚ではなく、自分を客観視できているのだと思います。立場上、お世辞をいわれたり、褒められたりする機会が多いので、それにつられて自分や会社を過大評価してしまわないよう気をつけているのでしょう。

・パニックになるのは、起こったトラブルが想定外の大きさだあらです。どんなトラブルであれ、それが想定の範囲内であれば、頭の中が真っ白になることはありません。そのためには、あらゆることを予め想定しておくことが必要です。優秀な経営者は、経営計画を立てる際、これでもかというくらいにリスクを洗い出し、あらゆる可能性をシミュレーションし、考えられる問題すべてを一つひとつ検証します。その上でプランA、プランB、プランC・・・といったものを予め準備しておくのです。思いつく限りのことを想定した準備をしておけば、どんなことが起きても、それは想定の範囲内になるのです。修羅場といった相当厳しい状況も想定の範囲内であれば、頭の中が真っ白にならずに済みます。仕事においては、経験値を上げ、能力を高めるという意味では、修羅場はなるべく体験したほうがいいと思います。うちの会社でも出世している人は、だいたい修羅場をくぐっています。社内の研修では「私の修羅場」と題して、上司が自分の修羅場について話をするのですが、後輩たちは皆興味津々といった面持ちで聞いています。それだけ修羅場というのは学べるものが多いのだと思います。

・「ツイてるな」とか「運がいいな」と感じているときい、「ああ、気分が悪い」と思う人はこの世に一人としていないはずだ。どんな人でも例外なく、自分がラッキーな状況にあるなと感じているときは、気分がいいものだ。その事実から運に関するシンプルで揺るぎない一つの法則が導かれる。それは「逆もまた真なり」で、「気分がいいと運がくる」というものだ。昔の人はそのことをよく知っていたのだろう。「笑うかどには福来たる」ということわざは、まさにそれと同じことをいい表している。ニコニコといつも明るく朗らかな気持ちで過ごしている人には、必ずいいことが起こり、幸せになるのだ。「気分がいいと運に恵まれる」ということを、私はこれまでの人生で幾度となく経験した。

・うちの会社では目標達成を祝うポスターが壁にたくさん貼ってあったり、新入社員を歓迎するバルーンが上がっていたり、一般的なオフィスの空間とは少し雰囲気が違います。これも空気をよくして、社内を活気づけるためにやっていることです。同じ人間でも、ポジティブに気分よく仕事をしていればツイているように感じられるし、反対にネガティブな気分で仕事をしていれば、ツキからは見放されます。全体がポジティブな空気に包まれていれば、当然職場の空気は気持ちのいいものになり、会社全体の運気も上がると思います。「空気」という目に見えないものを意識しておくことも大事なのです。

・勝負の流れにおいては、準備してから走るのではなく、走りながら二の矢、三の矢を放っていく感覚が必要だ。そうしなければ流れに乗っていけない。鉄棒の懸垂は途中で腕を全部伸ばしきってしまうと再び上がるのに大きな力が必要になり、バテて後が続かない。完全主義志向が強くて一つの準備に囚われる人は、懸垂の途中で腕を伸ばしきってしまう人に似ている。流れの中でツキをなくさないためには、このように一の矢だけでなく、二の矢、三の矢を矢継ぎ早に放たないといけないが、反対にツキをなくしているときも、それは同じだ。ツキのない局面では、一の矢を放っても、それだけで急に流れが変わりツキ始めるということにはなかなかならない。弱い人はそこであきらめて、相手に背中を見せるような勝負をしてしまうのだ。ところが、一の矢ぐらいで状況が簡単に変わるものでないことを知っている人は、二の矢、三の矢をひるまず放ち続けるのである。途絶えることのない果敢な攻めは、やがて強さに変わり、ツキを呼ぶ流れに変わってくる。勝負においては、優勢であろうと劣勢であろうと、ツキがあろうとなかろうと、いついかなるときも、さまざまな矢を用意しておくことがとても大事なのである。

・スランプのときは、その状態から目を転じてまったく別のことを考えたり、やったりするといい。たとえば、散らかっている部屋の掃除を徹底的にやったり、旅行は行って環境を変えてみてもいいだろう。スランプのときは流れがよくない状態なので、そこに「間」を意識的に置くのである。「間」を置くという切り替えをすることで、流れを変えるきっかけをつくるのだ。そうすると、スランプになる前の調子のよかったときの感覚がふと甦ったりする。「間」を意識的に置くことができる切り替えのいい人は、スランプに陥っても、そこから抜け出すのが早い。スランプは負のスパイラルになりやすいので、その期間は短いに越したことはない。意識的に「間」を置くという感覚を、勝負する人は持っておいたほうがいいのである。

・ギャンブルで大負けする人というのは、調子が悪いのにずっとやり続ける人です。負けを取り返すのは明日でも1週間後でも構わないのだから一度頭を冷やせばいいのに、こういう人は熱くなっていますぐ取り返したいというモードになっています。ギャンブルは回収率や期待値で見れば胴元が有利になるようにできていますが、一方でプレイヤーには「いつでも席を立てる権利」と「掛け金を上げ下げできる権利」が与えられています。プレイヤーはこの2つの権利を駆使して勝つしかないのですが、多くの人はその有利な権利をなぜか不利になるように使って、負けてしまうのです。プレイヤーはいつでも席を立てるわけなので、ひどく調子が悪いときは、席を立てばよいのです。また掛け金を上下できるので、調子が悪いときはたくさん賭けて、反対に調子が悪いときには賭ける金額を低くすればいいのです。ところが人間とは不思議なもので、調子が悪いときほど粘って負けを取り返そうとたくさん賭け、調子のいいときは利益を早めに確定したくて、まだまだいける流れであっても早々に席を立ってしまうのです。そうしたことは、会社の経営においてもよく起こります。たとえば調子の悪い赤字事業をなんとかしようとして、深みにはまってしまうことがあります。調子の悪いときは業績が悪いだけでなく、評判が下がり、社内の空気も悪く、皆が自信を失っています。そんな状況で損を回収しようとさらに追加で資金を投入し続けても、悪化するばかりです。こういう流れにあるときは、早めに撤退や事業の再構築などの見切りをつけるしかありません。負のスパイラルにはまると、ろくなことはないのです。

・厳しいせっぱつまった状況で覚悟を決めるというのは、苦しさやのしかかる大きな不安もすべて受け入れ、正面から立ち向かおうとすることだ。「できることを一つひとつやっていこう」と思いながら、手探りでも前へ進む。そうこうしているうちに、不安や焦りでわからなかったものが見えてきたりする。

・ポジティブすぎると、つい楽観的になって、最後のところで「本当にこれで大丈夫か」という確認を怠ってしまうのです。うちの社員を見ていると、もっと粘るべきじゃないかと思うところで、「よし、できた。完璧だ。みんなで飲みに行こう!」となったりしています。製品の開発などは、どこかに穴があるのではないかとネガティブな態度で最後にチェックを行うことが非常に重要で、僕がそれを口を酸っぱくしていったので、うちの会社では「ネガティブチェック」というのが合言葉になってします。「よし、これでできた」と思っても、そこで立ち止まって「待てよ。もしかして重大な見落としがあるんじゃないか」とか「ひょっとしてユーザーが使ってくれないのではないか」と思って確認するべきだと思います。最後の最後で「ぬけ漏れはないか」を徹底的にチェックして、はじめて完成といえるのです。チームを率いる立場の管理職の人でも、ポジティブな振る舞いで、自分の力量不足をごまかす人がいます。うまくいっていなくても「次は絶対成功するはず」と考えて逆転を狙う姿勢を見せるのですが、結局問題は何も解決されていなかったりします。ポジティブさや熱意でごまかしても、いつまでたっても根本的な解決にはなりません。問題が起きたときに、ポジティブ思考で楽観的に構えている人はとても気になります。「大丈夫ですから」「なんとかなりますよ」というのは逃げの裏返しでもあって、問題の深刻さと真剣に向き合っていないのではないかと僕には思えるからです。

・たとえ全身全霊を傾けた努力であっても、うまくいく保証はない。それでも努力は勝つ確率を上げてくれます。そのために大事なのは、「正しい方向に努力しているか」ということです。努力の方向を間違えれば、いくら努力をしても勝率は上がりません。努力する方向性をつかむには、「ここを押さえればいい」といった勝負勘のようなものが必要です。ただし、こういうセンスは努力する以前に培っておかないといけないものです。努力する正しい方向をつかんだ上で、すべての力を出し切って圧倒的な努力をする。そうすれば成功する確率は格段に高くなります。努力すべきところで全力を出しきれず、中途半端なまま終わってしまえば、死ぬまで悔いを引きずることになると思います。そんな後悔を前にすれば、夢が叶えられないとか、欲望が満たされないといったことは取るに足りないいことです。人生で何よりも辛いのは、悔いを残したまま一生を終えることだと思っています。

・考えるより、感じる。これも私が繰り返し道場生にいっていることだ。人は考えるほどに迷いを深くする生き物だが、感覚を研いで感じることを生き方の基本に置けば、的を射る機会は増えていくはずだ。また全体観を持つことも大切だ。自分のことだけでなく、相手や周囲のことも考える相対感を広げていくことで全体観になる。自分のことばかり考える部分観だけでは、一時は得るものが多くなったりするが、最終的には得るものより失うもののほうが多くなるものだ。そして「素直と勇気」。あまりにもありきたりで、わざわざ口にするのも気恥ずかしい気が昔はした。しかし、この2つの言葉は実はとても深いものを持っている。この2つのものがしっかりありさえすれば、他に何もいらないのではないかというほどに。

・幻冬舎の見城徹社長の好きな言葉に、「勝者には何もやるな」というものがあります。勝つまでのプロセスは本当に素晴らしいものですが、勝ったらそこで満足するわけでもなく、また新しい目標に向かっていくんだという、覚悟のこもった言葉だと僕は理解しています。基本的には「思い出話は禁止」くらいに思っておくだけでも、仕事や人生に対する姿勢がだいぶ違ってくると思います。思い出話をしたくなる気持ちもわからなくはないですが、やはりそれは停滞につながることなので、なるべく自制したほうがいいでしょう。そのほうが周囲の人にも魅力的に映り、仕事運は間違いなく上がると思います。

・「良妻を得れば幸福になるが、悪妻を得れば哲学者になれる」というソクラテスの有名な言葉がありますが、マイナスであるはずの逆境にメリットを見出すのは、とても大事なことです。人間をもっとも成長させるものは、逆境だと思います。独身時代、仕事をした経験がない女性と何度かデートしたことがあるのですが、話題がテレビに出てくる芸能人のことばかりで、会話が全然弾まなかったという思い出があります。それよりも上司が嫌な人間で逃げ場がなくて四苦八苦しているとか、仕事の量が半端ではなくて寝る時間がないと苦悩している人のほうが、会話をしてみると面白いものです。人間の深みとは、そういう逆境の積み重ねによって出てくるものなのだと思います。逆境に遭遇したら、自分という人間に深みを与えてくれるチャンスととらえて前向きにつき合っていくといいと思います。

・私は目の前に楽な道と厳しい道の2つがあれば、迷わず厳しい道を選ぶ。実際これまでもそうやって生きてきた。もし楽な道を選ぶことがあれば、それは自分が弱っているときだと思っている。厳しい道を選んでいれば、自然と鍛えられ、強くなる。そうなれば次に厳しい道が現れても、楽に進めるようになる。いつも楽なほうを選んでいれば、厳しい道はいつまでも厳しいままなのだ。勝負においても、楽を求めるのは禁じ手だ。たとえばスポーツの世界では、圧倒的に強いと思われていた選手やチームが、格下の選手やチームに思いもよらぬ負けを喫することがある。これは、「こんな相手だと楽勝だな」という油断から生まれる隙を相手に突かれるかだ。どんなに強くても、どんなに誇らしい実績があっても、「楽に勝てる勝負などない」と思っておくべきなのだ。実力的には楽に勝てるという相手でも、勝負には厳しくのぞまなくてはいけない。厳しい姿勢で戦って、はじめて「楽に勝てた」という結果が生まれるのである。

・実際に麻雀でも仕事でも、楽なほうを求めると、流れが悪いほうへと螺旋状に向かっていくネガティブスパイラルが起きやすくなります。反対に苦しいほうを求めると、ポジティブスパイラルが起きやすい。ネガティブスパイラルもポジティブスパイラルも、きっかけとなる入口は逆に見えるのです。楽をしていると、結局実力がつきません。実力がなければ、ラッキーなことが起こっても長くは続きません。このことは一発屋のミュージシャンを見るとすごくよくわかります。実力もないのに運良く当てた一発屋のミュージシャンは、そもそも力がないから、人気が落ちるのもあっという間です。一方、ライブハウスなどで10年くらい下積みの苦労をコツコツ重ねて、実力をつけてきたようなミュージシャンは、一度ヒットを飛ばすと、そう簡単には人気が落ちません。経営者が長年苦労して築いた会社もそうです。それまで築いてきた会社の土壌は、地層のように堅固に積み重なっているので、ちょっとしたことでは崩れません。好景気の時期に会社をつくってたまたま時流に乗って当たり、それほどの苦労もなく、業績を伸ばした会社を僕も何社か知っています。でも、そういった会社は景気が悪化すると、急激に業績を落とし、ほとんどが消えてしまっています。逆に景気の悪い時期につくった会社は、苦しい環境を前提に組織をつくり上げるので、経営者や社員の力がしっかりしていて、しぶとい会社になっていることが多いです。楽して一発当てた人を見ると、自分もああなりたいといって浮足立つ人は少なくありません。けれども、根底に実力があって当てたのかもどうか考えず、表面的な憧れだけを抱くのはまったく意味のないことです。

・芸能界の人は貸し借りのそのあたりの機微がよくわかっていて、借りをつくるのを嫌がる人が多いようです。芸能界で長く生き残っている人は例外なく、借りができたらすぐに返し、一方で貸しはたくさんつくるというタイプの人です。とくに芸能界の大物といわれる人は、安易に人に頼まず、その代わり人にはひたすらやってあげて見返りを求めないという生き方をしているのではないでしょうか。大物といわれる存在にまでなった人の運の理由は、そのあたりにある気がします。

良かった本まとめ(2015年上半期)

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資生堂パーラー銀座本店(東京 銀座)の食事はとてもオススメ!

2015年12月16日 01時00分00秒 | 外食
 最近「池波正太郎の銀座日記」という本を読んだのですが、その中で著者の池波正太郎さんがよく資生堂パーラー本店に行って美味しそうに食事をしているので、行ってみました^_^;)

 後で年輩のお店の方に池波正太郎さんのことを訊ねてみると、今の建物を建て直す前は1階にレストランがあり、そのレストランの隅の席にいつも池波正太郎さんが座り、そして小説の構想を考えてたりしていたとのことでした^_^)
 お店の方は、池波正太郎さんが注文していた料理など嬉しそうに話してくれましたね^_^)
実際に会って話していたとは、鬼平犯科帳の私にとっては羨ましい限りです^_^;)

 その資生堂のビルは、銀座中央通り沿いの銀座8丁目にあり、ビルは新しく綺麗で明るい色です。


↑東京銀座資生堂ビル

この東京銀座資生堂ビルの各フロアは以下の通りとなります。

1F   :資生堂パーラーショップ(ケーキやビスケット、アイスクリーム等の販売)
3F   :資生堂パーラーサロン・ド・カフェ(パフェやコーヒー等)
4F~5F:資生堂パーラー 銀座本店(レストラン、伝統的洋食等)
10F  :ファロ資生堂(高級イタリアン)
11F  :バーエス(BAR)


↑フロア案内

さっそくエレベーターに乗って資生堂パーラー銀座本店受付の4Fに上がります。
エレベーターがSF映画の宇宙船に乗っているようで格好いいです^_^)


↑エレベーター内


↑エレベーター操作ボタン(ピンボケしていてごめんなさい)

あいにく満席で5分ほどウェイティングの席で待ち、そして席に案内されます。
室内はゆったりとしていて、そして暖色の黄色で明るく落ち着けますね。
壁には絵が飾られています。


↑室内

ランチメニューは、コースとアラカルトがあります。
アラカルトはメインを1つ選んで+1,540円でお薦めセットを選ぶと、スープ・サラダ・コーヒーをセットで楽しめるというもので、これも良いですね。
全体的にビーフカレー2880円、ハヤシライス3190円、オムライス2470円と高級店の価格帯です^_^)


↑コースメニュー


↑メニュー


↑メニュー


↑ドリンクメニュー

 池波正太郎さんはよく定食を頼んでいたようだし、秋の味覚を色々と楽しんでみたいとも思ったので、秋の味覚コースAコース6500円を選び、メインは珍しいので「蝦夷鹿のロースト 赤ワインソース」、デザートは「栗とチョコレートのテリーヌ仕立て 胡麻のアイスクリームと共に」を選びました。

 ドリンクはフレッシュジュース1080円でオレンジジュースを選びます。

 さっそくオレンジジュースとアミューズの「和栗と小海老のクロケット」が運ばれます。


↑オレンジジュースとアミューズ

オレンジジュースはさすが絞り立てで濃厚で美味しい^_^)
濃縮還元とは違いますね!
またクロケットとは、どうもコロッケのことのようです。
フランス語読みでクロケットとなるのでしょうか。
クロケットはかなり小さいですが柔らかくソースも濃厚で美味しい!

そして前菜の「軽く火を通したサーモンのコンフィ クミンの香り」が運ばれます。


↑前菜

さすが、これも野菜とソースとサーモンの盛りつけが色合いといい美しい!
センスの良さを感じますね。
そしてサーモンが想像以上に柔らかくて、身がほろりとはがれます。
またソースがカレー味とは意表でしたね^_^;)
もちろん美味しいです!

それからメインの「蝦夷鹿のロースト 赤ワインソース」が運ばれます!


↑メイン

これも盛りつけが美しく、蝦夷鹿がてんこ盛りでボリュームがあるのが嬉しい!
それにしても蝦夷鹿のローストが絶妙な火加減で素晴らしい柔らかさです!
肉の質の良さも感じますね。
胡椒が効き、ソースとも会う!
この赤ワインソースはライスにも合いましたね^_^)
ご飯が進みます!
これもかなり満足しました!

そして、最後にデザート「栗とチョコレートのテリーヌ仕立て 胡麻のアイスクリームと共に」と珈琲。


↑デザート


↑珈琲とクッキー

デザートはこれも盛り付けが美しい!
季節の栗があるのが嬉しいです!
もちろんチョコレートも甘く、胡麻のアイスクリームも甘くて美味しい!
珈琲にも合いますね。
珈琲には小さなクッキーが3つ付いているのも嬉しいです。

なお、珈琲ではなく紅茶を選ぶことができましたね。
話が前後しますが、ライスかパンを選ぶこともできました。

それから、お店の方は3人ほどでテーブルをよく見てくれているので、すぐ色々と対応してくれました。
さすがホスピタリティの高さを感じます。

資生堂パーラー銀座本店は、ゆったりと明るい室内で、ホスピタリティの高いサービスで、美味しい洋食を堪能でき、とてもオススメです!

美味しかったものまとめ(2015年上半期)

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資生堂パーラー 銀座本店洋食 / 新橋駅銀座駅東銀座駅

昼総合点★★★★ 4.5

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東海道五十三次 街道をゆく 二宮~小田原 (2)小八幡一里塚~北条稲荷

2015年12月14日 01時00分00秒 | イベント・外出
 前回に引き続き、阪急交通社が企画する「東海道五十三次 街道をゆく」の第8回目の二宮~小田原 (2)小八幡一里塚~北条稲荷について紹介したいと思います。

美味しいお昼ご飯を食べ、美しい相模湾を見ながら休憩して、出発します。
小八幡一里塚へ到着です。
江戸の日本橋から19番目の一里塚なので、その日本橋から約76kmの距離となります。


↑小八幡一里塚

そして、しばらくてくてく歩くと酒匂川へ到着しました!
かなり大きな川で、当時の浮世絵にも描かれているように、夏は肩車や台に載せて旅人を渡らせていました。
当時の江戸時代は船渡しが禁止されていたためです。
そのため、水量が増えると渡ることができず、足止めされたようです。
なお、冬は仮の橋で渡ることができたようです。
また当時の川幅はもっと広かったようです。


↑酒匂川の浮世絵


↑酒匂川

それから、新田義貞の首塚がありました。
越前藤島で討ち死にした新田義貞の首を故郷に葬ろうとした家臣宇都宮泰藤が、ここで病で没したので、義貞の首と一緒に埋葬されたと言われているようです。
ただガイドさんによると、全国に新田義貞の首塚はあるようで、どれが本物かはよく分からないようです^_^;)


↑新田義貞の首塚

それから、江戸口見附と山王原一里塚がありました。
小田原城から江戸方面の見附だったため江戸口見附という名称であり、また江戸の日本橋から20番目の一里塚がここにあったようです。
江戸の日本橋から約80kmということになります。


↑江戸口見附と山王原一里塚

そして少し歩くと北条稲荷がありました。
北条稲荷は元々は小田原城内にあったものを、1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐の後に移転したものとのことです。
特筆なのは、キツネが檻に入れられていることですね^_^)
北条氏康の死去をキツネの祟りと考えた息子の北条氏政が社を建てた際に、キツネが暴れて祟らないように檻を造ったようです。
全ての稲荷に檻が造られているようです^_^;)


↑北条稲荷

そして、もう一つ、カエルに似た蛙石がありました。
この蛙石は1590年の小田原城落城前夜に夜泣きしたとのことで、小田原で何か異変が起こるときにこのカエルが夜泣きするようです^_^;)
今度夜泣きした時は、小田原から離れた方が良さそうです^_^;)

次は、(3)かまぼこ通り~小田原城です。


↑蛙石


↑蛙石の説明

今回は、檻に入れられた北条稲荷と蛙石は面白いと思いましたね^_^)

次は、(3)かまぼこ通り~小田原城です。

お勧めなお話(2015年上半期)
自動車保険を安く!

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「ロシアの街角で出会った人々(茂櫛 勉)」という本はとてもオススメ!

2015年12月11日 01時00分00秒 | 
「ロシアの街角で出会った人々」の購入はコチラ

 「ロシアの街角で出会った人々」という本は、1992年から14年間、サンクトペテルブルクやモスクワに住んで、街角でロシア人のそのありのままの生きざまを見て、聞いて、一緒に生きてきたその実態を明らかにしたもので、意外と言っては失礼かもしれませんが詩などの文学や美術、音楽、スポーツなどを嗜み、忍耐強く、真面目な一面を持っているのだな^_^;)というのを感じました。

 寒い国柄が人を鍛えているのかもしれません。

特に面白いと思った点は以下となります。

・ロシアではほとんどの家庭が自分たちが住むアパートのほかに、”ダッチャー”と呼ばれる小屋(別荘)を持ち、春から秋にかけて果物、野菜などを収穫し、長い冬に備える
・夏は”シャシリク”パーティを毎日のように楽しみ、短すぎる夏を満喫する
・”ボリショイ”とはビッグ(大きい)という意味で、つまりボリショイサーカスはロシアの中でも一番規模が大きいサーカス
・ロシア人の視力は良く、暗い中でも本が読める
・当初は消費財が不足し、”もしかバッグ”が必要だった
・電車の中では9割以上の人が本を読んでいて驚いた
・ロシア製の自動車は普段はエンストなど故障することがあるが、冬は暖かく窓も曇らず冬は快適
・サンクトペテルブルクは湿気が多いため夏は蚊の大群が襲ってくる
・スラブ人の美しさには正直舌をまいた。素敵な女の子、ハンサムな男子たち、魅力的な婦人たち、威風堂々とした殿方たち
・白夜には感動。白夜についてはアメリカ映画「ホワイトナイツ/白夜」がオススメ
・ロシアの地方社会では自由恋愛が否定され、大部分がお見合い結婚でその習わしを守れなければ村八分だった
・男たちが家庭において担う役割は家の修理で、何でも修理する
・シベリア鉄道は車掌のサービスが行き届いている
・ロシア人は詩や詩吟が好きで、ピアノを弾かない人が少ない
・ロシア人にとって正義の愛国心はウォッカの次に大事なアイデンティティで、5月9日のナチスドイツを打ち破った戦勝記念日は盛大にお祝いされる
・ロシア人の女性は精神的なタフネスさを持ち、仕事・家事・育児なんでもこいでマルチな役目を一度にこなしてきた
・ロシアの家庭ではひとつの夫婦・家庭が、何十人もの子ども(孤児ら)をもらって育てている例が結構多い
・プーチン政権になって教師と医者の給料が引き上げられ、ロシア人の平均の給料値に近づいた
 
 「ロシアの街角で出会った人々」という本は、ロシアの実態を知る上でとてもオススメです!

以下はこの本のポイント等です。

・ロシアではほとんどの家庭が、自分たちが日ごろ住むアパートのほかに、”ダッチャー”と呼んでいる小屋(別荘)を持ち、春から秋にかけて果物、野菜、ジャガイモ、ベリーなどを収穫します。そしていろいろな種類の”サラダ”にしたり、ジャムをつくったり、長い冬に備えるものです。また夏の休暇期間には、家族がそろって”シャクリク”(バーベキューに似た肉と野菜の串刺し)パーティーを毎日のように楽しみます。そして近くの川や森で思う存分遊び、大変短すぎる夏を満喫します。ところが昨今では、そのダッチャーの形態が実に多様化してきました。昔は、猫のひたいほどの土地に、せいぜい4畳半ほどの掘っ立て小屋同然の家があり、残ったところで作物を栽培するというのが一般的だったようです。しかし今では、大きな土地・ダイニング付きの家をもち、すごく立派な内装を施し、家具も揃えてと、見る見るグレードを上げていっています。室内、屋外を問わずプールのあるダッチャーが多いのです。中には1億円を優にこえる別荘が売られています。その広さもさることながら、そうした別荘地は多く環境の非常に良いところを選んで建てられます。森林浴の香りが満ちあふれているのです。まだ多くの点で不安を抱えるロシアですが、不動産に関する法律は意外としっかり整い、人々の財産を守っています。

・モスクワには、ボリショイ・サーカスとおいう一番規模が大きく海外からの旅行客もたくさん集うサーカスと、その昔、ボリショイと呼ばれ、今は”スモール”といわれるサーカスとがあり、たがいに補う関係でもあるようだ。お分かりのように”ボリショイ”はビッグ、つまり大きいという意味。ロシア全体では大小55ほどのサーカス団が存立し、主な市や町にも市民の娯楽として厳然と機能している。

・ロシア人は一般に本当に目、視力がわれわれ東洋人のそれと違うようなのである。ある時、私の知り合いの一人の若い女の人が、すっかり日も落ちて十分に暗い部屋の窓辺で本を読んでいたので、”ちょっとあなたそれじゃ見えないでしょう、電気をつけて読んだらいいよ”とごく自然な親切心で、アドバイスしてあげた。ところが、次に彼女が私に応答した言葉に、私は自分の耳を疑った。彼女は、平然とこう答えたのだった。”これでも私にとっては明るすぎるのよ”そんなことがあろうはずもない!開いている本のページは文字も見えないくらいなのだから。これで明るすぎるというのなら、彼女はもうサイボーグか何かとしか言いようがない。人間の肉体能力をはるかに超えた何者かだという意味である。この経験を通して私は、この世の中また世界には、本当に色々な種類の人々がいるものなんだと改めて実感した。

・私が行った1992年から2、3年間くらいはこんな体であった。それで、家から外に出かける際には、”もしかバッグ”というものを必ず持って出かけることを忠告されていたものである。それは何かというと、他愛もないプラスチック製の袋のことなのだ。これが非常に重要だ!なぜそんな呼び名かといえば、それをうっかりして忘れでもすれば、生活に必要なものを(もしかして)町のどこかで見かけたとき、あなたはその値千金のチャンスをみすみす逃してしまうという、とんでもないミスを犯してしまうからなのだ。すなわち、当時は誰があるいはどこが、そのまさに必要である生活用品を持っていて、売っているのかさえわからないときだったのだ。国営店か、自由市場か、百貨店か、キオスクか、はたまた、道ばたで立って物売りしているおばあさんやおじさんか。あとはもう、今日運が良いか悪いかにかかっているだけ。そして幸運の女神よろしく、2、3日あるいは1週間も探していたものが見つかったその瞬間が勝負なのだ。すぐ、なにが何でも手に入れよ。お金が足らなければなんとか交渉し安くしてもらってでも手に入れなければならない。さもないと2度とそんな機会はきはしない。しかも日本なら買い物した時にくれる袋も、当時は必ずあるわけではない。あるいはそれはそれで他の人が別に売っているのだから、袋は常にあなた自身が用意しておかなければならない。それが”もしかバッグ”の本当の意味。

・実際ロシアに行ってみて、ロシア人の、あるいはスラブ人の美しさには、正直舌をまいた。それは単純に言えば、素敵な女の子たち、ハンサムな男子たち、魅力的な婦人たち、威風堂々とした殿方たち・・・。そういう表現がぴったりだろう。美の女神がほんとうにいるならば、まさに地球の一角に、史上最高峰の美しさを、この20世紀の終わりに隠してしまって置かれたのだろうと思わざるをえなかった。日本でも人気の高いプロのテニスプレーヤー、マリア・シャラポワはもちろんロシア人。彼女のセクシーな美しさは世界の男性を魅了したわけだが、実際にロシアに住んでいた私にとって、それもまた氷山の一角といいたい。芸術的ともいえる彼らの肉体美は、芸術性の高いその精神性に由来しているともいえなくはない。だから、映画界やファッションなどモデル界、フィギュアスケートや新体操、シンクロナイズドなどのスポーツ界、キエフバレエやボリショイバレエに代表される芸能界など、21世紀という新世紀にあって、彼らロシア人がその実力と魅力を遺憾なく発揮しうる分野は尽きないし、世界の人々も、そういう方向でかの国を助けていく必要があろう。

・モスクワに着いたあと初めて迎える最初の日曜日に、モスクワに住む人々にとって大切な足の役割を果たしているメトロに初めて乗ってみる機会があった。そこでもっとも印象深く忘れがたい光景の一つに出会った。日曜日の朝にも関わらず、座席はほぼ埋まるくらい人々が利用していたのだが、何とほとんどの人が例外なく本を熱心に読んでいたのだ。10人中9人はそうだった。むろん本の代わりに新聞を読んでいた人もいたろう。だがはっきりした点は日本やその他の国では当たり前の情景である居眠りとかポカーッとしている者はただのひとりさえもいなかったことだ。あれを見ただけで、ロシア人がいかに文学好きか、また、知的好奇心が旺盛な民族かということがわかった。

・ロシアでは地下鉄をメトロと呼ぶ。ソ連時代、人口百万人以上の大都市にはほぼ例外なく敷設されたようで、モスクワでは11路線以上ある系統が、首都全体をほぼ網羅している。さらにモスクワ郊外に向かっても増設が進んでいる。モスクワのメトロ・システムは、プラットホームやそこへ行く通路が、駅によってさまざまに趣向をこらしていて、壁のみならずプラットホームの床までもが大理石でできているというのもそう珍しい話ではない。また、天井にはよく博物館などで見かけるであろう美しい彫刻模様が施されていたりキリストやマリア、天使の絵なども描かれている。とにかく見事だし立派だ。紛れもなく駅なのだが、あたかも宮殿にでもいるかのごとき錯覚に、思わず落ちてしまう。また、地下深くに電車が走っていることでもよく知られているのだが、2、3の駅では二重、三重にエスカレーターで降りていってはじめてプラットホームにたどり着く。一説には、冷戦時代核戦争を想定して、有事にはできるだけたくさんの人々が逃げ込めるシェルターの役目を果たすという目的もあったそうだ。電車が走る時の轟音はすさまじく、また冷房施設や暖房もない。にもかかわらず、その地下鉄系統を作り出した技術は平凡なそれではないだろう。今日も40秒ほどの間隔でモスクワの町をそちこちと元気に行き来していることだろう。

・ロシアは北の厳寒の地だ。そういう所では、外車はかっこは良いが不便さもある。なぜなら、マイナス何十度になるロシアの冬に対応できるように作られていないからだ。その点、ロシア製の車は違う。普段はしょっちゅうエンストだの、故障だのとあちこち立ち往生していることも多いが、それが冬ともなると、なぜか不思議な能力を発揮しはじめるわけだ。なんと言っても車中は暖かい、というより暑いくらい。それに窓が全然曇らない。これはとても重要だ。内外の温度差のため、普通、この窓の曇りに冬中悩まされるのだが、ロシア車は違う。そんな問題はものともしない。つまり全体として快適な走りを提供してくれるわけだ。まさに”すべての道はローマに通ず”-冬だとその信頼性は高まるのだ。

・ロシアが音をたてて自由市場へと流れ落ちていった頃は、実際のところ、経済の実態はダブルスタンダードであった。どういうことかというと、政府は、ロシアの極めて脆弱な市場を、国民のために、外貨の圧力から守る必要があったので、商品に対して二重の価格を設定した。端的にいうと、ひとつはロシア人向け、他のひとつは外国人用だった。そしてそれらは、必ずしも中央政府の指示だけによっていたのではなく、地方の政府や機関が一部決定する権限を行使していたように思われた。また、ロシア人に準ずるビザをもっていた外国人も、ロシア人の価格が適用されたある期間があった。国内・海外の飛行機代、国内の汽車の料金は間違いなくそうであった。というのも私自身、その恩恵を受けた外国人の一人だったからだ。私はロシアに行ってまもなく、一人のロシア人の友人の厚誼でで、某大学の日本語教師として契約することができた。その場合、一種の労働ビザが付与され、また「勤労証明書」という手帳を給付された。そしてその手帳を汽車や飛行機の切符を買う窓口で見せ、行き先を言えば、ロシア人と同じ値段で切符を発行してくれた。一度か二度は、窓口や乗車・搭乗のとき少しトラぶったこともあったのだが、大方はうまくいった。またよほど困ったなら、先の友人が電話してくれたり来てくれて解決。そのあたりは法律や制度でがんじがらめの西洋先進国とは比べものにならない生活上の便利さが、まだ生きていた時代でもあった。なので、モスクワとサンクトペテルブルクとの間を飛行機で片道飛んだ時、初めの頃確か36ルーブルぐらいで行けた。おそらく当時のドルとルーブルの交換レートで約6、7ドル、日本円で800円そこそこだっただろう。この2都市は広大なロシアとはいえ、数ある中、主要幹線中の主要ルートー日本で言えば東京=大阪あるいは京都間であり、いわばドル箱だ。それがこの値段でいけたのだ。

・サンクトペテルブルクは湿気が多いため、夏は蚊の大群が襲ってくる。特に寝ている時だ。かの蚊は日本のそれよりも大きい。また頭脳的あるいは電子的ですらある。それだけでも手強いというのに、当時では蚊対策のベープマットや蚊取り線香といったものは、ほぼどこにも見当たらなかった。蚊帳ももちろんない。すなわち、昼に窓を開けはなって招き入れた分だけの蚊が部屋に居残り、夜な夜な人の血を吸うことになる。ところでもう一つの特徴は外国人の血がより好きなようであるということだ。ちょっとひと味刺激的なのだろうか。そんなこんなで、初めての晩だけで私の体には百カ所以上もの、ロシアの蚊に刺された痕ができた。人生はじめての経験だったろう。翌日からは、かゆみとの戦いで地獄の苦しみとなったことは想像に難くないだろう。

・ロシアに来て初めての冬を体験した。1992年、平成4年の年だった。前に、ロシアの夏の日は長いと書いた。サンクトペテルブルクなどは夜12時を過ぎても太陽が輝いている。もちろん生まれて初めて白夜だって体験できた。ところで冬はちょうどその反対。なんと午後3時にはもう真っ暗になりすっかり日が暮れてしまう。そのころは朝も11時にならないと明るくならない。だから一日の日照時間は4時間。朝5、6、7時などはまだ周囲はすっかり暗い。なのに人々は、学校に通勤にと熱心に外に出かけていく。黒々とした雰囲気にこれもまた黒々とした物体のうごめき。私の妻は始めその光景があまりにも衝撃的であったらしく、今でも興奮してその様子を話す。しかしロシアの冬はまた朝に雪が降り積もる。樹氷も普通に見られる。日本の小学校か中学校の唱歌に「雪の降るまちを」がある。雪が横なぶりにさかんに降りしきる時には、あの歌の歌詞そのものが目の前に展開する。と同時に、深い思い出と熱い感傷にふけるにはもってこいといわんばかりに、時が長く濃く刻まれていく。私はロシアの冬、雪の上を歩きながら多くもの思いにふけった。またそういう時ふと、ふだん出てこない妙案が浮かんだりした。それでこの季節もとりわけ好きだった。

・白夜だと人々は明るいので眠れないのではないか、と心配するかもしれない。でもそんなことはなかった。一日を朝から晩まで平常どおり生き、活動しているので、やはり夜は疲労からいつものように眠気が襲う。それでちゃんと睡眠はとっているし、また白夜だからといってその分夜更かしをするというロシア人は、ほとんど見たことはなかった。ロシア、サンクトペテルブルクの白夜は6月20日前後-1年のうちでも、ロシアがその輝きをよりいっそう増しくわえる時節だ。ところで北にイチするウルマンスク市だと、この頃は1週間のあいだ日が沈まないということだ。またフィンランドのヘンシンキ市の白夜はそれらの間くらいだろう。とにかくロマンチックな雰囲気を持った季節であることにちがいはない。

・ロシアにいて聞いたところでは、その昔ロシアの特に農村部で守られていたしきたりとして、娘は結婚するまでは純潔をつらぬき、親が相手を選んで息子や娘たちを結婚させていたという。そして、そのならわしを守れなければ村八分にされてあということだ。いわばロシアの地方社会では自由恋愛が否定され、大部分がお見合い結婚だったということになる。今でもそうした慣習が一部で残っているらしい。

・ロシアの男性といえば、実際飲んだくれが多い。朝から顔を赤らめ、アルコールのにおいをプンプンさせている男たちも珍しくない。というより夕べからずっと飲み続けたようだ。それが朝だけではなく昼も夜も続く。まるで男の甲斐性はウォッカを浴び続けることかのようだ。また、男性たちは昼になるとどこかしこから集まってきてチェスに興じている。集まってくる場所は一応決まっているようであるが、基本的に数名が時には10名以上の男たちがひとところに集まって、なにやら真剣なおももちで熱中しているのがチェスの遊びである。

・男たちが家庭において担う役割といえば家の修理だ。それも電球を取り替えるといったものもそうだが、その種のものはロシアでは男たちがする修理の部類にも入らない。彼らは何でもかんでも修理に関することは自分で手がける。たとえばタンス・本棚・ソファー・キッチンユニット・ベッドの組み立て、電気のソケットの取り付け・取り外し・壁紙の貼り付け、壁や床のタイル張り、あげくの果てに風呂桶の取り外しから取り付け、トイレの便器の設置など、なんでもござれなのだ。実は彼らは家まで自分で建ててしまう。それも小屋とか車庫などといった類のものではなく、地下2階、地上3階などといった本物の家の話なのだ。そればかりではん。ほとんどの男たちは自分の腕に自身を持っていて、「俺の家は100年から150年もつ保証付きだ」などと豪語している。実際に見たり調べたりすると、まんざらでまかせを言っているようでもないのである。

・シベリア鉄道で、極東のウラジオストクから首都モスクワへわたると、7日間すなわち1週間かかるという話は、きっとどこかしらで聞かれたことがあるだろう。これはロシアの汽車が時代遅れでがたがたであるからではない。ロシアは鉄道王国といわれ、日本よりも幅の広い線路上をやはり幅の広い汽車が、ゆうゆうと、全国くまなく網羅して走っている国だ。それだけではない。その線路網はほぼヨーロッパの主要都市とつながっていないところはないほどだ。そして、旅人に対してその長い長い旅程を案内する客車は、なかなか乗りごこち(寝心地!?)がよく、車掌のサービスも行き届いているといってよい。彼ら乗務員はみな本当に働き者だ。ひとつひとつ割り当てられた客車ごとに、最低二人の車掌が専従でついて、やれ切符だ、パスポートだ、お茶のサービスだ、車内食だ、タオル・毛布・敷布・水・新聞と、ひっきりなしに乗客を面倒みてくれる。それだから大方安心して休める。ほとんど寝ずのそうしたサービスは、たいそう献身的であり、ヨーロッパの汽車でもそんなにあることではないだろう。おまけに1週間、まわりの景色が次々に変わっていくそうなのだ。だから飽きることはないという。

・芸術というと華やかさを考えやすいが、実際にはそれほど特別なものではないのかもしれない。ロシア人の生活を見ているとそう感じてしまう。文学の例だが、ロシア人は詩あるいは詩吟が大変好きだ。まさに日常茶飯事、日常生活の端々で詩をあるいは詩的表現を使う。またピアノも、弾かない人が少ないと思うくらい、ごく自然に音を奏でる。中にはまったくの自力で習い、しかも自分で作曲を手がける人もいる。それも趣味で。日本人からすると何か次元が違うように感じる。誕生日には心のこもったカードや、自作の絵や置物を贈ってくれるロシア人も多いが、実に美しいものだ。まるで芸術作品を贈られているかのように思える。1週間、1ヶ月と時間をかけて準備するのだ。そういう人は芸術センスや能力が特別に備わっているのかもしれないが・・・。家に飾ってある絵も多種多彩だし、カーペットだって壁に飾って立派なデコレーションの役割を果たしている。ノートの糊がはがれてバラバラになってしまうこともあるが、そんな時ロシア人は簡単に新しく買い換えるのではなく、修復してしまう。それも以前よりずっと素敵にだ。極端にいうと、初めからそのノートを自分のタイプ、好みに創作力を使ってつくり変えてしまうのだ。笛、民族ダンス、ジプシーダンス、編み物などなど。趣味で始めて、とても趣味とは思えないプロ級の腕に上げていく。そんな芸術的な静かさ、忍耐力、継続性、創造力、センスをロシア人は備えている。

・ロシアが一大産地を抱える鉱物は多い。石油、天然ガス、ダイヤモンド、金、ニッケル、石炭等々。そして知られているようでそうでないのが、琥珀石だろう。日本でも中年層の婦人たちを中心に人気があるようだ。ロシア国の飛び地であるカリニングラード県は、バルト海に面しており、ポーランド国とも隣接する。そこが琥珀(アンバー)の世界的一大産地である。種類も多く珍石にもこと欠かない。縁起や健康に良いとされる虫入りの琥珀石ももちろんここで産出されるのだ。世界の市場に輸出している琥珀専門の製造・卸・販売会社がそれらを一手に引き受けている。琥珀は当然ロシア国の国宝であり、輸出事業が国の管理下におあkれていて、勝手に国外に持ち出せない。国際空港とかみあげ専門店で売られている品物は、そうした国の輸出承認を得たものである。近年ロシア第2の都市、サンクトペテルブルクにて、一面がこの琥珀でできあがった1室が、エルミタージュ博物館の内部で発見された。私は写真で見ただけだが、その豪華絢爛さは見る者に息を飲ませる。これぞロシアのかつての栄華の象徴だろう。商品の種類も数多い。すべて天然石だから一つ一つが個性的なのだ。

・日本人にとって、火山と地震は切っても切り離せないことはいわば常識だ。ところが、ロシア本土には火山どころか山さえみあたらない。ウラル山脈はもちろんあるが、ロシアを西と東、欧州側とアジア側に隔てているにすぎない。だからロシアでは火山活動による自信というものが起こらない。実際、私が滞在していた14年間のあいだ、一度も体験したことがなかった。当然温泉などという気の利いた保養とは縁がないのである。ロシア人に温泉の素晴らしさをどんなにあつく説いても、始めはそれが何なのかということすら分からないので、冷や水をひっかけられた気分になる。せいぜいサウナ風呂を思い起こす程度のようだ。しかし一度広大な本土を離れ、カムチャッカにまで至れば火山が存在する。従って地震もあるし、温泉資源に行きあたるわけだ。思っただけでも温泉にはいった気分になりそうだ。ワクワク感が出てくるというものだ。

・音楽への情熱もすごい。レニングラードとモスクワのコンセルバトーリアはその登竜門。よほどの秀才しか入れない。モスクワの地下鉄の通路などで時たま学生たちが、資金を得るため即興演奏などをしているのがいいやがおうでも耳に入ってくるのだが、いわば普通の街角でプロが奏でるナマの音と雰囲気を楽しんでいるようなものだった。

・芸術を楽しむ心というのか、ロシア人はみなが芸術と関わって暮らしている。彼らとエンタメなど催してみると、社交ダンス、民族舞踊、ピアノ、バイオリン、ハーモニカ、アコーディオン、ギター、バラライカなど伝統的楽器、独唱、デュエット、ジプシーダンス、寸劇、パントマイム等々、実にバラエティに富んだ出し物が待っている。どれも即興とは思えないほどの腕前なのだが、何よりも一つ一つ、ちゃんとした命の主張がある。言い換えれば自分の人生としっかりとつながった表現に聞こえるのだ。またロシア人はユーモアも得意だ。その点はとても”西洋的”。生活の中ではブラックユーモアも飛び交うようだが、気長というのか気が大きいというのか、今日も何かおもしろいネタがないか見回しながらのんびりと過ごしている、そんな彼らの息づかいがいまにも聞こえてきそうな気がするのだ。

・ロシアの教育制度は小・中・高一貫教育なので、日本や韓国にあるようないい大学を狙った進学のための予備校というのはない。ただしもっと一般的に、大学に入る目的で浪人している人のためには予備校がある。OA入試がむしろ日常的で、入りたい大学に行くうえで大学訪問は欠かせない。夏休み前後から指導してもらおうとする教授のところに行き指導を受け始める。モスクワ大学などの優秀な大学に入る場合特にそうだ。また数学に秀でている子供ならそれ専門の高校に転校したり、将来海外駐在大使など外交員を目指す向きにはそれ専門の名門大学がモスクワにあって、モスクワで一番優秀なクラスの高校に転校して試験にそなえる。そんなわけで進学予備校よりむしろ、音楽やダンス、絵など芸術に関した課外レッスンのほうが圧倒的に盛んなのである。しかも先生方もかなりの専門家たちであり、将来その教え子たちの中から有名なアーティストが誕生するケースもある。一般の文化会館などで主催しているものは授業料もそんなに高くない。ピアノレッスンでは同時に歌唱も習わせる。音楽の基礎的知識、感性、全体との調和などを養うらしい。子どもの演奏や合唱の発表会ともなれば、親たちはカメラにビデオの機器をもちこんで、全部を記録に収めようと、異常ともみえる執念で撮り続けるのだ。親ばかは世界どこでも同じで、ロシアはむしろ日本以上かとも思えた。

・ロシアで他に盛んなのはスポーツ-特にアイスホッケーや水泳である。フィギュアスケートもそうで、私が借りたアパートのオーナーたちの中にも、娘がロシアトップレベルで国際大会などに行かせるため経費がかさむからといって、家賃を不条理にあげようおしたため、それに対抗してついに引っ越したなどということもあった。最近では空手や柔道など武道の課外クラブもあちこちで盛んになってきた。サッカーやバスケットといった人気スポーツも、少年・少女の名門クラブが活躍する日が近い将来訪れることだろう。

・ロシア人たちの天びんというのは、何か表現しようのない圧倒さがある。いわゆるブレイクスルー(=突破、大躍進、成功)の世界-。それに一般的に論理的思考能力は非常に優れている。肉体、頭脳、芸術性、工芸力などなど世界有数ではないのだろうか。ビジネスの世界でも機械類、コンピューターソフト、ハイパーマートなど大規模な店舗展開、外食産業、彼らの得意な資源やエネルギー分野、また法曹界などこれからロシア人の能力が世界で遺憾なく発揮されていくものと思われる。音楽・芸能・文学・絵画などはもちろん、ファッションや映画界、出版界、医学、食関係事業、漁業や観光、建築界、デザインの分野で、画期的な技術やサービス、商品を生み出していくことだろう。精神力も並ではない。だから好きなものをやり遂げようとする執念や情熱は、やはり一目置くべき国民だろう。功利的な計算力も高いし、決して損をしないように生きているのもそれはそれで見事だと思う。一言でいえば、一人ひとり、芸達者で世渡り名人。ロシア人の生活をみていると「芸は身を助ける」ということを実感するのだ。

・ロシア人にとって正義の愛国心は、ウォッカの次に大事なアイデンティティだ。5月9日h故国をナチスドイツから防御し打ち破った戦勝記念日で、国をあげて大々的にお祝いする。パレード、各種集会、パーティー、アトラクション等々、行事が1日中しこたま行われ、最後に豪勢な花火ショーで締めくくられるのである。

・ロシアの女性は確かに美しい。ながし髪などをしていればこの世の美とも思われない。北欧系の女性は美しい、などと一般的にもいわれることもあるようだが、それがお世辞にもならない。比類なき次元といってよい。が、実はもっとすごいことなのだが、彼女たちは精神的なタフネスも並たいていではないのである。なにせ、仕事、家事、育児なんでもこい、だ。ソ連邦の時代からマルチな役目を一度にこなしてきた。ちょっとやそっとでは弱音ははかない。否、むしろ打たれ強いとさえいえる。女は弱し、されど母は強し、これもまたかの国では真実で、ロシアの母親たちは、”たくましい”。ちょうど野獣が美女の姿をしているようなもの、といえばわかりやすいかもしれない。ゆえに野獣たる男性諸君は、ロシアにおいては立つ瀬がないのだ。美しくて頭がよくてそのうえ、頑強だ。しかも多くのロシア女性は生きる知恵が豊かだ。”悟る”という世界を兼備しているといえる。男性の強さは、冬の寒さに耐えるとき、自分の家を建てたり家具を修理したりするとき、車を修理工さながらに直すときに発揮される、そんな具合だ。多くの状況下では女性の強さが引き立っていることが多いのだ。もおすごいアイロニーに違いない。そんな淑女たちも、愛する異性と出会い幸せな結婚と家庭に恵まれるとき、やっと、その美しき仮面の後ろに隠された強さのよろいを脱ぎ捨てることができる。愛し合う夫婦、親子がつくる愛の威力が一番強いことを学んだからだった。

・ロシアの家庭で驚いたことの一つに、ひとつの夫婦、家庭が、何十人もの子ども(孤児ら)をもらって育てている例が、結構多いという事実だった。その子どもの数は数人から十数人、時には20人などという場合もあった。まず第一に、彼らを養う経済的な裏付けは何なんだろうか、ということに驚かざるをえなかった。経済的にそれなりに豊かでないとならないはずだ。アパートとかに住むのは無理だから、やはり一軒屋に住んでいるはずだし、それも部屋の数を始めかなりの広さが必要だしー。次に1人とか3人とかでも、個性の違う子どもを育てることはたやすいことではないのだ。それが十何人とかというと、その愛情の大きさと広さというものは、ほとんど私の想像を超えていた。私自身8人兄弟の中で育ったから、それくらいまでは何となく予測がつくが、ロシア人の夫婦が受け持つ子どもの数は、それをはるかにしのいでいた。最後に疑問だったのは、そうした夫婦はそんなにたくさんの子どもを引き受け、育てようと思ったのか、何を欲したのか、という動機に関することだった。もうそのあたりになると、ほとんどさじを投げざるをえない。単に子ども好きだから、というわけでもあるまい。加えて苦労が好きなのか、何か人から称えられるためなのだろうか、等といろいろ詮索してみるのだが、どの答えも自分で自分を納得させるには不十分なものばかりだった。

・人間にとって一番大切な命-教師と医者は、体と心のその両方の命を扱い育てる、最も尊い仕事につく人たちではないのか。日本では遠い昔、先生を聖職者とも呼んでいたほどだ。そういう彼らが日々の生活に追われるようなお金しかもらえず、副職を余儀なくされている社会の姿には、正直言ってあきれ返った。プーチン政権になって教師と医者の給料が引き上げられ、ロシア人の平均の給料値に近づいた。そのニュースを聞いた時、本当に良かったと安堵した。やっと社会にとって最も尊い人々がその報いを受けられる時になった、と。

良かった本まとめ(2015年上半期)

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居酒屋ゆうちゃん(東京 門前仲町)はとてもオススメ!

2015年12月09日 01時00分00秒 | 外食
 東京の門前仲町のディープな世界にある「ゆうちゃん」へ行ってみました!

ディープな世界とは、「辰巳新道」(別名”しょんべん横丁”」という昭和の木造建築が残る一画にあるためです。

「しょんべん横丁」というのは、この飲食街利用者専用の公衆トイレがあるためですね。

 昭和20年の東京大空襲でこの界隈は焦土と化したようで、近くにはその供養塔が多く見られます。
この辺りは、その空襲の後、バラック小屋が建てられ、この横丁が始まったようです。
”しょんべん横丁”は、昭和当時の建物をリフォームしてそのまま使っているので、当時の雰囲気をそのまま伝えています。


↑ゆうちゃんの店構え

この”しょんべん横丁”のお店にはぜひ行きたいと思っていましたが、常連客ばかりのようで、なかなか敷居が高そうで入りづらいと感じていました。
しかし、食べログで検索してみると、この「ゆうちゃん」は評価が高く、しかも禁煙で、予約もできるので、さっそく3人で予約して行ってみました!

「ゆうちゃん」とは、ここのお店のマスターの名前のようです。
先代はまだ元気で、新たに月島方面に店も作るとのことで、今度行ってみたいと思っています。

「ゆうちゃん」はの店内はかなりせまく、8人席で、カウンターの中に一人入って9人でしょうか^_^;)

さっそく、ドリンクメニューを見て注文します。
「~ハイ」は350円~400円とかなりリーズナブルですね。
まずはシークワーサーハイ400円を注文しました^_^)


↑ドリンクメニュー

その後、日本酒も美味しいようで、純米酒の「会津の八重」や「玉乃光」を650円で飲みますが、さすが美味しい!


↑「会津の八重」や「玉乃光」

それから、食べ物は先代が築地で新鮮な魚を昔から仕入れているとのことで、鯛500円やハマチ500円、イワシ450円の刺身を注文します。


↑食べ物メニュー


↑食べ物メニュー

さすが、鯛やハマチ、イワシの刺身は新鮮で美味しい!
酒が進みます!


↑鯛やハマチの刺身


↑イワシの刺身

なお、隣に座った客からは耳寄り情報として、平日のランチにはこのゆうちゃんで850円で美味しく刺身定食も食べられるとのことなので、今度ぜひチャレンジしてみたいと思いましたね。

それから、事前の予習も活かして、手作りポテト&マカロニサラダ400円、だし巻き600円、いなごの佃煮350円、しらす丼、?、厚切りハムカツ400円を注文!


↑手作りポテト&マカロニサラダ


↑だし巻き


↑いなごの佃煮


↑しらす丼


↑いぶりがっこ


↑厚切りハムカツ

どれも美味しい!!
だし巻きは柔らかく美しい出来で素晴らしかったですね!
ちゃんと3人分に切り分けてくれていました^_^;)
それから「いなごの佃煮」は初めて食べましたが、甘く佃煮にされていて美味しい!
そして、個人的には添加物のことを考えてハムはほとんど食べないのですが、このハムカツは肉厚で妙に美味しかった!
仲間も美味しいと絶賛でした!

それから、「ゆうちゃん」に、どうして禁煙にしたのか?と訊ねると、先代には大反対されたけど、美味しい料理を味わって欲しいから禁煙を始めたようです。
しかも、客が煙草を吸わないので、注文の量も増え、結果的に売り上げ増にもつながり、禁煙で良かったようです。
煙草を吸う時間は食べれませんからね。
ヘビースモーカーほど、あまり食べたり飲んだりしないようです。
なるほど・・・・

「ゆうちゃん」は門前仲町のディープな世界で、リーズナブルに美味しいお酒とツマミを禁煙の中で堪能でき、とてもオススメです!

美味しかったものまとめ(2015年上半期)

<今日の独り言>
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居酒屋 ゆうちゃん居酒屋 / 門前仲町駅越中島駅木場駅

夜総合点★★★★ 4.0

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東海道五十三次 街道をゆく 二宮~小田原 (1)二宮~弁当

2015年12月07日 01時00分00秒 | イベント・外出
 前回に引き続き、阪急交通社が企画する「東海道五十三次 街道をゆく」の第8回目の二宮~小田原 (1)二宮~弁当について紹介したいと思います。

 この日は晴天に恵まれて、富士山や海が綺麗に見えて良かったですね。
海は水平線近くに伊豆大島まで見ることができ、珍しい日和だったようです。
いつものように、ガイドさんのあいさつの後、軽く準備運動をして9:55頃出発しました。

まず「ヤマニ醤油」の蔵元の横を通ります。
江戸時代から続く、二宮ブランドの手作り醤油とのことです。
一度買ってみたいと思いましたね。


↑ヤマニ醤油

それから、この二宮町で有名なのが藤巻寺の鐘で、二宮で一番古いようです。
あた、藤の花も有名とのことでしたね。


↑藤巻寺

そしてしばらく歩くと、スタートから約2kmの地点に押切坂一里塚がありました。
ここは江戸の日本橋から18番目の一里塚なので、日本橋から約72kmの距離となります。
当時は旅人目当ての茶屋や商店が軒を並べていたようです。


↑押切坂一里塚

それから、松屋本陣跡がありました。
ここは宿場町ではないのですが、大磯宿と小田原宿の距離が焼く16kmと長く、またその中間に位置したことから、間の宿(あいのしゅく)として休憩所が設けられ、茶屋や商店が軒を並べ、「梅沢の立場」と呼ばれて当時は大変賑わっていたようです。
その、中心的存在となったのが「松屋本陣」で、参勤交代の諸大名や宮家、幕府役人など特権階級の休憩所に指定されたようです。


↑松屋本陣跡

それから、大山道への道しるべがありましたね。
鬼の彫刻?が珍しいようです。
色も塗られていてすごいですね!


↑大山道への道しるべ

そして、右手には富士山が綺麗に見えました!
この日は天気が良くて、青い空が広がり、雪で覆われた白い富士山がとても綺麗に見えましたね!
素晴らしいです!
かなり西に歩いて富士山に近づいて来たので、富士山がかなり大きく感じます^_^)


↑富士山

それから、左手の方には相模湾が見えてきて、これもまた青い空と青い海がとても美しい!
何と、水平線近くには伊豆大島も見えます!
ガイドさんによると、これはかなり珍しいようです。
ラッキーでしたね^_^)


↑相模湾と伊豆大島

そして、公園で12時前にお弁当タイムとなります!
いつものように、下に敷くビニールとお弁当、お茶を頂きます。
小田原に入ったので、やはり名物のかまぼこが入っていますね^_^)
美味しく頂きました。


↑本日の弁当

この日は、富士山と相模湾が美しく見えて、とても良かったですね!

次は、(2)小八幡一里塚~北条稲荷です。

お勧めなお話(2015年上半期)
自動車保険を安く!

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「買う5秒前(草場滋)」という本はとてもオススメ!

2015年12月04日 01時00分00秒 | 
「買う5秒前」の購入はコチラ

 我々は、明確な理由があって毎度商品を買っているワケではなく、多くは買う直前に、正体不明の何かに背中をドンっと押されます^_^;)

 「買う5秒前」という本は、本能やソーシャル、逆張り、ボーダレス、シンプル、人間力といった観点から、その正体である購買動機を解き明かしたものです。

 今後、何か売って儲けようと思う方などにとても参考になると思います。
特に以下はナルホドと思いましたね。

・若い女性向け雑誌の購入層は想定より年下である場合が多い
・黒色は素材感や本物感、高級感などプレミアムがある
・人類はアフリカ大陸で誕生して変化を求めて世界へ広がり反映したので変化を好む
・頭文字Aのネーミングは人を惹きつける
・10分以内なら独占を許せる
・百聞は一リアルに如かず
・青色の食品は自然界にほとんど存在しないので本能的に拒否する
・日本人には判官贔屓の気質がある
・ロングセラーは微妙に改良を続けている
・童心を訴求したものは売れる
・下積み経験は支持を広げる
・飲食店は味や価格のほかに哲学が必要
・他の客層を広げるには免罪符が必要

なお本書は宣伝会議の月刊誌「販促会議」の連載をまとめたものです。
連載開始は2009年6月で約6年分が掲載されています。

 「買う5秒前」という本は、売り上げを上げるための購買動機について楽しく考えさせられ、とてもオススメです!

以下はこの本のポイント等です。

・何が、彼女に心変わりさせたのか?「背伸びしたいワタシ」である。どういうわけか、若い女性が雑誌を購入する際、その手の直感が、行動を左右することが少なくない。かつてキャバクラ嬢の教科書として一世を風靡した「小悪魔ageha」も、実際の主要読者層は女子高生だったらしいし、その女子高生をターゲットに作られているはずの「Seventeen」も、今や読者の主体は女子中学生である。本来、女性ファッション誌は、かなり細かい年齢層までターゲットを細分化して作られているはず。しかし、結果的に購入している層は、出版社が当初想定していた年齢層より下である場合が多い。彼女がそれを買う5秒前、「背伸びしたいワタシ」が背中をポンッと押したからだ。

・黒-。その色には不思議な魔力がある。一見、暗くて重いネガティブなイメージだが、その裏には素材感や本物感、高級感といったプレミアムな性格が隠れている。そして僕らは、そんなニオイを瞬時に嗅ぎ取り、特に黒い商品を購入する。例えば、今や大画面のテレビは様々な色が用意されるが、圧倒的多数のお客は黒を選ぶ。高額商品ゆえに、黒の放つ”ニオイ”こそ相応しいと感じるからである。また、アメリカン・エキスプレス社の最上級カードは「センチュリオン」なるブラックカード。世界でも限られたVIPのみが持つことを許され、世のエグゼクティブたちのあこがれの的。レストランなどのチェックの際、財布からブラックカードを出した時の周囲の崇拝の目といったらない。ほかにも-食品の分野では本来、黒は食欲をそそる色じゃないのに、イカ墨パスタや黒酢豚、黒烏龍茶、焼酎の黒霧島など、近年、黒をイメージさせるメニューが脚光を浴びている。それも、黒に秘められた”本物感”を人々が嗅ぎ取ったからだ。黒霧島が「クロキリ」と呼ばれ、瞬く間に焼酎のトップブランドに成長したのも、その名前の持つイメージと無関係ではあるまい。サービスだってそう。例えば、新宿通りのマルイの2階にあるスターバックスコーヒー。かの店ではバリスタが全員、ブラックエプロンを着用する。通常、スタバのエプロンといえば緑色だが、彼らはコーヒーの知識や経験が豊富な選ばれし精鋭たち。その証がブラックエプロンなのだ。そして、彼らの”黒”に惹かれるように、連日、多くのお客が押し寄せる。実は、その店には通常のスタバにはないコーヒー豆を販売したり、コンシェルジュカウンターがあってテイスティングできたり、プレス式でコーヒーをいれてくれたり、マグカップが黒だったりと、様々なオプションが用意されている。でも、お客はそれらの詳細を知らずとも、ただ、なんとなくブラックエプロンに惹かれて訪れる。そう、黒は、送り手と受け手の間を取り持つ、いわば暗号。いちいち説明しなくても、お客はその色を見ただけで、ただならぬ気配を察知するのである。

・そこかしこに吹き荒れた2009年のチェンジの風。だが、実はその種の現象は今に始まったことじゃない。太古の昔から人類はチェンジを繰り返し、今日の繁栄を築いたのだ。その昔、アフリカ大陸で誕生した人類は、陸伝いにヨーロッパやアジアへ進出。さらにベーリング海峡を渡り、南北アメリカ大陸へと広がった。現状にとどまるより、何が起きるか分からない新天地を目指した結果が、今日の人類の繁栄なのだ。「今度の土地はどうだい?」「悪くないね。でも僕は先を目指すよ」その習性をマーケティングに利用したのが、近年の缶コーヒー市場である。コンビニの冷蔵ケースの前に立つ度に新商品を目にするのは、そういうこと。昔はジョージア派とかボス派とか缶コーヒーにもブランド信仰があったが、今や短いスパンでどんどん新商品が投入され、僕らは毎回、違う缶コーヒーを飲んでいる。そう、僕らは保守的に見えても、案外そうじゃない生き物。安全な現在地にとどまっているよりも、何が起きるか分からない新天地のほうを選びたがる習性だ。

・レストランでメニューを広げて、不思議と目に飛び込んでくる文字がある。連れに聞くと、同じところを見ていたという。偶然だろうか。いや、違う。僕の経験からすると、偶然にしてはあまりにその種のケースは多い。さらに多くの場合-飛び込んでくる文字は、「アウパラガス」か「アボカド」の料理である。美味しいから?もちろん両者は美味しい。でも、美味しい食材はほかにもたくさんある。なぜ、その二つだけが毎回決まって目に飛び込んでくるのか?両者の共通点といえば、奇しくも頭文字が同じこと。英語にすると「A」。まさかそれが理由でも-と冗談を一蹴しようしたところで、ふと思いとどまる。「いや、もしかしたら”頭文字A”には、本当に人を惹きつける不思議な力があるのかもしれないー」。試しに、思いつくままに頭文字にAがつく単語を並べてみる。AKB48、ARASHI、ANA、AVATAR、Apple、Amazon-偶然にしては、僕らを惹きつけて止まないネーミングが並ぶ。冗談から思いついた仮説だが、本当に頭文字Aには、何か不思議な力があるのかもしれない。そういえば、アルファベットも50音も、最初に来る一音は母音の「A(あ)」である。いや、フランス語もアラビア語も、世界のありとあらゆる言語は、母音の「A(あ)」に該当する一音から始まる。そもそも、僕らがこの世に生を受けて、最初に発する言葉がそう。よく、赤ちゃんが最初に発する言葉は洋の東西を問わず「ママン」と言われるが、実は赤ちゃんはその前に、意味をなさない「アー」という言葉を発する。それが「マー」となり、母親を意味する「ママン」となる。そう、頭文字A-。それは世界中のあらゆる言語の最初の一音であり、僕ら人間がこの世に生を受けて発する最初の言葉。そういう意味では、僕らにとって最もなじみ深い言葉と言っていいだろう。少なくとも、ラ行やヤ行から始まる言葉よりもなじみ深いのは確かである。

・一般に、商品のネーミングに「2」や「3」が付くことは多々ある。続編や三部作といったくくりである。しかし、「4」となると、あまり聞かない。一つのシリーズの寿命として、長く続いても、いいところ三代なのだろう。そう考えると、「4」がつく商品は、かなり新鮮だいわゆる三部作の次に来るモデルなので、仕切り直しの感がある。それに「2」や「3」が付く商品は、どうしても初代のインパクトを超えそうにないが、「4」だと、どこか初代に通ずる新しさを連想する。おそらくジョブズは、iPhone4を過去三代のモデルとは線引きをして、新たなスタンスで売り出したかったのだろう。その戦略は見事に当たった。もし、あなたの会社にある商品が三部作や三代目を迎えていたら、次に出す商品は「4」を前面に押し出すことをお勧めする。必ずやそれは、市場に新鮮な目で受け止められるに違いない。

・2014年のヒット商品にフィリップスの「ヌードルメーカー」がある。うどんやそばパスタなどの本格的生麺が、材料からわずか10分でできる優れもの。ヒットの要因は、この”10分”という短い尺にある。今の時代、人の時間を独占するのは大変だ。常にスマホなどの誘惑が待ち受けている。だが、一つの行動が10分以内で済むなら、それは”エントリー時間”として許容できる範囲にある。10分なら、人は独占を許してしまうのだ。

・どんなに事前にマスメディア等で盛り上げたところで、実際に現地に足を運んだ人たちの”リアル体験”のつぶやきにはかなわない。ツイッターで「ジモンのイベントで肉なう!」とつぶやかれて、写真がアップされた日には、大抵の人は心が揺らぐ。タイムラインで何人もの同様のコメントを見せられた日には、もう居ても立ってもいられなくなる。俗に「百聞は一見に如かず」と言うが、さしずめ現代のSNS社会は「百聞は一リアルに如かず」-ではないだろうか。どんなに事前に広告やプロモーションなどで、そのイベントや商品発売を知らされたとしても、結局、消費者の心を動かし、重い腰を上げさせるのは、他人のリアル体験の口コミなのだ。それが面白そうであればあるほど、俄然、行動力は高まるのだ。

・一般に、青色の食品は自然界にほとんど存在しないので、本能的に僕らはそれを「食品じゃない」と拒絶する。とうてい、食欲などわくものではない。だが、それが逆に功を奏したのだ。「気味が悪い」という評判を聞けば聞くほど、お客は興味を示したのである。それは、ホラー映画やお化け屋敷、怪談などに顔を背けながらも、興味をそそられるのと同じ構図だ。それだけじゃない。スライム肉まんは購入客の手によりさらに気味の悪い加工(切り裂かれたり、電子レンジで焦がされたり)が施され、そんな悪ノリがSNSで拡散され、ますます消費者の”怖いもの見たさ”を刺激したのである。今回、この企画で賞賛すべきは、ともすれば会議ネタで終わりがちなアイデアを商品化したこと。実際、この種のアイデアは会議レベルなら、さして珍しくはない。昔、一様に面白がってくれる。だが、いざそれを商品化するとなると、企業として二の足を踏むのが常である。「ま、そうは言っても、食品で青色はないよね」と。恐らく、スライム肉まんも同じような経緯をたどったと思われるが、色を変更するなど中途半端に妥協しなかったことが、今回の成功につながった。そう、思い切って針を振り切ったことが、消費者の”怖いもの見たさ”に響いたのだ。

・後から知ったが、あの日、僕が快適な思いをしたのには理由があった。代官山 蔦屋書店は、あえてオープンの告知を控えたのだ。マスコミ等を招いての内覧会もやらなかった。いわゆるサイレントオープン。それはひとえに、オープンによる混雑を避けるためである。同店のターゲットは、”プレミアエイジ”なる団塊の世代前後の人たちという。彼らに店のファンになってもらうには、快適な環境にある店を探訪してもらうのが一番。しかし、大々的にオープンを告知してしまっては、大挙して人が押し寄せ、探訪どころではない。世の中に、お祭り騒ぎが好きな人たちはいる。でも、彼はお祭りが終わると、消えてしまう人種。一方、この店が求めるのは、店と長く付き合ってくれる人たちである。彼らを惹きつけるには、あえて”祭り”をやらないことも肝要なのだ。

・昔から、日本人には「判官贔屓」の気質がある。首都圏に対して地方、スター軍団に対して雑草軍団-そんなSKE48が、年に一度の総選挙ではAKB48と同じ土俵の上で戦えるとなれば、地元ファンが燃えないわけはない。振り返れば、かつてAKB48の内部でも同じような現象があった。それは、一期生である前田敦子や高橋みなみなどのスター揃いのチームAに対し、二期生で構成されたチームKの”下克上”。当初、チームKは地味で人気がなかったが、Aに追いつけ追い越せと、大島優子や秋元才加らのメンバーが発奮。そんな雑草魂にファンたちが共感し、遂にはチームAをしのぐ人気を獲得した。そう、人は追われるより、追うほうに感情移入したい生き物なのだ。

・僕らは一見、変わらないものに惹かれる。何年、何十年経っても変わらない魅力。でも、その裏では、時代時代の人々の嗜好に合わせて、小さな改良が続けられているのだ。そういえば、同じくロングセラー商品の日清食品の「チキンラーメン」もそう。1958年の登場以来、表向きは、味を変えないとしながらも、小さな改良を続けていると聞いたことがある。だから、今なおファンが多い。老舗を守る姿勢と、小さな改良を続ける姿勢。二つは同じ意味なのだ。

・最近、若い人たちの容姿や行動が「マジメ化」していると思いません?例えば、女性たちの髪色。以前のような明るい茶髪が減り、まるでアイドルグループのメンバーのような落ち着いたブラウンや黒髪が増えている印象。彼女たちのファッションにしても、かつてガングロギャルたちが好んだ露出過多の服装が減り、今や街を見渡せば、レギンスなどで肌の露出を抑えた美白の女性たちであふれている。そのメイクも最近は「すっぴん風」といったナチュラル志向だ。眉毛も一時期よりも随分、太くなった。若い男性も、以前のように遊ばなくなって久しい。第一、彼らは車を欲しがらないし、海外旅行への憧れもあまり聞かない。ガールフレンドを誘って、海や山へ遠出している風でもない。彼らが草食系と言われる所以である。お酒にしても、最近の若い人たちは度を過ぎた飲み方はしない。彼らは上司からの誘いを断り、早々に帰宅して、ごく自然に自炊に勤しむ。街中で酔いつぶれているのは大抵、おじさんサラリーマンだ。スポーツの流行も、以前はテニスやスノーボードのようなカジュアルな競技が好まれたが、最近はストイックにランニングをする若者たちが増えている。そうそう、彼らは早起きも苦にならない。そもそも、お酒を飲んで午前様という習慣がないので、比較的早く床に入る。で、早起きして「朝活」だ。語学系の講座に通ったり、朝食を兼ねた異業種交流会に参加したり、ランニングで汗を流したりー。そんな具合で、今や若い人たちはどんどん「マジメ化」している。その昔、少し危険な香りがする「ちょいワル」が異性にモテて、マジメぶるのはダサい傾向すらあったのが信じられないほど。そうそう、今じゃ彼らは政治への関心も高い。国政選挙が行われる度、SNSで「選挙に行こう」と呼びかけるのは、大抵、若い人たちだ。かつて若者と言えば、政治に関心のない「ノンポリ」と呼ばれた時代が、隔世の感-。さて、そんな時代の企業戦略は、自ずと「ちょいマジ」に照準を合わせたほうがよさそうだ。実際、街の流行も、最近はオシャレな朝食を出す店が脚光を浴びたり、朝のスキルアップ講座が盛況だったり、ランナー向けのウエアやグッズやレストスペースが充実したりー。狙うなら、ちょいマジな若者たち向けのサービスだ。

・「ホルモンヌ」と呼ばれる人々が登場して久しい。焼肉の内蔵系の部位、いわゆるホルモンを好んで食する若い女性たちを表す呼称で、2009年あたりから増え始め、今やすっかり定着した。その起源は、女性ライターの佐藤和歌子さんが「週間モーニング」に連載した「悶々ホルモン」だと言われる。それまでおじさんたちの聖地だったホルモン屋を女性一人で訪れ、食べ歩いたエッセイで、それが火付け役となり、女性たちの目がホルモン屋へと向かい始めた。そして2009年4月、「ホルモンキング」が恵比寿にオープンしたのをキッカケに、新宿や池袋、渋谷などにもホルモン屋が続々とオープン。今やそれらの店は女性客のほうが多い。実は今、”男子抜き”で外食を楽しむ女性が増えている。彼女たちはデートや合コンにはあまり積極的でなく、その分、友人らとの食事会に精を出す。男子抜きだから、支払いは自腹。となると、自然と選ぶ店はリーズナブルになる。庶民的なビストロやホルモン屋が好まれる。”男子レス”-もはや彼女たちは、男子なしでも人生を楽しめる術を身につけた。今、商売のターゲットとして狙うのなら、彼女たちだ。

・2012年夏、ある1冊のレストランガイドが話題になった。僕もブレーンを務めるホイチョイ・プロダクションズの新著「新・東京いい店やれる店」である。かの本、20年近く前にベストセラーになった本の第2弾。コンセプトは前回と変わらず、「味よりも、店の雰囲気」。要は、女性をくどき落とすための店選びに徹底的にこだわったレストランガイドだ。デートを盛り上げるウンチクも散りばめられ、再びベストセラーとなった。ところが、である。前作と一つだけ異なることがあった。それは-意外にも女性の購入者が多かったこと。断っておくが、女性をくどき落とすために書かれた本である。だが、世の女性たちは、そこに惹かれたのだ。女性を落とすためのレストランガイドとは、よほどステキな店やウンチクが紹介されているに違いない、と。そう、前作が出た1990年半ばと時代の空気が異なるのは、今は女子会などの影響で、むしろ女性のほうがレストランに関心が高く、一方、世の男性陣は草食系になっていること。僕はこの現象を”裏ターゲット”と呼んでいる。先に挙げたホンダのバイクのVT250もそうだが、本来は男性向けに開発された商品が、図らずとも女性にウケることがある。実は、世の女性たちは、女性向けに開発された商品にそれほど関心は高くない。逆に、男性向けに開発されながらも、優れた商品に惹かれる。自分たちが表立ってターゲットにされてない分、背伸びした優越感にも浸れるからだ。

・パークを企画したのは、エド・マムさん。その発想のキッカケは、以前、広大な土地を買い、自分で重機を借りて整地を行ったところ、あまりに面白くて、整地そっちのけで重機遊びに熱中してしまったこと。その時、「これは、お金を払ってでも遊びたい人がいるのでは?」と、重機で遊べる施設としてオープンしたところ、これが大ヒット。満を持して、テーマパークの本場であるラスベガスに本格進出したのである。その入園料は、約200ドルからと、決して安くない。来園者はインストラクターから講習を受け、その後、実技が味わえる。とはいえ、タイヤを持ち上げたり、土を掘ったりするだけだ。それにもかかわらず、同パークは連日、予約客が絶えないという。要は、お金を持った大人客がメインの客層なので、懐に余裕があるのだ。エド。マムさんは、今後、アトランタとニューヨーク、そして東京やオーストラリアにも進出したい意向を示している。それにしても、ただの重機を操作するだけの施設が、なぜ、これほどまでに大人たちの心を捉えたのか。-「童心」だ。幼いころに抱いた「○○ごっこ」をしたいという思い。あの欲求を掘り起こしたのだ。思い返してみれば、子ども時代は「パイロットになりたい」だの「お菓子屋さんになりたい」だの、僕らは自由に想像を膨らませた。でも大人になるにつれ、それらの夢は消え、すっかり現実的な毎日を過ごしている。だが、かつて抱いた夢は、そうそう消えるものじゃない。ゲームの「電車でGO!」が、根強い人気なのも、幼い頃に抱いた”電車の運転手さん”という夢を仮想でも味わえるからである。「三つ子の魂百まで」というが、幼い頃に培った欲求は、終生、忘れないものなのだ。

・Perfumeが第一線で活躍し続ける理由。それは、楽曲やキャラクターの魅力もさることながら、ファンは彼女たちの”下積み時代”を知っており、付け焼き刃でない、その実力を買っているからだ。あのAKB48にも同じことがいえる。昨今、女性アイドルグループが雨後の筍のように乱立しているけど、他の追随を許さないのは、地道に支持を広げてきた下積み時代がベースにあるからだ。そう、下積みは無駄じゃない。むしろマストなのだ。

・恐らくーその店名「俺のフレンチ」に繁盛するカギがある。これが、よくある上品なフランス語の店名なら、ここまでの反響はなかっただろう。それが「俺のフレンチ」だと、店側の強い意志を感じる。「立食で店内装飾も簡素だが、料理だけは本物しかも安く提供します」と。そう、僕らはやっぱり哲学に弱い。店を繁盛させる方法に、料理や価格のほかに、新たに哲学が加わったことを、かの店は教えてくれたのだ。そういえば、池袋に「カレーは飲み物。」なる一風変わった店名のカレー屋があるが、こちらも盛況。それも、お客が店名に”哲学”を感じたからだろうか。

・ベーシックに言えば、人は誰しも格安店で洋服を買いたいし、餃子チェーン店で美味しい料理を食べたい。でも、世間体を気にする若い女性たちにしてみれば、ただ安いからという理由で訪れるのは気が引ける。そこで、免罪符である。「日本初上陸」「カスマモデルも利用」「芸能人のファンが多い」ーそれらの免罪符があれば、大手を振って来店できるのだ。

良かった本まとめ(2015年上半期)

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豊年萬福(東京 日本橋)という居酒屋とてもオススメ!

2015年12月02日 01時00分00秒 | 外食
Lonely planet Tokyoという本を読んでいると、日本橋でオススメのお店として★が付いて「豊年萬福」というお店が紹介されていたので行ってみました!

店内は、天井が高く天井には素敵な提灯?積み重ねのオブジェがあり面白いです!
この空間の広さと日本的な綺麗さは確かに外国人に受けそうですね^_^)
店内は明るく綺麗で清潔なのが素晴らしいです。


↑天井のオブジェ


↑室内

さっそくメニューを見て注文します。


↑メニュー

日本酒はかなりこだわっているようで、特に店名の「豊年萬福」という日本酒はソムリエが全国で探してきた日本酒のようです。


↑日本酒メニュー

その「豊年萬福」と★マークが付いている純米酒である「花の舞」を選びました。
確かに美味しく、悪酔いしません^_^)


↑「豊年萬福」と「花の舞」

料理は、まず付き出しが運ばれます。
イカの塩辛や海老を揚げたものが、日本酒に合う!


↑付き出し

そして「揚銀杏とむかごの唐揚げ」が運ばれますが、美しい!
特に銀杏が秋らしくて美味しいです!


↑揚銀杏とむかごの唐揚げ

それから「金目鯛かぶと煮」が運ばれますが大きい!
そして甘くよく煮込まれていて美味しい!
さすが金目鯛をよく煮込んでいます!
これは堪りませんね^_^)


↑金目鯛かぶと煮

それから「江戸東京野菜と蒸大山鶏の温野菜サラダ」が運ばれて火がつけられます。
大山鶏が新鮮で良い色合いでした!
また野菜がたっぷりでアツアツで美味しい!
これも美味しいですね!


↑江戸東京野菜と蒸大山鶏の温野菜サラダ

それから写真を撮るのを忘れましたが、季節のよせ豆腐もひんやり質の良さを感じとても美味しかったです!

豊年萬福は、天井が高く綺麗な室内で、美味しい料理とお酒を頂け、とてもオススメです!!

美味しかったものまとめ(2015年上半期)

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豊年萬福居酒屋 / 三越前駅日本橋駅新日本橋駅

夜総合点★★★★ 4.2

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