連続勤務32時間が、まもなく終了します。
昨日は仮眠2時間、本日1時間、取れましたので、
何とかなりました。
よそ様の様子を見ていると、道東と、他の地方の間で
「医療への信頼」に温度差があるとしか思えません。
昨晩は、3名+pm 10時まで外科の部長先生と当直を組みました。
午後7時から2時間の間に、7台の救急車の搬送要請がありました。
さすがに、うちの病院でも対処しきれる数ではない、
と思われたのですが、うちが「最後の砦」なんです。
故に全部の要請を受け入れました。
そこからの役割分担が素晴らしかった。
外科の部長先生が、救急車の対処を行いました。
さすがはベテラン。魔法のような手腕だったようです。
よねは、内科・小児科の一般患者の中から、
如何に重症をピック・アップし、軽症の患者さんを帰すか、
トリアージと軽症者への薬の処方をおこないました。
緻密さよりスピードを求められたわけです。
軽症の患者さんの中には、夜間に来たのだから、点滴ぐらいは
当然してもらえると期待している方も、居られました。
その方に、如何に、「夜間救急」を優先させねばならず、
「夜間急病」の余力がないか、説明したのですが、
納得して頂けました。
「ここでダメならしょうがない」という患者側の信頼が、
まだ残っているわけで、「結果が悪ければ訴訟だ!」となれば、
搬送拒否になったでしょうね。
また、よねの点滴をしないという姿勢も、クレームでしょう。
ギリギリの線で、夜間救急を維持している、という当方の事情が
理解して頂けるので、「来た患者はすべて無条件で受け入れる」と
いう姿勢が取れる訳です。
この信頼関係が崩れたら、この地方の夜間救急は、「終了」です。
たぶん、一つの訴訟が、崩壊の引き金を引くと思います。
なぜ、我々が訴訟を恐れるか?
理由は二つあります。
一つは、訴訟準備(弁護士との打ち合わせなど)に膨大な時間を
取られる事。ただでさえ、忙しいのに、やってられません。
もう一つは、裁判は、「All or Nothing」なのです。
患者側の主張が「全て」認められるか。
それとも、医療側優位の「和解」か。
2つに一つです。
患者側の主張が認められたら、次は傷害罪、致死罪になります。
医療側は、少しでも「非」を認めたら、全部の「非」を認める方向性に
なりますから、必死に100%「非」がないことを主張します。
裁判では、患者サイドの求める「誠意」「謝罪の意」「真相究明」
とは別次元の、医療側が100%無罪に近い「和解」か、100%悪か、
その両極端の判決を求めた、双方の弁護士の法廷闘争の場に
なっているという印象が、よねにはあります。
(*あくまで個人的印象で、事実と異なるかもしれません)
よねは医療関係者のブログやコミュニティーには
なるべくいかないようにしています。
ドロドロとうずまく「怨念」のようなものを感じますので。
とにかく、患者-医療の信頼関係が、この地方ではまだ保たれている。
このことが、心理的に大きな支えとなっています。