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高校3年生の英語能力中卒程度から見えてくる暗記教育と議論の不在の相互関連

2015-03-21 05:23:21 | 教育



      生活の党PR

      《3月22日(日)山本太郎代表のテレビ出演のご案内》 

      番組名:NHK『日曜討論』
      日 時:平成27年3月22日(日)9:00~10:35
 
      内 容:

      ○統一地方選挙にどう臨むか
      ○地方活性化の具体策は
      ○内政・外交の重要課題について

      《3月20日 「あまりにも子どもじみた」安倍政権の辺野古への対応(小沢一郎代表談
     話)》
 

     小沢一郎代表が3月20日、「あまりにも子どもじみた」安倍政権の辺野古への対応と題する
     談話を発表しました。党HPに全文を掲載しました。ご一読をお願い致します。

 高校3年生の英語力を把握しようと文部科学省が「読む・聞く・書く・話す」の4技能の大規模な7万人対象のテストを初めて行い、3月17日、その結果(速報値)を公表したが、中卒程度(英検3級)の成績であると分かったという。

 これを以って驚きの大発見とするか、この程度と見るかは日本の教育の構造をどう心得ているかに拠るはずだ。

 どの程度の成績だったか、文科省のサイトにアクセスしてみたが、探し方が悪いのか、どこにも載っていない。仕方がないから、各記事を纏めてみる。

 国の教育振興基本計画の目標は高卒時英検準2級~2級程度。
 
 「読む・聞く」は英検3級(中学卒業程度)相当。

 「書く・話す」はそれ以下。目標のレベルに達していない生徒が9割近い。

 「書く」は過半数が正解率1割以。

 目標到達の生徒の割合。

 「読む」27.3%
 「聞く」24.1%
 「書く」13.5%
 「話す」12.8%

 中卒程度(英検3級)以下の英語能力の割合。

 「話す」87.2%
 「書く」86.5%
 「聞く」75.9%
 「読む」72.7%

 無回答の生徒の割合。

 「書く」29.2%
 「話す」13.3%

 文部科学省は「実践的な英語が身についていない現状が浮き彫りになった」(NHK NEWS WEB)と話しているという。

 これまでの学校の英語教育は「読む・書く」に重点を置いてきた。だが、悲しいかな、その成績は暗記する能力によって片付いた。しかも中・高・大学と学校教育英語を学んでも、話すことができる生徒は殆ど育たなかったということは、その暗記が永続性を持たず、その時々、学年ごとの中間テストとか期末テスト、あるいは高校入学試験、大学入学試験とかに応じた時限的な暗記で乗り越えることができることを物語っている。

 最初は暗記知識であっても、その暗記に永続性を持たせることができていたなら、「読む・書く」能力が自ずと堪能の域に達して、「話す・聞く」能力に発展させることができたはずだ。

 だが、小・中・高・大学と一貫してその場その場の暗記教育であったから、そうはならなかった。

 高校の入学試験を受けて合格していながら、なお且つ高校2年まで高卒時英検準2級~2級程度の英語教育を受けていながら、英語能力が中卒程度以下の生徒の割合が、「読む・聞く・書く・話す」全てが70%以上を占めているという事実は前に進む節目としているテストという関門をその場その場の暗記で凌いできたことになって、日本の教育が未だ暗記教育となっていることを物語っている。

 要するに学年ごとの中間テストであっても期末テストであっても、あるいは高校入学試験であっても大学入学試験であっても、学校がお膳立てするテストは暗記能力でその場を遣り過すことができるが、今回の文科省のテストは初めてということで、それが効かなかったということなのだろう。

 だが、何回も同じようなテストが繰返されると、一定の傾向が分かり、対策が講じられて、一定程度は暗記能力で対応可能となる。

 テストのための暗記を動機としたものではなく、単純に英語で表現することを動機として頭の中で文章を思い浮かべて「書く」ことを訓練して、それが上達すれば、「読む」ことも「話す」ことも「聞く」こともできることになる。

 そのいずれもが満足にできないのだから、やはり暗記教育しか見えてこない。

 暗記教育は教師が教科書に書いてあることをちょっと色をつけて児童・生徒に教え、児童・生をはそれを暗記してテストの問いに対してちょっとした応用力を効かせて回答として当てはめていく一発回答で成り立たせている。

 最近は感想文や小論文を書かせるテストもあるということだが、3月11日付の「ロイター」記事が伝えているところでは、東大教養学部が後期課程(3~4年)の今学期末の課題として提出したある学生のリポートの「約75%がインターネットに公開されている文章の引き写しだった」と東大ホームページで3月10日公表したという事実からすると、自分の知識を他人の知識に頼る暗記型が依然として根強く残っていることを証明している。

 もし「ある学生」が一人であるなら、その生徒を呼び出して直接注意すれば事は済む。75%の引き写しを筆頭に少なくない学生が少なくない割合で引き写しているから、わざわざHPに公表したはずだ。

 この引写しも主として一発回答型の構造を取ったリポートということであろう。

 初めは様々な他者の様々な知識であっても、それらを発展させて自分の知識を創造する脱暗記型とはなっていないということである。

 教師の授業中の児童・生徒に対する質問も同じ一発回答型の構造を取ることになる。教科書に書いている知識の中から児童・生徒に質問し、児童・生徒は教科書が提供している知識を暗記に応じて答える。そして教師は生徒の答が教科書に書いてある知識に合致していれば、それで良しとする。

 いわば生徒の答が正しければ、それを引き取って終わりとする。これが一発回答型の構造を取った暗記教育である。

 例えば国語の教科書に載せてある小説の一部分から主人公の性格を生徒に質問し、生徒が「正直な性格です」と答えて、それが正しければ、「そのとおりだ」と答が正しいことを伝えて、その答を引き取っておしまいにする。

 一発回答型で引き取らずに、「正直にも色々ある。どのようなことに正直なのか、どのような正直さなのか」といったことを更に質問して、他の生徒にも聞いて、議論する形に持っていき、様々な考えを引き出すということはしない。

 勿論、私は最近どんなふうに授業が行われているかは知らない。だが、断言できる。

 もし授業の中に一発回答型から離れて当たり前のように議論の形式を取り入れていたなら、最近の授業では英語で質問し、英語で答える授業方法を取り入れているそうだから、自分の考えを述べなければならない議論は暗記では収まらないことになる。例えたどたどしくても、自分の考えを英語で述べなければならないから、否応もなしに「話す」力がついていくことになる。

 議論がそれ相応に機能すれば、一発回答型の暗記教育を超えて「話す」だけではなく、「書く」ことに関しても「聞く」ことに関しても、「読む」ことに関しても自ずと力をつけていくことになるはずだ。

 つまり暗記教育と議論の不在は相互関連し合っていて、相互関連し合ったこの両者が高校3年生の英語能力が中卒程度という成績の元凶をなしていると言うことができる。

 更には最近よく言われている考える力の不足の原因もここにあるはずである。

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チュニジアテロ事件:自衛隊海外派遣が可能になっていたなら、果たして邦人を救出できたのか

2015-03-20 10:23:17 | 政治

 
 チュニジアの首都チュニスの国立バルドー博物館にテロリスト2人が侵入、銃を乱射、その後観光客を人質にして館内に立て篭もり、その後治安部隊が突入、襲撃テロリスト2人を射殺、日本人3人を含む20人の外国人観光客が死亡、40人以上が負傷している。

 時間的経緯を見てみる。

 「毎日jp」記事から。

 現地時間3月18日午前11時(日本時間3月18日午後7時)過ぎ テロリスト数人が博物館に侵入。
 約3時間後の現地時間3月18日午後21時過ぎ 治安部隊が突入。テロリスト2人を射殺。

 「NHK NEWS WEB」記事では、治安部隊の突入は約2時間後となっている。

 治安当局は他にも2、3人の共犯者が現場から逃走したとみているという。

 当時博物館の中には100人以上がいたそうだが、テロリストが銃を乱射して突入した際、何人の観光客を殺害したのか、人質を取って立て篭った後、治安部隊の突入によって銃撃戦となり、その際、いすれかの銃撃によって何人の観光客が巻き添えとなったのかは不明だが、国立のバルドー博物館は各地のローマ遺跡から集められた展示品で知られていて、外国人観光客も多く訪れる観光名所となっているということだから、治安部隊も館内に相当数の入館者がいることは承知していたはずである。

 だが、2~3時間後に突入した。いわば人質の生命よりもテロリスト制圧を優先させた。チュニジア政府はテロリストと交渉せずの態度を取ったのである。

 アルジェリア人質事件も同質の経緯を取った。

 2013年1月16日日本時間午後1時頃、テロ武装集団がアルジェリア・イナメナスの天然ガス関連施設を襲撃、日本人を含む施設従業員の多数を人質に取り、施設内に立て篭もった。

 武装集団はマリ共和国内のイスラム系武装組織に対するフランス軍の軍事攻撃の停止とアルジェリア政府逮捕のイスラム過激派メンバー釈放などを要求したが、アルジェリア政府は「テロリストとは交渉せず」を基本姿勢としていたために武装勢力の要求を拒絶、襲撃から約31時間後の1月17日日本時間午後8時30分頃に制圧作戦を開始、その約10時間後の1月18日朝6時頃、軍事作戦を終了した。

 襲撃から軍事的制圧作戦まで約31時間必要としたのは天然ガスプラント施設故に広大な敷地に様々な生産設備と事務棟や宿舎等の建屋が立ち並んでいて、武装グループの所在の確認と確認に対応させた治安部隊の配置にそれだけの時間を要したということなのだろう。

 結果、人質側日本人10名を含む48名、武装集団側32名の死亡者を出した。

 「テロリストと交渉せず」の一つの結末である。終始一貫、「交渉せず」の態度を持していたから、アメリカ政府やイギリス政府、フランス政府などの協力申し出をすべて断っている。

 安倍晋三は2度、アルジェリアの首相と電話会談して、最初の電話会談で人命優先を申し入れている。なぜなのか不明だし、理解に苦しむが、アルジェリア政府が軍事作戦を開始した日本時間1月17日午後8時半頃から4時間置いた1月18日日本時間夜中の0時30分頃、訪問中のタイから電話を入れている。

 安倍晋三「アルジェリア軍が軍事作戦を開始し、人質に死傷者が出ているという情報に接している。人命最優先での対応を申し入れているが、人質の生命を危険にさらす行動を強く懸念しており、厳に控えてほしい」

 この「人命最優先での対応を申し入れているが」と言っているのはで岸田外相がアルジェリアの外務相に電話会談で申し入れた人命優先であって、アルジェリアの首相に日本の首相として申し入れたのはこれが初めてである。

 アルジェリア政府が対テロ集団に対して「テロリストとは交渉せず」を基本姿勢としていることは承知していなければならない邦人保護に関わる国家危機管理であるから、人命優先を訴えるなら人質の中に邦人が含まれていることを知った以後、早々に電話会談で申し入れなければならなかったはずだが、制圧作戦開始後となった。

 このチグハグな国家危機管理上の対応から見ると、どうもアルジェリア政府が制圧作戦を開始してしまったから、日本の首相としてアルジェリア政府に対して「人命最優先」を一度も訴えないのはマズイと考えて、アリバイ作りのために申し入れたとしか思えない。

 2度目の電話会談は軍事オペレーション終了後から1日と18時間後の日本時間1月20日午前0時30分である。

 セラル首相「人質救出に向けたすべてのオペレーションが終了し、全テロリストは降伏した。現在、まだ見つかっていない人質を捜索中だ」

 安倍首相「わが国として、テロは断じて許容しない。今回の事件は極めて卑劣なものであり、強く非難する。これまでアルジェリア政府に対し、人命を最優先にするようにと申し入れてきたが、厳しい結果となったことは残念だ」

 安倍晋三がいくらバカでも、海外で集団的な身柄拘束のテロ事件が発生した場合、領域国が「テロとは交渉せず」の基本姿勢を取り、軍事的制圧を優先させていたなら、人命優先は満足には機能せず、生と死のサイコロの目の振れは殆どが偶然に左右されるということを学習したはずである。

 つまりこのようなケースでの拘束された場合の邦人保護に対しては日本政府は手も足も出ないということであり、そのことを学習しなければならない。

 このことは今回のチュニジア人質事件が改めて教えてくれたはずである。チュニジア政府はテロ武装勢力制圧を優先させた。その結末が日本人3人を含む20人の外国人観光客の犠牲であり、助かるも助からないも、銃弾が身体の致命的な場所に当たるか当たらないかの偶然によって決まった。

 果たしてこの学習が3月18日に自公与党が合意した安全保障法制整備の具体的な考え方の中の「在外邦人救出」に反映されているのだろうか。

 《自公が実質合意した安保法制の共同文書(全文)》asahi.com/2015年3月19日08時06分)から、「在外邦人救出」に関しての合意のみを抜き出してみる。 

〈(3)在外邦人の救出(自衛隊法関連)

 ○領域国の受け入れ同意がある場合には、武器使用を伴う在外邦人の救出についても以下の要件を前提に対応できるよう法整備を検討する。

 1.領域国の同意が及ぶ範囲、すなわちその領域において権力が維持されている範囲で活動すること

 2.派遣手続きについては内閣総理大臣の承認を要すること

 3.在外邦人の安全を含む活動の安全な実施に必要な措置を定めること〉――

 例え反映されていたとしても、事件解決の当事国たる領域国が「テロリストと交渉せず」の姿勢を取る以上、他国政府も他国軍隊も関与不可能となって手も足も出ないことに変わりはない。

 変わりがあるなら、そのことを明記し、国民に詳しく説明責任を果たすべきである。

 安保法制の国会成立によって海外で身柄拘束された場合の邦人保護・救出を目的に自衛隊の海外派遣が可能となったとしても、その保護・救出は領域国のテロリストに対する姿勢次第だとするのはあまりにも無責任である。

 安倍晋三が「国民の命と幸せな暮らしを守る」の美名で進めている海外邦人保護を目的の一つとした自衛隊の海外進出だが、どのような邦人保護も可能であるような幻想はあまり振り撒かない方がいい。

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安倍晋三の「政治・外交問題化する」発言の狡猾・巧妙、且つ薄汚い使い分け

2015-03-19 09:52:56 | 政治


 安倍晋三が3月18日の参院予算委員会で夏発表の「安倍70年談話」とその作成に向けた有識者懇談会の議論に関して次のような質疑応答があったという。

 古賀友一郎自民党議員「報道では(「安倍談話」)は植民地支配、侵略、おわびといった文言を使用するのかといった点に関心が集中しがちだが、ぜひ、国民の多くが納得でき、かつ諸外国にも理解してもらえるような談話を出してほしい。戦前の歴史の検証がやり残されている」

 安倍晋三「先の大戦に至る日本の歴史自体を総括すべきだと考えているが、あくまでも基本的には、有識者や学者、歴史家にまずは委ねるべきだ。政府にいる我々が発言すれば、直ちに政治・外交問題化し、結果として、歴史的な冷静な冷徹な分析に至ることは難しいということになる。
 
 単に日本だけ、ある期間だけではなく、世界全体を俯瞰しながら、どういう時代だったのか、日本がとった行動はどうだったのか、どんな選択肢があったのかも含めてよく考えていく。長い時間軸の中で、どのようにさまざまな状況が形成されてきたのかも冷静に議論していく必要がある。有識者懇談会でさまざまなご意見をうかがったうえで、政府として新たな談話を検討していきたい」(NHK NEWS WEB)  

 日本の戦争の検証・総括に関しては極々当たり前のことを言っているに過ぎない。有識者、学者、歴史家以外に誰が検証・総括を成し得るというのだろうか。勿論、有識者、学者、歴史家の中には中国や韓国、その他のアジアの国々の有識者、学者、歴史家を加えなければならない。

 議論が紛糾して例え纏まらなくても、問題点だけは浮上させることができる。

 安倍晋三が「単に日本だけ、ある期間だけではなく、世界全体を俯瞰しながら、どういう時代だったのか、日本がとった行動はどうだったのか、どんな選択肢があったのかも含めて」と言っていることは、議論に欧米の植民地主義をも含めることで日本の植民地主義・侵略をその陰に置いて相対化し、罪薄めを図ろうという魂胆を示したに過ぎない。

 要するにあの時代、日本が生き残るために止むを得ず選択した自存・自衛の戦争と正当化したい思惑を宿しているというわけである。

 それを「世界全体を俯瞰しながら」と、尤もらしい言い回しで巧妙にゴマ化している。

 戦争の検証・総括は「政府にいる我々が発言すれば、直ちに政治・外交問題化」すると言って、政府関係者は発言すべきではないと戒めている。

 では、安倍晋三は日本の戦争の歴史に関わる発言を控えてきたのだろうか。発言を控えて、「政治・外交問題化」を避ける賢明な外交姿勢を取ってきたのだろうか。

 第2次安倍政権発足1年2013年12月26日の靖国神社参拝後対記者団発言を見てみる。

 安倍晋三「本日靖国神社に参拝を致しました。日本のために尊い命を犠牲にされたご英霊に対し、尊崇の念を表し、そしてみ霊安らかなれと手を合わせて参りました。

 そして同時に靖国神社の境内にあります鎮霊社にもお参りをして参りました。鎮霊社には靖国神社に祀られていない、すべての戦場に斃れた人々、日本人だけではなくて、諸外国の人々も含めて全ての戦場で斃れた人々の慰霊のためのお社であります。その鎮霊社にお参りを致しました。全ての戦争に於いて命を落とされた人々のために手を合わせ、ご冥福をお祈りをし、そして二度と再び戦争の惨禍によって人々の苦しむことの無い時代を創るとの決意を込めて不戦の誓いを致しました」

 記者「今日は12月26日、安倍政権発足から丁度1年。なぜこの日を選んで参拝されたのでしょうか」

 安倍晋三「残念ながら靖国神社参拝自体が政治・外交問題化しているわけでありますが、その中に於いて政権が発足して1年、この1年の安倍政権の歩みを報告し、二度と再び、戦争の惨禍によって人々が苦しむことの無い時代を創るとの誓いを、この決意をお伝えするためにこの日を選びました」(NHK NEWS WEB)

 「残念ながら靖国神社参拝自体が政治・外交問題化しているわけであります」と言いながら、参拝して、「政治・外交問題化」することを許している。

 これ程に行動が伴わない言行不一致はあるまい。

 「日本のために尊い命を犠牲にされたご英霊に対し、尊崇の念を表し、そしてみ霊安らかなれと手を合わせて参りました」と言って、有識者、学者、歴史家に任せるべき戦争の検証・総括を自らの言葉に反して部分的ながら行ってさえいる。

 なぜなら、戦死者が尊い命を犠牲にする対象とした日本国家を戦死者を最大限の礼を以って追悼することを通して偉大な国家だと検証・総括していることになるからだ。

 このような自身の言葉を自ら裏切る無節操も問題である。 

 安倍晋三は第2次安倍内閣発足1年の靖国参拝を私的参拝だとした。だが、公用車で靖国神社に行き、「内閣総理大臣 安倍晋三」と記帳し、首相官邸HPに、《安倍内閣総理大臣の談話~恒久平和への誓い~》と題して参拝当日の日付で参拝に関わる談話を総理大臣の言葉として(=公(おおやけ)の言葉として)載せている以上、私的参拝とは決して言えないはずだが、それを私的参拝と偽ることで「政治・外交問題化」を極力抑制しようとしたが、決して成功せず、逆になお一層「政治・外交問題化」させることになった。

 談話でも、「靖国神社への参拝については、残念ながら、政治問題・外交問題化している現実があります」と言いながら、自分からその種を撒いている。

 「河野談話」にしても「村山談話」にしても、日本の戦争全体の細部に亘って詳細に議論・検討して全体的な結論とする検証・総括そのものではないが、部分的な結論として提示された検証・総括の一つであろう。

 当然、安倍晋三は「河野談話」にしろ「村山談話」にしろ、これらの談話に異を唱えて政治問題・外交問題化させることは自身の言葉を守って避けなければならない。

 もし自身の意に反する「河野談話」、「村山談話」の歴史認識であるなら、正否の判定は日中韓、その他の有識者、学者、歴史家を交えた日本の戦争の検証・総括に任せてこそ、「政治・外交問題化」は避けるべきであるとする自身の言葉をウソ偽りのない実のある言葉とすることができる。

 2012年9月16日の自 民党総裁選討論会での安倍晋三発言。

 安倍晋三「河野洋平官房長官談話によって、強制的に軍が家に入り込み女性を人さらいのように連れていって慰安婦にしたという不名誉を日本は背負っている。安倍政権のときに強制性はなかったという閣議決定をしたが、多くの人たちは知らない、河野談話を修正したことをもう一度確定する必要がある。孫の代までこの不名誉を背負わせるわけにはいかない」

 「政府にいる我々が発言すれば、直ちに政治・外交問題化し、結果として、歴史的な冷静な冷徹な分析に至ることは難しいということになる」と発言していながら、自身の発言をこれまで守ることができないまま推移させている。

 2012年5月11日の産経新聞のインタビュー。

 安倍晋三「自民党も下野してずいぶん歯がゆい思いをしてきたが、ムダではなかったと思ってるんですよ。

  例えば先日まとめた憲法改正草案は平成17年の新憲法草案よりはるかに良くなったでしょう。前文に『日本国は国民統合の象徴である天皇を戴(いただ)く国家』と記し、国防軍も明記した。やはり与党時代は現行憲法に縛られ、あらかじめ変な抑制を効かせちゃうんだな。

 それにかつて自民党は歴代政府の政府答弁や法解釈などをずっと引きずってきたが、政権復帰したらそんなしがらみを捨てて再スタートできる。もう村山談話や河野談話に縛られることもない。これは大きいですよ」――

 この発言は確かに野党時代のものである。だが、政権復帰してからも、インタビューで見せた安倍晋三の歴史認識に関わる歴史修正主義の精神は生き続けさせている。

 「村山談話」が認めた歴史認識「日本の国策の誤り」と「侵略」を認めまいとする衝動を抱え続けているし、「河野談話」が認めた従軍慰安婦の日本軍による強制性を歴史から排除する欲求を止み難く持ち続けて、結果として「政治・外交問題化」の火種となっている。

 火種で終わらずに、ときには炎を噴き出させている。

 それぞれの発言が正反対に異なるということは、余程のバカなら、気づかないままの発言となるが、それ程バカというわけではないし、権謀術数の面では相当に頭の働きに長けているから、国会答弁を無難に遣り過すためにその場その場で使い分けていると解釈するしかない。

 だとしても、安倍晋三程狡猾・巧妙、且つ薄汚く言葉を使い分ける首相がかつて存在したことがあるのだろうか。

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安倍晋三の防災先進国の名が泣くバヌアツ支援遅れは人命に対する意識の低さからの杓子定規が原因か

2015-03-18 10:13:06 | 政治

 超大型サイクロン「パム」が3月13日夜(2015年)、南太平洋の島国、人口約25万人のバヌアツを直撃、壊滅的な被害を与えたとマスコミは伝えている。

 各マスコミ記事を纏めてみる。

 パムは勢力が5段階で最強レベルの「カテゴリー5」に発達、中心付近の気圧は899ヘクトパスカル、最大風速は88.9メートル。

 首都ポートビラに最も接近したのは日本時間3月13日午後9時頃(現地時間3月13日午後11時頃)。

 現在死者11人と発表されている。人口25万人のうちの11人である。2014年8月の土砂災害で死者74人を出した広島市の人口は117万人。バヌアツの5倍弱。単純計算でバヌアツの死者11人を5倍すると55人。決して少ないとはいえない死者数である。

 翌々日の3月15日、オーストラリア政府は医師や救助隊員、支援物資を載せた軍輸送機2機をブリスベンからバヌアツに向けて派遣。水や医療物資の配布を開始。

 同じ3月15日、日本政府はバヌアツ政府からの支援要請を受けて国際協力機構(JICA)を通じ、2000万円相当の緊急援助物資(スリーピングパッド,プラスチックシート等)を供与することを決定する。

 3月16日、外務省職員1名、JICA職員3名、医師1名、看護師1名の6名からなる調査チームを派遣 

 3月17日8時30分過ぎ、中谷防衛相記者会見。

 中谷元「防衛省・自衛隊としても、関係省庁と連携を取りつつ、被害状況等を把握するため、本日、現地調査チームを派遣する予定でございます。現地調査チームは4名。統幕から1名、陸幕から1名、空幕から1名、内局1名で、民航機を利用して、18日には、首都であるポートヴィラに入って、被災状況等を確認する予定でございます」

 3月17日(時間不明)、バヌアツ政府の要請に基づき、外務省1名(団長)、医師2名、看護師1名、薬剤師2名、JICA2名の8名からなる国際緊急援助隊医療チームを決定。

 同3月17日午後5時、成田空港にて結団式。

 同3月17日午後7時35分、民間機で成田を出発。現地時間3月18日夜バヌアツ共和国ポートヴィラに到着予定。

 国際緊急援助隊医療チームが成田を午後7時35分に出発した場合、翌3月18日夜にバヌアツ共和国ポートヴィラに到着予定ということは、活動は翌日の3月19日ということになる

 片やオーストラリアは距離が近いと言うことと、同じイギリス連邦加盟国同士と言うこともあるが、医師や救助隊員、支援物資を載せた軍輸送機2機の出発自体は3月15日に行われている。水や医療品、食料等手配し、積み込む時間が必要だから、派遣の決定自体は同じ3月15日だとしても、出発よりもかなり早い時間に行われたことになる。

 日本政府の外務省とJICAの調査チーム派遣は翌3月16日でり、実質的に必要とされる救援はそれよりも遅れることになる。

 なぜ欧米の迅速な支援に対して日本の支援は遅れるのだろう。現地時間2010年1月12日夕方発生の、死者が31万6千人にも及んだハイチ巨大地震の際も諸外国が既に現地で支援活動を開始しているのに対して国際緊急援助隊医療チームの到着と活動にしても、自衛隊の到着と活動にしても後手を取り、民主党政権は国会で追及を受けることとなった。

 死者6000人以上にも達した2013年11月8日午前9時にフィリッピン中部を襲った台風30号の際も、米海兵隊部隊が11月11日にフィリピン中部レイテ島に入り、90人態勢で救援活動を開始したのに対して自衛隊が本格的な支援活動を開始したのは2週間近く遅れること11月24日からである。

 遅れる理由の一つは被災国政府の要請を待って行うという法律の規定があることが挙げられている。

 「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」   

〈(目的)

第一条  この法律は、海外の地域、特に開発途上にある海外の地域において大規模な災害が発生し、又は正に発生しようとしている場合に、当該災害を受け、若しくは受けるおそれのある国の政府又は国際機関(以下「被災国政府等」という。)の要請に応じ、国際緊急援助活動を行う人員を構成員とする国際緊急援助隊を派遣するために必要な措置を定め、もつて国際協力の推進に寄与することを目的とする。

第三条  外務大臣は、被災国政府等より国際緊急援助隊の派遣の要請があつた場合において、第一条の目的を達成するためその派遣が適当であると認めるときは、国際緊急援助隊の派遣につき協力を求めるため、被災国政府等からの当該要請の内容、災害の種類等を勘案して、別表に掲げる行政機関(次条において「関係行政機関」という。)の長及び国家公安委員会と協議を行う。 〉

 だが、このことだけが遅れる理由ではないはずだ。今回もそうだが、第一番にすることを外務省と国際協力機構(JICA)から成る調査チームを派遣して、現地のニーズを把握するという決まりきった行事を杓子定規に行っていることである。

 フィリピンの台風30号のときも調査チームを先遣隊として派遣し、ハイチ地震のときも先遣隊として派遣している。

 この杓子定規が日本の支援が欧米の支援に遅れる第一番の理由ではないだろうか。果たして欧米は調査チームを派遣するのだろうか。

 台風であろうと地震であろうと、洪水であろうと、必要とする支援は定番となっている。医師の治療、人命救助や救援、水、食料、医薬品、寒い地域、寒い季節なら、毛布等の防寒具・寝具、暖房器具等々であろう。

 被災国政府の支援要請にしても、それを待つのではなく、被害の程度が甚大と判明した時点でこちらから相手国政府に支援の必要性を尋ねてもいいはずだ。要請が降り次第、定番となっている支援要員と支援物資を自衛隊輸送機に積み込み、自衛隊員や医師や看護婦、調査チーム、人命救助を行う消防庁等のレスキュー隊、そして必要と想定した場合は人命救助犬を載せて出発、現地に到着次第、支援物資の配布やその他の活動を行えば、防災先進国の名に恥じない迅速な活動を展開できることになる。 

 調査チームによるニーズの把握は活動と同時進行で行っても、十分にその役目を果たすことができる。用意していなかった支援で他に必要が生じたとしても、他国支援部隊の応援を頼むか、頼めないなら、後発部隊に託したとしても、余程のことがない限り、それなりの連続性を持たせた支援は可能である。

 人命救助が必要ではなく、手ブラで帰ってきてもいいわけである。手ブラで帰ることを幸いとしなければならない。もし必要なら、一人でも多くの人命救助がより早くできる可能性が生じる。

 日本の国際緊急支援が杓子定規であることはたった8名のメンバーであるにも関わらず、出発時に国際緊急援助隊医療チームの結団式を成田空港で午後5時きっかりに行っているところに象徴的に現れている。

 全員が集まり次第結団式を行ったのではなく、予め時間を決めて、その時間が来たから始めたという経緯を取ることによって午後5時というきっかりという時間が出てくる。

 全員が顔を揃えたのが午後5時きっかりだったから、その時間に始めたということはあるまい。民間機の3月17日午後7時35分出発まで2時間35分もあるのである。午後5時結団式と決めていたから、2時間35分前の午後5時までに全員が顔を揃えることができたはずだ。

 民間機の発着時間まで時間があったから行ったということでもないはずだ。出発まで2時間35分という時間はあり過ぎるし、入学式とか入社式というわけではないのだから、出発ロビーで顔を会わせ次第、紹介し合えば済む問題であろう。

 何事も臨機応変、自然災害時の活動程、臨機応変の判断が求められる。

 だが、結団式を必要とした。第一番に調査チームを決まりきって派遣するのも杓子定規の決まりなら、結団式も杓子定規な儀式にしか思えない。

 防災先進国を自負しながら、海外の支援に遅れを取る。口では「国民の生命と財産」、あるいは「国民の幸せ」と言っても、人命に対する意識が低いからではないのか。人命に日本人も外国人もない。

 参考までに――

 2010年1月18日記事。 《ハイチ地震、緊急調査チームを送ったのは日本だけではないのか-『ニッポン情報解読』by手代木恕之》》  

 2013年11月14日記事。 《日本政府のフィリピン台風支援遅れはフィリピン政府の要請にアメリカとの差があるのか - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》 

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安倍晋三の国会答弁夫30万円・妻パート10万円の月収入安倍家の例に見る国家主義と格差意識の希薄性

2015-03-17 10:21:31 | 政治


 3月13日(2015年)衆院予算委員会での安倍晋三と前原誠司民主党議員との遣り取りで、安倍晋三は自らの国家主義と格差意識が希薄なところを曝け出した。

 前原誠司「第2次安倍内閣が発足してから2年余り経った。異次元の金融緩和が始まってから、約2年が経った。果たして国民の生活が改善されているのか。

 安倍総理とは何度か実質賃金について議論してきたが、(2015年)2月4日予算委員会で以下のように答弁している」

 ボードを出して、答弁の要所を読み上げる。

 安倍晋三はその日に次のように答弁している。

 安倍晋三「実質賃金について言えば、この国会でも何回も議論したわけでございますが、景気が回復局面になりますと、人々は仕事が得やすくなるわけであります。しかし一方、スタートする時点においては、短時間のパートから始める人も多いと思いますし、また企業側も、なかなか正規の雇用はしない、慎重な姿勢がまだ残っているのも事実であります。その中で、働く人の数はふえている。しかし、働く人の数はふえていきますが、いきなり1000万円とか500万円という収入にはならない、パートからスタートする。

 例えば、安倍家において、私がそれまで30万円の収入を得ていて、しかし、女房がどこかで仕事をする、残念ながらそういう経済状況ではない中において、しかし、私が30円の収入であれば、いわば平均すれば30万円なんですが、では、景気がよくなって、女房がパートで10万円の収入を得たとすると、安倍家としては40万円なんですが、平均すれば20万円に減ってしまうという現象がまさに今起こっているのがこの実質賃金の説明であって、ですから、総雇用者所得で見なければいけない」・・・・・・

 前原誠司「実質賃金の説明はこれでいいのか」

 安倍晋三「昨年の賃上げは最高になっている。倒産件数は24年ぶりで1万件を下がっている。企業の経常利益は過去最高水準になっている。

 そこで平均賃金が下がっているという現象があるが、実質に於いて雇用者の所得の総計については、総雇用者所得についてはまさに国民みんなの稼ぎであって、実質についても消費税の引き上げ分を除けば、昨年の6月以降、8ヶ月連続でプラスが続いている。

 名目では22ヶ月連続と、このように答えてきた」

 前原誠司「実質賃金だと答えたことが正しいのか間違っているのか聞いた」

 安倍晋三「実質賃金の平均としてはまさに私の答えたとおりでございます」

 前原誠司「総理は実質賃金、名目賃金すらも分かっていない」

 前原誠司は実質賃金の説明としては間違っていることを認めさせて、安倍晋三に訂正させ、安倍晋三が経済に無知なところを国民に見せたかったようだ。

 だが、安倍晋三は「総雇用者所得」を高々と掲げて、強弁で以って実質賃金についての自身の説明を押し通した。

 実質賃金とは言ってみれば賃金の実質的な価値を言うのだから、いくら給料が上がっても、税金が上がったり、物価が上がったりして、これらの上がった合計が賃金の上昇分を上回ると、賃金の実質的な価値が減って、貰っている賃金は名目状態(=名目賃金)のまま推移することになる。

 要するに安倍晋三が言うように「消費税の引き上げ分」を除いた実質賃金という説明は成り立たない。

 前原誠司にしても他の民主党議員にしてもアベノミクスによる格差拡大を追及しているが、この安倍家の収入を例に取って8ヶ月連続でプラスしているとしている総雇用者所得の説明の中にこそ、安倍晋三の国家主義と国家主義に対応させた格差意識の希薄性がまぶされているのだが、そのことに気づいていない。

 私自身にしても安倍家の例は知っていて、一度ブログに取り上げたが、このことに気づいたのはNHKテレビでこの遣り取りを聞いている最中であった。

 誰もが今まで使ったことのない、誰に教えられて使い出したのか、あるいは自身が考え出したのか分からないが、「総雇用者所得」という思想は国家主義思想なくして成り立たない。

 ここで言う国家主義とは国民の在り様よりも国家の在り様を豊かさを基準に常に優先させる考え方を言う。国家の豊かさを優先することによって、それが阻害されない限り、国民の間に存在する格差は看過される。

 そうでなければ、国家優先とはならない。

 「総雇用者所得」では括(くく)ることのできない生活者が数多く存在していて、だからこそ給与が上がっても実質賃金が下がる現象が起きているのだが、それを無視して国民の所得の何でもかんでもを「総雇用者所得」という全体で一括りし、一括りできない多くの部分部分を顧みずに全体の増加のみを以ってアベノミクスが成功しているとする証明は中身の国民それぞれの在り様を問題視せずに全体を以って善しとする国家主義以外の何ものでもない。

 それが安倍家の例に如実に現れている。

 安倍家の夫が30万円の収入。妻が不景気で働き場がない場合は被雇用者という立場にははないから、平均しても2人で30万円の収入のままだが、景気がよくなって働く場所が出てきてパートで働いて10万円の収入を得たとすると、安倍家の平均賃金は20万円に減ってしまう。

 これが実質賃金が減っているという現象に当たると説明しているが、安倍家の総収入はあくまでも40万円で、月々40万円全てを使って生活していると仮定したとしても、日銀が物価安定の目標として掲げた消費者物価の前年比上昇率2%と消費税8%を合わせて10%の経費負担が余分に増えたとしても、4万円の経費増額であって、計算上は妻の収入で賄うことができ、6万円を消費に回す余裕は十分にある。

 こういった余裕ある例を持ち出して、アベノミクスの経済効果が出ていないために実質賃金が上がらず、国民の生活が苦しくなっているという指摘の反論の説明にしたり、格差が進んでいないことの根拠に用いたりしている。

 一家の総収入を月40万円とすると、ボーナス等を加えて年収500万円以上から600万円となる。年収500万円以上、上は株や為替取引で数千万円、あるいは億単位で年収を増やした世帯に限定した場合は物価上昇や消費税分を上回る収入が十二分にあることになって、実質賃金は確実に上がっているということになる。

 つまり安倍晋三の例自体が格差の底辺に置かれた国民の収入、そしてその生活を省略し、アベノミクスの外に置いている。

 外に置いているからこそ、安倍家の月総収入40万を持ち出して、実質賃金や「総雇用者所得」が増えていることの説明とし、格差が許容範囲を超えていないことの結論としている。

 いわば年収200万円以下世帯や100万円以下世帯の決して少なくない存在を除外している点に、あるいは除外できる点に格差に対する意識の希薄性を窺うことができる。

 平成25年6月6日現在に於ける全国の世帯総数5011万2千世帯に対しての年収200万円以下の世帯20%近くの1千2万世帯前後がアベノミクス経済効果の対象から外されている。

 特に国交省調査による2010 年時点で男性の25〜29 歳では71.8%、30〜34 歳で47.3%、35〜39 歳で35.6%、女性の25〜29 歳で60.3%、30〜34 歳で34.5%、35〜39 歳で23.1%となっている低収入が主たる原因となっている高い未婚率を占めている若者にとって伴侶の収入は期待できないのだから、安倍家の例は彼ら若者にとって何ら参考にならない例外中の例外で、そういった視点も欠いた安倍晋三の経済政策となっている。

 国家主義と格差意識の希薄性は極めて深い相関関係があるということであり、このことが象徴的に現れた安倍晋三の国会答弁――安倍家の例であろう。

 大体が景気が良くなって雇用が増え、働きに出て「いきなり1000万円とか500万円という収入にはならない、パートからスタートする」という言葉自体に中間以上の所得層にしか目を向けていない姿勢が典型的に現れている。

 2012年の非正規雇用1813万人のうち、その約7割を女性が占め、その殆どがパート従業となっている。男女合わせて900万人近くのパート従業者の内、800万人近くが女性である。
 
 例え月10万円で働いても、夫が月30万円の収入があるケースも多く存在するだろうが、パートの賃金は殆ど固定化されているのが現状である。それをパートからスタートして、「1000万円とか500万円という収入」になるようなことを言う。

 安倍晋三の目が中間層、それも中間層の上の部から上の所得層に向けられていなければ出てこない言葉であるはずだ。

 にも関わらず、格差を固定化させない社会の実現を訴えている。

 3月12日(2015年)衆院予算委員会。

 長妻民主党代表代行「日本の税による再分配機能は、他の先進国に比べて強い方なのか、弱い方なのか」

 安倍晋三「格差の固定化はしてはならない。同時に、許容しえない格差が生じない社会の構築が重要だ。再配分機能は税だけではなく、例えば、社会保障の給付なども合わせて見る必要がある。

 (所得の)再配分機能の回復を図るため、所得税の最高税率を引き上げ、給与所得控除や金融所得課税、相続税の見直しなどを随時、実施しているが、経済、社会の構造変化も踏まえながら、税制を含めてよく考えていきたい。例えば、消費税は社会保障にいくわけで、いわば再配分機能を給付の面でも行うことができる」(NHK NEWS WEB)――

 安倍晋三が経済政策に於いても国民の在り様よりも国家の在り様を豊かさを基準に優先させている国家主義者であり、それゆえに格差の底辺で低賃金に喘ぐ低収入の国民の在り様には意識が薄く、重きを置いていないことに留意して、各発言を耳に留めなければならない。

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籾井NHK会長の金銭的公正性のみならず社会的公正性が問われるハイヤー代金未払い

2015-03-16 10:36:33 | 政治


 話題の人、と言うべきか、問題の人と言うべきか、これまで同様、NHK経営について革新的独創性があると評価する観点から取り上げられたわけではなく、資質に関係してくる趣旨で籾井NHK会長がまたまたマスコミに登場することになった。

 私用でゴルフに出かけた際利用したハイヤー代をNHKが支払っていた事実が明らかになったという。

 どういうイキサツを辿ったのか、各記事を纏めてみた。

 籾井会長は昨年12月中に「私用で使う。代金は自分で払う」と言って、NHKを通してハイヤーを発注。

 翌年1月2日、東京都内のゴルフ場を利用。ゴルフ場と自宅を往復。籾井会長は当日は代金を支払わなかった。その後ハイヤー会社からNHKに数万円の請求があり、NHKが支払った。

 内部通報があり、NHK監査委員会が調査を開始した。

 籾井会長は監査委員会の調査開始後に料金をNHKに支払った。

 籾井会長(3月15日、朝日新聞の取材に対して)「公私混同はしていないが、監査委員会が調べているので詳細は控えたい」(asahi.com

 これで一件落着・・・・・といかせるわけにはいかない。

 ゴルフは私用である。当然、往復のタクシーも私用である。にも関わらず、ハイヤーの発注をNHKを通して行った。

 明らかに公私混同である。

 経営トップは公私混同に関して厳しく自らを律し、他に範を示さなければならない。このことだけで、トップとしての資格はない。

 籾井会長様々は昨年12月中に「代金は自分で払う」と言ってNHKにタクシーを発注させた。そして1月2日にタクシーを利用。籾井会長が朝日新聞の取材に応じた3月15日にはまだ監査委員会が調査中であるということは、籾井NHK天皇がNHKに料金を支払ったのは3月に入ってからということになる。


 「代金は自分で払う」と言いながら、利用当日に支払わず、2ヶ月も支払いを放置していた。

 本人は忘れていたと言うだろう。

 だが、ゴルフから戻って自宅に到着してハイヤーを降りる際、私用であることを忘れたわけではあるまい。しかも「代金は自分で払う」と言っていたのである。

 財布を忘れたという言い訳も効かない。自宅に戻ったのだから、支払いはどうにもでなる。私用でありながら、公用としたと疑われないためにも、その場で支払いを済まさなければならない地位・立場にあり、地位・立場にふさわしい金銭的潔癖さを常に要求されていたはずである。

 いわば支払いを忘れてはならない地位上・立場上の責任を負い、金銭上の責任を負っていた。

 だが、支払いを2ヶ月も放置していた。経営トップとしての資質と責任をそもそもからして欠いていたことになる。

 私用でありながら、ハイヤーの発注をNHKを通して行うという、あってはならない公私混同から始まっている。その延長上の支払い放置・NHK支払いという公私混同ということもある。

 つまり支払いを忘れたわけではなく、私用を公用とする意図のもと、支払いを放置していたと解釈すると、始まりと終わりに整合性を与えることができる。支払いを忘れてはならない立場・身分と責任を負っているとう点から考えても、整合性あることとすることによって2ヶ月余も放置し、調査が始まってから支払ったというのも納得がいく。

 籾井会長の金銭的公正性ばかりか、社会的公正性までが問われることになる。

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鳩山由紀夫クリミア発言は安倍晋三の魂の奥底の叫びを口寄したものと解釈するのも面白い

2015-03-15 05:18:45 | 政治


 【口寄せ】「生者または死者の霊や神霊を呼び寄せ、その意思を言葉で語ること。また、それをする人。東北地方のいたこ、奄美・沖縄のゆたなど。」(デジタル大辞泉

 鳩山由紀夫元首相が3月10日、ウクライナのクリミアを訪問、3月14日に帰国している。「The Voice of Russia」が解説している鳩山首相の発言を会話体に直してみる。
 
 鳩山由紀夫「2014年3月16日にクリミア半島全体で実施された住民投票は平和裏に民主主義的プロセスを通じて行なわれたものであり、クリミア市民の実際の意思表明が反映されたものだ。

 残念なことにクリミアでの出来事について日本のマスコミは信憑性のある形では伝えていない。クリミア市民は自らの領土問題を解決することができ、そのお陰でクリミア半島はロシアの構成体に平和裏に移行することが叶った。

 クリミアでの住民投票が如何なる形で行なわれたか、民主主義的に実施された住民投票の結果、領土問題が(どう)解決されたかという事実は世界史のなかで最も意味のある出来事の一つとして記憶されるだろうと確信する。

 国際社会は未だにクリミア住民投票に対し、あたかもウクライナ憲法に反するとして、批判している。今日(11日)得られた情報からは、クリミア住民投票はウクライナ法典にも合致していることを知り、非常に喜ばしく思う」――

 このようなプーチン・ロシアの領土拡張の野望をあっさりと認めた発言に対してネット上では「ロシアのスパイか、ただのアホか」といった批判が流されている。

 恐れ多くも元日本の首相である。「ただのアホか」はあまりにも失礼である。

 以上の発言は安倍晋三の魂の奥底の叫びを口寄せしたものと見たら、どうだろうか。

 プーチンは住民投票で決したクリミアのウクライナからの独立とロシア連邦への編入のみで、その領土拡張欲求を満足させず、ウクライナ東部のドネツィク州やハルキウ州、その他の州にも領土拡張の食指を動かし、親ロ派分離独立武装勢力に武器を流して、その野望を果たそうとしている。

 それを辛うじて押し止どめているのは欧米の対ロ制裁である。

 クリミアが分離独立を果たしてロシア編入後の2014年5月9日、プーチンはクリミアを訪問、黒海艦隊の拠点であるセバストポリで軍事パレードに出席、市民や軍人、退役 軍人を前にして演説している。

 プーチン「2014年はクリミア市民がロシアと共に生きることを決定し、歴史の真実や祖先の記憶に忠実であることを確認した年として、我々国家全体の歴史に残るだろう。

 多くの仕事が残っているが、困難は克服することができる。なぜな ら我々は共にあり、一段と強くなったからだ」(ロイター)――

 クリミアの領土とクリミアの住民がロシア国家(ロシアの領土とロシア国民)と共にあるのは、「歴史の真実や祖先の記憶に忠実」な出来事だと断じている。1922年成立のロシア・ソビエト連邦社会主義共和国を前身としたソビエト社会主義共和国連邦の時代、ロシア人は各共和国に移住した。各共和国とロシアが一体となって広大な領土を以って体現していた大国ソ連こそが「歴史の真実」であり、「祖先の記憶」であって、その忠実な実体化こそが、かつての大国の復活へとつながっていく。

 かくこのようにプーチンの「歴史の真実や祖先の記憶に忠実」という言葉からは、旧ソ連時代に国家が体現していた大国意識への回帰願望を見て取ることができる。 

 このようなプーチン・ロシアの領土拡張欲求にロシア国民は万全の支持を与えている。ロシア国民の領土拡張欲求はプーチンの領土拡張欲求と共にある。

 もしプーチンがその領土拡大欲求をクリミア、その他の共和国のロシア領土化で満足したなら、北方四島に対する自国領土化欲求は淡白となりはしないだろうか。

 淡白となったろころを突いて、経済協力で懐柔する。ロシア領土に編入した共和国の経済発展には日本の経済協力が不可欠である。

 安倍晋三がそう狙ったとしても不思議はない。何しろ日本の対ロ制裁が欧米の制裁に単に形式的に追随したもので、毒にも薬にもならない内容であることがプーチン・ロシアの領土拡張野望に欧米の首脳程には激しい忌避感・嫌悪感を必ずしも示していないことを証明している。

 それもこれも安倍・プーチン間で北方四島返還を果たしたいと激しく願っているからだろう。プーチンが旧ソ連時代の共和国をロシアに編入することでその領土拡張欲求を満足させてくれたなら、勿怪(もっけ)の幸いである。

 このような安倍晋三の魂の奥底の叫びが鳩山由紀夫宇宙人によって自ずと口寄せされて、鳩山由紀夫によって語られた。

 尤もプーチンが共和国を取り戻すだけではなく、北方四島に対しても自国領土としての頑迷なる執着を示したなら、虻蜂取らずとなって、鳩山由紀夫の口寄せも空振りで終わることになる。

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川崎市中1男子殺害事件から見る役所の誰かの犠牲を待ってからの相も変わらぬ類似性把握全国確認・点検調査

2015-03-14 07:48:16 | 教育
 


 文科省が3月13日、川崎市中1男子殺害事件を受けて全国の国公私立の小中高校などに在籍する児童・生徒を対象に不登校等で連絡の取れない児童・生徒の安全に関する緊急調査結果を公表したとマスコミが伝えていたので、文科省のサイトにアクセスしてみた。

 調査結果がpdf記事で公表されていた。中1男子と同じ状況に置かれていないか、安全のための類似性把握の緊急調査というわけである。

 「児童生徒の安全に関する緊急確認調査」(文部科学省/平成27年3月13日)
 
 〈調査の目的

 各学校において、神奈川県川崎市において過日発生した中学1年生殺人事件の被害生徒と同様の危機にさらされている可能性のある児童生徒を的確に把握するとともに、組織として緊急に対応していくことを目的とする。

 調査対象児童生徒

 (類型1)2月27日時点で、学校において7日間(授業日)以上連続して連絡が取れず、その生命又は身体に被害が生ずるおそれがあると見込まれるもの。

 (類型2)(類型1)に該当する者のほか、学校外の集団(成人が主たる構成員であると思われるものを含む。)との関わりの中で、その生命又は身体に被害が生ずるおそれがあると見込まれるもの。

 (類型1)

 小学生  男(27人) 女(22人) 男女合計(49人)

 中学校  男(61人) 女(51人) 男女合計(112人)

 高等学校  男(36人) 女(30人) 男女合計(66人) 

 特別支援学校  男(3人) 女(2人) 男女合計(5人)

 合計  男(127人) 女(105人) 男女合計(232人)
 
 (類型2)

 小学生  男(20人) 女(5人) 男女合計(25人)

 中学校  男(90人) 女(41人) 男女合計(1131人)

 高等学校  男(7人) 女(2人) 男女合計(9人) 

 特別支援学校  男(3人) 女(0人) 男女合計(3人)

 合計  男(120人) 女(48人) 男女合計(168人)

 全合計で400人。

 「学校外の集団」とは成人を含む非行グループを指し、自宅への非行グループの出入りや学校外での交遊の例があるという。

 内藤敏也文科省児童生徒課長「不登校や非行とされている子どもたちが本当に安全かという視点を大切にし、学校は勿論関係機関や地域が一体となって同じような事件を防いでいく必要がある」(NHK NEWS WEB

 文科省「解釈によって報告数にばらつきが出た。全員が危険な状況にあるわけではない」

 「全員が危険な状況にあるわけではない」にしても、文科省は中1殺害事件が起きて、初めて全国的な調査に乗り出した。学校は文科省の通達を受けて、該当する児童・生徒数を割り出した。全て事後対応である。

 2012年4月23日、19歳の少年が無免許の上軽自動車を居眠り運転し、集団登校中の児童10人の列に突っ込み、児童2人と引率の女性保護者1名を死なせた。保護者の胎内の胎児も死亡させている。

 この事件を受けて、文部科学省・国土交通省・警察庁が全国に通知を発し、全ての公立小学校で通学路の合同総点検が実施された。その結果、全国約7万個所が見通しが悪い交差点や交通量が多くて狭いなど、何らかの対策を必要としたという。

 通学路の状況に応じた危険性は児童・生徒や保護者が実感し、学校側に伝えられて把握しているはずだが、行政側に伝えていたのかどうか、何も動かない・動かさないままの個所が全国約7万個所も残されていた。

 2012年4月29日、群馬県藤岡市岡之郷の関越自動車道上り線藤岡ジャンクション付近で居眠り運転のツアーバスが道路左側のガードレールに接触、そのまま金属製の防音壁側面に正面衝突、バスを縦に切り裂く形になって、乗客7人が死亡、乗客乗員39人が重軽傷を負った。

 大事故となった原因はガードレールと防音壁が接続・固定の一体型ではなく、10センチ程離した分離型であったため、車体との接触によってガードレールが外側に曲がった結果、バスが防音壁側面と正面に向き合うことになり、防音壁が大鉈のような役割をして、バス車体を縦に切り裂き、左側座席に座っていた乗客の中からのみ死者を出した。

 1998年の国交省の通達によって、それ以後建設の新しい高速道路はガードレールと防音壁が接続・固定の一体型となっているが、それ以前の建設の高速道路は分離型のままだったという。

 分離型から一体型への変更は余分にコストがかかるから、安全面からの措置であったはずだ。いわば1998年時点で国交省は分離型個所の危険性を把握していた。だが、1998年以前の高速道路は安全面の措置をそのままに放置した。

 国交省は事故を受けて、類似個所の点検を各高速道路会社に通知した。東日本高速道路約2400カ所、中日本高速道路約1000カ所、西日本高速道路約1700カ所、計約5100カ所の隙間が確認された。

 学校は不登校や不登校からの交友関係がその当事者の身の安全に関わる出来事、生命に危害が及ぶ出来事とは考えていなくても、それがどのような事情からのものであっても、特殊な例外は幾つかはあるかもしれないが、その殆どが健全な成長を妨げる、あるいはそのキッカケとなると見做しているはずだ。

 だから、長期の不登校に対して家庭訪問を行ったり、連絡を取ろうと心掛ける。

 当然、学校が不登校に対してよりよく対応することによって、健全な成長の阻害要因を除くことができるばかりか、結果的に当事者の身の安全につながる。 

 いわば心身の健全性を見守る危機管理となる。

 だが、「全員が危険な状況にあるわけではない」としても、少なくとも健全な成長を妨げる、あるいはそのキッカケとなると見做さざるを得ない不登校の児童・生徒がそれぞれの学校の調査で全国で400人も把握された。

 つまり学校はそのような不登校に的確に対応できずに放置していたことになる。対応できていたなら、数の内に入れなくても済む。

 役所の事件や事故を受けてからの相も変わらぬ類似性把握の全国確認・点検調査にしても、役所の指示を受けた学校の対応にしても、前以て危険を予測して自発的に危機管理できない姿を曝しているに過ぎない。

 誰かの犠牲を待たなければ動かない。

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メルケル首相は日独首脳会談で果たして安倍晋三に過去の直死と日韓和解を説かなかったのだろうか

2015-03-13 10:05:58 | 政治



      『生活の党と山本太郎となかまたち』PR

       《3月10日(火)小沢代表・山本代表定例記者会見要旨・党HP掲載ご案内》

      《会見要旨》
 
      ・東日本大震災から4年の受け止めについて
      ・脱原発を推進する欧州と日本との原発政策の相違について
      ・憲法改正について
          「真面目に憲法改正をとらえていると思えない」
      ・政治資金の規制のあり方について 
      ・統一地方選への対応について
      ・自民党二階総務会長について

 ドイツのメルケル首相が日本を訪れ、3月9日、首相官邸で悪名高い歴史修正主義者安倍晋三と首脳会談を行った。〈日本政府によると、 会談では歴史認識問題をめぐり議論にならなかった。〉と、「共同通信」記事を「47NEWS」が伝えている。

 果してメルケル首相は安倍晋三に対して首脳会談を機に日本と中韓関係のわだかまりの原因となっている歴史認識問題に関して何も言及しなかったのだろうか。
 
 メルケル首相は午後4時過ぎからの会談に先立って午前中、都内で講演し、その質疑で過去直視の大切さを説いている。

 《メルケル独首相の講演全文 戦後70年とドイツ》asahi.com/2015年3月10日00時18分)

 ――大変素晴らしいスピーチをありがとうございました。主催者を代表して質問させていただきます。隣国の関係はいつの時代も大変難しいものです。そして厳しいものです。過去の克服と近隣諸国との和解の歩みは、私たちアジアにとってもいくつもの示唆と教訓を与えてくれています。メルケル首相は、歴史や領土などをめぐって今も多くの課題を抱える東アジアの現状をどうみていますか。今なお、たゆまぬ努力を続けている欧州の経験を踏まえて、東アジアの国家と国民が、隣国同士の関係改善と和解を進める上で、もっとも大事なことはなんでしょうか?


 メルケル首相「先ほども申し上げましたが、ドイツは幸運に恵まれました。悲惨な第2次世界大戦の経験ののち、世界がドイツによって経験しなければならなかったナチスの時代、ホロコーストの時代があったにもかかわらず、私たちを国際社会に受け入れてくれたという幸運です。

 どうして可能だったのか?一つには、ドイツが過去ときちんと向き合ったからでしょう。当時ドイツを管理していた連合国が、こうした努力に非常に大きな意味をくみ取ってくれたからでしょう。法手続きでいうなら、ニュルンベルク裁判に代表されるような形で。そして、全体として欧州が、数世紀に及ぶ戦争から多くのことを学んだからだと思います。

 さらに、当時の大きなプロセスの一つとして、独仏の和解があります。和解は、今では独仏の友情に発展しています。そのためには、ドイツ人と同様にフランス人も貢献しました。かつては、独仏は不倶戴天(ふぐたいてん)の敵といわれました。恐ろしい言葉です。世代を超えて受け継がれる敵対関係ということです。幸いなことに、そこを乗り越えて、お互いに一歩、歩み寄ろうとする偉大な政治家たちがいたのです。しかし、それは双方にとって決して当たり前のことではなかった。隣国フランスの寛容な振る舞いがなかったら、可能ではなかったでしょう。そして、ドイツにもありのままを見ようという用意があったのです」

 ドイツの首相として、私はアジア地域にアドバイスをする立場にはないし、するつもりもありません。それは社会的プロセスから生まれてこなければならないことです。歴史が示しているように、アドバイスを貰ってうまくいくとは限らず、難しくすることもあります。一方で、平和的な解決策の道が見いだされなければならない、ということも正しい」――

 メルケル首相はドイツが過去ときちんと向き合ったから、いわば過去を直視し、事実を客観化できたから、国際社会がドイツを受け入れたと言っている。一方で、「ドイツの首相として、私はアジア地域にアドバイスをする立場にはないし、するつもりもありません」と言って、歴史という過去をどう克服し、解決するかは日本や中国、韓国といったアジアの問題だと、匙を投げているわけではないだろう、距離を置いている。
 
 この言葉通り、安倍晋三との首脳会談でメルケル首相は歴史認識問題に触れなかったのだろうか。

 ところが、安倍・メルケル首脳会談翌日の3月10日、メルケル首相は岡田民主党代表と約40分間会談している。岡田代表の会談終了後民主党本部での記者会見。

 岡田代表「メルケル氏は慰安婦問題について『きちんと解決した方がいい。日韓は価値を共有しているので和解をすることが重要だ』と語った。私は日韓関係は歴代の首脳の間で一定の理解が進んだが、なかなか難しい状況だと説明した。
 
 メルケル氏は『過去について完全に決着をつけるのは不可能だ。常に過去と向き合っていかねばならない』と指摘した」(産経ニュース)(一部解説文を会話大尉直す。)

 メルケル首相は「ドイツの首相として、私はアジア地域にアドバイスをする立場にはないし、するつもりもありません」と言い、その言葉通りに安倍晋三との首脳会談では議論に取り上げったにも関わらず、なぜ岡田代表に対しては「慰安婦問題について『きちんと解決した方がいい。日韓は価値を共有しているので和解をすることが重要だ』と歴史問題を解決するようアドバイスしたのだろうか。 

 安倍晋三の頑迷牢固な歴史修正主義は治療不可能と見て、いわば事実匙を投げていたためということなのだろうか。

 だが、国と国との関係は関係が問われているその時々の政権同士の姿勢にかかっている。当然野党が過去を直視する姿勢でいようと、その野党が政権を取らない以上、国の姿勢となって国と国との関係に好影響を与えることはない。現状では安倍長期政権が予想できても、その分、野党が政権を握る可能性は非常に低い。

 メルケル首相はそのような野党である民主党代表に日韓和解を説いても、単に説くだけで終わることは承知していなければならないはずだ。

 いわば安倍晋三に説いてこそ、ドイツが学び、自身も引き継いでいる歴史直視の姿勢は他者参考となるし、他者参考となって日韓関係の歴史認識というトゲが取れれば、ドイツの国益にも適う。今や国際問題の解決には緊密な各国連携が必要となっている。

 日韓の歴史認識のトゲが取れれば、日中関係も少なくとも歴史認識問題で歩み寄ることが可能となる。

 これはアメリカが常々日本政府に望んでいることでもある。

 安倍晋三と違って聡明なメルケル首相が「ドイツの首相として、私はアジア地域にアドバイスをする立場にはないし、するつもりもありません」と言いながらも、例え安倍晋三が頑迷な歴史修正主義者であり、牢固な国家主義者だと百も承知していたとしても、せめて一言でも、過去の直死と日韓和解を説かなかっただろうか。

 説かなかったとしたら、冷戦時代への逆戻りの淵際にある今日の国際関係を前にして、だからこそ、日中韓の曲りなりの良好な関係が望まれるのだが、アジアに関しては独日の二国関係に限定した、視野狭い対日外交で終わらせることになる。

 また、安倍晋三との会談で一言でも触れて初めて、対岡田会談での過去直視と日韓和解の説得は国と国との関係を決定づける安倍晋三の姿勢を後押しすることを望む形となって、整合性を得ることができる。
 
 どうも触れたが、都合が悪いから、歴史認識に関わるメルケル発言はなかったと、情報隠蔽を謀っているように思える。その理由は安倍晋三は歴史認識を変えるつもりはないから、過去を直視して戦争を総括し、近隣各国と和解を果たしたドイツと差がつくことになるからだ。ドイツとの違いが浮き彫りになる。

 今年は戦後70年、安倍晋三は首相談話を出す予定でいる。ドイツとの差を目立たさせた中での過去直視を離れた談話発表は都合が悪かろう。

   
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安倍晋三の東日本大震災〈3・11をむかえて〉のビデオメッセージに安倍晋三の人柄を見る

2015-03-12 08:28:02 | 政治

 
 安倍晋三様々が2015年3月11日、『3・11をむかえて~安倍総理のメッセージ~』と題してビデオメッセージを出した。



 安倍晋三「大震災から4度目となる3月11日を迎えました。ご遺族の方々、被災された方々の消えることのないご心痛に寄り添いながら、復興を加速しなければなりません。

 この1年、被災地を訪れるたびに少しずつ風景が変わり一歩ずつ進む復興の歩みを実感することができました」

 キャプション

 〈三陸鉄道が昨年4月より全線開通〉

 〈高台移転は9割、災害公営住宅は8割以上が事業スタート〉

 〈常磐自動車道がこの3月より全線開通〉


 安倍晋三「しかし一方でハード面の復興は土台でしかありません。復興の主役は言うまでもなく前を向いて歩む一人ひとりの人です。

 宮城県亘理町の長瀞小学校が再建され、『雰囲気が明るくなった』と話してくれた女の子。岩手の大槌町ではやりがいを持って手仕事に励む女性たちの笑顔にも出会いました。




 つい2週間前に訪れた福島県本宮市(もとみやし)のスマイルキッズパークでは元気よく遊ぶ子どもたちに明るい未来を感じました。一人ひとりの想い、歩みを更に後押ししなければなりません。

 今後も政府として高齢者の見守り、子どもたちのケアなど『心』の復興にさらに力を入れていきます。『生業』(なりわい)の復興も加速していきます。

 全国のみなさん、三陸鉄道に乗ってあまちゃんで有名になった町を走りましょう。南三陸さんさん商店街に活気と復興にかける意気込みを感じに出かけましょう。

 活気ある魚市場いわき市のら・ら・ミュウで旬の魚を味わいましょう。海の幸やお米や野菜、東北には美味しいものがたくさんあります。私も毎日官邸で福島産のお米を美味しくいただいています。是非みなさんに東北を満喫して頂きたい。

 そのことが東北の復興を成し遂げる大きな力になると信じます。

 現地ではまた細やかなニーズに応えるボランティアが必要とされています。是非みなさん、行ってください。

 勿論私も足を運び続けます。明日から震災5年目がスタートします。国民一丸となって新たな一歩を踏み出しましょう」

 安倍晋三の人柄だろう、復興の光(=成果)に当てた、明るさに満ちたメッセージとなっている。「復興の歩みを実感した」と言い、「ご遺族の方々、被災された方々の消えることのないご心痛に寄り添いながら、復興を加速しなければなりません」とは言っているが、あくまでも復興に重点を置いた物言いであって、復興加速化の過程で「ご遺族の方々、被災された方々の消えることのないご心痛に寄り添うことは忘れません」といった物言いをすることで初めて、「寄り添う」ことに重点を置くことができるが、逆の物言いとなっている。

 このことは「ハード面の復興は土台でしかありません。復興の主役は言うまでもなく前を向いて歩む一人ひとりの人です」という言葉にも現れている。

 「ハード面の復興の土台」にしても、「復興の主役」にしても、被災者一人ひとりでなければならない。“ハード”は器でしかないからだ。必要不可欠な重要性を与えられていたとしても、より重要なのは生活者自身が“ハード”満たすことによって初めて“ハード”としての意味を持つからであるし、“ハード”から取り残された被災者が数多く存在していたとしたら、「ハード面の復興」は安倍晋三が口で言っている程ではないことになる。

 口程ではないことはキャプションで、〈高台移転は9割、災害公営住宅は8割以上が事業スタート〉と説明、事業がスタートしたことを以って成果を誇っていることが証明している。

 土地のかさ上げとか自治体職員の人手不足等々色々と事情はあるだろうが、岩手と宮城、福島の3県に災害公営住宅の完成率は19%に過ぎないと3月7日付の「NHK NEWS WEB」が伝える。

 全体で2万9900戸建設計画が完成5582戸だそうだ。

 復興庁の見通しで、来年の2016年3月までに計画の65%に当たる約1万9100戸、再来年の2017年3月までに計画の82%に当たる約2万4000戸の供給予定だそうだ。

 それでも計画の2万9900戸に5000戸以上不足する。

 2年先でもこのような状況であるのに、「災害公営住宅は8割以上が事業スタート」と、さも近いうちに入居可能のようなことを言って、復興加速の成果のうちに入れる。

 安倍晋三は記者会見や国会答弁でも同じようなことを発言している。

 やはり人柄なのだろう。

 NHKが今年1月から2月にかけて行った、回答者701人の岩手・宮城・福島の3県の被災者アンケートから、どのくらい復興が進んでいるか見てみる。

 「震災時に暮らしていた地域の復興」

 ▽「想定より早く進んでいる」2%、
 ▽「それなりに進んでいる」33%

 ▽「想定より遅れている」38%
 ▽「進んでいる実感が持てない」27%と

 合計65%は前年調査比-15ポイントだというから、復興は進んでいることになるが、それでも高い率であることに変わりはない。

 「1年後の自分の未来は明るいと思うか」

 「そう思う」+「ややそう思う」17%

 明るくないと思う被災者が80%前後占めるということになる。

 安倍晋三はビデオメッセージで復興の光を語り、被災者の多くが未だに復興の影のうちに置かれている。

 政府主催の震災4年追悼式での天皇のお言葉は復興の影の部分に置かれた被災者への言及を忘れていない。

 「被災地で、また避難先で、被災者の多くが今日もなお、困難な暮らしを続けています。特に年々高齢化していく被災者の健康は深く心に掛かります」

 「今なお、みずからの家に帰還する見通しが立っていない人々が多いことを思うと心が痛みます」
 
 「依然として被災した人々を取り巻く状況は厳しく、これからも国民皆が心を一つにして寄り添っていくことが大切と思います」

 最後に安倍晋三は「私も毎日官邸で福島産のお米を美味しくいただいています」と言っているが、寝起きは新宿区富ケ谷の私邸で行っている。私邸ではどこ産の米を食べているのだろう。私邸でも福島産を食していたなら、「官邸でも私邸でも」と言ったはずだ。

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