悠山人の新古今

日本初→新古今集選、紫式部集全、和泉式部集全、各現代詠完了!
新領域→短歌写真&俳句写真!
日本初→源氏歌集全完了!

俳句写真740 竜胆の

2010-09-06 02:00:00 | 俳句写真
2010-0906-yhs740
竜胆の青きひとみに見入りたり  悠山人

○俳句写真、詠む。
○竜胆は青い。それにしても、この「安代(あしろ)の瞳」は、青が深い。
□俳写740 りんだうの あをきひとみに みいりたり
【写真】きのう、ドライヴ先の花屋で。

【資料】たまきはる2

2010-09-06 00:00:00 | literature

【資料】たまきはる2 [ ]内は悠山人の挿入
[万葉集第0003歌(舒明天皇の長歌)への返歌]
0004 たまきはる宇智の大野に馬並めて
    朝踏ますらむその草深野  [中皇命]
    [たまきはる うちのおほのに うまなめて
     あさふますらむ そのくさふかの]
 舒明天皇が、その在位中、今の奈良県五条市宇智の荒野に鳥獣を狩った時に、狩場の幸を予祝して献じた歌と思われる。中皇命[なかつすめらみこと]については諸説があるが、神々と天皇との中(あいだ)にあって祭祀を司る女性の神名的呼称(神としてとらえた場合の呼称)と見られる。中皇命には、天皇ときわめて血の近い女性が選ばれるのが常であったらしい。舒明期において「中皇命」になりうる人は、舒明天皇の娘で、中大兄皇子の妹、大海人皇子の姉にあたる間人皇女[はしひとのひめみこ]をおいては考えにくい。
[中略]
◇たまきはる […]魂が極限の状態になって、あるものの中にみなぎる意か([…])。
                 (伊藤博・著『万葉集釈注一』集英社、1995、p.38)

 『万葉集』に最初に現れる「たまきはる」だが、表記原文には「玉尅春」「玉剋春」の二本がある。また伊藤注は、「尅」は「刻」に同じ、とする。なお次の用字も参照。http://www1.kcn.ne.jp/~uehiro08/contents/parts/105_22.htm