2008-9 No.017
米国ポールソン財務長官がどのような信念で、リーマンは救済せず、AIGは救済し、さらには数千億ドル規模の不良債権買取機構の設立を決定するに至ったのかの裏話が、Newsweekの取材記事に現われました。(17日の2008-9 No.14参照)
まずポールソン氏とはどんな人でしょうか? 同氏は、ゴールドマン・サックスのCEOから、2006年にブッシュ政権の財務長官に就任したのですが、当然のことながら政府の規制には反対する「自由主義市場経済の信奉者」(free-market thinker)です。現在62歳。TVや写真から分かりますが、大学時代はフットボールのスタープレーヤーであったと聞けばうなずける偉丈夫です。普段は物静かなクリスチャンですが、話せば力強いなかにもその朴訥さがにじみ出ます。ハーバードのMBAを卒業していて、シカゴのゴールドマンに就職したのが1974年、1982年には同社のパートナーに選ばれています。
とくにアジア市場開拓に専従した時期の中国出張の回数は75回を数えます。1994年の経営危機に際して、コスト削減策の推進で業績回復を果たしたことから頭角を現し、1998年から2006年までCEOの地位にありました。2002年には、エンロンなどのスキャンダル続発に対して、「企業倫理」を財界に呼びかける先鋒にたっています。ちなみにゴールドマン退職の際までに累積していた同氏の持分を現金化した結果5億ドルになったそうです。
さらに、同氏が長官に就任してから、FRBとSECとの協調をとることによって金融政策に関する主導権をウォール・ストリートから完全にワシントンに取り戻したといわれています。これまでずっと規制撤廃や投資減税などではウォール・ストリートが常に先手を取ってきたのですから大変な様変わりです。そうした状況下、先週の展開に関して同氏は、「わたしにとって大変不愉快な選択であった。しかしそうしなかったときのことを考えるとずっとよい選択であったはず」、そして「一体こんなことにしたのは誰かなどという議論は延々とできるけれど、どんなことがあっても夜明けまでに答えを出さなければならない状況に追い込まれていた」とNewsweekに語っています。
就任間もないとき、ブッシュ大統領に、「2009年までになんらかの大きな問題が起こらなければそれこそ驚きだ。大きな問題は6年、8年、10年おきに起こるものです」とご進講したそうですが、そのときはそれがなにかについての見当はついていなかったそうです。その予言とおりに2007年中半からサブプライム・ローンの債務不履行が多発しはじめ、その結果ドミノ効果で政府系の住宅金融関係2社Fannie MaeとFreddie Macの危機が始まりました。
そうした中、2008年3月には、ベア・スターンズ証券の危機が起こり、同氏の主導で、JPモルガン・チェイスへの売却で落着しましたが、この救済は破綻の際の悪影響の大きさを理由にした「例外」とされました。ポールソン氏はこの措置への積極的関与により、一刻も早く脱出しなければならない「危機モード」という袋小路に入ってしまいました。
議会はこうした緊迫した状況のなか、さる7月にはFannie MaeとFreddie Macの救済に関する権限を同長官に付与したのです。ポールソン氏は「バズーカ砲をくれたよ。これでみんなわたしがバズーカを持っていることが分かっただろうから、脅しの効果で取り出して使う必要はたぶん無いだろう」とこの権限を「使う必要の無い伝家の宝刀」にたとえたのでした。しかし、外国政府に発行・売却した両社の巨額の債券が問題となるに及んで、破綻の影響が全世界に及ぶことをおそれ、9月7日に、両社の「国有化」という『バズーカ』を使わざるを得なくなったのです。
さらに、9月第2週になって、リーマンが危機に瀕した際、ポールソン氏は、同社CEOのファルド氏に対して「第三者の救済を受けるよう」に助言しましたが受け入れられませんでした。安易な救済は金融界にモラルハザードを起すという懸念とリーマン破綻の悪影響はベア・スターンズほどの規模の問題とならないという理由からポールソン氏は救済に乗り出さず、ついにリーマンは見捨てられ破産申請をしました。
政府のこの固い意思表示は、メリル・リンチにバンカメへの身売りを決心させる効果を持ちました。一方続くAIGの危機には、金融界全体を揺るがすものとの判断から、議会に救済へ乗り出すと通告してから、『バズーカ』を取り出して発射して実質「国有化」したのです。
しかしこのあとも金融界の動揺はおさまらず、銀行間の疑心暗鬼から相互の貸借は停止状態に陥り、またMMFに対する国民の不安も大きくなりました。ポールソン氏は、7000億ドル(70兆円超)の巨大不良債権買取機構の設立とMMFに対する支払い保証をするという、『超特大のバズーカ』を取り出し、これによって株式市場の信認は木曜日にいたって回復しました。
米国ポールソン財務長官がどのような信念で、リーマンは救済せず、AIGは救済し、さらには数千億ドル規模の不良債権買取機構の設立を決定するに至ったのかの裏話が、Newsweekの取材記事に現われました。(17日の2008-9 No.14参照)
まずポールソン氏とはどんな人でしょうか? 同氏は、ゴールドマン・サックスのCEOから、2006年にブッシュ政権の財務長官に就任したのですが、当然のことながら政府の規制には反対する「自由主義市場経済の信奉者」(free-market thinker)です。現在62歳。TVや写真から分かりますが、大学時代はフットボールのスタープレーヤーであったと聞けばうなずける偉丈夫です。普段は物静かなクリスチャンですが、話せば力強いなかにもその朴訥さがにじみ出ます。ハーバードのMBAを卒業していて、シカゴのゴールドマンに就職したのが1974年、1982年には同社のパートナーに選ばれています。
とくにアジア市場開拓に専従した時期の中国出張の回数は75回を数えます。1994年の経営危機に際して、コスト削減策の推進で業績回復を果たしたことから頭角を現し、1998年から2006年までCEOの地位にありました。2002年には、エンロンなどのスキャンダル続発に対して、「企業倫理」を財界に呼びかける先鋒にたっています。ちなみにゴールドマン退職の際までに累積していた同氏の持分を現金化した結果5億ドルになったそうです。
さらに、同氏が長官に就任してから、FRBとSECとの協調をとることによって金融政策に関する主導権をウォール・ストリートから完全にワシントンに取り戻したといわれています。これまでずっと規制撤廃や投資減税などではウォール・ストリートが常に先手を取ってきたのですから大変な様変わりです。そうした状況下、先週の展開に関して同氏は、「わたしにとって大変不愉快な選択であった。しかしそうしなかったときのことを考えるとずっとよい選択であったはず」、そして「一体こんなことにしたのは誰かなどという議論は延々とできるけれど、どんなことがあっても夜明けまでに答えを出さなければならない状況に追い込まれていた」とNewsweekに語っています。
就任間もないとき、ブッシュ大統領に、「2009年までになんらかの大きな問題が起こらなければそれこそ驚きだ。大きな問題は6年、8年、10年おきに起こるものです」とご進講したそうですが、そのときはそれがなにかについての見当はついていなかったそうです。その予言とおりに2007年中半からサブプライム・ローンの債務不履行が多発しはじめ、その結果ドミノ効果で政府系の住宅金融関係2社Fannie MaeとFreddie Macの危機が始まりました。
そうした中、2008年3月には、ベア・スターンズ証券の危機が起こり、同氏の主導で、JPモルガン・チェイスへの売却で落着しましたが、この救済は破綻の際の悪影響の大きさを理由にした「例外」とされました。ポールソン氏はこの措置への積極的関与により、一刻も早く脱出しなければならない「危機モード」という袋小路に入ってしまいました。
議会はこうした緊迫した状況のなか、さる7月にはFannie MaeとFreddie Macの救済に関する権限を同長官に付与したのです。ポールソン氏は「バズーカ砲をくれたよ。これでみんなわたしがバズーカを持っていることが分かっただろうから、脅しの効果で取り出して使う必要はたぶん無いだろう」とこの権限を「使う必要の無い伝家の宝刀」にたとえたのでした。しかし、外国政府に発行・売却した両社の巨額の債券が問題となるに及んで、破綻の影響が全世界に及ぶことをおそれ、9月7日に、両社の「国有化」という『バズーカ』を使わざるを得なくなったのです。
さらに、9月第2週になって、リーマンが危機に瀕した際、ポールソン氏は、同社CEOのファルド氏に対して「第三者の救済を受けるよう」に助言しましたが受け入れられませんでした。安易な救済は金融界にモラルハザードを起すという懸念とリーマン破綻の悪影響はベア・スターンズほどの規模の問題とならないという理由からポールソン氏は救済に乗り出さず、ついにリーマンは見捨てられ破産申請をしました。
政府のこの固い意思表示は、メリル・リンチにバンカメへの身売りを決心させる効果を持ちました。一方続くAIGの危機には、金融界全体を揺るがすものとの判断から、議会に救済へ乗り出すと通告してから、『バズーカ』を取り出して発射して実質「国有化」したのです。
しかしこのあとも金融界の動揺はおさまらず、銀行間の疑心暗鬼から相互の貸借は停止状態に陥り、またMMFに対する国民の不安も大きくなりました。ポールソン氏は、7000億ドル(70兆円超)の巨大不良債権買取機構の設立とMMFに対する支払い保証をするという、『超特大のバズーカ』を取り出し、これによって株式市場の信認は木曜日にいたって回復しました。