2010年1月30日(土)
英国が2003年3月にイラク戦争に参戦した経緯などを調べる議会の独立調査委員会による証人喚問が、昨年11月から行われており、年明け後次々と重要人物が呼ばれている。
そんな中ついにブレア元首相にとっての、『最後の審判』の日(his Judgment Day)がやってきた。
昨日会場周辺には、イラク戦争を国際法違反としイラクからの撤退を求める人々のデモが行われ、Tony Blairをもじって、Bliar(うそつきブレア)と書いたプラカードが多数掲げられていた。席に座ったブレア氏は、落ち着かない様子で、明らかに手が震えるのが見えたのだが、さすが最後まで喚問の緊張に耐え切った。
出兵の重要な理由となった『大量破壊兵器』は実際には存在しなかったのであるが、同首相は、「サダム・フセインのイラクに対する開戦は正しかったし、今もう一度やれといわれれば、同じ決定を下すことになる」と言い切った。
そして米国に協力してイラク侵攻を決定した際には、911事件が大きな役割を果たしたと証言した。「911までは、フセインのみがリスクの根源であり、フセイン政権を抑え込めることができればよいと考えていたが、911以降はリスクが何であるかについて劇的な変化が起こった」、そして「米国と行動をともにし、フセインの除去を支援することがまさに911で決まった」と語った。
さらに、開戦の大義として「大量破壊兵器が存在する」と大衆を惑わせたことに関しては、「過去に大量破壊兵器を使用したことがある」ということで、その存在を信じたことは今でも正しかったと主張したが、この点で発言は極めて明確で、謝罪のトーンはまったくなかった。
さらに、質問は開戦1年前の2002年4月に、ブッシュ大統領のテキサスの牧場で二人きりで行われた会談の内容に集中した。「このときにブレア氏は、参戦の言質をすでに与えてしまったのではないか」との問いに対して、「参戦の言質は与えていない。米国がどのような行動を取ろうとも英国は支持する(supportive)といったのみである」、と答えた。
2002年11月の国連決議1441号では、イラクに国連の武器査察を受け入れることを要求していた。一方フセインが拒んだ時点で武力行使に訴えるためには、新たな国連決議を必要としていた。
当時のJack Straw外務大臣などは、「国連決議無しに武力行使をすれば国際世論の反対を受け、国際法違反の危険性がある」と警告していたのであったが、「国連決議に基づく侵攻」の道を探ってもロシアとフランスが反対するのははっきりしていたし、フセインは自ら譲歩をするはずもなかったとの判断から、米英両国は、国連決議を取り付けず侵攻したのだ」と、この点についても明確に語った。
強烈な一言がブレア氏の主張を象徴している。「問題は、ウソをついたとか、陰謀をめぐらしたということではない。虚偽でも、欺瞞でもないない。国家の意思決定の問題なのだ」。非論理的な感情的レトリックに訴えたわけである。
英国が2003年3月にイラク戦争に参戦した経緯などを調べる議会の独立調査委員会による証人喚問が、昨年11月から行われており、年明け後次々と重要人物が呼ばれている。
そんな中ついにブレア元首相にとっての、『最後の審判』の日(his Judgment Day)がやってきた。
昨日会場周辺には、イラク戦争を国際法違反としイラクからの撤退を求める人々のデモが行われ、Tony Blairをもじって、Bliar(うそつきブレア)と書いたプラカードが多数掲げられていた。席に座ったブレア氏は、落ち着かない様子で、明らかに手が震えるのが見えたのだが、さすが最後まで喚問の緊張に耐え切った。
出兵の重要な理由となった『大量破壊兵器』は実際には存在しなかったのであるが、同首相は、「サダム・フセインのイラクに対する開戦は正しかったし、今もう一度やれといわれれば、同じ決定を下すことになる」と言い切った。
そして米国に協力してイラク侵攻を決定した際には、911事件が大きな役割を果たしたと証言した。「911までは、フセインのみがリスクの根源であり、フセイン政権を抑え込めることができればよいと考えていたが、911以降はリスクが何であるかについて劇的な変化が起こった」、そして「米国と行動をともにし、フセインの除去を支援することがまさに911で決まった」と語った。
さらに、開戦の大義として「大量破壊兵器が存在する」と大衆を惑わせたことに関しては、「過去に大量破壊兵器を使用したことがある」ということで、その存在を信じたことは今でも正しかったと主張したが、この点で発言は極めて明確で、謝罪のトーンはまったくなかった。
さらに、質問は開戦1年前の2002年4月に、ブッシュ大統領のテキサスの牧場で二人きりで行われた会談の内容に集中した。「このときにブレア氏は、参戦の言質をすでに与えてしまったのではないか」との問いに対して、「参戦の言質は与えていない。米国がどのような行動を取ろうとも英国は支持する(supportive)といったのみである」、と答えた。
2002年11月の国連決議1441号では、イラクに国連の武器査察を受け入れることを要求していた。一方フセインが拒んだ時点で武力行使に訴えるためには、新たな国連決議を必要としていた。
当時のJack Straw外務大臣などは、「国連決議無しに武力行使をすれば国際世論の反対を受け、国際法違反の危険性がある」と警告していたのであったが、「国連決議に基づく侵攻」の道を探ってもロシアとフランスが反対するのははっきりしていたし、フセインは自ら譲歩をするはずもなかったとの判断から、米英両国は、国連決議を取り付けず侵攻したのだ」と、この点についても明確に語った。
強烈な一言がブレア氏の主張を象徴している。「問題は、ウソをついたとか、陰謀をめぐらしたということではない。虚偽でも、欺瞞でもないない。国家の意思決定の問題なのだ」。非論理的な感情的レトリックに訴えたわけである。