ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

ミスト

2008年06月14日 | 映画レビュー
 この映画を単なるホラー映画として見ることはできない。衝撃のラスト、この場面に刻印された深い絶望には打ちのめされた。どんなに努力しても、どんなに勇気を奮っても、決して報われることのない絶望に日々苛まれている人にとっては、あまりにも共振してしまう作品だろう。
 ある日突然霧が発生し、その霧の中に異次元の怪物がいて人々が襲われる、というパニック映画。途中まではそういうパニックホラー映画であったのだが、ラストですべてが吹っ飛んでしまった。

 先を急いでラストシーンについて書くのはやめて、映画のあらすじから書いてみよう。


 まずこの映画は、ほとんどの場面がスーパーマーケットの中に限定されている。スーパーに閉じこめられた20人弱の人々。外に出れば化け物が襲ってくる。彼らは閉じこめられて恐怖に戦く。とりあえず場所がスーパーなので食べ物には困らない。つまりこのパニック劇の恐怖の源泉はひたすら「霧の中の化け物」である。いつ襲ってくるのか分からない。ガラスがいつ破られるのか、外へ出れば確実に殺されるだろうという恐怖。しかし、外にでなければいずれ全員死んでしまう。そのとき、閉じこめられている人々はどう行動したのか? ここに描かれている人物像が実に類型的で面白い。勇敢で理知的な人々がいるかと思えば、ありえないような現実を認めることができない「理性絶対主義」あるいは「主知主義」の人々がいて、その一方でキリスト教原理主義の狂信者に煽動される人々がいる。

わが主人公デヴィッドはまだ幼い息子を抱いて、このパニックに果敢に立ち向かう。妻を自宅に残したまま、連絡もとれずに不安は募るが、とにかく今は目の前にある危機をいかに切り抜け生き残るかが先決事項なのだ。恐怖に泣く息子には「かならず助け出す、必ずパパが守る」と言い聞かせながら、デヴィッドは化け物たちと戦い、狂信者と戦う。

 この映画の化け物というのは実はあまり怖くない。これは今まで見たいろんな映画(「エイリアン」だとか「遊星からの物体X」だとか)へのオマージュともいうべき異次元の生物であり、それじたいの恐怖はまあ、そこそこのものである。それより一番怖かったのはキリスト教原理主義に凝り固まっている中年女性ミセス・カーモディだ。マーシャ・ゲイ・ハーデンの演技があまりにも鬼気迫るものだから、しまいには本物の狂信者ではなかろうかとぞっとしてしまったぐらい。そして、さらに怖いのは、理性を失った人々が容易にその言葉に乗せられてしまうことだ。この、露骨なキリスト教原理主義批判には驚いた。ブッシュ大統領批判がここまで幅を利かせているとはね。

 で、当然にもわたしたち観客は勇敢な主人公に感情移入して見ているわけだから、原理主義者には恐怖と憎悪を感じる。そして、主人公を取り巻く理性的な人々の中に美しい女性教師がいたりすると、なにやデヴィッドと怪しげな関係になるのではないかとか期待してしまうのだが、まあそこはそれ、ホラー映画の本筋から外れることはない。

 この映画では化け物たちの襲来がそれほど派手ではない。演出はそういったところに重点を置いていないのだ。すべてがラストシーンのためにあったというべき作品で、この不条理を観客がどのように咀嚼するのか、あとは好きなようにどうぞというその突き放し方に唖然としてしまう。気分が滅入っている時に見ればいっそう落ち込む映画です。とはいえ、これは必見と言いたい。今年もっとも印象に残る一作。(R-15)


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ミスト
THE MIST
アメリカ、2007年、上映時間 125分
映倫
製作・監督・脚本: フランク・ダラボン、原作: スティーヴン・キング『霧』、
音楽: マーク・アイシャム
出演: トーマス・ジェーン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ローリー・ホールデン、
アンドレ・ブラウアー、トビー・ジョーンズ、ウィリアム・サドラー

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