ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

うつせみ

2007年05月13日 | 映画レビュー
 これはすごい! よくこんな映画を作ったもんです。この奇抜なストーリー。面白かったわ! ハリウッド映画なんかの「面白かった」とはまったく質の異なる面白さ。

 主人公二人はまったく言葉を交わさない。とりわけ最後まで若者は一言も科白がない。言葉のない世界で二人は愛し合う。愛に言葉は要らない。それは支配欲で武装した暴力的な愛とは対極のものだから。

 若く美しく可憐な人妻は夫の暴力と支配欲に耐えかねて、広い屋敷に一人黙って悲しみを抱えている。その家に留守だと思って忍び込んできた若者は、食べ物を料理して食べ、洗濯物をし、庭でゴルフクラブを振るって打ちっ放しの練習をする。泥棒ではない。むしろ、家の片づけをし、散らかしてあった洗濯物を手で洗う若者にすがすがしさすら感じるのだ。彼への好意と好奇心からか、人妻は黙って彼と行動を共にするようになる。若者は器用に留守宅の鍵をピッキングし忍び込むと、冷蔵庫の残り物を使って調理をするのだ。そして洗濯物も。

 やがて若者は警察に捕らえられ、独房に入れられる。彼が出所するのを待ち続ける人妻は…

 この静かで不思議な雰囲気を持つファンタジーは、留守宅に次々忍び込む二人に「空っぽの家族」を象徴させている。家人が留守の家には、それぞれの家庭の匂いが残っているのだけれど、都会のきちんと整頓されたおしゃれなマンションや高級住宅の中はそこに住む人々の関係の薄さや疲労や虚飾を表していて興味深い。他人の家を覗く悪魔的な視線の冷徹さも暖かさも同時に持つ二人が、つかのま、空っぽの家の中で疑似家族となる。

 そして、冷厳な現実の前にはファンタジーはみじんに砕け散る。過失によって人を傷つけた罰なのか、他者の領域に踏み込んだ者が受ける罰なのか、二人は引き裂かれるのだ。引き裂かれた二人にはもう未来はないのだろうか。

 いえ、二人は永遠の愛を育む。軽やかに軽やかに。言葉のない世界で女は初めて愛の言葉を発する。それは間違った相手に間違って伝わるけれど、誤配を乗り越えて愛し合う二人は結びつく。これは究極の愛の姿を描いた寓話だ。(レンタルDVD)

----------------------------

上映時間88分(韓国/日本、2004年)
製作・監督・脚本:キム・ギドク、音楽: スルヴィアン
出演: イ・スンヨン、ジェヒ、クォン・ヒョコ



最新の画像もっと見る