ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

ブラックサイト

2008年05月11日 | 映画レビュー
 ネット時代の怖さをまざまざと見せつける佳作。残虐なシーンが多くて後味の悪い作品だけれど、このくらいインパクトのある映画を作らないと、インターネット時代の劇場型犯罪への警鐘は鳴らせないのかもしれない。

 人は誰もが好奇心の生き物であり、その好奇心が文明を発達させてきたとも言えるわけだが、ここまで高度に発達した社会にあっては、その生来の好奇心を理性によって制御することを覚えねばならないだろう。この作品は、インターネットに接続して好奇心にかられるすべての人々を共犯者として巻き込む恐るべき殺人事件を描いたサスペンス。

 ダイアン・レインが主役だからてっきり色っぽい場面頻出かと、「運命の女」を思い出しながら見ていたのだが、これは完璧に予想外れ。色気のいの字もない固い社会派サスペンスだった。

 ネット上での犯罪は増加の一途をたどっているのだろうが、ネット時代の人々の好奇心を刺戟し、インターネットで殺人場面を生中継するという超悪質なサイトを開設する犯人の狙いはいったい何か? 身動きできない状態に縛り付けられた被害者が刻一刻と苦痛のうちに殺されていくサイトにアクセスが集中すればするほど被害者の死が早まる、という恐るべき仕組みが仕掛けられている。サイトを閲覧するすべての人が共犯者なのだ。
 

 ダイアン・レインがFBIネット犯罪担当捜査官を演じる。彼女も歳を取ってずいぶん落ち着きが出て、渋みのある役を演じられるようになった。一緒に捜査するイケメンの捜査員といい仲になるのかと思ったらそうでもなく(あ、ネタバレ?)、この映画はそういう余計な枝葉末節を刈り込んで、ひたすらネットの持つ匿名性とユビキタス(=いつでもどこでも誰でも)性を極端な形で描いていく。

 インターネットは一つの情報手段に過ぎず、過剰な期待も過度な危険視も避けるべきだろう。かつてインターネットが世界を変えるとかインターネットによって草の根民主主義が実現するといった肯定的な面が強調されたが、一方で「炎上」だのバッシングだのといった陰湿な中傷事件もあとをたたない。経済犯罪も増える一方だろう。


 FBI捜査官がコンピュータ技術を駆使して犯人を突き止めていこうとするのだが、実際にはIPアドレスをたどることもできず(原題は「追跡不能」)、事件の解決は最後に肉体アクションで決まるというところがありきたりといえばありきたり。これではサイバーテロに対処することはできないというお手上げ状態を宣言するようなものだ。そういう意味ではたいへん恐ろしいホラー映画でもあった。この映画ほど極端な事例でなくても、似たようなことはネット上のどこででも既に起きている。わたしたち一人一人が共犯者となるという怖さをどれだけの人間が自覚できるのあだろう? 下世話な好奇心を煽るようなテレビ番組は何十年も前から存在したが、ネット社会では誰もが容易に匿名でその醜悪な輪に参加することができ、いっそうその破廉恥さが顕わになる。21世紀にはますます理性が必要となることを痛感させられた。涙を流して財政再建を訴えたというだけで支持率が上がるような世の中では理性を期待するのは無理かも。


 ただ、不思議だったのはサイトへのアクセスが集中すれば当然にもサーバーダウンするだろうに、そうはならないのはなぜ? この点について観客を納得させる説明がほしかった。(R-15)

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UNTRACEABLE
アメリカ、2008年、上映時間 100分
監督: グレゴリー・ホブリット、製作: アンディ・コーエンほか、製作総指揮: ジェームズ・マクウェイドほか、脚本: ロバート・フィヴォレント、マーク・R・ブリンカー、アリソン・バーネット、音楽: クリストファー・ヤング
出演: ダイアン・レイン、ビリー・バーク、コリン・ハンクス、ジョセフ・クロス、メアリー・ベス・ハート