入院中の事です。
私の部屋にだいぶお歳を召されたおばあちゃんが、腰の骨を折って入院されていました。
でも手術はされず コルセットで固定して全く動くことも出来ず、とても痛がっておられました。
その方とお話をしたこともありません。
私は、杖をつくと自分で歩くことも出来 トイレも一人で行けるようになっていました。
トイレから帰って来ると 車椅子に乗ったおじいちゃんが、息子さんらしき人と一緒に入って行かれるところでした。
あのおばあちゃんの御主人がお見舞いに来られたのです。
私はカーテンを閉めて、ベッドに腰をかけて本を読み初めました。
カーテンのむこうで 優しい御主人の声が聞こえます。
「お前の顔見に来たで、どうや 痛いか?」
「これ食べるか、お前 好きやったやろ、美味しいやろ、
もっと食べるか・・・
おいしいな~
よかったな~」
優しい声で いたわるようにいたわるように話されます。
おばあちゃんの消え入るような「うん、うん」と言う小さな声にうなずかれるおじいちゃんの姿が 手に取るようにわかります。
御自分も車椅子なのです。
少し前まではきっとおばあちゃんがおじいちゃんの介護を なさっていたはずです。
優しい言葉の数々に 私はカーテンの中で一人泣いてしまいました。
「この前、天橋立へ皆で行ったやろ?
あの時の写真持ってきたで、わかるか?
これは誰でしょう‼
わかるやろ、 ひ孫やで!
皆が "おばあちゃん、カニたくさん食べはったえ" て
言ってたで。
この時 わしは行けへんかったけどな」
「もうすぐお正月やで、頑張ってリハビリせえよ。
がんばれよ、みんなまってるで。」
おじいちゃんの ひとことひとことに 涙がこぼれます。
「また来るしな、元気でおれよ。
写真ここに飾っとくしな。」
車椅子で帰られる気配がしました。
私は、御主人の言葉に今までのお二人の人生を。
そして仲良く過ごして来られた 長い年月を思うと、
悲しい涙ではなく、嬉しい涙だけでもなく、
言葉にならない感動で 次から次から涙が流れました。
そして
自分達にもやって来る 老のあり方、夫婦のあり方。
体は支えられなくとも、
心で支えることが出来る。
元気で あたりまえにある日常はかけがえのないものです。
カーテンごしの 小さなドラマが、
私を感動させ、
勇気づけてくれました。
しばらく涙を拭いて ぼんやりしていました。
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まるで 小津安二郎の映画のワンシーンのようだ と思いました。