78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎薔薇色への架け橋(第1話)

2012-10-05 04:42:45 | ある少女の物語
※先に『7月第5週(番外編1)』→『同2』→『期待を越えたい物語(前編)』→『同後編』をお読み下さい。



 不思議だった
 入社してから5ヶ月ちょっとで
 それまで僕は
 何処にでも居る普通の非リアで
 でも感じていた
 今までの自分じゃ
 普通の非リアじゃ無くなる瞬間を



<第一部:gift>

「ご乗車ありがとうございました、秋田駅東口です」
 2012年9月10日、午前9時。乗務員のアナウンスと共に僕は深夜バスを降りた。
 実家に帰るというのは、あまり気の進む話ではなかった。僕の家族は色々と崩壊していたのだ。それでもこの日だけは法事という事情により帰る必要があった。会社には無理を言って公休日をずらして頂いた。と言ってもこの日の夜にはまた深夜バスで帰らなければならなかった。
 僕にとっての帰郷する意味はただ一つ。それは「KSMへのお土産」だった。毎週月・水のT店へのヘルプ出勤を無難にコンプリート出来るのは他でも無い彼女のお陰。それが僕側の身勝手な都合により10日月曜のヘルプを休まざるを得なくなったのだ。お礼とお詫びをお土産に代えて彼女に渡す事で、お金も時間も浪費する無駄に等しい帰郷に意味を見出したかった。
 問題は何をお土産にするか。駅ビルの物産フロアを散策しながら考えた。秋田のお土産の代名詞と言えば「金萬」だが、それではベタすぎる。他にはきりたんぽ、稲庭うどん、横手やきそば等の販売店が軒を連ねるが、何も食べ物に固執する必要はない。消えて無くなるものではなく残るものにしたい。ならばご当地モデルの携帯ストラップはどうか。それもお土産としてのインパクトは弱い。そもそもスマートフォンの普及でストラップは衰退しつつある。
 実は最初から目処を立てていた。前日の東京駅で手に取った秋田のパンフレットに記載されていたガラス工房のお店を見て、吹きガラスのコップにしようと決めた。一つ一つが職人の手作りであるが故に全く同じものを量産できない、いわば世界に一つだけのコップ。特別なお土産にしたい僕の希望に沿う最たるものだと思った。

 問題はお店までの道のりが長いという事だった。関東とは違い、最寄り駅というものが存在しない。ちなみに秋田駅から歩くと2時間以上はかかるという。公式サイトによるとお店近くの《M吉神社総本宮》の前に案内板があるそうなので、まずはそこを目指しバスに乗らなければならない。
 駅前のローソンに入り秋田市内の地図を立ち読みする。早速試練が訪れた。《M吉神社》の文字が3箇所も4箇所も記載されている。何故同じ名前の神社が幾つも存在するのか、僕は憤りを覚えた。公式サイトの住所を頼りに携帯でYahoo!地図を開き、何とか特定。《Dの下》がM吉神社総本宮の最寄りのバス停のようだ。
 今度はバスの公式サイトを開き、《Dの下》をキーワードにバス路線を検索すると、駅から直通で行ける路線は無く、大学病院で乗り換えが必要であり、しかも病院からDの下までの路線《秋田市マイタウンバスT部線》は一日2往復しか走っていない事が判明した。これが“秋田”なのだ。自動車普及率94%(東京は61%)だけあって、市内でさえ車が無いと支障をきたす現実。自分の故郷の交通事情を思い知らされた瞬間だった。2往復のうちの一本目が13時10分に病院を出るのだが、あいにく僕は14時からの法事に間に合わせる必要があった。ならばT部線は諦め、少しでも神社に近い道を走るバス路線を探す事にした。
「すみません、214号線(仮称)沿いにある《M吉神社総本宮》に行きたいんですけど」
 駅の総合案内所でおばさんに聞いてみる。
「M吉神社ならS北手線で10分よ」
 違う、そっちのM吉神社ではない。そこなら徒歩でも行けるし、訪れた事も何度もある。
「イヤ、214号線のほうなんですけど」
「214号線? ちょっと待って地図を見てみるから」
 案内所の人ですら馴染みの薄い《M吉神社総本宮》。別にお参りに行くわけではなくその近くのガラス工房の店に行きたいだけなのだが、神社は本当に実在するのだろうか。僕は不安になってきた。
「ああ、H田のほうね。T平線が一番近いんじゃないかしら」
「次の便は何時頃ですか?」
「11時よ」
 なんと、M吉神社総本宮に“近づける”路線さえも一日僅か8往復、2時間に一本しか走っていなかったのだ。まだ9時を過ぎたばかりなのにこれは痛かった。タイムリミットを考慮するとギリギリになる事は容易に想定できた。それでもKSMへのお土産の為に諦めるわけにはいかない。


(つづく)

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