ここではないどこかへ -Anywhere But Here-

音楽・本・映画・サッカーなど興味の趣くままに書いていきます。

意味がなければスイングはない/村上春樹

2006-02-09 23:10:26 | 
晴れ。

村上春樹が音楽、とりわけジャズに造詣が深いというのは割とよく知られているが、
彼が本格的に音楽のことについて書いている文章を見るのは初めてではないか。
そう思いながらあとがきを読むとやはりそのようであった。

音楽や食べ物など五感で感じるものを文章にするのはとても難しい作業である。
僕自身一時期、音楽についての文章をネット上で書いていたことがあるが、
音楽を表現するボキャブラリーの貧困さに我ながら情けない思いをしていたものだ。
ひとつには僕が音楽の専門家ではないために、その音楽を読み解く正確な言葉を持ちえていないことにも拠るのだが、
耳で感じていることを文章にしていく作業はそれにマッチする言葉を持たない僕には恐ろしく難しい作業だった。
どうしてもどこかの音楽雑誌のレヴューよろしく紋切り型の展開になってしまい途中ではたと書けなくなってしまった。

それだけに作家が書く音楽についての文章がどんなものになるのか大変に興味があった。
果たしてそれはとても村上春樹らしい音楽評論だった。
彼自身、音楽を書くことの困難さを十分に認識していたようで、僕がそう言うのもかなり口幅ったいのだけど、
やはり同じような難しさを感じていたんだな、と少しうれしくもあった。
取り上げた音楽家は以下のとおり。

シダー・ウォルトン
ブライアン・ウィルソン
シューベルト
スタン・ゲッツ
ブルース・スプリングスティーン
ゼルキンとルービンシュタイン
ウィントン・マルサリス
スガシカオ
フランシス・プーランク
ウディー・ガスリー

クラッシック、ジャズからロック、フォークにいわゆるJポップまで、幅広く取り上げられている。
それは村上春樹が非常に柔軟で懐の深い聴き手であることを物語るようである。
個人的には、ブライアン・ウィルソンがどう書かれているかに興味があったが、
出色だったのは、ブルース・スプリングスティーンか。
レイモンド・カーヴァーとの共通点を主題に据えた展開は、これぞ村上春樹の音楽論という感じで興味深く読めた。
これ以外にもジャズのスタン・ゲッツ、ウィントン・マルサリスはさすがに深い造詣と理解をもって書かれていると思う。

氏も語っているが音楽について書かれた文章によって一番なのはやはり「聴いてみたいな」と思われることではないだろうか。
この本で取り上げられている音楽家の中には僕がまったく聴いたことのないものも含まれていたが、
そのいくつかには確実に「聴いてみようかな」と思わせるものがあった。
それはとりもなおさず氏の音楽への深い愛情と批評眼が込められた真摯な音楽評論だったからではないか。