橋本治とナンシー関のいない世界で

「上野駅から夜汽車に乗って」改題
とうとう橋本治までなくなってしまった。
平成終わりの年にさらに改題してリスタート。

日本人は温かい飯にて生きるぞかし あったか弁当の勧めは地産地消の勧め

2010-04-27 22:04:45 | 日々のつぶやき
昨日は久しぶりにお天気もよかったので、自転車で出かけました。千駄木の団子坂を上り、本郷通りを東大の方に向かったのですが、
東大の並木を走っていると、何やら人だかり。


何かと思って近づくと・・・
 

今まさにお昼時、みんな「ほっともっと」でお弁当買ってんですね。
それにしても、他に店ないんか?と突っ込みたくなる混雑ぶり。
学食はどうなってんだろうと思いつつも、ほか弁ってたまに食べたくなるんだよなあと、「めんから」や「しゃけ弁」を思い出しました。
私がよく買っていたのはまだ分裂してない頃の「ほっかほっか亭」ですけどね。
ちなみに「めんから」というのは「海苔唐明太」の略です。のり唐揚げ弁当ののりの下に明太子が引いてあるという素晴らしきマッチングの弁当。今もあるのかなあ? 
ちくわの唐揚げ乗っけてもらったら最強!!

日本人はあったかいご飯さえあれば、おかずはちくわだろうが、漬け物だろうが美味しく食事をいただけるんですよね。
このときも、近くのコンビニは比較的空いてたから、東大生も”ほっかほか”がお好きなようです。あったかいのを売ってる店が隣にあったらそっちを選ぶよなあという話なんでしょうねえ。

で、ほか弁屋の数を調べてみたら、業界1~3位の「ほっともっと」「本家かまどや」「ほっかほっか亭」を合わせても、全国で6000店舗ほどのようです。
一方コンビニは、業界1位のセブンイレブンだけで全国で約7500店。業界10位までを足すと、30000店舗を超えます。もっと小規模なチェーンまで入れれば43000店近くあるようです。
コンビニが繁盛しているのは、「そこにあるから」じゃないかという事を裏付けるようなデータでは有ります。
ただ、最近ではコンビニ弁当も進化し、結構おいしいよと言ってる人にも出会います。でもやはり私は、電子レンジでチンしたあったかさはだめなんですよねえ。

ちょっと話はそれますが、私が3月までいたテレビの制作現場というのは、本当に弁当が日常にある世界です。私もこれまでどれだけの弁当を食べてきたかしれません。
昨年度一年間は業務の関係で、平日毎日、夕食はデリバリーのお弁当でした。
当然飽きるので、ADさんが手を替え品を替えいろんなお弁当を頼んでくれます。弁当選びの手を抜いてるADは「これも仕事だ」と注意されることさえあります。
テレビも制作費削減だとか言われながらも、局制作であれば、まだお弁当発注の価格の上限は1000円くらいでしょうか。デフレの今、上限1000円というのは結構なお弁当を頼めますから、デパ地下に並んでいるような料亭の幕の内的なものや少し前の時期ならお花見弁当的なものも届きます。
しかし、みの的お嬢さんが手を叩いて喜ぶデパ地下弁当も、窓も無いテレビ局のスタッフルームで沢山のモニターに囲まれた環境で食べるのでは、ただの冷たいコンサバ弁当なのです。桜の下でこそのお花見弁当、歌舞伎座でこその幕の内です。
私もADの頃はいろんな弁当を発注しました。私が20代の頃はテレビ業界もまだ羽振りがよかったので、会議の時に出すデザートも工夫しました。
そして、今、ADさんが発注した弁当を粛々といただく側になって(もう辞めましたが)、これまでの経験をもとに粛々と日々ダメだしをしておりました。もちろん褒めることもありましたけどね。
「食べる環境と好まれる弁当の関連」で報告書をかけば、そこらへんのコンサルタントの100倍いいものが書けると思います。
もちろん、テレビ局でうける弁当の究極のパターンなんてのはありません。すでに各お弁当屋さんが作っている弁当に対し、ここはもう少しこうした方が良い、ああした方がいいとアドバイスしてマイナーチェンジするということなんでしょう。


そんな弁当天国(地獄か?)で過ごしてきた私が、弁当の極意として、唯一胸を張ってでかい声で言えるのが「温かいものがいい」ということなんです。まさに”ほっかほか”。一見あたりまえのことのようですが、長年の弁当修行の末獲得したのは、驚くほど単純な事実でした。

レンジでチンすれば温かくはなりますが、やはり、違います。
微妙な風味の変質は当然の事ながら、いろんな食材の入っている「弁当」には、あったまって良いものとそうでないものが混在している時がある。
豚キムチの横に野菜サラダがあると、豚キムはよくても、サラダは残念なことになります。
ポテトサラダやマカロニサラダ、プチトマトなども温めたくはありません。
そうそう、わかめとキュウリの酢の物とかはアラフォーディレクターの疲れた身体に一口嬉しい献立だったりしますが、銀紙の容器に入ってる時はホッと胸を撫で下ろし、蓋に乗っけて分別です。別れてなかったら、御愁傷様。オレンジのくし形に切ったのとか言語道断。一口饅頭とかお菓子類など、素敵な心づくしはテレビのスタッフ弁当には必要有りません。
また、意外な落とし穴が筑前煮。これは冷たい方が美味いんです。炊きたてはいいけど、あっため直すととたんにダメになる。米だけ温かくしてくれ!!!

長々書きましたが、仕事で疲れた身体には、ただただ、湯気の出ているものを食べさせてくれー、につきる。そばやラーメンの出前とかもあったかくはあるのですが、あったかいご飯の威力とはまた別物です。
おかずが温かくとも、ご飯が冷たくては喜び激減。ご飯が温かい事がすべての難を取り払います。贅沢を言えば、温かいだけでなく、米が旨いことも喜びをアップさせます。

まずは旨い米で温かいご飯を提供する事。
もちろん、おかずが湯気を出しているような時には、米は冷めていても有りではあるのですが、それも旨い米に限ります。冷めたまずい米は温かいおかずの価値をもチャラにする。

実は、誰でも分かっていることしか書いてないんですが、意外と、これが達成されている温かいご飯(おかずも)のデリバリー弁当って少ないもんなんですよ。
結局は、近場のお弁当やさんやレストランに作ってもらって、できたてを運んでもらうのが最善の策なのです。

大量生産することで、食べ物だって安くはなりましたが、結局遠くから運ぶことで、運送費やそのための人件費がかかり、結局消費者に届く時の価格は変わっていません。最近安くなっているように感じるのは、生産者が切り詰めて無理をしているからです。
それに、遠く離れた事で生産する事で、保存料などの添加物も必要になり、美味しさを半減させます。

温かくておいしいデリバリー弁当が少ないのは、大量生産大量消費で「地産地消」の文化が消えつつある現代社会のシステムの問題だったりするのです。

仕事を辞めて、自炊を頻繁にするようになってつくづく思います。
家で食べる、めざしと大根おろしと野菜のみそ汁と納豆とが異常に美味しく感じるのは、やはり作り立ての熱々を食べているからなのですよね。

そんなことを考えていたら、東大前の「ほっともっと」の行列も納得が行きました。
もちろん、「ほっともっと」もでかいチェーン店ですが、その場であったかいのを弁当箱に詰めているだけでも、家庭の味に近いのでしょう。

「ほっともっと」の前を通り過ぎた後、裏通りに入ると、いろんな持ち帰り弁当を売っているお肉屋さんに出くわしました。2、3人お客さんが待っていて、おにいさんが何かを揚げていました。値段も適当で、手書きのメニューボードがそそります。
残念なことに写真をとるのを忘れましたが、今度是非一度買って、東大構内に潜入し、木陰で弁当ランチしたいと思います。

やっぱ食べ物は温かいに限ります。
冷めたお弁当だと「他に選択肢がなくてしょうがなく買う」という感じがするのですが、温かい弁当だと「積極的に食べたいから買う」に近づくような気がするんですが、どうでしょうか?

日本人は温かい飯にて生きるぞかし。

食べ物は地産地消の精神で。
顔の見える食べ物は、安全であるという前に単純に美味しいのではないでしょうか。

最後に提案。
「ほっともっと」や「ほっかほっか亭」「本家かまどや」の経営者のみなさん。

マイお弁当箱のシステムを作りませんか?衛生上の問題があるということですが、弁当箱は店側が用意して、デポジット制にしてもだめでしょうか。使い終わったのを次回持ってきてもらい、新しい別の容器にいれて渡すのなら、衛生的には店側の管理になりますよね。もちろん使い捨てパックと併用でめったに来ない客は使い捨てで。頻繁に利用するお客さんにだけ登録してもらってバーコード付きのカードで管理すればいいと思います。もちろんデポジット制だから前の容器返却した時に割引ありです。どうでしょう。設備投資大変??洗うのが大変?宣伝効果と天秤にかけてみて下さい。
弁当箱のデザインも、ピカチュウからキティ、来年やってくる上野のパンダとか、いろいろ遊んでノベルティにしてもいいし。欲しい人には売っても良いし。

それにしても、ちょっと弁当屋の行列目撃しただけで、こんな文章ながなが書いちゃって、私は何をする人ぞ。

というわけで、企業の皆さん、もし、アイディアが使えそうと思ったら、買って下さい(笑)。私、今、はっきり言って無職です。自らのウェブサイトを作る資金も必要なので、何卒、よろしくお願いいたします。



織部になりたい~チープな目利きは楽しいぞえ!一言追加

2010-04-27 03:25:12 | 発掘!価格崩壊コーディネート
台東区に住んでいる私にとって、買い物と言えばアメ横界隈を中心とした上野御徒町がホームグラウンドででござる。
この周辺での買い物は、おすましさんのデパートや青山のショップと違って、黒山の人だかりをかき分け、てんこ盛りの商品をかき分け、知力体力総動員でお気に入りを見つけるサバイバルショッピング。安くてかっちょいいものを見つける宝探し。
そして、この界隈では、必ずといって良いほどそういった商品が見つかります。まるでアメ横の回し者みたいですが(笑)。
漫画「へうげもの」での古田織部になったかのごとく、自分は現代の目利きやと言わんばかりに、目を皿のようにして、いや、心の目を開いて、ワゴンセールに立ち向かう楽しさは、古も今も変わりません(多分)。

「それいくらだったの?」「○○円だよ」「うっそー、見えな~い。」
そういう反応が返ってくる事に喜びを感じてしまう私はなんて品がないのだろうとも思います。また、常にデフレを憂えているくせに、こんなことしててどうすんだとも思います。しかし、洋服好きの私が、メイドインジャパンの洋服を定価で買うために、そのほかの品物をこうした「目利き」によって、安価で済ませていると考えてはもらえませんでしょうか?ダメ??

と、言い訳を済ませたところで、早速、私にとっての外さない店を紹介したいと思います。
そう、どこでもここでも、安くてかっちょいい商品が見つかるわけではない。
私にとっての鉄板の店。それは靴屋「FootMonkey」です。

この店のせいで、私にとってスニーカーは、ナイキであろうがニューバランスであろうが、5000円以上は出せないものになってしまいました。そのため、うちの玄関はスニーカーで溢れまくってしまっちょるのです。

もちろん、人それぞれ好みは違うし、私が購入したもんはスタイリストさんとかから見れば、なんじゃこりゃな物件かもしれませんが、自己満足度はいつも満点です。
実は今日も、上野に用事があって近くを通りかかり、その魔力に吸い寄せられ、またまた一つお気に入りを発見してしまいました。実は、私がいつも買っている5000円以下の商品と言うのは、通常の売り場に置いてあるのではありません。

その買い物現場がこれ。


すべての商品4095円均一のワゴンです。このワゴン常にこの店の外に鎮座ましましていて、値段も常に4095円です。ちなみにもとの定価はさまざま。
このワゴンの素晴らしさを発見した2年ほど前からは、もうここでしかスニーカーは買ってないんじゃないかと思うほどです。
最初は、あまり良いの無いなあと思っても、山をほじくっているうちに、お気に入りに出くわすんですよね。どういうことか。

というわけで、上の写真の靴の山をほじくって見つけた本日の戦利品がこちら。

ニューバランスですね。品番でググったら、希望小売価格8190円らしい。ほぼ半値かあ(・・・ってそれ丁度半値じゃん!!失礼しました)。

でも、このワゴンは、現品限りだからサイズが自分に合わなかったらアウト。全体的にでかいサイズが多い気もしますが、私はちょっと大きめでも履いちゃってるので、結構サイズは大丈夫な事が多いです。ちなみにこの靴は25cm。

シーズン遅れの商品なんで安いみたいですが、もはやアラフォーともなると、今年の新作より、自分の今欲しいデザインのほうが勝ってしまう。そんなお方におすすめのワゴンセールです。

ちなみに、去年の暮れあたりから、このワゴンに近づくたびに良いのがあって、散財してしまっています。

これもニューバランス


珍しくkswiss かかとの所も水玉模様です。



いやあ、このワゴンはネ申ですな。あくまでも私にとってですが。

でも、これらのスニーカーも元値はそれなりの値段な訳で、いいものは特別な事情がなければ、やはりそれ相応の値段なのであるということです。

自らの物欲の正当化でしかありませんが、日々のこうした発掘で、日本中の良いものを見つける勘を養うぞー!!
なんて往生際の悪い私です。

勘違いなきよう、最後に一言付け加えます。
このお店ワゴンだけじゃなくて、通常商品も良いですから。
また、靴はゆっくり試着してから買いましょう。履き心地が一番!!

靴屋「FootMonkey」
http://www.footmonkey.net/



物欲シリーズ続く




一箱古本市に出店します。テーマは「サブカルからアフガンまで」

2010-04-26 01:13:21 | 谷根千・上野浅草・下町
4月29日(木)谷根千地域で開催される「第10回一箱古本市」に出店します。

「一箱古本市」は29日と5月2日の2日間、午前11時~午後4時に開催されます。
29日、2日それぞれ出店者が異なっていて、各日9~10カ所のスポットに分散して販売します。
私は、29日に「千駄木の郷」という養護老人ホームの軒先で出店する予定。
店名は「出島グラナードス」です。
このスポットには私たちも含め9店が出店します。

詳しくはこちらをご覧下さい
「不忍ブックストリート 一箱古本市」
http://sbs.yanesen.org/

上記サイトに載せた私たちの店の宣伝文句をこちらにも載せときます。

「アラフォー女子コンビ(独身&子育てママ)による初出店。懐かしの80’sサブカルチャー路線から社会派まで硬軟取り混ぜて。映画のパンフレットも充実させる予定。この30年間を俯瞰し、現在直面している世の中の大変化に対応できる柔軟な知性を養う品揃えを目指す!!と、力みすぎの感ありますが実を言うと出品する本はこれから選ぶわけで・・。おもろい販売の仕方もこれから考えようと思ってます。何卒よろしくお願いします。」

というわけなのですが、実は販売する本のラインナップ、まだ決めている最中。最終決定はぎりぎりになりそうです。
この30年間を俯瞰するなんて恐ろしい事書いてますが、背筋ぴーんのアカデミックなラインナップになる訳もなく・・・。
「ミーハーなりに世の中とは何かを考えた結果こういう本が集まりました」という風情になりそうです。

ところで、30年前というと1980年なわけですが、この年は私たちアラフォーコンビ(同学年です)が中学校に入学した年です。
松田聖子がデビューし、沢田研二(糸井重里かなあ)によって東京がTOKIOになり(この曲、この年の1月1日に発売されたそうな)、田中康夫が「なんとなく、クリスタル」を発表するという、日本が大きく変わって行く曲がり角となった年。
 海外では、この年のアメリカ大統領選挙でレーガンが当選。79年英国首相となったサッチャーとともに新自由主義を押し進め始めます。一方で、イラン革命が起こり、今のアメリカとの対立が始まった起点でもあります。
また、この前年、アフガニスタンにソ連が侵攻。80年はモスクワオリンピックの年で、日本も含めた西側諸国がソ連のアフガン侵攻に抗議してオリンピックをボイコットすることとなりました。金メダルを期待されたマラソンの瀬古選手、柔道の山下選手、レスリング高田選手らがボイコット撤回を訴える姿を憶えています。このときは女子バレーも強かったっけ・・・。
 30年前、子ども心にはオリンピックボイコットばかりが印象に残っていましたが、実は、このソ連の侵攻以来、アフガニスタンはずっと苦しみ続けているのです。美しかった国は荒廃してしまい、ソ連撤退後は、軍閥が跋扈、タリバン支配をへて、911をきっかけにアメリカが攻撃、そして今に至るまでずっと混乱が続いています。
 
 日本で政権交代が起こり、リーマンショック以来の金融危機で、G8よりもG20が力を持ち始め、世界の覇権構造が変化し始めている今は、1980年以来の大きな時代の転換点と言っても良いのではないでしょうか。いや、今起こっている変化は30年よりももっともっと長いスパンでの変化なのかもしれません。

そんな今、どんな本を店に出すべきなのか。
あと3日間じっくり考えて、ラインナップを決めたいと思います。
とはいえ、愛着のある本はなかなか出しづらくって、3日間葛藤がつづきそうです。

また、本以外にも、アフガニスタンの子供たちの描いたイラストの缶バッジも販売予定。

収益はこの缶バッジを作成したNGO LikeWaterPressの活動資金となります。

29日まであと3日。古本を入れる段ボール箱の装飾もしなきゃいけないし、ポップも書かねばならんし、スリップ(本に挟んである売上表みたいなやつ)も作らにゃあかんし、うー忙しい!!!

では、29日を乞うご期待。

春の嵐 桜吹雪とはこのことなのね。The storm of cherry blossoms

2010-04-21 02:50:33 | 谷根千・上野浅草・下町
私のアパートは谷中根津千駄木、上野公園周辺地域にあって、
周囲には桜の木が至る所にある。ことに谷中墓地の参道の桜並木は、上野公園の並木とならんで花見の名所だ。
有名な谷中の交番がある広い参道のほかにもうひとつ、寛永寺側の徳川慶喜の墓に近い小さめの参道がある。

この通りは、近年「パティシエイナムラショウゾウ」ができた事で有名になった。特に花見の時期は、店の前に行列が絶えない。
ただ、桜の木はもうどれもかなりな樹齢なのだろう、最近なんとなく弱っていて、花の数が年々減っている気がする。
満開の時でも花と花の隙間から青い空がすかすかと見える。しかし、ここの桜の見所は、満開の時よりむしろ散る時なのだ。木と木の間隔が絶妙なのか、木の高さなのか、並木の道幅か、それとも地形による風の吹き方なのか、本当にここの桜は「舞い」散るのだ。
開花から10日から15日目くらいが過ぎて強風が吹いた日、その仕事を終えた花びらたちは枝を離れる(受粉が終わるまでは、どんなに強い風にも絶えるとお天気番組で言ってましたよね)。雪より淡くうす桃色の花びらが、本当に雪のように上から降ってくる。春の嵐とはまさにこのこと。今回は、4月11日がその日だった。夕暮れ時、風がピューピュー音を立てて吹き始めたので洗濯物を取り込もうと窓を開けると、桜の花びらが舞っていた・・・
そこで、ビデオカメラを片手に、その桜並木まで足を運びました。
今回は、その桜舞い散る桜並木の参道をあなたも体験してみて下さい。

海外の人向けにと思ってスーパーを入れてるので、日本の方には当たり前のことが書いてあったりしますが、その辺はご容赦を。

The storm of SAKURA in Tokyo



それにしても涙もろい。実録「主に泣いてます」東村アキコ先生に捧ぐ(ウソ)

2010-04-15 10:11:01 | 日々のつぶやき
前回の記事で、タラ・ハント著「ツイッターノミクス」のトークイベントで自らの体験談を語り、感極まってしまった反省談を書いたのだが、私は相当に、いや異常にというほど涙もろいのだ実は。何でもかんでも泣いてしまう。
いや、私を以前から知ってる人からみて、私はそれほど泣いているイメージはないと思う。しかし、実のところ、見るもの聞くもの自分のツボにはまったが最後、必ず涙が湧いてきて、人知れずまぶたを濡らしているのだ。ほんと必死でごまかしてます。
また、その涙があふれるツボというのも、自分ですら予測不可能なんで困る。
電車の中で新聞の政治面や国際面を読んでいて涙が出てくるなんてしょっちゅう。今日も、甲冑職人のおじさんの話を聞いてたら、そのプロ魂に感動し涙がにじみそうになって慌てた。公民館の簡単な展示の番をしてたおじさんに立ち話程度に話を聞いただけなのに、目が潤むなんて、おじさんも驚くよ。もう、必死でこらえた。

この涙もろさは年を追って激しくなっている。
以前はもう少しましだった気がするのだが、新聞読んで涙すると書いたように、最近では、通常の生活や仕事に支障をきたすと思われるほど酷くなっている。
例えば、「天才柳沢教授の生活」が掲載された週の週刊モーニングは電車の中では読まないようにしている。「柳沢教授」絶対洪水だし。下手すると「ピアノの森」だって危ない。そういえば、先日買った「Real Clothes第9巻」でも泣きはらしてしまった、って「Real Clothes」そんなマンガか?!まあ洋服好きの私としてはツボにはまってしまったわけです。でもこんなじゃ、人前で本も読めない。

こんなに涙もろい人ほかにいるのだろうか?
そう思って、「涙もろい」でググったら、結構いるのだ、涙もろくて悩んでいる方。YahooやらBIGLOBEやら各種の相談箱に同様の質問が来ていた。水戸黄門で涙する方(これは私もたまにある)や中には公園に捨ててある食べ残しのお弁当を見て涙する方もいて、みなさんかなりな涙猛者!お弁当の場合、擬人化して感情移入するんだろうな。私は物が捨てられない方なのだがそこにも、この擬人化のプロセスが働いていると思われる。

一方、回答には、気になさらない方がというものから、ホルモン状態の変化や老化と関連づけるもの、うつ(躁鬱)、自我肥大を原因とするものまで様々で、原因や理由は人によってもちろん違う。
私の場合、原因として思い当たるのは、もう40過ぎだし、更年期の先触れみたいなもんとか、自意識過剰(笑)とかだろうか。情動のコントロールを司る大脳皮質「前頭前野」が老化して理性の働きがやや鈍っているという原因を挙げていた回答もあったが、最近物忘れもはじまってるし、そういうのもあるかもしれない。どっちにしろ複合的なものなんだろう。

とはいえ、「泣ける」とかポップに書いてるような物件ではほぼ泣けないし、。
本当に人によって「泣きのツボ」は違うんだよなあ。

涙で景色が滲んで滲んで心の震えを押さえるのに、かなりな労力を費やしている私だが、涙が出るという事は、気恥ずかしくもある一方で、力の源泉ともなりうるのも事実。
最近、涙が溢れて力が湧いた一番の事例は、何と言ってもトリノのフィギュア世界選手権、浅田真央選手のフリーの「鐘」の演技だ(例のツイッター事件は除いてです)。
トリプルアクセルの成功はもちろんのこと、表現力の得点ではキム・ヨナ選手に負けていたが、私は表現力でも浅田真央の方が上だったと信じている。
かつて、可愛く可憐に舞っていた真央ちゃんは、今回、逆境を経て力強い滑りを身につけ、「鐘」という曲が描く自由と解放を求める人間の力を体中で表現した。暗闇の中から一歩先に進もうとしている人間の苦悩や希望や情熱が彼女の滑りから溢れ出していた。あの曲に込められたものをフィギュアの表現に昇華した彼女の努力。そこには、成長し自由と解放を勝ち取った19歳浅田真央の等身大の姿があったー(わ~号泣~!)。
これは、私の勝手な思い込みであるが、こうした思い込みが時には自分をも勇気づけてくれる。

先日、たまたまある知人が、浅田真央に会う機会があるというので、ならば彼女に「真央ちゃんの「鐘」の演技に自由と解放を感じて新しい道に踏み出した人がいると伝えてー」と冗談半分に言っといたら、その後、その知人から「ばっちり、真央ちゃんに伝言しましたよ!」とメールが来た。
金メダリストに対して私ごときが僭越ですが「真央ちゃん、共にがんばろうね!!」と心の中でつぶやいたら。また涙がでそうになった(笑)。
こりゃ、涙もろいのもう治りそうにないな。私、主にに泣いてます・・・。

ところで、最後にちょっと余談。
あらためて自分の文章の書き方見て思ったのだが、私って劇場型の盛り上げ症候群かもな。ガラスの仮面症候群といってもいいかもしれない。実際に浅田真央VSキム・ヨナの戦いをマヤVS亜弓さんに勝手に当てはめて観てたし(もちろんこの2組を取り巻く環境の状況も違うのだが)。
70年代少女漫画のドラマティックな展開が、当時の少女の深層心理に与えた影響は計り知れないなあ・・・。この世代の晩婚化の一因になってるかもしれん。なんか涙もろい話が、浅田真央になり、70年代少女漫画から晩婚化に。飛躍しすぎてすいません。

とにもかくにも、もうすこし冷静になろー(キリッ!)
つねちゃんをめざせ!!

ちょっと今日は箸休めでした。

涙の理由
重松清,茂木健一郎
Takarajima Books

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ガラスの仮面 44 (花とゆめCOMICS)
美内 すずえ
白泉社

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浅田真央物語 Princess Mao (角川つばさ文庫)
青嶋 ひろの
角川書店(角川グループパブリッシング)

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「ツイッターノミクス」トークイベントに参加した。ちと反省あり(_ _|||)

2010-04-13 14:49:13 | ツイッターで仕事辞めました~その後
昨日新宿ブックファーストで行われた「ツイッターノミクス」トークイベントは著者のタラ・ハントさんの話も面白く、かつ津田さんの司会も、同時通訳のかたの通訳も素晴らしく、ほんとうに貴重な体験だった。2人のサインももらえたし。



ただ、その中で、会場の参加者に対し自らがツイッターで得した体験談を求められ、私も話をしたのだが、それについてその後いろいろ考えてしまった。

今後の仕事の中でツイッターを活用したいと思い、自分アピールモードになっている私は、トークイベントで挙手をして発言した。しかし、恥ずかしい事に、話をしながら感極まってしまったのだ。すいませんを連発しつつ、なんとか話終えたが、こんなところで感極まってしまうほど冷静さを欠いても良いものか、この体験談をこんな形でみなさんに聞かせてしまった事がよかったのだろうかと思えてきて、こんな言い訳がましい文章を書いている。

その体験談というのは、一部、このブログの過去記事にもあるが、一つは、わたしが水道橋博士や東浩紀(敬称略)のリツイートで、ブログに一日3000近いページビューを獲得した事。もう一つは、ツイッターでつながったがん患者をパートナーに持つある女性のエピソードだ。ある日彼女はすごく落ち込んでいて「暗いつぶやきばかりですいません」と繰り返していた。それに対し、私も含め幾人もの人がツイッター上で彼女に言葉を送っているようで、彼女は、それぞれに対しありがとうございますとつぶやいていた。そして、数時間後、彼女はある癌専門医のつぶやきに対し「ありがとうございます。丸ノ内線の中で泣いているのは私です」と返信したのだ。その彼女のつぶやきに私は心を揺さぶられ、ツイッターの力に驚いた。

当時私は、テレビの仕事を辞める事を決めていて、ブログの当時の記事を読んでいただければわかるが、その背景にもいろんなことがあったため、かなり切羽詰まっていた。誰かに勇気をもらいたかったのだと思う。
水道橋博士にリツイートされたのだって、「誰か私のことをバカじゃないと言ってー」とつぶやいてのことだ。博士に対して「バカじゃないと言ってー」と言ってた時はまだ、自分を客観的に見て、(笑)的な余裕もあったと思うが、その後、ブログの3000PVという事態とツイッター上で励ましの返信をたくさんもらって心強くなり、ちょっと自分を客観的に見ることを忘れていたかもしれない。そして、その翌朝、彼女の丸の内線内でのつぶやきに出会うのだ(イベントでは、癌の話を先にしたので、さらに、と博士のリツイート話をつなぎ、こちらが後のように聞こえたかもしれません。順序による因果関係はなく、並列の出来事です。勘違いさせてたらすいません)。
もちろん、仕事はすでに辞める事を決めていたので、それに背中を押されてというのではない。仕事を辞めると決めて不安だったところに大きな勇気をもらい、退職の決断を固いものにしたということだ。
当時からテレビを辞めたらやりたいと思っている事があったので、そちらに大きく気持ちがシフトした。

私もそれ自体が悪いことだとは思っていない。
けれど、人前で話をする時に感極まってしまったというのは、結局、その時の自分のことを思い出していたからだ。自分可愛さである。実際に仕事を辞めてしまって、友人にも「大丈夫か」と言われ、不安の中暗中模索している自分を再び誰かに肯定してもらいたかったのかもしれない。ウッフィーどころか、私はこの話をみなさんに聞いてもらう事で、自分を癒そうとしていたのかもしれない。イベント後声をかけてくださったかた、ツイッター上で返信を下さった方、お礼を言わなくてはならないのは私の方です。

ツイッターは決して避難所ではない。現実世界でうまくいかない事を愚痴る場所でもない。しかし、私はかつての職場で四面楚歌だと(実際には三面くらいですが)思い込み、ツイッターにハマっていったのもある部分では事実だ。テレビ局で働きながら、記者クラブ問題に言及し、日々の報道に異を唱えていた。そうだったからこそ、私自身、かつてのつぶやきで、ツイッター上で議論が盛り上がり、尖鋭化してしまうことを危惧してもいる。共感と表裏一体にある排除や、熱くなりすぎたがゆえの盲目の危険性には自覚的でなくてはならない。
にもかかわらず、昨日の自分はそうしたリテラシーに無自覚で、勝手に熱くなって自分の話を垂れ流してしまったのだ。そうした私が当時おかれた状況や背景も説明せずに、ただ感動したという事例だけを語ってよかったものか。
あの話の背景には、私の熱い思いや冷静な批判の一方で、愚痴とか、甘えとか、逃げとかも一杯漂っている。
全てを単純化し、都合良く抽出するテレビの演出を批判しながら、自分のやっていることはそれではないのかと、いまさらながら思い知らされた。
反省をしてもしょうがないかもしれないが、ツイッターが今後健全にインフラ化していくためには、どうあればいいのか。熱い思いを抱えながらも、冷静に判断しながらつぶやいていかねばならない。
いや、実際に人前で語るより、ツイッターで文字にする方が、客観化されクールダウンされているので、私のような人間にはいいのかもしれないなあ。

それに、多くの方は、冷静にツイッターを使っておられ、建設的な会話がたくさん行われているので、私が心配すべきは、自分の暴走を押さえる事だけなのかもしれません(笑)。

昨日あれだけ、良い話っぽく語っておきながら、翌日にはこんなこと書いてすいません。浅はかな人間だということを暴露してしまったようなものですが、もう一歩一歩反省しながらやっていくしかないです。「誰かバカじゃないと言ってー」とはもう言いませぬ。どんどん「バカ」と言って下さいませ。
そして、よろしければ、今後の活動を見守っていただけるとありがたいです。

最後になりましたが、今、ツイッターを通して、あらためて「言葉の力」を実感しています。
言霊という言葉がありますが、言葉はある時は万人の力にもなり、あるときは一人歩きして我が身を滅ぼす。
もっと意識的に言葉を使わねばならない時代になってきているのだなあとしみじみ感じています。

そして、貴重なお話をしてくださったタラ・ハントさん、司会の津田さん、素晴らしい同時通訳の方、本当にありがとうございました。
そうそう、タラさんの新しいツイッターのアイコンが日本で撮ったと思われるかわいいプリクラに変わっている。
彼女のこのかわいさ、軽快さを見ていると、こんな思い詰めてる私って何なんだと、我が身を顧みてしまいましたよ。
人間軽やかでないとあかんわなー。
今日こそ桜のビデオアップしよ。

長文おつきあいいただきありがとうございました。
ツイッターノミクス TwitterNomics
タラ・ハント 津田 大介(解説)
文藝春秋

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テレビ辞めて2週間、ごぶさたしてました。現状報告です。

2010-04-11 14:04:30 | ツイッターで仕事辞めました~その後
テレビ辞めて2週間。4月に入って初めての更新となってしまいました。
この2週間、母が、乳がん術後の定期検診に上京したり(問題無しでしたが)、友人から、首相官邸前での普天間問題への抗議行動をUSTREAM中継してほしいと頼まれて手伝っていたり、なんだかバタバタと過ぎていってしまった。
官邸前のUST2日前、試験放送として私のアカウントで上野の桜と花見の中継をやりました。IPHONEで花見をしながらのそぞろ歩きだったので、映像はかなりガクガクでしたが、UST中継の手軽さを初めてやってみて実感!ハイクオリティ版も試してみたいとホント思いました。歩きながら手持ちカメラの中継も早く手軽にハイクオリティにできるようになってほしい!!

ところで、先日もブログに書いたように、日本を世界に発信するウェブサイトを立ち上げようとしているわけですが、ここ1週間で、プログラムやサーバー管理に詳しい知人に会ったり、観光関係の仕事をしている知人に会ったり、知人の範囲内ではありますが、何人もの人に会いました。3月末に振り込まれたお給料を最後に今や何も収入はなく「FREE」な毎日、こんなバイトをしながらやったらどうかなどと提案して下さる方もいて、本当に人のつながりというのはありがたいことだなあと実感しています。
また、一方で、私がウェブサイトを作るということに対し、ウェブで生活は無理だから専業にするのは勧めないと冷静な忠告をしてくれる方もいます。私がツイッターなどに触れ、熱くなりすぎていると心配してくれてるんです。確かに、このブログでもかなり暴走した事を書いてますし、友人がそう感じるのも無理はないですよね。真剣に心配してくれているからこそ、こうして忠告してくれる。励ましてくれる人がいる一方で、忠告してくれる人がいることにも感謝です。

現時点では、作業を進めなければと焦る一方で、いろんな人に自分のビジョンを聞いてもらう中、ご意見もいただき、化学反応を起こして、少しずつ自分の中で目指すものの形が変質しつつも明確になってきています。

そうそう、デザイナーの友人と一緒にプロジェクトのロゴも作り、名刺のデザインも決めました。これは追って公開します。
あと、欲しいドメインも確保しなければ。

でも、肝心の資金借り入れの相談はまだなんですねえ。テレビ時代はほとんどをディレクターとして過ごし、費用見積もりも入れた事業計画書なんて初めて作るので、起業ってこういう事なんだなあとしみじみ。
また、これまでコピーもデザインも会社の設備を使えたり、頼んだりできたのが、全部自分でやらなきゃならん。わかっちゃいたけど、結構めんどうだし、コストもかかるんですよね。自分でやるとコスト意識は高まりますなーホント。

あと、ちょっと下品な話で恐縮ですが、この1年、ニュース番組の(ほぼ)内勤で、一日デスクに向かっている事が多かったのですが、この2週間、結構出かける事が多く、街をかなり歩いているので、運動になってるんでしょうかねえ、なんと便秘が治り始めてきてるのです!!やっぱ歩くのはいいよ~。ただ、やはりまだ座ってる事も多く、腰痛は良くならない。でも、この腰痛に関しても、ちょっと椅子についてツイッターでつぶやいたら、腰痛のサイトを作ってる方がフォローしてくれました。

ついでにもう一つ言うと、1年間の内勤であまりいろんなところに出て行かなかった間に、日本の街の様子ってこんなんなってたんだあとあんぐりしました。職場と家の近所である上野、谷中根津千駄木地域とウェブサイトの往復で、その他の街をほとんど見てなかったですから。新宿西口のブックファーストのところの鳥の巣みたいなビルがあるとか(って何年行ってないんだよ)、汐留のビルの数十階から見下ろした光景、ビルの広告看板に白いのが目立つこととか・・・。
あと、一般企業ってなんか大人の世界ですよね。受付では黒やグレースーツ来た人ばっかりだし、世界が違うわーと。
銀行の友人なんて、会社のパソコンで業務以外のページが全く開けないと言っててびっくりしました。

私がやろうとしている日本の発信サイトは、紹介する対象はもちろん私個人のセレクトで、小規模で勝手連的なサイトとして始めたいと思っているのですが、最終的に地域振興に繋がればという目標があるので、スーツのおじさまにも交渉に当たらねばならない事もあるやもしれず、想像される認識のギャップに今から恐れを成しています。
まあ、何がどうなるやら分かりませんが、とにかくいろいろチャレンジしてみようと思います。

明日は、新宿ブックファーストで行われるタラ・ハント来日記念「ツイッターノミクス」のトークイベントにいこうと思ってます。私のような資金も名声も無い個人が、ツイッターなどソーシャルメディアをいかに起業に生かせるかを実践で試すのも、今回の目的の一つ。明日の話は必聴だあ!津田サーン声かけますんでよろしく!

プロジェクトの内容については、固まってきたら進捗状況を少しずつお知らせしたいと思います。
まだまだ、道は長いー。ではまた!!