橋本治とナンシー関のいない世界で

「上野駅から夜汽車に乗って」改題
とうとう橋本治までなくなってしまった。
平成終わりの年にさらに改題してリスタート。

21世紀の寅次郎とは

2020-10-12 09:14:35 | Weblog
先日、近所のカレー屋(?)でお客さんたちと「男はつらいよ」の話になった。現代の寅さんを映画にするとしたら、どんな設定でどんな配役で、寅さんの職業やキャラクターはどういうものになるのだろう。今や映画やドラマに描かれる家族の形も「万引き家族」とか「anone」とか、昔とはずいぶん違っている。そういう時代の寅さん的役柄は誰が演じるどういう人物なのか?テキヤではないはずだ、主役が女性というのもありか、イケメンは?などと盛り上がった。
 
最初、この話は、地域振興は風景を意識することが大事という話から始まった。風景があって人の暮らしがある。私たちは今、風景のない無色の壁の前で暮らしを営んでいるようで、そういう暮らしに豊かさはない。よって、地域も活性化しない。そんな話の流れの中で、「男はつらいよ」は日本全国廻って、いろんな風景をバックに物語が展開するのがいいという話になった。風景を眺めるのではなく風景が人の営みの向こうに黙ってある。この喜び、豊さ。今の時代にこそまた今の時代にふさわしい寅次郎が必要なのではないか、そんな話に花が咲いた。
風景をバックに描かれる人の営み、それも、多くの人に笑顔をもたらす人々の営みとはどういうものだろう。寅さんにように、突っ張らかって、恋に恋して、失恋して泣いて笑って。そして、ヒロインは寅の真っ直ぐさに救われる。現代の「男はつらいよ」は必ずしも、女性が美人のマドンナで、男性が三枚目のおっちょこちょいの組み合わせである必要はないかもしれない。ピュアな男性との交流の中で最後に、傷心の女性が癒される。それが現代の風景の中で描かれればいいのではないか、そんなことを思いながら、主役の男性をイメージした。
職業はテキヤじゃなければなんだろう。全国を放浪でき、ちょっとドロップアウト感のある職業。季節労働者、放浪のユーチューバー、売れない放浪の小説家、各地をツアーするミュージシャン。放浪のジャグラー、大道芸人なんてのもあるかもしれない。そんな彼が、各地で恋をする。21世期の寅次郎は、その性格設定も昭和の寅次郎とは違ってていい。突っ張らかる必要もない。そして、多分、もっと複雑で、人の気持ちに敏感なキャラクターになるんじゃないだろうか。
 
さて、渥美清の寅次郎に匹敵する、令和の愛嬌のある放浪のアウトサイダーは誰がいいのか。知性がちらついてはいけない。けれど、頭が悪くてはいけない。男臭すぎてもいけない。見た目は男性的でもどこか女性的な部分を内包している。ピュア。したたかさを感じさせない。淋しさを抱えている。でも、笑顔が素敵で、ラブコメディを演じられる人。つい三枚目の俳優で考えてしまうけど、想定の範囲を超えず、企画もので終わりそうな感じ。最近、若くて二枚目で演技派と言われる俳優は多いけれど、そういう人たちは才気をビシバシ外に出して、ギラギラしている。寅さんにそういう演技は似合わない。
なかなかに難しい。
 
そして、ひよこ豆のカレーを口に入れた時、ふっと思いついた。あ、この人だ。この人しかいない。それは青天の霹靂のように、確信的に降りてきた。しかし、確信が大きいほどに、悲しくなる・・・。
 
三浦春馬。
 
数日前に最終回を迎えた「おカネの切れ目が恋のはじまり」。彼の遺作となってしまったテレビドラマだ。第4回が最終回。最終回に登場する三浦春馬は回想シーンばかりだったので、3回目のラストシーンが、彼の最後のリアルなシーンとなった。
失恋したばかりの松岡茉優を慰めながら、突然の雷におどろいて抱きついてきた彼女にちゅっとキスをする。そして、そんなことした自分に驚く。これが三浦春馬の最後のシーン。ベタなシチュエーションだが、それをベタではなく共感に持ち込めるのは、多くの人が忘れてしまったピュアさと駄々漏れてしまう情熱と、おっちょこちょいな可愛らしさが共存する三浦春馬の演技のおかげだ。このドラマ、カネ持ちの浪費息子という設定。ピュアなダメ息子というところは寅さん的だった。
 
傷心の女性をピュアな男性が癒してゆく。大袈裟な誇大妄想を言えば、このドラマのあり方は、現代の「男はつらいよ」だったのじゃないか・・・。奇しくも、三浦春馬がいなくなってしまったことで、ドラマの中でも彼はどこかに行ったまま帰ってこないというシチュエーションで、「猿くん(三浦の役名)どこに行ったのかしらねえ」は「寅次郎はどこほっつき歩いてんだろうねえ」に重なった。
その後、店にいたみんなで、いろんな俳優で「現代の寅さん」的なシーンを想像してみたが、誰もしっくりこなかった。どの俳優を当ててみても、みな「寅さん」を”作って”しまうだろうと思えた。
 
三浦春馬という俳優は、作るのではなく21世期の寅次郎に”なれる”俳優だったのではないか。
ラブコメが似合った三浦春馬。大袈裟なのに作為のない演技ができるのは、彼の人生に作為がなかったからかもしれない。
 
三浦春馬の現代版寅さん。一見、意外なアイディアだが、店にいた全員が、そうかもしれない・・と意見が一致した。そして、話をすればするほど、三浦春馬演じる現代の「男はつらいよ」が見たいという思いは大きくなっていった。もちろん、設定は全然違うだろうし、「男はつらいよ」とは似ても似つかぬ作品になるんじゃないかと思うが・・。
生前、そこまでファンというほどでもなかったが、亡くなったことで改めて注目し、この「おカネの切れ目が恋のはじまり」を見たことで、それに気づいた。このドラマをオクラにしないで放送してくれたTBSにも感謝。まだparaviとかで見られるのかな。第3話のラストシーン松岡茉優と三浦春馬の演技見てみてください。
 
ただの思いつきだし、「男はつらいよ」だってテレビで見たことしかないし、見当違いな意見かもしれないけど、私なりの三浦春馬という俳優への追悼文にしたい。