ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

友だちを待つ

2024年08月27日 | 作品を書いたで
のどがかわいた。公園の自販機でコーラを買おうとしたら、財布から百円玉がこぼれ落ちた。
 コロコロとベンチの方へ転がって行った。ベンチには八十近いおじいさんが一人で座っている。拾ってくれた。だれかを待っているようだ。
「ありがとうございます」
 少し休憩していこう。午前中にもう一軒取引先に行かなくては。
「ここいいですか」
「どうぞ」
買ったコーラを持ってベンチのおじいさんの隣に座る。ひと口飲んだらホッとした。
「営業ですか」
 おじいさんが話しかけてきた。
「はい」
「ご苦労ですね。私も元営業マンです」
「そうですか」
 話し好きの人のようだ。年寄りにありがちな偏屈さがなく、人当たりがやわらかなお年よりのようだ。
「何を扱っておられるんですか」
初対面の人間に立ち入ったことを聞いてくると思ったが、このおじいさんは不思議な人徳をもっているようだ。
「フォークリフトを売ってます」
「そうですか、私は工作機械を営業してました」
 現役時代の苦労話をひとわたり聞かせてくれた。
 ハッと気がつくと三〇分ほど経っていた。
「あ、いかん」
 急がないと、約束の時間に遅れる。
「それじゃ、行きます」
「気をつけてな。商談成功を祈ってますよ」
「ところでここで何をされているのですか」
 間の抜けた質問だが、おじいさんに聞いた。
「友だちを待っているんです」
 商談は半分成功した。見積もり書を出してくれという。手ごたえはあった。見積もり金額の譲歩額は、私の一存でかなりの値引きを上司は認めている。
 うまくいった。見積もり書の内容で受注した。
 ウキウキ気分で運転していると、あの公園の前を通った。ベンチで、あのおじいさんが一人でポツンと座っている。なんだかさみしそう。友だちは来ないのだろうか。この後は会社に帰って、三トンのフォークリフトを受注したことを上司に報告するだけだ。時間はある。コインパーキングに車を停めて、自販機で缶コーヒーを二本買った。
「いいですか」
「どうぞ」
「缶コーヒーどうぞ」
「ありがとうございます」
「こないだの仕事、おかげさまで、うまく行きました」
「それは良かったですね」
 しばらく会話を楽しんで別れた。
 あの客先の担当者が新規の見込み客を紹介してくれた。倉庫会社が四トンのフォークを入れたいとのこと。
 カタログを持って訪問する。先日の客先にお礼をいって行こうと思う。あの公園の前を通ると、また、あのおじいさんがいつものベンチに一人で座っている。
 新規の客先との約束の時間まで、あと一時間ほどある。喫茶店にでも入って時間をつぶそうと思っていた。
おじいさんが気になる。となりに座る。
「やあ。営業ですか」
「はい。ところでお友だちは来ましたか」
「まだです」
 これで、この人と会うのは三度目だ。この人は、ずっとここで友だちを待っているのだろうか。
「よほど大切なお友だちなんですね。どんな人ですか」
 立ち入った質問で気が引けたが、興味がかった。
「私は、若いころから友だちは少なかった。でも一人だけ親友といえる人がいる。ここで待ってればその友だちと会えそうな気がするんです」
「どんな人ですか」
「いい人です」
「その人と会えればいいですね」
 そういうと私はベンチを立った。
 新規の客から四トンのフォークリフトを受注した。今日も、おじいさんがベンチに座っている。
「こんにちは。お友だちとは会えましたか」
「今、会ってます」
「え」
「あなたが友だちです」