ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

そっくりな女

2022年12月23日 | 作品を書いたで
 世の中にはそっくりな人が三人いるとか。亭主とそっくりな男は時々見かける。どこにでもいる、どうということもない男だ。珍しい顔はしてない。いま、道路の向こう側にいる男もそっくりさん、と、思いたい。 
偶然というには、偶然すぎる。そっくりさんは亭主そっくりさんだけではない。その男と仲良さそうに歩いている女、だれでもない、私とそっくりなのだ。
 男は亭主のそっくりさん、女は私のそっくりさん。ん、これに違いない。亭主にそっくりな男はいる。私にそっくりな女もいるだろう。そっくりさん同士が肩を並べて歩いていても不思議ではない。
 一番考えたくないこと。あれは亭主。で、女は浮気相手。ウチの亭主に限ってそんなことはない。と、思いたい。では、アレはどういう女だ。何者だ。
 もうひとつ考えられることがある。ふたりとも、そっくりさんではない。本物。アレは亭主で女は私。では、ここにいる私はだれだ。 いまは平日の午後六時。ウチの亭主は経理課だ。結婚以来、残業はしたことがない。毎日六時十五分に帰ってくる。駅から家まで歩いて十五分。今ごろの時間なら駅の改札をでているころのはずだ。それが、こんな時間にこんな所にいる。しかも女と。
 久しぶりにデパートで買い物をした。六時三十分。アレが亭主でないのなら、先に帰っているだろう。夕食は冷蔵庫に入れてあるからそれを食べているころだ。私は外で食べてくるといってある。
 チャイムを押す。返事があるか?緊張するなあ。返事があれば、アレはそっくりさんということだ。なければ、アレは亭主。ウ・ワ・キ。まさか。
「女房が妬くほど亭主もてもせず」というではないか。
 家の中はシーンとしている。人がいる気配がない。もう一度チャイムを押す。まさか。ん。別の事態も考えた。中で倒れている。そういう可能性だってある。浮気?倒れている。最悪死んでいる。浮気が一番ましか。
 意を決して鍵を鍵穴に入れる。回す。ドアは施錠されていた。
 ドアを開ける。相変わらず人の気配がしない。家の中はシーンとしている。最悪の事態を想像しながら家の中を歩く。トイレ、寝室居間、風呂。どこにもいない。最後にダイニングキッチン。いない。冷蔵庫を開ける。亭主用の夕食がラップがかかったまま有る。
 決定!亭主はまだ帰宅していない。あれが亭主だったんだ。ウ・ワ・キ!

「ごめん。もう一晩泊まらなくちゃ。どうもクラクラが治らないのよ。あした病院へ連れて行くわ。晩ごはんどっかで食べてね」
 老母の介護にいってる。九十近くだが、まだまだ元気で一人暮らししていたが、一ヶ月ほどまえから具合が悪くなった。姉一家と暮らしていたが、姉一家は海外に赴任。「だいじょうぶよ。あたし一人で」と、いっていたが大丈夫ではなかった。
 母に手がかかるぶん、亭主に手がまわらなくなった。亭主とこんなに疎遠になるのは結婚以来初めてだ。
 母を入院させ一週間たった。
「やっぱりお前のメシはうまいな。外食やコンビニ弁当はあきてきた」こんなことをいってた亭主が、あたしがつくっておいたご飯を食べないで浮気してる。あたしとそっくりな女と。
 テレビの天気予報も終わった。もう七時半だ。ごはん、どうしよう。食べるのかな。お風呂は。入るのかしら。
 あたしって人がいいんだわ。浮気亭主のご飯やお風呂はどうでもいいんじゃないの。ごはん捨てよう。お湯抜こう。
 いやいや。待って。あれは違うんだ。他人のそら似なんだ。あの男は亭主じゃないんだ。では、なんで七時を過ぎても帰ってこないんだ。どっかで倒れている?会社でなら残業してる人か警備員が連絡してくるはず。会社以外なら、ここは都会だから誰かが救急車呼んでくれるだろう。
 ピンポーン。チャイムがなった。帰ってきた。やっぱり浮気だ。どうしてやろう。一気に怒りを爆発させるか、それともじわじわ真綿で首を絞めてやろうか。どんな顔して迎えよう。ここは、ひとつ普通に迎えるか。いやいやドアを開けないという手もある。鍵は持ってるがドアチェーンを外さなければいい。 浮気以外の選択肢も考えないといけない。あの女は浮気相手の女ではなく、なにか仕事の女だろう。例えば転職を考えていて、就職支援会社の女子社員と面接に行ってるのかも知れない。そういえば近頃会社の不満をもらしていたっけ。それなら私に電話ぐらいしてくれるだろう。
 万が一、浮気だとしたら、なぜあの女なんだ。亭主は私じゃ満足しないから浮気してるのだろう。だったら私とは違う女を求めるのではないか。はたして、自分の女房とそっくりな女と浮気するだろうか。
 ピンポーン。カチ。鍵を回す音が聞こえる。鍵を持ってる。ドアの向こうは亭主だ。まちがいない。ドアが開いた。ガチャ。ドアチェーンが引っ張られる。
「おーい。何してんのや。入れてくれ」
 あわててスマホを持って、そそくさとドアに駆け寄って開ける。
「ごめん。おねえちゃんと電話してたの」
「なんや」
「おかあちゃん。来年の春には帰国するって。ご飯は」
「食べてきた」
「そう。あの人と食べたから、おいしかったでしょう」
「あの人ってだれだ」
「なんで、こんなに遅くなったの」
「学生時代の友だちに誘われて飲みに行ってた」
「そのお友だちって男じゃないでしょ」
 亭主はウソはつけない人だ。だから経理なんて仕事を長年やってる。それになんたって私の亭主だ。
「さみしかったんだ」
「母を入院させてもう一週間たったのよ。あたしはもう、ここにいるのよ」
「足らんかった」
「なにが」
「お前が」
 あの女は、やっぱり私だったんだ。私の不足分を補っていたんだ。