ごろりんブログ

雫石鉄也のブログ

丸枠写真の鈴木くん

2020年03月21日 | 作品を書いたで
 家でタイガースを応援しながら、バーボンをちびちびやっていると、電話が鳴った。
 中学で同じクラスだった橋田悦子からだ。「久しぶり。ヒマしてる?」
 三宮のスナックで女三人飲んでるとのこと。なんでもクラス会の打ち合わせをしてるらしい。
 だいたい一〇年に一度のわりでクラス会をやっている。いいだしっぺは、たいてい橋田悦子か山口道江、松浦幸恵の三人である。
 私は、この三人とは特に親しかったわけではない。かといって疎遠であったわけでもない。
 中学を卒業して三〇年以上。多くの者がここ神戸を離れた。阪神大震災で亡くなったクラスメートもいる。
 私と三女史は中学卒業後もずっとここに住んでいる。大震災も生きのびた。この地にいまも在住は、この四人と、あと数人だけ。そういうわけで、前回、クラス会をやった時、三女史にひっぱりだされて、手伝わされた。住所が判っている者はいい。転居先不明の者はなんとか調べて案内状を発送した。
「鈴木くん。来るんだって」
「鈴木くんって」
「私もよく覚えてないのよ」
鈴木くん。鈴木正雄。三女史の記憶にない。
優等生でも劣等生でもなく、運動が得意でもなく、絵が上手というわけでもないと思われる。その鈴木くんが今度のクラス会に出席するとの連絡があった。
 住所は判っていた。神戸在住で中学の時から住所が変わっていないはずだ。
 市立の中学だから、生徒の住所は中学と同じ区内だ。私や三女史のように転居していない者は、たいていスーパーかどこかでぱったり会ったりするものだ。阪神大震災の時は私たちの避難所となった小学校でみんなと会って、お互い無事を喜び合った。避難所で期せずして臨時クラス会となったわけだ。私もその場にはいた。その時、写真を撮ったのだが、その写真に鈴木くんは写ってなかった。シャッターを押したのは私だった。
「だれか鈴木くんのこと覚えてないかしら」
「田中くんだったら知らないかしら」
 田中弘泰。勉強とか運動はそこそこできるが、クラスで一番の人気者だった。敵がいない男で、だれとでも仲良し。社交的な男で、中学卒業後もクラスメートとの親交は続けているとのこと。私ともときどき会って酒席を供にする。もちろん電話番号も知っている。
「あ、おれ。いま、橋田らと今度のクラスの打ち合わせをしてるんやけど、鈴木から出席のハガキが来てるんや。おまえ、鈴木ってどんなヤツか覚えてるか」
「はい。うん、うん、お前もそうか」
「田中も覚えてないって」
「さっちゃん、いまアルバム持ってるでしょう」
「うん、重いけど、なんかの役に立つかもと思って持ってきたわ」
 松浦幸恵がバックから中学の卒業記念アルバムを出した。
「三年七組のページはここだわ。あれ」
 幸恵が首を傾けた。
「どしたの」
「集合写真には写ってないわ」
「ほんとだ。外に丸枠で出てるわ」
 丸枠は鈴木くん一人だけだった。 
 卒業記念アルバムの集合写真を撮る日は、極力学校を休まないようにいわれてたのを思い出した。すると鈴木くん一人この日は休んだのだ。
 パラパラとアルバムのページを繰っていた幸恵が声を上げた。
「あれえ。修学旅行の記念撮影も鈴木くんは丸枠だわ」
 富士山をバックの集合写真にも鈴木くんは写ってなかった。彼は丸枠の中にいた。
「この鈴木くんって子修学旅行にも行かなかったんだ」
「ほかの写真はどうなの」
 橋田悦子がいった。
「ちょっと見て見るわね」
 幸恵が、今度はていねいにアルバムをめくる。私と、橋田、山口が横からのぞく。四人は顔を見合わせた。
「どの写真にも写ってない」
 スナップ写真が何枚かアルバムに載っているが、鈴木はどの写真にも写っていなかった。つまり、彼は、このアルバムの中には丸枠の写真二枚に写っているだけだ。
「そもそも鈴木正雄って子、私たちのクラスに、いいや、学校にいたのかしら」
「いたはずよ。今度のクラス会に出席するんだから」

 夕方五時集合。場所はJR芦屋駅前のホテル竹園。すこしぜいたくな場所でのクラス会となった。
 午後四時三〇分。受付に橋田悦子が座っていた。
「だれか来たか」
「あんたが一番よ」
 ポンと肩をたたかれた。ふり向くと田中だった。
「久しぶり」
 その後、参加者が集ってきた。参加予定者十一名。橋田の前の参加者リストは十一名全員にチェックが入れられている。鈴木正雄にもチェックが入っている。
「鈴木、来たのか」田中が橋田に聞いた。
「来たみたいね。私がチェック入れてるんやから」
「どれが鈴木や」
「わからない」
「受付したんやろ」
「一度に五人ほど来たから、いちいち顔見てないわ」
 会場には参加予定者十人がいる。順々に顔を見ていく。
 田中、岡本、山根、岩本、前川、高松、平、山口、松浦。これで九人。そして、ここに私と橋田がいる。全部で十一人。参加予定者全員が揃っている。名簿を見る十一人全員にチャックが入っている。名簿の鈴木にはチェックが入っている。
 二時間の楽しい宴は終わった。これから都合にいい者は二次会となる。最後に記念撮影をしようとなった。
 私がシャッターを押した。次に山口がカメラを持った。
「入って。こんどは私が写すわ」
 彼女はバツが悪そうな顔をした。
「ごめんね。電池切れだわ」
「また丸枠ね。鈴木くん」
 確か私は集合写真を撮る時も、修学旅行も病気で休んだ。スナップ写真はたいてい私が撮影係だった。