大須賀筠軒(おおすがいんけん 天保12(1841)年~大正元(1912)年)が、
明治25(1892)年に書き記した『磐城誌料歳時民俗記』(歴史春秋社刊)を
紐解くこととする。
『磐城誌料歳時民俗記』には、
江戸時代から明治時代の初めにかけてのいわき地域の人々の暮らしや
民俗などが極めて丹念に書かれている。
さて、『磐城誌料歳時民俗記』の彼岸(秋)の項には、次のような記述がある。
彼岸 圑子、牡丹餻等ヲ製シ、寺ニ詣デ、僧ニ施ス事、春ノ彼岸ニ異ナラズ。農家ニテハ彼岸ノぼたもちヲ喰フヨリ後、必ズ夜業ヲ始ムルヲ常例トス。
これを現代的な表現に改めると、次のようになるかと思う。
彼岸
団子や牡丹餅(ぼたもち)などをつくり、お寺の詣で、僧侶に振る舞うことは、春の彼岸と同じだ。農家では彼岸を過ぎると、どこの家でも夜なべ仕事が始まる。
明治25(1892)年に書き記した『磐城誌料歳時民俗記』(歴史春秋社刊)を
紐解くこととする。
『磐城誌料歳時民俗記』には、
江戸時代から明治時代の初めにかけてのいわき地域の人々の暮らしや
民俗などが極めて丹念に書かれている。
さて、『磐城誌料歳時民俗記』の彼岸(秋)の項には、次のような記述がある。
彼岸 圑子、牡丹餻等ヲ製シ、寺ニ詣デ、僧ニ施ス事、春ノ彼岸ニ異ナラズ。農家ニテハ彼岸ノぼたもちヲ喰フヨリ後、必ズ夜業ヲ始ムルヲ常例トス。
これを現代的な表現に改めると、次のようになるかと思う。
彼岸
団子や牡丹餅(ぼたもち)などをつくり、お寺の詣で、僧侶に振る舞うことは、春の彼岸と同じだ。農家では彼岸を過ぎると、どこの家でも夜なべ仕事が始まる。