Dr. Mori Without Borders / Mori-san Sans Frontieres

森 一仁が医学・国際政治経済金融・人文教養教育など関心問題を国際的・学際的に考える。

医療費は国境を越えて(2) 羊頭狗肉の老人いじめ ~国境向こうの安価な薬を買わせないブッシュ~

2005-11-09 00:40:51 | 臨床医学
イラク戦争は米軍のバグダッド占領とフセイン大統領逮捕により終結したかのように見える。これはこの戦争が始まる頃のアメリカの話である。昔はロック音楽が好きだった私が丁度アメリカに居た頃、誰もが「ANTHRAX!」と叫んだ時期があった。別にバンドのANTHRAXが急激にヒットした訳ではない。悪名高き白い粉「炭疽菌」の英語名の事だ。この炭疽菌が米国内でばら撒かれた頃、人々は即座に医薬品を買いに走った。しかし米国民は真価より高い金を払わねば成らなかった。なぜだろうか?

炭疽菌により郵便局員が重症との報告を受けた頃、アメリカは大パニックとなった。人々はこぞってネット検索やドクターへの電話攻勢をして、「抗生物質」を買いに走った。抗生物質の売上げは急激に、文字通り跳ね上がった。製薬関連会社の株価が上昇したとも言われている。この時裏にはカラクリがあったとされている。同じ抗生物質を米国-カナダ国境を越えてお隣のカナダで買えば10分の1で済んだというのである。そんな事を知らないアメリカ国民は、不安に耐えかねてアメリカ国内での抗生物質の購入を続けた。あの節約を惜しまない、無料商品の大好きなアメリカ国民が、わざわざ国内産の高い抗生物質を買い続けたのである。”アメリカンライフ”なるものが判りかけた私には理解し難い行動であった。愛国心より経済行動を優先する一般国民がこのような購買行動である。

理由はブッシュ大統領が規制を緩和しなかったからである。「国境を越えて医薬品を購入し、それを持ち込んでは成らない。」この一点張りだった。TVを見ながら、このテキサスアクセントで肩肘の張ったアメリカの父親像を見て訝しげに思った。「なぜだろう?いつまで規制は続くのか?」しばらくしてニュースが入った。「アメリカ軍がイラクへ宣戦。」それから連日TVは戦争報道である。街中を行く車や人々の暮らしは以前と変わらなかった。それは戦争中の国家の暮らしではなかった。居住地区が外国軍に占領され、戒厳令下で夜間は外出禁止、IDカードをつけないとどこへもいけないイラク人の生活ぶりとは100%逆であった。

戦争開始して暫らくしてから規制緩和となった。「アメリカ国民はカナダで医薬品を購入してもよろしい。」これを聞いて、私は思った。”抗生物質販売で戦費を稼いでからのイラク宣戦”ということか。実はそれは誰もが思った。実際に製薬会社は化学工業であるし、これは石油資本である。ブッシュ政権下にも大株主や資本家が名を連ねる。

カナダ国境を越えて同じ価値の医薬品を10倍の値段で買わされていた頃に、困った人々が居た。バスでいつも医師から処方される薬品をカナダまでわざわざ買い付けに行っていたアメリカ中西部の貧困層の老人達だ。同じいつもの薬が10倍の値段に跳ね上がる。苦労してバスに乗って揺られてでも手に入れたい安価な薬。この場合の安価は低品質を意味しないのだ。”同じ物質・同じ構造式”、同じ品質の薬品が、国内では10倍という不合理に耐えかねている老人達。

暫らく後に、「炭疽菌」は米国陸軍感染症研究所だけが所有する特殊な”株”であると言う事実を遺伝子解析は突きつけた。[終]

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