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学校と言うところ(教委見直し)

学校から見れば、日本中の学校の管理職(校長・教頭)始め、教職員の組合員であるかないか関係なくよっぽでの先生でない限り、(教委見直しは)大賛成だろう。それは立場により内容や程度は違っているが、式などで最上段に座らせてるも、恭しく奉るが、日ごろの会話で本心敬っているような話は、唯の一度も聞いたことがないし、実際はそれどころの話で盛り上がっていることが殆どである。簡単に言えば、学校の現場を知らないまま、偉そうにいってくるからだ。先生方の多くは面従腹背。と心では思いながら、目に見える行動ではそれを実施しなければならない。管理職はさらに輪をかけて、それを(しっかり)実施しようとする。(最近の学校からの印刷物は、体裁だけでなく中身も、誇大広告的になっている)こんなだから、再生会議が(教委の見直し)と言えば、それに飛びつく人は多いだろう。教育審議会や、期成会各委員会や、知事会など反対しているようだ。これは権力機関の綱引きで、今のところ中身的に生産的とは言いにくい。要するにどちらも学校現場や、教育の対象者である、子供を中心とした発想ではない。子供が問題になっているのに、子供を中心とした問題ではなく、権力の問題になっている。両者学校に現場(殆どの管理職は学校を代弁でいないししません。世間の人が思っているほど、学校内のことは知らないのです、子供のことはなおさらです。学校現場特に児童生徒のことは各学校現場で直接聴かない限り知るのは無理です。)地教委にしろ、文科省にしろ、子供の急行くの原理や科学性を、権力で押しつぶし、問題を発生させているとき、第3の(教委見直し)論がでてきてほしい。
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