TAMAちゃんダッシュ

愛犬タマとマル民の私の毎日です

ウルユル

2009-05-16 | Weblog


よる年月を越えてきたせいか、すっかり乾いてしまってもうそんなものはないとばかり思ってきたのですが…

13日の水曜日、広島市の民生委員・児童委員大会でした。

昨年は肺炎騒動で出席できませんでしたが、初めての出席だというのに、こんなものなのじゃないかという予想通りに感動のないものでした。

人間は何か形というものが欲しい生き物なので物故者、永年勤続者の表彰という形式のものが必要だということは理解できてはいるのですが、これまた希望者だけにしてくれるとありがたいと思ってしまうのです。



唯一、楽しみといえば広島の民放ラジオ(AM放送は1局のみ)で活躍されているフリーアナウンサーの世良洋子さんの講演でした。

ラジオでの広島弁丸出しのフリートークが楽しいということを出席者のほとんどの方がよくご存じで(何せ1局のみ)、おかたいマル民の会議でも違った方向性を探ろうといているのかとも思ったほどです。

でも、やはりマル民会議の講演会でした。

世良さんは仕事をしながら永らく認知症のお母様の介護をされたという10年ほど前の経験を話されました。

その兆候は少しずつあったのかもしれませんが、歳をおう毎に認知症の症状がひどくなり、真剣にそしてだましだましお母様と向き合う日々を続けて来られたそうです。
その中でやはり悔いていらっしゃることは、その時々に選んだ言葉で、筋が通っていたり理路整然と組み立てられ出した答えを投げかけた事柄が、ひどくお母様を傷つけてしまったことだったそうです。

話を聞くにつれ、たまらなくなってしまいました。
彼女のされた経験が、今の自分の経験と重なる部分が多くあり、
出るわ出るわ、化粧ははげ落ちるわ、頭痛はしてくるわ
もうボロボロでした。

本来私は、西田敏行さんなみに涙腺がゆるく、自分や他人のした経験とかで思い出し泣きをよくする人間だったんですよね。



義母は現在、介護予防と介護との判断がつきにくい状態にあります。
しかしそういう状態にいたったのは
義父の死や、やはり年齢的な理由で友人や知人が次第に少なくなっていったことなど、歳をとるという現実に対する空しさや悲しさでいっぱいになり、老人性の鬱状態になってしまったことに始まっているのだと思われます。



毎日、毎日、義母の状態が異なり自身も迷っていた中でしたので、同じ経験をされた方が同じようにいるのだということが、うまく表現できませんが涙に繋がったのだと思います。

ウルユルの私は予定変更してその後、涙乾くまで歩きました。
ちょうど平和公園を横切ることができたので、町中に着いた頃には普段通りに歩いていたのと思うのですが、なんだか記憶が飛んでいます。

少しいろんなことが吹っ切れたのと同時に、今回の講演で得難い経験をすることができました。