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一触即発、過去10年間で最も危険な「米国とイラン」 「ホルムズ海峡封鎖」で米国は攻撃か?

2012年02月03日 19時23分10秒 | Weblog
2012年1月20日 金曜日 菅原 出

最初に、2012年の国際安全保障情報について

2012年国際安全保障情勢は「凶」

 2012年、国際安全保障情勢の運勢は「凶」。何といっても米国、中国、ロシア、フランス、韓国、台湾などで指導者が交代し、各国の国内政治が不安定化することが、外交・安全保障の世界にネガティブに反映される。国内で支持を得るために国外での危機を利用するという政治力学も生まれるため、国際関係は緊張しがちである。その筆頭は米国大統領選挙だろう。有力なユダヤ人票をめぐり、オバマ大統領はイランに対する弱腰姿勢は見せられない。米国によるイランへの経済的締め付けがさらに強まれば、イランの反発も高まり、米軍撤退で不安定化するイラクやアフガニスタンに対する介入も強まる。イラン核開発に拍車がかかれば、イスラエルによる軍事行動という悪夢も現実味を増す。中東の不安定化は必至だ。同様にアフガニスタンからの米軍の撤退が南アジアに力の空白をつくり、印パ対立や伝統的な中印対立にまで火をつける危険性がある。

 また米国が「アジア回帰」をはかり中国への牽制を強める中、南シナ海、東シナ海、そしてミャンマーで米中間の緊張が高まりそうだ。アジア各国の漁船や監視船同士の偶発的な事故が米中を巻き込んだ軍事衝突に発展してしまう可能性も排除できない。

 そして朝鮮半島では、金正恩後継体制が先軍政治を引き継ぎ、危機を煽って世界が騒いだところで譲歩したように見せかけて利益を得る「瀬戸際外交」を仕掛ける可能性が大である。「危機」を仕掛ける相手は日本になるかもしれない。

高まる米・イラン間の軍事的緊張

 イラン核問題をめぐりペルシャ湾岸地域の緊張が高まっている。

 1月5日までに欧州連合(EU)加盟27ヵ国が、イラン産原油の輸入を禁止することで原則合意したと発表した。昨年11月に国際原子力機関(IAEA)が、イランの核兵器開発疑惑を指摘する報告書を理事会に提出して以来、イランに対する経済制裁がさらに強化されている。12月末には、米国が原油代金の決済に使われるイラン中央銀行と取引する外国銀行に制裁を課す法律を成立させ、イランからの原油輸入を続けるEU、中国や日本にイランからの輸入量削減などを求めた。EUはイラン企業の資産凍結などの追加制裁を決定し、日本政府もイランに対する追加制裁を閣議決定していたが、さらなる米国からの圧力を受けて、EUが原油輸入の原則禁止に踏み切り、日本政府も1月になってイラン産原油の輸入を段階的に削減することで合意した。

 こうした経済制裁強化の動きを受けて、イランは12月末よりホルムズ海峡周辺で大規模な軍事演習を実施。1月2日には新型の地対艦巡航ミサイルの試射も実施した。また、イラン産原油の輸出に制裁が課された場合、「ホルムズ海峡の封鎖」を命じることを革命防衛隊幹部が示唆し、国際原油市場に衝撃が走った。さらにイラン軍のアタオラ・サレヒ将軍が、米空母に対して「ペルシャ湾の以前の場所には戻らないように助言及び警告をする」と述べて欧米諸国を威嚇した。

 これに対して英国のハモンド国防相は、「イランがホルムズ海峡を封鎖した場合、軍事的に封鎖を解除する方針を表明し、パネッタ米国防長官も1月8日に、「イランが核兵器を開発すること」と「ホルムズ海峡を封鎖すること」を「レッドライン」だと明言。

 続けて、マーティン・デンプシー統合参謀本部議長も、イランがホルムズ海峡を封鎖する能力はあるとしながらも、「それは許容できない行為であり、それはわれわれにとってだけでなく世界中の国々にとって許容できない行為だ。(もしイランがそうした行為に踏み切った場合)我々は行動を起こし海峡をオープンにする」と述べ、米・イラン間の軍事的な緊張が高まっている。

米国の対イラン政策とは?

 過去数年来、イランの核開発問題をめぐっては、米軍によるイラン空爆論、イスラエルによるイラン空爆論など、「戦争近し」の情報が何度も浮上し、「○年○月がデッドライン」とする無責任な観測が出ては消えてきた。

 現在の米・イラン関係は、少なくとも過去10年間でもっとも緊張が高まり、もっとも「戦争に近い」状況になっているのは間違いない。

 しかし両国ともに全面的な軍事衝突を求めている訳では決してない。少なくとも米国は、軍事オプションを「ラスト・リゾート(最後に最後の手段)」と考えている。そもそもオバマ政権は発足当初「イランとの対話」を重要な外交政策の一つに掲げていた。あれから3年経った現在、オバマ政権はイランに対してどのような戦略で臨んでいるのだろうか。

 昨年11月22日に、オバマ政権で国家安全保障問題担当米大統領補佐官を務めているトム・ドニロン氏が、米ブルッキングス研究所で開催されたシンポジウムで、イラン政策についてかなり詳細に説明している。同政権のアプローチを知る上で貴重な証言なので、少し長くなるが細かくみていきたい。

 ドニロン補佐官はまず、ブッシュ政権から引き継いだ、オバマ政権発足当初の米・イラン関係とイランの国際社会における位置について振り返って説明した。当時はイランに対して国際社会は統一した立場をとることができず、バラバラであった。イラク戦争以来の米国の単独行動主義に対する批判は強く、米欧、米露、米中間に隙間風が吹いており、イランに対する統一した立場などとりようもない状況だった、とドニロン氏は言う。中東地域におけるイランのパートナーであるハマスやヒズボラの勢いも強く、イランの影響力が高まっている、という地域情勢だった。

 そこでオバマ政権が当初とった政策は、イランに対して対話のオファーをすることだった。これには二つの側面があり、一つはもちろん真剣に対話を進めようというものだが、その裏には、「米国が態度を変えてイランに対話を呼び掛けたにもかかわらずイランが応じずに米・イラン関係が悪化した場合、イランに責任を転嫁できる」という読みがあったという。

 「すなわち、米国が対話を仕掛けることで、それが失敗に終わった後、米国はイランの態度に問題があるということで国際社会の支持を動員する能力を高めることができると考えたのだ」

 そして実際にこの通りの事態が起き、米国はイランの責任を問う上で非常に大きな影響力を持つようになった、とドニロン氏は言う。

 またイランの核開発計画に関する情報活動を強化することで、これまで知られていなかったイランの核開発活動を暴き、「核開発は平和利用のためである」というイランの主張の正当性に傷をつけた。その結果、イランを非難する国際社会の声が強くなった。こうした政策の積み重ねの後、イランに対する国連安保理の経済制裁を成立させ、イランを経済的に締め付け、イランが核開発に必要な資源や物資やノウハウを得るためのコストを押し上げて、核開発を遅らせたのだという。つまりオバマ政権は、「核開発問題で悪いのはイランである」という大前提を国際社会に認知させる土壌をつくった上で、イランを経済的・外交的に孤立させる国際的な取り組みを進めているというのである。

 こうしたオバマ政権の政策により、イランは厳しい経済制裁の下に置かれ、核開発に必要な物資の調達に苦しみ、実際にイランの核計画は大幅に遅れたとドニロン氏は言う。実際2009年1月に政権が発足した時、イランはすでに5000機以上の遠心分離機を稼働させており、2007年時点でイランの原子力エネルギー担当の大臣は「4年以内に5万機の遠心分離機を稼働させる」計画を発表していたが、2011年末現在で、稼働中の遠心分離機は6000機以下である。

 ドニロン補佐官はこうした数字から、オバマ政権がとった経済的な制裁強化措置により、イランの核計画が遅れたと結論付けた。

 また12月2日には、レオン・パネッタ国防長官が同じくブルッキングス研究所で講演し、中東政策について話している。

 パネッタ長官はこの中でオバマ政権の中東政策の3つの柱として、【1】イスラエルの安全保障、【2】地域の安定、【3】イランが核兵器を取得することを防ぐこと、と述べており、ここでもイランの核武装阻止は大きなウェートを占めている。そして、

 「イランの脅威に対抗するためのオバマ政権のアプローチは、外交手段が第一であり、前例のない広範な経済制裁を課すことと、湾岸諸国や拡大中東地域における主要なパートナーとの安全保障協力を強化することの2つである」

 と説明した。そして、「これらの努力によってイランの孤立は一層深まっている。経済的圧力、外交的圧力、そして集団的な防衛体制の強化という作戦は正しい路線だ」と述べた。さらに、「イランに対する軍事攻撃をいつまで延期するのか」との質問に答えて、「1年かも知れないし2年かもしれない。それはターゲットを破壊できる能力をいつ手にするのかにもかかっている。率直に行って、いくつかのターゲットは攻撃するのが極めて困難だ」と述べた。

 またパネッタ長官は、軍事攻撃では究極的にイランの核兵器製造能力を破壊することにはならず、単純に遅らせるだけにしかならない点も指摘した。

 「さらにより大きな懸念は、意図しない結果を生む可能性であり、究極的には反動を産むことになりかねないということだ」と述べ、米国が攻撃を仕掛けた結果、せっかく弱体化していた現在のイランの体制が突然権力を再び確立して、地域における支持を再び集めてしまうことになりかねない点も考慮していることを明らかにした。

 またこうした攻撃をすることで米国が国際社会からの非難を浴びることになってしまうことや、イランからの報復のターゲットとなって米国の艦船や軍事基地が攻撃の対象になるという物理的な被害。さらに経済的な被害にも言及し、「現在の欧州の極めて脆弱な経済、米国の脆弱な経済にとって余りに大きすぎる反動となる」と述べ、「だから、われわれはこの種の攻撃が招く意図しない結果について慎重にならなければならない」と締めくくっている。

 こうした政権高官の発言から、米国が軍事オプションには非常に慎重であり、あくまで外交的な圧力、経済的な締め付けでイランの核開発を「遅らせる」ことを目標に政策を進めていることが分かるであろう。

相手の意図を読み間違える可能性は高い

 しかし、欧米を中心とした対イラン経済制裁がイラン経済にさらに打撃を与えると、現イラン政権としては、国民の不満を海外に向けざるを得ず、対外強硬姿勢を危険なまでに強めてしまう可能性も否定できない。イラン経済は自国通貨リアルが急落し、一般市民にまで経済不安が広まっていると報じられており、もう戦争ムードが漂っているという報道まで散見される。

 米国側は「締めつけてイランに正しい選択をとらせる」というのが目的だが、米国側が「締め付け過ぎてしまう」とイランが過剰に反発するリスクも高まる。しかも、米国側が、「イランが暴発して戦争を仕掛けてくることはないだろう」とたかを括っているとすれば、危険な事態になりかねない。

 一方のイランも、「米国はイランに対して軍事攻撃などできるはずがない」と考えている節があるので、お互いに「これくらいならば挑発しても相手が行動を起こすことはないだろう」と相手の意図を読み間違える危険性は十分にある。

 イランは3月2日に議会選挙を控えており、国内ではアフマディネジャド大統領派と<強硬派聖職者+革命防衛隊指揮官クラス+バザール商人>の保守派内部での権力闘争がますます激しさを増している。

 イランの核政策や対外政策はこの熾烈な国内権力闘争とも複雑に関係しており、(外から見て)合理的な判断が下されるとは限らない。

 現在のところ、イラン政府も米政府も「やるぞ」という意思を明らかにすることで相手を威圧することを狙っており、それが本当に戦争をするということとは別である。

 しかし、現状はあまりに多くの危険な要素が米側、イラン側やその周辺にあるため、一端何らかの事故や小競り合いが生じた場合に、振り上げたこぶしを下ろすことができずにエスカレートしてしまう危険がかつてなく高まっている。

 イランは2月に再度ホルムズ海峡付近で軍事演習を実施することを明らかにしており、イスラエルと米国も近く「過去最大規模」の合同軍事演習を実施する予定である。双方を仮想敵とした軍事演習を近くで実施するというのは、否応なしに緊張を高めることになる。

 イラン側が高速艇で何らかの挑発行為を仕掛け、米軍側が「限定的な」反撃を加えるものの、「限定的な」軍事行動では済まずにエスカレートしてしまう…などといったシナリオも十分に考えられよう。

激化する諜報戦が対立をさらにエスカレートさせる!

 さらにリスク要因として考えなくてはならないのは、米国やイスラエル、それに英国などがイランの核開発計画に関する情報を収集するだけでなく、その計画を妨害するためにさまざまな諜報活動を行っていることである。

 オバマ政権は国際的なイラン孤立化政策をさらに強化するためにも、イランの秘密の核開発プログラムを暴いてイランの「悪事」を世界に知らしめようと考えている。また、イランが核開発に必要な機器や物資を調達できないような妨害活動や、核計画にかかわっている科学者に対する亡命工作や、場合によっては拉致・暗殺といった作戦も実施していると考えるべきだろう。

 イラン政府は12月8日に国連安全保障理事会に書簡を送っているが、その中で、

 「イラン・イスラム共和国に対する米国政府による挑発的で秘密裏の作戦は過去数ケ月間増大し一層激しくなっている」と説明している。

 また先に紹介したドニロン補佐官も、「われわれはイランのいかなる核関連の活動であっても察知できるように精力的に活動を進めるだろう。われわれはそうした(秘密の)計画を暴露し、イランを国際的な査察の下に置くのだ」と述べており、秘密諜報活動の存在を認めている。

 当然こうした米国の活動に対して、イランの反発は強まり、防諜活動はもちろんのことさまざまな対抗措置や挑発行動をとることが予想される。実際過去数カ月間で、両国の水面下での暗闘の激しさを物語るようなニュースが続いている。

 昨年、11月21日には、CIAのスパイ・ネットワークがイランとレバノンで摘発され、十名以上にのぼるCIAのスパイたちが逮捕されたことが明らかになっている。11月12日にはテヘラン近郊の武器庫で爆発が起き革命防衛隊の隊員30名以上が死傷する事件が起きた。

 また12月にはイラン上空に侵入した米無人偵察機がイラン側に「撃墜」される事件が発生し、イラン情報省がCIAのスパイを拘束する事件も発生した。さらに1月に入ってからも、イラン革命裁判所が12月に逮捕したCIAのスパイに死刑を宣告して米国との緊張が高まり、さらに11日にはテヘラン北部でイラン人核科学者が爆弾攻撃で殺害される事件も発生した。

 これらの事件が全て両国間の諜報戦の結果なのかどうかは不明だが、こうした水面下での暗闘が対立をエスカレートさせ、両国とも引くに引けない状況に陥る危険性は否定できない。

 言うまでもなく、オバマ大統領は今年大統領選挙を控えている。自身の再選のために、米国内のイスラエル・ロビーをはじめ、親イスラエル勢力に対して気を使わざるを得ない状況に置かれており、いかなる対イラン宥和姿勢もとることはできないのが政治的現実である。

 つまり、米・イラン双方共に国内政治的な文脈から相手に妥協はしにくく、経済制裁は強化されてイランは厳しい状況に追い込まれ、それでも核開発は前進して危険な方向に進んでいく。そうした中で米・イラン双方に軍事的に相手を威嚇しており、その間にも双方の諜報機関が水面下で暗闘を繰り広げているという状況なのである。

 米・イラン関係はかつてないまさに一触即発の危険な状況にあると言っていいだろう。

【主要参考文献】

“As currency crisis and feud with West deepen, Iranians brace for war”, The Washington Post, January 6, 2012

“Panetta, Dempsey Discuss Iran Situation”, DoD News, January 8, 2012

“US dismisses Iranian threats over carrier”, Financial Times, January 4, 2012

“Israeli and US troops gear up for major missile defense drill after Iran maneuvers”, The Washington Post, January 6, 2012

“Iran Warns U.S. Warships to Stay Out of Gulf”, The Wall Street Journal, January 4, 2012

“Iran threatens to take action if U.S. carrier returns to Persian Gulf”, Haaretz, January 3, 2012

“Iran threatens U.S. ships, alarms oil markets”, The Washington Post, January 4, 2012

“Commander Underlines Navy’s Power to Protect Iran”, Fars News Agency, January 9, 2012

“Establishment factions to face off in Iranian elections”, The Washington Post, January 4, 2012

“Iran criticized over enrichment at Qom bunker”, Financial Times, January 9, 2012

“Iran sentences US man to death for working for CIA, adds tension to spat over nuclear program”, The Washington Post, January 9, 2012

“Iran and International Pressure: An Assessment of Multilateral Effort to Impede Iran’s Nuclear Program”, The Brookings Institute, November 22, 2011

“Iran demands U.S. apology for drone flight”, The Washington Post, December 4, 2011

“Remarks by Secretary of Defense Leon Panetta at the Saban Center”, U.S. Department of Defense, December 2, 2011
このコラムについて
隠された戦争

この10年は、まさに「対テロ戦争の時代」だったと言って間違いないだろう。そして今、この大規模戦争の時代が「終わり」を迎えようとしている。6月22日、オバマ大統領がホワイトハウスで演説し、アフガニスタンから米軍を撤退させる計画を発表したのである。
米国は一つの時代に区切りをつける決断を下したが、イラクもアフガニスタンも安定の兆しを見せておらず、紛争とテロ、混乱と無秩序は、世界のあらゆる地域に広がっている。そして東アジアでは、中国という大国が着実に力を蓄え、米国の覇権に挑戦し始めたかに見える。
無秩序と混乱、そしてテロの脅威が拡大し、しかも新興国・中国の挑戦を受ける米国は、これから限られた資源を使ってどのような安全保障政策をとっていくのだろうか。ポスト「対テロ戦争時代」の米国の新しい戦争をレポートする。

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著者プロフィール

菅原 出(すがわら・いずる)
菅原 出

1969年、東京生まれ。中央大学法学部政治学科卒。平成6年よりオランダ留学。同9年アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。国際関係学修士。在蘭日系企業勤務、フリーのジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英危機管理会社役員などを経て、現在は国際政治アナリスト。会員制ニュースレター『ドキュメント・レポート』を毎週発行。著書に『外注される戦争』(草思社)、『戦争詐欺師』(講談社)、『ウィキリークスの衝撃』(日経BP社)などがある。
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