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――ICRPの低線量被ばく基準を緩和しようという動きの担い手は誰か?――

2012年02月26日 00時21分01秒 | Weblog
日本の放射線影響・防護専門家がICRP以上の安全論に傾いてきた経緯(1) ――ICRPの低線量被ばく基準を緩和しようという動きの担い手は誰か?――

1990年代末から低線量被曝安全論の運動が世界的に起こっており、日本の放射線影響学・防護学の多くの専門家はそれに積極的に関わってきた。彼らの考え方は、「低線量被曝は健康に悪影響は少なく、むしろ善い影響が大きい。そしてICRPのLNT仮説は誤っており、低線量被曝にはしきい値がある、つまりある程度以下では健康影響が出ない」とするものだ。

このような安全論の旗振り役の1つが日本の電力中央研究所(電中研)である。電中研では1980年代から低線量の放射線被ばくはリスクがなく、むしろ健康によいということを示すための研究を進めてきた。これは『電中研レビュー』53号(2006年3月)、『電中研ニュース』401号(2004年9月)などに示されているとおりである。その研究動機等については後にふれるが、ここで重要なのは、それが世界的な低線量被ばく安全論運動の先駆けと理解されていたことである。

では、世界的な低線量被ばく安全論運動とはどのようなものか。これについては「放射線と健康を考える会」ホームページを見ることによって明らかになる。そこで、まず、この「放射線と健康を考える会」について見ておこう。そのホームページhttp://www.iips.co.jp/rah/ には次のように述べられている。

「最近の生命科学の急速な進歩により、少しの放射線での危険は心配しなくてもよいことがかなりわかってきています。

平成11年4月21日に、東京の新宿京王プラザホテルで「低線量放射線影響に関する公開シンポジウム―放射線と健康」が開催されました。この公開シンポ ジウムでは、国際放射線防護委員会(ICRP)が採用している、人への放射線防護の観点からどんなに少ない放射線でもリスクがあるとする「しきい値なし直線仮説」には科学的根拠がなく、逆にしきい値があること、また、少しの放射線はホルミシス効果で健康に有益であることなどについて、国内外の著名な科学者 10名による講演がありました。この種のシンポジウムとしては日本では初めてのもので、各方面の方々の関心が非常に高く、一般の方を含めて約900名の 方々が参加されました。

本会は、多くの方々に放射線の影響と安全性について考えていただくために、必要な情報を継続して提供することを主な目的として、放射線生物分野の科学者を中心に構成された会です」。

この動きはアメリカでの動きと密接に関連していた。これについては、「放射線と健康を考える会」HPに掲載さいれている「米国で開催された低線量放射線の健康影響についてのシンポジウム――経緯と概要」を見ることでおおよそがわかる。このシンポジウムは2000年11月に行われた米国放射線・科学・健康協会(Radiation, Science, & Health, Inc.、略称RSH)主催のもので”A Symposium: On the beneficial health effects of low-dose radiation; And on current and potential medical therapy applications”「低線量放射線の健康へのポジティブな影響、及びその現在の、また潜在的な医学的治療応用についてのシンポジウム」と題されている。この紹介記事の「補足」にあるようにRSHは「LNT(直線しきい値なし)仮説を支持しない科学的データの収集を行っており、”Low Level Radiation Health Effects: Compiling the Data” (Revision 3, March 30, 2000)としてまとめている」。

このシンポジウムの紹介のために、電中研低線量放射線研究センター副所長である石田健二氏が経緯を説明している文書を少し長いがそのまま引用する。

「米国の Pete Domenici 上院議員(ニューメキシコ州選出、共和党)は、最近の低線量放射線の有益効果を示すデータに注目し、現在の放射線(放射能)防護の基準には科学的な根拠が なく、いたずらに厳しい安全管理がなされており、無駄に予算が費やされているのではないかとの疑問を持った。

このため、米国エネルギー省(Department of Energy、以下DOE)に、1999年度から10年間にわたり高額の予算をつけて、細胞レベルにおける低線量放射線の生物効果を調べる研究を立ち上げ ると同時に、1999年の夏に、会計検査院(General Accounting Office、以下GAO)に、現在の放射線防護基準が拠り所とする科学的な根拠(データ)についての調査を指示した。

GAOは、2000年6月にDomenici上院議員に報告書を提出し、その中で、放射線はゼロに近いレベルでも有害とする仮説の当否を論ずるに足るデータが未だ十分でないと述べると共に、放射線防護の実務において問題なのは、原子力規制委員会(Nuclear Regulatory Committee、以下NRC)と環境庁(Environment Protection Agency、以下EPA)が、それぞれ管理基準を異にしていることにあるとした。また、それぞれの基準で将来の高レベル廃棄物処分に係わる費用を算定 し、どの程度、予算に違いが生じるか対比して示した。

このGAOレポートを見て、Domenici上院議員は、低線量放射線の有益な効果(ホルミシス効果)を含め、放射線の生物影響に関わる問題提起がなされておらず、規制に係わる組織のあり方に焦点がすり替えられていると不満を持った。

今回のシンポジウムは、Domenici上院議員の秘書からRSHへの依頼によって開催されたものであり、「行政関連セミナー」との 色彩が強く、DOE、NRC、EPAのスタッフ、医学者、マスコミおよびRSH関係者など約60名の参加を得て、既に報告されている放射線ホルミシス研究 の成果((財)電力中央研究所が進めてきたプロジェクト研究の成果が多く引用されていた)を中心に紹介し、関係者の理解促進をはかる場であった」。

こうしたアメリカの動向もにらみつつ、2002年には電力中央研究所低線量放射線研究センターの主催で、東京・経団連ホールにおいて低線量放射線影響に関する国際シンポジウム「低線量生物影響研究と放射線防護の接点を求めて」が行われている。それに関する情報は、「放射線と健康を考える会」のHPhttp://www.iips.co.jp/rah/n&i/n&i_de31.htm にも、電中研のHP

http://www.denken.or.jp/jp/ldrc/information/event/symposium/symposium2002.html

にも掲載されている。プログラムは以下のとおりである。

プログラム

講演1  Roger Cox(国際放射線防護委員会(ICRP) 第1委員会委員長)「放射線防護における低線量放射線研究の位置付け -現状と将来-」

講演2 松原純子(原子力安全委員会委員長代理)「放射線防護における個体レベルの研究と重要性」

講演3 酒井一夫((財)電力中央研究所低線量放射線研究センター上席研究員)「わが国における低線量研究の最近の成果」

講演4 野村大成(大阪大学大学院医学系研究科・放射線基礎医学講座教授)「放射線発がんにおける線量・線量率効果」

講演5 渡邉正己(長崎大学副学長・薬学部教授)「放射線発がんへの遺伝子の不安定性のかかわり合い」

講演6  Ronald E.J. Mitchel(カナダ原子力公社チョークリバー研究所放射線生物学・保健物理学部門長)「低線量放射線に対するマウスの適応応答:放射線防護の中での位置づけ」

講演7 丹羽大貫(京都大学放射線生物研究センター長・教授)「放射線発がん機構の解明と放射線防護における意義」

総合討論

このシンポジウムの登壇者のうち、酒井一夫氏はその後、2006年に放射線医学総合研究所の放射線防護研究センターのセンター長になり、福島原発事故以後、政府の命によりさまざまな大役を果たしている。同氏は事故発生直後から置かれた首相官邸の原子力災害専門家グループ8名のうちの1人であり,

http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka.html 、2011年8月に置かれた「放射性物質汚染対策顧問会議」http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/info/osen/komon-youryou.pdf の8名のメンバーの1人であり、この顧問会議の下に2011年11月に置かれた「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/info/twg/111222a.pdf の9人のメンバーの1人である。

また、丹羽太貫氏は「放射性物質汚染対策顧問会議」と「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」のメンバーである。さらに丹羽氏は2012年2月現在、文部科学省の放射線審議会の会長を務めている。なお、酒井一夫氏はこの放射線審議会の委員でもある。この放射線審議会は、2月2日、厚労省の食品安全委員会に対して、放射線量に基づく規制をもっと緩めるように答申を行った。読売新聞は次のように伝えている。

「食品中の放射性物質の新しい規制値案について、文部科学省の放射線審議会は2日、厚生労働省に答申する案を示した。
答申案では、肉や野菜など一般食品で1キロ・グラムあたり100ベクレルなどとする新規制値は、放射線障害防止の観点では「差し支えない」とする一方、実態よりも過大に汚染を想定していると指摘するなど、規制値算出のあり方を疑問視する異例の内容となった。
これまでの審議で委員は、最近の調査では食品のセシウム濃度は十分に低いと指摘。規制値案はそれを踏まえず、食品全体の5割を占める国産品が全て汚染さ れていると仮定。日本人の平均的な食生活で、より多く被曝することになるとして、各食品群に割り振った規制値を厳しくした。この点を審議会は「安全側に立 ち過ぎた条件で規制値が導かれている」とした」。

また、内閣府原子力安全委員会委員長代理だった松原純子氏は「放射線防護の心――低線量放射線影響の実態と放射線管理とのギヤップ 」と題された文章で次のようにのべている。

http://homepage3.nifty.com/anshin-kagaku/sub060120hobutsu2001_matsubata.html

「低線量の放射線影響に関する直線(LNT)仮説は国際的にも議論されている が、当面これを否定するべき強力な証拠はないということに繰り返し落ち着く。しかし、問題はそれを公衆や専門家や管理者がどう受け止め、また規制にどう使 われているかである。永年、環境有害因子と生体との相互作用の実態を解明しょうと努力してきた私は、放射線影響イコールICRPの勧告値ではなく、放射線 影響イコール放射線によるDNA傷害でもなく、放射線(ひとつの環境要因)と人間(生き物)とのかかわり(相互作用)の実態を、公衆のみならず関係者にも 知ってほしい、そして実態に基づく判断と実効性を念頭においた規制をと願ってきた。ここ10年来の放射線影響に関する新知見の蓄積を加味すれば、LNT仮 説に関しても専門家として議論すべき具体的課題が明示できるはずである。
一方、一昨年来、ICRPのR.Clarke委員長の提言をきっかけとして、国内でも放射線防護の枠組みにかかわる論議が活発に行われている。 放射線 防護の分野ではいくつかのキーワード(用語)があるが、この際、それらについてより的確な共通理解を進めたい。今こそ、新しい時代の要求に合わせて、放射 線防護の原則に立ち返って、その核心を議論する大変良いチャンスである」。

この記事には公表日時が記されていないが、URLには2001とあるし、世界的な動きにふれて「一昨年来」とあるのを見ても、2001年頃のものと見てよいだろう。

ここに見られるように、酒井一夫氏、丹羽太貫氏、松原純子氏らはICRPが採用してきたLNT仮説を超え、低線量被ばくについてしきい値ありとして安全であるとする方向での研究に積極的に関わってきた放射線影響学・防護学の専門家である。こうした傾向をもった専門家ばかりに福島原発災害の低線量被ばく対策についての審議や助言を求めてよいものだろうか?  2012年2月5日 日曜日 12:42 PM


日本の放射線影響・防護専門家がICRP以上の安全論に傾いてきた経緯(2) ――ICRPの低線量被ばく基準を緩和しようという動きの担い手は誰か?――

1999年4月21日に、東京の新宿京王プラザホテルで開催された「低線量放射線影響に関する公開シンポジウム―放射線と健康」は低線量被曝は安全でありむしろ健康に良いことを示そうとする意図のもとに行われ、放射線影響学・防護学をその方向に動かしていこうとする潮流を盛り上げるものだったことを示して来た。この会議の主催者は「低線量放射線影響に関する公開シンポジウム」実行委員会となっている。では、共催・後援・協賛団体はどうか。以下のとおりである。

共催 日本機械学会,米国機械学会、仏国原子力学会
後援 米国放射線・科学・健康協会、日本原子力学会,日本放射線影響学会、日本保健物理学会、原子力発電技術機構、電力中央研究所,日本電機工業会、放射線影響協会、日本原子力産業会議、原子力安全研究協会,日本原子力文化振興財団、体質研究会
協賛 電気事業連合会

この会議は国内の原子力関係の5団体、放射線・健康関係の4団体、電力・電気工業関係の4団体、それにアメリカ・フランスの関連領域の3団体が協力して行われていることが分かる。

低線量被曝では放射線の健康に対する悪影響は少なくむしろプラスの影響があるということを示そうとするシンポジウムに原子力推進の諸団体、電力関係の諸団体が応援し、放射線影響・防護学関係の専門家と彼らが中心メンバーである諸学会が会の企画・運営に関わっている様子がうかがえる。

一方、2002年に経団連ホールで行われた国際シンポジウム「低線量生物影響研究と放射線防護の接点を求めて」の主催者は電力中央研究所低線量放射線研究センターである。その内容要約が同センターのホームページに掲載されている。http://www.denken.or.jp/jp/ldrc/information/event/symposium/symposium2002.html

その末尾には次のように記されている。

「昨年度のシンポジウムは、これからの放射線防護のあり方についての議論でしたが、本年度は放射線生物影響研究の データがICRP勧告に反映されるためにはどのようにすればよいかという昨年度の議論を一歩進め、生物影響研究成果を放射線防護基準に取り込むための溝を埋めるための一助となるようなシンポジウムにしたつもりです。当センターでは、今後もこのような低線量放射線の理解のための様々な活動を展開していきたいと考えています。」

これはこのシンポジウムの背後に、低線量では健康影響が少ないので、ICRPの防護基準を緩和したいという強い意欲があることを示すものである。続いて共催団体の名前があげられているが、それは日本放射線影響学会、日本保健物理学会、日本原子力学会保健物理・環境科学部会である。

では、このシンポジウムの主催者である電力中央研究所(電中研)とはどのような組織か。1都4県に多くの施設をもち、2011年度で322.7億円の予算、840人の人員を擁する大組織である。主要なスポンサーが電力業界であることは言うまでもないだろう。「次世代電力需給基盤の構築」、「設備運用・保全技術の高度化」、「リスクの最適マネッジメントの確立」を「研究の3本柱」とする機関だが、原子力関係は主要部局の1つである原子力技術研究所で多くの研究がなされている。その中で放射線と健康に関わる研究は、長期にわたり低線量被曝の生物影響についての研究にほぼしぼられている。

電中研の低線量被曝の影響研究とはどのようなものか。『電中研ニュース』401号(2004年9月)、『電中研レビュー』53号(2006年3月)、『DEN-CHU-KEN TOPICS』8号(2011年10月)によっておおよそ知ることができる。『DEN-CHU-KEN TOPICS』8号には、「電力中央研究所では、1980年代後半から、低線量放射線の生物影響に関する研究に取り組んできました」とあり、『電中研レビュー』53号には次のように記されている。

「電力中央研究所では、低線量放射線の影響研究に取り組み始めた初期の段階から、外部研究機関との連携体制を取ってきた。1993 年には、本格的なプロジェクト研究を開始し、共同研究のプロモートと研究のコーディネートを進める体制を確立した。」p12

同誌の「電中研「低線量放射線の生物影響研究」のあゆみ」と題された簡易年表P4を見ると、1985年には第1回ホルミシス国際会議がオークランドで、86年には第2回ホルミシス国際会議がフランクフルトで行われており、それに合わせるように研究所内に85年に低線量効果研究会が発足している。

主な研究はマウスに低線量放射線を当ててその影響を調査するもので、その目的について、『電中研ニュース』53号では次のように要約している。

「短時間に多量の放射線を受けた場合に「がん」のリスクが高まることは、広島・長崎に投下された原子爆弾などを含め、過去の事例から、明らかになっています。/一方、放射線は、地球の誕生の時点から自然界に存在しています。その中で人類が生まれたことを考えると、日常受けている放射線の量は、生命の存続に悪い影響をもたらすとは考えられません。/しかしながら、微量放射線の生体への影響は、研究成果が少ないこともあり、放射線防護の立場では、“しきい値なしの直線仮説”(どんなに微量の放射線でも線量に比例してリスクが高まる)の考えが採用されています。

電力中央研究所では、微量の放射線が生体にどのような影響をもたらすかを明らかにするため、マウスを用いたさまざまな研究を行っています。/この研究の中で、受けた放射線の総量が同じでも、短時間で受けた場合と、長時間にわたってわずかずつ受けた場合の影響の違い(線量率効果)など、色々な条件での検討を行っています。/生体の機能と放射線の影響が明らかになれば、放射線被曝に対する不安を払拭でき、さらには放射線防護に対する基準の見直しにもつながるものと考えています。」

つまりは、低線量被曝が健康に害を及ぼすことはなく、むしろプラスの効果を及ぼすことを示し、LNT説を覆して放射線防護の基準をもっと緩やかにするための研究を進めようということだ。

どのような研究成果があげられたのか。『電中研ニュース』401号では、「従来の直線仮説はリスクを過大評価」と題して次のようにまとめられている。

「従来、総線量で評価してきた放射線被曝の考え方、そして、放射線はわずかでも生体に悪影響を及ぼすとの、放射線防護のための直線仮説は、必ずしも正しくないことがこれまでの研究結果から、明らかになりました。」

これはICRPが採用しているLNT説を正面から否定するものだ。続いて「ひとこと」と題して、原子力技術研究所低線量放射線研究センター上席研究員(1999年から2006年まで在籍)の酒井一夫氏が次のように述べている。

「どんなに微量であっても放射線は有害であるという誤解が放射線・放射能に関する恐怖感の原因となっています。/微量の放射線についてこれまで断片的に報告されてきた事例を、統一的に取りまとめることができないかと考える中で、「線量・線量率マップ」に思い至りました。これによって放射線に関する社会の不安を軽減するとともに、低線量・低線量率放射線の有効利用につながる議論ができればと期待しています。」

要するに酒井氏は低線量放射線被曝は危険がなく、むしろ健康にプラスの効果があることを示し、ICRPの基準を緩和することを主目的とする研究を続け、電中研ではその研究の先頭に立ってきた人物なのである。

電中研時代の酒井一夫氏には稲恭宏氏との共著論文が多数ある。その1つ「低線量率放射線による生体防御・免疫機構活性化」と題された論文(『電力中央研究所報告』(研究報告G03003)2003年5月)を見ると、その結論は以下のようなものだ。

「以上より低線量率の放射線は、高線量率の放射線とは異なり、炎症や自己免疫疾患様の症状、変異型細胞の生成等の放射線による傷害を引き起こすことなく、生体の免疫能を活性化し、感染症やがん、自己免疫疾患等に対する防御状態を効率的に誘導し得ることが初めて示された。」

酒井一夫氏は一貫してICRPの防護基準を緩和すべきだという立場を後押しする研究を進めてきた人物である。世界の放射線影響学・防護学の専門家の中でこれは平均的な立場だろうか。後から述べるように、ICRPに科学情報を提示する機関であるUNSCEARの立場から見ると一段と安全論に偏っており、ICRPの中で安全論の極を代表するフランス科学アカデミーの立場に近い。この考えに基づく研究を進めてきた人物が、ICRPの基準をできるだけ楽観的に解釈しようとする立場から防護のあり方について説明しようとしても、市民からいぶかられるのは当然だろう。

なお、この研究はマウスに放射線を当ててその生体機能を分析するものだが、内部被曝についてはまったく考慮されていない。原爆症認定集団訴訟で酒井氏は重松逸造氏らとともに国側(被告)証人として意見書を出している。内部被曝による健康影響を認めないという立場によるものだが、酒井氏が支えようとする国側は敗訴し続けている。裁判所は内部被曝を認めているからである。なお、この研究の謝辞は電中研の名誉研究顧問である田ノ岡宏氏(元国立がんセンター放射線部長)と放射線医学総合研究所の名誉研究員である佐渡敏彦氏に捧げられているが、電中研の研究が放医研等より国に近い機関と連携するものであることを示唆するものだろう。

その後、酒井一夫氏は2006年4月から放射線医学総合研究所の放射線防護研究センターのセンター長に赴任している。2011年3月11日の福島原発事故災害が起こると、酒井氏は政府の、あるいは政府の周辺のきわめて多くの審議会等に名前を連ねるようになった。単に学会の役職というのではなく、政治的な機能が大きいもので、私の目についた範囲のものを以下にあげておく。

文部科学省放射線審議会委員

原子力安全委員会専門委員

国連科学委員会(UNSCEAR)国内対応委員会委員長

日本保健物理学会国際対応委員会 (旧 ICRP等対応委員会)委員長

ICRP 第5専門委員会委員

首相官邸原子力災害専門家グループメンバー内閣官房低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループメンバー

原子力安全委員会放射線防護部会UNSCEAR原子力事故報告書国内対応検討ワーキンググループメンバー

日本学術会議放射線の健康への影響と防護分科会委員

そもそもこれほどたくさんの委員が務まるものかどうか。私ならもちろん音を上げてしまう。「すごい体力・能力ですね、まことにご苦労様」と皮肉を込めて言いたいところだ。だが、国としてこのように1人の人物が大きな力を行使するような事態が妥当であるかどうか。他に人材がいないのだろうか。国民の生活に関わる多くの事柄をこの1個人に委ねるべき、それほどの見識ある科学者として評価されているのか。大いに疑問がわく。2012年2月14日 火曜日 8:30 AM


日本の放射線影響・防護専門家がICRP以上の安全論に傾いてきた経緯(3) ――ICRPの低線量被ばく基準を緩和しようという動きの担い手は誰か?――

「低線量被曝は安全でありむしろ健康に良い」ことを示そうとする企てを原子力関係の諸組織や電力会社がバックアップして進めて来たことは、1999年4月21日に、東京の新宿京王プラザホテルで開催された「低線量放射線影響に関する公開シンポジウム―放射線と健康」を見ることでよく分かる。こうした動向の推進組織の1つとして電力中央研究所(電中研)があるが、2000年代に入って、電中研で「低線量被曝は安全でありむしろ健康に良い」ことを示すための研究の中心になって来たのが、1999年に上席研究員となった酒井一夫氏である。彼はその後、2006年に放医研の放射線防護研究センターのセンター長となり、福島原発事故以後は政府周辺のさまざまな委員会で大活躍している(以上、(1)(2)の要約)。

だが、電中研の「低線量被曝は安全でありむしろ健康に良い」ことを示そうとする研究は酒井氏が始めたものではなく、彼以前にそれを推進してきた科学者たちがいた。その一人に石田健二氏がいる。2000年代の電中研はこの分野の研究を石田健二放射線安全研究センター長、酒井 一夫副センター長という体制で進めていこうとしていた。

石田健二氏は名古屋大学原子核工学専攻を1971年に卒業後、電中研に入所。2000年低線量放射線研究センター長、放射線安全研究センター長を経て現在は顧問となっている。石田氏がホルミシス研究に深く関わっていく経緯は、『日経サイエンス』2008年4月号(4月25日発行)の「低線量放射線研究のパイオニアとして科学的知見を蓄積」(夢を技術に――CRIEPI SPIRIT)という記事を見るとおおよそが分かる。その書き出しは以下のようだ。

「「高線量の放射線は生物に害を及ぼすが、ごく微量ならば生命活動を活性化する」――1982年アメリカのラッキー博士は、毒物も少量であれば体に有益とするホルミシス(ギリシア語で「刺激する」)効果が放射線にもあては まることを発表した。/電中研ではこの研究に注目し、1988年わずか3名で低線量放射線の研究を開始、早くも1990年には、動物実験によって、低線量放射線照射が、免疫機能の亢進、老化を促す活性酵素を消去する酵素(Super Oxide Dismutase:SOD)の増加という、2つのホルミシス効果をもたらすことを突き止めた。」(中略)

「電中研では得られた成果の上に、医学研究者などを交えた研究で奥行きを持たせたいと思い、国内の研究機関に“オールジャパ ン”による連携を呼びかけた。1993年には、京都大学、東京大学など14機関の参加を得て、老化抑制効果、がん抑制効果、生体防御機構の活性化、遺伝子 損傷修復機構の活性化、原爆被災地の疫学調査などについて共同研究プロジェクトが開始された。現在は放射線安全研究センター所長である石田健二氏は、「放射線は悪いことばかりで、今さら研究すべきことはないと言われていた時代に、電中研が刺激を与えたことで日本の低線量研究が活性化した」と振り返る。」

なお、放射線影響・防護研究は医学者に人気がある領域ではない。生物学者、化学者、物理学者、工学者らが「保健物理」といった領域を作って結集しているが、医学者はあまり含まれていない。社会的に力をもつには医学者をも巻き込むことが必要なのだ。

実際、電中研はこの分野で全国の大学と共同研究を組織している。『電中研レビュー』第53号には連携パートナーとして以下の諸研究機関のリストが示されている(pp.13-14)。東大、京大、東北大、名大、大阪府立大、長崎大、岡山大、奈良県立医大、大阪市立大、愛媛大、京都教育 大、横浜市立大、東京歯科大、東邦大、産業医大などだが、医学系がおおかたを占めている。

そして目指すのは、ICRPに働きかかけて放射線防護基準を緩めることだ。この記事のリード文は以下のとおりだ。

「電中研は、日本における低線量放射線研究のパイオニアとして、1980年代から、放射線が生体へ与える影響の検証に取り組んでいる。2000年には理事長直轄の組織として狛江に低線量放射線研究センターを立ち上げ、国内の学術機関とも連携しつつ、主に生物影響について科学的根拠を求めるための研究に本格的に着手。2007年には工学系の研究者も加わって、放射線安全研究センターへと発展させ、生物影響についての研究成果を基に、より合理的な放射線防護体系の構築を目出した挑戦が続けられている。」

「より合理的な放射線防護体系」とはより緩やかな防護基準により、原発の安全のためにかける費用が引き下げられるので「合理的」という意味である。2つの研究領域がある。1つはヒト研究で、世界各地の自然放射線が高い地域のデータから悪い影響は出ていないことを示すことだ。

「……自然放射線レベルが世界平均の3倍以上という中国南部の揚江市の住民約9万人の疫学調査から、対照群との間にがん死亡の有意な増加はないこと、被ばく線量に依存して染色体異常の増加は見られたが、増加したのは不安定染色体異常であり、細胞は分裂前に死に至るため悪性疾患の増加には結びつかない、といった結果を得ている」。

もう1つの領域は動物実験だ。

「1999年には日本では初めてという、低線量X線を長期照射する本格的な設備が設置された。発がん物質を投与後、非照射の対照群では200日を過ぎると約90%に発がんが見られたが、連日1.2mGy/hrを照射した群では、発がんは有意に低下していた。また、トータルな線量は同じでも、極低線量を長期に照射した場合には、発がんが抑制されるとのデータも得られ、ヒトでの調査結果を裏付けるものとなった」。

また、糖尿病や重症自己免疫疾患をもつマウスへの照射実験でも寿命の延伸等のポジティブな効果が観察されたという。こうした研究成果は世界の放射線防護基準の再考に役立つものだと石田氏は言う。

「石田氏は、「線量率が低ければ生体に影響がないと解明できれば、より合理的な放射線管理につなげられる」と述べる。電中研の成果は論文としてまとめられ国際放射線防護委 員会(ICRP)や原子放射線に関する国連科学委員会(UNSCEAR)が防護基準を改定する際の基礎データとして反映することも視野に入れている。「ヨーロッパ主導で過剰な防護基準に改定しようとの動きがあるが、それには科学的な根拠はないことを、将来的にはアジア諸国と連合していきたい」と意欲的だ」。

以上が『日経サイエンス』2008年4月号に掲載された、石田氏へのインタビューに基づく記事の概要だ。石田氏の研究目標を確認する傍証として、同氏の日本技術士会2008年7月例会レジュメhttp://www.engineer.or.jp/dept/nucrad/open/resume/200807kou… も参照しておこう。

「放射線は、微量でも人体に悪いというのが定説だが、生物には放射線の悪い影響を緩和する生体防護機能が備えられている。100~200mSvの低線量放射線においては、 講演者が知る限り、身体的な障害を示す事例の報告は見当たらない。それよりも、逆に、生理的に有益な効果(ホルミシス効果と呼ばれる)を生じる場合がある。本講演では、①発がん抑制、②老化抑制、③生体防御機構活性に注目して、ヒト、動物、および細胞・分子のそれぞれのレベルでこれまでに得られた研究の成果を紹介し、放射線の影響は量によって違うことを主張する」。

以上、主として電力会社が出資する電力中央研究所(電中研)が主軸となり、1980年代末からアメリカの動向などもにらみつつ、低線量放射線の健康への悪影響は少なく、むしろ良い影響が大きいということを示そうとする研究が精力的に行われてきたことを見てきた。この動きを代表する2000年代の研究者は、電中研の石田健二放射線安全研究センター長、酒井 一夫副センター長だった。

では、主に理学部、工学部の出身者が構成する保健物理とよばれる分野の学者たちのこうした努力と、医学者が主体の放射線総合医学研究所(放医研)の研究動向とはどう関わりあうのだろうか。

酒井一夫氏が電中研から放医研に移り、放射線防護研究センター長となったことからも知れるように密接な関係がある。放医研にも「ICRP厳しすぎる」説を積極的に説き、それを裏付けるための研究に力を入れてきた研究者群がいる。その多くは、保健物理の専門家で生物学的な研究を行ってきた人々である。1969年から93年まで放医研に在籍した佐渡敏彦氏や、1989年から放医研に在籍する島田義也氏が、その中でも外部に向けて発言する声の大きな人たちである。この両氏の研究分野や発言内容については次回(「日本の放射線影響・防護専門家がICRP以上の安全論に傾いてきた経緯」(4))以降で述べるつもりだ。

では、放医研のその他の専門家、とりわけ医学者はどうか。たとえば、現在の放医研理事長である米倉義晴氏はどうか。福島原発事故以降、低線量被ばく問題で政府周辺で度々発言している米倉氏だが、この分野は同氏の研究領域ではない。同氏は放射線画像診断の専門家で、医療被曝には大いに関心を抱いていたはずだが、原爆や原発に関わる放射線被ばくについては放医研理事長に関わる前後から関心をもたざるをえなくなったと考えられる。そしてそこには、原子力関係者や電力会社の関与があったようだ。

『サンデー毎日』2012年2月26日号によれば、米倉氏は1995年に京都大学から福井医科大(現福井大)に移り、同大高エネルギー医学研究センター長として、放射線画像診断装置PETによる研究に尽力した。そうした経緯から2004年4月には「関西PET研究会」が大阪市で開かれ、医師、技師ら約150人が集まっている。主催は関電病院であり、講演者として阪大教授のほか、関電とその子会社の担当者が登壇した。薬品会社がスポンサーとなっている医学系の研究会と同様にやり方だ。この会は2005年まで5回の会合を開いている。米倉氏が放医研理事長となるのは2006年である。

『サンデー毎日』2012年2月26日号は、福井医大(福井大)在任中に米倉氏は若狭湾エネルギー研究センターとも共同研究を行っていたことを報じている。「米倉氏が指摘するように、同センターの理事15人には、日本原子力発電の関連会社「原電事業」社長、日本原子力研究開発機構理事、元経産相中部経済局部長、北陸電力役員らが名を連ね、事務を取り仕切るのは、原発施策を強力に推し進めた県の」元原子力安全対策課長」だという。

以上のような経緯が放医研理事長就任以後の米倉氏の言動とどう関わっているかはよく分からない。しかし、2011年8月3日第177回国会の文部科学委員会第16号http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/177/0096/1770803009… で米倉氏が参考人として述べた見解は大いに注目すべきものだ。

そこで米倉氏はICRPが是としているLNTモデルにふれている。氏は「一般に、百ミリシーベルト以上の線量では、線量に比例してがんのリスクが増加するというふうに考えられています。ところが、百ミリシーベルト以下の低い線量では、この関係は明らかではありませ ん。そこで、閾値なし直線モデルという考え方が提唱されました」とした上で、次のように述べている。

「現在の放射線影響に関する国民の方々の漠然とした不安は、この直線モデルの立場に立って、どんなに低い放射線の被曝を受けてもがんなどの生物影響のリス クがあるという立場の情報と、低線量領域での一定水準での生体防御機能を認める立場からの情報が入り乱れて社会に発信されていることから来ているというふうに考えております。
それでは、この低い線量領域における生物影響の有無とそのメカニズムをどうすればいいのかということが大事な問題ですが、残念ながら、先ほども言いまし たように、このメカニズムはまだ解明されていないということで、私ども放医研が継続的に取り組むべき難しい課題の一つだと認識しています。
実際に、チェルノブイリ事故の際に、非常に低い線量まで考えて予測された膨大ながん死亡率というのがマスコミ等に出ました。ところが、現実にはこれが観察されていないということは、直線モデルが必ずしも実際の健康影響を反映するものではないということを示す状況証拠の一つでもあるかなとも考えられます。」

要するに、ICRPが掲げているLNTモデル(直線しきい値あり)を否定する方向の安全論を示唆しているのだ。「メカニズム」云々は佐渡俊彦氏や島田義也氏の研究領域に関わる。次回は、まず、これら放医研の発がん研究分野の研究者について述べていきたい。2012年2月22日 水曜日


日本の放射線影響・防護専門家がICRP以上の安全論に傾いてきた経緯(4) ――ICRPの低線量被ばく基準を緩和しようという動きの担い手は誰か?――

電力中央研究所(電中研)では1980年代から石田健二氏が中心になってホルミシス効果の研究が行われ、ICRPのLNTモデルに基づく防護基準は厳しすぎるとして、それを緩和するために国際的に働きかけることを目標とする研究が行われてきた。1999年からは酒井一夫氏が中心的な研究スタッフとなり、石田氏をひきついでこの研究を押し進めてきた。同氏が放射線医学総合研究所(放医研)に移るのは2006年だが、では、それ以前、放医研では低線量被ばくの健康影響に関する研究はどのように進められてきたのか。

実は放医研でも、低線量被ばくによる放射線の影響に注目し、LNTモデルを克服することを目指した研究を進めてきた人々がいる。そのあたりの事情は、佐渡敏彦・福島昭治・甲斐倫明編『放射線および環境化学物質による発がん――本当に微量でも危険なのか?』(医療科学社、2005年)を見ることで見えてくるものが多い。

編者3人の筆頭であり、巻末の「執筆者プロフィール」でも最初に名前が出ている佐渡敏彦氏は九州大大学院農学研究科を出て、アメリカのエネルギー省に所属し原子力研究の中心的施設の一つであるオークリッジ国立研究所で学び、放射線医学総合研究所、大分県立看護大学などで研究を進めてきた人物だ。放医研には1969年から93年まで在籍し、後、名誉研究員となっている。プロフィールには「最近は、放射線発がんのリスク評価の基礎となる線量反応の生物学的意味について考え続けている」とある。

このテーマに近い研究をしている研究者で、本書の中でも佐渡氏と共著の章が多いのは島田義也氏と大津山彰氏である。佐渡氏を引き継いで放医研でこの分野の研究を進めてきた島田義也氏については後で述べるとして、ここでは大津山彰氏のプロフィールを紹介する。1983年、酪農学園大学獣医学の大学院を終え、2005年現在、産業医科大学放射線衛生学講座の助教授。「国立がんセンター研究所放射線研究部で、放射線誘発カウス皮膚がんのしきい値線量存在の研究に従事。現在は、p53遺伝子の放射線発がん抑制作用や放射線誘発突然変異の機能細胞における経時的動態について調べている」。発がん、また発がんを抑える機構(メカニズム)の研究を通して低線量の放射線の健康影響にしきい値があるということを示すことをねらった研究だ。

発がん機構の研究を通してLNTモデルを見直すという研究を進めてきた研究者には、上記3者の他に『放射線および環境化学物質による発がん――本当に微量でも危険なのか?』の共著者では渡邉正己氏(京大原子炉実験所教授)、この本に「推薦のことば」を寄せている菅原努氏(京都大学名誉教授、2010年死亡、公益財団法人体質研究会元理事長)、田ノ岡宏氏(元国立がんセンター研究所放射線研究部長)らがいる。これらの研究者は医学畑ではない。放射線生物学の研究者で放射線の健康影響を「恐がりすぎない」ようにするための研究を進め社会的発現を続けてきた人々である。

佐渡敏彦氏について述べる前に、菅原氏、田ノ岡氏、渡邉氏の低線量放射線の生物影響への関与について瞥見しておきたい。まず、菅原努氏が理事長を務めた公益財団法人体質研究会のホームページhttp://www.taishitsu.or.jp/ を見ると、トップに「高自然放射線地域住民の疫学調査研究」が掲げられ、「放射線はどんな微量でも人体に 悪影響を与えるのでしょうか? 放射線の健康への影響については、従来、原爆被曝の例がその基礎にされていましたが、それが一回の急性照射であることから、日常的に放射線被曝を受けている人々に関する疫学調査が重視されるようになってきました。/本財団では、中国、インドなどの自然放射線の高い地域に何世代にもわたって住み続けている人々を対象に疫学調査を行なっています」とあり、これは電中研の放射線分野の2大研究プロジェクトの1つと一致する。続いて「放射線のリスク評価に関する調査」「放射線照射利用の促進」があげられている。

田ノ岡宏氏は「最近の放射線生物影響研究から」(『保健物理』32(1)1997)」という論文の中で、「ラジウム内部被ばくによる骨肉腫の発生率には集積線量10Gy 【注10Gy=約10000mSv!】でシャープなしきい値が存在することは旧知の事実である。要するに、低線量連続被ばくの場合は、人体はこの程度の線量まで耐えることができ」ると述べているという。美浜原発のJCO説明会(2000年4月9日)で、「自分は30mSvこれまで被曝している。あなたたちの中で最高でも21mSvでしょう。大したことはない。あなたたちへの体の影響は絶対ない。以上の説明で納得されない方は、今ここで血液を調べてあげます。それでも納得しないなら、墓石を削って分析してあげます」と伝えられている。http://www.jca.apc.org/mihama/News/news57_bougen.htm

渡邉正己氏は『電中研レビュー』53号(2006年)「低線量放射線生体影響の評価」に「巻頭言」「低線量放射線生体影響研究に懸ける夢」を寄せている権威者で、2011年秋に設けられた原子力安全委員会UNSCEAR原子力事故報告書国内対応検討WGの外部協力者でもある。その渡邉氏は財団法人電子科学研究所から出ている『ESI-NEWS』Vol.25 No.5 2007で次のように述べている。

「高線量放射線を受けバランスが大きく崩れると生命に危険が及ぶようになる。この状態になると救命的な様々な損傷修復機構……が活性化される。放射線ストレ スの場合、数100mSV程度の線量がその境目ではないだろうか?この予想が正しければ、100mSV以下の放射線量で誘導される酸化ラジカルは、内的ストレスによるラジカルと区別されることなく通常の生体生理活動で処理される。これを『生物学的閾値』と捉えることはできないだろうか?少なくとも低線量放射線の発がんのリスクをDNA標的説に基盤を置く『閾値なし直線仮説』で評価することはできないとするのが妥当ではないか?」

さて、では放医研での放射線発がん機構研究を先導してきた佐渡敏彦氏自身は、LNTモデルについて、またLNTモデルと深い関係があるとされる放射線発がん機構の解明についてどのようなことを述べているのだろうか。

『放射線および環境化学物質による発がん――本当に微量でも危険なのか?』の「はじめに」は3人の編者の連名によるものだが、内容的に見てこれは佐渡氏の筆になるものと見てよいと思う(本書で医学畑を代表する福島昭治氏の立場が異なることについてはこのブログの別の記事で述べる予定)。そこでは、LNT仮説と「しきい値」問題について長々と述べられている。

「UNSCEARやICRPは確率論的な影響に関しては、「しきい値」となるような線量は存在しないという立場をとっている。このような立場に立てば、放射線はどんなに微量であっても、集団全体として見れば被ばく線量に比例してがんの発生リスクが増大するということになる。この仮説が正しいかどうかについては、これまで数十年間にわたって専門家の間でさまざまな議論がまされてきたが、いまだに決着をみていない厄介な問題である。」

しかし、原爆被爆者の疫学調査からは「この仮説は排除できない」し、発がんと遺伝子の異常の関係、被ばく線量と遺伝子異常の直線的比例関係も生物実験で「繰り返し立証されている」。そこでLNT仮説が妥当ということになっている。

「そういう意味で、LNT仮説は、放射線の防護基準を決めるための理論的根拠を提供するうえで、最も「実用的な」仮説であるといえる。しかし、それは決してこの仮説が正しいことを意味するものではない。」

これは環境化学物質の発がんリスク評価についても言える。

「このような立場に立つかぎり、それらの作用原の人体への影響に関して、「安全量」は存在しないことになる。そして、そのことが一般の人々に放射線や環境化学物質はどんなに微量であっても危険であるという過剰の不安を抱かせる原因にもなっており、そのような不安が過剰になると、それ自体がストレスになって新たな健康障害をつくり出す原因にもなりかねない。そういう意味で、LNT仮説は単に放射線や環境化学物質に対する安全防護のためのガイドラインである以上のインパクトを社会に与えているゆに思われる。」p.4-5

最後にこの共同研究の経緯について述べられている。

「本書の共同執筆者の多くは……ごく低レベルの放射線被ばくによる人の発がんリスクをどのように考えるのがいいのかを独自の立場から検討するためのグループを、1994年に財団法人原子力安全研究協会の協力を得て発足させた。このグループには、環境化学物質による発がんリスクの専門家にも加わっていただき、年に2回程度の会合を持ちながら「放射線発がんに関するしきい値」問題を検討する作業を続けた。」

同書第10章は「〈総合討論〉発がんリスクをめぐる諸問題」が置かれ、執筆者一同による討議がなされている。そこで、佐渡氏は「現段階では、原爆被爆者の疫学データに基づくLNT仮説を採用する以外に現実的な方法はないだろう」と認めはするが、何とかそれを覆すのだという意欲を強く示して討議をしめくくっている。

「これまでの議論で、LNT仮説はあくまでも放射線あるいは環境化学物質に対する基準の策定に必要な防護の具体的数値を算出するための仮説として提出されたもので、メカニズムの面からは必ずしも支持されるわけではないことについては皆さんの合意が得られたと思います。」

とにかく防護基準を緩めたいという人々から支持されるような方向で研究を進めていこうという意欲がひしひしと感じ取れる。何とか「しきい値あり」説を強化し、原発推進のための「原子力安全研究」に貢献するためのプロジェクトに放医研の放射線発がん研究グループが取り組んできたことが明かだろう。研究内容がそれを達成できているとはとても思えないのだが、たくさんの生物発がん研究の専門家がこれに関わってきたことは確かであり、それは原発推進勢力をバックとしていることも疑えないところである。

佐渡氏の考え方を確認するために、「平成15年度緊急被ばく医療全国拡大フォーラム」(2003年8月23日、仙台市復興記念会館)での佐渡氏の「発がんメカニズム」と題する講演の内容も見ておこう。http://www.remnet.jp/kakudai/07/panel4.html

「突然変異の頻度が線量とともに直線的に増加することは確かで、これはどのような実験系でも確認されています。しかし放射線発がんの場合には突然変異だけでなく、細胞死とそれに続く組織再生の過程が深く関わっていると私は考えております。したがって、この部分の線量反応は決して直線にはならず、多分線形二次曲線、あるいはごく低レベルの線領域にしきい値があるのではないかというのが現在の私の考えであります」。

この佐渡敏彦氏を引き続いて放医研の放射線による生物発がんの研究を行い、同氏との共著論文が多く、しきい値問題に強い関心を示してきたのが低線量被曝のリスク管理に関するワーキンググループの際3回会合(2011年11月18日)で「子どもや妊婦に対しての配慮」に関する報告を行った放射線医学総合研究所発達期被ばく影響研究グループグループリーダー、島田義也氏である。

この投稿は 2012年3月1日 木曜日 11:22 AM


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社会保障と税の一体改革批判① 6つの視点で改革を徹底検証する ――嘉悦大学教授 高橋洋一氏

2012年02月09日 02時50分48秒 | Weblog
論争!日本のアジェンダ 【第1回】

24日から通常国会が始まる。今国会の最大の焦点は、「社会保障と税の一体改革」だ。では、「一体改革」は一体何なのとか検討してみると、その内容はオヤジギャグとでも言いたくなるような「社会保障と税の一体改革」だ。はじめのうちは、政府の本音が出て、「社会保障」と「税」の順番が今とは逆に「税」が先になったりしていたが、今や「社会保障」が先に来る順番が定着した。

 政府素案を見ると、「一体改革」なのに、先に書かれている社会保障の基本ともいうべき年金では、民主党が掲げる最低保障年金を柱とする年金制度さえ示していない。しかし、後に書かれている税では、消費税率の引き上げがスケジュールつきで明確に書かれている。

政治論、社会保障論からみた問題点

 まず政治論から始めよう。最近インターネットで話題になっている野田総理の政権交代前の街頭演説の動画がある。それを見ると、「書いてあることは命懸けで実行する。書いてないことはやらないんです」といっているのが、YouTubeにある。この話は以前から有名で、国会でも野田総理は演説しているので、テレビビデオもあるだろう。

 政権交代時のマニフェストに書いていない消費税はスケジュール、税率まで決めておきながら、マニフェストに書かれている年金改革はまだでは、話にならない。

第2に社会保障論。消費税を社会保障目的税とすることであるが、消費税を社会保障目的税にするのは、先進国ではまず例を見ない奇妙なものだ。

 社会保障はふつう保険方式で行われる。給付と負担の明確化のため財源を保険料とするのが原則なのだ。所得のない人向けに税財源を投入することはあっても、税を目的税化することはない。税を財源にすると、給付と負担の関係が明確でなくなり、サービス需要が大きくなる。

 経済学では財政錯覚(Fiscal Illusion)として知られるが、税財源だとサービス需要が大きくなって社会保障費が膨らむ。最近、特養ホーム(特別養護老人ホーム)で内部留保が2兆円にものぼったことが指摘されたが、税金投入が一因だろう。この論点からさらに詳しいことは、筆者の連載コラムの昨年1月27日「社会保障を人質に理屈なき消費税増税を狙う 消費税の社会保障目的税化は本当に正しいか」を参照していただきたい。

租税論、地方分権、行革論からみた問題点

 第3に租税論。セオリーは、税率を引き上げる前に、不公平をなくすのが先決だ。そうでないと穴の空いたバケツで水をすくうことになり、しかも不公平をそのままにしておくと、税率の引き上げは税収確保がやりにくいばかりか不公平を増大させる。

 社会保険料といっても、法的性格は税と同じだ。払わなければ滞納処分になるのだが、年金機構(旧社保庁)の執行が甘い。

 税・保険料の不公平は、まず消えた保険料。国税庁と年金機構の把握法人数は、年金機構のほうが少なく国税庁と80万件もの差がある。これは保険料の徴収漏れになり、年間10兆円程度と推測できる。

 2番目に国民番号制度がないこと。そのために所得税などの正確な補足が出来ず、これも不公平だ。国民番号制度を導入すれば、5兆円程度増収になる可能性がある。3番目に消費税インボイスがないこと。そのため消費税も3兆円程度漏れがあるだろう。合計で18兆円程度の徴収の漏れかつ不公平がある。

 国税庁と年金機構を合体する歳入庁構想は、世界では当たり前である。先進国で歳入庁でない国を探すほうがむずかしい。最近ではイギリスでは、歳入庁を1998年に作っている。検討に1年間、実施に1年間と2年程度でできた。また、国民番号制度も消費税インボイスをやっていないのも、先進国では日本くらいだ。

 これらの世界の常識は、税率を上げる前に行うべきだ。

 この論点からさらに詳しいことは、筆者コラムの昨年9月8日「増税一直線の野田政権に告ぐ増税に代わる財源を示そう」や12月1日「超党派議員が開いたシンポジウムで鳩山元総理がぶち上げた日銀法改正論」を参照していただきたい。

 第4に、地方分権の観点から消費税の社会保障目的税化は大問題だ。地方分権には、三ゲン(権限、人ゲン、財源)の同時移譲が必要だ。財源移譲では地方は身近な行政サービスを行う(これは「補完性の原則」といわれるものだ)。そのため、景気に左右されない安定財源が必要だ。地方の行政サービスのための安定財源は、地方分権された地方を見ても消費税が適切である。ところが、消費税を社会保障目的税化して、国のサービスに固定されると、地方分権ができにくくなる。

 この論からさらに詳しいことは、筆者コラムの昨年12月15日「消費税の税源移譲なくして地方分権なし その社会保障目的税化は地方分権の大障害」を参照していただきたい。

 第5に行革論。冒頭に掲げた動画では、「12兆6000億円ということは、消費税5%ということです。消費税5%分のみなさんの税金に、天下り法人がぶら下がってる。シロアリがたかってるんです。それなのに、シロアリ退治しないで、今度は消費税引き上げるんですか?」といっている。

 20日に、野田政権が独立行政法人の改革案を閣議決定したが、肝心な支出削減額が明記されていない。マニフェストでも官僚の天下り先である独法への補助金を減らすと書かれている。ここでも、マニフェストに書かれているが、やっていない。

内向けと外向けで成長率を使い分ける2枚舌

 最後にマクロ経済からの問題。デフレのまま、消費税増税を行うというのは狂気の沙汰である。世界の標準的なエコノミストなら、日本がデフレのほかに欧州危機を考慮して、財政再建への軸足をかけすぎるべきでないという。

 ちなみに、緊縮主義で有名なIMFでも、チーフ・エコノミストのブランシャールは「財政再建とは、アンゲラ・メルケル独首相が言うように、『スプリント種目』ではなく『マラソン競技』であるべきだ。債務を適切な水準に戻すまでには優に20年以上かかるだろう。「急がば回れ」という格言はこれにぴったり当てはまる」といい、性急な財政再建を戒めている。

 日本の低いままの名目成長率は、必要な増税額を水増しするという形で、財政当局に悪用されている。社会保障の項目については、高齢化によって年間1兆円程度増加するとしている。その一方で、消費税増税については、今後5年間の名目成長率1%程度を前提に計算している。

 増税では低い名目成長率を使いながら、外に経済成長をいうときには実質2%、名目3%を目指すと二枚舌になっている。世界を見ると、アメリカでは名目成長率3.5%、イギリスでは5.3%を前提に計画が行われている。名目3%は低いが、名目1%で増税を大きく算出しているというと、誰もが驚く。

 名目成長率を上げることはそれほど難しくない。マネーを増やせばいいだけだ。マネーを増やせば、為替はかなり簡単に円安になり、それだけで名目GDPが上がる。これについては、筆者コラムの昨年11月4日「為替介入効果が長続きしない理由 日米マネー量の相対比が円ドルレートを左右する」や今年1月12日「為替再考!なぜ小泉・安倍政権時代には円安誘導に成功したか」を参照していただきたい。

 さらにデフレも脱却でき、名目GDPも上がる。円の総量とドルの総量の関係から為替が決まることと、円の総量とモノの総量の関係で一般物価が決まることはかなり似ている。円が増えてドルが相対的に少なくなってドル高(円安)になることは、円が増えてモノが相対的に少なくなって物価が高くなることは基本的に同じ現象だ。

適切なマクロ経済運営をとれば消費税増税は必要ない

 こうしたことはデータで示される。ここ20年間ほど名目GDP伸び率(成長率)と名目雇用者所得伸び率、名目GDP伸び率と基礎的財政収支は、それぞれ9割程度の相関がある(図1)。5%程度の名目成長でよく、少し歳出削減するなら4%の名目成長でも財政再建は可能である。

 これまで日銀は金融緩和してきたが、名目成長につながっていないとの反論がある。しかし、世界に目を転ずると、ここ10年で日銀は世界でもっとも金融引き締めを行った結果、世界最低の名目成長しか実現できなかったのだ。

 2000年代のマネー伸び率と名目GDP伸び率の平均を国別に算出し、散布図にしたのが図2。日本は一番左に位置している。

 1980年代で同じ散布図をつくると図3になる。日本はそこそこ金融緩和していたので、名目GDP伸び率はまっとうだったことがわかる。

 日本もマネー伸び率10%程度を10年間継続して行えば、5%程度のまともな名目経済成長ができる。そうすれば、消費税増税は不要になる。

 このように、適切なマクロ経済政策をとれば、消費税増税は不要なのだが、今の民主党政官は、放漫な財政運営で、自公政権時代より10兆円近く財政を膨らませてしまった。結局、今回の消費税増税はこのツケである。この点についてさらに詳しくは筆者コラムの昨年12月29日「民主党マニフェストは総崩れ ツケは増税で国民に回る」を参照していただきたい。

 増税分は社会保障に使うとか、カネに色のついていないことをいいことに、デタラメな説明を繰り返しているが、これが社会保障と税の一体改革の正体である。

たかはし・よういち/1955年、東京都生まれ。東大理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。1980年、大蔵省入省。理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、総務大臣補佐官、内閣参事官などを歴任したあと、08年退官。09年政策工房を設立し会長。10年嘉悦大学教授。
Photo by Toshiaki Usami

http://diamond.jp/articles/-/15804


論争!日本のアジェンダ  【第2回】

社会保障と税の一体改革批判②
はしなくも露呈した現政権の
「増税の無間地獄」路線
――駒澤大学准教授 飯田泰之氏

 政府は1月21日より「社会保障と税の一体改革」の理解を得るための説明行脚を開 始した。初日には安住淳財務省ら財務三役による説明会が開催され、消費増税で社会保障財源をまかなう改革の趣旨を説明したと報じられている。

足もとの増税は歳入不足を埋めるためのものにすぎない

 社会保障のために必要な増税であるから納得いただきたいというのが、建前上の増税の根拠ということになろう。その一方で、全国行脚スタートの翌22日に 岡田克也副総理は筆者も出演したフジテレビの報道番組で、「年金の抜本改革を議論しないと(社会保障と税の)一体改革が議論できないということではない」 「(改革に)必要な財源は、今回の10%には入っていない。さらなる増税は当然必要になる」と言及している。

 両発言を併せると現政権の財政運営は、足もとの年金財政における歳入欠陥を埋めるために増税し、今後も財源不足が生じたら増税するという半永久的な「繰り返し増税」を基本としていることがわかる。各種世論調査では今次の増税提案について「やむを得ない」との意見が増えてきていると言われる。しかし、今次の増税提案を認めることは、「半永久的な増税の繰り返し」にお墨付きを与えているに等しいことに気づいたうえでの賛成とはとても思えない。

 社会保障と税収の「ワニの口」と呼ばれる議論をご存じの方も多いだろう。社会保障費の伸び率に比べ、税収の伸び率が低いことから、両者のギャップ(財源不足)は広がり続ける一方になるという話だ。税収と社会保障費の伸びをプロットすると、あたかもワニの口のように見えることから、この名前がついた。このギャップを埋めるのに、増税を行っても問題は解決しないことを心にとめておかねばならない。
時速100kmの「社会保障号」と時速50kmの 「税収号」の行き先

 少々戯画的ではあるが、時速100kmで走る「社会保障号」という車と、時速50kmの 「税収号」という車が競争している状況を思い浮かべて欲しい。なんらの是正措置も行われないならば、当然ながら、社会保障号と税収号の差は広がる一方となるそこで、はるか先を行く社会保障費との差を縮めるために、税収を引き上げたとしよう。増税というゲタによって税収号を繰り上げスタートさせるというわけだ。

 しかし、時速100kmで走る車と50kmで走る車では、時がたてば、再びその差は開くしかない。その差を埋めるために増税という名の繰り上げスタートを行っても、また時がたてば……かくして幾度増税を繰り返しても問題は解決しないままとなる。

 この問題に解決策はあるのだろうか? 

 第1に思い至るのは、社会保障費の伸びを抑え、税収の伸びを上げることだろう。しかし、社会保障給付の抑制の政治的困難さは増税の比ではない。また、充実した社会保障こそが政策目標であるという民主党当初の発想とも合致しないだろう(もっとも当初の発想と現政権の方針は、すでにかけ離れているが)。その一方で、税収は名目成長率との連動性が高い。特に現状のような急激な経済縮小の後には、名目成長率の倍以上の税収の伸びが見込めるとの意見もある。

異なる問題には異なる解決策が必要

 適切なインフレとそれに伴う経済の回復は、ワニの口を閉じる有効な一手となるとだろう。確かに、脱デフレは各税目が大きく落ち込んでいる現状から、正常な経済状態に回帰するまでは、大きく税収状況を改善する。

 しかし、景況が正常化し、名目成長率が先進国平均の3%から4%に落ち着いたあとの税収の伸びは、名目成長率と大きく変わらない(名目成長率1%あたり、税収の伸びは1.1%程度と言われる)。これを今後数十年に渡って増加を続ける社会保障負担の財源とするのは、少々心許ないといえよう。

 さらには、今後いつ何時リーマンショックに匹敵する外的な経済ショックに見舞われないとも限らない。そのような外的ショックに対しては、いかに上手く政策運営を行っても、成長率の大幅な低下は免れない。

 脱デフレとそれによる税収の拡大は、現在、我が国が直面するもう一つの財政問題――プライマリーバランス(基礎的財政収支)赤字問題の解消のためのツールと考えるべきなのではないだろうか。異なる問題には異なる解決策が必要だ。

 このように考えると、「ワニの口をいかにして閉じるか」という問題設定そのものに疑問が生じる。そもそも、問題の元凶は社会保障財源を税収・保険料で賄うという発想そのものではないだろうか? 

 現役世代から徴収した予算で社会保障給付を行うという賦課方式スタイルの社会保障システムをやめない限り、いたちごっこは終わらない。社会保障――というよりも年金・医療の財源が現役世代の負担によって支えられるシステムそのものを見直し、積み立て方式への移行を基本方式に、正確な意味での「税と社会保障の一体改革」を目指す必要があるのではないだろうか?

 もちろん積み立て方式への転換は容易な道ではない。しかし、世代間の扶養を基本とする賦課方式から積立方式に転換されることによって、今後の経済成長率・人口動態と社会保障のために要する金額が切断される意義は大きい。必要とされる費用が確定することではじめて、今後の負担について考えることが出来るのではないか。

 後はその費用(年金純債務の消化)のスケジューリングを決定し、その負担のために必要な増税スケジュールが示される――つまりは、建前や題目ではない「社会保障のための増税」であれば、全国行脚などせずとも、自ずと国民の納得を得ることが出来るのではないだろうか。

いいだ・やすゆき/駒澤大学経済学部准教授。エコノミスト。1975年東京生まれ。東大経済学部卒業、同大学大学院博士課程単位取得中退。内閣府経済社会総合研究所、参議院第ニ特別調査室、財務省財務総合政策研究所等で客員を歴任。主な著書に『経済学思考の技術』(ダイヤモンド社)、『世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ』(エンターブレイン)などがある。
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http://diamond.jp/articles/-/15899

/2010年01月21日 週間ダイヤモンド/ /自民党の資金の流れ/ / 社会保険庁の高額報酬/

2012年02月08日 20時56分20秒 | Weblog


2010年01月21日 週間ダイヤモンド

 今週の「週刊朝日」に書いた原稿「検察の狂気」への反応の大きさに驚いている。タイトルは編集部のつけたものであり、筆者の意図は単純な検察批判にはない。むしろ、批判の矛先は報道する側の記者クラブメディアにある。

 記者クラブ問題に関しては、本コラムの読者であるならばもう説明は不要だろう。今回も、小沢一郎秘書らの逮捕に際して、相変わらず不健全な「報道」が続いている。

 ニューヨークタイムズ東京支局長のマーティン・ファクラーは、無批判に検察の捜査方針に追従する日本の記者クラブの一連の報道姿勢を、昨年12月の紙面で痛烈に批判している。

〈記事の中で私は、記者クラブのことを「一世紀続く、カルテルに似た最も強力な利益集団の一つ」と書きました。(略)

 そのことを実感したのが、西松建設事件を巡る報道です。記者クラブによるほとんどの報道が検察のリーク情報に乗るだけで、検察の立場とは明確に一線を画し、なぜこの時期に検察は民主党代表の小沢氏をターゲットにしているのか、自民党の政治家は法律上問題のある献金を受けていないのか、といった視点から独自の取材、分析を行う(記者クラブ)メディアはなかったように思います。西松建設事件の時、私も東京地検に取材を申し込みました。しかし、「記者クラブに加盟していないメディアの取材は受けられない」と拒否されました〉(「SAPIO」筆者インタビュー記事より)

 確かに、小沢一郎も権力である。だが検察もまた国家権力である。なぜ日本のメディアは、双方の言い分を公平に扱って、読者や視聴者に判断を委ねることをしないのか。なぜ日本の記者クラブは、世界のジャーナリズムで当然に行われている権力報道のルールから逸脱することが許されるのか。

 ファクラーのみならず、これは万国のジャーナリストたちが抱き続けてきた日本の記者クラブメディアに対する共通の疑問である。

 検察と司法記者クラブで作られる「官報複合体」の影響力は絶大だ。あらゆる事件に対してそこに疑義を差し挟むことは許されない。とりわけ日本のメディアで仕事をする者は全員、その「権力複合体」の前では、黙るか、傅くか、あるいは排除されるのかのいずれかしか道は残されていなかった。

情報リークをする検事の実名を出すタブー

 筆者の体験を記そう。

 昨年3月、西松建設事件の発端となる大久保秘書の逮捕された直後、筆者はフジテレビの報道番組『新報道2001』に出演した。当日のゲストは、宗像紀夫・元東京地検特捜部検事と、笹川尭自民党総務会長(当時)、小池晃共産党政審会長などであった。

 大久保秘書の逮捕について発言を求められた筆者はこう語った。

「私自身、議員秘書経験がありますが、その立場からしても、政治資金収支報告書の記載漏れでいきなり身柄を取るのはあまりに乱暴すぎるように思う。少なくとも逮捕の翌日から、小沢一郎代表(当時)はフルオープンの記者会見で説明を果たそうとしているのだから、同じ権力である検察庁も国民に向けて逮捕用件を説明すべきだ。とくに記者クラブにリークを繰り返している樋渡検事総長と佐久間特捜部長は堂々と記者会見で名前を出して話したらどうか」

 筆者は、当然のことを言ったつもりでいた。ところが、番組放送終了後、笹川総務会長が烈火のごとく怒っていた。私に対してではない。番組の幹部に対してである。

「あんなやつを使うな! あんなのとは一緒に出ない」

 昼過ぎ、スタジオを出た筆者の元に検察庁担当の社会部記者から電話が入った。

「お前まずいぞ、(検察側の)実名を出しただろう。『調子に乗りやがって』と、検察は怒っていたぞ。心配して言ってんだ。本当に、気をつけた方がいいぞ」

 彼の話によると、本気でやろうと思えば、痴漢だろうが、交通違反だろうが、あらゆる手段を使ってでも、狙われたら最後、捕ってくるというのだ。たとえば道を歩いていて、他人の敷地に間違えて足を踏み入れただけで不法侵入の疑いで持っていかれるかもしれないということだった。

 繰り返すが、小沢幹事長も公人であり権力であるが、検察も同じく公的機関であり国家権力なのだ。その一方を大々的に実名で報じておいて、一方を隠し、守り通す。

 記者クラブの持つその精神の方が、明らかにアンフェアだと筆者は思うのだが、日本の報道界ではそうした意見は聞き入れられないようだ。

戦前の過ちから学ばない新聞ジャーナリズム

 組織同士の共生関係は、外部からの攻撃に対して、強い耐性を持つ。単体では弱い組織体も、お互いの弱点を補うことでより強固な権力構造に生まれ変わるのだ。

 たとえば米国の「軍産複合体」もそうだ。軍部と産業が手を握ることで強力な権力構造を作り、お互いが利権を補い、利権を享受している。

 過去の日本もまた同様であった。戦前、軍部と新聞が共生関係にあったことで戦争の惨禍に国民を引き摺り招いた。本来、権力をチェックすべき新聞ジャーナリズムが、権力に寄り添ったために起きた悲劇である。

 果たして、そうした教訓は活かせたのだろうか。現在の検察と記者クラブメディアの関係をみると悲観的にならざるを得ない。本当に、新聞は戦前の過ちを反省しているのだろうか。

 つまり、いまだ「大本営発表」は存在するのだ。

 国が破れ、何百万人という日本人の尊い命を犠牲にした先の戦争の悲劇の責任はひとり軍部の独走だけに帰すべきではない。批判精神を忘れ、権力に寄り添ったメディアが一体となって不幸な戦争に突き進んだ結果なのではないか。

 報道は権力から独立しなくてはならない。

 だが、日本では、今回の小沢金脈報道をみるように、再び同じ過ちを繰り返しているようだ。

捜査が順調な場合、検察は情報リークしない

 石川裕知議員と小沢秘書ら3人が逮捕されると同時にまたもや供述内容がメディアに漏れ始めた。

〈「これ以上は小沢先生に相談しないと話せない」(中略)特捜部の聴取には涙ながらに、「親分」の承認なしに真実を口にできないかのような供述をしていたという。〉(産経新聞)

 果たしてこうした捜査情報はどこから出てくるのか。密室であるはずの取調室の会話が即時に新聞紙上に踊るのだろうか。なぜ、検察からのリーク情報は止まないのか。

 そもそも捜査が順調な場合には、検察は絶対に情報を洩らさない。筋のいい事案を追っているときは、たとえば朝刊に「きょう○○を逮捕へ」という具合に、結果が出た段階で初めて世間に知らされる。

 ということは、事前にメディアに捜査情報が漏れる場合は、捜査が芳しくない状況にあるか、あるいは「死に筋」であったりする。つまり、リークによって局面を打開するためにメディアを利用するのだ。

 この1年弱の小沢報道も同様の可能性が高い。贈収賄、斡旋収賄、脱税などの文字が躍り続けているが、現時点では、元秘書と現職秘書の政治資金規正法違反にぎすない。

 とりわけ石川議員の逮捕は、検察による立法府への挑戦と受け止めてもおかしくない内容である。

 なぜなら、公職選挙法でもない事案で、しかも秘書時代の政治資金収支報告書の不記載という違反によって、現職の国会議員を逮捕するということは異常以外のなにものでもない。民主主義の根幹である選挙を無視したものである。仮に逮捕するというのであるならば、百歩譲って、国会開会中、逮捕許諾請求を取ってから行うべきではないか。

 さらに、国権の最高機関である立法府の一員を逮捕したというのに、検察は何一つ説明を果たそうとしていない。また、記者クラブメディアも説明を求めていない。

 検察の暴走を報じない日本の新聞・テレビなどの記者クラブメディア。日本は再び、「大本営発表」が蔓延る、あの戦前の暗黒時代に戻ろうとしているのではないだろうか。(2010年01月21日週間ダイヤモンド)

上杉隆 (ジャーナリスト)
1968年福岡県生まれ。都留文科大学卒業。テレビ局、衆議院議員公設秘書、ニューヨーク・タイムズ東京支局取材記者などを経て、フリージャーナリストに。「宰相不在 崩壊する政治とメディアを読み解く」「世襲議員のからくり」「ジャーナリズム崩壊」「官邸崩壊 安倍政権迷走の一年」など著書多数。最新刊は「民主党政権は日本をどう変えるのか」(飛鳥新社)。年金に携わってきた厚生労働省の役人たちは当たり前だが、年金制度を熟知している。 今回の調査で分かったのは、彼らがいかに制度の盲点をつき、国民の年金掛金を食い潰そうとしてきたかである。 


自民党の資金の流れ

自民党の資金の流れはヤクザの組織と同じ手法です。 みかじめ料として企業や利権で儲けている団体、個人的に何かを依頼したい人からお金を集めます。 これを政治の世界では政治献金と呼びます。 多くの資金を集めた議員は上納金として各派閥の会長に納めます。 この金額によって大臣の席が保証されていくわけです。 金も集められないような議員は大臣にはなれません。

自民党の派閥とはヤクザ組織の組の意味なのです。 チンピラが細かな金を稼ぎ、上部に上納される毎に大きなお金になっていく。 システムは全く同じです。

歴史上一番金集めが上手だったのは田中角栄だと言われています。 現在ではこのような大物はいません。 経団連は40億円という巨額な札束で自民党議員の頬を叩き、自らの要求を実現させています。 青島幸男が言ったように政府、自民党は財界の囲い者、男妾(おとこめかけ)なのです。

銀行協会は選挙の度に自民党に150億円、250億円と選挙資金を貸し出します。 自民党の本当の資金源は実は銀行なのです。 年兆円もの税金を投入して救わなくてはならないのは当然で、大変にお世話になっている協会なのです。 貸し出した事は事実として公表されますが、返金したと言う事は聞いたことが無い。 税金から返しているのでしょうか、各省庁で隠している○○機密費から返しているのでしょうか。 不思議な話です。 

色々な業界団体が資金を集め、自民党に献金してます。 小口での集金は60億円程度で計100億円が自民党に流れていきます。 これらのお金はほとんどが票につながる資金として消えてゆきます。

このお金は非課税ですので税務署は怖くありません、支出は不明確で領収書さえあればそれが何の支出でも全く問題ありません。 国会議員が受け取ったこれらの金は何に費消されたのか、国会議員の資金管理団体に一切報告されていません。

自民党議員からの上納金は、派閥のボスに、さらにその上の親分である幹事長のところに集められます。 幹事長は盆暮れに各議員に500万円程度分配します。 また選挙があるような場合は2000万円程度をばらまきます。 幹事長の甘みはそこにあり、大臣などよりはるかに大きな資金にありつけるのです。

ひと口に企業と言っても、政治資金団体に献金するのは、ほとんどが東証一部に上場している大企業で、資金管理団体や政党支部へ寄付するのは大半が地元業者である。

社民党が提案した「斡旋利得罪」が対象にするのは、もっぱら政治家に直接カネが渡る後者のほうで、国会議員、地方議員、自治体の首長が国会議員やその秘書を通じて、国や自治体の許認可、契約などにかかわる公務員に口利きをし、利益を得ることを禁じることを狙いとしている。

以前、経団連の会長が会見で「経団連を通したおカネが一番きれいだ」と発言し、企業がそれぞれに思惑を込めて献金するよりも経団連の斡旋方式のほうがクリーンであることを強調したが、そもそも政権政党というのはそれ自体が巨大な総合口利き機構と言えるわけです。 そうでなけれぱ、政治資金団体への献金の九割が自民党に集中するはずがない。

追記
総務省が2005年9月30日付で公表した04年の政治資金収支報告書(総務省届け出の中央分)によると、政党や政治団体が1年間に集めた政治資金は1381億2400万円だった。 03年より20億円減。04年は参院選があったが、過去20年間では大型選挙のなかった02年についで2番目に少なかった。

総務省届け出の政治資金全体では、収入のうち政治献金は前年比9.9%減の264億2700万円。 政治団体からの献金は14.1%減、企業や業界団体、労組からは5.1%減、個人献金は横ばいだった。 一方、政治資金パーティーの収入額は合計142億5800万円で、前年より9.9%増えた。

おしまい

http://www.kyudan.com/opinion/sikin.htm




厚生省-社会保険庁のバカげた高額報酬

 年金の受給額を下げたり、掛金を上げて、国民にツケを回す前に、まず腐った年金官僚とOBを排除すべきだ。 天下り先の濫造が"年金危機"を招いた。 サラリーマンや自営業者が加入する厚生年金や国民年金は、もはや安心して老後を託せる制度ではなくなりつつある。 

 5年に一度の年金法改正のたびに、約束されていたはずの年金支給額は減額されていく一方だからだ。 1999年の改正では、厚生年金の給付額(報酬比例部分)を5%カットしたうえ、60歳から受け取れるはずの年金を段階的に65歳まで引き上げている。 その結果、現在、42歳以下(1961年4月2日生まれ以降の男性)のサラリーマンは、改正前と比較して試算値で1749万円も受け取れる年金額が減額されてしまった。 

 さらに来年に予定されている改正では、すでに年金生活に入っている老人への支給額の切り下げを断行する構えだ。 加えて、現役サラリーマンの年金掛金まで引き上げようとしているのである。 これで、どうして老後のセーフティーネット(安全網)として、厚生年金や国民年金を信じることができるのか。

 「予想外の少子高齢化が進行しているので、やむをえない措置です。 公的年金は、現役世代の保険料で高齢者世代の年金を賄(まかな)っている。 社会連帯の理念にもとづく世代間扶養であり、年金制度を守っていく以上、仕方のないことです」(厚生労働省年金局総務課) たしかに、少子高齢化は少なからず年金財政に影響を与えていることだろう。 しかし、それだけが原因で、今日の年金財政の危機を招いているわけではない。

 厚生年金の前身である労働者年金保険が創設された1941年以来、一貫して年金官僚たちは、我々の貴重な掛金を勝手に持ち出し、自分たちの天下り先を整備、拡充してきた。 この掛金持ち出しによる疲弊もまた、今日の"年金危機"を招いている重大な原因のひとつである。 年金官僚たちが、いかに無責任かつ身勝手に掛金に手をつけてきたかは、戦前の厚生省年金課長、花澤武夫氏がこう証言している。

 「(年金の掛金で)厚生年金保険基金とか財団とかいうものを作(る)・・・・・・そうすると、厚生省の連中がOBになった時の勤め口に困らない」、「年金を払うのは先のことだから、今のうち、どんどん使ってしまっても構わない。 使ってしまったら先行(さきゆき)困るのではないかという声もあったけれども、そんなことは問題ではない。 ・・・・・・将来みんなに支払う時に金が払えなくなったら賦課式にしてしまえばいいのだから、それまでの間にせっせと使ってしまえ」(いずれも『厚生年金保険制度回顧録』より)

 「賦課式」というのは、支払うべき年金額に応じた掛金をそのつど集めるという方式である。 そしてこの言葉どおり、年金官僚たちは戦前、戦後を通じ60年以上にわたって、掛金をせっせと流用しては天下り先を拡充。 判明した限りでも、現在、全国1221ヵ所の天下り先に2312人もの年金官僚OBたちを天下らせているのである。

 これら天下り先の施設建設費や運営費などに持ち出された掛金の総額は、「厚生保険特別会計」や「国民年金特別会計」の決算書に加え、一部天下り団体の財務諸表から拾い出せた限りでも約2兆2000億円にのぼっている。 見事なまでに、年金官僚たちは、貴重な老後資金を湯水のごとく浪費してくれていたわけである。

 一般的に、天下り官僚たちは、天下った先での事業や業績について、いっさいの責任を問われない。 ただ惰眠を貪(むさぼ)りながら2年~4年の"天下り任期"を過ごすだけで、キャリア官僚の場合、役員報酬と退職金をあわせて少なく見積もっても1億円近くを手にすることになる。 そのうえ彼らは、次の天下り先に積を移し、同じように惰眠を貪りながら再び、高額報酬と高額退職金を手にするのである。

 まさに、掛金を食い潰すことを目的に、天下り先を渡り歩いているかのようだ。 5兆円の掛金を食い潰した 実際、1997年2月~2002年12月まで年金福祉事業団(以下、年福と略、現在の年金資金運用基金)の理事長だった森仁美は、在任中、掛金をリスクの高い株市場で運用し、2兆4500億円もの損失を出している。

 にもかかわらず、森はこの責任を微塵も感じてはいないかのようだ。 森氏には年間2600万円もの報酬が支払われ、退職金も約2200万円が支払われた計算になる。 それら給与と退職金を合わせると、森は、年福に天下ったわずか6年で約1億7000万円の報酬を手にしたことになる。

 ほかにも、年金局長、事務次官を経験し天下った幸田正孝は、年福、(社)全国社会保険協会連合会と渡り歩くことで3億5346万円を。 また、年金局長、社会保険庁長官、事務次官を経て天下った吉原健二は約2億4339万円のカネを天下り先から得た計算になる。 彼らは、いずれも退官時に7000万~7500万円の退職金を支給されている。

 その退職金の3倍以上のカネを、天下り後十数年で稼ぎ出していたわけだ。 普通、サラリーマンなら、40年近く勤めて得た退職金を再就職先の給与で上回ることなど、まずありえない。 その不可能を、天下り年金官僚たちはなんなく可能にしているのだ。

 前述したように、年金官僚たちが天下り先づくりに持ち出してきた掛金は累計で約2兆円。 これに年福が、株の運用で失った3兆円を加えただけで5兆円の掛金が失われたことになる。 5兆円といえば、2000年度に支給された厚生年金の総額の4分の1に相当する金額だ。

 まさに現行の天下り制度が、これだけの掛金を消失させてきたわけだが、当の年金官僚OBたちは、この事実をどう受けとめているのか。 元厚生省事務次官で、(財)船員保険会、厚生年金基金連合会と渡り歩いてきた多田宏に質(ただ)した。 「天下りであっても、適任者であればどこへ行こうと問題ない。 能力がなければ、どこにも採用されないでしょうから、それは(厚生労働省傘下の法人でも)同じでしょう。 それに給料は滅茶苦茶(めちゃくちゃ)安いですよ」

 掛金を食い潰してきたという罪の意識は皆無である。 「給料は滅茶苦茶安い」と主張する多田氏だが、退官後、わずか6年間で1億2000万円近くを稼いでいるのだ。 いったい、あといくつ天下り先を渡り歩き、いくら稼げば気が済むのだろうか。 また、同じ事務次官から環境衛生金融公庫(現・国民生活金融公庫)に天下った坂本龍彦は、こう言う。

 「天下り制度がないと、役人はいつまでも辞めないから役所の人件費はかさむ。 だから、税金で賄(まかな)っている人件費をなるべく少なくしようと早期退職が考えられ、民間の費用でそれを肩代わりするということがなされてきた」 仮に奇特な民間企業が、役所の人件費を肩代わりするというのならまだしも、彼らの天下り先は、いわゆる民間とは違っている。

 役所にぶら下がり、掛金に巣食うことでしか存在できない、"寄生虫"のような団体だからだ。 そんな彼らが、「役所で局長をしていた時より、年収で1割ダウンした」(佐野利明・元社会・援護局長)といった意識で天下り先を渡り歩くのだから、たまったものではない。

 最近は、霞ヶ関でも天下りは、年金が満額支給される65歳までという官庁が増えている。 にもかかわらず天下り年金官僚たちが、70歳を超えてもまだ、現役時代より「1割ダウンした」程度の高給を食(は)めるのは、年金掛金を勝手に持ち出しているからだ。 まったく、年金官僚たちの貪欲さには度しがたいものがある。

 しかも抜け目のない年金官僚たちは、掛金を食い散らかすその一方で、共済年金と厚生年金の制度上の不備や矛盾を最大限に利用。 裏ワザともいうべきテクニックを弄し、割り増しの年金を手にしてきた。 心ある年金官僚が語る。 「普通、共済年金でも厚生年金でも、各年金法の付則によって加入期間37年で定額部分(基礎年金部分)が頭打ちになります。

 以後、掛金は取られても報酬比例部分にしか反映されない。 しかし、加入期間が37年に満たない段階で、共済年金から厚生年金に入り直すと、その時点から厚生年金の加入期間とされる。 つまり加入期間37年を超えても頭打ちにはならないのです。 ですから厚生労働省の官僚たちは、ほぼ全員が入省後37年以前に天下っています。 月額2500円程度の基礎年金とはいえ、10年以上にわたって天下り先を渡り歩くため、ムダ掛けになるのと、ならないのではずいぶん年金額が変わってくるからです」彼らは超高額の年金をもらえる!

 心ある年金官僚の話をさらに続けよう。 「しかも彼らは、天下り先の報酬が高いため、たとえ厚生年金への加入期間が短くても、受け取る年金は高くなる。 報酬に見合った掛金を支払うため、必然的に高い年金が保証されます」 実際、社会保険庁長官から厚生年金事業振興団などを渡り歩いてきた小林功典(よしのり)の例で見ると、天下りによって頭打ちを逃れた基礎年金額は試算値で年間約39万円になる。 これに、厚生年金の報酬比例部分約76万円が上乗せされるため、本来の共済年金額約300万円と合わせると、試算値で総額約415万円の年金額が受け取れることになる。

 高額年金と批判される国会議員互助年金(,年間支給額412万円)よりも上回っているのである。 まして共済年金は、厚生年金なら全額支給停止となる所得を得ていても、最大9割までしか年金額はカットされない。 そのため、彼らは天下り先で高給を食みながら、共済年金もちゃっかりいただいているのだ。

 まさに年金官僚たちは、"制度を熟知する者"として、厚生年金と国民年金を踏み台に、自分たちの年金だけは完璧なまでに充実させていたのである。 そしてその結果として、年金財政が多大な被害を受け、国民の根強い年金不信をも招いてきた。 年金官僚たちは、空念仏のように少子高齢化を唱えるのではなく、まず、すべての天下り先を廃止し、掛金へのタカリ行為をやめるべきだ。 年金法改正の議論は、それからである。 

おしまい

http://www.kyudan.com/opinion/nenkin-fusei.htm

Glenn Greenwald: Could Obama Be Impeached for Waging War in Libya Without Approval of Congress?

2012年02月06日 23時01分46秒 | Weblog
グレン・グリーンウォルド:議会承認を経ずにリビアに戦争をしかけたオバマは弾劾できるか?

ニューヨーク・タイムズは最近、オバマ大統領が議会承認を経ないでも米軍のリビア戦争参加継続の法的権限が自身にあると判断した際に、政権内の法律専門家たちの意見を退けていたという記事を掲載しました。オバマは今も続くリビア攻撃に関して引き続き議会の反対に直面しています。共和党の下院院内総務ジョン・ベイナーはホワイトハウスにリビア戦争の法的根拠をさらに明確にするよう求めており、さもなくば戦争予算の中断を示唆しています。先週、超党派の議員グループがオバマ大統領を1973年戦争権限法(War Powers Act)違反で提訴しました。米軍介入の法的側面を考えるために憲法弁護士でSalon.comの政治法律ブロガーのグレン・グリーンウォルドに話を聞きます。「大統領はいかなる議会の承認も必要なく自ら戦争を始められる、という考えは、ただ法律に違反しているというだけでなく憲法違反でもあります」とグリーンウォルドは言います。「理論的に、大統領が法律および憲法に違反した場合、それは弾劾対象の罪になります。同時に、私たちはメチャクチャな大統領の法律違反にも非常に寛容になってしまっています」

June 20, 2011
Glenn Greenwald: Could Obama Be Impeached for Waging War in Libya Without Approval of Congress?

The New York Times recently broke the story that President Obama rejected the views of top administration lawyers when he decided he had the legal authority to continue U.S. military participation in the war in Libya without congressional authorization. Obama continues to face congressional opposition to the ongoing Libya attack. Republican House Speaker John Boehner has called on the White House to further clarify the legal basis for the war in Libya or face a cutoff of war funds. Last week, a bipartisan group of lawmakers filed a lawsuit accusing President Obama of violating the War Powers Act of 1973. To examine the legal dimensions of U.S. military intervention, we speak with Glenn Greenwald, a constitutional law attorney and political and legal blogger for Salon.com. “The idea that presidents can start wars on their own, without any congressional authorization, violates not just the law but the Constitution,” Greenwald said. “In theory, when the president violates the law and the Constitution, that’s an impeachable offense. At the same time, we’ve set a very low standard for our tolerance of rampant presidential law breaking.” [includes rush transcript]

AMY GOODMAN: The New York Times reported Saturday President Obama rejected the views of top lawyers at the Pentagon and Justice Department when he decided he had the legal authority to continue American military participation in the air war in Libya without congressional authorization.

The Obama administration continues to face congressional opposition to the ongoing Libya attack. On Thursday, Republican House Speaker John Boehner called on the White House to further clarify the legal basis for the war in Libya or face a cutoff of war funds.

HOUSE SPEAKER JOHN BOEHNER: The White House says there are no hostilities taking place. Yet we’ve got drone attacks underway. We’re spending $10 million a day. We’re part of an effort to drop bombs on Gaddafi’s compounds. I don’t know ― I just ― it doesn’t pass the straight-face test, in my view, that we’re not in the midst of hostilities. Listen, it’s been four weeks since the President has talked to the American people about this mission, and I think it’s time for the President to outline to the American people why we are there, what the mission is, and what our goals are, and how do we exit this.

AMY GOODMAN: That was House Speaker Boehner on Thursday. But on Sunday, Republican Lindsey Graham of South Carolina was one of two influential senators ― the other, John McCain ― who said they oppose any effort by House Republicans to cut funding for U.S. participation in the Libya military mission.

SEN. LINDSEY GRAHAM: The War Powers Act is unconstitutional, not worth the paper it’s written on. It requires congressional approval before the commander-in-chief can commit troops after a certain period of time, and it would allow troops to be withdrawn based on the passage of a concurrent resolution never presented to the president. So I think it’s an infringement on the power of the commander-in-chief.

The President has done a lousy job of communicating and managing our involvement in Libya. But I will be no part of an effort to defund Libya or to try to cut off our efforts to bring Gaddafi down. If we fail against Gaddafi, that’s the end of NATO. Egypt is going to be overrun. And the mad dog of the Mideast, Ronald Reagan called Gaddafi, if he survives this, you’re going to have double the price of oil that you have today, because he will take the whole region and put it into chaos. And I will be ― I won’t be any part of that. So, from my Republican point of view, the President needs to step up his game with Libya, but Congress should sort of shut up and not empower Gaddafi.

AMY GOODMAN: Republican Senator Lindsey Graham speaking on NBC’s Meet the Press Sunday.

Last week, a bipartisan group of lawmakers filed a lawsuit accusing President Obama of violating the War Powers Act of 1973, which allows 90 days for a president to notify Congress. The U.S. military intervention in Libya reached its 90th day yesterday ― that’s Sunday.

To talk about the legal dimensions of U.S. military intervention, we’re joined via Democracy Now! video stream from Rio de Janeiro, Brazil, by Glenn Greenwald, constitutional lawyer and political and legal blogger for Salon.com.

Glenn, talk about the New York Times revelation this weekend that top administration lawyers had advised President Obama that he shouldn’t be violating the War Powers Act.

GLENN GREENWALD: It’s pretty extraordinary, because the President, last week, in the face of growing controversy, came out and made this absurd claim that the War Powers Resolution doesn’t apply to the conflict in Libya because there is no U.S. participation in, quote, "hostilities," which is the language that statute uses. And, of course, it is absurd on its face, given that we are involved in an effort to kill the leader of a foreign country, to destroy its military. We have our armed forces stationed in that country, in terms of air attacks and the like and the use of drones.

And what this New York Times article revealed is that it isn’t only commentators across the political spectrum who are saying that that interpretation is absurd, but also the President’s attorney general, Eric Holder, the general counsel of the Department of Defense, which is usually renowned for being quite hawkish and pro-war, and most significantly, the head of the Office of Legal Counsel, which is the agency within the Justice Department that’s designed to coordinate all of the different legal opinions within the administration and essentially pronounce the view that’s binding on the executive branch of the president’s authority. And while the president does have the power, theoretically, to override the conclusions of the Office of Legal Counsel, it’s extraordinarily rare, as the New York Times called it, for that to happen. It’s very hard to even find examples where that took place.

And so, what you had here is really an end run around by President Obama to cherry-pick lawyers. He points to his own White House counsel, who’s a longtime political operative ― and that position, the White House counsel, is known for being very subservient to the president ― and a low-level position in the State Department, the legal adviser, Harold Koh, who agree with him. But the actually authoritative and top legal positions in the administration are all lined up against him, and yet he’s disregarding it and saying that he has the power to wage this war without congressional approval.

AMY GOODMAN: Explain the 60-day versus 90-day rule. From the New York Times, "the Libya campaign was not covered by a provision of the War Powers Resolution that requires presidents to halt unauthorized hostilities after 60 days."

GLENN GREENWALD: Right. Well, what the War Powers Resolution says is that if ― that a president can engage in a war ― and let’s be clear about one thing. There is a real debate about whether or not that 60-day period even applies to Libya at all, given that the War Powers Resolution allows ― [no audio]

AMY GOODMAN: We’re talking to Glenn Greenwald in Brazil, so we may have occasional hiccups in that audio. Continue, Glenn.

GLENN GREENWALD: OK. So, the War Powers Resolution essentially says that the president can wage war for 60 days, when there is the national security of the United States that’s at risk. That isn’t even the case in Libya. So there’s a strong argument to make that he didn’t even have the 60-day period, to begin with.

But at the very most, what the War Powers Resolution says is that presidents can deploy the military into hostilities for a period of 60 days without Congress, and if Congress doesn’t approve of the deployment within 60 days, he has to wind up the deployment within the next 30 days. So he essentially has a 90-day period of time in which to conduct a war without Congress. And as you just indicated, that 90-day period has ended. The 60-day period ended a month ago without any congressional action.

AMY GOODMAN: You have this unusual situation where Republicans and Democrats are joining for or against Obama, right? You have Congressmember Kucinich joining with other Republicans and Democrats suing Obama, and then you have Lindsey Graham speaking out on behalf of President Obama.

GLENN GREENWALD: Well, what’s interesting is, is that when it comes to President Obama’s foreign policy and his terrorism policy, his top allies for the last two years, his most significant allies, have been Republicans. And that’s not hard to understand. There’s much more support, for instance, for the war in Afghanistan among Republicans than there is among Democrats. The same is true for many of his policies continuing Bush-Cheney terrorism and civil liberties assault. And so you’ve seen, continuously, people like Lindsey Graham and John McCain more supportive of President Obama’s foreign policy than you have Democrats.

But what you have now is interesting because you have an enormous number of Democrats and a lot of Republicans who are not only opposed to the war in Libya, but more so opposed to the idea that presidents have the authority to start wars without any whiff of congressional approval or democratic consent. And these Democrats and Republicans tend to be the rank and file of both parties, and yet the leadership of both parties ― the Pelosi-Hoyer leadership in Democrats and the Boehner-Cantor leadership in the Republicans ― are lined up behind the President and have essentially been trying to do everything possible to prevent Congress from impeding the war. So it’s one of these rare issues where you don’t have the breakdown among left and right or Democratic and Republican; you have the breakdown of rank-and-file members of Congress versus the party leadership of both parties, and both parties’ leaderships are lined up behind the President, and it’s the rank and file trying to apply the law and demand that he be held accountable under the Constitution for getting congressional approval before starting a war.

AMY GOODMAN: By your analysis, do you consider this an impeachable offense, Glenn Greenwald?

GLENN GREENWALD: Well, I mean, anytime the president violates the law in a significant way, impeachment is supposed to be one of the leading remedies. So I think the President is clearly violating not only the War Powers Resolution, but also the Constitution. Article I, Section 8, assigns the war-making power to Congress, not to the executive. And even executive-power-revering jurists like Antonin Scalia have said that Article II, the Article II power that makes the commander ― the president the commander-in-chief, really means nothing more than, when there’s a war that starts, the president is the top general. He directs how the war is prosecuted. But the idea that presidents can start wars on their own, without any congressional authorization, violates not just the law but the Constitution. So, sure, in theory, when the president violates the law and the Constitution, that’s an impeachable offense. At the same time, we’ve set a very low standard for our tolerance of rampant presidential law breaking. If George Bush and Dick Cheney weren’t impeached for their rampant crimes, it’s hard to see Obama being impeached for this.

AMY GOODMAN: Glenn, talk about President Obama as compared to President Bush.

GLENN GREENWALD: Well, there are certain things that President Bush did that made him justifiably notorious that President Obama hasn’t done, the leading one, for example, being authorizing a regime of torture. That’s probably the historic low of the United States over the past several decades. And the fact that President Obama withdrew the authorization for that torture regime, although it had ended at the time he was inaugurated, is an important distinguishing feature between the two that certainly redounds to President Obama’s advantage.

At the same time, there are numerous other aspects of the Bush presidency that made it notorious that Obama has continued. The idea that you can imprison people in cages for life without any due process, something that Obama, from the start, has continued. The idea that you can invoke secrecy as a means of shielding presidential law breaking from judicial review, which is to place presidents beyond the rule of law, something that they’ve both done.

But in this case, it actually is interesting because, whatever you want to say about the wars that President Bush started in Afghanistan and Iraq, at least they got congressional approval for each of those. By contrast, not only did President Obama start a new war in Libya without any congressional authority, and continues to refuse to seek that authority, even in the face of growing demands that he do so, he has also escalated the U.S. bombing campaign in Yemen and in Pakistan, certainly the former of which is without a shred of congressional authority, as well.

And so, while it’s very difficult to say ― here’s President Obama, here’s President Bush ― who’s worse on the civil liberties and constitutional and legal realm, there are definitely areas ― definitely areas ― in which President Obama has surpassed President Bush in terms of abuses. Starting wars without Congress is one of them. The New York Times editorial page just yesterday denounced the Obama administration for going even further than the Bush administration went in trying to unleash the CIA ― the FBI, rather, in terms of how it can investigate American citizens without oversight or due process. And there are definitely areas where Obama has ― significant areas where Obama is substantially worse than George Bush was in these realms. And given that Obama ran on a platform of reversing these trends and yet in many significant cases has accelerated them, that ought to be very disturbing to everyone.

AMY GOODMAN: I wanted to play a clip of this interview from the PBS NewsHour, Senate Majority Leader Harry Reid saying he supports the President’s view.

SEN. HARRY REID: The War Powers Act has no application to what’s going on in Libya.

JIM LEHRER: None?

SEN. HARRY REID: I don’t believe so. You know, we did an authorization for Afghanistan. We did one for Iraq. But we have no troops on the ground there, and this thing is going to be over before you know it anyway. So I think it’s not necessary.

AMY GOODMAN: "Over before you know it." Glenn Greenwald?

GLENN GREENWALD: Right. Well, of course, the idea originally was that this would be a matter of only weeks, not months. The idea was that we would do nothing other than create a no-fly zone to protect civilians in a couple of places in Libya. And that has wildly morphed into what is clearly an effort to kill Gaddafi, to change the regime of Libya, and then to reconstruct the Libyan government in a form that we like better.

But what’s particularly dishonest about Harry Reid’s comment is that if you read the War Powers Resolution, it says nothing about troops on the ground. What it says is that any time American forces are deployed into hostilities, congressional authorization is required. So it’s not surprising that Harry Reid, being a good, loyal, dutiful Democrat, is defending Barack Obama’s law breaking. Republican leaders in the Congress did the same thing continuously when George Bush was president. But what is a little surprising is that he’s so poor in the way that he does it, because what he’s saying about the War Powers Resolution is completely false, and what he’s saying about the war in Libya ― it will be "over before you know it" ― is even more false, given that it’s already dragged on for much longer than was originally anticipated, and there’s really no end in sight.


http://www.democracynow.org/2011/6/20/glenn_greenwald_could_obama_be_impeached





グレン・グリーンウォルドが語る 二重構造の米司法制度 オバマによる暗殺政策 アラブの春

グレン・グリーンウォルドは、彼の新著 With Liberty and Justice for Some: How the Law is Used to Destroy Equality and Protect the Powerful(『誰かのための自由と正義:法がいかに平等を破壊し権力者たちを守るために使われているか』)で、彼の言う「司法制度の二重構造」が、政界財界を訴追から守っているに等しいことに対して容赦ない批判を提示しています。グリーンウォルドは、メディアや両政党そして裁判所が、拷問や戦争犯罪、国内諜報活動、金融詐欺、さらには米国民への暗殺をも後押ししていることにまで言及しています。

October 26, 2011

Glenn Greenwald on Two-Tiered U.S. Justice System, Obama’s Assassination Program & the Arab Spring

Glenn Greenwald’s new book, "With Liberty and Justice for Some: How the Law is Used to Destroy Equality and Protect the Powerful," offers a scathing critique of what he calls the two-tiered system of justice that ensures the political and financial class is virtually immune from prosecution in the United States. Greenwald explores how the media, both political parties, and the courts have abetted a process that has produced torture, war crimes, domestic spying, financial fraud, and even the assassination of U.S citizens. [includes rush transcript]

NERMEEN SHAIKH: Today we spend the rest of the hour with renowned political and legal writer Glenn Greenwald. His new book is called With Liberty and Justice for Some: How the Law is Used to Destroy Equality and Protect the Powerful_. Glenn blogs for greenwald/">Salon.com. His new book offers a scathing critique of what he calls the two-tiered system of justice that has emerged in America. According to the book, the law was once a guarantor of a common set of rules for all. But Greenwald argues that over the past four decades, the principle of equality before the law has been effectively abolished. Instead, a two-tiered system of justice ensures that the country’s political and financial class is virtually immune from prosecution.

AMY GOODMAN: The book begins with the Watergate scandal, then covers the Iran-Contra affair, culminates with Obama’s decision not to prosecute Bush-era officials for a range of illegal activities, including torture, warrantless wiretapping and waging an illegal war.

Glenn Greenwald, welcome to Democracy Now!

GLENN GREENWALD: Good to be here.



http://www.democracynow.org/2011/10/26/glenn_greenwald_on_two_tiered_us


官房機密費に群がる御用言論人実名が明らかに

2012年02月04日 19時50分04秒 | Weblog
植草一秀の『知られざる真実』

2010年5月 7日 (金)

米国、官僚、大資本が支配する日本。その手先として跋扈(ばっこ)する利権政治屋とマスゴミ。この五者を政官業外電悪徳ペンタゴンという。


竹下登元首相が、小沢一郎氏攻撃を主目的として「三宝会」という偏向報道結社を主宰したことが明らかにされている。
TBSがニュース番組のアンカーとして起用した後藤謙次氏は「三宝会」の世話人を務めていた人物である。
小泉政権以降、メディアの偏向が急激に激しさを増した。
テレビ番組が改編され、政権を批判する論客が画面から排除された。
情報統制時代に台頭した人物が多数存在する。情報偏向番組が著しく増加した。
政権交代が実現したいま、メディア浄化を実現しなければならない。事業仕分けが実施されているが、抜け落ちている機関が存在する。NHKである。NHK受信料はNHK設立根拠法に基づく規定によって定められている。
視聴者の資金によってNHKが成り立っているのなら、NHKの運営に視聴者の声が反映されなければならないはずだ。
第二次大戦後、GHQの方針により、放送委員会が組織された。放送委員会はNHK会長の人事権を保持するなど、強い権限を付与された組織だった。
放送委員会は1947年に、政府から独立した機関としての放送委員会を特殊法人として設立する提案を放送委員会法案要綱として策定した。しかし、GHQの対日占領政策が大転換したために、雲散霧消してしまった。
本来は、全国の放送聴取者から選挙で選ばれた30ないし35名の委員が放送委員会を組織して、政治から独立したNHKを実現するはずであった。
ところが、日本の民主化措置は腰砕けとなり、吉田茂首相が主導して電波三法が制定され、NHKは政治権力の支配下に置かれることになった。
NHKの料金体系も予算も、政治の管理下に置かれることになった。その結果、NHKは視聴者の視点に立つのではなく、永田町・霞が関に顔を向けて運営されるようになった。
視聴者からの料金収入で経営を賄う以上、事業仕分けの対象にNHKを組み込み、視聴者の意向を反映する意思決定形態導入を検討するべきである。
政権交代によって実現しなければならない重要課題に、マスメディア浄化=マスゴミ撲滅を掲げねばならない。
民間放送の偏向問題について、野中広務元官房長官が極めて重要な事実を摘示された。この問題を山崎行太郎氏がブログで取り上げられ、さらに副島隆彦氏が、改めて『学問道場』で取り上げられた。
偏向報道問題を斬るうえで、この斬り口がもっとも分かりやすい。情報工作を行う上での鉄則は、痕跡を残さないことだが、この斬り口で点検するなら、工作活動の痕跡が鮮明に確認できる。官房機密費の非公開が永遠に持続すると考えたのだろう。


中略


 副島隆彦氏が「今日のぼやき」で紹介された新聞報道の一部を転載させていただく。
●「機密費、評論家にも 野中元長官、講演で証言」
琉球新報 2010年4月23日 
 野中広務元官房長官は、23日に那覇市内で開かれたフォーラムの基調講演の中で、自身が長官在任中(1998年7月~99年10月)、先例に従い、複数の評論家に内閣官房報償費(機密費)から数百万円を届けていたことを明らかにした。
 野中氏は講演で「言論活動で立派な評論をしている人たちのところに盆暮れ500万円ずつ届けることのむなしさ。秘書に持って行かせるが『ああ、ご苦労』と言って受け取られる」と述べ、機密費からの提供が定期的にあったことを明かした。
 野中氏は自民党政権時代に、歴代の官房長官に慣例として引き継がれる帳簿があったことにも触れ「引き継いでいただいた帳簿によって配った」と明言。その上で「テレビで立派なことをおっしゃりながら盆と暮れに官邸からのあいさつを受けている評論家には亡くなった方もいる」と指摘した。一方で機密費の提供を拒否した評論家として田原総一朗氏を挙げた。
 官房長官の政治的判断で国庫から支出される機密費は、鳩山内閣が昨年11月に内閣として初めて2004年4月以降の小泉内閣から現在までの月別支出額を公表したが、使途については明かしていない。
<用語>内閣官房報償費(機密費)
「国の事業を円滑に遂行するために状況に応じて機動的に使う経費」とされる。国庫からの支出は年間約12億円で、使途の不透明さが問題視されており、民主党は2001年に一定期間後の使途公表を義務付ける法案を国会に提出した。
●「野中広務氏が講演で暴露」
朝日新聞 2010年5月1日
「言論活動で立派な評論をしている人たちのところに盆暮れ500万円ずつ届けることのむなしさ」
 野中広務元官房長官は、23日に那覇市内で開かれたフォーラムの基調講演の中で、自身が長官在任中(1998年7月~99年10月)、先例に従い、複数の評論家に内閣官房報償費(機密費)から数百万円を届けていたことを明らかにした。野中氏は講演で
「言論活動で立派な評論をしている人たちのところに盆暮れ500万円ずつ届けることのむなしさ。秘書に持って行かせるが『ああ、ご苦労』と言って受け取られる」
と述べ、機密費からの提供が定期的にあったことを明かした。
 野中氏は自民党政権時代に、歴代の官房長官に慣例として引き継がれる帳簿があったことにも触れ、「引き継いでいただいた帳簿によって配った」と明言。
その上で「テレビで立派なことをおっしゃりながら盆と暮れに官邸からのあいさつを受けている評論家には亡くなった方もいる」と指摘した。
野中「(政治)評論をしておられる方々に、盆暮れにお届けするというのは額までみんな書いてありました。まあ、あいさつ程度のことですけども、盆暮れやってるのを見て、ああ、こんなことをせなならんのかなと。あんだけテレビで正義の先頭を切るようなことを言っている人が、こんな金を平気で受け取るのかなと思いましたね。」
一方で機密費の提供を拒否した評論家として田原総一朗氏を挙げた。
(ここまで『副島隆彦の学問道場』様からの転載)
官房機密費から言論人への資金提供については、過去にも報道されたことがあったが、明確に責任は問われなかった。
政権交代が実現し、官房機密費の使途公開が進展し始めている。
田原氏は官房機密費を受け取らずに偏向報道を展開していたのであり、官房機密費がすべてではないが、少なくとも官房機密費を受け取って発言を行っていた人々は、その道義的責任を追及されるとともに、発言内容を根本から再検証しなければならないことになる。
鳩山政権は言論人に対するこれまでの資金提供のすべてを全面公開するべきである。この全面公開が腐敗しきった日本の言論空間浄化の第一歩になることは間違いない。



小沢一郎攻撃メディア談合組織「三宝会」


2010年2月21日 (日)


小沢一郎氏に対するメディアの集中攻撃が続いている。何も知らない市民は悪徳ペンタゴンの情報工作の罠に嵌ってしまう。竹下元首相が組織した小沢一郎氏攻撃の談合組織である「三宝会」の暗い影は、いまも日本の情報空間を大きく歪めているのである。
平野貞夫氏の著書
『平成政治20年史』販売元:幻冬舎
 わが友・小沢一郎 販売元:幻冬舎
を読んで、小沢一郎氏の実像を正しく認識することが求められる。
 「日々坦々」様が2月18日付産経新聞サイトに掲載された平野貞夫氏に対するインタビュー記事を掲載されたので、以下にその内容を転載させていただく。
「鳩山政権の混迷が批判されている原因は、民主党議員が昨年8月30日の歴史的意義を理解していないことです。120年の日本の議会政治史で、初めて有権者によって行われた政権交代なのです。民主党議員はあれよあれよという間の政権交代だったから、その意義を深く考えていない。
これは私と小沢(一郎)さんとで一致している意見なのですが、鳩山政権は日本で初めて民衆が作った国家権力で、昨年の衆院選は無血革命だったといえます。権力を握ってきた自民党、官僚はそれを失ったわけですから、認識して危機感を持っていますが、肝心の民主党議員が認識していない。
民主党議員は官僚支配を変えると言いますが、そのためには知恵を出さなくてはだめです。本当に変えるためには官僚を説得して共通の認識を持ち、丁寧にやっていくべきです。官僚と戦うべき時は戦わなければなりませんが、それは根本の問題でやるべきで、端っこの問題で国民の人気を取ろうと官僚いじめのようなことはやっちゃいけません。
鳩山政権の問題は「政府は鳩山、党は小沢」と分けて口を出さないようにしたことです。これは実は民主党のドロドロした権力闘争によるものなんです。反小沢グループが小沢さんを政策協議にかかわらせないようにした。それで一番困っているのは鳩山(由紀夫)さんです。鳩山さんは小沢さんも含め主要な人とよく話をしていけばいい。
民主党だけでなく、与野党含め親小沢か反小沢かというレベルのことが対立軸になっているのは、日本の政治にとって深刻な問題です。それを助長させているのは渡部恒三(元衆院副議長)さんですよ。その影響を受けた民主党の反小沢グループが、渡部さんの実態を知らないのがまた問題です。渡部さんは自民党田中派時代からトラブルメーカーでしたが、言葉巧みにいろんな人に取り入り生き延びてきました。渡部さんは「小沢さんとは友達だ」と言いながら、意図的に小沢さんの評判を落とそうとしている。そのことに民主党議員も国民も気づいてほしい。
親小沢の人にも言いたい。「小沢独裁」と言われますが、私たちは新進党、自由党時代、小沢さんと徹底的に議論しました。今の民主党議員は小沢さんを孤立させてます。堂々と議論を仕掛ければ、きちっと対応する人ですよ。小沢さんは腰を引いてお世辞を言う人は嫌いなんです。それを小沢さんの威を借りて自分の力に利用しようとする。反小沢も親小沢も国会議員として自立できてません。
(政治資金規正法違反事件で)小沢さんは不起訴となりましたが、当然です。私は政治行動をともにしてきましたが、小沢さんは不正なカネをもらったことは一切ありません。検察の捜査は不正なカネをもらったはずだということが前提でした。検察は民衆が官僚政治を打破するために作った政権を、本格政権にしようとしている小沢さんの政治的暗殺をもくろんだわけです。これと同じことは戦前、帝人事件(注)で行われました。軍部と検察が組んだファッショだったのですが、その結果、日本は戦争に突き進んでしまいました。
一方、起訴された石川(知裕衆院議員)さんに対する議員辞職勧告決議案が出されましたが、憲法違反の可能性が高い。憲法上、有権者に選ばれた国会議員の身分は重く、政治資金規正法の虚偽記載で問われるものではない。実は政治資金規正法には虚偽記載の構成要件が書かれていないんです。しかし、検察はこの法律を利用して立件した。戦前の特高警察と同じ手法です。
民主党が夏の参院選で単独過半数を獲得したら、新しい国の柱を作るべきです。ひとつは健全な市場経済システム、共生社会をどう作るか。政策では納税者番号制などで所得や格差を是正しなければなりません。その後は年金、医療制度を確立して社会福祉目的税を創設することです。
安全保障の確立も重要です。米国とともに国連という世界の警察機構を整備し、日本も世界の平和秩序のために各国と同じことをする必要があります。小沢さんの「日米中正三角形論」が批判されてますが、それは単に比喩(ひゆ)であって、目くじらを立てる話じゃありませんよ。米国も中国も大事だということです。今の政治家で日米関係の重要性を一番分かっているのは小沢さんです。(聞き手 高橋昌之)
ひらの・さだお 昭和10年生まれ。35年、法政大学大学院修了後、衆院事務局入りし、前尾繁三郎議長秘書などを経て、平成4年に参院選高知選挙区初当選。小沢一郎・現民主党幹事長とは、5年に自民党を離党して新生党を結成、新進党、自由党と政治行動をともにしてきた。16年に政界を引退したが、小沢氏の懐刀として知られる。
帝人事件 昭和9年、帝人(帝国人造絹絲)株をめぐる贈収賄事件で、帝人社長や大蔵省次官ら16人が起訴され、当時の斎藤実内閣は総辞職に追い込まれた。その後、12年になって起訴は虚構で犯罪はなかったという理由で被告は全員無罪となった。立件は政界右翼と軍部が検察を使って行った策謀との説もある。斎藤内閣の総辞職以降、軍部の独走体制は強まった。」
(ここまで「日々坦々」様からの引用)




小沢一郎氏攻撃メディア談合組織「三宝会」②

2010年2月20日 (土)


昨日、民主党の小沢一郎氏に対するメディア攻撃の談合組織である「三宝会」についての記事を掲載した。まったく気付かなかったが、「Electronic Journal」様が2月18日付記事「三宝会/小沢潰しを狙う組織」(EJ第2756号)を掲載されていた。そのなかで平野貞夫氏の著書『平成政治20年史』を紹介されていた。驚くべき偶然であるが、「Electronic Journal」様の記事について言及できなかったことをお詫びしたい。
「Electronic Journal」様がすでに紹介されているが、平野貞夫氏は昨年8月に『わが友・小沢一郎』を出版された。総選挙を目前にして、小沢氏の実像を国民の前に明らかにした。
『わが友・小沢一郎』にも「三宝会」についての言及がある。以下に該当部分を転載する。
「村山首相が政権を投げ出し、橋本龍太郎が後継首相となるや、竹下は自分の意に反して政治改革を進め、自民党を壊そうとする小沢を潰すため、「三宝会」なる組織を作った。設立の目的は
「情報を早く正確にキャッチし、(中略)、行動の指針とするため、(中略)立場を異にする各分野の仲間だちと円滑な人間関係を築き上げていく」
というものだった。
 メンバーは最高顧問に竹下、政界からは竹下の息がかかった政治家、財界からは関本忠弘NEC会長ら6人、世話人10人の中で5人が大于マスコミ幹部、個人会員の中には現・前の内閣情報調査室長が参加した。
 要するに新聞、テレビ、雑誌などで活躍しているジャーナリストを中心に、政治改革や行政改革に反対する政・官・財の関係者が、定期的に情報交換する談合組織だ。この三宝会が最も機能したのが「小沢バッシング」で、ここに参加したジャーナリストのほとんどが現在でも小沢批判を繰り返している。「三宝会」の活動の成果は、日本中に小沢は「剛腕」「傲慢」「コワモテ」「わがまま」「生意気」などと、政治家としてマイナスのイメージをまき散らしたことだ。それでも小沢は政界で生き残つているのだが・・・・・・。」
 この文章のすぐ後に
「「小沢はカネに汚い」は本当か」
と題する文章が続くので、併せて紹介する。

「もうひとつ、小沢が誤解されている難題に、田中、竹下、金丸とつながる「政治資金」の問題がある。これについても、意図的な情報操作が続いているので、私なりに誤解を解いておきたい。
 平成5年6月、小沢と羽田孜氏が率いる「改革フォーラム21」(羽田派)が自民党を離党して、「新生党」を結成した時、結党準備をしていた私は、「新党で政治改革を断行するには指導者に問題があってはならない」と思った。そこで、友人の法務省(検察庁)幹部に、念のため羽田氏と小沢にカネの疑惑がないか、いわゆる身体検査を要請した。もちろん、本人たらには内緒だ。2日後、回答があり、「2人とも金銭問題をはじめ、心配はいらない。新しい日本をつくるため頑張ってくれ」との激励まで受けた。
 私は安心して結党準備を進めたが、その中で小沢が「政治資金」に厳しい考えをもっていることを実感した。ちょうど経団連が政治献金を停止した直後だったが、改革派の事務総長が「組織としてではなく、個人として経団連方式の献金先を紹介する」と好意を示してくれた。小沢にこれを報告すると小沢はこう言った。
「頼みたいところだが、改革を看板としている。丁重にお断りしてください」
 それで私はその日の内に、経団連事務総長に会って断った。その帰り、玄関で毎日新聞の社会部記者とすれ違った。そうしたら、翌朝の毎日新聞に「平野参院議員が経団連に献金要請」と書かれた。その記事を見た羽田新生党党首と細川護煕日本新党代表に個別に呼ばれ、私が「本当は献金を断りに行ったんです」と説明したら2入からはこう言われたのである。
「どうして相談してくれなかったのか。断ることはなかったのに・・・・・」
 もうひとつある。
 高知のゼネコン「大旺建設」の役員である私の従弟から電話で「新生党の小沢さんに期待している。結党祝いに3000万円寄付したい」との申し入れがあった。これも小沢に報告したが、小沢からは、こう返された。
「大旺建設は経営状態が悪いと聞いている。寄付してもらうことは心苦しい」
 それで、わたしは断った。
 これらの例でも、小沢の政治資金に対する感性が理解できよう。」
 私は平野貞夫氏をよく存じ上げているが、小沢一郎氏の側近として活動を続けてこられた唯一無二の存在であり、歴史の事実を平野氏ほど正確に記述されてきた政治家はほかにいない。
 小沢一郎氏に対するさまざまな評価が世間に流布されているが、小沢氏の実像に迫ろうとするなら、まずは平野氏の記述する小沢一郎氏を読むことが第一歩であろう。
 小沢氏の側近であり続けたことで、その点を割り引く必要はあるかも知れないが、平野氏の著作の最大の特徴は、歴史の事実をありのままに記述されている点にある。小沢氏に対して論評を試みるなら、まずは歴史の事実を正確に知ることが第一歩になるべきで、その意味で平野氏の著作に目を通すことは不可欠である。



対小沢一郎氏激烈メディア攻撃黒幕「三宝会」

2010年2月19日 (金)

平野貞夫氏が『平成政治20年史』で「三宝会」について言及されたことを、「Aobadai Life」様が2009年5月16日付記事

「後藤キャスターは秘密組織・三宝会の世話人だった。」

に記されている。

 「三宝会」は竹下元首相の指示で1996年につくられたもので、新聞、テレビ、週刊誌、政治家、官僚、評論家が集まり、自民党にとって最大の脅威だった小沢一郎氏をメディアの力で抹殺する作戦が行われたのである。
 この「三宝会」の最高顧問は竹下登氏であり、
世話人に、
高橋利行 読売新聞 世論調査部長
後藤謙次 共同通信 編集委員
芹川洋一 日本経済新聞 政治部次長
佐田正樹 朝日新聞 電子電波メディア局局長付
湯浅正巳 選択出版
福本邦雄 (株)フジインターナショナルアート 社長
などが名前を連ねる。

 法人会員には、
全国朝日放送(株)、(株)ホリプロが名を連ね、
 個人会員の企業別会員数は、
朝日新聞(5名)、毎日新聞(3)、読売新聞(3)、日経新聞(3)、共同通信(3)、
TBS(1)、日本テレビ(2)、フジテレビ(1)、テレビ朝日(2)、
講談社(2)、文芸春秋(3)、プレジデント(1)、選択(1)、朝日出版社(1)
等となっている。
 2006年4月に小沢一郎氏が民主党代表に就任した。本ブログで繰り返し指摘してきているように、悪徳ペンタゴンは小沢一郎氏を最重要危険人物と認定し、2006年4月以降、一貫して小沢氏に対する執拗な攻撃、失脚工作を重ねてきている。
 そのなかで、特筆すべきは、メディアが連携して小沢氏攻撃を拡大させてきたことと、検察権力が不正に政治利用されてきたことである。
 小沢氏に対するメディアの集中攻撃の原点が「三宝会」にあると見て間違いないだろう。
 上記名簿のなかに、読売新聞世論調査部長とニュースキャスターを務めている後藤謙次氏の名前があることに特段の留意が必要だろう。
 メディアは政治権力により支配され、コントロールされてきたのだ。政権交代は実現したが、旧権力である悪徳ペンタゴンは、権力の喪失に執拗に抵抗している。メディア、検察などの組織内に、旧権力の走狗が多数潜んでおり、旧権力の走狗として、反政権交代の工作活動をいまなお展開しているのだと考えられる。
 メディア・コントロールの実働部隊としての「三宝会」の詳細を明らかにすること、この「三宝会」と現時点での反鳩山政権活動を展開するマスメディアとの関わりを、じっくりと時間をかけて検証する必要がある。
 主権者国民は、まず、政治権力による情報操作、メディア・コントロールが現実に実行されてきた現実を知り、その現実を直視するところからスタートしなければならない。現実を直視することにより、世界の歪んだ実相が見えてくるのであり、主権者国民として取るべき対応が明らかになってゆくのだ。
 現在の政治状況を平成20年の歴史のなかに正確に位置付けるためにも、平野貞夫氏の著書『平成政治20年史』を改めて熟読する必要があると思われる。
(追補)本ブログ2月15日付記事、2月16日付記事に、森喜朗氏の政治団体「経済政策懇談会」代表者石川俊夫氏について、「地獄への階段」様が石川氏が森ビル株式会社六本木ヒルズ運営本部タウンマネジメント室課長職にあることを調べられたことを「父さんの日記」様が紹介された旨の記述を掲載した。
 この点に関して、森ビル株式会社より同社の石川俊夫氏が「経済政策懇談会」代表者でなく、「経済政策懇談会」代表者とは別人であるとの連絡をいただいた。この連絡を受けて本ブログの該当部分を削除するとともに、事実と相違する記事の紹介によって関係者にご迷惑をお掛けしたことを謝罪申し上げます。



障害者が輝く組織が強い

2012年02月04日 18時08分51秒 | Weblog
社会福祉法人が育てた「現代アート」の新星たち 共同スタジオ「アトリエ インカーブ」《前編》

2010年4月1日 木曜日
高嶋 健夫


 経済の成長戦略が問われる日本。そのためには、新たな付加価値を創り出していく企業の存在が不可欠だ。そこでカギを握るのは、企業を支える人材にほかならない。

 どうやって1人ひとりの能力を最大限に引き出すか――。この解の1つが、「ダイバーシティ(多様性)」だ。年齢や性別などバックグラウンドの異なる人材が互いの立場を尊重しながら議論する中から生まれる「集合知」が、組織に創造性や活力をもたらすという考え方である。

 実際、日本企業でも女性や外国人を登用する動きが出始めている。ただ、見逃されている層がある。「障害者」だ。

 法定雇用率1.8%(従業員56人以上の民間企業の場合)をクリアしている企業は、2009年6月現在いまだ45.5%に留まる。本当の意味で障害者を「戦力化」できている企業は稀なのが現状だ。多くの企業経営者や人事担当者にとって、障害者雇用は「渋々ながら取り組んでいる義務」あるいは「やむを得ず支払っている社会コスト」というのが本音であろう。

 だが、「障害のある社員」が生産や販売、顧客対応、さらには商品企画・開発の現場で、「即戦力」として企業に貢献しているケースは少なくない。健常者にはない斬新な着眼点や発想力を持つ彼らの働きは、社内に刺激を与え、組織を活性化する。それにより、障害者の活躍の場がさらに広がる。こんな好循環が、企業パフォーマンス向上に結びつき、新たな企業価値を創り出している。

 「なぜ、彼らはうまくやっているのか?」。本コラムでは、障害者雇用の最前線の取材を通じて、「企業におけるダイバーシティ=人材力を最大限に発揮する経営」の真髄を探っていく。

 大阪市の南端、平野区瓜破(うりわり)。地下鉄谷町線喜連瓜破(きれうりわり)駅から車で10分ほど走った大和川の護岸沿いの住宅地に、現代美術界が注目する新進気鋭のアーティスト集団の活動拠点がある。共同スタジオ「アトリエ インカーブ」だ。

 運営しているのは社会福祉法人素王(そおう)会(今中博之理事長)。ここは知的障害のある人のための「指定生活介護事業所」、いわゆる通所施設なのだ。現在ここには「絵を描くことが大好き」な24人の知的障害者が通っている。それぞれが思い思いに絵筆を取り、自由なスタイルで自分が描きたい絵画の制作に明け暮れている。

 そんな福祉施設の活動の中から、コンテンポラリーアートの世界で脚光を浴びる作品が続々と生み出され、ニューヨークをはじめとする国内外の有力画廊が作品を取り扱う「新進作家」が何人も誕生している。中には、1点数百万円もの値が付く作品もあるほどだ。

 アトリエ インカーブのアーティストたちの作品は、世間の人々が一般に抱くような“知的障害者が描いた上手な絵”といった固定観念をはるかに突き破り、「芸術作品」として斯界に確固たる地位を築いているのである。

 ある人は「現代アートの奇跡」とまで言う。けれども、それは偶然の産物ではなく、ある社会起業家の挑戦から生まれた成果なのである。一言にまとめるなら、「既存の社会システムの仕組みを巧みに組み合わせて、“障害者のチカラ”を引き出す1つの社会実験」と言えるかもしれない。

 まずは、その急成長の軌跡を追ってみよう。

ニューヨークで脚光を浴びた

 最初に火の手が上がったのは5年前、現代美術の聖地・ニューヨークだった。2005年、アトリエ インカーブに所属するアーティストたちの作品を収録したCD-ROMを複数の有力画廊に送ったのがきっかけだった。

 反応は早かった。すぐさま、新進作家の発掘で定評のある大手画廊、フィリス・カインド・ギャラリーから「ぜひ、うちで扱わせてほしい」というオファーが入った。

 ニューヨークでは正式な美術教育を受けていない作家による「アウトサイダーアート」として高く評価され、アートフェアへの招聘、『ニューヨーク・タイムズ』紙をはじめとするマスコミの取材が相次いだ。

 評判は燎原の火のように広がり、その後、彼らの作品はサンフランシスコ、東京、さらにはパリと、世界各地の大手画廊でも扱われるようになっていった。

 これを契機に、美術館やギャラリーでの作品展も開催されるようになる。アトリエ インカーブの名が日本国内でブレークしたのは、2008年1月に大阪市港区のサントリーミュージアム[天保山]が企画・主催した「現代美術の超新星たち――アトリエ インカーブ展」。5人の所属アーティストの作品約60点を集めた国内初の単独展として開催され、12日間の期間中に約6000人の来場者を集めたほか、マスコミの取材件数が同ミュージアム開館以来の新記録を作るという大きな反響を呼んだ。

 この作品展で本格デビューしたのは、次の5人の作家たちだ。彼らがアトリエ インカーブを代表するアーティストと言っていい。

寺尾勝広さん
 1960年生まれ。父親が経営する鉄工所で溶接工として働いた経験から、鉄をモチーフにした個性的な作品を次々と発表。アトリエ インカーブの作家の中では最も早くから注目され、高い人気を誇る。

湯元光男さん
 1978年生まれ。主に建築物や虫、鳥などを題材にして、色鉛筆を使った緻密で幻想的な作風を確立している。

新木友行さん
 1982年生まれ。大好きな格闘技をモチーフに、色鉛筆によるドローイングやCG(コンピューターグラフィクス)で、大胆にデフォルメした独特の躍動美を描く。

吉宗和宏さん
 1984年生まれ。細部をそぎ落とした人物像や造形など、独自の色彩表現で絵画、版画から立体造形までを手掛けるマルチプレーヤー。

武田英治さん
 1980年生まれ。雑誌広告に現れた文字やデザインをモチーフに、独自の構図を丹念に描き出す作風で人気を集める。


 サントリーミュージアム展の成功によって、同じ年の2月には東京・六本木の国立新美術館のギャラリーで新木友行さんの個展「PURORESUMAN(プロレスマン)」が開かれるなど、その後も年間数回のペースで作品展開催が続くようになった。

続々と画壇デビュー

 そして今年2月には、新たなステージを迎える。浜松市美術館で7人の作品を集めた同館主催による「アトリエ インカーブ展」が開催され、既に売れっ子作家に成長した寺尾さんや新木さんらに続いて、新たに塚本和行さん、信谷弘光さん、北池裕一さんの3人の作家が本格的な画壇デビューを果たしたのである。


“規格外”の障害者福祉施設

 もっとも、こうした華々しい評価は決して、向こうから一方的にやって来たというわけではない。明確な理念と戦略によって着実に歩を進めてきた「仕掛け人」がいる。

 素王会の理事長で、アトリエ インカーブのエグゼクティブディレクターでもある今中博之氏その人だ。自身も軟骨形成不全症による下肢障害があり、大学でインテリアデザインを専攻。商業施設の内装などディスプレー分野で最大手の乃村工藝社勤務を経て、想いを持って同アトリエを立ち上げた社会起業家である。

 今中氏の存在抜きに、アトリエ インカーブの個性的な活動は語れない。その独特な施設運営には、今中氏の障害者福祉と現代美術界への「問い掛け」、もっと言えば「反逆のメッセージ」が込められているように見える。

 アトリエ インカーブの運営理念を一言で表現すれば、「障害のある人たちが持てる潜在能力や才能をいかんなく発揮できる環境を整え、自らの能力で自立できる場を提供する」ということに尽きるだろう。そのために今中氏は試行錯誤を繰り返しながら、福祉制度に基づく公的支援とビジネスの世界で培ったプロモーション手法、市場競争原理に則った成果報酬などを巧みに融合した、ほかに類例のない独自の施設運営スキームを編み出したのである。

 実際、2002年に開設されたアトリエ インカーブは、何から何までが“規格外”の障害者福祉施設だ。

 住宅や町工場、配送センターなどが点在する住工混在のありふれた郊外風景の中に現れるその建物自体が、既に多くのメッセージを発信している。小さな畑の隣に建つ鉄筋コンクリート3階建てのアトリエは、一級建築士である今中氏自身が設計したもの。

 コンクリート打ちっ放しの外壁、1階には吹き抜けのあるロビー兼食堂、入り口脇には板張りの小さなテラスもある。2~3階はアーティストたちの作業スペースで、明るい採光が印象的だ。

 1人ひとりの“居場所”が決まっていて、アーティストたちはそれぞれ創作意欲の赴くままに、自由に画材を選び、絵筆を取る。別棟には、大きな作品を創作するための工房も用意され、目下のところは寺尾さんや新木さんらが次の大作に挑んでいる。どこを見ても、「アートスタジオ」と呼ぶにふさわしい造りになっている。

誰にも強制されない

 ハード面だけではない。運営手法や財務管理、スタッフの採用方針などソフト面でも、一般の障害者施設とは一線を画す異色の取り組みを続けている。

 作業時間は原則として、平日の午前10時~正午まで。お昼になると、みんな一緒に食堂で昼食をとり、後片付けと掃除をして家路につく。人によっては居残りをして、午後1~2時まで制作を続ける人もいるという。それももちろん各自の自由で、時には描くことに飽きてソファーで横になり、昼寝をしてしまう人もいる。

 一般的な障害者ための授産施設のように、お仕着せのメニューが決まっているわけではない。「誰にも強制されず、自分が好きなことだけに打ち込める」。そんな環境作りをひたすら追求しているのである。それは、感情・感性が繊細で傷つきやすい人が多い知的障害者にとっての望ましい生活環境であると同時に、アーティストにとっては理想的な創作環境でもあるからだ。


障害者のチカラを引き出す“社会実験”
共同スタジオ「アトリエ インカーブ」《後編》
2010年4月8日 木曜日
高嶋 健夫

通所する知的障害者がのびのびと才能を発揮できる環境作りに徹する「アトリエ インカーブ」(大阪市平野区)。その理念や運営方針を端的に表すユニークな“所内用語”がある。

 ここでは、通所者を「クライアント」と呼んでいるのだ。その理由を、アトリエ インカーブのエグゼクティブディレクターでもある今中博之氏は「施設にとって利用者はあくまでもお客様ですから」と事もなげに言い切る。

 ここに通う知的障害のある人は現在24人。定員は20人なのだが、通所希望者が後を絶たないため、「ギリギリいっぱいまで受け入れています。それでも空き待ち状態が解消されない」と今中氏は嬉しい悲鳴を上げる。今もわざわざ東北地方から引っ越してきて、住民票も移して通所を続けるクライアントがいるほか、評判を聞きつけた保護者などからの問い合わせは毎日のように全国各地から寄せられるという。

 通所希望者の受け入れ条件は「絵を描くのが好きなこと」だけ。ただし、単純に絵が好きなら誰でもOKというわけではない。事前にこれまでに描いた作品を提出してもらい、その人のスキルや才能、意欲、適性などをきちんと評価したうえで、本人や家族との面接を行って最終的に受け入れるかどうかを判断する。

 「1人でも多く受け入れたいが、キャパシティに限界がある以上、シビアに選考せざるを得ない」(今中氏)。

実力主義による自立支援

 入所を果たした後も、時に「実力による厳しい選別」が通所者を待ち受けている。すべての「クライアント」がそのまま「アーティスト」として独り立ちできるわけではない。画廊での委託販売も、美術館での作品展示も、すべては「第三者による客観的な評価」に委ねているのである。

 例えば、ある美術館で作品展を企画した場合、誰の作品を取り上げるかは、あくまでもその美術館の学芸員が決定する。作品展の前には必ず24人全員の作品を一堂に並べ、一切の情実なしで自由にピックアップしてもらう選考会を開くのが決まりだ。当然、いつも選ばれる人もいれば、期待していたのに選ばれなかった人も出てくる。アーティストとして作品を扱われたことがあるのは現在のところ、10人ほどに留まっている。

 実力勝負は障害のあるなしには関わらず「渡る世間の常」だし、ましてやアートの世界は作品がすべて。それはその通りだが、なぜそこまで「客観的な評価」をシビアに貫くのか。

 その理由は、作品の売り上げがそのままクライアントの「個人収入」になる仕組みにしているからでもある。通所者の作品はアトリエ インカーブの公式ウェブサイトや各地の画廊などで販売しており、作品が売れた場合は諸経費を除いた全額が当人の口座に払い込まれる。

 では、作品が単独では売れない人の収入はどう確保しているのか。アトリエ インカーブでは、クライアントの作品を使用した様々なオリジナルグッズを開発し、同じようにウェブサイトや各地の美術館のショップなどで販売している。ブローチやストラップなどのアクセサリー類、ブロックパズル、Tシャツ、トートバッグなど、その数は20点ほど。これらのオリジナルグッズの売り上げは一律「24分の1」が各人に還元される。つまり、通所者全員でシェアする仕組みにしているのである。

 障害のある人でも、持てるスキルや才能が「仕事」となり、そこから「収入」を得て、「自立」できる仕組みを作る。障害者の自立支援を、こんな明確な成果配分方式で実践しているのである。

福祉のスキルは後からついてくる!

 他方、クライアントのケアに当たる事業所スタッフの陣容も異彩を放っている。スタッフは現在11人いて、うち常勤スタッフは今中氏も含めて9人だが、全員が美術大学やデザイン学校などで学んできた「美術系の専門人材」ばかり。以前に福祉の専門教育を受けたり、障害者施設に勤務したりした経験がある「福祉の専門人材」は1人もいないのだ。

 「先入観なしで『作品が面白い』と感じ、制作の現場に飛び込みたいという人が欲しい。それがここでの採用の第一条件。福祉的なマインドは人間なら誰もが持っているもの。クライアントへの敬意と作品への愛情があれば、福祉のスキルは後からでもついてくるはずですから」と今中氏は強調する。

 スタッフの役割は重く、求められるスキルの水準も高い。全員が「2つの仕事」、つまり通所者の日常生活の面倒を見る“福祉施設の介護業務”と、オリジナルグッズの開発・販売や作品展開催などに伴う渉外業務といった“アトリエ関連業務”を同時並行でこなさなければならないからだ。

それだけに、選考は厳しいものとなる。まず履歴書と共に在学中の作品を提出してもらい、書類選考で最初のふるいにかける。そのうえでまず今中氏らが面談。これがいわば1次試験。それを通過したら、今度は実際に障害のある人たちと一緒にアトリエ インカーブでの生活を体験してもらい、それを通過して初めて正式採用となる。これはつまり、クライアントたちによる2次試験なのだ。

 「福祉施設である以上、障害のある人たちとの関係作りが一番大切。クライアントに認められなければ採用できない」と今中氏はきっぱりと言い切る。作品展の選考に漏れて落ち込んでいるクライアントがいれば優しく見守り、創作意欲がなくならないようにフォローするのももちろん彼らの仕事。それがなければ、実力本意のアトリエ運営は機能しない。

 では、どんなタイプの人材が適しているのか。「おっとりとした空気感を持っている人ですね。知的障害のある人は強い言葉で何か言われたり、自分の世界に入り込まれたりするのが苦手な人が多い。その距離感を理解してくれて、ほんわかと接してくれる人が大好きなんです。反対に、距離感がつかめない人は絶対にダメ。優しい言葉遣いで上辺をどんなに取り繕っても、彼らは即座に見抜いてしまうんです」。今中氏は笑顔でこう答えてくれた。

 それらスタッフの人件費をはじめ施設の運営費用はどう賄っているのだろうか。「施設の運営には年間5000万円以上かかるが、すべて公的助成でやりくりしています」と今中氏。「障害者の生活保障はあくまでも国の仕事。それをベースにして、民間の発想とノウハウで彼らの才能を発掘して自立の道を支援していく。これが障害者福祉のあるべき姿なのではないか」。この点が、今中氏が絶対に譲れない主張なのだ。

 とはいえ、アート作品やグッズの売り上げを各クライアントの「個人収入」に優先的に回す仕組みにしているため、運営は楽ではない。最大の悩みは、スタッフの給与水準をなかなか上げられないこと。「彼らの意欲と使命感に支えられているのは確かです。社会福祉法人はどこも同じような低空飛行状態。スタッフには感謝しているが、いつまでもこの状態では、せっかくいい人材が来てくれても長くは続かない。もっと福祉の仕事への評価と報酬を国の責任で引き上げてほしい」と今中氏は訴える。

「公が守り、民が育てる」仕組みを目指して

 福祉の世界で異端の施設経営に挑む今中氏も、元は普通のビジネスマンだった。今年47歳。両下肢に先天性の障害を抱えてはいたが、大学卒業後、乃村工藝社にデザイナーとして入社し、2003年まで同社デザイン部に在籍。企業ショールームや展示会、商業空間デザイン、さらには医療機関や障害者施設などのソーシャルデザインの仕事に幅広く取り組んできた。

 「障害者とアート」に関わるきっかけは、十数年前に会社を休んでアメリカに行ったこと。その当時は体調も思わしくなく、空間デザインの仕事にも行き詰まりを感じていた。「独創性とは何か」に迷い、自分の仕事にも疑問を感じ始めていたという。

 何かを見つけたいと考えて訪れたアメリカで「アウトサイダーアート」と出会い、衝撃を受けた。「結局のところ、アートとはオリジナリティであり、それは専門教育を受けたからといって身に付くものではない。そう考えるようになりました」と今中氏。

 帰国後しばらくして、たまたま、ある知人から絵の好きな知的障害者を紹介された。「彼は絵を描くのが好きで才能もあるのに、その才能を発揮できる場所がない。既存の福祉作業所や企業の特例子会社では、望んでいない仕事をやらされるだけで、収入も微々たるもの。この現状を何とかしたいと、いわゆる無認可作業所を開設したのが、アトリエ インカーブの第一歩になったんです」。

 素晴らしいコンテンツがあるのに、それを発表する場がなく、アーティストとして活動するシステムもない。そんな知的障害のあるアーティストをどうやって育成していくか。その答えとして、今中氏がたどり着いたのが、「国が守り、民間が育てる」現在のアトリエ インカーブの仕組みだ。「公50%・民50%の自立支援システムの確立」。それが今中氏の目指すゴールなのである。

 それは、自身が生まれてこの方ずっと悩み、苦しんできた「障害」と「表現」への1つの解答であり、「福祉」と「美術界」の現状に対する強烈なアンチテーゼでもある。

 現在の今中氏はアトリエ インカーブの所属アーティストの作品が「障害者アート」と呼ばれたり、「アウトサイダーアート」に分類されたりすることを極端に嫌う。「彼らの作品はあくまでも『コンテンポラリーアート』の一形態に過ぎないのであって、障害のあるなしや、専門教育を受けたかどうかは全く関係ない」。今中氏にとって、アートの評価は「作品の質」がすべてなのである。

 「どんな芸術にも『アートパトロネージュ』、つまり、才能ある作家を発掘する目利きと、それを育てていく支援者が必要。私はその役割をビジネス社会に期待しています。多くの企業がアトリエ インカーブの作家たちを育ててくれるような仕掛けを作り続けていく。それが私の仕事だと考えています」

 そんな今中氏とアトリエ インカーブの挑戦はまだ始まったばかりだ。6月には、出身地の京都市壬生に、待望の常設展示場「ギャラリー インカーブ」を開設する予定だ。アトリエ インカーブと同じように、社会福祉法人素王会の“直営”で運営する。

 さらに、大きなプロジェクトも実現に向けて動き出した。アトリエ インカーブを最初に認めてくれたニューヨークでの初の単独作品展の開催である。当地のジャパン・ソサエティー・ギャラリーで2011年夏に「アトリエインカーブ現代美術展(仮称)」を開催する計画で、2年ほど前から準備を始めている。「リーマンショックの後遺症でスポンサー集めには正直、苦労していますが、何とかやり遂げたい」と決意を新たにしている。

 その先にはさらに、ニューヨークに“素王会直営”のギャラリーを開設するという大きな夢もある。「社会福祉法人という世界に誇れる日本独自の福祉制度から生まれた現代アートを、広く世界に発信し続けたい。それも私の使命だと思っています」と今中氏は力強く結んだ。

今中 博之(いまなか・ひろゆき)氏
1963年京都市生まれ。一級建築士。乃村工藝社デザイン部を経て、2002年社会福祉法人素王会を設立、理事長に就任。イマナカデザイン一級建築事務所も主宰。大阪成蹊大学芸術学部情報デザイン学科准教授、金沢美術工芸大学非常勤講師。 『観点変更』(創元社、2009年)など著書多数。


高嶋 健夫(たかしま・たけお)
フリーランス・ジャーナリスト

1956年東京都生まれ。79年早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社。宇都宮支局、東京本社編集局産業部、日経ベンチャー編集(現・日経トップリーダー、日経BP)、出版局編集部次長兼日経文庫編集長などを経て、99年からフリーランス・ジャーナリスト。1989年に眼病を患い、視覚障害者(軽度の弱視)になる。その体験も踏まえて財団法人共用品推進機構に参加。99年4月~2011年5月まで機関誌「インクル」編集長を務める。専門分野は高齢者・障害者ビジネス、中小・ベンチャー企業経営。昨年4月から日経ビジネスオンラインで「障害者が輝く組織が強い」を連載し、同11月に『障害者が輝く組織』(日本経済新聞出版社)として刊行。『R60マーケティング』(共著、日本経済新聞出版社)、『クリスマス・エクスプレスの頃』(共編著、日経BP企画)、『共用品白書』(共編著、ぎょうせい)など著編書多数。

世界初、原発の見えなかったコストを解明する 日本のエネルギー政策、ゼロから出発するための第一歩

2012年02月03日 20時43分12秒 | Weblog

2012年2月2日 木曜日
伊原 智人


 2011年10月3日、古川元久・国家戦略担当大臣を議長とするエネルギー・環境会議は、「コスト等検証委員会」を設置することを決定した。これは、東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故を踏まえて、ゼロから見直すことになったエネルギー環境戦略を検討するための第一歩であった。特に、従来、安いとされてきた原発のコストなどを徹底的に検証することは、聖域なき検証の大前提になるという認識に基づくものであった。

 これから、5回にわたり、このコスト等検証委員会が、2011年12月19日にまとめた報告書のポイントについて、当該委員会の事務局メンバーが解説する。但し、解説の内容については、各執筆者個人の文責によるものである。

 第1回は、原子力発電のコストについてである。

 原子力発電については、原発事故の前から、国家が何らかのサポートをしないと成り立たないと言われていた。すなわち、電気料金には表れていないが、国家の負担として、国民が別の形(例えば税金)で負担している「隠れたコスト」があるのではないかという指摘である。

 今回の委員会の委員の一人である大島堅一・立命館大学教授は、原発の発電コストを考える際に、国が負担している原発の立地自治体に支払われる立地法交付金なども入れるべきとの主張を展開していた。しかし、これまでの政府や国際機関が行ってきた原発の発電コストの試算において、こうした「社会的なコスト」といわれるコストを勘案した例は、世界的にみても見当たらない。

過去の試算より5割以上高い

 今回の委員会の報告書では、こうした社会的なコストも含めて試算している。具体的には、原発のコストとしては、(1)原発の建設費用などの資本費、(2)ウラン燃料などの燃料費、(3)人件費などの運転管理費といった一般的に発電原価といわれるコストに加えて、(4)事故リスクのコスト、(5)政策経費も含めて試算した。

 その結果は、下限が約9円/キロワット時(注1)であり、上限については示せないということであった。2004年、電気事業連合会が経済産業省の総合エネルギー調査会・電気事業分科会に提出した試算などに基づき、これまでよく言われていた5~6円/キロワット時程度という水準から考えると、下限でも5割以上は高いという試算結果である。

 なぜ、このような結果になったのか。図1をご覧いただきたい。


 2004年の試算と比べて、今回の試算で、どのようなコストが上乗せされているかが示されている。まず、建設費や人件費などの上昇で資本費や運転管理費などが増加した分と、東日本大震災後に示された追加的な安全対策のための費用を勘案して1.4円/キロワット時が増額となる。これに、政策経費ということで、電力会社ではなく、国が支払っている原発関連の費用も、国民が負担しているという意味では発電コストとして計上して、年間3200億円で、1.1円/キロワット時と算出された。
(注1)今回の試算は、それぞれの電源ごとに、2010年に稼働を開始したと想定したモデルプラントを前提に、そのモデルプラントが一定の条件で稼働した場合の発電コストを試算。そのため、稼動年数、設備利用率、割引率などの条件により、発電コストは異なる。原発では、稼動年数40年、設備利用率70%、割引率3%の場合、下限が8.9円/キロワット時。

 さらに、もう1つの社会的コストとして、議論となったのが、事故リスクのコストである。事故リスクのコストとは、今回の事故を受けて、原発について、いったん事故が起こると損害賠償や追加的な廃炉費用など、膨大なコストが発生する。この発生するかもしれないコストについて、何らかの対応を予め取っておく必要があるが、そのためのコストはいくらなのかという問題である。

 この事故リスクのコストについては、委員会においても、特に活発な議論があった議題であった。この事故リスクのコストを試算するにあたり、事故が起きた後の廃炉の費用や、損害賠償費用を算出する前提となる原発事故の影響などについては、技術的な知見が必要であろうという判断で、原子力委員会に協力を依頼することとした。具体的には、原子力委員会で、いったん試算していただいたものをコスト等検証委員会にご報告いただき、コスト等検証委員会でそれらを検証させていただくということとした。

 11月15日、原子力委員会の鈴木達治郎委員長代理(原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会座長)から、原子力委員会での試算結果をご報告いただいたが、その際には、大きく2つの方法が示された。1つは、損害想定額に事故の発生確率を掛けた「期待損害値」といわれるものであり、もう1つが、損害想定額を、原発事業者全員で準備するという「相互扶助方式」といわれるものである。

 まず、前者について、議論がなされたが、コスト等検証委員会では、4人の委員がそろって、前者の期待損害値については、不十分であるとの指摘した。その際の趣旨は、以下の通りである。

原発事故の保険料は算定できない

 本来、事故リスクに備えるためには保険が一般的であり、そのための保険料をコストとして見込むのが適当である。その保険料を算出する際、とても低い確率だが、極めて大きな損害が発生するような場合は、期待損害値だけではなく、追加的なコスト(リスクプレミアム)を見込むべきである。

 さらに、今回の福島原発事故のような原発のシビアアクシデントのように、よりまれで深刻な被害が発生する場合は、リスクプレミアムを計上することも困難ということで、このような観点から保険料を算出できないという結論になり、そうであれば、期待損害値を事故リスクコストとすることはミスリーディングになりかねないということで、採用しないこととなった。

 そこで、もう一方の「相互扶助方式」を検討した。相互扶助方式は、シビアアクシデントが生じた場合の損害を、原発事業者全員で負担しようという考え方によったものであり、損害想定額を、一定の期間で積み立てると仮定した場合の積立金を、事故リスクコストとしてカウントしてはどうかという考え方である。議論の結果、疑似的な保険制度として、このような考え方で、事故リスクコストを出すことはありうるということになり、この委員会では、損害想定額を40年間で積み立てるという場合の費用を事故リスクコストとすることになった。

 なお、損害想定額については、図2をご覧いただきたい。原発のシビアアクシデントの際の損害想定額を算出するにあたり、過去の例としては、世界でも、スリーマイル島、チェルノブイリ、福島しかなく、今回の試算にあたっては、福島を参考に算出することとした。
 原子力委員会では、東京電力に関する財務・経営調査委員会が推計した追加的な廃炉費用と損害賠償額を基に試算した(図2の紫色部分)。コスト等検証委員会では、それに加えて、行政経費、除染費用の一部、損害賠償の基準の変更による増額分などを追加して算出した。

 しかしながら、ここで、(1)含まれていない費用があること(図2のオレンジ色部分)、(2)今回の相互扶助方式を一種の保険として捉えた場合、事業者は十分な余裕をもって事故リスクに備えるべきとの考え方から、これはあくまでも下限値であるとされた。


上記の議論の結果、原発の事故リスクのコストは、割引率3%、設備利用率70%、稼動年数40年の場合、0.5円/キロワット時が下限であり、上限は示せないこととなった。

使用済み核燃料の再処理コストは?

 原発のコストについては、しばしば、バックエンドの費用はどうなっているのかという質問を受ける。原発のバックエンド費用とは、発電した後に出てくる使用済みの核燃料の処理にかかる費用のことである。

 日本では、バックエンドについては、核燃料サイクルということで、再処理という工程を経て、MOX(ウラン・プルトニウム混合酸化物)燃料という形にして、原発でまた使うという前提で試算されてきた。今回は、この点についても、事故リスクのコストと一緒に、原子力委員会に協力を依頼したが、その際に、様々な方策の試算をお願いした。

 その結果として、原子力委員会からは、大きくわけて3つの方策を前提とした試算結果が提出された。1つが使用済み核燃料全てをすぐに再処理して、それでできたMOX燃料をまた発電に使うというサイクルを前提とした「再処理モデル」(図3)、もう1つが、「直接処分モデル」といわれる方策で、使用済核燃料全てを地層処分という形で、一定期間、地上で冷却した上で、地下深くにそのまま埋設するという方法である(図4)。3つ目は、半分は20年貯蔵後、再処理し、残りの半分は50年貯蔵後、再処理をするという「現状モデル」である(図5)。

 それぞれのコストを比較した結論としては、再処理モデルは、直接処分モデルよりも、約1円/キロワット時高く、現状モデルはその中間的に位置するというものであった。ただし、この試算は、モデルプラントの試算であり、かつ、現在の日本の実態に必ずしも合致していない前提の部分もあることから、今後、日本におけるバックエンドの選択肢の議論がなされる場合には、我が国の現在の状況を前提とした具体的なシナリオをもとに試算がなされるものと考えられる。




今回、原発のコストについて、世界的にも前例がない事故リスクのコストや政策経費という社会的コストを加味した形で試算をしてみて、他の電源と比べても、やはりその試算の難しさを認識せざるを得なかった。特に事故リスクのコストは上限が示せなかったように不確定要素が多い。ただし、少なくとも、試算のフレームワークを示せたことは意味があり、今後、さらなる検証を可能にしたことは評価されるべきものと考えている。

(次回に続く)
このコラムについて
フクシマ後の電力コスト

 東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故で、日本のエネルギー環境戦略はゼロから見直すことを迫られた。政府はその第一歩としてエネルギー・環境会議に「コスト等検証委員会」を設け、従来、安いとされてきた原発のコストなどの徹底検証を進めてきた。同委員会が、2011年12月19日にまとめた報告書のポイントについて、事務局メンバーが解説する。但し、解説の内容については各執筆者個人の文責によるものである。

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著者プロフィール
伊原 智人(いはら・ともひと)


フクシマ後の電力コスト


風力と地熱は、原発や火力と同じくらい安くなりうる
日本初、再生可能エネルギーの発電コストを体系的に試算する

                       2012年2月9日 木曜日
田中 良典

コスト等検証委員会が昨年12月に取りまとめた報告書のポイントの解説の第2回目に当たる今回は、将来の主要電源として期待が高まる再生可能エネルギーの発電コストと普及ポテンシャルに焦点を当てて紹介したい。

 2011年3月11日の東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故を契機に、政府は昨年夏、原発への依存を低減すると同時に、省エネルギーを進め、再生可能エネルギーの比率を高め、化石燃料をクリーン化する、という新たなエネルギー戦略の基本理念を示した。

 この基本理念を具体化するための中長期的な戦略・計画を夏までに策定するに当たり、原発が果たしてきた電力供給の穴埋めを再生可能エネルギーは、いつ頃までに、どの程度まで果たすことができるのだろうか。この問題を考える上で初めに直面した疑問が、以下の2点であった。

 (1)他の電源と条件をそろえて比べた場合、再生可能エネルギーの発電コストは、どのレベルにあり、いつ頃までにどの程度まで下げられるのだろうか?

 (2)地域の特性に左右されがちな再生可能エネルギーは、日本において、どの程度まで普及するポテンシャルがあるのだろうか?

 (1)の発電コストについて見ると、これまで、原発や火力発電とコスト比較ができるように試算条件を揃えた上で、再生可能エネルギー設備が新設された場合の、現在及び将来のコスト試算を体系的に行った例は過去に見られなかった。

 (2)の普及ポテンシャルについて見ると、関係省庁がそれぞれ行った調査の定義や前提条件の異なる数字が、それらの違いを十分に認識されないままで他の電源の発電電力量との比較に用いられて、議論がかみ合わない事態がしばしば見られた。

 こうした背景を受けて、コスト等検証委員会では、再生可能エネルギーについても(1)や(2)の検証を行うことにより、今年の春に向けて検討する新しいエネルギーミックスや地球温暖化対策の選択肢提示に必要な基礎的材料を提供することとなった。

燃料費と社会的費用はかからない

 前回の解説でも触れたとおり、コスト等検証委員会では、2010年、2020年、2030年に新たに運転を開始するモデルプラントを想定し、それらの稼働年数にわたって発生する(1)資本費、(2)燃料費、(3)運転管理費、(4)社会的費用(環境対策費+事故リスク対応費用+政策経費)の合計額を、稼働年数期間中に想定される発電電力量で割るという計算式に基づき、発電単価(円/キロワット時)を試算した。

 再生可能エネルギーの試算に当たっては、(2)燃料費がバイオマス発電など一部を除き、かからないこと、(4)社会的費用については、温室効果ガスを排出しないこと、事故リスク対応費用を上乗せする必要がないこと、技術開発予算などの政策経費を直近のわずかな電力量で割った値をコストに上乗せするのは適当でないこと、などの理由から、基本的には、(1)資本費と(3)運転管理費を発電電力量で割るという計算式を用いることとした。

 その上で、割引率、稼働年数、建設費(補助金実績や事業者ヒアリングなどを踏まえ、上限値と下限値を幅で設定)、将来の価格見通しのシナリオのパターンに応じて、複数の試算を行った。この結果、例えば2010年の新設プラントの発電単価を見ると、住宅用太陽光で48パターン、地熱では120パターンとなった。その全てをここで紹介することはできないが、概観を紹介すると次のページの通りである。


風力は量産効果、技術革新で価格が下がりうる

<風力> 風力(陸上)については、立地条件によって建設コストが異なるが、系統強化・安定化のための追加投資もなく、建設コストが安いなどの条件が揃えば、2010年のモデルプラントで9.9円/キロワット時と試算された。

 2030年モデルプラントで見ても、量産効果・技術改善・ウィンドファームの大規模化などによるコスト低下を見込んだ「国際エネルギー機関(IEA)のシナリオ」の低減率を用いて試算すると8.8円/キロワット時となり、社会的費用を上乗せした原子力や石炭、LNGと同等のコストになりうると試算された。

 一方で、立地条件により建設コストが高い場合や、欧米と比べて立地制約・輸送制約などの高い日本の特殊性を勘案し、価格低下が見られない場合には、2010年や2030年のモデルプラントにおいて17.3円/キロワット時で高止まる、との試算も示した。

 風力(洋上)については、着床式を想定し、資本費を陸上風力の1.5~2倍と見込み、2010年モデルプラントで9.4~23.1円/キロワット時、2030年モデルプラントで8.6~23.1円/キロワット時と見込んだ。

<地熱> 地熱については、稼働年数も長く、安定的な発電が可能という特徴があり、発電コストは2010年や2030年のモデルプランともに10円/キロワット時前後と試算され、コスト的には社会的費用を上乗せした原子力や石炭と同レベルとなった。

 ただし、この試算には地熱資源量の調査費用が含まれていないこと、規制区域外から規制区域内の熱源に向けて斜め掘りして水平距離が長いと、コストが増え、掘り当てる確率が下がることに留意する必要がある。

<太陽光> 太陽光については、2010年モデルシステムは、近年の補助実績や関連事業者へのインタビューに基づき試算したところ、30円/キロワット時以上と、他の電源と比べても高い水準となった。

 この点については、ここ2~3年の足元の急速な価格低下を反映していないとの指摘も見られたが、[1]他の電源とデータ収集方法を揃えるという理由や、[2]世界的な需給ギャップを受けて、海外企業の倒産を招くような無理な価格低下が適切な生産価格を反映していると言えるのか、という理由から、上記のとおり試算を行うこととなった。

 しかし、将来については、欧州太陽光電池工業会(EPIA)の累積生産量見通しを用いて、生産量が増えることにより価格が低下するという学習効果や、耐久性の向上などの技術進展を前提とした試算を行ったところ、2030年には大幅な価格低下が期待され、現在の2分の1から3分の1となり、石油火力よりも安くなる可能性が示された。

系統安定化費用や電源線費用を試算に含めなかった理由

 再生可能エネルギーのコスト試算に当たり、大きな議論になったのが、「系統安定化費用」を試算コストに上乗せするか否かであった。

 電力システムは、瞬時瞬時の需要と供給を一致させる必要があるが、発電量が気象条件に依存し、出力の調整が難しい太陽光や風力などの導入が拡大していくと、そのための系統安定化対策(発電側への出力抑制装置の取り付け、蓄電池や揚水による需給調整、電圧変動対策など)が必要となる可能性があることが、その理由である。

 しかし、全体の電源構成によって、必要な系統のあり方や対策は異なるため、エネルギーミックスの検討結果から導かれる日本全体の再生可能エネルギーのマクロ的な導入量に応じて、最適な系統安定化対策を検討した上で、トータルな対策コストを考えるべきとの理由から、今回の個別の電源の発電コストには系統安定化費用は上乗せしないこととなった。

 また、再生可能エネルギーだけでなく、原子力も火力も同様であるが、発電所から電力系統へ連系する「電源線の費用」も、今回のコスト試算に計上すべきではないかとの議論も行われた。しかしながら、電源線は、電源の出力規模や距離に応じて、電力系統へ連系する電圧階級や線種が異なり、また、その長さや通過する地形により、コストが異なり、一概に特定の電源の発電コストとして計上するのは難しいことから、今回の個別の電源の発電コストには上乗せしないこととなった。

再生可能エネルギーの導入ポテンシャルを検証する

 再生可能エネルギーの普及のポテンシャルについては、省庁や電源の違いにより、少なくとも6つの政府系の調査があったことから、共同事務局(内閣官房、経済産業省、環境省、農林水産省)においては、まずこれらの調査に含まれる様々な数字の違いが、どのような定義の違い(例:賦存量、導入ポテンシャル、導入可能量)、対象区分の違い、前提条件の違いを要因とするのかを突合させて、整理した資料を作成し、報告書の参考資料3として示すこととした。

 その上で、系統制約や制度的制約、経済性の確保などは勘案していないが、現在の技術水準の下で、自然条件などにより現状では事実上開発が不可能な地域を除いた再生可能エネルギーの導入量という、一つの客観的データであり、エネルギーミックスの選択肢を検討するのに参考となる指標である「導入ポテンシャル」に着目して、複数ある各省の数値を電源別に統一して示すこととした。

 具体的には、陸上風力、地熱、太陽光の導入ポテンシャルを示した図2~4をご覧いただきたい。それぞれ、導入ポテンシャルの数字を、規制地域の内外(図2、3)、発電コストに直結する資源の特性(図3)、立地条件(図4:屋根、壁面、耕作放棄地)といったカテゴリーごとに分類(緑の○)して示すことにした。

 また、参考情報として、2007年度実績(ピンクの○)、現行のエネルギー基本計画の2030年推計値(紫の○)、電源の設備利用率の特性から比較対象となる大規模集中電源の2007年実績(青の○)を示すことにした。

 さらに、コスト等検証委員会の委員からは、(1)導入ポテンシャルの数字は経済性(事業採算性)を加味しておらず、コスト試算に用いた諸元データのもとになった施設の立地条件と、導入ポテンシャルがあるとされた区域の発電単価は必ずしも一致しないことから、導入ポテンシャルの数字が実現するためには経済制約や制度制約などを克服する不断の努力が必要であることを読者に誤解のないよう図示すべきとのご指摘を受けた。

 また(2)どのような区域・場所の発電単価がどうなっているのかが分かるように図示すべき、などのご指摘も受けた。しかし、(2)については、すぐに答えを出せる作業ではないことから、苦肉の策として、発電単価の「イメージ」を、色にグラディエーションを付けて図示することにした。

 以下が、導入ポテンシャルを検証した結果である。

陸上風力は系統及び系統間連系の強化が課題

 陸上風力の導入ポテンシャルは、保安林外・国有林外・自然公園外で約2,700億キロワット時あり、風況がより良い場所では、ベース的な電源としての役割の一部を担う可能性が示された。

 ただし、北海道北部、東北北部などの風況の良い場所では、受け入れる余裕のある電力会社の現状の系統から遠く離れていることが多く、震災前には、従来の系統接続可能量を考慮すると、約170億キロワット時程度が風力の導入可能量ではないか、との推計も見られた。このことから、このポテンシャル量が実際に開発されるためには、系統及び系統間連系の抜本強化や、さらなる制度的な制約が解消されることが喫緊の課題であることが示された。



地熱は立地上の制約を克服する必要あり

 地熱発電の導入ポテンシャルは、国立・国定公園の特別保護地区・特別地域外の制約が少なく、かつ、150℃以上の熱水資源が利用できる場所で約260億キロワット時ある。地熱の出力安定性も勘案すると、条件の劣る場所も活用することにより、ベース電源の一定の部分を担うことが期待される。

 地熱の導入可能量拡大には、国立・国定公園内への立地に必要な許可要件の明確化や、地元温泉関係者などとの共生強化などの政策的課題を解決し、また、導入可能量拡大を進めやすくするような技術開発・実証研究などを進めていく必要性が示された。



太陽光は設置可能な場所の有効活用を

 太陽光の導入ポテンシャルは、屋根などの比較的条件が良いと考えられる場所で約930億キロワット時ある。こうした場所をフルに活用することができれば、ピーク、ミドル電源としても用いる火力発電の炊き減らしに資する電源として期待される。

 ただし、930億キロワット時は、日本の一戸建ての家で設置可能なほぼ全ての屋根、及び、現在普及の遅れているマンションや公共施設・工場などでパネルが設置可能なほぼ全ての屋根へのパネルの設置に成功した場合の数値である。

 太陽光発電の普及には、低コスト化に向けてさらなる技術開発を進めていくとともに、耕作放棄地や、マンション、工場などの壁面などで設置を進めていくための制度改革、それらに採算性を持たせるノウハウの開発が不可欠であることが示された。



今回、原子力や火力などの電源と比較可能な形で、再生可能エネルギーの現在と将来のコスト試算を行えたことは、大きな前進ではあった。しかし、技術進歩や、ビジネス環境の変化が激しい再生可能エネルギーについては、不断にコスト試算を更新していく必要性が高いと考えている。

 また、普及ポテンシャルの分析の改良を進め、誤解を招かないよう数字の持つ意味を十分に説明することにより、幅広い関係者が、優先順位を付けて政策課題を「選択」し、その克服に優先順位を付けて「集中」して努力するための出発点となり、制度改革・政策支援・ビジネスを加速させる可能性があると考えている。

 (次回の「節電コスト」に続く)

 

「原発依存度低下」「再エネ比率向上」は実現できる

日本のエネルギー・ミックスを考える    

2012年3月1日(木)

伊原 智人

前回から読む)

 この「フクシマ後の電力コスト」のシリーズも最終回となった。これまでの4回は、今回のコスト等検証委員会の報告が、これまでの発電コスト試算と比べて有する特徴的な点を中心に紹介してきた。今回は、それらの個別の電源の検証結果を踏まえて、全ての電源のコスト比較の結果をまとめつつ、今後の展開を紹介したい。

 まず、今回、検証した個別の電源のコストの結果をまとめながら、比較していきたい。グラフ1をご覧いただきたい。なお、このグラフでは、2010年と2030年のモデルプラントの両方の検証結果を示しているが、ここでは、主に2030年のモデルプラントにおけるコストを前提に議論をしていきたいと思う。

[画像のクリックで拡大表示]

 各電源の発電コストの試算結果は、それぞれ下記のように要約できる。

○原子力のコストについては、原発が立地している地方自治体に国の予算から支払われている立地交付金などの政策経費や重大事故のリスクをカバーするためのコストなど、いわゆる「社会的費用」を勘案すると、下限でも1キロワット時あたり約9円となり、従来言われていた1キロワット時あたり5~6円という水準よりも5割以上高くなった。さらに、原子力については、上限を示すことが困難ということとなった。

○石炭火力やガス火力については、2004年のコストの水準と比べると、燃料費の上昇や二酸化炭素(CO2)対策によって、コストは上がっており、1キロワット時あたり10~11円となった。しかしながら、その水準は、原子力の下限の数字と比べても、さほど大きな差異はなく、競争力があるといえる。

○風力については、幅はあるものの、下限の場合(比較的安いコストで建設が可能な場合)は、原子力の下限と比べても、遜色ないレベルといえるであろう。しかしながら、それなりのコストで設置できる場所に制約があったり、送電線系統の増強や出力安定のための対策が必要という追加的なコストがかかったりする場合がある。

○地熱については、出力も安定しており、ベース電源としての役割も期待できる上、コストも1キロワット時あたり10円前後と、原子力や石炭と対抗しうるレベルにある。但し、その導入ポテンシャルの制約などがあるといった課題もある。

○太陽光は、一定の規模以上の導入が進んだ場合、電力システム全体としての系統安定化などの課題があるものの、世界市場の拡大に伴う量産効果によるコスト低減が見込める。その場合、コストは、現在の2分の1あるいは3分の1となる可能性も見えている。

○小水力やバイオマスについては、コストは高めであるが、地域資源の有効活用という側面もあり、地域によっては、新しいエネルギーミックスの一翼を担いうる。

○コジェネレーションシステム(コジェネ)は、コストを発電電力量だけで割ると、ガスコジェネの場合、1キロワット時あたり20円前後となっているが、同時に生成される熱の価値を勘案し、その分を発電コストから引くと、1キロワット時あたり11円前後となる。この水準は、大規模集中電源と比べても、十分に競争力を有しているといえる。

○省エネについては、本シリーズの第3回で「節電所」として紹介したとおり、家庭でのLED照明導入に代表されるように、一部の省エネ製品については非常にコストが安く、発電以上に効率的な選択肢となりうることが明らかになった。

 以上を総括して、今回の試算結果から何が分かったのか?

 全ての電源に長所、短所がある

 昨年7月29日に、エネルギー・環境会議がまとめた『「革新的エネルギー・環境戦略」策定に向けた中間的な整理』という報告書がある。その中で、示されている、
・原子力依存度の低下
・再生可能エネルギーの比率の向上
・省エネによるエネルギー需要構造の抜本的改革
・化石燃料のクリーン化、効率化の進展
といった新たなエネルギー・ミックス実現に向けたシナリオが、コスト面から考えた場合に、決して無理なものではないことは示されたといえるだろう。

 他方、少なくとも、現時点で、いずれかの電源が、他の電源と比べて、圧倒的にコストが安く、その電源で決まりというようなことはないことも明らかになった。また、全ての電源に長所短所があるということも明らかになった。

 つまり、どのようなタイムスケジュールで、どの電源を、どのように組み合わせていくのかということを考えることが、新たなエネルギー・ミックス実現に向けたシナリオを考えるということになる。

 なお、図1のグラフについては、あくまでも、今回、コスト等検証委員会で試算した結果のうち、それぞれの電源について、ある一定の条件のもののみを並べており、一部の方から、批判をいただいている。事務局としても、悩んだ点ではあるが、ただ単に全ての試算結果を並列的に並べるだけでは、この委員会の目的を果たすことができないと考えた。できる限り、実態に近い数字を用いて比較することで、電源のコスト比較が可能と考えて、このグラフを作成した。もちろん、検証する目的や観点によっては、別の条件を使って比較した方が適切な場合もあるかもしれない。今後、公開しているシートを活用し、より深い分析がなされることがあるかもしれない。

 実際に、第4回で紹介したCall for evidenceに対して、2月20日の締切日までに、海外も含めた様々な方々や組織から、合計16の提案をいただいた。今後、それらのご提案を整理し、本報告のさらなる進化につなげたいと考えている。

欧州も共通の課題に直面している

 最近、欧州に出張をした際、「Energy Roadmap 2050」に関するディスカッションなどを持つ機会があった。

 「Energy Roadmap 2050」とは、欧州委員会が、昨年12月に発表した2050年に向けたエネルギー政策の選択肢を示し、7つのシナリオを提示した報告書である。

[画像のクリックで拡大表示]

<表1>「Energy Roadmap 2050」の各シナリオの特徴
【現行トレンドシナリオ】

【現行トレンドシナリオ】
 参照シナリオ 2010年3月までに採択された政策に基づくシナリオ
現行政策主導シナリオ 参照シナリオに欧州委が既に提案済の政策も加味したシナリオ
【低炭素シナリオ】2050年温室効果ガス80%~95%削減
 高省エネシナリオ 2050年に2005年比41%の省エネを実現するシナリオ
供給技術多様化シナリオ 特定の支援策を講じない炭素価格に基づく市場ベースの技術導入シナリオ
高再生可能エネルギー
資源シナリオ
強力な再エネ支援により、2050年に再エネの割合を最終エネルギー総消費の75%、電気消費の97%にするシナリオ
CCS遅延シナリオ CCSが遅れ、炭素価格を通じて原子力のシェアがより高いシナリオ
低原子力シナリオ 現在建設中の原子炉を除き、原発の新設を見込まない一方、発電の32%にCCSを導入するシナリオ

 そこで、改めて感じたことは、今後のエネルギー政策、特に今後のエネルギーミックスをどうしていくかについては、どの国にとっても、大きなチャレンジであるということである。もちろん、国によって、自国が持っている資源、近隣諸国との関係、自然条件、これまでの経緯などに応じて、異なる状況ではあるが、原子力については使用済み核燃料をどう処理するかというバックエンドの問題も含めた不安感、火力については燃料調達と温暖化の問題、そして、再生可能エネルギーに対する期待は高いものの、その不安定な出力や高コストという課題を克服しようとしている状況という意味では、共通しているのではないかと感じた。これらの意識は、「Energy Roadmap 2050」に分析されている7つのシナリオを見てもわかるであろう。

  個人的な見解であるが、エネルギーは、水や食料と並んで、国民生活の基盤であり、産業の競争力にも直結しているという意味で、国力を左右する要素であり、国家として、これらの安定的な確保は至上命題といえるだろう。だからこそ、世界中の国が必死に考えているのである。

 こうした中で、3.11を経験した我が国が、現在の状況をどう克服し、どのようなエネルギーの選択を行うかについては、多くの国が関心を持っている。

今夏、日本のエネルギー・環境戦略が決まる

 さて、我が国のエネルギー選択に向けた今後の展開はどうなるのか?

 第1回で申し上げた通り、このコスト等検証委員会の報告書は、ゼロから見直すことになったエネルギー・環境戦略を検討するための第一歩である。そして、その二歩目、三歩目として、今、総合資源エネルギー調査会、原子力委員会、中央環境審議会で、激論が交わされている。これらの議論の結果を踏まえて、それぞれの会議体において、エネルギーミックス、核燃料サイクル政策、温暖化対策の選択肢の原案が、今春に示される予定である。

 これらの選択肢は密接な関係を有する。核燃料サイクル政策は、原子力発電のシナリオと無関係でないことは明らかであり、温暖化対策は、エネルギー政策と表裏一体といえる。従って、これらの選択肢をバラバラに議論して、選択肢を絞っても、その絞られた選択肢同士が整合的でなければ実現性のないものとなってしまう。

 従って、今春にそれぞれの選択肢の原案が示された時点で、エネルギー・環境会議において、それらを整合的に組み合わせた今後の日本のエネルギー・環境戦略の選択肢を作り、国民的な議論を行うことになる。そして、この夏には、その選択肢の中から、我が国の今後のエネルギー・環境戦略を決定することになる。そこまでの道のりは決して短いものではないと考えられるが、決して歩みを止めることは許されないであろう。

 最後に、今回のコスト等検証委員会の報告書についての個人的な評価を書かせていただきたい。

 この報告書については、昨年末の発表以降、新聞や雑誌でも、いろいろと評価・検証いただいている。勝手な思い込みかもしれないが、政府が出した報告書という意味では、比較的ポジティブな評価を多くいただいていると認識している。ただ、私としては、本報告書の取りまとめ以後に、委員の方々からいただいたコメントが深く印象に残っている。

「本委員会では、議論を戦わせることが出来たことが爽快であり、相当、言いたいことが言えた」

「経済界などの要請を受けて報告書の説明をしたが、非常によくできた報告書で、数字も非常に客観的で納得感が高いという評価を受けている」

「自分が全く知らない外部の方から、本委員会は大変な成功であり、委員間の満足度も極めて高いでしょうと言われることが、大変うれしい」

「一番の成果は、社会的費用を発電コストに盛り込むという、世界最先端の枠組みの報告書を政府としてとりまとめたこと」

 ある意味では、内輪でのほめ合いのようなものであるかもしれないが、これらのコメントが、本報告書の特長を言い表しているのではないかと思う。

 こうした特長を有する報告書の作成に携われたことに感謝するとともに、この難しいミッションを短時間で成し遂げた委員の皆様には本当に敬意を表したい。

Nikkei Business

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120130/226648/




一触即発、過去10年間で最も危険な「米国とイラン」 「ホルムズ海峡封鎖」で米国は攻撃か?

2012年02月03日 19時23分10秒 | Weblog
2012年1月20日 金曜日 菅原 出

最初に、2012年の国際安全保障情報について

2012年国際安全保障情勢は「凶」

 2012年、国際安全保障情勢の運勢は「凶」。何といっても米国、中国、ロシア、フランス、韓国、台湾などで指導者が交代し、各国の国内政治が不安定化することが、外交・安全保障の世界にネガティブに反映される。国内で支持を得るために国外での危機を利用するという政治力学も生まれるため、国際関係は緊張しがちである。その筆頭は米国大統領選挙だろう。有力なユダヤ人票をめぐり、オバマ大統領はイランに対する弱腰姿勢は見せられない。米国によるイランへの経済的締め付けがさらに強まれば、イランの反発も高まり、米軍撤退で不安定化するイラクやアフガニスタンに対する介入も強まる。イラン核開発に拍車がかかれば、イスラエルによる軍事行動という悪夢も現実味を増す。中東の不安定化は必至だ。同様にアフガニスタンからの米軍の撤退が南アジアに力の空白をつくり、印パ対立や伝統的な中印対立にまで火をつける危険性がある。

 また米国が「アジア回帰」をはかり中国への牽制を強める中、南シナ海、東シナ海、そしてミャンマーで米中間の緊張が高まりそうだ。アジア各国の漁船や監視船同士の偶発的な事故が米中を巻き込んだ軍事衝突に発展してしまう可能性も排除できない。

 そして朝鮮半島では、金正恩後継体制が先軍政治を引き継ぎ、危機を煽って世界が騒いだところで譲歩したように見せかけて利益を得る「瀬戸際外交」を仕掛ける可能性が大である。「危機」を仕掛ける相手は日本になるかもしれない。

高まる米・イラン間の軍事的緊張

 イラン核問題をめぐりペルシャ湾岸地域の緊張が高まっている。

 1月5日までに欧州連合(EU)加盟27ヵ国が、イラン産原油の輸入を禁止することで原則合意したと発表した。昨年11月に国際原子力機関(IAEA)が、イランの核兵器開発疑惑を指摘する報告書を理事会に提出して以来、イランに対する経済制裁がさらに強化されている。12月末には、米国が原油代金の決済に使われるイラン中央銀行と取引する外国銀行に制裁を課す法律を成立させ、イランからの原油輸入を続けるEU、中国や日本にイランからの輸入量削減などを求めた。EUはイラン企業の資産凍結などの追加制裁を決定し、日本政府もイランに対する追加制裁を閣議決定していたが、さらなる米国からの圧力を受けて、EUが原油輸入の原則禁止に踏み切り、日本政府も1月になってイラン産原油の輸入を段階的に削減することで合意した。

 こうした経済制裁強化の動きを受けて、イランは12月末よりホルムズ海峡周辺で大規模な軍事演習を実施。1月2日には新型の地対艦巡航ミサイルの試射も実施した。また、イラン産原油の輸出に制裁が課された場合、「ホルムズ海峡の封鎖」を命じることを革命防衛隊幹部が示唆し、国際原油市場に衝撃が走った。さらにイラン軍のアタオラ・サレヒ将軍が、米空母に対して「ペルシャ湾の以前の場所には戻らないように助言及び警告をする」と述べて欧米諸国を威嚇した。

 これに対して英国のハモンド国防相は、「イランがホルムズ海峡を封鎖した場合、軍事的に封鎖を解除する方針を表明し、パネッタ米国防長官も1月8日に、「イランが核兵器を開発すること」と「ホルムズ海峡を封鎖すること」を「レッドライン」だと明言。

 続けて、マーティン・デンプシー統合参謀本部議長も、イランがホルムズ海峡を封鎖する能力はあるとしながらも、「それは許容できない行為であり、それはわれわれにとってだけでなく世界中の国々にとって許容できない行為だ。(もしイランがそうした行為に踏み切った場合)我々は行動を起こし海峡をオープンにする」と述べ、米・イラン間の軍事的な緊張が高まっている。

米国の対イラン政策とは?

 過去数年来、イランの核開発問題をめぐっては、米軍によるイラン空爆論、イスラエルによるイラン空爆論など、「戦争近し」の情報が何度も浮上し、「○年○月がデッドライン」とする無責任な観測が出ては消えてきた。

 現在の米・イラン関係は、少なくとも過去10年間でもっとも緊張が高まり、もっとも「戦争に近い」状況になっているのは間違いない。

 しかし両国ともに全面的な軍事衝突を求めている訳では決してない。少なくとも米国は、軍事オプションを「ラスト・リゾート(最後に最後の手段)」と考えている。そもそもオバマ政権は発足当初「イランとの対話」を重要な外交政策の一つに掲げていた。あれから3年経った現在、オバマ政権はイランに対してどのような戦略で臨んでいるのだろうか。

 昨年11月22日に、オバマ政権で国家安全保障問題担当米大統領補佐官を務めているトム・ドニロン氏が、米ブルッキングス研究所で開催されたシンポジウムで、イラン政策についてかなり詳細に説明している。同政権のアプローチを知る上で貴重な証言なので、少し長くなるが細かくみていきたい。

 ドニロン補佐官はまず、ブッシュ政権から引き継いだ、オバマ政権発足当初の米・イラン関係とイランの国際社会における位置について振り返って説明した。当時はイランに対して国際社会は統一した立場をとることができず、バラバラであった。イラク戦争以来の米国の単独行動主義に対する批判は強く、米欧、米露、米中間に隙間風が吹いており、イランに対する統一した立場などとりようもない状況だった、とドニロン氏は言う。中東地域におけるイランのパートナーであるハマスやヒズボラの勢いも強く、イランの影響力が高まっている、という地域情勢だった。

 そこでオバマ政権が当初とった政策は、イランに対して対話のオファーをすることだった。これには二つの側面があり、一つはもちろん真剣に対話を進めようというものだが、その裏には、「米国が態度を変えてイランに対話を呼び掛けたにもかかわらずイランが応じずに米・イラン関係が悪化した場合、イランに責任を転嫁できる」という読みがあったという。

 「すなわち、米国が対話を仕掛けることで、それが失敗に終わった後、米国はイランの態度に問題があるということで国際社会の支持を動員する能力を高めることができると考えたのだ」

 そして実際にこの通りの事態が起き、米国はイランの責任を問う上で非常に大きな影響力を持つようになった、とドニロン氏は言う。

 またイランの核開発計画に関する情報活動を強化することで、これまで知られていなかったイランの核開発活動を暴き、「核開発は平和利用のためである」というイランの主張の正当性に傷をつけた。その結果、イランを非難する国際社会の声が強くなった。こうした政策の積み重ねの後、イランに対する国連安保理の経済制裁を成立させ、イランを経済的に締め付け、イランが核開発に必要な資源や物資やノウハウを得るためのコストを押し上げて、核開発を遅らせたのだという。つまりオバマ政権は、「核開発問題で悪いのはイランである」という大前提を国際社会に認知させる土壌をつくった上で、イランを経済的・外交的に孤立させる国際的な取り組みを進めているというのである。

 こうしたオバマ政権の政策により、イランは厳しい経済制裁の下に置かれ、核開発に必要な物資の調達に苦しみ、実際にイランの核計画は大幅に遅れたとドニロン氏は言う。実際2009年1月に政権が発足した時、イランはすでに5000機以上の遠心分離機を稼働させており、2007年時点でイランの原子力エネルギー担当の大臣は「4年以内に5万機の遠心分離機を稼働させる」計画を発表していたが、2011年末現在で、稼働中の遠心分離機は6000機以下である。

 ドニロン補佐官はこうした数字から、オバマ政権がとった経済的な制裁強化措置により、イランの核計画が遅れたと結論付けた。

 また12月2日には、レオン・パネッタ国防長官が同じくブルッキングス研究所で講演し、中東政策について話している。

 パネッタ長官はこの中でオバマ政権の中東政策の3つの柱として、【1】イスラエルの安全保障、【2】地域の安定、【3】イランが核兵器を取得することを防ぐこと、と述べており、ここでもイランの核武装阻止は大きなウェートを占めている。そして、

 「イランの脅威に対抗するためのオバマ政権のアプローチは、外交手段が第一であり、前例のない広範な経済制裁を課すことと、湾岸諸国や拡大中東地域における主要なパートナーとの安全保障協力を強化することの2つである」

 と説明した。そして、「これらの努力によってイランの孤立は一層深まっている。経済的圧力、外交的圧力、そして集団的な防衛体制の強化という作戦は正しい路線だ」と述べた。さらに、「イランに対する軍事攻撃をいつまで延期するのか」との質問に答えて、「1年かも知れないし2年かもしれない。それはターゲットを破壊できる能力をいつ手にするのかにもかかっている。率直に行って、いくつかのターゲットは攻撃するのが極めて困難だ」と述べた。

 またパネッタ長官は、軍事攻撃では究極的にイランの核兵器製造能力を破壊することにはならず、単純に遅らせるだけにしかならない点も指摘した。

 「さらにより大きな懸念は、意図しない結果を生む可能性であり、究極的には反動を産むことになりかねないということだ」と述べ、米国が攻撃を仕掛けた結果、せっかく弱体化していた現在のイランの体制が突然権力を再び確立して、地域における支持を再び集めてしまうことになりかねない点も考慮していることを明らかにした。

 またこうした攻撃をすることで米国が国際社会からの非難を浴びることになってしまうことや、イランからの報復のターゲットとなって米国の艦船や軍事基地が攻撃の対象になるという物理的な被害。さらに経済的な被害にも言及し、「現在の欧州の極めて脆弱な経済、米国の脆弱な経済にとって余りに大きすぎる反動となる」と述べ、「だから、われわれはこの種の攻撃が招く意図しない結果について慎重にならなければならない」と締めくくっている。

 こうした政権高官の発言から、米国が軍事オプションには非常に慎重であり、あくまで外交的な圧力、経済的な締め付けでイランの核開発を「遅らせる」ことを目標に政策を進めていることが分かるであろう。

相手の意図を読み間違える可能性は高い

 しかし、欧米を中心とした対イラン経済制裁がイラン経済にさらに打撃を与えると、現イラン政権としては、国民の不満を海外に向けざるを得ず、対外強硬姿勢を危険なまでに強めてしまう可能性も否定できない。イラン経済は自国通貨リアルが急落し、一般市民にまで経済不安が広まっていると報じられており、もう戦争ムードが漂っているという報道まで散見される。

 米国側は「締めつけてイランに正しい選択をとらせる」というのが目的だが、米国側が「締め付け過ぎてしまう」とイランが過剰に反発するリスクも高まる。しかも、米国側が、「イランが暴発して戦争を仕掛けてくることはないだろう」とたかを括っているとすれば、危険な事態になりかねない。

 一方のイランも、「米国はイランに対して軍事攻撃などできるはずがない」と考えている節があるので、お互いに「これくらいならば挑発しても相手が行動を起こすことはないだろう」と相手の意図を読み間違える危険性は十分にある。

 イランは3月2日に議会選挙を控えており、国内ではアフマディネジャド大統領派と<強硬派聖職者+革命防衛隊指揮官クラス+バザール商人>の保守派内部での権力闘争がますます激しさを増している。

 イランの核政策や対外政策はこの熾烈な国内権力闘争とも複雑に関係しており、(外から見て)合理的な判断が下されるとは限らない。

 現在のところ、イラン政府も米政府も「やるぞ」という意思を明らかにすることで相手を威圧することを狙っており、それが本当に戦争をするということとは別である。

 しかし、現状はあまりに多くの危険な要素が米側、イラン側やその周辺にあるため、一端何らかの事故や小競り合いが生じた場合に、振り上げたこぶしを下ろすことができずにエスカレートしてしまう危険がかつてなく高まっている。

 イランは2月に再度ホルムズ海峡付近で軍事演習を実施することを明らかにしており、イスラエルと米国も近く「過去最大規模」の合同軍事演習を実施する予定である。双方を仮想敵とした軍事演習を近くで実施するというのは、否応なしに緊張を高めることになる。

 イラン側が高速艇で何らかの挑発行為を仕掛け、米軍側が「限定的な」反撃を加えるものの、「限定的な」軍事行動では済まずにエスカレートしてしまう…などといったシナリオも十分に考えられよう。

激化する諜報戦が対立をさらにエスカレートさせる!

 さらにリスク要因として考えなくてはならないのは、米国やイスラエル、それに英国などがイランの核開発計画に関する情報を収集するだけでなく、その計画を妨害するためにさまざまな諜報活動を行っていることである。

 オバマ政権は国際的なイラン孤立化政策をさらに強化するためにも、イランの秘密の核開発プログラムを暴いてイランの「悪事」を世界に知らしめようと考えている。また、イランが核開発に必要な機器や物資を調達できないような妨害活動や、核計画にかかわっている科学者に対する亡命工作や、場合によっては拉致・暗殺といった作戦も実施していると考えるべきだろう。

 イラン政府は12月8日に国連安全保障理事会に書簡を送っているが、その中で、

 「イラン・イスラム共和国に対する米国政府による挑発的で秘密裏の作戦は過去数ケ月間増大し一層激しくなっている」と説明している。

 また先に紹介したドニロン補佐官も、「われわれはイランのいかなる核関連の活動であっても察知できるように精力的に活動を進めるだろう。われわれはそうした(秘密の)計画を暴露し、イランを国際的な査察の下に置くのだ」と述べており、秘密諜報活動の存在を認めている。

 当然こうした米国の活動に対して、イランの反発は強まり、防諜活動はもちろんのことさまざまな対抗措置や挑発行動をとることが予想される。実際過去数カ月間で、両国の水面下での暗闘の激しさを物語るようなニュースが続いている。

 昨年、11月21日には、CIAのスパイ・ネットワークがイランとレバノンで摘発され、十名以上にのぼるCIAのスパイたちが逮捕されたことが明らかになっている。11月12日にはテヘラン近郊の武器庫で爆発が起き革命防衛隊の隊員30名以上が死傷する事件が起きた。

 また12月にはイラン上空に侵入した米無人偵察機がイラン側に「撃墜」される事件が発生し、イラン情報省がCIAのスパイを拘束する事件も発生した。さらに1月に入ってからも、イラン革命裁判所が12月に逮捕したCIAのスパイに死刑を宣告して米国との緊張が高まり、さらに11日にはテヘラン北部でイラン人核科学者が爆弾攻撃で殺害される事件も発生した。

 これらの事件が全て両国間の諜報戦の結果なのかどうかは不明だが、こうした水面下での暗闘が対立をエスカレートさせ、両国とも引くに引けない状況に陥る危険性は否定できない。

 言うまでもなく、オバマ大統領は今年大統領選挙を控えている。自身の再選のために、米国内のイスラエル・ロビーをはじめ、親イスラエル勢力に対して気を使わざるを得ない状況に置かれており、いかなる対イラン宥和姿勢もとることはできないのが政治的現実である。

 つまり、米・イラン双方共に国内政治的な文脈から相手に妥協はしにくく、経済制裁は強化されてイランは厳しい状況に追い込まれ、それでも核開発は前進して危険な方向に進んでいく。そうした中で米・イラン双方に軍事的に相手を威嚇しており、その間にも双方の諜報機関が水面下で暗闘を繰り広げているという状況なのである。

 米・イラン関係はかつてないまさに一触即発の危険な状況にあると言っていいだろう。

【主要参考文献】

“As currency crisis and feud with West deepen, Iranians brace for war”, The Washington Post, January 6, 2012

“Panetta, Dempsey Discuss Iran Situation”, DoD News, January 8, 2012

“US dismisses Iranian threats over carrier”, Financial Times, January 4, 2012

“Israeli and US troops gear up for major missile defense drill after Iran maneuvers”, The Washington Post, January 6, 2012

“Iran Warns U.S. Warships to Stay Out of Gulf”, The Wall Street Journal, January 4, 2012

“Iran threatens to take action if U.S. carrier returns to Persian Gulf”, Haaretz, January 3, 2012

“Iran threatens U.S. ships, alarms oil markets”, The Washington Post, January 4, 2012

“Commander Underlines Navy’s Power to Protect Iran”, Fars News Agency, January 9, 2012

“Establishment factions to face off in Iranian elections”, The Washington Post, January 4, 2012

“Iran criticized over enrichment at Qom bunker”, Financial Times, January 9, 2012

“Iran sentences US man to death for working for CIA, adds tension to spat over nuclear program”, The Washington Post, January 9, 2012

“Iran and International Pressure: An Assessment of Multilateral Effort to Impede Iran’s Nuclear Program”, The Brookings Institute, November 22, 2011

“Iran demands U.S. apology for drone flight”, The Washington Post, December 4, 2011

“Remarks by Secretary of Defense Leon Panetta at the Saban Center”, U.S. Department of Defense, December 2, 2011
このコラムについて
隠された戦争

この10年は、まさに「対テロ戦争の時代」だったと言って間違いないだろう。そして今、この大規模戦争の時代が「終わり」を迎えようとしている。6月22日、オバマ大統領がホワイトハウスで演説し、アフガニスタンから米軍を撤退させる計画を発表したのである。
米国は一つの時代に区切りをつける決断を下したが、イラクもアフガニスタンも安定の兆しを見せておらず、紛争とテロ、混乱と無秩序は、世界のあらゆる地域に広がっている。そして東アジアでは、中国という大国が着実に力を蓄え、米国の覇権に挑戦し始めたかに見える。
無秩序と混乱、そしてテロの脅威が拡大し、しかも新興国・中国の挑戦を受ける米国は、これから限られた資源を使ってどのような安全保障政策をとっていくのだろうか。ポスト「対テロ戦争時代」の米国の新しい戦争をレポートする。

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著者プロフィール

菅原 出(すがわら・いずる)
菅原 出

1969年、東京生まれ。中央大学法学部政治学科卒。平成6年よりオランダ留学。同9年アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。国際関係学修士。在蘭日系企業勤務、フリーのジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英危機管理会社役員などを経て、現在は国際政治アナリスト。会員制ニュースレター『ドキュメント・レポート』を毎週発行。著書に『外注される戦争』(草思社)、『戦争詐欺師』(講談社)、『ウィキリークスの衝撃』(日経BP社)などがある。
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隠された戦争  菅原 出 2011年9月13日(火)

2012年02月03日 18時55分48秒 | Weblog
この10年間で一番変わったCIA  調査集団から戦闘集団へ変貌
                       2011年9月13日 火曜日

菅原 出


 2011年9月11日で、911米同時多発テロが発生してからちょうど10年になった。
この10年間、米国の安全保障機構は平時から戦時の体制へと大きく転換したが、その中でも最もドラスティックに変わったのが米諜報コミュニティのボス的存在である米中央情報局(CIA)であろう。

 911テロが起きた時、CIAは、「米国を狙ったテロを予測できなかった」として大きな批判を浴びた。しかし、国家安全保障にかかわる米政府機関の中で、最も国際テロ組織アルカイダの脅威に精通していたのが、CIAだった。

 実際CIAは、テロ発生の直前まで「アルカイダが米国を狙ったテロを計画している」と警告を発していた。2001年5月~6月にかけて、アルカイダによるテロを示唆するインテリジェンスが30本以上集まっており、6月4日に開かれた米下院の情報委員会で、CIA対テロセンター(CTC)のコファー・ブラック部長(当時)は、

 「私が懸念しているのは、わが国がこれまで以上に大規模で破壊的な攻撃の瀬戸際に立たされているということです」

 と証言していた。

 また今では有名になったが、8月6日の大統領日次報告には、「ビン・ラディンは米国で攻撃を行う決意である」という見出しが付けられ、アルカイダのテロリストたちが航空機をハイジャックする可能性についても言及されていた。しかし、肝心の「いつ」「どこで」といった詳細が不明だったため、迅速な対応がとられることはなく、911の当日を迎えてしまった(拙著『戦争詐欺師』講談社)。

 このため、911テロに対する報復攻撃として始まった対アフガニスタン戦争において、CIAは主導的な役割を果たし、アフガン戦争は「CIAの戦争だ」とまで言われるようになった。

 これ以来、CIAは伝統的な情報収集・分析集団から、敵を探し出して殺害する戦闘集団へと変貌を遂げていった。

10年間で2000人を殺害したCIA

 911テロから10年間、戦闘集団と化したCIAが、すでに2 000人以上の敵を殺害していると聞いたらびっくりするだろうか?

 CIAは伝統的に情報収集と分析がその主たる役割である。1947年、当時のトルーマン大統領は、「独立した機関がホワイトハウスに対して国際問題に関する客観的な情報を提供することを求めて」CIAを設立したと記録されている。

 戦争に関する政策を立案し、実施するのは国防総省の仕事であり、国防総省にも情報収集・分析を担うセクションがある。しかし、政策を立案している官庁は、自分たちの政策に都合のよい情報を大統領に提示する傾向がある。そこで大統領は、政策決定を下す上で客観的なインテリジェンスを必要とし、そのために「独立した機関」としてCIAを設立したのである。だからこれまでCIAの情報分析は国防総省とは異なり、両者は対立することが常だった。

 といってもCIAにも準軍事部門があり、テロリストや反乱勢力を密かに暗殺したり、米国の脅威となる政権を転覆させるために反政府勢力を密かに支援したり、そのための軍事訓練を提供したり、といったいわゆる秘密工作を行うこともあった。

 しかし、これはあくまで特別な例であり、秘密工作を日常の活動として行ってきたわけではなかった。911テロ以降の対テロ戦争で、CIAはプレデターという無人機を使ったミサイル攻撃と、対テロ追撃チームという特殊作戦チームによる急襲攻撃という二つの軍事攻撃を自ら実施する戦闘集団となり、従来の情報機関としての役割から大きな変貌を遂げているのである。

 この対テロ作戦において、CIAの中で主役に躍り出たのが、対テロセンター(CTC)である。911テロ当時は300人程度のスタッフしかいなかったCTCは、現在では2000人のスタッフ ―実にCIA全体の職員の約10%― を擁する一大勢力になっている。

 CIAの分析官の約20%は、無人機攻撃のターゲット(標的)となる人物のデータを収集・分析する任務に就いている。無人機作戦は、CIA内部でも花形の部門となり、優秀な人材がこの分野に求められ、CIAでキャリアを積むうえでも重要な経験となっている。無人機作戦以外の軍事作戦も含めると、CIAの分析官の実に35%が軍事作戦を支援するための分析作業を実施しているという。

無人機攻撃は今やCIAの通常任務

 プレデターはもともと偵察機であり、高性能のビデオカメラを搭載し、上空から敵対勢力の動向を調べる偵察任務のために使用された。これにミサイルを搭載し、リモコン操作で発射して敵を暗殺出来るような技術が確立されたのは比較的最近のことだ。

 911テロ発生当時、無人機からのミサイル攻撃はまだ実験段階で、この技術に対する信頼性が確立されていなかったのだが、それだけでなく、倫理的な側面からもこれに反対する声が諜報コミュニティ内に存在した。『ウォールストリート・ジャーナル』とのインタビューに答えて、元ホワイトハウスの対テロ・アドバイザーだったリチャード・クラークは次のように述べている。

 「われわれは(ミサイル搭載型の無人機を)完成させたのだが、誰もがその“暗殺のための道具”を前にして狼狽していた」

 この初期の段階の躊躇にもかかわらず、ブッシュ大統領(当時)はテロリスト暗殺のために無人機を使用することを正式に認め、2002年にCIAと軍はそれぞれ無人機の使用範囲について合意に達した。この両者間の合意によりCIAはパキスタンで、軍はアフガニスタンでそれぞれ無人機を使用することになった。

 それでもCIAは、オサマ・ビン・ラディンかアルカイダ・ナンバー2のアイマン・ザワヒリを発見した時以外は、ミサイルを発射する前に必ずパキスタン政府と協議しその同意を得てから攻撃を実施することにしていた。

 ところが次第にパキスタンとの関係は悪化し、パキスタンは2006年までにアフガニスタンとの国境沿いで活動する武装勢力と次々に停戦合意を結び、CIAの無人機攻撃に関する要請にタイムリーに応えなくなっていった。一方、米政府の中では、「パキスタン軍は事前に無人機攻撃に関する情報をアルカイダに教えている」と疑う声が強くなっていった。

 遂に2007年にはCIAは一度もパキスタンでミサイルを発射することがなかったという。そこで当時のCIA長官マイケル・ヘイデンがブッシュ大統領に対して、パキスタン政府との事前協議の合意を反故にするよう働きかけを強めた。CIA内でパキスタン政府に対する不満はピークに達していたという。このCIAの要請にブッシュ大統領がゴーサインを出したことから、2008年の後半には28回の無人機攻撃が実施された。

 オバマ政権になると、アフガニスタン、パキスタンに対する政策の優先順位が上がったこともあり、CIAの無人機攻撃は劇的に増加する。米国のシンクタンク「ニュー・アメリカン財団」の調査によれば、2009年一年間で53回の攻撃が行われ、2010年には118回、2011年は8月末時点ですでに56回の無人攻撃がパキスタン国内で実施されている。

 この間(2004~2011年)、同財団の調べでは、無人機攻撃により、少なく見積もって1658人、多く見積もると2597人の死者が出ているという。わずか10年前には、CIA局員の中にさえ、この“暗殺のための道具”の威力に恐れおののいて、その使用を思いとどまろうとする機運があったはずなのだが、もはや無人機攻撃はオバマ政権の対テロ戦略の中核に位置づけられる重要な作戦となり、CIAにとってごく日常的な活動になってしまったわけである。

CIAと軍特殊部隊の統合

 CIAはこの無人機攻撃の標的に関するインテリジェンスを集め、アルカイダやタリバン幹部の隠れ家を突き止めるため、パキスタンに民間の契約スパイを無数に送りこんで諜報活動を展開している。この「民間契約スパイ」とは、CIAの正規職員ではなく、CIAの諜報活動を支援するために臨時に雇われている元軍人などのことである。

 この事実が明るみに出たのは、今年の一月だった。レイモンド・デービスという米国人が、パキスタン東部の町ラホールで、白昼堂々パキスタン人二名を射殺する事件が発生した。デービス氏はすぐにパキスタン警察に逮捕されたが、彼は外交官パスポートを持っていた。後に彼は外交官ではなく、CIAと契約して働く「民間スパイ」であることが暴露され、両国は外交関係断絶の瀬戸際まで対立を深めた。

 こうした米国の秘密諜報活動にパキスタン側は不満を募らせ、対米不信を増大させていたが、そんな矢先にオバマ大統領は特殊部隊をパキスタンに送り込み、ビン・ラディンを殺害してしまった。パキスタン政府の把握していないCIAの秘密諜報活動の結果、ビン・ラディンの隠れ家が突き止められ、一方的に特殊部隊が送り込まれ、主権を踏みにじられる作戦が、パキスタン国内で実施されたのである。

 5月2日にパキスタン北部の町アボッターバードでオサマ・ビン・ラディンを暗殺した特殊作戦は、CIAの指揮の下、米特殊部隊シールズが実行した作戦だった。CIAと米軍のエリート精鋭部隊が、数十年にわたる敵対関係に終止符を打ち、信頼関係を築いて共同作戦に乗り出したことが、この作戦の成功につながったと言われている。

 911テロ後、国防総省は統合特殊作戦司令部(JSOC)を対テロのエリート集団へと編成し直し、CIAも主たる情報収集の対象をテロの脅威に絞った。しかし、それでもブッシュ政権下では、ドナルド・ラムズフェルド率いる国防総省(ペンタゴン)と、ジョージ・テネットが率いるCIAの関係は非常に悪く、ラムズフェルドがCIAのインテリジェンスを信用せずに、ペンタゴン内に新たなインテリジェンス・チームを作って対抗させたり、独自のヒューミント(人的情報)活動を始めたりして、その対立を悪化させた。また戦場の現場レベルでも、例えばCIAの支局長がまったく知らない秘密活動を、JSOCの特殊部隊が実施していて両者が対立するなどという事態が起きていた。

 ペンタゴンとCIAの対立は、ブッシュ政権後期に国防長官がラムズフェルドからロバート・ゲーツに替わってから大きく改善した。ゲーツはもともとCIAのソ連情勢の分析官であり、CIA長官まで務めた人物である。

 さらにJSOCを率いたスタンリー・マクリスタル中将(当時)がイラクの現場レベルでCIAとの連携の道を開いていったと言われている。それまでは「学者さん」として軍で馬鹿にされていたCIAの分析官たちも、何度もイラクに派遣されることで、現場のオペレーションの文化を理解するようになり、軍の側もCIA分析官の持つ広範な知識の有用性を理解するようになった。

 CIAと軍のインテリジェンス機関とのリンクが、技術的にも精神面でも強まり、技術情報や人的情報を統合して分析する流れが出来ていった。マクリスタル中将は、CIA長官、JSOC司令官と中央軍司令官や他の高官からなるワーキング・グループをつくり、CIAと軍の協力体制を制度的にもフォーマルなものへと格上げすることに貢献したと言われている。

オバマ政権で、アフガニスタン戦争が同政権の新たな戦場になると、CIAと軍の関係はさらに強化される。2009年にレオン・パネッタCIA長官(当時)とJSOCのウィリアム・マクレイブン大将は、アフガニスタンにおける共同特殊作戦の原則について合意し、秘密協定を結んだという。

 2010年12月にパネッタ長官がアボッターバードの隠れ家にビン・ラディンが潜んでいる可能性についてオバマ大統領に報告すると、大統領は具体的な攻撃計画の策定を指示。するとパネッタ長官はマクレイブン大将に協力を要請し、同大将が2011年1月にラングレーのCIA本部に足を運んだ。軍の特殊作戦司令部のトップがCIA本部を訪れるというのは極めて珍しいことだった。

 マクレイブン大将は、米海軍の特殊部隊シールズのエリート部隊「チーム6」の作戦将校を抜擢して、アボッターバードの隠れ家に関する作戦計画をつくらせた。この海軍大佐は毎日ラングレーに出勤して、CIAの特別チームと共に作戦計画を練り上げたという。こうしてビン・ラディンの隠れ家に対する攻撃において、CIAと軍特殊部隊の統合が進み、両者の共同作戦という新しい軍事介入の形が発展していったのだった。

イエメンで拡大されるCIAの無人機作戦

 ビン・ラディン暗殺作戦の成功を受けて、CIAと米軍、とりわけ特殊作戦司令部の関係はますます強化され、彼らの共同作戦は政治的にも高い評価を受けた。

 CIAの無人機作戦は対テロ戦争の有効な手段としてホワイトハウス内での評価が上がっており、今後パキスタン以外の国でも採用されていくのは間違いない。政治的混乱が続くイエメンでは、すでに2009年12月から現地のアルカイダ勢力をターゲットとした無人機攻撃が実施されているが、CIAは最近、イエメンでの活動拠点を増やし攻撃を拡大させる方針を明らかにしている。また、CIAは、国名を明らかにしてはいないものの、イエメン以外の国でも密かに秘密の基地をつくって無人機作戦を拡大させる計画を持っているという。

 911テロから10年。かつて米諜報コミュニティ内で倫理的な側面から反対する声の強かった無人機攻撃は、今やCIAにとって日常的な活動となった。本来、独立した情報機関として設立された当初の機能から大きく逸脱し、今や軍と統合した軍事作戦を自ら実施する戦闘集団へと変身した。

 オバマ大統領は、アフガニスタンから米軍の撤退を開始し、大規模な軍隊を派遣した戦争の終結を明らかにしているが、その代わりにCIAや特殊部隊などの「目に見えない部隊」を使った秘密作戦は拡大させるつもりである。情報収集・分析集団から戦闘集団へと変身し、軍の特殊部隊と統合するCIAは、ますます秘密作戦の担い手としてその存在価値を高めているようである。

【参考文献】

“CIA shifts focus to killing targets”, The Washington Post, September 2, 2011

“Drones Evolve Into Weapon in Age of Terror”, The Wall Street Journal, September 8, 2011

“A decade after the 9/11 attacks, Americans live in an era of endless war”, The Washington Post, September 5, 2011

“Drones Alone are Not the Answer”, The New York Times, August 14, 2011

“The Long, Winding Path to Closer CIA and Military Cooperation”, The Wall Street Journal, May 23, 2011

“Spy, Military Ties Aided bin Laden Raid”, The Wall Street Journal, May 23, 2011

“CIA Plans Yemen Drone Strikes”, The Wall Street Journal, June 14, 2011

“CIA. Building Base for Strikes in Yemen”, The New York Times, June 14, 2011

“Drone Attacks Split U.S. OffiCIAls”, The Wall Street Journal, June 4, 2011

菅原 出(すがわら・いずる)1969年、東京生まれ。中央大学法学部政治学科卒。平成6年よりオランダ留学。同9年アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。国際関係学修士。在蘭日系企業勤務、フリーのジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英危機管理会社役員などを経て、現在は国際政治アナリスト。会員制ニュースレター『ドキュメント・レポート』を毎週発行。著書に『外注される戦争』(草思社)、『戦争詐欺師』(講談社)、『ウィキリークスの衝撃』(日経BP社)などがある。


http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110912/222583/?P=1~4

「障害者支援」を支援する仕組みを作れ   

2012年02月02日 21時58分28秒 | Weblog
眞保智子・高崎健康福祉大学准教授、 牧里毎治・関西学院大学教授に聞く 高嶋 健夫

 本連載では8回にわたって、企業社会における障害者雇用・就労支援の最前線の動向を、若い社会起業家が展開する新しい支援スキームの台頭という視点からルポしてきた。これまで企業社会があまり注目してこなかった障害者福祉の領域に、ビジネス流の経営ノウハウや専門的な職業スキルを持ち込み、持続可能なビジネスモデルの構築を目指す。そんな従来にはない新しいタイプの「障害者支援ビジネス」が生まれつつある。

 大企業をスピンオフしてソーシャルベンチャーを立ち上げる社会起業家もいれば、既存の会社組織の中で障害者向けビジネスの展開や社会貢献活動に挑む社内起業家もいる。支援の形も多種多様。働く場所の限られている、障害のある人たちに対して、自社での雇用拡大を図る、就職活動や社会復帰を支援するサービスを提供する、あるいは地域の小規模福祉作業所の販売活動を支援する――それぞれのビジネス領域や専門性に合わせて、“等身大”の支援スキームを模索している。

 背景にあるのは、“失われた20年”の中で育った若い世代の間に広がる「社会とのつながり・絆」への希求と社会変革への強い使命感だ。社会が抱える問題を「自らが解決しなければならない課題」と捉え、「世の中の役に立つ仕事がしたい」「ビジネスを通じて社会に貢献したい」と考える若いビジネスパーソンが行動を起こし始めたのだ。それは静かだが、着実に広がりつつあるメガトレンドであり、閉塞感漂う日本の企業社会と企業文化に新しい価値創造の道を開くポテンシャルを秘めている、と言っても過言でない。

 本連載の最終回では、こうした社会起業家による障害者支援ビジネスの現状と課題をどう見るか、2人の専門家にインタビューした。1人は、経済学の立場から企業の障害者雇用の取り組みを研究している眞保智子・高崎健康福祉大学准教授。もう1人は、わが国初の「社会起業学科」を開設した関西学院大学の牧里毎治教授。

 眞保准教授は障害者雇用の現状について「CSR(企業の社会的責任)やコンプライアンス(法令遵守)への社会的関心の高まりとジョブコーチなど支援制度の充実が、障害者の就労機会の拡大に貢献している」としたうえで、企業が障害者雇用で成功するためには「比較優位の考え方に立脚し、働く障害者の得意分野と企業ニーズをマッチングさせる取り組みが強く求められる」と指摘する。

 一方の牧里教授は「障害者支援は困難だが、切り開かなければならない社会起業の重要分野」と位置付け、「教育プログラムの充実、経営ノウハウを共有する仕組み作り、ファイナンス面での支援策の構築」の必要性を強調する。とくに「創業資金を提供する“リターンを求めない投資ファンド”といった、新たな発想による資金供給スキームの創設」を提言している。



【障害者雇用の現状】特例子会社が雇用増をけん引

 まず、眞保智子・高崎健康福祉大学准教授に民間企業セクターにおける障害者の雇用・就労状況について見解を聞いた。

 厚生労働省が昨年11月末に発表した「平成23年度障害者雇用状況の集計結果」によると、2011年6月1日現在、民間企業(障害者雇用促進法による法定雇用率1.8%を義務付けられた従業員56人以上の企業)全体の雇用率は1.65%、法定雇用率達成企業の割合は45.3%となっている。企業に雇用されている障害者数は36万6199人で、過去最高となった。

 雇用率、達成企業割合はいずれも2010年度実績(1.68%、47.0%)を下回っているが、これは短時間労働者の算入、障害者雇用が困難な業種への除外率の引き下げなど積算ベースを厳しくする制度運用改正が実施されたためで、厚生労働省では「仮に11年度の雇用率を10年度までの旧基準で積算すると約1.75%になる」としている。

―― 2000年代に入って以降、民間企業の障害者雇用は着実に進んでいます。2011年も東日本大震災、歴史的な超円高など厳しい経営環境の中で改善基調は続いているようですね。

眞保:制度改正が行われたので単純比較はできませんが、全体の傾向としては11年度の雇用状況も前年までの改善傾向が引き続き維持されていると見て間違いありません。

 障害者雇用の伸びを牽引しているのは大企業です。規模別で見ると、従業員1000人以上の大企業では法定雇用率を上回っています。これに対して、同100人以下の中小企業ではここ10年ほど低下傾向が続いており、二極化が進んでいると言えます。

―― 大企業で障害者雇用が進んでいる要因として、どんな点が指摘できるとお考えですか。

眞保:やはり、CSR(企業の社会的責任)やコンプライアンス(法令遵守)などへの社会的関心の高まりが背景にあります。私も関わった高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センターの「企業経営に与える障害者雇用の効果等に関する研究(2010年度)」によると、具体的な効果としてCSRの遂行、法令遵守、障害者雇用納付金の支払いの軽減・解消などを挙げる企業が多い。女性、高齢者、若者、障害者といった社会的弱者の雇用拡大を求めるダイバーシティ経営実現への社会の要請が、積極的に障害者雇用に取り組む企業行動を後押ししていると言えるでしょう。

同時に、企業・雇用主に対する様々な支援制度が充実してきたことも見逃せません。職業上の適性評価や就労準備訓練など職業リハビリテーションサービスを行う「地域障害者職業センター」(全国47カ所)、地域に密着して障害者の就労と生活を一元的に支援する「障害者就業・生活支援センター」(同310カ所)などの専門的な支援機関が整備され、専門知識を持って障害のある当事者を支援し、さらには障害者と企業の橋渡し役を果たすジョブコーチ制度も充実してきています。

 こうした専門機関、専門的人材を活用することで、ノウハウの少ない企業でも職場環境や人事制度の整備など障害者を雇用する際の経営上の負担をかなり軽減できるようになってきた。ただ、こうした制度の詳細を知らない企業経営者、人事部担当者もまだまだ多く、もっとしっかりと周知していくことが必要です。

―― 障害者が働きやすい環境を整備し、そこでの雇用を親会社の実雇用率に算入できる「特例子会社」を新設する企業が、大企業グループを中心にここ数年急増しています。2011年6月1日現在、特例子会社は319社で、前年比36社も増えました。

眞保:特例子会社制度は、知的障害者や精神障害者が法の対象となった1987年の障害者雇用促進法の改正で制度化されたもの。歴史は古いのですが、ここ数年で新設する動きが加速しています。2002年には119社でしたから、この10年で3倍近くに増えたことになります。

 特例子会社制度の是非については今日なお議論がありますが、この制度によって企業が障害のある人たちに働きやすい環境を提供しやすくなる。それが障害者の雇用拡大、とりわけ知的障害者の働く場を広げることに大きく貢献している点は疑う余地がありません。

【障害者の戦力化】得意分野に注目する

 障害のある人たちを雇用する企業にとって、最大の関心事は「採用した障害者が実際に戦力になってくれるのか」である。本連載では障害者の適性に合わせた多様な職場を作り、仕事の進め方などについても工夫をこらして能力開発に効果を上げているパソナハートフルなどの事例を紹介した。また2010~11年に本サイトで連載した「障害者が輝く組織が強い」でも、リサイクル工場などで大量の障害者を雇用している食品トレー最大手のエフピコ、「ユニクロ」の全店舗で障害者を採用・配置しているファーストリテイリングといった先進的な企業の取り組みを詳しく取り上げてきた。

 だが、多くの企業がいまだに「障害者ができる仕事は限られている」「一定以上はスキルアップさせることは無理」といった誤った認識を捨てきれないでいるように思える。


―― 数多くの成功モデルが出てきているにもかかわらず、企業の中には障害者への誤解や偏見が根強く残っているように見えます。障害者雇用を成功に導くためには、どのような取り組みが必要でしょうか。

眞保:経済学的な視点で私が一貫して指摘しているのは、「比較優位」の考え方を軸にして、働く障害者と企業ニーズ(仕事)をマッチングさせる創意工夫が最も重要であるということです。英国の経済学者デビッド・リカードは有名な『比較生産費説』の中で、「2国間貿易では生産コストが相対的に優位な産物に特化して輸出を行うことがそれぞれの国全体の経済的厚生を最大にする」と説いています。障害者雇用でもこれと同じように、障害者が相対的に優位なところ、優れている点を見いだしていくことが成功のキーファクターになると考えています。

 つまり、「できない」ことばかりを意識するのではなく、個々の障害者が「できること」や「得意分野」に注目して、それに合わせて職場環境を整え、仕事を用意する、ということです。ここで注意していただきたいのは、「絶対優位」ではなく、「比較優位」の発想で障害者が相対的に得意な分野を見つけ出していく姿勢です。人は誰でも向き不向き、得意不得意があります。これは障害の有無に関係ありません。向いているところ、得意なところに注目して、それを伸ばす。成功している企業は例外なく、この考え方を実践しています。「比較優位」の考え方は、障害のある優秀な人材を育成し、企業と障害者がウィン・ウィンの関係を築いていくために最も大切なポイントと言えるのではないでしょうか。

―― 具体的に、そうした「比較優位」の発想で成果を上げている企業の事例があれば、教えてください。

眞保:例えば、大手医薬品メーカー、第一三共の特例子会社である第一三共ハピネスでは、知的障害のある社員が親会社の研究所で使用されているフラスコ、ビーカーといったガラス製の実験器具の洗浄業務を請け負っています。実験室は36室もあり、そこから多種多様な実験器具を回収して洗浄し、間違いなく元の実験室に戻す。洗浄作業は超音波洗浄したうえで、13種類ものブラシを使い分けながら1つ1つ手作業できれいにブラッシングしていく。創薬に使う器具ですから、洗い落としなどはもちろん許されないわけで、一連の作業には相当高度な管理態勢が求められます。

 第一三共では以前は健常者のパート社員が担当していた仕事を特例子会社に切り出したのですが、その際、作業手順を徹底的に見直しました。誤集配を防ぐために回収用カートの器具の置き場所を実験棟ごとに7つに色分けしたり、実験器具のどの部分をどのブラシで何回ブラッシングするかといった手順もきめ細かく設定したりしたのです。その結果、洗浄作業の品質、生産効率は以前より格段と向上し、誤集配などのミスも激減したそうです。

 このケースは、「手順を明確にすれば、覚えたことを正確に繰り返すことができる」という知的障害のある人の得意分野をうまく引き出した成功例と言えるでしょう。

―― 知的障害以外の障害者に関してはいかがでしょうか。

眞保:一例をご紹介すると、NTTデータの特例子会社、NTTデータだいちでは厚生労働省の「精神障害者雇用モデル推進事業」によって、障害者の特性や得意分野を担当業務に活かす取り組みを推進しています。この中では、論理的思考力、パターン認識や異常発見能力の高さ、集中力といった優れた特性を持つ高機能自閉症のある社員を高度で根気のいるプログラム開発関連業務に配置し、ソフトウエアの動作検証やバグ発見にその能力を活用するなど、会社の業績向上に直結する大きな成果を上げています。
【今後の課題】「役立つ人材」に育てる

 歴史的に見て障害者の雇用拡大・就労支援は、まず身体障害者に対する取り組みが先行し、続いて知的障害者へと広がり、そして現在は精神障害者、発達障害者の支援がようやく本格化してきたという流れで進んできた。支援サービスの領域や内容も広がってきており、本連載でも発達障害児の教育・就職支援(ウィングル)、うつ病など気分障害のある人の社会復職支援(リヴァ、U2plus)、リウマチなど慢性疾患患者や内部障害者の支援(ブライト・ソレイルズ)といったニュービジネスを報告した。

 「社会の絆」やダイバーシティへの関心の高まりを背景に進む障害者の雇用拡大・就労支援だが、障害者が真に企業価値や業績の向上に貢献するようになるためには、なお多くの課題が残されている。

―― 障害者支援の裾野が広がる中、今後、ビジネス社会が取り組むべき課題にはどのようなことがあるでしょうか。

眞保:障害種別に見ると、現在、国が最も力を入れているのが精神障害者や発達障害者の雇用拡大です。NTTデータだいちの例でもわかるように、これらの障害者には極めて高い職業能力を持っている人が多い。その半面、職場の人間関係を築くのが苦手だったり、長時間の勤務が難しかったりする人もいて、確かに人事管理には困難な点もあります。障害の実情を知らないための偏見も根強く残っています。企業側にはどんな支援策を講じてほしいのかなど、遠慮することなく、もっと声を出して必要な施策を国に要望することも必要でしょう。

 精神障害者の雇用促進の1つのアイデアとしては、専門の精神科を持つ医療機関との連携を進めることも有望だと思います。こうした専門医療機関は実は、自身が「雇用主」となって多くの精神障害者を雇用しているという事実があるからです。ですから、一般企業がこれらの医療機関と「雇用促進」という観点も含めた連携協定を結び、ヘルス・メンタルケア面でのバックアップはもちろん、雇用ノウハウの面でもいろいろと相談したり、社員教育での支援を受けたりしながら精神障害者の受け入れを進めるというやり方が現実的な手法と言えるのではないか、と考えています。

―― 身体障害者や知的障害者についてはいかがでしょうか。

眞保:身体障害者や内部障害者については、なお課題は残るものの、職域は着実に広がり、賃金水準も上がってきています。今後は、従来のような補助的な業務ばかりでなく、事業のコアになる業務や意思決定のプロセスにいかにして障害者を登用していくか。働く障害者の立場から言えば、どうやって1人ひとりのキャリア形成を図っていくか。いわば「雇用の質」が問われるようになっていくでしょう。

 他方、知的障害者については、特例子会社による成功モデルが増えてきた中で、そこで培った雇用や能力開発のノウハウをいかにして企業社会全体に広げていくかが今後の課題です。とくに中小企業や雇用率未達成企業に、先行する大企業のノウハウをどうやって移植していくか。幸いなことに、最近では大企業の特例子会社の間では意見や情報を交換するための交流活動も始まってきています。それをさらに発展させていく社会的な取り組みが必要になっていると思います。

―― 「雇用の質」という意味では、「定着率の向上」も引き続き大きな課題の1つですよね。

眞保:おっしゃる通りです。とくに知的障害者や精神障害者については残念ながら、すげ替え可能な人材と勘違いされている向きがないとは言えない。企業側には「数を増やす」ばかりでなく、定着率を高めていく努力を積み重ねることが求められます。そのためには、障害者に適した仕事を開発・管理できる現場マネジャーの育成が必要で、企業全体で取り組むべき課題になってくると思われます。

 いずれにしても、大企業を中心に高まっている障害者の受け入れ機運を後退させないことが肝要です。繰り返しになりますが、それには障害者を「役立つ人材」に育てる比較優位の雇用ノウハウを共有する仕組みを作り、失敗のリスクを少しでも小さくすることが何よりも必要と言えるでしょう。

眞保 智子(しんぼ・さとこ)氏
高崎健康福祉大学健康福祉学部医療情報学科准教授。法政大学大学院社会科学研究科経営学専攻修士課程修了。精神保健福祉士。群馬女子短期大学非常勤講師(1997~2000年)、高崎健康福祉大学短期大学情報文化学科専任講師(2001~06年)を経て、2007年より現職。日本リハビリテーション学会運営理事。主な研究分野は障害者雇用、若年者就労支援とキャリアデザイン、職業リハビリテーション、休職者の職場復帰に関する支援プログラムの開発など。

【社会起業家の台頭】若い世代で強まる関心

 次に、若い社会起業家の台頭という視点から、障害者支援ビジネスの可能性と課題について、牧里毎治・関西学院大学教授に聞いた。

 わが国で「社会起業家」という概念がにわかに脚光を集めるようになったのは2007年前後から。環境や人権といった社会的課題の解決を志す若い起業家が続々と未知の領域での挑戦を始めており、“社会起業ブーム”と呼べるような様相を呈している。日本のベンチャー企業の発展史を見ると、1970年代前半の第1次ベンチャー企業ブーム、80年代前半の第2次ブーム、90年代後半のいわゆるITバブル期に起きた第3次ブームに続く、第4次ベンチャー企業ブームが社会貢献型ビジネスの領域で巻き起こっている、と言っても大げさではないだろう。

―― 関学は2008年に「人間福祉学部」を新設し、その中にわが国初の「社会起業学科」を創設しました。まさに現在のブームを先取りした格好ですね。

牧里:おかげさまで今年3月には、最初の卒業生約90人を社会に送り出すことになります。進路については残念ながら、ほとんどの学生が大企業や公務員などの既存組織に就職する道を選び、在学中あるいは卒業と同時にソーシャルエンタープライズ(社会貢献型企業)を創業するような学生は現れませんでした。ただ、それでも学生の就職先選びの考え方は、以前に比べて大きく変わってきたと感じています。

―― 具体的には、どのような変化が見られるのでしょうか。

牧里:一言で言うと、「社会性の高い企業」を選ぶ傾向がはっきりと現れています。直近の業績、事業の成長性といった視点だけでなく、どのようなCSR活動を行っているかとか、地域社会の発展にどんな貢献をしているかといった視点で企業を選ぶ学生が多いんですね。面接で志望動機を聞かれても、そうした考えをはっきりと口にして、「就職後は社会に役立つ仕事に携わりたい」と希望を明言する学生が増えています。

 同時に、みんなが大企業を指向するという傾向が薄れてきて、二極分化が進んでいるように感じます。日本航空のような巨大企業でさえ行き詰まる時代ですから、やりたい仕事があって「ここなら自分を生かせる」と思えば、中小・ベンチャー企業であっても気にせずに就職しようと考える学生が目立つようになってきた。そうした学生たちは「社長と直接話ができて、顔の見える信頼関係が築けるから」と言う。このあたりの変化は、「自分がやりたい仕事、やるべき仕事に挑戦したい」と社会起業家を志す若者が増えていることと重なり合う最近の潮流ではないかと感じます。

―― 若い社会起業家輩出の社会的な土壌は確かに醸成されてきている、ということですね。

牧里:本学でも文部科学省の大学教育プログラム開発事業によって、学生たちに実際に社会貢献活動を企画・実践させる「起業プラクティス」を実施しました。ここでは限界集落の活性化プロジェクト、発展途上国製品を販売するフェアトレードショップ開設などの意欲的なプロジェクトに挑戦する学生が現れました。中でも、元Jリーカーというユニークな経歴を持つある学生は、タイの農村部にある孤児施設の経営を支援するために「サッカーを通じた心と施設経営の支援」という優れた事業プランをまとめ、実践しています。施設に子供たちのためのサッカー場を作る。そのための資金集めに学内のサッカー部と協力してチャリティーマッチを開催したり、フェアトレードショップを開設するといった取り組みです。

 こうした成果を踏まえ、2012年度からは「起業プラクティス」を正規のカリキュラムに組み込むなど、本学でもより実践的な起業家育成教育の充実を図っていこうと考えています。

【社会起業家の支援】資金供給のパイプを太く

 障害者支援ビジネスに取り組む社会起業家の活動は多岐にわたる。直接雇用の拡大(アイエスエフネットなど)、障害者自立支援法を活用した就労支援や復職支援サービスの提供(ウイングル、リヴァ)、地域社会の中に働く場を開発(エヌ・イー・ワークス)、地域の小規模福祉作業所の販売支援(NEWSED PROJECT、インサイト)など、支援する事業領域も、ビジネス手法も、経営モデルも多種多様で、中には生き方そのものを支援しようという試みも出現している(よりよく生きるプロジェクト)。

―― 社会起業家の活動領域という視点で、本連載で「障害者支援ビジネス」と名付けたニュービジネスへの挑戦をどのように見られますか。

牧里:障害者への支援は厳しいけれども、切り開いていかなければならない仕事です。旧来のような“あてがいぶちのサービス”ではなく、障害があってもごく普通に社会参加でき、自分らしく生きられる仕組みを障害者と一緒に創り出そう。そう考える若い社会起業家が続々と出現している、ということでしょう。その意味では、困難を伴う半面、大変やりがいのある、また可能性のある事業分野だと思います。

 例えば、東京で視覚障害者のいわば営業支援に取り組んでいる社会起業家がいます。視覚障害者の職業というと、古くから鍼灸マッサージ、いわゆる「三業」がありますが、近年は人々の健康志向の高まりを背景に資格を取って新規参入する健常者が増え、顧客獲得競争が非常に激しくなっています。そこで、地域に小規模な治療院を開設している視覚障害者をネットワーク化して企業の福利厚生部門につなぎ、安定的に治療の仕事を確保しようという活動を始めたのです。この活動はNPO法人として展開されていますが、ニッチながらなかなか優れた着眼点で生まれた支援事業だと思います。

―― 障害者支援ビジネスの課題は収益性の確保だと思われます。

牧里:確かに収益モデルをどのように構築するかが社会起業家には問われます。サービス利用者である障害者が支払う対価、つまりサービス料金だけでは経営の維持は難しい場合が多いでしょう。そこで企業や個人からの寄付金、国や自治体からの助成金を組み合わせた収益モデルを考える必要がありそうです。それでも、起業家自身が少しでも自立できるような経営努力を図ることが重要です。

 これは高齢者支援ビジネスということになりますが、大阪府大東市に「住まいみまもりたい」というNPO法人があります。市当局と連携して、独居高齢者の住まいや資産を管理し、亡くなった場合は生前に委託を受けた上でそうした資産の整理を代行しています。処分にまわされる不用品の中にはアンティークとして価値のある物、古い着物などリサイクルできる物もあります。そこで、このNPO法人では不用品を処分して得た資金を今後の活動に回す仕組みを作り、新たに2人の雇用も実現しています。いわば社会的ストックの再利用ですね。社会起業家には経営を助けるこうした知恵も求められるのでないでしょうか。

―― 社会起業家を支援するために、社会全体で取り組むべき課題としてはどのようなことがあるとお考えでしょうか。

牧里:第一に教育と社会的認知、第二に経営ノウハウを共有できるネットワーク作り、第三にファイナンス、つまり社会起業への安定した資金供給が挙げられるでしょう。

 第一の教育という点では、本学の社会起業学科のように、大学などの高等教育機関における専門教育プログラムをもっと充実させる必要がある。大学での教育・研究活動が広がることで、社会起業家という存在の社会的認知が広がる効果も期待できます。

 第二のネットワーク化は、30代、40代の先輩起業家やビジネスパーソンがメンターとなって若い社会起業家や起業志望者を継続的に支援する社会的な組織を作り、起業ノウハウを社会全体で共有する仕組みを構築するということです。

 第三の資金供給が最大の問題なのですが、特に喫緊の課題といえるのが創業資金の手当てです。アメリカにはソーシャルベンチャーの立ち上げを支援する創業支援ファンドが数多く存在し、優れた事業プランには1件500万円くらいの創業資金を提供するケースも珍しくありません。ところが、日本ではあってもせいぜい10万とか50万円程度。社会起業家に対する資金供給パイプがあまりにも細々とし過ぎているのが現状なんです。

―― IPO(株式公開)やM&A(合併・買収)による事業売却など明確な出口戦略がある一般的なベンチャー企業と違って、そもそもソーシャルベンチャーは収益性が乏しく投資をしても回収できるかどうかわかりません。何か具体策はありますか。

牧里:そこで提案したいのが、「リターンを求めない投資ファンド」の創設です。投資回収が難しいならば、思い切って発想転換して、「投資すること自体が企業価値を高める社会貢献活動。元本だけ保証してくれれば、配当は一切いらない」といったスタンスの投資ファンドがあってもいいのではないか。ほとんど無担保・無利子の長期貸し付けのような形になりますが(笑)。

 担い手として期待したいのは、地域社会を経営基盤とする信用金庫や地方銀行のようなコミュニティーバンク。金融機関だけで創設するのが難しければ、国や自治体が地域再生・活性化策の一環として公的資金で元本保証するような仕組みを作り、そうしたファンド創設を支援してもよいのではないでしょうか。

 若い社会起業家はこれからの超高齢社会の国造りを担う重要なプレイヤーであり、彼らの起業意欲をしぼませないように社会全体で応援する機運を高め、具体的な支援策を講じていくことが強く求められていると思います。

牧里 毎治(まきさと・つねじ)氏
関西学院大学人間福祉学部社会起業学科教授。1975年大阪市立大学大学院家政学研究科修士課程修了。(旧)大阪社会事業短期大学講師、大阪府立大学社会福祉学部教授、関西学院大学社会学部教授などを経て、2008年より現職。日本地域福祉学会会長。日本福祉社会学会理事。大阪府、大阪市、西宮市、芦屋市などの地域福祉(支援)計画策定委員長を務める。専攻は地域福祉論、コミュニティワーク論、福祉計画論。『協働と参加の地域福祉計画 ―福祉コミュニティの形成に向けて』(共編著、ミネルヴァ書房)など編著書多数。

高嶋 健夫(たかしま・たけお)
フリーランス・ジャーナリスト

1956年東京都生まれ。79年早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社。宇都宮支局、東京本社編集局産業部、日経ベンチャー編集(現・日経トップリーダー、日経BP)、出版局編集部次長兼日経文庫編集長などを経て、99年からフリーランス・ジャーナリスト。1989年に眼病を患い、視覚障害者(軽度の弱視)になる。その体験も踏まえて財団法人共用品推進機構に参加。99年4月~2011年5月まで機関誌「インクル」編集長を務める。専門分野は高齢者・障害者ビジネス、中小・ベンチャー企業経営。昨年4月から日経ビジネスオンラインで「障害者が輝く組織が強い」を連載し、同11月に『障害者が輝く組織』(日本経済新聞出版社)として刊行。『R60マーケティング』(共著、日本経済新聞出版社)、『クリスマス・エクスプレスの頃』(共編著、日経BP企画)、『共用品白書』(共編著、ぎょうせい)など著編書多数。