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社会福祉の思想は次第に成熟されつつあった。しかし、いつのまにか時は崩壊へと逆行しはじめた。

日本終焉レベルの大問題。iPS細胞10億円支援打ち切りという愚行

2020年02月12日 00時30分10秒 | Weblog
 
 

日本が世界に誇るiPS細胞研究に暗雲が立ち込めています。先日、政府が京都大学に、iPS備蓄事業に対する年間10億円の予算を打ち切る可能性を伝えたことが報じられました。なぜ国は、自ら日本の未来を潰すような愚行に出るのでしょうか。健康社会学者の河合薫さんは自身のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で、今回の決定に至る背景には「生産性」ばかりを追求するという昨今の流れがあるとし、研究費打ち切りについては「人の命とカネを天秤にかけたようなもの」と厳しく批判しています。

 

※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年11月20日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

科学の地盤沈下に拍車をかける政府の愚行

19日火曜日、拒絶反応が起きにくい再生医療をめざす京都大学のiPS細胞の備蓄事業について政府が年約10億円を投じてきた予算を打ち切る可能性を京大側に伝えたことがわかりました。

 

この一方が報じられる数日前、山中伸弥所長京都大学iPS細胞研究所)が記者会見を開き、予算打ち切りにふれ「いきなり支援をゼロにするのは相当に理不尽」と憤りを見せていたのですが、悲しくもそれが現実になってしまったかっこうです。

報道によれば企業ニーズとの違いが浮き彫りになったことが背景にあるとのこと。京大が進めている事業化への方針だと、多額の費用と試験の手間がかかると企業側が判断したというのです。

しかしながら、決定の通知は一方的。山中所長によれば、「国の決定には従う。だが公開の議論と別のところで話が決まってしまう。理由もよくわからない」とのことでした(11日の記者会見で)。

つまり、研究者サイドが「もうちょっとしっかり芽を育てた方が、事業が広がっていく」と訴えているのに対し、国は「今のままでいいじゃん。あとはキミたちでひとつよろしく!」と突き放した。「企業のニーズ」という体のいい言葉は、「このままじゃもうからない」と同義で。「どんどん儲かるように進めていかなきゃダメっしょ!」と、研究より商売を優先したのです。

…んったく。今までもさまざまな分野で、研究者の知見が最後の最後で捻じ曲げられ、研究者を軽視する姿勢に辟易していましたが、今回の決定は「人の命とカネを天秤にかけたようなもの。

このままでは日本に愛想を尽かし、優秀な頭脳はみな海外に流出してしまいます。既にそういった空気はあちこちで漂っていますし、このままでは山中教授だって日本に愛想を尽かしてしまうかもしれません。

いずれにせよ、今回の政府の決断は日本の科学力の衰退に拍車をかける愚行です。日本の世界における科学分野の相対的な地位が年々低下していることは、みなさんもご存知のとおりです。

2017年に英科学誌「ネイチャー」(3月23日号) に掲載された「Nature Index 2017 Japan」というタイトルの論文によれば、2005年~15年までの10年間で、日本からの論文がほぼすべての分野において減少傾向にあることがわかりました。

例えば、ネイチャー・インデックスという高品質の自然科学系学術ジャーナルのデータベースに含まれている日本人の論文数は5年間で8.3%も減少。この期間に世界全体では論文数が80%増加したのに対して、日本からの論文はたったの14%しか増えてないこともわかっています。

しかも、日本の若手研究者は研究室主催者(PI: principal investigator)になる意欲が低く、「研究者の育成も期待できない」という有り難くない指摘まで海外の研究者にされてしまったのです。

もっとも、研究費は少ない非正規雇用で短期間で成果をださなきゃいけない――。そんな状況で「研究者魂の火」を燃やし続けることなどできるわけがありません。

ノーベル賞を日本人が取ると、国はまるで自分たの手柄のように振舞いますが、それは先人たちが教育を大切にしてきたからこそ。明治時代に日本に来た外国人は、日本人の識字率の高さや学校における教育の質の高さに感銘をうけたといいます。

 

大学にもたくさんのカネをつぎ込み、研究者が育つ土壌を作ってきたことが、何年もの歳月をかけてやっと今花開いている。なのに…カネは出さない、でも成果は欲しい。そんな日本のお偉い人たちは自分たちがやっていることが日本を弱体化させていることに気が付いていないのです。

 

そもそも「生産性」という、研究と全く相容れないものを、大学という学問の場に持ち込んだのが衰退の始まりです。大学に競争原理を持ち込み、「選択と集中」だのとカネを稼ぐことに躍起になったことが、「日本の土台を崩壊させたのです。

 

おそらく「生産性命」の方たちは、勉強と学問の違いがわかっていないのだと思います。

勉強とは誰かが作った野菜を集め、売れるように盛り付け、世に出すこと。一方の学問は、どこの土地に、どんなタネをまくか?を考えることから始まります。どんな肥料を使えばいいのか?嵐が来た時にはどうすればいいのか?と様々な可能性を考え、試行錯誤し、失敗を繰り返しながらも、オリジナルの野菜を育て上げます。

そして、野菜が収穫できるようになったら、今度はその持ち味を最大限に活かせるサラダはどういうものかを考え、オリジナルの器にいれ、きれいに盛り付ける。

 

こういったすべてのプロセスをきちんと丁寧に繰り返し行うことで、世の中に役立つものを創りだしていく。これが学問です。

当然ながら時間もコストもかかります。途中でめげそうになることだってあります。それでも自分を信じ、どこから突かれても崩れないだけの知見とスキルを磨き続ける。学問に終わりはないし研究にも終わりはないのです。

それを成し遂げるには国の支援は必要不可欠です。お金がなければ大学の研究は成り立たないし、研究者も育たない。

にもかかわらず、大学の研究費を減らし続け、やっと芽が出てこれからだ!と熟成させているところで、「企業のニーズに合わない」と突き放しているのですから全くもって理解できません。

政府には地盤沈下に拍車をかける愚行を早急に是正してほしいです。心から願います。

みなさんのご意見もお聞かせください。

 

image by: Flickr

※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年11月20日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

河合 薫この著者の記事一覧

 

米国育ち、ANA国際線CA、「ニュースステーション」初代気象予報士、その後一念発起し、東大大学院に進学し博士号を取得(健康社会学者 Ph.D)という異色のキャリアを重ねたから書ける“とっておきの情報”をアナタだけにお教えします。
「自信はあるが、外からはどう見られているのか?」「自分の価値を上げたい」「心も体もコントロールしたい」「自己分析したい」「ニューストッピクスに反応できるスキルが欲しい」「とにかくモテたい」という方の参考になればと考えています。

 

安倍官邸にハシゴを外された山中教授iPS事業は米国に潰される

著者: 新恭(あらたきょう)『国家権力&メディア一刀両断』

 

以前掲載の「日本終焉レベルの大問題。iPS細胞10億円支援打ち切りという愚行」でもお伝えした通り、一時は国に見限られかけた山中伸弥教授らが進めるiPS細胞ストック事業。幸いその「暴挙」は見送られることとなりましたが、そもそも安倍官邸はなぜ日本がリードするiPS研究のサポートを取りやめようとしたのでしょうか。そしてiPS事業は今後、どのような道を辿ることになるのでしょう。元全国紙社会部記者の新 恭さんが今回、自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で探っています。

 

一度は官邸に見限られた山中教授iPS事業の将来はどうなる?

日本が誇るノーベル賞受賞者、山中伸弥教授のiPS細胞研究はこの先、どうなっていくのだろうか。

ゲノム編集などの遺伝子技術が進歩し、再生医療でも新たな潮流に注目が集まる昨今、週刊誌や一部ネットメディアでiPS細胞研究の厳しい現状にふれた記事が散見されるが、1月29日の参議院予算委員会でかわされた質疑応答を見ていて、いっそう不安が募ってきた。

その委員会に、昨年末、「不倫出張」とやらで週刊文春のネタにされた内閣官房健康医療戦略室、大坪寛子次長の姿があった。委員会に呼んだのは立憲民主党の杉尾秀哉議員である。

 

杉尾議員は問題の出来事について、大坪氏の認識をたしかめた。

「去年の8月9日、京都大学iPS研究所(CiRA)を和泉総理補佐官とともにたずねて所長の山中伸弥教授と面会された。その時は、あなたと補佐官と山中教授だけでしたか」

和泉総理補佐官とは、「総理は自分の口から言えないから私が代わって言う」と、加計学園の獣医学部新設を早く認めるよう前川喜平・元文科事務次官に圧力をかけた、あの和泉洋人氏のことである。和泉補佐官は健康医療戦略室の室長も兼ねているのだ。

大坪氏は「3名だけで、意見交換をしました」と言い、その内容を問う杉尾氏に、こう答えた。

「iPS細胞ストック事業の着実な実用化のためにどういった支援の在り方があるかということで、現在取り組んでいる事業の状況、今後の見通しなどについてのご意見をうかがった」

ノーベル賞で騒がれたのはだいぶ前なので軽くおさらいすると、iPS細胞は患者自身の皮膚や血液からつくる万能細胞(多能性幹細胞)のこと。目や心臓、神経細胞など身体を構成するほぼすべての種類の細胞に分化する能力がある。しかも、他人の細胞を材料にするわけではないため、拒絶反応が起きにくい。

ということで、夢の再生医療への期待が高まった。だが、ご多聞に漏れず実用化には困難がつきまとう。患者自身の皮膚などから細胞をつくって、それをガン化することなく移植できるほどにするには数千万円ものコストと長い時間がかかる。

そこで始めたのが「iPS細胞ストック事業」というもの。免疫作用も人によって様々なようで、ごくまれに他人に細胞を移植しても拒絶反応が起きにくい免疫タイプの持ち主がいるらしい。そういう人からiPS細胞をつくって備蓄しておこうというのがこの事業の目的である。

京都の物見遊山はともかく、和泉補佐官と大坪次長が、山中教授を訪ねたのには深いわけがあった。杉尾議員の質疑を続けよう。

杉尾 「この話し合いの中で、iPSストック事業を法人化するという合意が山中教授との間でできたという認識でいいですか」

大坪 「それ以前に山中教授のほうからストック事業を法人化したいとご提案があったと承知している。合意というか、提案を了承しています」

杉尾 「法人化に当たっては国費を充当しないと言いましたか」

大坪 「内閣官房からストック事業に対して国費の充当をゼロにするといったことはありません」

iPS細胞ストック事業に対し、国は13億円ほどを助成している。各府省の概算要求を前に、和泉補佐官と大坪次長はそれをゼロにすると告げる密命を帯びて京に向かい、たしかにその役割を果たした。

昨年11月11日、日本記者クラブの会見における山中教授の次の発言がそれを物語っている。

「一部の官僚の方の考えで国のお金を出さないという意見が入ってきた。いきなりゼロになるというのが本当だとしたら、相当理不尽だなという思いがあった」

 

実名こそ出さないが、山中教授の思いは明らかに、和泉補佐官、大坪次長に対して向けられていた。「官僚の方に十分説明が届いていない」と、自己反省を含めた柔らかな言い回をしたところも、山中教授らしい憤りの表明だった。

 

その後、山中教授が大臣たちと面会したり、議員の会合に出席したりして、国の支援の継続を訴えたのが功を奏したのか、結局、政府はiPS細胞ストック事業への助成を継続することに方針を戻したが、いったん官邸サイドが山中教授を見限ったのは間違いない。

 

杉尾議員は官僚が書いたらしい令和元年8月9日付けのメモを取り出した。

「iPS細胞ストック事業法人化の進め方というタイトルのペーパーで、機密性情報と書いてある。いまのCiRAを二つに分割する。一つは狭義での基礎研究を引き続きCiRAで実施する。もう一つはiPSストック事業を推進する公益財団法人を新設する。3番目には、新設の法人には国費を充当しない、と書いてある…問題のストック事業に昨年、国から投じられたのは13億円。これをやめるということではないんですか」

それでも、大坪次長は「ストック事業に対して国費の充当をゼロにすると言ったことはない」とシラを切り通した。

 

筆者はこのやり取りを見ていて、不思議に思った。そもそも、iPS細胞はアベノミクス成長戦略の目玉だったはずではないか。2012年に山中教授がノーベル生理学・医学賞を受賞し、iPS細胞への世間の関心が一気に高まり、その流れに乗るように翌13年1月、政府は再生医療に10年で約1,100億円の研究支援を決定した。

再生医療には、ES細胞や体性幹細胞を使うものもある。だが、安倍政権はiPS細胞に偏った資金投入を続け、山中教授は少なからず他の研究者たちの妬みと反感を買ったかもしれない。不満の声を受けて、自民党内に見直しの議論が起こったのも事実だ。

だからといって、一度は国を挙げて応援しようとした研究や実用化事業に見切りをつけ、官邸主導で、そこに投じてきた資金を打ち切ろうとしたのは、ただごとではない。その背景に何があるのだろうか。

それを考えるうえで、参考になるのはネットメディアNewsPicksの連載記事「iPSの失敗」だ。

「iPSバンクの細胞は品質が安定せず、治療にはまだ到底使えない」専門家たちはそう評価を下す。…世界市場を見ている医療産業界は、このバンクの使用を敬遠している。あまり知られていないことだが、iPS細胞をつくる際に使う遺伝子など6つの因子のうち、当初は一部の特許がアメリカ製だった。これをメード・イン・ジャパンにせよという政府の号令がかかり、1因子を日本製の別のものに変更している。これにより作製の効率が悪化していったというのが実態だ。莫大な資金投入が無駄になる可能性が見えているし、この国のiPS細胞は、いつの間にかガラパゴスと化していたのだ。

このような文章で問題提起をしたうえで、14年まで京大に在籍し、iPS細胞の大量生産技術の開発に長らく関わってきた仙石慎太郎・東京工業大学准教授らへの取材と、下記の5人の専門家へのインタビューで、記事を構成している。

  • 2014年に世界で初めてヒトにiPS細胞を移植した高橋政代・元理化学研究所プロジェクトリーダー
  • iPS研のバンクの細胞を使用しない意向を明らかにしているアステラス製薬執行役員、志鷹義嗣氏
  • iPS研設立当時の京大総長、松本紘・理化学研究所理事長
  • 山中の才能に目をつけ、京大再生医科学研究所に受け入れた当時の所長、中辻憲夫氏
  • 2018年まで京大iPS細胞研究所にいた神奈川県立保健福祉大学教授、八代嘉美氏

全員のインタビューを紹介することは、どだい無理なので、八代嘉美教授の見解に注目してみたい。以下はその一部だ。

「iPSは結果的に、再生医療の産業化に偏重した。有用性を訴えた方が、お金を出してもらいやすいというのは、どうしてもあります」

「本来、基礎研究をじっくりやる場として、京大iPS研はあったと思います。山中先生に限らず、他のノーベル賞受賞者もみな、基礎研究の重要性については、首相や文科相に対し、事あるごとに訴えています。しかし、『何々の分野への重点的な投資を支持した』という話しか出てきません。そういう中にiPS細胞もはまり込んでしまった」

 

どうやら、安倍成長戦略との一見、有利な結びつきが、やたら実利を追わねばならぬプレッシャーとなり、かえってiPS研究の進展を阻害したようである。

 

かつて官僚と族議員に支配されてきたこの国の統治機構は、7年余りに及ぶ安倍長期政権の間に、政治主導の名のもと、いびつな首相官邸独裁に変貌を遂げた。

 

仰々しいスローガンを乱発する安倍首相の大好きな言葉の一つが「国家戦略」である。縦割り発想、省益優先の省庁に横串を通し国家戦略を実行するというふれこみで官邸に設けられている「〇〇戦略室」「〇〇推進室」「〇〇本部」はどこまで役に立っているのだろうか。

首相、官房長官に直結する「健康・医療戦略室」の昨今のふるまいから見えるのは、山中教授が安倍首相ら政権首脳に実利的成果を急がされた挙句、ハシゴを外されかけている構図だ。

アベノミクスにかかわりなく、基礎研究に十分な投資を政府がしてくれていればいまのiPS研をとりまく風景はずいぶん、違ったものになっていたのではないだろうか。

 

AERA19年12月16日号によると、山中教授は「iPS細胞を使った臨床研究では、日本が世界をリードしてきた」としながらも、「アメリカの怖さ」を切実に感じているという。

米バイオベンチャー企業ブルーロック・セラピューティクスはパーキンソン病患者に移植する臨床試験、iPSから作った心筋細胞による心不全治療、重い腸疾患治療の研究開発などを豊富な資金で進めるらしい。

山中教授は「私たちがやってることと完全に競合する。超大国アメリカがiPSにどんどん乗りだし、本気になってきた」と危機感を強めている。

 

安倍政権は日本のiPS研究開発が壁にぶち当たっている今こそ、実利を急がず、強力な支援体制を構築すべきではないか。やらしてみたけど、ゼニにならぬからさっさとやめるというのでは、いつまで経っても米国の後塵を拝するしかない。

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新恭(あらたきょう)この著者の記事一覧

 

記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。

 

 

安倍総理「桜を見る会」前夜祭問題の「生贄」にされた政治家たち

著者: 新恭(あらたきょう)『国家権力&メディア一刀両断』

 
 

先日掲載の「安倍首相の珍回答に国民『答えているけど答弁ではない』と嘲笑」でもお伝えした通り、未だ何一つ真実が語られていないとも言われる、桜を見る会を巡る数々の疑惑。首相を公選法違反などで刑事告発する動きも見られますが、今後、どのような展開を見せるのでしょうか。元全国紙社会部記者の新 恭さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で今回、「桜を見る会前夜祭の支払い補てん」に焦点を絞り、老舗ホテルの元関係者の見立て等を紹介し、「バカを見るのは常に庶民」と結んでいます。

 

桜を見る会前夜祭の支払い補てんに税金が使われたのか?

公的なイベントであるはずの「桜を見る会」を、安倍首相があたかも支持者集会のごとく私物化してきたさまは、醜悪な権力者の姿そのものである。

どのように野党やメディアに追及されようと、決して真実を語らず、意図的論点ずらしの答弁を延々と続け、官邸や内閣府の官僚にも暗黙のうちに虚言を強いる。その徹底ぶりは驚嘆に値する。

まれにみる狡猾な政権であることは認めよう。そのために野党が攻めあぐねていることも確かだ。

 

そのかわり、首相をお手本に、政治家のモラルは音を立てて崩れつつある。雲隠れしていた菅原一秀前経産相、河井克行前法相と河井案里参院議員が国会に舞い戻ってきてからも「捜査の支障になる」とかなんとか、白々しいウソをついてまで説明を拒絶するのは、安倍内閣でまかり通ってきた「逃げるが勝ち」の成功法則を信じ込んでいるからにほかならない。

しかし、安倍首相はもはや、菅原氏や河井夫妻を検察から守る意思はないかもしれない。検察になにがしかの手柄を立てさせておかないと、自らの身が危ういからだ。

IR(カジノ)誘致という目玉政策に影響することもかまわず、東京地検特捜部が秋元司元IR担当副大臣への強制捜査に踏み切ることを容認したのも、安倍首相自身が「桜を見る会」で刑事責任を問われかねない客観的状況を自覚していたからだろう。

事実、安倍首相を公職選挙法違反、政治資金規正法違反で刑事告発する市民や弁護士の動きが活発化している。立件されれば、現職総理の犯罪に斬り込む前代未聞の事件に発展する可能性がある。

ジャーナリストの浅野健一氏や弁護士ら約50人でつくる「税金私物化を許さない市民の会」が昨年11月20日、東京地検に告発状を提出したのが、第一弾だ。

東京地検はどう対処するか、態度を決めかねている。法務大臣の指揮権発動で捜査をつぶされる可能性も視野に入れなければならないし、なにより現職総理を相手にすることへのためらいがある。

煮え切らない東京地検の姿勢に業を煮やした別のグループの動きも出てきた。

宮城県の弁護士10人が「桜を見る会を追及する弁護士の会」を立ち上げ、2月には全国規模の組織にしたうえで、3月にも、刑事告発をするというのだ。

同会共同代表の小野寺義象弁護士が1月23日、第28回目の「桜を見る会」野党追及本部ヒアリングに出席して、告発の理由を詳しく説明した。そこで小野寺弁護士が強調したのは、「桜を見る会」の本質は、単なる政治的、道義的責任の問題ではなく、総理の「犯罪」であるということだ。

犯罪性を隠すため、紙も電子データも廃棄したとウソをついて「桜を見る会」招待者名簿の公開を拒み、不合理な理屈を編み出して、違法性を否定する。それが現在の安倍官邸と内閣府の姿ではないか。

昨年4月12日午後7時からホテルニューオータニで開かれた「桜を見る会」前夜祭のパーティーに関し、1月22日の衆院本会議で安倍首相はこう語っている。

 

「夕食会の価格設定は、出席者の大多数がホテル宿泊者という事情を踏まえ、800人規模、一人当たり5,000円とホテル側が設定した…明細書について、ホテル側は、営業の秘密にかかわり資料提供には応じかねるとのこと。夕食会の費用は…受付でホテル側職員の立ち合いのもと、私の事務所の職員が一人5,000円を集金し、ホテル名義の領収書をその場で手交し、受付終了後に集金したすべての現金をその場でホテル側に渡すという形で参加者からホテル側への支払いがなされた。主催者である安倍晋三後援会としての収支は一切なく、政治資金収支報告書への記載は必要ないものと認識している」

 

これに対して、小野寺弁護士はこう言う。

 

「前夜祭はホテルの企画ではなく、あくまで後援会主催の企画だ。会場、役務の提供に関しホテルと後援会との間で契約が結ばれていて、それに基づいて運営されたと解するしか法律的にはない。ホテルへの代金支払いは契約上の債務であり、その負債の履行は後援会が責務を負っている。ホテルは後援会の債務の履行として代金を受け取っている、というのが一般的な契約の観点だ」

パーティー会費は、参加者がホテルに直接支払ったと主張する安倍首相に対し、小野寺弁護士はあくまで後援会とホテルの取引と解釈するのが法律家の観点だと反論する。

ホテル側の見解が聞きたいところだが、安倍首相への忖度からか、ニューオータニ側は口をつぐんでいる。しからばと、筆者は老舗ホテル元営業部長、A氏に安倍首相の主張について感想を聞いた。

 

A氏はまず「一人当たり5,000円とホテル側が設定した」という安倍首相の説明に疑問を投げかける。

「見積書と元請求書は、安部事務所・後援会あてに出されているはず。一人5,000円では、ホテルニューオータニ『鶴の間』で800人規模の立食パーティーをするのは不可能だ。最低一人1万5,000円以上かかるが、総理事務所なので特別に配慮して料理発注人数を600人分くらいに調整したり、酒類や山口県の物産の持ち込みや、宴会場使用料の大幅割引などによって、たぶん8,000円~1万2,000円で受注したのでしょう」

A氏は、一人当たり5,000円では、800人として180万円~400万円が不足し、その分を誰かが補てんして支払ったはずだというのである。

後援会、あるいは安倍事務所が差額を負担したのなら公選法違反の寄付にあたり、ホテルが負担した場合は贈収賄になる。

A氏は「想像だが」と断ったうえで、後援会、ホテルのどちらでもない可能性を指摘する。

「後援者の企業か、パトロン個人、領収書の要らない官房機密費から出ている可能性がある。桜を見る会の経費内に組み入れて吸収したことも考えられるが、その場合だと税金なので一番ヤバイですね」

政治資金を動かさないですませるため、ひそかに税金を使う仕掛けにしたということだろうか。

それにしても、たとえ総理とはいえ一議員のパーティーに税金が多少なりとも横流しされたとしたら、政治資金を使うより、よほどタチが悪い。

だが、不思議なのは、参加者個々に、ホテルから領収書が手渡されたというのに、いまだ1枚の領収書の現物、あるいは画像が、メディアや野党議員の手に渡っていないということだ。安倍首相の証言を裏付ける領収書なのである。それを後援会員が持っていたら、すぐにSNSに投稿するのが当世流だろう。

ただし、A氏によると、ホテルがホテル名義の領収書を用意したとしても、さほど不思議ではないようである。

「安倍晋三後援会または安倍事務所の領収書を使用すれば収支報告に記載する必要があるので、ホテル側との合意に基づき、ホテル名義の領収書を準備したのでしょう。ホテル側からすると請求総額に含まれる一部入金分に該当するので何ら問題はありません」

ホテルというのは、政治家とか有力者のためなら、よほど融通をきかせるものらしい。

 

ならば、安倍事務所が後援会員に頼んで領収書を探し出してもらえばいいのに、なぜそれをしないのか。領収書と請求明細書の辻褄が合っていないのだろうか。

 

小野寺弁護士は翌日の「桜を見る会」において、安倍首相が後援会員ら850人を招待したことについても次のように語る。

 

「功績者に該当しない地元の人も招待し、無料で飲食などのサービスを供与している。これは寄付罪と買収行為に該当する。一人一人に対するものなので、場合によってはすさまじい件数の犯罪が起こっていることになる。安倍首相サイドとしては、事実が先にあるのではなく、犯罪構成要件に該当しないよう法律に詳しい人の助言で事実を組み立てている。だから収入支出が全くないと言ったり、告発状の文が書けないよう招待者名簿を出さないということが起きてくる」

小野寺弁護士とA氏の見解が共通するのはニューオータニで開かれた前夜祭で、一人5,000円の会費では足りない金額を誰かが補てんしたであろうということだ。

小野寺弁護士は安倍後援会を疑い、A氏は官房機密費の使用や「桜を見る会」の経費に組み入れて補てんした可能性にまで言及した。

 
 

A氏の見立ての通りだとすれば、安倍首相は少なくとも前夜祭に関する限り、まんまと法の網をくぐり抜けることになるのかもしれない。最高権力者ならではの芸当に欺かれ、バカを見るのは常に庶民である。

image by: 首相官邸

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