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社会福祉の思想は次第に成熟されつつあった。しかし、いつのまにか時は崩壊へと逆行しはじめた。

国民が社会保障制度を理解できない2つの理由 年金は2階建てというフィクション

2012年06月06日 17時28分18秒 | Weblog

西沢和彦の「税と社会保障抜本改革」入門

【第1回】 2011年11月24日 西沢和彦 [日本総合研究所調査部主任研究員]

【新連載】第1回
国民が社会保障制度を理解できない2つの理由
年金は2階建てというフィクション

増加する社会保障費の財源確保に向けて、政府は消費税引き上げの議論を本格化させてい る。だが、社会保障をめぐる議論は複雑かつ専門的で、国民は改革の是非を判断できない状態に置かれている。社会保障の専門家として名高い日本総研の西沢和 彦主任研究員が、年金をはじめとする社会保障制度の仕組みと問題点を、できるだけ平易に解説し、ひとりひとりがこの問題を考える材料を提供する。

社会保障制度を理解するのは
なぜ難しいのか

西沢和彦
ニシザワ カズヒコ/日本総合研究所調査部主任研究員。1989年3月一橋大学社会学部卒業、同年年4月三井銀行入行、98年より現職。2002年年3月法政大学修士(経済学)。主な著書に『税と社会保障の抜本改革』(日本経済新聞出版社、11年6月)『年金制度は誰のものか』(日本経済新聞出版社08年4月、第51回日経・経済図書文化賞)など。(現在の公職)社会保障審議会日本年金機構評価部会委員、社会保障審議会年金部会年金財政における経済前提と積立金運用のあり方に関する専門委員会委員。

 年金、医療、介護をはじめとする社会保障制度は、国民の生活に密着しているものの、制度を理解するのは容易ではない。2011年7月1日、菅直人 政権のもと「社会保障・税一体改革成案」が閣議報告され、それに基づき、来年の通常国会への法案提出に向け、審議会で議論が進められているが、国民がその 議論についていくのもほとんど困難である。

 なぜ、社会保障制度を理解するのが難しいのか。理由は主に2つ考えられる。1つは、政府から国民に提供される情報は、往々にしてオブラートに包み 込まれているためだ。政府にとってみれば、改革項目の多くは、国民に直截的には伝えたくない内容である。少子高齢化が進み、かつ厳しい財政状況のもと、社 会保障制度改革は、負担の増加や給付のカットなど国民の耳に痛い内容が主体にならざるを得ない。典型例が、「百年安心」と言われた2004年の年金改正 で、目玉の一つとして導入されたマクロ経済スライドである。

「マクロ経済スライド」というネーミングと「自動調整機能」という政府の説明を聞けば、国民も特段の警戒感を抱かない。しかし、マクロ経済スライド の本当の目的は、年金給付のカットである。その目的自体、年金財政の持続可能性を維持するためには妥当なものだが、仮に、政府がそれをありのままに国民に 説明したならば、高齢者を中心に国民の間から拒絶反応が出てくる可能性がある。そうした可能性を回避するため、政府が意図して何重にも実態をオブラートに 包み込んでいるようにすらみえる。国民が理解出来ないとしても、当然の帰結である。

 もう1つは、用語の抽象度が高かったり、あるいは、技術的過ぎたりして、専門家ではない国民にとって分かりにくいことだ。例えば、「社会保障・税 一体改革成案」に次のような記述がある。「自助・共助・公助の最適バランスに留意し、個人の尊厳の保持、自立・自助を国民相互の共助・連帯の仕組みを通じ て支援していくことを基本に、(略)制度を構築する」。自助・共助・公助の最適バランスといえば高邁に聞こえるが、国民の間でこれらの用語に対する認識が 共有されている訳ではない。他方、「成案」には、前述のマクロ経済スライドのほか、介護納付金の総報酬割導入などといった技術的な用語も並ぶ。

 今回のシリーズでは、社会保障制度に対する国民の理解を妨げる、これらの理由があることを念頭に置き、年金、医療、介護、子育て、および、税制の順に計10回を予定し、現行制度と改革の論点を解説していきたい。

 シリーズの最大の目的は、社会保障改革の議論への国民の主体的参加を少しでも手助けすることである。現行制度は、仕組みが複雑化し、議論が技術的 になりすぎ、主役であるはずの国民が改革の是非を判断できていない。そこで、この複雑な仕組みを解き明かし、その問題点を明らかにし、改革の論点を示すこ とで、読者の皆さんが社会保障改革に対して、ご自身で判断できる材料を提供したい。

年金制度は2階建てではない

 第1回は、年金制度の構造を取り上げる。冒頭、04年の年金改正において、給付カットがマクロ経済スライドというネーミングのオブラートに包み込 まれていると述べたが、年金制度の実態も「2階建て」というオブラートに包み込まれている。2階建てという政府の説明を鵜呑みにしていたのでは、年金制度 に対する真の理解は一向に進まない。まずは、この2階建てという説明からいったん離れることが重要である。

 また、年金制度の真の構造を理解しておくことは、シリーズで取り扱う健康保険制度の構造を理解する際の下地になる。健康保険制度は、年金制度と似た構造を持ちつつ、より複雑になっているためである。

 わが国の年金制度は2階建てであるという説明が、図表1に示したポンチ絵とともに、政府からなされる。1階には、全国民共通の国民年金(基礎年 金)があり、その上に、民間サラリーマンの厚生年金、国家公務員や地方公務員などの共済年金が、2階部分として上乗せされるという、新聞や雑誌などでもお 馴染みの説明だ。

 建前上、1階の基礎年金は老後の生活費のうち食費や被服費をはじめとする基礎的な支出を賄う部分、2階の厚生年金は現役時の所得に応じた上乗せ部分であるとされている。しかし、よくよく考えてみると、こうした説明はわれわれの実感と合わない。

 例えば、民間サラリーマンの給与明細から天引きされているのは厚生年金保険料だけである。他方、民間サラリーマンも、老後には厚生年金とともに基礎年金も貰えると聞いているが、では、基礎年金の保険料はどのように払っており、それは一体いくらなのか?

 あるいは、サラリーマンを夫に持つ専業主婦の妻(被扶養配偶者)は、第3号被保険者として直接的には保険料を負担せずとも、基礎年金を受け取ることが出来る。では、その費用は一体だれがどのようにいくら負担しているのか?

 さらには、ポンチ絵には、国民年金に括弧書きして基礎年金とあるが、基礎年金と国民年金は単なる呼称の違いなのか?呼称の差であるとすれば、なぜ統一しないのか?このように、政府の説明や2階建てのポンチ絵は、実はどうも腑に落ちない。

制度は依然として分立

 そこで、これまでの政府の説明をいったん白紙に戻し、年金制度は2階建てではないと考えた方が、制度に対する理解は深まる。

 年金制度の歴史を振り返りながら説明しよう。わが国の年金制度は、厚生年金、共済年金、国民年金が、個々別々に成立して来た。まず、1944年に 民間サラリーマンを対象とした厚生年金が発足し、その後、国家公務員、地方公務員などの恩給が、それぞれの共済年金に転換していった。1961年には、自 営業者や農林漁業者のために国民年金が創設された。これにより一応、国民皆年金が達成された。なお、一応と断り書きがつくのは、専業主婦の妻は、国民年金 への任意加入であったからである。

 その後、こうした制度の分立に対し、全国民共通の年金を設けるべきとの機運が出てきた。時代とともに、自営業者や農林漁業者が減り、国民年金制度 単体では立ち行かなくなっていた。年金制度の官民格差も指摘されていた。全国民共通の年金創設にこうした問題の解決が期待された。

 嚆矢となった提言が、1977年の総理府社会保障制度審議会の2階建て年金構想である。その構想は、まず全国民共通の年金として基本年金(基礎で はない)を設け、財源には付加価値税を充てる。次いで、その上に、既存の厚生、共済、国民各年金を上乗せするというものであった。国民年金も基本年金に上 乗せされる。まさに2階建てだ。

 ところが、別途検討を進めた厚生省(当時)が下した結論は、表向きは似ているものの、実態は似て非なるものであった。厚生省案は、全国民共通の基 礎年金を設けると表明したものの、財源については、基礎年金独自にそれを手当てすることはせず、新たに設けた年金特別会計の基礎年金勘定に厚生、共済、国 民各制度から拠出金を持ち寄らせることとした。

 なぜ、そうしたのか。最大の理由は、改革の難易度が低かったためであろう。付加価値税という新税の導入とセットで基本年金を創設するより、既存の 各制度から拠出金を持ち寄らせた方が手っ取り早い。この点は、自民党が、何度も消費税(付加価値税の1つ)の導入を企てつつ、頓挫し、ようやく1989年 になって導入に至ったことを考えれば頷ける。

 加えて、省庁間の縦割りがあった可能性も否定できないだろう。基本年金の財源が付加価値税になってしまえば、それは厚生省の所管からは離れてい く。年金財政は、一般会計とは別に、年金特別会計で管理されている。厚生省案であれば、年金特別会計もそっくりそのまま残ることになる。

各年金の収入と支出の実態

 では、各年金の収入と支出の実態を具体的にみてみよう。先ず、厚生年金の加入者は、86年の基礎年金導入後も導入前と変わらず、厚生年金保険料 (労使折半)のみを支払う(図表2)。09年度の保険料総額は22.2兆円であり、勤務先を通じて日本年金機構に納められる。資金は、年金特別会計を構成 する6勘定のうちの1つである厚生年金勘定において管理される。

 年金特別会計の厚生年金勘定の収入には、そのほか、基礎年金拠出金に対する国庫負担(注)等7.8兆円(等とつけているのは厚生年金給付にも一部国庫負担があるため)、積立金より受け入れ3.8兆円などがある。受け入れというのは積立金の取り崩しであり、収益ではない。本来、赤字として計上されるべき性格のものである。

 厚生年金勘定の支出は、給付費23.8兆円のほか、基礎年金勘定への基礎年金拠出金14.8兆円がある。すなわち、加入者の支払った厚生年金保険 料は、一般会計から国庫負担が加わった上、厚生年金勘定と基礎年金勘定の2つに入金されるのである。国家公務員共済組合(国共済)、地方公務員共済組合 (地共済)、私立学校教職員共済(私学共済)も、厚生年金とほぼ同様の構造である。

 さて、国民年金加入者は、86年の基礎年金導入後も、導入前と変わらず、定額の国民年金保険料を日本年金機構に支払う(任意加入であった専業主婦 は除く)。資金は、年金特別会計の国民年金勘定で管理される。それは、国庫負担なども含め、大部分が基礎年金拠出金として基礎年金勘定に移転される。国民 年金加入者は、加入時に国民年金保険料を支払うが、受給時になると基礎年金を受け取るのである。

 このように、厚生年金と共済年金は、国民年金(基礎年金)に上乗せされている訳ではない。国民年金と基礎年金も同じではない。依然としてわが国の 年金制度は、厚生、共済、国民各制度の分立を基本としており、基礎年金は、制度というよりも、アカウント、あるいは、給付される際の名称に過ぎない。

基礎年金はフィクション
あるいはバーチャル

 こうした基礎年金を、年金評論家の村上清氏は「フィクション」であると評し、政策研究大学院大学の田中秀明氏は「バーチャル」と評している。年金 制度は2階建てではなく、基礎年金はフィクション、あるいは、バーチャルである。このように現行制度を実態に即して理解することが、議論のスタート地点で ある。

 まとめよう。社会保障制度に関する政府の説明は、幾重ものオブラートに包み込まれているため、政府の説明を鵜呑みにせず、実態に迫ることが重要である。さらに、一見高邁にみえる抽象的議論にも惑わされないことである。

 年金制度が2階建てになっているという政府の説明も、そうしたオブラートの1つと解釈できる。わが国の年金制度は、明確な2階建てにはなっておら ず、厚生、共済、国民各年金制度の分立を基本とし、それぞれから基礎年金勘定に拠出金を出すことで、フィクションあるいはバーチャルとも評される基礎年金 を維持しているのが実態である。

 こうした1階と2階とが明確に切り分けられていない年金制度の構造は、年金制度の真の理解を困難にしている。理解されない制度が国民から信頼され るはずもなく、また、政治によるガバナンスも効かず、それ自体大きな問題である。加えて、この構造は、第3号被保険者問題、厚生年金のパート労働者への適 用拡大を図る際の障壁である9万8000円の壁など、年金制度の諸問題の根源となっている。これらの問題については、次回取り上げる。

(注)国庫負担という言葉は曲者である。国庫負担は、次の2つの場合であれば、確かにあり得 る。1つは、国から地方へ、あるいは、国から健康保険の運営者である健康保険組合などへ補助金を出す場合である。実際、厚生年金保険法や健康保険法など社 会保険各法では、国庫負担という言葉が用いられている。もう1つは、国から特定の企業や家計への補助も、国庫負担と呼ぶことにそれほど違和感はない。

 しかし、国と全ての国民との間において、国庫負担は理論的にあり得ない。わが国は、産油国な どと違って自ら富を生み出す手段を持っていない。よって、国庫負担などといっても、所詮、納税者の支払う税金(タックス・ペイヤーズ・マネー)でしかあり 得ない。それにもかかわらず、政府は、しばしば国庫負担という言葉を好んで使う。増税という実態がオブラートに包み込まれるためである。政府の説明は、オ ブラートに包み込まれてばかりだ。


http://diamond.jp/articles/print/14992


オランド仏新大統領の課題 民意が支持する“成長戦略”は 欧州危機を救えるのか?

2012年06月02日 06時47分37秒 | Weblog

DOL特別レポート【第270回】 2012年5月18日

――早稲田大学ビジネスクール准教授 樋原伸彦

2012年5月6日、欧州では様々な形で民意が示された。ギリシャ総選挙では連立与党が過半数を獲得することができず、その後の連立交渉もうまくいかず、6月再選挙となることが決まった。

ユーロ圏内ではないが、ロシアでは翌日の大統領就任式を控え「反プーチン」の行進が大規模に行われ、多数の逮捕者が出た。そしてフランス大統領選挙では、ドイツのメルケル首相と共に、欧州金融財政危機の収拾にあたってきたサルコジ氏が敗れ、社会党のオランド氏が当選した。

本稿では、フランス大統領に就任したオランド氏の提案する新た政策の方向性が、現在のユーロ危機を解決に導けるのかどうかを焦点に、昨年10月末のギリシャ危機以降の一連のプロセスの中で、今回第2ラウンド入りしたと思われる欧州金融財政危機の今後を展望したい。

緊縮財政政策への
政治的逆風

ひ ばら のぶひこ/1988年東京大学教養学部卒、2002年コロンビア大学大学院博士課程修了(経済学Ph.D.)。東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)、コロ ンビア大学ビジネススクール日本経済経営研究所助手、世銀コンサルタント、通商産業研究所(現RIETI)客員研究員、サスカチュワン大学(カナダ)ビジ ネススクール助教授、立命館大学経営学部准教授などを経て2011年9月より現職。

 昨年末2011年12月の拙稿「ユーロ危機は世界不況に発展するか-ポピュリズムが金融危機のトリガーに-」において、中期的シナリオの一つとして提示した、ギリシャ議会選挙及びフランス大統領選挙で、緊縮財政政策が信認を得られず、ユーロ体制が政治的・社会的に耐えられなくなるという可能性がより現実味を帯びてきた。

 そして、選挙後の金融市場の反応をみると、拙稿で強調した「政治が経済を動かしてしまう」状況がより深刻となっている。政治指導者、特に独仏の指導者の覚悟・役割が非常に重要な局面となってきた。

 選挙という形で、はっきり財政緊縮策へのNoが突きつけられたのが5月6日のフランス及びギリシャでの選挙結果であった。ただ、それに先立つ4月 23日には、オランダにおいても提案されている財政緊縮法案に対して、それまで閣外協力していた自由党が受け入れを拒んだため、ルッテ首相率いる連立政権 が崩壊(次の総選挙は9月)した。

 また、スペイン・イタリアでも4月以降、財政再建目標の緩和に動かざるをえなくなっており、ユーロ圏では昨秋以降唱えられてきた財政緊縮策が、国 内政治的に受け入れられにくい状況がすでに生じていた。ユーロ圏内の特に南欧諸国の高い失業率をみれば、政治的に財政緊縮策が受け入れられないのは致し方 ないのかもしれない。

財政均衡を実現するための
成長戦略に実効性はあるか?

 オランド新仏大統領が選挙戦で掲げた経済政策は、政策の優先順位を財政規律よりも成長戦略にシフトさせるというものだ。成長のための歳出を増やし、財政均衡の時期は遅らせるものの、高い成長率を実現させることで、将来の財政再建をより確かなものにするという提案である。

 しかし、その提案の中で描かれている政策の青写真の中身は、例えば、1)教員の6万人増、2)富裕層への最高75%課税、3)金融取引税の導入な どの大企業向け課税の強化、4)インフラ整備への公的投資、等々である。また、EUの財政新条約についても再交渉を求め、少なくともEU内において、新た に何らかの“成長条約”が必要だと説いてきた。

 確かに、財政規律だけを強めたところで、景気が浮揚してこなければ、税収は逆に低下してしまい、財政再建がさらに遠のいてしまう可能性は高い。昨 年10月以降のユーロ危機への緊急的な対応を迫られた「メルコジ」体制では、投資家の理解を得ることを最優先にせざるをえず、短期的に利払いができる能力 と意思があるということを見せる必要に迫られたため、財政規律へのコミットメントをまず強調せざるをえなかった。

 しかしながら、財政規律の遵守へのコミットメントに加えて、中期的な成長戦略なくしては、中期的なユーロの持続可能性がおぼつかないことも確かで ある。その意味で、オランド氏の選挙の主張は、必ずしもポピュリズムへの対応というだけではなく、経済理論的にも一定の説得力を持つもので、他のEU諸国 の指導者も理解を示している。

 ただ、オランド氏はミッテラン大統領以来の17年ぶりの社会党の大統領で、主要な支持基盤の一つは労働組合であり、所得再分配的な成長支援策が多 く提案されている。果たして、そのような成長支援策が将来の財政均衡実現に資することができるのか、という素朴な疑問は持たざるを得ない。

 もっと言えば、現在のようなグローバル化した経済環境の中で、実現性の高い成長戦略を一国の政府が政策として打ち出すことができるのかという、よ り根本的な懐疑も持たざるをえない。日本でもつい最近報じられたように、菅政権が策定した「新成長戦略」のうち成果が出た政策はほんの1割にしかすぎない と、民主党政権自体が総括している。

アレジーナ教授の論文と
財政均衡達成への道

 ハーバード大学・アレジーナ教授とボッコーニ大学・ペロッティ教授の1997年の“Fiscal Adjustments in OECD Countries”という論文が、実は最近注目を集めていた。2010年6月30日付けのBusiness Week誌にも“Keynes vs. Alesina, Alesina Who? Economist Alberto Alesina argues that austerity triggers growth”というタイトルの記事がある。

 アレジーナ教授の主張は、Business Week誌のタイトルからもわかるように、ケインズ的な積極財政よりも、財政均衡を目指した政策のほうが経済成長には資する、というものだ。96年の論文 はこの主張の根拠を実証的に示そうとしたもので、1960年代以降のOECD諸国の財政状況の膨大なデータの分析を行っている。

 分析結果のポイントは、特に所得再分配と政府セクターの雇用に関係する歳出の削減に努力するほうが、増税あるいは公共投資の削減への努力よりも、 財政均衡には資するというものだ。まさに、メルケル首相のこれまでの財政規律を重視する政策を支持する内容となっている。実際、前出のBusiness Week誌によれば、2010年4月にマドリッドで開かれたECの経済財務相会議のコミュニュケで、彼の主張が引用されているようだ。

 しかしながら、今回のユーロ諸国における財政危機を解決するために、この処方箋が有効かどうか、については少し注意が必要だ。97年論文の共著者 であるボッコーニ大学のペロッティ教授(ちなみに、筆者がコロンビア大学のPh.D学生の時に、ペロッティ教授はコロンビア大学で教えていて、彼のマクロ 経済の授業を受講した経験がある。当時MITのPh.Dを終えたばかりの新進の助教授であった)のより最近の2011年の論文では、上記処方箋が需要創出 につながった多くのケースでは、輸出が需要創出に大きな役割を果たしていたことが指摘されている。

 つまり、公的セクターにおける賃金の低下を呼び水として、民間セクターにおける賃金を含めたコストの低下による対外的な競争力の回復から、外需で景気を上向かせようとする経路が、成功する場合が多いという分析だ。

 そこでは通貨安も伴っており、通貨を統合してしまった現在のユーロ各国には残念ながら通貨価値による調整は存在しない。また、輸出の増大のための 賃金の下落も、そのような政策をとることは今回の危機ではより政治的に難しくなっている。また、金融セクターが脆弱になっているため、金利低下による需要 への刺激があまり効かない環境に、現在はなってしまっている。

オランド新大統領が考えるべき
ロードマップは?

 選挙中に彼が主張してきた「成長支援策」のメニューに掲げられている諸政策は、恐らく財政均衡達成にはあまり効果を上げないであろう。その意味 で、もし新大統領がフランス国民との約束に律儀であればあろうとするほど、状況は悪化する可能性が高い。特に所得再分配的な政策は、公的セクターの既得権 益を守り、本来生じるべき賃金の下落を妨げることになる。

 フランスあるいはより状況が深刻な南欧諸国が直面している状況の本質は、ユーロ圏内で(もっと言うと対ドイツで)産業競争力が低下してしまったこ とにある。にもかかわらず、共通通貨であるため、地域内の通貨安が起こらないことは当然であるのに加え、賃金の下落も生じることなく、需要の水準が下が り、それを補うべく財政が出動したが補いきれず、雇用の調整が始まってしまったという状況だ。

 ユーロ安と言っても、そのドイツの状況を勘案したレベルまでしか下がらず、域外向けの輸出を大幅に増大できる状況にはない。オランド新大統領をは じめとした指導者は、ユーロ導入前とは違う、明らかにより困難な状況に置かれていることを、もっとしっかりと認識する必要がある。これまでの処方箋が効果 を発揮する可能性はおそらく極めて低い。

 ここで求められるべき政策は、おそらく、ユーロ域内で問題国の相対的な競争力を上げるような政策だ。具体的には、例えば、他のユーロ諸国に比べて ドイツ内での賃金上昇を促すような政策を採らせることだ。そして、その結果生じるであろうドイツ国内でのインフレが、たとえECBが目標とする2%のイン フレ率を上回ったとしても放置することだ。

 あくまで、ECBのインフレ目標は域内全域での「平均的な」目標と考えるべきで、南欧諸国がデフレに陥っている場合は、ドイツなどの北欧諸国が相 対的にインフレ状況になることを許容する必要がある。つまり、為替で調整ができない以上、労働コストによる調整がなければ、域内貿易によって問題国の経済 状況の改善は進まない。

対独交渉力の上では
今はオランド新大統領優位

 いわゆる「メルコジ」体制が主導してきた緊縮財政策に対する政治的な不人気が、今回の選挙結果ではっきりした。このことで、本稿冒頭で述べたように「昨秋以降のユーロ危機の第2ラウンド」が、今まさに始まったと言える。

 5月13日に行われたドイツのノルトライン・ウェストファーレン州議会選では、メルケル首相率いるCDU(キリスト教民主同盟)が歴史的な敗北を 喫した。来年秋に予定されている連邦議会下院選挙の前哨戦でもあったわけで、この敗北はメルケル首相にとっては痛手であることは間違いない。

 この地方議会選の結果の解釈は難しいところがあるが、選挙民がより左派的な政策(格差の是正、最低賃金の引き上げ、など)を求めていることは確か だ(しかしながら、メルケル首相の対ギリシャ政策などのユーロ政策への評価が、この地方議会選で下されたとみるのはおそらく早計であろう)。

 この州議会選の結果を受けて、来年の連邦議会選を見据えるならば、メルケル首相は何らかの軌道修正をはからざるをえない。その意味で、政治的に は、この直近の状況においては、オランド新大統領のほうがメルケル首相に対して優位に立っていると言える。この状況下で、メルケル首相が、例えば、独国内 の最低賃金の引き上げなどの政策に政治的にのっていく必要を感じているとすれば、そこはぬかりなくオランド大統領はついていくべきだ。

 そして、仏国民に対して、なぜ独の最低賃金の引き上げが仏国民にとって意味があるのか丁寧に説明し、フランスひいては他の南欧諸国の競争力の回復 が、このユーロ危機から脱するカギであることを説得するべきだ。そして、大統領選挙中に公約してしまったような仏国内での再分配政策などは、選挙民に忘れ てもらうように仕向けるべきであろう。

 5月15日の大統領就任式直後のメルケル首相との会談では、ギリシャ向けのメッセージが中心で、独仏間の経済政策を巡る駆け引きはなかった模様だ が、選挙後の両氏の相対的な政治的パワーは流動化してきており、オランド氏が主導権を握れるチャンスは今後大いにあると言える。

 その意味で、もし今回のユーロ危機が中期的に収拾に向かった場合、その功績は、メルケル氏ではなくオランド氏が得ることができるかもしれない。 (メルケル氏は昨秋以降、あまりにドイツの利益を追求しようとした結果、逆にかえって来年の連邦選挙で自身が敗れるリスクを高めてしまったと言える。ユー ロ共同債などにもう少し彼女は柔軟な姿勢をみせるべきであった)。今後は独仏の協調体制を「オラケル?」体制と呼ぶようになるかもしれない。

ギリシャの
ユーロ離脱の可能性

 最後にギリシャの今後に一言だけ触れておこう。今回の総選挙後の連立交渉は不調に終り、6月再選挙が決定した。緊縮財政反対・ユーロ離脱を掲げる 極右政党が得票を伸ばした一方で、世論調査によればギリシャ国民の78%がいまだユーロ圏への残留を望んでいるという。また報道によると、ギリシャでは銀 行からのユーロ建て預金の引き出しが始まってしまった模様だ。

 緊縮財政は嫌だが、ユーロには残っていたいという明らかに矛盾する希望を選挙民は抱いており、ここはギリシャ政治家の説得能力の真価が試される局 面であろう。再選挙はユーロを離脱するかどうかの最終判断という性格が強まり、EU関係者も現実としてのギリシャのユーロ離脱に向け準備を始めるであろう から、ギリシャ国民も自身の判断の重さに気づかざるをえないはずだ。むしろ、6月の選挙よりはるか前に、銀行への取り付け騒ぎなどを発端に、ギリシャの金 融システムが崩壊してしまうリスクのほうを筆者は心配する。

 その意味で、ギリシャのユーロ離脱の可能性は今回の選挙結果を受けてより現実味を帯びてしまったものの、実際に離脱するかどうかにはまだかなりの紆余曲折があるものと予想する。

http://diamond.jp/articles/print/18699

【新連載】
仏大統領決選投票 冷めてたって投票率は8割強
日本にもそんな時が来るんだろうか

【第1回】 2012年5月11日 七種 諭 [写真家]

 フランス大統領選はオランドとサルコジによる最終選が行われた。結果はご承知の通り、社会党のオランド氏が勝利した。

 雨の多い中で、両者とも力を入れた演説等、最後の票の獲得に躍起になっている姿を見かけた。

Photo by Satoshi Saikusa

ルペンに袖にされて

 特にサルコジは、極右翼であるマリー・ルペンに投票した人たちの票を拾い上げようと必死になっていた。その、あさましい姿は、党内部からも反感が出る程だった。

 今回の第1回投票でルペン率いるFN党は17%以上の票を獲得し、マリー・ルペン自身も驚き?喜び、そして自信、確信を得た様子だった。

 しかしこの人、なんでこんなにTVに取り上げられるんだろう、、、

 マリー・ルペンはこのサルコジの行動に対して、私は白票を投じると宣言した。サルコジはあっさりと距離を置かれてしまった。

 中道派のバイルーはオランドに1票、もちろん共産党のメロンションもオランドに1票。こうした各党派(それぞれ10%前後の票を獲得した党)の党首のひと声が、最終投票に大きく影響する事は必然だ。

 結果、フランスの海外にある領土を除いた得票率はオランド51.67%、サルコジ48.33%。なんだか細かい数字並べてしまった。

 なーんだ、思ったよりサルコジ嫌われてないじゃん!

 そして、やっぱり思った通り、サルコジは嫌いだけど、でも、オランドに任しては不安だ!と思った人も多かった。思ったよりも接戦であった。

 しかし、投票率は8割を超えた!!!らしい。

 これは、やはりかなりの高さだと感心してしまう、日本で民意が直接現れる国民投票を行ったとして、この投票率はあり得るだろうか?

 さすが、自己主張無しでは、自分の存在は危ういというお国柄、どんなことにも熱いディスカッションがこの国には有る。今回の冷めた選挙戦と言われた大統領選でもこの投票率。いつか、政治に関心を持てる日本が現れて欲しい。

 そのためには皆で頑張らないと。

あだ名は「フロンビ」

 さて、オランド大統領これからのお手並みは?

 ここまでは取りあえずサルコジが失敗して来た事柄を挙げて、自分だったら、そうしないという事だけを主張して来た印象が、多くの国民には映ってい たようだ。公約した5年間で6万に近い教育分野での雇用、警察官5000人雇用、失業率の改善、若者向け公団の建設、原子力の縮小、ガソリン価格据え置 き、リタイヤ60歳への年金支払い、リッチ層への増税、等々。

 聞こえはいい。

 しかし、こうしたことをやって財政きちんと出来るんだろうか?

 ドイツのメルケル首相、イギリスのキャメロン首相、オバマ大統領などから早くも会談のお誘いが有るらしい。オランドが何処まで、公約にあげたEU新条約の見直しを本気でやる気なのか、知りたいらしい。

 揉めた末にやっと署名したユーロ各国はユーロ危機からの脱出の望みが掻き消えてしまうのではと不安らしい。

Photo by Satoshi Saikusa

 事態はもっと複雑では有ろうが、、、、

 問題はかなり山積み、大丈夫かな?

 変化を!と叫ぶのはいいけど、まだまだ、これらをどう現実化していくか、きちんとした方針は示されていない。

 カリスマ性に欠けるオランド、同党内の大統領候補ドミニク・ストロスカン(元IMF専務理事)が性犯罪問題を起こし棚ぼたを頂いたオランド。選ばれたというよりサルコジよりましのオランド。

 僕の15歳になる娘の学校では、彼は「フロンビ」と呼ばれてるらしい。

 フロンビとはプリンみたいなおやつ、ふにゃふにゃした中にはしっかりとした芯が有る事を願いたい。

(編集部より:一般の市民の視線で大統領選を切り取ってほしいという編集部の要望に応えて、文中の写真は携帯のカメラで撮影されている)

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米大統領選、オバマとロムニーはほぼ互角 茶会はロムニーを支持し、共和党は結束する!

2012年06月02日 06時04分44秒 | Weblog

DOL特別レポート【第257回】 2012年4月23日

W・ガルストン・ブルッキングス研究所シニアフェローに聞く

再選をめざすオバマ大統領に挑むミット・ロムニー氏とはどんな人物なのか。投資会社重役やマ サチューセッツ州知事などを経て、経営の手腕は評価されているが、一方で「金持ち臭くて人間味がない」との批判も多い。しかも敬虔なモルモン教徒で、キリ スト教保守派から嫌われている。最新の世論調査では「オバマ氏有利」の結果も出ているが、はたして本選ではどうなるか。過去の大統領選で選挙対策顧問など を務め、米国の政治、選挙の舞台裏を知り抜いているウィリアム・ガルストン博士に聞いた。(聞き手・ジャーナリスト 矢部武)

モルモン教徒でも
共和党は結束する

William Galston/メリーランド大学の哲学・公共政策研究所ディレクターを兼務。シカゴ大学で政治学博士号を取得し、専門はアメリカ政治、公共政策、国内政 策、選挙キャンペーンなど。クリントン政権下で国内政策担当副補佐官(1993年~95年)、アル・ゴア大統領候補の選挙対策上級顧問、ウェルター・モン デール大統領候補の政策顧問などを務める。

――予備選で2番手につけていたリック・サントラム元上院議員が撤退したことで、共和党候補はミット・ロムニー氏に決まったとみていいのですか。

 正式には8月の共和党全国大会で、過半数の代議員を獲得してからになるが、ロムニー氏が共和党候補になるのは間違いない。サントラム氏の突然の撤 退表明は驚きだったが、本人の説明では前回のウィスコンシン州などの敗北で資金が集まらなくなり、続けられなくなったということだ。返済に何年もかかるよ うな莫大な借金をかかえる前に、撤退した方がよいと判断したのでしょう。

――これまでサントラム氏を支持していたティーパーティ(茶会)は、ロムニー氏を支持しますか。

 支持すると思う。茶会のメンバーは共和党だから。たとえロムニー氏を好きになれなくても、オバマ大統領の再選阻止という究極の目的のために、共和党は結束するでしょう。

 茶会は妊娠中絶や同性婚などを容認したロムニー氏の過去に不満を持っているが、だからといって彼を支持しないということではない。ロムニー氏が大 統領になれば、党内で茶会の主張を取り入れるようにプレッシャーをかけられるが、オバマ大統領が再選されてしまったら、それもできないわけですから。

――共和党の支持基盤であるキリスト教保守派は、モルモン教徒のロムニー氏を受け入ることができるのでしょうか。

 受け入れるでしょう。なぜなら、彼らはオバマ大統領をイスラム教徒のようなものだと思っているからです。

ロムニー氏は前回の敗北から
多くのことを学んでいる

――ロムニー氏の強さはどこにあると思いますか。

 大手投資会社の重役などビジネス経験が豊富で、マサチューセッツ州知事としての行政経験もある。厳しい秩序・規律を重視する人だと思います。選挙 チームもよく組織されていて、スタッフが自分を売り込むために、メディア関係者と勝手に話をするというようなことも起きていない。経済界などの人脈も豊富 なので、選挙資金集めにもまったく問題がない。

 それと、ロムニー氏の強みは、ほとんどの米国人が彼を“極端な保守派”とみていないことです。それが理由で共和党の指名獲得争いでは苦労したが、11月の本選では有利に作用するでしょう。

――ロムニー氏は前回の大統領選にも出馬し、共和党の指名争いで敗れましたが……。

 国民的ヒーローのジョン・マケイン氏に敗れたが、ロムニー氏はあの経験から多くを学んだと思う。たとえば、大統領選に出馬することのプレッ シャー、多くの問題にすばやく対応するスピード、どのタイミングでどのくらいの資金が必要かという選挙資金管理、他候補からの批判・攻撃などに対して、す ばやく適切に対応するダメージコントロールなどです。大統領選に出馬するというのは、それほど大変なことなのです。

――ロムニー氏は予備選で党内の保守派に配慮して、妊娠中絶・移民政策などで右寄りにシフトしたため、女性、ヒスパニックなどの支持を失ったとの指摘もあるが、それは修復できますか。

 完全に修復するのは難しいでしょうが、そのために何をすべきかわかっていると思う。彼にとってのグッドニュースは、有権者の多くは今の時期はまだ 候補者の細かいことにまで関心を払っていないことです。誰に投票するか真剣に考え始めるのは、9月に入ってからでしょう。それに最終的に選挙結果を決める のは、党の中核メンバー(支持者)ではなく、党とはあまり(あるいはまったく)関係をもたない有権者です。

高学歴の元大学教授と
大金持ちの対決という構図

――大金持ちのロムニー氏に対しては、「人間味に欠ける」などの批判もありますが。

 その点で言えば、オバマ大統領も「人間味が豊かで親しみやすい」と思われているわけではない。今回の選挙は「高学歴の元大学教授と大金持ちの対決」ということになる。労働者階級の人たちからみれば、両者とも親しみやすさという点で大きな違いはないでしょう。

――ABCテレビ/ワシントン・ポスト紙の最新の世論調査では「オバマ大統領がロムニー氏を7ポイント差でリード」との結果が出ましたが、今後どうなると思いますか。

 私は、世論調査はあまり重視していません。他にも多くの調査が行われ、「ロムニー氏がわずかにリード」、「両者ほぼ互角」など異なる結果を示しているものもある。私自身、この選挙は非常に接戦になると思います。

 オバマ大統領は現職としての知名度があり、好感度もそう悪くない。経済も少しずつ良くなっているので、有利なように見える。しかし、圧倒的に有利というわけではありません。

――ロムニー氏は景気低迷と高い失業率を理由に、オバマ政権の3年間を「完全な失政」と断じているが、この批判は正当だと思いますか。

 多くの有権者は「オバマ政権の3年間を完全に失政だった」とは見ていない。しかし、経済の低迷でオバマ大統領にがっかりしている人は多く、それは大統領の弱点になるでしょう。

ロムニー氏は
対中政策強硬論者

――ロムニー氏は大統領になったら、オバマ政権の最大の成果とされる医療保険制度改革(オバマケア)を、就任初日に廃止すると宣言しているが、それは可能ですか。

 もちろん廃止しようと試みるでしょうが、正直言ってそれは難しいと思う。米国議会両院の承認が必要であり、そのプロセスを経るのは大変なことで す。“ロムニー大統領”にそれだけのパワーがあるとは思えない。共和党は議会下院で多数を握っているが、上院では少数派です。ロムニー氏はおそらく、オバ マケアを廃止するために、どれだけ強い意志をもっているかを有権者に示そうとしているのではないでしょうか。

――また、ロムニー氏は軍事費増強や強硬な対中国政策を提唱していますが……。

 対中政策では、オバマ大統領より強硬姿勢を強めることは間違いない。中国を為替操作国に指定するよう圧力を強め、知的財産権の保護や米国の膨大な対中貿易赤字の原因とされる非関税障壁の撤廃などを求めていくでしょう。

――それは米国の国益にどう影響するでしょうか。

 対中強硬策によって米中関係が悪化すれば、いろいろな影響が出る可能性はある。中国企業と取引している米国企業なども、多大な不利益を被るかもしれません。

――本選の結果を左右する重大な要素として何が考えられますか。

 有権者に同じ質問をしたら、ほとんどの人は「経済回復だ」と答えるだろう。これから経済回復が順調に進めば、オバマ大統領はかなりの差をつけて勝てるだろうし、回復が進まず失業率も下がらなければ、再選は難しくなるでしょう。

オクトーバーサプライズが
起こるならイランとの衝突

――オバマ大統領就任後の2009年10月に10%あった失業率は、2012年3月に8.3%まで下がってきたが。

 問題は回復基調が続くかどうかです。過去に再選された大統領をみると、選挙前の1年間の経済動向が最も重要だということがわかります。イラン情勢 が緊迫化すれば、経済に直接影響する。ガソリン価格が大きく上昇すれば景気後退をもたすかもしれない。さらにイランとの軍事衝突が起これば、重大な問題と なります。

――そうなった場合、どちらの候補に有利ですか。「戦争になれば現職に有利」との指摘もありますが。

 いつ起こるかにもよります。もし選挙直前の10月にイランと何らかの軍事衝突が起これば、国民は大統領を応援するでしょう。しかい、5月か6月だったら、状況は違ってくるかもしれない。それは大統領が危機をどうハンドル(処理)するかにもよります。

 今年の「オクトーバーサプライズ」(大統領選が実施される年の10月起こるとされる事件・異変)があるとしたら、それはイラン情勢かもしれません。

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DOL特別レポート【第260回】 2012年5月1日 長野美穂

米大統領選で話題の“モルモン教”総本山を直撃(上)
初の「モルモン教徒大統領」は誕生するのか?
ソルトレイクでわかったロムニーの“光と影”
――ジャーナリスト・長野美穂

ライバルだったリック・サントラムが選挙戦から降りた今、ミット・ロムニーが共和党の 指名を勝ち取り、次期大統領の椅子をかけてオバマ大統領と一騎打ちを行なうのは、ほぼ確実となった。11月の本選でもしロムニーがオバマを破れば、米国史 上初の「モルモン教」を信仰する大統領が誕生する。

これまでアメリカでは、プロテスタントのキリスト教徒以外で大統領になれたのは、カトリック 教徒だったジョン・F・ケネディ1人だけ。プロテスタントの教会に通うオバマですら、保守派の一部から「本当はイスラム教徒ではないのか?」と散々叩かれ たことは、記憶に新しい。それだけ宗教、とりわけキリスト教がアメリカ政治に及ぼす影響力は絶大だ。

「モルモン教は果たしてキリスト教と言えるのか?」「カルトとどこが違うの?」今なお多くの アメリカ人がそんな懐疑的な視線を寄せている「モルモン教」。そこで、モルモン教の総本山であるユタ州、ソルトレイクシティを訪ね、現代に生きるモルモン 教徒たちを直撃。彼らがロムニーをどう評価しているのかを聞いてみた。(取材・文・撮影/長野美穂)

新婚カップルで埋め尽くされた
総本山「ソルトレイク・テンプル」

モルモン教の総本山、ソルトレイク・テンプル。1853年に工事がはじまり、1893年に完成。神殿の中で結婚式や洗礼式などが行なわれる。信者でない一般人は中に入ることができない。

 3月末の土曜日の午後。ソルトレイクの街に到着し、モルモン教総本山の象徴として空に高くそびえ立つ「ソルトレイク・テンプル」に行ってみた。モルモン教会の総本山は「チャーチ」(教会)ではなく「テンプル」(神殿)と呼ばれる。

 テンプル内部で結婚式を終えたばかりらしい、白いウェディングドレス姿の女性とタキシードに身を包んだ男性が、そびえ立つ灰色の塔を背景に、にっこり微笑みながら記念撮影をしている。

 ふと周りを見回すと、新婚カップルは1組だけではない。あちこちから、ウェディングドレスとタキシード姿の新郎新婦カップルたちが次々と現れてくる。

(上) 教会広報によれば、テンプルの中では、たとえば土曜日1日に50組のカップルが挙式可能とのこと。(中)結婚式が終わると、あちこちで新婚カップルが記念 撮影を始める。テンプルを背景にできる位置が一番人気で、順番待ちだ。(下)テンプルの扉の前で、新郎新婦と家族、親戚が記念撮影を。多くの信者にとっ て、神殿での結婚式は人生最大のイベントだ。

 その数、なんと20組から30組以上。見ていると、どのカップルも、テンプルの塔のてっぺんにくっついている金色の「モローナイ天使」の像を入れ込んで、一番よいウェディング写真が撮れる撮影スポットをゲットすべく、静かな争奪戦を繰り広げている。

 それぞれの新婚カップルに1人ずつカメラマンがつき、彼らが撮影場所を求めてドレスの裾を持ち上げながら移動する姿は壮観だ。

「あなたユタは初めて? すごいでしょ、この光景。これだけ大勢の花嫁がいたら、自分のウェディング姿が特別だと思えなくなるわよねえ」

 そう言うのは、市内に住む72歳のバーバラ・シャイフリーさん。モルモン教徒ではないという彼女は、こう言った。

「モルモン教徒にとっては、ここで結婚式を挙げることが人生最高の晴れ舞台なの。もし両親や友人がモルモン教信者じゃない場合、親は結婚式のセレモニーには出られない。信者以外はテンプルの中に入れないわけよ」

 つまり、私もバーバラも、次々と結婚式が行なわれているテンプル内部の様子を見ることはできないわけだ。

結婚するまで「純潔」を守り抜き、
酒やコーヒーも飲めない?

 モルモン教の結婚には「死が2人を分かつまで」というタイムリミットはなく、結婚は、天国に行っても永遠に2人が一緒であることを、約束するためのものらしい。

「私の友達の弁護士も、最近モルモン教に改宗しちゃったの。コーヒーやお酒は飲んじゃいけない決まりだけど、彼女、炭酸飲料は浴びるように飲んで、 チョコレートも毎日食べてるわよ。ヘルシーなんだか、よくわかんない戒律よね。あ、見て! あの花嫁さん、カウボイブーツ履いてるわよ、なかなかヒップ ね」

 次々と通り過ぎる花嫁と新郎の多くは、ピカピカの肌の持ち主で、明らかに20代前半らしい若者たちだった。白人が一番多いが、アジア系、そしてヒスパニック系と様々な人種の顔も見える。

 モルモン教の教えでは、結婚前のセックスは御法度。つまり彼らは「正真正銘のバージン」ということになるのだろう。「コーヒーも御法度」という話を聞いていると、なんだか猛烈にコーヒーが飲みたくなってくるのは、どういうわけだろう。

 バーバラは言った。

「通りの向こうの新しくできたショッピングセンターに行ってみたら? 昨日オープンしたばかりよ。モルモン教会の資金力の凄さを見てきたら? もっとも、資金力があっても、いつもあの角に立ってるホームレスに、モルモン教徒が小銭をあげているのを一度も見たことないけど」

不況下とは思えない旺盛な消費活動!
モルモン資本のショッピングセンター

5万人の買い物客が押し寄せたソルトレイク市内のショッピング・センターのオープン翌日。 このショッピング・センターの土地、建物はモルモン教会が所有。

 通りの向こうに行ってみると「シティ・クリーク・センター」という名のショッピングセンターが見えた。日本の初詣の混雑かと思うほどごったがえす 人、人、人。ノードストローム、メーシーズなどの店舗の間に石垣がつくられ、その間を川のように水が流れ、その周りに何千人という買い物客たちが列をなし ている。

 ティファニーでは宝石が次々に売れ、対応する店員たちは汗だくだった。「これは本当に経済恐慌まっただ中のアメリカで起こっている光景なのか」と、思わず目を疑いたくなるほど、すさまじい消費活動がそこにあった。

 この10.5億ドル規模の新しいショッピングセンターの土地と建物を所有するのは、モルモン教会。経営は企業に任せているが、教会広報によればセ ンターの中のノードストローム1店舗だけでも400人近い雇用を創出した。毎週日曜日は信者が教会に行くべき安息日なので、ショッピングセンターは休館す る。

 ユタ州の州民の7割近く、そしてソルトレイク市の人口の6割がモルモン教徒だ。「信者の多くは収入の10%を教会に寄付する」とは聞いていたが、教会の資金力がダウンタウンの一等地にぽーんと巨大店舗を作るほど強大とは……。

 それにしても、ショッピングセンター内をいくら探してもスターバックスや他のコーヒーチェーン店がない。フードコートの端っこにあるマクドナルドで、やっと1杯のコーヒーにありつけた。

ロムニーは地区単位の信者を束ねる
「ステイク・プレジデント」だった

(上)3 月末に世界中からモルモン教徒がソルトレイクに集い、カンファレンスが行なわれた大ホール。式典は12ヵ国語でビデオ化され、放映された。モルモン教のク ワイヤーは有名で、古くはレーガン大統領の就任式でも合唱を披露。(下)日曜礼拝は各地域のモルモン教会で行なわれる。

 日曜日の朝。ソルトレイク郊外のドレイパーという市にある、モルモン教会の日曜礼拝に参加してみた。

 普通のキリスト教会のような建物だが、カトリックやプロテスタントによくあるような十字架は見当たらない。

 壇上の右側には、スーツ姿の男性が4人座っている。そのうちの1人は「ビショップ」と呼ばれる役職で、この「ワード」と呼ばれる地区300人単位 の信者たちの指導役を務めている。ミット・ロムニーも、過去にビショップやその上の役職である「ステイク・プレジデント」を任された経験の持ち主だ。

 つまりロムニーは、単なる一信者ではなく、他の信者を導くリーダーとしての重責を果たしていたわけなのだ。

 ビショップやステイク・プレジデントたちは、本職を別に持ち、自分の時間をやり繰りして教会の指導をするボランティアだ。教会から賃金も出ず、無 料奉仕だ。礼拝にプロの牧師がいないということは、カトリックなどの概念からしてみれば、「アマチュアによる礼拝」ということになるのだろう。

 各自の信仰告白が始まり、小さい子どもから大人まで、思い思いに壇上に上がり、1人1人がスピーチする。

「この教会は真実です」「モルモン書は真実です」

 そんなフレーズが繰り返される。

 職場で他の同僚が酒浸りであることを憂い、失業のリスクを取って転職した女性の話や、子どもを養子にもらった夫婦の告白など、多くの人が涙ながらに自分の経験を語った。

(上) 子どもたちのための日曜学校のクラス。 礼拝と合わせて3時間みっちり。幼い子どもたちも皆革靴を履いていた。(中)礼拝の後は、女性と男性は別室でモルモン教義、聖書を学習。このクラスは10 代の女性たちのためのクラスで、大人の教師役が2人ついていた。「いかに日々の誘惑に負けないようにするか」が、この日のディスカッションの議題。(下) ハイテク化が進む宗教の現場。聖書とモルモン書をiPhoneやiPadでダウンロードしている信者たちも多い。

 ほとんどが夫婦と子どもたち。男性は黒いスーツ姿に白いワイシャツ、ネクタイ、そしてピカピカに磨かれた黒い靴。ヒゲのある男性はいなかった。女 性は膝が隠れるぐらいの長さのスカートにブラウス、ヒールのある靴というコンサバな服装が一般的だ。小さな男の子たちもワイシャツを着て、ネクタイをして いる。

 外には雪をかぶったユタの山々がそびえているが、教会内の彼らの服装だけ見ると、「ウォール街のゴールドマン・サックスかどこかのバンカーとその妻子たちの会合」という感じすらしてしまう。参加者のほぼ9割が白人だった。

 礼拝が終わると、大人と子ども、男性と女性は別々に多数の小さなグループに分かれて勉強会を行なうのだった。

 聖書とモルモン書が1冊になった分厚い本を開いている人もいれば、iPadやiPhoneやキンドルでダウンロードした「モルモン書」を読む信者もいる。21世紀のテクノロジーは駆使するが、男女は席を共にしない、そんなギャップがなんだか不思議だ。
 


「本当にキリスト教?」の疑問に
答える大きな“ジーザス”ロゴ

 ここで、モルモン教の基本事項についておさらいしておこう。モルモン教は「The Church of Jesus Christ of Latter-Day Saints」 (末日聖徒イエス・キリスト教会)が正式名称だ。ロゴを見ると、「ジーザス・クライスト」の部分だけ文字のフォントが3倍ぐらい大きい表記になっている。

「『モルモン教はキリスト教なのか?』と疑惑の目で見る人が多いため、ロゴでは特に“キリスト”の部分を大きく強調している」と、教会広報は言う。 「イエス・キリストを救世主とするまぎれもないキリスト教だ」と信者たちは言うが、モルモン教の起源は、伝統的なキリスト教とは違ってかなりユニークだ。

 1820年にニューヨーク州に住んでいた当時14歳だった少年、ジョセフ・スミスが神とイエス・キリストの啓示を受け、その経験からモルモン書を 翻訳し、1830年に教会を設立したと言われている。カトリックやプロテスタントなど伝統的なキリスト教と大きく違うのは、ジョセフ・スミスを神の預言者 だと信じ、モルモン書を聖書と同じように聖典とする点であり、かつ、アメリカで始まった新しい宗教ということだろう。

自身も一夫多妻だった創設者
ジョセフ・スミスの素顔とは?

 ジョセフ・スミスには複数の妻がおり、一夫多妻制を奨励。モルモン教は1800年代に50年間ほど一夫多妻制を取り入れていたが、教会は1890年に一夫多妻を禁止した。この歴史が、他の伝統的なキリスト教信者たちから批判を受けてきた。

 また、モルモン教の大きな特徴は「生きている預言者」を神のメッセンジャーと認識するところだ。教会の最高位に就いている者が、その時代の預言者ということになる。

 教会の16代目「プレジデント」は、トーマス・マンソン。ブリガムヤング大学でMBAを取り、モルモン教が所有する新聞社・デザレニュース紙の広告担当の重役でもあった。

「生きている預言者」と言われれば、ついモーゼのような野性的な風貌を想像しがちだが、マンソン氏の写真を見ると、黒いスーツに身を包み、どこぞの大企業の会長という感じだ。

 彼の下に12人の使徒のリーダーたちがいて、トップから彼らまで教会から給与をもらうことができる。さらにその下に70人のリーダーが続き、その下に地域のローカルな組織とリーダーたちが位置するという形だ。

男性が権力を握り女性ビショップはゼロ
メンバー数はなぜ増加し続けているのか?

 教会のウェブサイトでその組織のピラミッド構造を見てみると、黒いスーツを着た白人男性の写真がずらっと並んでいる。ごく小数の黒人やアジア系などの男性もいるが、女性はゼロ。

 今どき、アメリカのどこの企業でも、役員に最低1人ぐらい女性がいるのが当たり前で、大統領に女性が自由に立候補できる時代だが、モルモン教の場 合、女性に「神権」はなく、女性にはこのプラミッドの権力中枢の末端であるビショップやステイク・プレジデントなど、地域の指導者になる資格も与えられな い。

 女性には福祉・慈善プログラムを運営する権利はあるが、それは「神権」と呼ばれる権力に直結しない。女性役員のいないどこぞの日本企業のように、権力中枢は完全なるボーイズ・ネットワークなのだ。

 アメリカ国内の信者数は約620万人、世界規模では1400万人。アメリカ国外の方が信者数が多い。宣教師を世界中160ヵ国に送り出していることでも有名だ。

 アメリカ国内では、モルモン教は、カトリック、サザン・バプティスト、メソジストに続き第4番目の規模まで成長した。ナショナル・カウンシル・オブ・チャーチズの最新の統計によれば、昨年と比べてモルモン教会の信者数は約1.6%増えている。

 それに対してトップ3のキリスト教会では、全て昨年と比べて教会員が減少している。不況の中、拡大していくモルモン教会の秘密は何なのだろう。そして、信者1人1人は何を考え、どんな暮らしをし、今度の大統領選で誰に投票するのだろうか。


「今度こそ本当のチェンジが必要」
モルモン教家庭が応援する大統領候補は?

ロジャーと妻のモニカさんを囲んだクック家の写真。左から17歳のキャシディ、20歳のケイトリン、13歳のケネディ、そして10歳のコレットと23歳のケルシー。彼女の上に姉がもう1人おり、6人姉妹という大家族である。

「とにかく、何としてもオバマ大統領を権力の座から降ろすこと。それができる候補者に私は投票するよ。今度こそ本当の『チェンジ』が必要だ。政府の無駄な支出を減らし、職をつくり出せるような環境を早急につくらないと」

 モルモン教信者であるロジャー・クック(50歳)は、礼拝が終わるとそう言った。

 モルモン教の家庭で育ち、妻のモニカとの間に6人の娘を持つロジャーは、共和党員ではないが、前回はマケインに投票した。「自分はかなりの保守派」という彼は、「経済的に破綻した企業や個人を国民の税金で救い、いつまでも援助し続けるのは大きな間違いだよ」と言う。

 妻のモニカは共和党員だ。

「私はロムニーの大ファンなの。02年のソルトレイク・オリンピックのとき、腐敗や裏金やスキャンダルで、私たち地元住民は本当に恥ずかしかった。 その混乱を建て直したのがロムニーだから。彼がモルモン教徒だからというだけでなく、彼の政治やビジネスのスキルがむしろ一番のポイントだと思ってるわ」

 オバマについて話し出すと興奮して血圧が上がってしまうというロジャーを見ながら、「ほらほら、また始まったよ~」と笑う10代から20代の娘たち。

 モルモン教徒は収入の10%を教会に寄付することが奨励され、義務ではないが、その寄付なしではテンプル内に入るための「推薦」を得ることはできない。ロジャーも長年寄付しているが、それは国に納める税金と同様に、「痛い出費」ではないのか。特にこの不況の中では……。

「10%の寄付は聖書にも書いてあるし、何より自分の意志で納めているんだ。教会を通して慈善事業にも使われ、災害などで本当に助けが必要な人々を助けることができる。オバマ政権に無駄遣いされている税金とは全然違うよ」

 オバマの医療保険改革の話が出ると、薬局に勤めている次女のケルシー(23歳)は言った。

「よく、薬代は国家が負担し、無料にすべきだ、と言うお客さんがいるんだけど、それって違うと思うのよね」

 欲しいもの、必要なものは自分で働いて手に入れる。それがクック家のポリシーのようだ。

電話で話せるのは家族でも年2回だけ
宣教師の恋人と手紙で愛を育む娘

 同時に娘たちは、小さい頃からお小遣いの10%を教会に寄付してきた。三女のケイトリン(20歳)には、今英国に2年間宣教師として送られているボーイフレンドがいると言い、写真も見せてくれた。

 恋人とスカイプで連絡をとっていると思いきや、「実は手紙を書いて郵送してるの」という。モルモン書がiPadで読める時代に、郵便とはロマンチックかつ古典的だが、それには理由があった。

 モルモン教では、男性は19歳になると宣教師として世界中に2年間派遣され、布教活動するのが普通だ。その間は、家族と年に2回だけ電話で話すことが許され、電子メールや携帯の使用も極限まで制限されているという。

 ロムニーも若い頃、フランスで宣教師活動をしていた。

「手書きで手紙書くのが面倒くさいときは、メールを手書きの手紙として印刷してくれるサービスを使っちゃうけど」と、そこは現代っ子らしいケイトリ ン。女性の場合は19歳ではなく、21歳以上で宣教師として派遣されるが、男性のようにほぼ誰もが行くわけではなく、あくまでオプションだ。

 なぜ男女で2歳の年齢差があるのか、教会の誰に聞いてもはっきりした答えは返ってこなかったが、女性の場合、結婚して家庭を築く準備をすることがより求められているということのようだった。

 ダイニングルームの食卓の横には、テンプルで結婚式を挙げた長女のウェディング写真が飾ってあった。

「他の娘たちも、テンプルの中でぜひ、結婚式をして欲しいと思ってるんだ。まさに神の家と言うべき神聖で美しい場所だから」とロジャー。

100年以上前の予言者が言った通り?
「同棲しないほうが結婚が長続きする」

 家族という単位を何よりも大切にするモルモン教。結婚前のセックス禁止、という教えに対してどう思うか聞くと、ケルシーはこう答えた。

「モルモン教じゃない友人と話すと、同棲してから結婚した方がお互いをよく知ることができると言うんだけど、統計的に見ても、同棲しない方が結婚が長続きすると証明されてる。統計が出る100年以上前に預言者が預言した通りだし、理にかなってると思う」

 モルモン教では、男性であれば「神権」を持てるわけだが、ロジャーが将来の教会のトップ、つまり「生きる預言者」になれる可能性もあるのだろうか。

「可能性はゼロとは言えないけど、僕が預言者になったりしたら、信者たちは心配で夜も眠れないと思うよ」と、ロジャーは笑った。

 最後に家族写真を撮ったときに、ロジャーがこっそりジョークを言った。

「僕が妻や娘たちに囲まれているこの写真を見たら、日本の読者は僕に妻がたくさんいると誤解しやしないかな? ちゃんとキャプションに『娘たち』って書いてくれよな!」

 次回は、ミット・ロムニーが卒業した、ユタ州プロボ市にあるブリガムヤング大学を訪れる。ロムニーはいったい、どんな環境で青春を過ごしたのだろうか。そして、同大学の学生たちは、ロムニーに対してどんな印象を持っているのか。

*「米大統領選で話題の“モルモン教”総本山を直撃(下)」は、5月8日(火)公開予定です。


男性低所得者の死亡率は高所得者の3倍! 一体改革で懸念される「健康格差社会」の到来

2012年06月02日 05時30分46秒 | Weblog

【第27回】 2012年5月17日 知らないと損する!医療費の裏ワザと落とし穴 早川幸子 [フリーライター]

「一体改革」による前期高齢者の
窓口負担引き上げで何が起こるか

 5月11日、いわゆる消費税増税法案が衆議院本会議で審議入りした。

 消費税増税法案は、借金(赤字国債)に頼っている部分が大きい社会保障の財源を税金や社会保険料で賄うように変えて、社会保障を持続可能なものにしていくことを目的にしている。この法案の根拠になっているのが2月に閣議決定された「社会保障・税の一体改革」だ。

 今回の負担の焦点となっているのは消費税だが、一体改革では医療の財源についてもいくつかの見直し案が出されている。厳しい健康保険財政を考えれ ば当然の見直しと思えるものもあるが、中には社会保障の機能強化どころか、反対に国民の健康格差を拡大する恐れのあるものも含まれている。

 そのひとつが70~74歳の前期高齢者の窓口負担の引き上げだ。

 病院や診療所で支払う医療費の自己負担割合は年齢に応じて異なり、小学校入学前の子どもは2割、小学校入学から70歳未満の人は3割だ。しかし、 おもな収入が老齢年金になる高齢者は相対的に所得が低いため、歴史的に見ても低く抑えられており、現在は70歳以降の人は1割となっている(ただし、現役 並み所得者は3割)。

 実は、2006年度の医療制度改革では、70~74歳の人の窓口負担を2008年4月から2割に引き上げることが決められていた。しかし、 2007年の参院選で自公政権が敗北したことで実施が見送られ、年間2000億円の予算措置をとることで今でも1割に据え置かれたままとなっている。

 2012年度はかろうじてこの予算措置が継続されたが、経済界を中心に「法律で決まったことなのだから、70~74歳の人の窓口負担は速やかに引 き上げるべきだ」という声が高まっている。小宮山洋子厚生労働相も、2012年度に引き上げられなかったことは「残念」として、「来年度は必ずやらなけれ ばならない」といった発言をしている。

所得で左右される人の死
低所得層の死亡率は3倍!

 しかし、日本福祉大学社会福祉学部の近藤克則教授は「窓口負担の引き上げは国民の健康格差を助長する」として警鐘を鳴らす。

 近藤教授の研究によれば、具合が悪いのに医療機関の受診を控えたことがあると答えた高齢者は、年収300万円以上の人が9.3%なのに対して、年 収150万円未満の人は13.3%。その理由として、年収300万円以上の人は「待ち時間」をあげる人がもっとも多かったが、年収150万円未満の人は 「費用」をあげる人がもっとも多くなっている。

 つまり、低所得の人ほどお金がないために医療機関の受診を控えている。そして、その結果は健康状態に如実に表れるという。

 65歳以上で要介護認定を受けていない人を4年追跡調査したところ、その間に死亡した男性高齢者は、高所得の人が11.2%なのに対して、低所得の人はその3倍の34.6%にも及んでいるのだ。

「日本人という母集団の中から、ある集団を無作為に選べば、生物学的にはほぼ同じなので、どの集団でも同程度の平均寿命が期待できるはずです。とこ ろが、現実は所得によって死亡率にこれだけの差が出ており、高所得層なら避けられている死が低所得層に集中しているのです」(近藤教授)

 70~74歳の人の医療費の窓口負担を引き上げれば、社会保障・税の一体改革の目的のひとつである「財政の健全化」には効果があるかもしれない。 しかし、その一方で窓口負担を重荷に感じる低所得の人たちの受診抑制を進め、さらに健康格差を助長する副作用も考えられる。それでは、一体改革が掲げたも うひとつの目的である「社会保障の機能強化」という目標は達成できないのではないだろうか。

 1990年代以降、所得や社会的要因によって生まれる健康格差はヨーロッパ諸国やWHO(世界保健機関)でも問題視されており、その格差が拡大しないような医療政策・社会保障政策がとられるようになっている。

 70~74歳の人の窓口負担の引き上げのほかにも、病院や診療所を受診した人から一律に100円を徴収する受診時定額負担の導入なども検討されて いるが、これらは欧州諸国の格差解消政策とは逆行する動きだ。そうした世界の流れを多くの日本人は知らされないまま、さらに高い自己負担を強いられようと しているのだ。

健康格差社会にしないために
求められる医療費の財源は?

 筆者は医療費を増やすなと言いたいわけではないし、税金や社会保険料の負担を増やさなくても無駄をなくせばなんとかなるという夢物語を語るつもりもない。

 諸外国に比べて日本の国民負担率は低く、とくに医療分野は世界でも低水準だ。2009年度の国の総医療費の対GDP比は8.5%で、OECD(経 済協力開発機関)に加盟する34ヵ国の中で24位。OECD平均の9.5%を大きく下回っている(『OECD HEALTH DATA 2011』よ り)。

 世界でも例をみないスピードで高齢化が進む日本では、医療や介護を担う人材を確保するためには総医療費を増やさなければ立ち行かなくなることは、多くの研究者が指摘している。問題は、その財源の調達方法だ。

「社会保障・税の一体改革」で示されている医療費の負担として、「パート主婦などの短時間労働者にも健康保険を適用して支え手を増やす」「医師など 収入の高い職業団体で構成される国保組合の国庫補助を見直す」「高齢者の医療費を賄うために各健康保険から支援している保険料を加入者の収入に応じた総所 得割にする」といった見直しは、応能負担の原則から見ても公平感があり妥当なものだと思う。

 しかし、高齢者の窓口負担の引き上げは、近藤教授の研究が示すように健康格差の拡大につながる可能性があり、社会的弱者への負担感を強めることになる。ましてや、70~74歳の人の窓口負担を引き上げることで得られる財源は年間2000億円程度だ。

 それよりも不公平感がないのは、健康保険料を中心とした医療費の引き上げだ。前回の 本コラムでも紹介したが、大企業の従業員が加入する健保組合は、中小企業の従業員が加入する協会けんぽに比べて保険料水準が低いところが多い。これは公務 員が加入する共済組合にも言えることで、ばらつきのある保険料率を協会けんぽ並みに統一すれば、年間1.7兆円の保険料収入の増額が期待できるという(厚 生労働省試算。2010年度の保険料率の場合)。

「社会保障・税の一体改革」では消費税の行方ばかりが取り上げられるが、そこにばかり目を奪われていると国民の健康格差を助長する法案が通ってしあ う可能性もある。暮らしを支える社会保障にふさわしい負担のあり方はどんなものなのか、注意深く考える必要があるのではないだろうか。

参考文献:近藤克則『「医療クライシス」を超えて――イギリスと日本の医療・介護のゆくえ』(医学書院)

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【第25回】 2012年4月5日 早川幸子 [フリーライター]

ジェネリックは本当に安いのか?
「院内処方」「院外処方」で変わる薬の代金

 この時期、花粉症に悩まされている人は多いだろう。正確な患者数は把握されていないが、いまや日本人の2~3割が花粉症だという調査もある。

 Aさんも、そんな花粉症患者のひとりだ。5年前の春先、突然、くしゃみと鼻水が止まらなくなり、以来、この季節になると診療所で内服薬を処方してもらっている。

 Aさんが通っているXクリニックでは、薬の調合はしていないので、診察を受けたあとで、街の一般的な調剤薬局で薬をもらっている。少しでも医療費 を抑えるために、薬剤師と相談してジェネリック医薬品を使用しているのだが、今年はじめて受診したときの医療費と薬代の合計は7160円。窓口では、その 3割の2150円を自己負担した。

 ところが、同じ花粉症で受診しているBさんの医療費を聞いて驚かされた。

 Bさんが通っているYクリニックは、院内で薬の調剤も行っている。ジェネリック医薬品は扱っていないので、ここでは先発医薬品が処方されるが、今年はじめて受診した時の医療費と2週間分の薬代の合計は6710円。自己負担額は2010円だったというのだ。

 診療内容は、医師の問診を受けて内服薬を処方してもらうというもので、ふたりとも同じだ。それなのにジェネリック医薬品を使っているAさんよりも、先発医薬品を使っているBさんの医療費のほうが安いのは何故なのか。

ジェネリック医薬品の価格は
先発医薬品の2~8割

 新しい薬を作るまでには、長い年月と莫大な研究開発費用がかかる。そのため、開発に成功した医薬品メーカーは、特許を出願して20~25年はその薬を独占的に製造販売している。これが先発医薬品だ。

 しかし、この特許期間が終了すると、その他のメーカーも同じ商品を作ることが許されるようになる。ジェネリック医薬品は、この特許期間切れの先発 医薬品と同じ有効成分で作られた後発の医薬品だ。すでに公表されているレシピで薬を作るので、開発にはほとんどお金がかからない。そのため、先発医薬品の 2~8割の価格で販売されている。

 BさんがYクリニックで処方されたアレルギー性鼻炎の薬は、「オノンカプセル(112.5㎎)」という先発医薬品で、1錠あたり61.9円。一 方、Aさんが調剤薬局でもらったのは、オノンカプセルの後発医薬品「プランルカスト錠EK(112.5㎎)」で、1錠あたり41.5円だ(薬の価格は 2012年4月現在)。

 いずれも1回2錠を1日2回飲むので、2週間分の薬代は先発医薬品のオノンカプセルだと3500円(自己負担1050円)。ジェネリック医薬品のプランルカスト錠EKは2240円(自己負担670円)で、先発品よりも1260円(自己負担380円)も医療費は安い。

 それなのに全体的な医療費は、ジェネリック医薬品を使っているAさんのほうが、Bさんよりも高い。その理由は、診療所での「院内処方」と調剤薬局での「院外処方」では、薬の処方にかかる技術料に異なる報酬体系がとられているからだ。具体的に見てみよう。

「院内処方」「院外処方」で
薬にかかる技術料が異なる

 病院や診療所、調剤薬局で行われた医療行為や調剤行為は、ひとつひとつ国が価格を決めている。その点数を積み上げていき、1点あたり10円をかけたものが実際の医療費になる。以下は、AさんとBさんの医療費の内訳で、太字部分が薬をもらうのにかかる技術料だ。

【Aさんの医療費の内訳】……院外処方を利用
○Xクリニックでの費用
  初診料270点
  処方せん料68点
  一般名処方加算2点
  合計340点(医療費3400円、自己負担1020円)
○調剤薬局での費用
  調剤基本料55点
  調剤料56点
  薬歴管理料41点
  薬剤料224点
  合計376点(医療費3760円、自己負担1130円)
○Xクリニックと調剤薬局の費用の合計
  合計716点(医療費7160円、自己負担2150円)

【Bさんの医療費の内訳】…院内処方を利用
○Yクリニックでの費用
  初診料270点
  処方料42点
  調剤料9点
  薬剤料350点
  合計671点 医療費合計6710円(自己負担2010円)

※薬局の規模や処方された薬の数や日数によって、調剤基本料や調剤料は異なる。10円未満は四捨五入

 Aさんは、まずXクリニックで処方せんをもらうのに700円かかり、調剤薬局でも調剤料などで1520円かかる。その合計は2220円(自己負担 670円)だ。一方、院内処方の診療報酬は低く抑えられているので、Bさんが薬をもらうのにかかる費用は合計510円(自己負担150円)ですんでいる。

 このように、薬の処方にかかる技術料は、受診した場所により2つの報酬体系があるため、Aさんのようにジェネリック医薬品を使って薬代を抑えても、実際の医療費が先発医薬品を使っている人とほとんど差が出ないというケースもあるのだ。

 国がこうした診療報酬の仕組みをとっている背景には、「診察をする医師」と「薬を調剤する薬剤師」の役割を明確にして、薬の過剰投与や健康被害を防ぎ、医療費を削減したいという思惑がある。

薬剤師の専門性が発揮できる
「かかりつけ薬局」に期待

 日本では1951年に「医薬分業法」が制定され、国も早い段階から医薬分業を目指していた。ところが、国が決めた薬価と医薬品メーカーからの仕入 れ値の差によって生まれる「薬価差益」が、医療機関の収入に大きな影響を与えていたため、なかなか医薬分業は進まなかった。中には必要のない薬を過剰投与 する「薬漬け医療」を行う医師もいて、問題になった。

 そこで国は、薬価を引き下げ、薬では利益がでない仕組みに変更。同時に、院内処方するよりも、処方せんを書いて調剤薬局に回したほうが医療機関の利益になるように診療報酬を改定して誘導を図ったのだ。

 診療報酬改定のたびに薬価は引き下げられ、今では薬価差益はほとんどなくなっている。薬の在庫は医療機関の資産とみなされて資産課税の対象にな る。薬価差益で稼げればいいが、その旨味が減った今、医療機関も薬の在庫は抱えたくない。薬の在庫を減らせれば、税金面でのメリットだけではなく保管場所 や人件費などのコストカットもできるため、1995年度に20%だった医薬分業は2010年度には63.1%まで広がっている。

 この流れの中で、調剤報酬は現在のようなルールが出来上がったわけだ。専門職である薬剤師の技術料として、適切な報酬が支払われるのは当然のこと だが、受診した医療機関が「院内処方」か「院外処方」といったことで、医療費に差がつくのは患者としては納得しかねるものもある。医薬分業がさらに進め ば、こうした制度は改められるはずだが、今後は公平性が担保された分かりやすい制度に改正されることを期待したい。

 医薬分業の目的は、薬の専門職である薬剤師が重複投薬をなくしたり、飲み残しの原因を探ったりして、患者の健康被害を防ぎ、医療費の無駄遣いを減 らすことにある。ところが、特定のクリニックの前にある門前薬局などでは、単に医師の処方せん通りに薬を揃えているだけのところがあることも否定はできな い。在宅での飲み残しの医薬品は年間400億円に上ると推計されるなど、薬剤師の力が最大限に発揮されているとは言えないだろう。

 こうした無駄を省くためには、患者の生活環境に踏み込んだ服薬指導ができる薬剤師の存在が必要だ。昨年の東日本大震災では、医師が指示した医薬品 が不足する中で、薬剤師が代替えの医薬品や市販薬への切り替えを提案するなど、専門職としての存在感を示す活躍ぶりも伝えられている。

 意識の高い薬剤師なら、ジェネリック医薬品の品質や価格などにも詳しく、家計に無理のない薬を処方する相談にものってくれる。賢く安全に薬を使う ためには専門家の知恵は不可欠だ。日頃から薬や健康のことを相談できる「かかりつけ薬局」を作って健康管理に役立てたいものだ。

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強気のプーチンが涙したロシア大統領選 新政権の今後の課題、対日政策を読む

2012年06月02日 05時19分19秒 | Weblog

DOL特別レポート  【第249回】 2012年3月9日   北方領土問題対策協会理事 茂田 宏

 

3月4日行われたロシア大統領選挙では、事前の予想通りプーチン首相が当選し、返り咲いた。前回とは異なり、国内では反プーチンの世論も強まっている。これまでの業績を評価しつつ、プーチン政権の今後の課題、対日政策の行方を検証する。

大統領選の結果を
どう読むべきか

しげた・ひろし
1942年生まれ。1965年東京大学中退、外務省入省。ハーバード大学、モスクワ大学留学。1996年外務省国際情報局長、1997年総理府国際平和協 力本部事務局長、1999年在イスラエル大使、2002年国際テロ担当大使、2004年東京大学客員教授、2006年日本財団特別顧問、2008年北方領 土問題対策協会理事。主な編著書『日露・日ソ基本文書資料集』、訳書『インテリジェンス:機密から政策へ』

 3月4日行われたロシア大統領選挙では、プーチン首相が63.6%の得票を得て、当選した。共産党のジュガーノフが17.2%、無所属のプロホロフが8.0%、自民党のジリノフスキーが6.2%、公正ロシア党のミロノフが3.9%の得票であった。

 投票率は65.4%であった。

 プーチンは勝利宣言の際に涙を見せたが、この結果を喜んでいると思われる。プーチンは性格上、陰で権力をふるうのが得意で、選挙運動は得意ではない。

 プーチンは2000年3月の大統領選挙で52.9%の得票で当選し、2004年の選挙では71.3%の得票で当選した。しかしロシア憲法上、大統 領は連 続して2期しかやれないことになっているので、2008年にはメドヴェージェフを大統領にし、自らは首相になっていた。今回、再び大統領として返り咲くこ とになった。

 2008年11月、メドヴェージェフ大統領はロシア憲法の改正を行い、これまで4年であった大統領の任期を6年に延長した。今回の選挙で選ばれる 大統領からこの任期が適用されるので、プーチンの任期は2018年までになる。2018年の選挙でプーチンが勝てば、更に2024年までプーチンは大統領 にとどまりうることになる。異例の長期政権の可能性が開かれたと言える。

 この選挙は公正な選挙であったのか否か。OSCE(欧州安保協力機構)は「重大な問題があった」との声明を発表し、野党も不正を指摘、不正糾弾デモも行われた。

 選挙の不正の有無は今後明らかになろうが、この選挙は国民に真の選択肢を与えるものではなかったと言えるだろう。リベラル派政党であるヤブロコの ヤブリンスキーが、候補推薦名簿の不備を理由に立候補を阻止され、カシアノフ元首相も政党登録ができず出馬できないなど、立候補者の絞り込みが行われた。

 プーチンはこれまで政敵を排除してきた。今回の選挙でも本当の意味での対抗者の立候補を阻止してしまった。信任投票のような選挙であったと言える。

勝利宣言の際に
なぜ涙を見せたのか

 そういう状況の中で、63.6%の得票をしたことで、プーチンが涙を浮かべるほどに喜んだのは何故なのか。2004年の得票率71.3%、さらに2008年のメドヴェージェフの得票率71.2%より低い得票率でしかないのに、どうしてかくも喜んだのか。

 これはプーチンの人気が国民の間で落ちてきていること、そのことをプーチン自身が痛いほど感じているからではないかと思われる。

 昨年9月24日統一ロシアの党大会で、メドヴェージェフ大統領はプーチンを次期大統領候補として推薦し、プーチンが受け入れた。この際メドヴェージェフは、プーチンといわゆるタンデム政権を組んだ時から、そうするという約束があったことを明らかにした。

 国民からは、これはプーチンが政権を私物化している、国民が選ぶべき大統領を二人の間で決めるなど、有権者をばかにしているとの強い反発を呼ん だ。昨年11月20日、プーチンは格闘技の会場に現れ、勝利者をたたえるためにリングに上ったが、2万人を超える観客から、出て行けとの大ブーイングを受 けた。プーチンは思わぬ出来事に、声を震わす場面があった。

 そうしたなかで昨年12月4日、下院選挙が行われた。プーチンが党首を務める統一ロシアは49.5%しか得票できなかった。議会の過半数は得た が、議席数を450議席中、315から238へと大幅に減らした。その上、この下院選挙が操作されていたという抗議のデモが、大都市を中心に巻き起こっ た。プーチンがこれを外国からお金をもらってデモをしているなどと非難し、火に油を注ぐような言動をしたために、デモは反プーチン・デモになった経緯があ る。

 そんな中での大統領選挙であったから、第1回投票での63%余の得票は、プーチンにとり有難かったということである。

 なおモスクワでのプーチンの得票率は47.0%であった。今後は地域別にプーチンの得票率を分析する必要がある。プーチンが中産階級に見放され始めたという観察が正しいかどうか、そういう分析で明らかになるだろう。

民主主義は後退し
経済の近代化には失敗

 メドヴェージェフ大統領時代も、実質的にロシアを指導していたのはプーチンであった。したがって、プーチン政権は2000年以来ずっと今日まで続いて来たと言える。このプーチン政権の業績はどう評価すべきか。あまり高い評価は与えられない。

 政治的には、民主主義が後退し、地方の知事は選挙ではなく任命制になった。マスメディアの自由も減った。議会も翼賛議会化した。司法の独立や法の 支配を確立するのではなく、明らかに後退させた。ロシア屈指の石油会社だったユーコスを破たんさせ、その所有者ホドルコフスキーへの2度にわたる有罪判決 が、そのことを雄弁に示している。そのなかで汚職の蔓延があり、強権政治になった。

 経済的には、ロシアは石油・ガス輸出に依存する経済から脱却することに失敗した。近代化は掛け声倒れに終わった。ロシアを「木の生えたサウジアラビヤ」と揶揄する人もいるが、あたらずとも遠からずと言える。

 国際政治の用語に「資源の呪い」という言葉がある。これは、資源国は資源が値上がりすれば大きな収入を得られるため、努力して小さく儲けていく工業を発達させられないことを意味するが、ロシアは今なお、この「資源の呪い」にかかっている。

 さらに国家が経済に占める割合を大きくし過ぎた。公務員の数がエリツィン時代に比しほぼ倍増しているし、国家予算のGDP比は40%にも達する。効率的な経済ではない。

 社会的には、国民の間に「停滞のムード」がある。政治的意見表明の場が抑えられ、起業をしようと思うと賄賂をあちこちに配らなければならない。こ ういう状況のなかで、若者はロシア国外への移住を希望するものが多い。人口は減少してきている。ロシア人男性の平均寿命は2009年で62.8歳でしかな いことが、社会の病理を示している。

 プーチンはエリツィンから混乱したロシアを引き継ぎ、それを安定させた、経済も改善したとされている。これはその通りであるが、その多くは石油・ガス価格の上昇によるものであって、ロシア経済が近代化され、強くなったとは言えない。

 その証拠に、リーマンショックによるロシア経済の落ち込みはひどかった。人々が生き生きと、イノベーションを起こすような国にロシアがなっている のかというと、そうではない。人間は安定のない時には安定を求めるが、安定だけで満足できるわけではない。プーチンは安定をもたらす役割を果たしたが、そ の果たすべき歴史的役割を果たしてしまった人にさえ見える。

 日本人は、ロシアが大国で、日本は小国であると考える癖がある。北方領土問題などを考える際にも、強大なロシアに小さな日本が島を返してと哀願しているように考えがちであるが、そうではない。

 ロシアの国内総生産(GDP)はIMFの2010年の数字をみると、日本の3.5分の1しかない。経済力でいえばロシアを3つ以上合わせても、日本より小さいということを意識しておくのが適切である。

プーチン政権の今後
変化しなければ行き詰まる

 プーチンが正式に大統領になるのは今年の5月である。しかし、今でもプーチン主導政権であり、5月の就任を大きな節目とする理由はない。

 ロシアの現状を踏まえると、これまでのやり方を継続していくだけではプーチン政権は行き詰るし、ロシアも行き詰るだろう。変化が必要である。

 プーチンは1月に入り、ロシア紙に7つの政策論文を発表した。地方の首長の公選制復活、汚職の撲滅、軍事力の増強など、いくつかの政権公約がなさ れている。対外的には大国主義路線、強いロシア路線である。国内的には汚職の撲滅、国家の役割を縮小する産業の非国営化、政治の若干の民主化などを約束し ている。

 プーチンがこれらの課題を果たしていくことはできるのであろうか。

 ロシアの今の経済力で、強いロシア、大国としてのロシアを実現し、維持していくことは難しい。さらにプーチンの反欧米志向は、ロシアを中国と歩調を合わせる「中国のジュニア・パートナー」的な国にしてしまいかねない。

 国内での汚職の撲滅もなかなか困難であろう。ロシアでは上層部は身ぎれいであるが、下僚に問題があるというわけではない。レント・シェアリングというシステム(※)が出来ており、プーチンの仲間が私欲のためにそれを利用している。そのシステムがプーチン政権の基盤になっている面がある。プーチンがこれにメスを入れられるのか、疑問がある。

 政治の民主化も一部の国民が期待するほど行えない可能性の方が強い。プーチン政権は、今後、困難な政権運営をせざるを得ないと見るのが常識的であろう。

 プーチンを名指しで批判することは既にタブーではなく、プーチンのカリスマ性はなくなっている。プーチンには、ロシアの国民の声に耳を傾け改革を 行っていく道と、反対派を弾圧して静謐(せいひつ)を保っていく道がある。プーチンは後者の道をとり、事態をより悪化させてしまう怖れが十分にある。

※プーチンをトップとするエリート層による、余剰収益の分配システム

対日政策が変わると
期待するのは間違い

 プーチンが5月に大統領に就任した後、対日政策、特に領土問題の解決に向けて動くのではないかとの意見がある。メドヴェージェフが、日本側の反対にもかかわらず国後島訪問を強行したのに対し、プーチンはそういうことをしていないと指摘されている。

 こういう意見は、ロシアの内政についての誤解と、プーチンの領土問題に対する考え方についての誤解に基づいている。

 プーチンは、部下であるメドヴェージェフが大統領を務めていた時期を含め実力者であった。プーチンとメドヴェージェフの対日政策に差があろうはずがないのであって、その差に期待するというのは間違いである。

 プーチンはこれまで、1956年の日ソ共同宣言で約束されている歯舞、色丹を平和条約締結後に日本に返すと言っているが、国後、択捉については、 ロシアの領土として確定しているとの考え方を再三表明している。これでは北方領土問題の解決につながるわけはなく、1956年以来の対立を繰り返すだけで はないかと思われる。

 選挙の前の3月1日、プーチンは朝日新聞の若宮啓文氏を含む海外メディアに対し、日露間の領土問題を最終的に決着させたい、双方に受け入れ可能な解決で「引き分け」にしたい、大統領就任後に両国外務省をテーブルに着かせ、「はじめ」の号令をかけたいと述べた。

 日本側としては、このプーチンの領土問題解決意欲はそれなりに受け止め、歓迎し、協議に臨むべきであろう。プーチンは2島返還で最終決着を望んで いると思われるが、それを越えたことを考えているのかどうかを確かめる必要がある。日本としては、4島への日本の主権の確認を要求していくということであ ろう。

 日露間の領土問題は、2島か4島かの問題ではなく、その帰属が国際的に決まっていない千島と南樺太の帰属を最終的に決める問題でもある。日露両国 が基本に立ち返って話し合えば、勝者も敗者もない解決は可能であろうと私は考えているが、日本側がこれまで行ってきた正統な要求を取り下げて、安易な妥協 をするくらいなら、解決しないままにしておく方が日本の国益に沿うと考える。

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野田訪米・影のテーマは「日本の政局」  日米首脳会談から民主・自民の大連立へ

2012年06月02日 05時14分20秒 | Weblog

【第8回】 2012年4月26日 山田厚史 [ジャーナリスト 元朝日新聞編集委員]

 

 30日、ワシントンで日米首脳会談が開かれる。存亡の危機に立つ民主党政権が米国に後ろ盾を求める気配は濃く、会談の影のテーマは「日本の政局」だろう。

野田首相を持ち上げた
ワシントンポスト紙

「ここ数年でもっとも賢明なリーダー」。

 ワシントンポストは19日の電子版で、野田首相を論評する記事を掲載した。
「派手なだけで問題解決能力がなかった首相」ばかりが続いた日本の政界で、野田は有権者に言いにくい困難な課題に取り組み、「日米同盟を戦略の軸に引き戻した」と評価している。

 珍しい誉め言葉だが、素直に喜んでよいのだろうか。

 首都で歴代の政権や議会をウオッチしてきたワシントンポストの視点は、ホワイトハウスの見方を映し出している。

 自民党政権に寄り添ってきた米国は、日本の政権交代を不安そうに見守ってきた。民主党政権の初代首相・鳩山由起夫は「東アジア共栄圏」を語り、対 米関係の再構築を示唆した。普天間基地問題でも「国外に」と主張し、親米派から「日米関係を悪化させる」とボロクソだった。次が「市民派」の菅直人。 TPPでアメリカを喜ばせたが、腹の底では違うことを考えているのでは、と警戒された。

 小沢一郎の存在にも米国は違和感を持っていた。民主党の創業チームである「トロイカ」は、どう見ても「親米」ではなかった。

「同盟を戦略の軸に戻した」という評価は、ホワイトハウスが野田の登場でホッとしていることをうかがわせる。小沢・鳩山・菅のような「危険性」はな く、外交関係に敢えて角を立てる行動はないと見ている。伝統的な日本の保守政治家、つまり官僚の言うことをよく聞く調整型で、そんな野田が日本が抱える困 難な政策課題を克服できれば、「他国の見本となるリーダーになる」というのだ。

 だがどこまで期待していいか、その手腕のほどは分からない。そこで次のようにクギを刺す。

「米政府内では野田首相をどこまで支えるか、方針は定まっていない」

 困難な政治課題としてワシントンポストが挙げたのが①消費税率引き上げ、②原発再稼働、③沖縄の米軍基地再編問題、④環太平洋経済連携協定 (TPP)参加の4項目である。どれもアメリカが日本に求めている案件である。平たく言えば「野田は言うことを聞く愚直な首相になりそうだが、頼りにでき るほどの能力や根性があるのか、そこを見定めたうえで、どこまで応援するか判断しよう」ということのようである。

唐突に見える「原発再稼働」は
日米首脳会談へのお土産

 オバマ大統領との首脳会談はすでに2度あった。最初は昨年9月、ニューヨークでの国連総会、2回目が11月ホノルルで行われたAPEC総会。いず れも国際会議の合間に挨拶程度の顔合わせだった。ワシントンを訪れる今回は違う。「親分」から信頼を得られるか、首実検なのだ。

 首脳会談は、そこに至る議題の選定、声明文の作成など事前の調整に、お互いのメッセージが込められる。

 昨年9月は普天間基地の移設問題、11月はTPP交渉への姿勢が問われた。今回はTPP交渉参加表明が求められたが、日本国内での抵抗が強く、見送られた。

 TPPに代わる「お土産」探しが難題だった。「原発再稼働」はその流れで見ると分かりやすい。

 スリーマイル島の事故以来、米国は原発建設を凍結していたが、オバマ政権は復活へと舵を切った。だが日本が「脱原発」に動けば足元が揺らぐ。なぜ なら原発メーカーのウエスティングハウスは東芝に買われ、GE(ゼネラル・エレクトリック)は日立と組んでいるからだ。唐突に見える原発「再稼働」は、野 田政権の決意を米国に示すもので、日米首脳会談へのお土産になる。

 久しぶりの親米政権の誕生に安堵するオバマ政権が、歯がゆさを感じているのは、アメリカが望む重要課題の解決を妨げている「日本の政局」だ。

「自民党の民主党も、政策は期待する方向に進もうとしているが、政党という枠組みが前進を妨げている」。米国の政府関係者はそう指摘する。

 アメリカの意向は「民主党が政策を変えたのだから、自民党は一緒になって困難な課題の解決にあたってほしい」というものだ。政党も議員も選挙を抱えていることは分かっているが、それを乗り越えて「米国が望む方向に政策を動かす指導者」を必要としている。

 自民党は長年手なずけてきた政党である。谷垣禎一総裁も物わかりのいい政治家だ。いま日本に必要なのは、対立する両党を合体させる「超越した権 力」である。小粒になった日本の政治家にその力がない。国家を経営する官僚機構の手にも余る。できるのは「親会社」のようなアメリカだ。それが日本という 国のかたちかもしれない。

 米国は「そろそろ自分の出番」と思っているのではないか。

 22日仙谷由人官房副長官と林芳正自民党政務調査会副会長が訪米した。議員外交で米国政界の要人と会う。

 消費税増税を早くから主張し、原発再稼働の火口を切った仙谷は野田政権の裏方を務めている。林はハーバード大留学の経験があり米政界に知己が多い。米側は「政局」を語らう場を設けるだろう。

 政界の機微に触れる話は人目に付きやすい国内を避け、外遊を装って密談されることがよくある。超党派の議員外交はしばしばその舞台になる。消費税 法案の処理、大連立の可能性、その後の政界再編……。米国が関心を寄せるテーマが、ワシントンでやり取りされると考えるのは不自然ではない。

米国は橋下「維新の会」に
対して懸念を抱いている

 アメリカが大連立に興味を抱いたきっかけの一つが、橋下徹大阪市長が率いる「維新の会」の動向だ。

 自民党の政権末期、アメリカは旧い保守の賞味期限切れを意識し、働きかける相手を民主党に切り替えた。その民主党は自民党化することで有権者の信 頼を失った。不満を吸収するかのように支持が広がる「維新の会」は不気味な存在だ。経済不況や政治不信などへ鬱憤が、独裁的な指導者を生む素地になること を米国は懸念している。

 かつて「反米」は左翼で、右翼は「親米」だった。その日本で「反米右翼」が静かに広がっている。橋下の政治手法に「排外主義」「愛国主義」へと突き進む恐れはないのか。米国は慎重に瀬踏みしている。

 石原慎太郎は「尖閣諸島」の土地を、東京都が買い上げることを明らかにしたが、そのNYでの講演の中で「日本の核武装」を主張した。極論であっても日本社会に溜まった鬱憤に火をつけるような右からのナショナリズムに、米国は「安定した日米関係を阻害する」と憂慮する。

 日本の政界に渦巻く潮流の変化を探りながら、アメリカは「操縦可能な政党」に頼ろうとしている。

 巨額の財政赤字に苦しむ米国にとって、日本は今も、有力な資金供給国である。中国の台頭、中東の騒乱、南米の離反。世界支配力に翳りがみえる米国にとって、日本がこれ以上頼りなくなるのは放置できない。

 日本の政権も米国の後ろ盾なくして権力を維持できない。単独では国会さえ乗り切れない野田佳彦は、頼みはアメリカだ。うまくいけば大連立の後押しをしてもらえるかもしれない。喜んでもらえる「政策表明」を携えワシントンに出かける。

「日本の民主主義は12歳」と言い放ったのは、占領軍司令官としてやって来たマッカーサーだった。あれから60余年、日本の政治はどれだけ成長したか。オバマは何歳と見るだろう。(文中敬称略)

 

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