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文民統制は本当に守れるか? 防衛省設置法改正に潜む危うさ 田岡俊次の戦略目からウロコ

2015年07月02日 00時14分10秒 | Weblog

田岡俊次 [軍事ジャーナリスト]                                                                   【第49回】 2015年3月5日

 

 防衛省は今月中に国会に提出する予定の防衛省設置法などの改正案で、防衛官僚が主体の「内局」にある「運用企画局」を廃止し、陸、海、空自衛隊の部隊運用(活動、作戦)は制服幹部主体の「統合幕僚監部」に一元化することにしている。

また従来は、防衛大臣が統合幕僚監部や、3自衛隊に対し指示、承認、監督する際、文官の官房長や各局長の補佐を受けることになっていたが(防衛省設置法12条)、今後は制服幹部も大臣を補佐することになる。これにより運用の「迅速性」が向上するという。

 自衛隊の最高指揮官は首相で、その下で防衛大臣が指揮、監督に当たる建前は変わらないから「シビリアン・コントロール(文民統制)の原則は守られ る」というのは論理的には正しいが、首相も防衛大臣も軍事知識を持たない人々がなるのが普通だから、制服幹部の案と説明に反論ができず、言いなりになる可 能性は高いと考えざるをえない。従来の制度ではある程度知識、経験がある防衛官僚が自衛隊の案を審査、論議してのち大臣に上げるから、面倒なかわり、一応 の歯止めの役は果たしていた。

 運用企画局を廃止する代わりに、統合幕僚監部に統幕副長と同格の文官を「運用政策統括官」として配置し、その下に課長級の文官の「運用政策官」を 置くとするが、これまでは自衛隊の運用を事実上監督する立場にあった運用企画局長の職が、今後は統合幕僚長の部下となる。統合幕僚長が直接大臣に進言し、 了承を得て大臣名で自衛隊に運用に関する指示、命令を出すことになる。

 統合幕僚監部は現在でも防衛・警備行動計画の立案など部隊運用だけでなく、そのための編成、装備、配置、経理、調達、人事、人員の補充などの政策 的問題もつかさどることになっている(設置法22条)。この条文の解釈しだいでは制服組のトップである統合幕僚長は絶大な権限を持ちうることになる。

 ただ、例えば自衛隊の海外派遣のように、外務省、財務省、内閣法制局、総理官邸などとの調整が済んだのち、防衛大臣が判を捺して閣議決定を求めるような場合には、こうした他省庁との調整は制服自衛官の手に余る仕事だから、防衛官僚は連絡役に活用されるだろう。

防衛官僚も自衛隊幹部も
自分の専門以外は無知が多い

 退官した防衛官僚の中には「大部分の防衛省の文官は法令しか知らず、軍事史や兵器、戦略、戦術などの勉強をする人は少なく、制服幹部と議論ができ なかった。近年では保身のためタカ派政治家や制服幹部に迎合する風潮があり、すでに内局の存在意義が失われつつあった」と嘆く声も出る。

 だが、制服幹部も実は似たようなもので、自己の職種(歩兵、砲兵、戦車など)には精通し、操艦や航空機の操縦、整備などの技量には定評があるが、 専門分野以外の軍事知識に欠ける幹部が大部分だ。マニュアルや規則を覚えることが教育の主体だから、勤務した部隊と使った装備、防衛省の内規以上のことは 上級の幹部でもあまり知らない人がほとんどだ。

 「北朝鮮の弾道ミサイルは発射される前に攻撃、破壊すべきだ」と説く退役将官と話すと、偵察衛星が北朝鮮上空に停止して常時監視できるような、物 理の原則に反した思い込みをしていた。私が「衛星は時速約2万8千キロで周回し、北朝鮮上空を一瞬で通り過ぎる」と言うと驚いて「衛星については習わな かったもので」と弁解した。

 尖閣諸島が占拠された場合の奪還作戦を語る元陸将に、「東シナ海は中国にとり最重要だった台湾正面だから、そこを担当する南京軍区の戦闘機は 300機以上。その約6割は新型。日本は那覇にF15が20機、近く40機になる」と話すと愕然としていた。東シナ海での島嶼防衛を論じるなら、まず相手 の航空戦力を調べるのが常識だが、陸上自衛隊の幹部は空軍のことにはまず無関心なのだ。

 自衛隊幹部の国際情勢の理解は、総じていまなお1950年代からの東西対立の構図から脱却できていない。1980年代に米中がソ連に対抗して事実 上の同盟関係にあったこととか、今日台湾が中国に急接近し定期航空便が週に650便となり、米国は馬英九総統の親中政策を高く評価し、後押していることも 知らない人が要路にいるのだ。

 田母神俊雄・元航空幕僚長のように「張作霖爆殺はソ連特務機関の仕業」とのウワサ話程度の誤情報を信じ込む人もいた。事件直後日本陸軍が調査し、 関東軍高級参謀・河本大作大佐が首謀者と判明、実行犯も突き止め、陸軍大将・田中義一首相が昭和天皇に報告したが、退役で片付け処罰をしなかったため、天 皇の信を失った田中首相が辞任したことは軍事史の常識だ。歴史を知らない白紙状態の人は偽情報に染まりやすい。

組織防衛だけ考えるような人が
国の参謀総長になると危うい

 また自衛隊は占領軍がにわかに作った警察予備隊が発展したものだから、出自や合憲性で世間から白眼視されているとの被害者意識が近年まで強く、 「組織防衛」を公言し、それに凝り固まる傾きがある。組織をあげて地位向上と処遇改善を求める点では労働組合に似ている。自衛隊内部でも各部隊の自己防衛 意識は「団結」が強調される組織だけに他の官庁よりも強く、改編を担当した幹部が「誰もが自分の部隊だけを守ろうとする。まさに自衛隊です」と私にボヤい ていたこともある。

 もっぱら自衛隊や自分の出身母体の利益を考えるような人が、国の参謀総長になっては危うい。統合幕僚長は3自衛隊のバランス、公平を考えて、陸、 海、空の幕僚長が順送りで任じられることになりがちだが、よほど視野が広く識見の高い人物を選ぶ必要がある。殻に籠った将校が指導的配置につかないよう、 米軍のようにレベルの高い一般大学に派遣し、その修士号を昇の基準にすることも考えるべきだろう。

 統合幕僚監部に運用を一元化しても、政策は防衛省内局や国家安全保障会議が担当すれば、自衛隊の独走への歯止めになる、との論があるが、前述の如 く統合幕僚監部が編成、装備、調達など政策、行政マターにも関わる、と読める条文もある。また「政策」と「運用」の線引きは難しい。

 1930年のロンドン海軍軍縮会議で「軍政」を狙う海軍省が条約を呑んだところ、「軍令」(運用)を担当する軍令部(海軍の参謀本部)は「艦隊の 編成は統師権(天皇の指揮権)に関わることで、内閣に属する海軍省が勝手に取り決めたのは統師権を犯す」と反発、海軍の中で激しい対立が生じた。天皇が条 約を裁可されたのだから統帥権を犯したことになるはずがないが、野党の政友会や右翼が騒ぎ立て、浜口雄幸首相が撃たれ、のち死亡する事件まで起きた。

海外派兵で「後方支援」のはずが、
現場判断で戦闘となる危険はないか

 今日でも「政策」と「運用」が対立することは起こりうる。たとえば政府は自衛隊を多国籍軍などの「後方支援」に出し、その地域が戦闘の現場となる場合に は「任務を中止、中断する。武器を使って反撃しながら支援を継続することはない」(2月17日、代表質問での安倍首相答弁)と言う。だが、輸送、補給部隊 の車列が攻撃を受けた場合、突然補給を中止して撤退すれば、前線の外国部隊は食糧や水、弾薬、燃料が切れる形勢となって壊乱しかねない。友軍から見れば寝 返り同然の行為だ。

 織田信長の死後に琵琶湖の北で羽柴秀吉が柴田勝家と戦った賤ヶ嶽(しずがたけ)の戦いでは、柴田軍に属して前線のやや後方にいた前田利家の部隊が 戦闘がたけなわとなると戦場を離脱したため、動揺した柴田軍は崩壊した。この「裏崩れ」のようなことをやれば日本はひどく恨まれる。

 当初から多国籍軍司令部に「戦闘になれば撤収のつもりです」と通告していれば別だが、それではいなくても構わない配置にしかつけられず、馬鹿にされるだけだから、行かないほうがましなくらいだ。

 実際には輸送部隊が襲われれば応戦して突破し、補給物資を届ける任務を果たすしかない場合もありうる。現場の指揮官が状況の変化に応じ、政府が表 明した方針や「基本計画」に反した対応を取っても、もしそれが合理的なら処罰はしにくい。「運用」の責任者である統合幕僚長は防衛大臣や首相に、その行動 の追認を求め、敵中突破をした隊長はメディアで英雄視されることになりかねない。

 一度そうした先例が生じると、次にも独断で行動する指揮官が出て「文民統制」は雲散霧消する結果となる。この例自体は「運用一元化」よりは自衛隊海外派遣を速やかに行うための「恒久法」に関わるところが大きいが、「迅速性」を追及している点で同根だ。

 「兵は国の大事、死生の地、存亡の道」(孫子)だから、ただ決定が早ければ良いというものではない。偽情報の乱れ飛ぶ中、多くの複雑で次元も異な る要素を勘案し、方針を決めなければならないし、2手、3手先を読む必要もある。「慎重性」をどう担保するか、を考えることも重要だ。

 

以上、http://diamond.jp/articles/-/67859?page=1~4 より抜粋