【第125回】 2012年3月15日 田中秀征 [元経済企画庁長官、福山大学客員教授]
反自民の鳩山、非自民の菅、親自民の野田
“自民党政治”に逆戻りした民主党政権
大震災後1年を経て、あらゆるものが大きく変わった。外から見て変わらないものでも、中身が質的変化を遂げて、変わったものもある。
ところが最も変わっているはずの政治はあまり変わっていない。それどころか、民主党政権の政策は、大震災とは無関係に、自民党政治の延長線上を走っているように見える。
政権交代直後の鳩山由紀夫政権は、それでも独自の道を進もうとしているように見えた。だが、それに失敗すると、菅直人政権から今まで自民党が通っていた道を開き直ったように進み始めた。
問題なのは、本欄で指摘してきた4つの重要課題への対応に、大震災で学んだことが反映されていないことだ。
消費税増税の前にやるべき行政改革は、原発安全行政の実態を見て、ますます緊急性が強まっている。行政のチェック機能が麻痺していることを放置したままでは増税を受け入れる人は少ない。
大震災は、地方や第一次産業の重要性をあらためて教えている。拙速にTPP参加に走ることを考え直すべきだ。
また、原発維持か脱原発か、それもあいまいにしてこれからの経済社会や国民生活を展望することはできない。
歴代民主党代表から感じる
大連立への温度差とその背景
まるで現在の野田佳彦政権の政策は、麻生太郎政権の政策をそのまま引き継いだように見える。なぜそうなったのか。
話題の大連立志向については、民主党指導者にかなりの温度差がある。3人の首相の間にも違いが大きいが、それは過去の政治経歴の影響も無視できない。
鳩山元首相は自民党からの離党者。自民党内にも反発はある。だから自民党との大連立などもっての他と考えている。
それに彼は、小選挙区制や二大政党制への思い入れが強い。3人の首相の中では最も自民党に距離を置いている。
菅前首相は、旧革新陣営の人。長年自民党に敵対してきたが、鳩山氏のように行きがかりがない。だから大震災直後に谷垣禎一自民党総裁に電話で大連立を持ちかけるようなことを平気でする。
野田首相は、保守を自称し、日本新党から政界に出た人。菅、鳩山両氏と比べて自民党に対する抵抗感が少ない。自民党からしても野田首相に対する格別の恨みつらみはないだろう。
端的に言えば、反自民の鳩山、非自民の菅、親自民の野田という印象だ。
最近、仙谷由人氏が大連立に前のめりになっている印象を受けるが、これは菅前首相と同じように旧革新だからだろう。枝野幸男氏もそうなる可能性はある。そもそも旧革新の人には必要以上に政治を政略的に考える人が多い。その点、保守の人のほうが純情かもしれない。
岡田克也副総理は、鳩山氏以上に小選挙区制や二大政党制に深い思い入れがある。原理主義者と言われるゆえんである。もしも、政局が大連立から実質的に合同に向かえば、たった一人になっても彼は反対するだろう。
“ねじれ国会”は民主党が招いたもの
野党の責任にするのは筋違いだ
結局、こうなったのは“ねじれ国会”のせいである。
参院選で民主党が大敗したとき、私は直ちに衆議院を解散して民意を問うべきことを再三主張した。選挙による空白より、ねじれによる空白と迷走のほうがはるかに害悪だと考えたからだ。
その衆院選で民主党が敗北すれば政権を明け渡せばよい。もし勝てば(勝つ可能性もないわけではなかった)、“ねじれ国会”が続いても、衆院選の結果が“直近の民意”となって、国会運営もかなり円滑になっただろう。
“ねじれ国会”を招いたのは民主党政権の責任。だから、“ねじれ国会”を理由として、与野党協調が進まないことを野党の責任にすることは筋違いである。
民主党というより、民主党国会議員1人ひとりの真価が問われる局面が近づいている。
http://diamond.jp/articles/print/16602
【第127回】 2012年3月29日 田中秀征 [元経済企画庁長官、福山大学客員教授]
今の野田政権はまるで幕末の「徳川慶喜政権」
消費税増税法案に割れる民主・自民の行く末
民主党執行部は28日未明、消費税増税法案の最終修正案を提示し、政調合同会議での議論を打ち切った。同法案は30日に閣議決定されて国会に提出される見通しだ。
最終修正案では、①再増税条項は削除、②景気条項では数値を入れるものの、それを増税実施の条件としない、こととなっている。これらは、野田佳彦首相と前原誠司民主党政調会長との間でまとめられたと言う。
首相の出席を待たずに議論を打ち切ったことは前原氏の手柄と言うことだろう。
成長率は「努力目標」に
増税反対派の完敗か
さて、景気条項は次のように修正された。
「2011年度から20年度までの平均で名目3%、実質2%程度を目指した望ましい経済成長の在り方に早期に近づけるため総合的な施策を実施する」
こんな意味不明な条項を本当に法案に書き込むのか。しかも、これは「努力目標」であって「条件」ではないらしい。
これなら、あいまいな言葉でも「景気の好転」を明確な条件とするほうがまだましである。民主党内では、増税反対派が完敗したと言われても仕方ない。
こうなったのは、反対派が政府の用意した景気と再増税の2つの土俵に乗っていたからだろう。やはり、反対派が逆に行政改革の土俵に政府を乗せなければこうならざるを得なかった。
民主・自民大連立は“幕末の公武合体論”
“討幕派”第3勢力の勢いを強めるのみ
野田首相や執行部が強気になった理由は、最近の世論調査で支持率低下に歯止めがかかったような調査結果が出ているからだろう。
世論調査に微妙な変化が見られるのは、主として小沢効果によるもので、低落の基本的傾向が変わったわけではない。反小沢で反増税の人たちが元気な小沢氏に戸惑っているのではないか。
これからは国会が主戦場となるが、肝心の野党自民党の腰が未だ定まっていない。
森喜郎元首相は大連立を促し、「谷垣禎一副総理」をも明言している。森氏ばかりか、ベテラン議員には大連立志向の人が多い。
自民党内の増税法案賛成の人たちにはさまざまな思惑が見え隠れしている。
①これを機会に政権参加する。
②国政選挙で消費税増税を公約してきた。
③財務省と敵対したくない。
④面倒なことは民主党政権に片付けさせたい。
しかし、こんなベテラン議員の思惑も、いざとなれば若手や落選者の猛反対で空振りに終わるだろう。
大連立は幕末の公武合体論のようなもの。万が一実現してもすぐ崩壊するし、第3勢力の討幕派の勢いを強めるだけである。
結局、今の民主党政権、特に野田政権は幕末の徳川慶喜政権に擬せられる。既得権益の根幹を維持するために、表面的な改革を装っている印象だ。
しかし、留意すべきはほとんどの人たちが、それを既に見抜いていることだ。
◎編集部からのお知らせ◎
2001年に講談社から刊行された田中秀征著『梅の花咲く――決断の人・高杉晋作』が近代文藝社より新装版となって発売されました。命を懸けて幕府の息の根を止め、新しい国家への道を切り拓いたリーダーの生き方は、今の日本人に何を問いかけるのか――。ぜひ、ご一読ください。
http://diamond.jp/articles/print/16827