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社会福祉の思想は次第に成熟されつつあった。しかし、いつのまにか時は崩壊へと逆行しはじめた。

男性低所得者の死亡率は高所得者の3倍! 一体改革で懸念される「健康格差社会」の到来

2012年06月02日 05時30分46秒 | Weblog

【第27回】 2012年5月17日 知らないと損する!医療費の裏ワザと落とし穴 早川幸子 [フリーライター]

「一体改革」による前期高齢者の
窓口負担引き上げで何が起こるか

 5月11日、いわゆる消費税増税法案が衆議院本会議で審議入りした。

 消費税増税法案は、借金(赤字国債)に頼っている部分が大きい社会保障の財源を税金や社会保険料で賄うように変えて、社会保障を持続可能なものにしていくことを目的にしている。この法案の根拠になっているのが2月に閣議決定された「社会保障・税の一体改革」だ。

 今回の負担の焦点となっているのは消費税だが、一体改革では医療の財源についてもいくつかの見直し案が出されている。厳しい健康保険財政を考えれ ば当然の見直しと思えるものもあるが、中には社会保障の機能強化どころか、反対に国民の健康格差を拡大する恐れのあるものも含まれている。

 そのひとつが70~74歳の前期高齢者の窓口負担の引き上げだ。

 病院や診療所で支払う医療費の自己負担割合は年齢に応じて異なり、小学校入学前の子どもは2割、小学校入学から70歳未満の人は3割だ。しかし、 おもな収入が老齢年金になる高齢者は相対的に所得が低いため、歴史的に見ても低く抑えられており、現在は70歳以降の人は1割となっている(ただし、現役 並み所得者は3割)。

 実は、2006年度の医療制度改革では、70~74歳の人の窓口負担を2008年4月から2割に引き上げることが決められていた。しかし、 2007年の参院選で自公政権が敗北したことで実施が見送られ、年間2000億円の予算措置をとることで今でも1割に据え置かれたままとなっている。

 2012年度はかろうじてこの予算措置が継続されたが、経済界を中心に「法律で決まったことなのだから、70~74歳の人の窓口負担は速やかに引 き上げるべきだ」という声が高まっている。小宮山洋子厚生労働相も、2012年度に引き上げられなかったことは「残念」として、「来年度は必ずやらなけれ ばならない」といった発言をしている。

所得で左右される人の死
低所得層の死亡率は3倍!

 しかし、日本福祉大学社会福祉学部の近藤克則教授は「窓口負担の引き上げは国民の健康格差を助長する」として警鐘を鳴らす。

 近藤教授の研究によれば、具合が悪いのに医療機関の受診を控えたことがあると答えた高齢者は、年収300万円以上の人が9.3%なのに対して、年 収150万円未満の人は13.3%。その理由として、年収300万円以上の人は「待ち時間」をあげる人がもっとも多かったが、年収150万円未満の人は 「費用」をあげる人がもっとも多くなっている。

 つまり、低所得の人ほどお金がないために医療機関の受診を控えている。そして、その結果は健康状態に如実に表れるという。

 65歳以上で要介護認定を受けていない人を4年追跡調査したところ、その間に死亡した男性高齢者は、高所得の人が11.2%なのに対して、低所得の人はその3倍の34.6%にも及んでいるのだ。

「日本人という母集団の中から、ある集団を無作為に選べば、生物学的にはほぼ同じなので、どの集団でも同程度の平均寿命が期待できるはずです。とこ ろが、現実は所得によって死亡率にこれだけの差が出ており、高所得層なら避けられている死が低所得層に集中しているのです」(近藤教授)

 70~74歳の人の医療費の窓口負担を引き上げれば、社会保障・税の一体改革の目的のひとつである「財政の健全化」には効果があるかもしれない。 しかし、その一方で窓口負担を重荷に感じる低所得の人たちの受診抑制を進め、さらに健康格差を助長する副作用も考えられる。それでは、一体改革が掲げたも うひとつの目的である「社会保障の機能強化」という目標は達成できないのではないだろうか。

 1990年代以降、所得や社会的要因によって生まれる健康格差はヨーロッパ諸国やWHO(世界保健機関)でも問題視されており、その格差が拡大しないような医療政策・社会保障政策がとられるようになっている。

 70~74歳の人の窓口負担の引き上げのほかにも、病院や診療所を受診した人から一律に100円を徴収する受診時定額負担の導入なども検討されて いるが、これらは欧州諸国の格差解消政策とは逆行する動きだ。そうした世界の流れを多くの日本人は知らされないまま、さらに高い自己負担を強いられようと しているのだ。

健康格差社会にしないために
求められる医療費の財源は?

 筆者は医療費を増やすなと言いたいわけではないし、税金や社会保険料の負担を増やさなくても無駄をなくせばなんとかなるという夢物語を語るつもりもない。

 諸外国に比べて日本の国民負担率は低く、とくに医療分野は世界でも低水準だ。2009年度の国の総医療費の対GDP比は8.5%で、OECD(経 済協力開発機関)に加盟する34ヵ国の中で24位。OECD平均の9.5%を大きく下回っている(『OECD HEALTH DATA 2011』よ り)。

 世界でも例をみないスピードで高齢化が進む日本では、医療や介護を担う人材を確保するためには総医療費を増やさなければ立ち行かなくなることは、多くの研究者が指摘している。問題は、その財源の調達方法だ。

「社会保障・税の一体改革」で示されている医療費の負担として、「パート主婦などの短時間労働者にも健康保険を適用して支え手を増やす」「医師など 収入の高い職業団体で構成される国保組合の国庫補助を見直す」「高齢者の医療費を賄うために各健康保険から支援している保険料を加入者の収入に応じた総所 得割にする」といった見直しは、応能負担の原則から見ても公平感があり妥当なものだと思う。

 しかし、高齢者の窓口負担の引き上げは、近藤教授の研究が示すように健康格差の拡大につながる可能性があり、社会的弱者への負担感を強めることになる。ましてや、70~74歳の人の窓口負担を引き上げることで得られる財源は年間2000億円程度だ。

 それよりも不公平感がないのは、健康保険料を中心とした医療費の引き上げだ。前回の 本コラムでも紹介したが、大企業の従業員が加入する健保組合は、中小企業の従業員が加入する協会けんぽに比べて保険料水準が低いところが多い。これは公務 員が加入する共済組合にも言えることで、ばらつきのある保険料率を協会けんぽ並みに統一すれば、年間1.7兆円の保険料収入の増額が期待できるという(厚 生労働省試算。2010年度の保険料率の場合)。

「社会保障・税の一体改革」では消費税の行方ばかりが取り上げられるが、そこにばかり目を奪われていると国民の健康格差を助長する法案が通ってしあ う可能性もある。暮らしを支える社会保障にふさわしい負担のあり方はどんなものなのか、注意深く考える必要があるのではないだろうか。

参考文献:近藤克則『「医療クライシス」を超えて――イギリスと日本の医療・介護のゆくえ』(医学書院)

http://diamond.jp/articles/print/18622


【第25回】 2012年4月5日 早川幸子 [フリーライター]

ジェネリックは本当に安いのか?
「院内処方」「院外処方」で変わる薬の代金

 この時期、花粉症に悩まされている人は多いだろう。正確な患者数は把握されていないが、いまや日本人の2~3割が花粉症だという調査もある。

 Aさんも、そんな花粉症患者のひとりだ。5年前の春先、突然、くしゃみと鼻水が止まらなくなり、以来、この季節になると診療所で内服薬を処方してもらっている。

 Aさんが通っているXクリニックでは、薬の調合はしていないので、診察を受けたあとで、街の一般的な調剤薬局で薬をもらっている。少しでも医療費 を抑えるために、薬剤師と相談してジェネリック医薬品を使用しているのだが、今年はじめて受診したときの医療費と薬代の合計は7160円。窓口では、その 3割の2150円を自己負担した。

 ところが、同じ花粉症で受診しているBさんの医療費を聞いて驚かされた。

 Bさんが通っているYクリニックは、院内で薬の調剤も行っている。ジェネリック医薬品は扱っていないので、ここでは先発医薬品が処方されるが、今年はじめて受診した時の医療費と2週間分の薬代の合計は6710円。自己負担額は2010円だったというのだ。

 診療内容は、医師の問診を受けて内服薬を処方してもらうというもので、ふたりとも同じだ。それなのにジェネリック医薬品を使っているAさんよりも、先発医薬品を使っているBさんの医療費のほうが安いのは何故なのか。

ジェネリック医薬品の価格は
先発医薬品の2~8割

 新しい薬を作るまでには、長い年月と莫大な研究開発費用がかかる。そのため、開発に成功した医薬品メーカーは、特許を出願して20~25年はその薬を独占的に製造販売している。これが先発医薬品だ。

 しかし、この特許期間が終了すると、その他のメーカーも同じ商品を作ることが許されるようになる。ジェネリック医薬品は、この特許期間切れの先発 医薬品と同じ有効成分で作られた後発の医薬品だ。すでに公表されているレシピで薬を作るので、開発にはほとんどお金がかからない。そのため、先発医薬品の 2~8割の価格で販売されている。

 BさんがYクリニックで処方されたアレルギー性鼻炎の薬は、「オノンカプセル(112.5㎎)」という先発医薬品で、1錠あたり61.9円。一 方、Aさんが調剤薬局でもらったのは、オノンカプセルの後発医薬品「プランルカスト錠EK(112.5㎎)」で、1錠あたり41.5円だ(薬の価格は 2012年4月現在)。

 いずれも1回2錠を1日2回飲むので、2週間分の薬代は先発医薬品のオノンカプセルだと3500円(自己負担1050円)。ジェネリック医薬品のプランルカスト錠EKは2240円(自己負担670円)で、先発品よりも1260円(自己負担380円)も医療費は安い。

 それなのに全体的な医療費は、ジェネリック医薬品を使っているAさんのほうが、Bさんよりも高い。その理由は、診療所での「院内処方」と調剤薬局での「院外処方」では、薬の処方にかかる技術料に異なる報酬体系がとられているからだ。具体的に見てみよう。

「院内処方」「院外処方」で
薬にかかる技術料が異なる

 病院や診療所、調剤薬局で行われた医療行為や調剤行為は、ひとつひとつ国が価格を決めている。その点数を積み上げていき、1点あたり10円をかけたものが実際の医療費になる。以下は、AさんとBさんの医療費の内訳で、太字部分が薬をもらうのにかかる技術料だ。

【Aさんの医療費の内訳】……院外処方を利用
○Xクリニックでの費用
  初診料270点
  処方せん料68点
  一般名処方加算2点
  合計340点(医療費3400円、自己負担1020円)
○調剤薬局での費用
  調剤基本料55点
  調剤料56点
  薬歴管理料41点
  薬剤料224点
  合計376点(医療費3760円、自己負担1130円)
○Xクリニックと調剤薬局の費用の合計
  合計716点(医療費7160円、自己負担2150円)

【Bさんの医療費の内訳】…院内処方を利用
○Yクリニックでの費用
  初診料270点
  処方料42点
  調剤料9点
  薬剤料350点
  合計671点 医療費合計6710円(自己負担2010円)

※薬局の規模や処方された薬の数や日数によって、調剤基本料や調剤料は異なる。10円未満は四捨五入

 Aさんは、まずXクリニックで処方せんをもらうのに700円かかり、調剤薬局でも調剤料などで1520円かかる。その合計は2220円(自己負担 670円)だ。一方、院内処方の診療報酬は低く抑えられているので、Bさんが薬をもらうのにかかる費用は合計510円(自己負担150円)ですんでいる。

 このように、薬の処方にかかる技術料は、受診した場所により2つの報酬体系があるため、Aさんのようにジェネリック医薬品を使って薬代を抑えても、実際の医療費が先発医薬品を使っている人とほとんど差が出ないというケースもあるのだ。

 国がこうした診療報酬の仕組みをとっている背景には、「診察をする医師」と「薬を調剤する薬剤師」の役割を明確にして、薬の過剰投与や健康被害を防ぎ、医療費を削減したいという思惑がある。

薬剤師の専門性が発揮できる
「かかりつけ薬局」に期待

 日本では1951年に「医薬分業法」が制定され、国も早い段階から医薬分業を目指していた。ところが、国が決めた薬価と医薬品メーカーからの仕入 れ値の差によって生まれる「薬価差益」が、医療機関の収入に大きな影響を与えていたため、なかなか医薬分業は進まなかった。中には必要のない薬を過剰投与 する「薬漬け医療」を行う医師もいて、問題になった。

 そこで国は、薬価を引き下げ、薬では利益がでない仕組みに変更。同時に、院内処方するよりも、処方せんを書いて調剤薬局に回したほうが医療機関の利益になるように診療報酬を改定して誘導を図ったのだ。

 診療報酬改定のたびに薬価は引き下げられ、今では薬価差益はほとんどなくなっている。薬の在庫は医療機関の資産とみなされて資産課税の対象にな る。薬価差益で稼げればいいが、その旨味が減った今、医療機関も薬の在庫は抱えたくない。薬の在庫を減らせれば、税金面でのメリットだけではなく保管場所 や人件費などのコストカットもできるため、1995年度に20%だった医薬分業は2010年度には63.1%まで広がっている。

 この流れの中で、調剤報酬は現在のようなルールが出来上がったわけだ。専門職である薬剤師の技術料として、適切な報酬が支払われるのは当然のこと だが、受診した医療機関が「院内処方」か「院外処方」といったことで、医療費に差がつくのは患者としては納得しかねるものもある。医薬分業がさらに進め ば、こうした制度は改められるはずだが、今後は公平性が担保された分かりやすい制度に改正されることを期待したい。

 医薬分業の目的は、薬の専門職である薬剤師が重複投薬をなくしたり、飲み残しの原因を探ったりして、患者の健康被害を防ぎ、医療費の無駄遣いを減 らすことにある。ところが、特定のクリニックの前にある門前薬局などでは、単に医師の処方せん通りに薬を揃えているだけのところがあることも否定はできな い。在宅での飲み残しの医薬品は年間400億円に上ると推計されるなど、薬剤師の力が最大限に発揮されているとは言えないだろう。

 こうした無駄を省くためには、患者の生活環境に踏み込んだ服薬指導ができる薬剤師の存在が必要だ。昨年の東日本大震災では、医師が指示した医薬品 が不足する中で、薬剤師が代替えの医薬品や市販薬への切り替えを提案するなど、専門職としての存在感を示す活躍ぶりも伝えられている。

 意識の高い薬剤師なら、ジェネリック医薬品の品質や価格などにも詳しく、家計に無理のない薬を処方する相談にものってくれる。賢く安全に薬を使う ためには専門家の知恵は不可欠だ。日頃から薬や健康のことを相談できる「かかりつけ薬局」を作って健康管理に役立てたいものだ。

http://diamond.jp/articles/print/16962


 


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アンアンのセックス特集から見えてきた 主婦たちの社会保険の被扶養者問題 (【第28回】 2012年5月31日 早川幸子 [フリーライター])
2012-06-02 05:48:41
 友人に勧められて、昨年9月に出版された「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)を遅ればせながら読んでみた。

 ジェンダー問題に詳しい北原みのり氏が、女性向け情報誌「an・an」(マガジンハウス)を創刊から読み返し、その時代ごとのセックス観から女性の生き方を考察しているのだが、読み終えて、「今の若い女の子の考えは、これほどまでに社会に抑圧されているのか」と少々ビックリしてしまった。

 90年代半ばまでは「女だって自分の足で立って、もっと自由になろうよ!」と叫んでいた「an・an」が、2000年代以降になると女性同士で勝ち負けを競わせ、社会や男性にこびて、彼らに「選ばれることが女の幸せ」であるという論調に変わってきたというのである。

 自立して働く女性が増える一方で、長引く景気の悪化によって「夫に養われる」という生き方を再び選ぶ人が増えているという。近頃、若い女性の間で専業主婦願望回帰が見られるという話も聞くが、そうした生き方を後押しする仕組みとして存在しているのが社会保険の被扶養者制度だ。
年収130万円の壁によって
働き方を左右される女性たち

「国民皆保険・皆年金」の日本では、誰もが何らかの医療保険と年金に加入する。これらの制度のおかげで、医療保険からは病気やケガの保障が、また年金からは老齢、障害、遺族の3つの給付が受けられるわけだが、同時に加入者には所得に応じた保険料を納付することも義務づけられている。

 ただし、会社員や公務員の夫の収入で生活している妻は、保険料の負担なしで健康保険や国民年金に加入できることになっている。これが社会保険の被扶養者で、原則的に妻本人の年収が130万円未満であることなどが条件だ。

 パートタイムなどで働いて、この年収130万円の壁を超えると、妻は夫の扶養から外れて、自分で健康保険と年金の保険料を支払うことになる。

 たとえば、月収11万円(年収132万円)のAさんの場合、毎月、健康保険5483円、厚生年金9027円が給料から天引きされるので、1年間では合計17万4120円を負担する。(健康保険は東京都で協会けんぽに加入した40歳未満の場合。厚生年金は全国一律)。このほか、雇用保険料や税金の負担もあるので、Aさんの手取りは111万円程度になる。

 一方、月収10万7000円(年収128万円)のBさんは夫の扶養の範囲で働いているので、ふたつの社会保険料の自己負担はなく、手取りは123万円程度。被扶養者という制度の線引きによって、たくさん働いたAさんよりも、Bさんのほうが手取りが高くなるという逆転現象が起こるのだ。

 年収130万円未満で働く人より、手取りが多くなるのはおおむね年収150万円を超える頃からなので、年収130万円~150万円が「働き損」になる。そのため、パート主婦の多くが、年収130万円未満になるように働き方を調整している。

 社会保険料は労使折半で、加入者が増えれば企業の負担も増える。本人はもっと働きたいと思っても、人件費をできるだけ抑えたい企業側の都合で、パート主婦の年収は130万円未満に抑えられているという側面もある。そして、自分が希望する働き方は脇に置かれ、「主婦のパートは年収130万円未満で働くのがおトク」ということが刷り込まれているのだ。

 しかし、年収130万円未満の主婦なら、誰もが保険料の負担なしで健康保険や年金に加入できるわけではない。
妻の年収が同じ130万円未満でも
夫の職業で負担する保険料が変わる

 保険料の負担なしで社会保険に加入できるのは、会社員や公務員の妻だけだ。同じように年収130万円未満でも、夫が自営業の場合は、妻も保険料を払わなければならない。国民年金が月1万4980円(平成24年度)に加えて、所得に応じた国民健康保険の保険料も負担する。

 国民健康保険は、世帯の収入に応じて負担する「所得割」をベースに、自治体ごとに、資産に一定料率をかける「資産割」、家族の人数によって決まる「均等割」、一世帯ごとに定額を徴収する「平等割」を組み合わせて保険料が計算される。

「所得割」の計算のもととなる収入は、原則的にその世帯の人の収入がすべて対象になるので、妻がパートなどで働いていた場合はその収入も保険料計算に反映され、その分、世帯全体の保険料は高くなる。

 保険料計算の組み合わせに用いられることの多い「均等割」は、家族の人数によってひとりあたり年間3万円などと決まっているので、たとえ妻に収入が全くなかったとしても保険料を負担しなければならない。保険料は世帯主にまとめて請求されるため、表面上は夫が払っているように見えるが、実質的には妻にも保険料が掛けられていることになる。

 会社員や公務員の健康保険と自営業の国民健康保険は、そもそも成り立ちが違うので比較しても意味がないという意見もある。しかし、同じ職場で同じように働いている女性の社会保険が、夫の職業によって左右される現状は不公平との声が出るのは当然だ。また、被扶養者の女性の年金や健康保険の給付は、夫が加入する制度全体で分担するので、会社員や公務員の女性や独身男性からも不満の声が上がっている。
働き方や生き方を妨げない
社会保険のあり方とは?

 財源論からみても、保険料を負担しないでよい会社員や公務員の妻の存在は健康保険を圧迫する理由のひとつになっている。保険料は夫ひとり分しか払っていないのに、病気やケガになって使う医療費は家族全員分なのだから、単純に考えてもバランスが悪い。

 さらに、現行の健康保険制度では、高齢者の医療費を賄うために現役世代の健康保険から支援する費用は、妻や子どもなど被扶養者を含めた加入者数によって決まる部分が大きいので、これも会社員の健康保険の悩みのタネだ。高齢化が進み、国の医療費が年々膨らむ中で、保険料を負担せずに医療費を使う人を抱えるのは徐々に難しくなってきている。

「社会保障・税の一体改革」では、非正規雇用の社会保険の未加入問題を解決すると同時に、健康保険の支え手を増やすために、会社員や公務員に扶養されるパート主婦の加入を拡大することを打ち出している。具体的には、従業員501人以上の大企業で働くパート主婦の被扶養者条件を、2016年度にこれまでの年収130万円未満から94万円未満に引き下げようというものだ。

 この案によって、国は約20万人のパート主婦が被扶養者を外れて、保険料を自己負担するようになると試算している。しかし、果たして思惑通りにいくだろうか。人件費を抑えたい企業は、今度はパート主婦の収入を94万円未満に調整して、社会保険の負担から逃げ切るのではないだろうか。

 女性の働く意識に目を向けても、自分の足で立って働くよりも、「夫に養われたい」と考える女性が再び増えている今、彼女たちは会社側に言われた通りに働き方を調整することも考えられる。その結果、「主婦のパート収入は94万円未満がおトク」という新しい壁に塗り替えられるのではないか。

 北原氏は「アンアンのセックスできれいになれた?」のあとがきに、こんな言葉を残している。

〈あなたが自由であるように、私も自由な存在である、と信じ切る懐の深さが自由なのだと思う。アンアンが70年代に訴えたように、「これからの女の人は自由です」と、優しく肩を抱くような力が自由なのだ。〉

 専業主婦だろうが、パート主婦だろうが、会社員で働こうが、自営で独立しようが、どんな働き方も生き方も、その人の自由だ。けれど、今のように、女性同士が「あちら側」と「こちら側」に分断された不平等な社会保険制度のもとでは、素直に互いの自由を認め合うのは難しい。わだかまりなく「優しく肩を抱く」ためには、まずは制度の不公平感を解消する必要がある。

 少子高齢化で社会保障の支え手不足が深刻化する中で、本当に必要なのは「会社員の妻だから」とか「自営業の妻だから」などで差別されない公平な制度への見直しだ。不公平感が解消されないまま、財源論だけで小手先の改革を行っても、制度への不信感を増すだけではないだろうか。
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健康保険料の引き上げは「悪」なのか まだまだ優遇されている大企業の健保組合 (第26回】 2012年4月19日 早川幸子 [フリーライター])
2012-06-02 05:50:27
〈 健保組合、保険料率上げ 高齢者医療負担重く 〉

 4月11日、日本経済新聞の朝刊1面にこんな見出しが飾った。

 大企業の従業員が加入する健康保険では、高齢者医療への支援金を支払うために健康保険料を引き上げる組合が増えており、その負担によって企業収益や家計が圧迫されるというのが記事の内容だ。

 16日の健康保険組合連合会(健保連)の発表によれば、今年度、保険料率を引き上げるのは、約1400ある組合のうちの4割。会社員の健康保険料は従業員の給与やボーナスに一定の保険料率をかけて計算するが、その保険料率の全組合平均が2011年度の7.989%から、今年度は8.310%になる見込みだという。

 たしかに、後期高齢者医療制度ができた2008年以降、現役世代の健康保険料は年々引き上げられる傾向にあるが、大企業の健康保険の負担だけが突出して重いというわけではない。それどころか、彼らの保険料はまだまだ優遇されていると言えるのだ。
参議院予算委員会で明らかになった
NHK職員の優遇された健康保険料

 昨年9月28日、民主党の櫻井充議員は、NHKが中継する参議院予算委員会の中で、小宮山洋子厚生労働大臣に日本放送協会健康保険組合の保険料率を問いただした。

 小宮山大臣が明らかにしたNHK健保の保険料率は5.35%(当時)。

 中小零細企業の従業員が加入する全国健康保険協会(協会けんぽ)の2012年度の保険料率は10%なので、NHK健保はその半分程度しか負担していないことになる。

 さらに櫻井議員は、「NHKの保険の負担は、事業主負担62、本人が38なんです。こんなに恵まれているんですね」と労使の負担割合にも言及した。

 通常、健康保険料は、事業主と従業員が保険料率を5割ずつ負担する。協会けんぽの保険料率は10%なので、従業員は5%を負担している。ところが、NHKの健保組合は全体の保険料率が5.35%と低いうえに、さらに事業主がたくさん負担しているので、NHK職員が負担する健康保険料は給与の2%程度ということになる。

 月収50万円のNHK職員の健康保険料は月1万円程度だが、協会けんぽの加入者は月収20万円という少ない収入で、それと同じだけの保険料を負担していることになる。そもそも社会保険は、所得に応じて負担する「応能負担」が原則のはずだが、所得の低い人に高い負担が強いられているのだ。

 大企業の健保組合には財政状況に応じて保険料を決める独自性が認められているとはいえ、病院や診療所で受ける医療サービスは誰でも一緒だ。負担する保険料率にこれだけの開きがあるのは不公平という意見が出ても仕方ないだろう。

 この日の答弁で野田佳彦内閣総理大臣も「今の数字を聞く限りには随分と開きがあるなと、不公平感があるなというふうに改めて思いました。」と答えている。

 こうした恵まれた健保組合を持っているのは、NHKに限ったことではない。中には協会けんぽと同等の保険料率の組合もあるが、9割以上が協会けんぽよりも低い水準で、そのうちの44組合はいまだに6%未満という低い保険料率となっている。
余裕のある健保組合も平等に負担して
健康保険全体の健全化を

 現在の医療制度では、現役世代は職業に応じて、自営業は国民健康保険、公務員は共済組合、会社員は勤務先の規模に応じて協会けんぽか独自の健保組合に加入する。そして、75歳になるとそれまでの健康保険を脱退して、すべての人が「後期高齢者医療制度」に移行する形をとっている。

 現役世代が医療機関を受診した場合、患者は窓口でかかった医療費の3割を負担し、残りの7割はそれぞれの健康保険が集めた保険料の中から医療機関に支払っている。

 現役世代の医療給付は原則的にそれぞれの健康保険の中でその収支バランスがとられるが、おもな収入が老齢年金になる高齢者世帯は相対的に所得が低く、集められる保険料には限界がある。一方で、年齢を重ねると病気になって病院や診療所に行く機会が増えるので、後期高齢者医療制度が単独で自分たちの医療費を賄うのは難しい。

 そこで、75歳以上の人の医療費は、高齢者自身の保険料などが1割、税金が5割、残り4割を現役世代の健康保険が加入者数などに応じて負担する仕組みになっている。

 2009年度の日本の医療費の総額は約36兆円。その3分の1にあたる約11兆円が75歳以上の人の医療費だ。団塊の世代も65歳にさしかかり、高齢者の医療費は年々膨らんでいる。そうした高齢者医療への支援金などを支払うために、会社員の健康保険料も引き上げられているというわけだ。

 そのため、中小零細企業の従業員が加入する協会けんぽは厳しい財政運営を強いられている。というのも、後期高齢者制度への支援金は、各健康保険の加入者数に応じて決まる部分が大きいので、加入者が多い協会けんぽの負担は相当なものになるからだ。

 協会けんぽ加入者の平均年収は385万円と、健保組合の平均年収554万円を大きく下回る。そのため、必要な支援金を支払うためには保険料率を上げるしかなく、それが中小零細の企業や従業員の大きな負担となっている。

 しかし、これまで見てきたように、大企業の従業員が加入する組合健保にはまだまだ余裕が見られるところもある。

 支援金を現役世代と高齢者の負担の格差と捉え、世代間の分断をあおる識者もいる。しかし、高齢者の医療費を社会全体で支える仕組みがあることで、現役世代が自分の親の医療費のために極端な支出を強いられることはない。それに、今は若くても、誰でもいずれは老いる。その時、お金の心配をしないで医療にかかれる制度を構築しておくことは、自分のための先行投資ともいえるのではないだろうか。

 ひとつの企業や健保組合だけ生き残っても、医療制度そのものが崩壊してしまったら、自分だって医療を受けることはできなくなる。誰もが安心してかかれる国民皆保険制度を維持していくためには、余裕のある健保組合も所得に応じた保険料を平等に負担するのが社会保障のあるべき姿ではないだろうか。
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