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隠された戦争  菅原 出 2011年9月13日(火)

2012年02月03日 18時55分48秒 | Weblog
この10年間で一番変わったCIA  調査集団から戦闘集団へ変貌
                       2011年9月13日 火曜日

菅原 出


 2011年9月11日で、911米同時多発テロが発生してからちょうど10年になった。
この10年間、米国の安全保障機構は平時から戦時の体制へと大きく転換したが、その中でも最もドラスティックに変わったのが米諜報コミュニティのボス的存在である米中央情報局(CIA)であろう。

 911テロが起きた時、CIAは、「米国を狙ったテロを予測できなかった」として大きな批判を浴びた。しかし、国家安全保障にかかわる米政府機関の中で、最も国際テロ組織アルカイダの脅威に精通していたのが、CIAだった。

 実際CIAは、テロ発生の直前まで「アルカイダが米国を狙ったテロを計画している」と警告を発していた。2001年5月~6月にかけて、アルカイダによるテロを示唆するインテリジェンスが30本以上集まっており、6月4日に開かれた米下院の情報委員会で、CIA対テロセンター(CTC)のコファー・ブラック部長(当時)は、

 「私が懸念しているのは、わが国がこれまで以上に大規模で破壊的な攻撃の瀬戸際に立たされているということです」

 と証言していた。

 また今では有名になったが、8月6日の大統領日次報告には、「ビン・ラディンは米国で攻撃を行う決意である」という見出しが付けられ、アルカイダのテロリストたちが航空機をハイジャックする可能性についても言及されていた。しかし、肝心の「いつ」「どこで」といった詳細が不明だったため、迅速な対応がとられることはなく、911の当日を迎えてしまった(拙著『戦争詐欺師』講談社)。

 このため、911テロに対する報復攻撃として始まった対アフガニスタン戦争において、CIAは主導的な役割を果たし、アフガン戦争は「CIAの戦争だ」とまで言われるようになった。

 これ以来、CIAは伝統的な情報収集・分析集団から、敵を探し出して殺害する戦闘集団へと変貌を遂げていった。

10年間で2000人を殺害したCIA

 911テロから10年間、戦闘集団と化したCIAが、すでに2 000人以上の敵を殺害していると聞いたらびっくりするだろうか?

 CIAは伝統的に情報収集と分析がその主たる役割である。1947年、当時のトルーマン大統領は、「独立した機関がホワイトハウスに対して国際問題に関する客観的な情報を提供することを求めて」CIAを設立したと記録されている。

 戦争に関する政策を立案し、実施するのは国防総省の仕事であり、国防総省にも情報収集・分析を担うセクションがある。しかし、政策を立案している官庁は、自分たちの政策に都合のよい情報を大統領に提示する傾向がある。そこで大統領は、政策決定を下す上で客観的なインテリジェンスを必要とし、そのために「独立した機関」としてCIAを設立したのである。だからこれまでCIAの情報分析は国防総省とは異なり、両者は対立することが常だった。

 といってもCIAにも準軍事部門があり、テロリストや反乱勢力を密かに暗殺したり、米国の脅威となる政権を転覆させるために反政府勢力を密かに支援したり、そのための軍事訓練を提供したり、といったいわゆる秘密工作を行うこともあった。

 しかし、これはあくまで特別な例であり、秘密工作を日常の活動として行ってきたわけではなかった。911テロ以降の対テロ戦争で、CIAはプレデターという無人機を使ったミサイル攻撃と、対テロ追撃チームという特殊作戦チームによる急襲攻撃という二つの軍事攻撃を自ら実施する戦闘集団となり、従来の情報機関としての役割から大きな変貌を遂げているのである。

 この対テロ作戦において、CIAの中で主役に躍り出たのが、対テロセンター(CTC)である。911テロ当時は300人程度のスタッフしかいなかったCTCは、現在では2000人のスタッフ ―実にCIA全体の職員の約10%― を擁する一大勢力になっている。

 CIAの分析官の約20%は、無人機攻撃のターゲット(標的)となる人物のデータを収集・分析する任務に就いている。無人機作戦は、CIA内部でも花形の部門となり、優秀な人材がこの分野に求められ、CIAでキャリアを積むうえでも重要な経験となっている。無人機作戦以外の軍事作戦も含めると、CIAの分析官の実に35%が軍事作戦を支援するための分析作業を実施しているという。

無人機攻撃は今やCIAの通常任務

 プレデターはもともと偵察機であり、高性能のビデオカメラを搭載し、上空から敵対勢力の動向を調べる偵察任務のために使用された。これにミサイルを搭載し、リモコン操作で発射して敵を暗殺出来るような技術が確立されたのは比較的最近のことだ。

 911テロ発生当時、無人機からのミサイル攻撃はまだ実験段階で、この技術に対する信頼性が確立されていなかったのだが、それだけでなく、倫理的な側面からもこれに反対する声が諜報コミュニティ内に存在した。『ウォールストリート・ジャーナル』とのインタビューに答えて、元ホワイトハウスの対テロ・アドバイザーだったリチャード・クラークは次のように述べている。

 「われわれは(ミサイル搭載型の無人機を)完成させたのだが、誰もがその“暗殺のための道具”を前にして狼狽していた」

 この初期の段階の躊躇にもかかわらず、ブッシュ大統領(当時)はテロリスト暗殺のために無人機を使用することを正式に認め、2002年にCIAと軍はそれぞれ無人機の使用範囲について合意に達した。この両者間の合意によりCIAはパキスタンで、軍はアフガニスタンでそれぞれ無人機を使用することになった。

 それでもCIAは、オサマ・ビン・ラディンかアルカイダ・ナンバー2のアイマン・ザワヒリを発見した時以外は、ミサイルを発射する前に必ずパキスタン政府と協議しその同意を得てから攻撃を実施することにしていた。

 ところが次第にパキスタンとの関係は悪化し、パキスタンは2006年までにアフガニスタンとの国境沿いで活動する武装勢力と次々に停戦合意を結び、CIAの無人機攻撃に関する要請にタイムリーに応えなくなっていった。一方、米政府の中では、「パキスタン軍は事前に無人機攻撃に関する情報をアルカイダに教えている」と疑う声が強くなっていった。

 遂に2007年にはCIAは一度もパキスタンでミサイルを発射することがなかったという。そこで当時のCIA長官マイケル・ヘイデンがブッシュ大統領に対して、パキスタン政府との事前協議の合意を反故にするよう働きかけを強めた。CIA内でパキスタン政府に対する不満はピークに達していたという。このCIAの要請にブッシュ大統領がゴーサインを出したことから、2008年の後半には28回の無人機攻撃が実施された。

 オバマ政権になると、アフガニスタン、パキスタンに対する政策の優先順位が上がったこともあり、CIAの無人機攻撃は劇的に増加する。米国のシンクタンク「ニュー・アメリカン財団」の調査によれば、2009年一年間で53回の攻撃が行われ、2010年には118回、2011年は8月末時点ですでに56回の無人攻撃がパキスタン国内で実施されている。

 この間(2004~2011年)、同財団の調べでは、無人機攻撃により、少なく見積もって1658人、多く見積もると2597人の死者が出ているという。わずか10年前には、CIA局員の中にさえ、この“暗殺のための道具”の威力に恐れおののいて、その使用を思いとどまろうとする機運があったはずなのだが、もはや無人機攻撃はオバマ政権の対テロ戦略の中核に位置づけられる重要な作戦となり、CIAにとってごく日常的な活動になってしまったわけである。

CIAと軍特殊部隊の統合

 CIAはこの無人機攻撃の標的に関するインテリジェンスを集め、アルカイダやタリバン幹部の隠れ家を突き止めるため、パキスタンに民間の契約スパイを無数に送りこんで諜報活動を展開している。この「民間契約スパイ」とは、CIAの正規職員ではなく、CIAの諜報活動を支援するために臨時に雇われている元軍人などのことである。

 この事実が明るみに出たのは、今年の一月だった。レイモンド・デービスという米国人が、パキスタン東部の町ラホールで、白昼堂々パキスタン人二名を射殺する事件が発生した。デービス氏はすぐにパキスタン警察に逮捕されたが、彼は外交官パスポートを持っていた。後に彼は外交官ではなく、CIAと契約して働く「民間スパイ」であることが暴露され、両国は外交関係断絶の瀬戸際まで対立を深めた。

 こうした米国の秘密諜報活動にパキスタン側は不満を募らせ、対米不信を増大させていたが、そんな矢先にオバマ大統領は特殊部隊をパキスタンに送り込み、ビン・ラディンを殺害してしまった。パキスタン政府の把握していないCIAの秘密諜報活動の結果、ビン・ラディンの隠れ家が突き止められ、一方的に特殊部隊が送り込まれ、主権を踏みにじられる作戦が、パキスタン国内で実施されたのである。

 5月2日にパキスタン北部の町アボッターバードでオサマ・ビン・ラディンを暗殺した特殊作戦は、CIAの指揮の下、米特殊部隊シールズが実行した作戦だった。CIAと米軍のエリート精鋭部隊が、数十年にわたる敵対関係に終止符を打ち、信頼関係を築いて共同作戦に乗り出したことが、この作戦の成功につながったと言われている。

 911テロ後、国防総省は統合特殊作戦司令部(JSOC)を対テロのエリート集団へと編成し直し、CIAも主たる情報収集の対象をテロの脅威に絞った。しかし、それでもブッシュ政権下では、ドナルド・ラムズフェルド率いる国防総省(ペンタゴン)と、ジョージ・テネットが率いるCIAの関係は非常に悪く、ラムズフェルドがCIAのインテリジェンスを信用せずに、ペンタゴン内に新たなインテリジェンス・チームを作って対抗させたり、独自のヒューミント(人的情報)活動を始めたりして、その対立を悪化させた。また戦場の現場レベルでも、例えばCIAの支局長がまったく知らない秘密活動を、JSOCの特殊部隊が実施していて両者が対立するなどという事態が起きていた。

 ペンタゴンとCIAの対立は、ブッシュ政権後期に国防長官がラムズフェルドからロバート・ゲーツに替わってから大きく改善した。ゲーツはもともとCIAのソ連情勢の分析官であり、CIA長官まで務めた人物である。

 さらにJSOCを率いたスタンリー・マクリスタル中将(当時)がイラクの現場レベルでCIAとの連携の道を開いていったと言われている。それまでは「学者さん」として軍で馬鹿にされていたCIAの分析官たちも、何度もイラクに派遣されることで、現場のオペレーションの文化を理解するようになり、軍の側もCIA分析官の持つ広範な知識の有用性を理解するようになった。

 CIAと軍のインテリジェンス機関とのリンクが、技術的にも精神面でも強まり、技術情報や人的情報を統合して分析する流れが出来ていった。マクリスタル中将は、CIA長官、JSOC司令官と中央軍司令官や他の高官からなるワーキング・グループをつくり、CIAと軍の協力体制を制度的にもフォーマルなものへと格上げすることに貢献したと言われている。

オバマ政権で、アフガニスタン戦争が同政権の新たな戦場になると、CIAと軍の関係はさらに強化される。2009年にレオン・パネッタCIA長官(当時)とJSOCのウィリアム・マクレイブン大将は、アフガニスタンにおける共同特殊作戦の原則について合意し、秘密協定を結んだという。

 2010年12月にパネッタ長官がアボッターバードの隠れ家にビン・ラディンが潜んでいる可能性についてオバマ大統領に報告すると、大統領は具体的な攻撃計画の策定を指示。するとパネッタ長官はマクレイブン大将に協力を要請し、同大将が2011年1月にラングレーのCIA本部に足を運んだ。軍の特殊作戦司令部のトップがCIA本部を訪れるというのは極めて珍しいことだった。

 マクレイブン大将は、米海軍の特殊部隊シールズのエリート部隊「チーム6」の作戦将校を抜擢して、アボッターバードの隠れ家に関する作戦計画をつくらせた。この海軍大佐は毎日ラングレーに出勤して、CIAの特別チームと共に作戦計画を練り上げたという。こうしてビン・ラディンの隠れ家に対する攻撃において、CIAと軍特殊部隊の統合が進み、両者の共同作戦という新しい軍事介入の形が発展していったのだった。

イエメンで拡大されるCIAの無人機作戦

 ビン・ラディン暗殺作戦の成功を受けて、CIAと米軍、とりわけ特殊作戦司令部の関係はますます強化され、彼らの共同作戦は政治的にも高い評価を受けた。

 CIAの無人機作戦は対テロ戦争の有効な手段としてホワイトハウス内での評価が上がっており、今後パキスタン以外の国でも採用されていくのは間違いない。政治的混乱が続くイエメンでは、すでに2009年12月から現地のアルカイダ勢力をターゲットとした無人機攻撃が実施されているが、CIAは最近、イエメンでの活動拠点を増やし攻撃を拡大させる方針を明らかにしている。また、CIAは、国名を明らかにしてはいないものの、イエメン以外の国でも密かに秘密の基地をつくって無人機作戦を拡大させる計画を持っているという。

 911テロから10年。かつて米諜報コミュニティ内で倫理的な側面から反対する声の強かった無人機攻撃は、今やCIAにとって日常的な活動となった。本来、独立した情報機関として設立された当初の機能から大きく逸脱し、今や軍と統合した軍事作戦を自ら実施する戦闘集団へと変身した。

 オバマ大統領は、アフガニスタンから米軍の撤退を開始し、大規模な軍隊を派遣した戦争の終結を明らかにしているが、その代わりにCIAや特殊部隊などの「目に見えない部隊」を使った秘密作戦は拡大させるつもりである。情報収集・分析集団から戦闘集団へと変身し、軍の特殊部隊と統合するCIAは、ますます秘密作戦の担い手としてその存在価値を高めているようである。

【参考文献】

“CIA shifts focus to killing targets”, The Washington Post, September 2, 2011

“Drones Evolve Into Weapon in Age of Terror”, The Wall Street Journal, September 8, 2011

“A decade after the 9/11 attacks, Americans live in an era of endless war”, The Washington Post, September 5, 2011

“Drones Alone are Not the Answer”, The New York Times, August 14, 2011

“The Long, Winding Path to Closer CIA and Military Cooperation”, The Wall Street Journal, May 23, 2011

“Spy, Military Ties Aided bin Laden Raid”, The Wall Street Journal, May 23, 2011

“CIA Plans Yemen Drone Strikes”, The Wall Street Journal, June 14, 2011

“CIA. Building Base for Strikes in Yemen”, The New York Times, June 14, 2011

“Drone Attacks Split U.S. OffiCIAls”, The Wall Street Journal, June 4, 2011

菅原 出(すがわら・いずる)1969年、東京生まれ。中央大学法学部政治学科卒。平成6年よりオランダ留学。同9年アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。国際関係学修士。在蘭日系企業勤務、フリーのジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英危機管理会社役員などを経て、現在は国際政治アナリスト。会員制ニュースレター『ドキュメント・レポート』を毎週発行。著書に『外注される戦争』(草思社)、『戦争詐欺師』(講談社)、『ウィキリークスの衝撃』(日経BP社)などがある。


http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110912/222583/?P=1~4

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3 コメント

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“目で見えない戦争”が世界秩序を崩壊させる (菅原 出   2011年9月5日(月))
2012-02-03 19:12:18
 2011年9月で911米同時多発テロが発生してから10年になる。この10年は、まさに「対テロ戦争の時代」だったと言って間違いないだろう。そして今、この一つの時代が「終わり」を迎えようとしている。6月22日、オバマ大統領がホワイトハウスで演説し、アフガニスタンから米軍を撤退させる計画を発表したのである。

 米国はアフガンからの撤退を開始し、911からアフガン、イラク戦争と続いた大規模軍事介入の時代は終わる。そして米国は、莫大な財政赤字の削減や景気回復・雇用創出という国内問題に忙殺され、国際安全保障の世界で急速に影響力と指導力を落としている。

 これまで国際政治の中心にあったワシントンは機能不全を起こし、ここで語られていることと、世界のホットスポットで進行する現実との間のギャップがますます大きくなっている。ワシントンが「メルトダウン」を起こし、それまで米国が半世紀以上の長きに亘って力で維持してきた秩序が崩壊し、まるで核分裂の連鎖反応が起こるかの如く、世界各地で制御の利かない無秩序な動きが生まれている。

 世界的な金融危機も、急激な円高も、中東・北アフリカで起きている「アラブの春」も、こうした大きな国際秩序の崩壊、世界の構造変化と無関係ではない。

 世界の地殻変動が進行する中、米国は限られた資源を使い、国際政治のマネージメントに努めようとする。サイバー戦争、経済戦争、諜報戦争、特殊作戦…、これからの米国の戦争は地下に潜り、見えない世界で展開される。

 ポスト「対テロ戦争時代」の無極化する国際政治の実態と、米国の新しい戦争をレポートする。
オバマ大統領のアフガン撤退計画

 6月22日にオバマ大統領がホワイトハウスで行った演説は、米国の凋落と国際秩序の崩壊を象徴する合衆国大統領の言葉として、歴史に記録されることになるだろう。

 演説はわずか15分足らずと短く、大統領の口調も抑揚のない淡々としたあっさりしたものだった。ここでオバマ大統領は、10年間続いた「一つの時代の終わり」を宣言したのである。引用が長くなるが、少し丁寧にこのオバマ演説を見ていこう。

 「私がウエストポイント(09年12月の演説)でアフガニスタンへの増派を発表した時、われわれは明確な目標を設定した。それはアルカイダに再び焦点をあて、タリバンの勢いを削ぎ、アフガン治安機関が自衛できるように彼らを訓練することだった。私はまたこの取り組みは未来永劫続くものではなく、2011年7月には撤退を開始することも明言していた」

 「今晩、私はわれわれがこの約束を果たしていることをお伝えしたい。われわれはこの目標を達成しつつある。その結果、来月(7月)からスタートさせて今年の終わりまでにアフガニスタンから1万人の兵力を撤収することが可能になり、来年(2012年)夏までにすべての増派兵力3万3千名を帰国させ、ウエストポイントで発表した増派兵力を完全に撤収させることが可能となる」

 オバマ大統領はこのように述べた。“2009年にウエストポイントでアフガンへの増派を発表した時に掲げた目標をほぼ達成した”…、だから増派した部隊を撤収させるのだと説いたのである。あまりに明確なロジックであり、この撤退計画にもはや後戻りはないのだということが分かる。今のアフガニスタンの現状を見て、「目標達成」を宣言してしまうのだから驚きである。

 また、オバマ大統領は、増派分の3万3千人を引いた残りの約6万7千名の兵力についても、

 「この初期の撤収に続けて、われわれの軍は、アフガン治安機関が主導的役割につくのと合わせて安定したペースで帰国することになる。われわれの任務は戦闘から支援へと変わり、2014年までにこの任務変更は完了し、アフガン人が自身の安全に自ら責任を持つことになる」

 と述べた。現在米国は総勢10万の軍隊をアフガニスタンに派遣している。増派分の3万3千を引いた残りの6万7千名についても、アフガン治安機関に権限を移譲しながら順次撤収させ、2014年までにすべての治安責任をアフガン側に引き継ぐ。そしてその間に米軍の任務を現在の「戦闘」から「支援」へと変えていくとオバマ大統領は説明したのだ。

 オバマ大統領は全面的に撤退させるとは言っていない。2014年以降も米軍の関与を続けることを示唆しながらも、前線に立って戦う「戦闘」任務はせずにアフガン治安部隊の「支援」を行うと説明しているのだ。米軍の全面撤退がアフガニスタンの秩序崩壊を招き、再び内戦へと逆戻りするリスクを考慮して、何とか米国のプレゼンスを維持するため、小規模な「支援」部隊を残そうと考えているのであろう。

 「われわれはこの兵力削減を有利な立場から実施する。アルカイダは911以降でこれほどの圧力下に置かれたことはなかった。われわれはパキスタンと協力してアルカイダの指導者の半数以上を殺害した。そして諜報機関と特殊部隊のプロたちがオサマ・ビン・ラディンというアルカイダの唯一のリーダーとして知られる人物を殺害した。これは911以来、この任務に仕えてきたものすべてにとっての勝利だ」

 オバマ大統領はこうも述べた。5月2日のオサマ・ビン・ラディン殺害成功が、今回の撤収計画を可能にしたことを裏付けている。アルカイダを倒すという当初の目標はほぼ達成し、タリバンの勢いを減退させ、いくつもの拠点をタリバンの支配下から奪還したと大統領は胸を張り、対テロ戦争で一定の成果を収めたことを強調したのである。
対テロ戦争勝利の虚構

 しかし、本当に米国の対テロ戦争は成功しているのだろうか?アルカイダやタリバンの勢力は弱体化しているのだろうか?

 7月末、アフガニスタンから米軍撤退が始まる中、私は対テロ戦争のもう一つの最前線パキスタンを取材した。パキスタンは、オバマ政権の対テロ戦争にとって最も重要な国の一つだ。

 オバマ政権は、アフガニスタンには十万人の米軍部隊を派遣し、パキスタンには無数の諜報員を送り込んで秘密工作にあたらせ、両国でアルカイダやタリバンのネットワークを破壊させる戦略をとっている。アフガニスタンでは米軍が「目に見える戦争」を、パキスタンでは米中央情報局(CIA)が「目に見えない戦争」を進めているのである。

 パキスタン国内のタリバンやアルカイダの聖域を潰す「見えない諜報戦」とは、具体的には無人機を使ったミサイル攻撃や特殊部隊を送り込む急襲作戦のことである。そしてこうした作戦を支える諜報活動の一環として、CIAは民間の契約スパイを大量にパキスタンに送りこみ、諜報活動を激化させていた。

 その結果はどうだったのだろうか? オバマ政権はビン・ラディン作戦の成功ばかり宣伝するが、実際にこの事件は、現地のアルカイダやタリバンの動向にはほとんど影響を与えていないばかりか、パキスタン人の対米不信を増大させ、反米勢力の勢いをむしろ強めているのが現状だった。

 オバマ政権が無人機で「テロリスト」を抹殺しようとすればするほど、多くの民間人が被害を受けるので、攻撃が行われる度に反米感情が高まり、イスラム過激派ではない西側寄りで進歩派のパキスタン人まで敵に回していた。無人機攻撃に反対するデモは各地で拡大していた。

 またCIAの民間契約スパイを無数に送りこんで諜報活動を展開し、特殊部隊を送り込んでビン・ラディンを殺しても、パキスタン人が「反省」してタリバン支持を止める様子はなかった。それどころか、今やすべての米政府職員はCIAのスパイだと疑われ、人道援助機関を含めてあらゆる民間の米国人がCIAの民間契約スパイだと不信の目で見られ、その活動が停滞していた。

 元パキスタン陸軍のジャムシェッド・アユーズ・ハーン少将は、パキスタン人の不満を代表して次のように証言した。

 「米国はいつでも彼らが望むことだけをわれわれにやらせようとする。しかし、われわれにも国益がある。なぜ自分たちの国益に沿わないことをやらなければならないのか? 米国はわれわれが何を望んでいるか聞こうとしないがはっきり言っておこう。

 われわれは米国に無人機攻撃をやめて欲しい。それからCIAの民間契約スパイの活動もやめて欲しい。そして三つ目は、パキスタンの主権を尊重してほしい」

 またオバマ政権が「タリバンの勢いを削ぐことに成功した」と主張していることに対してハーン氏は、

 「若い連中がなぜタリバンに入り自爆テロをするのか分かるか? そうすれば楽園に行って美女たちとやりたい放題セックスが出来ると信じているからだ。別にイスラムとは関係ない。タリバンはうまく若者たちを洗脳してそう信じ込ませている。セックスをやりたい血気盛んな若者はいくらでもいる。だからタリバンの勢いが枯れることはない」

 と説明していた。

 またビン・ラディンに二回、タリバンの最高指導者オマル師には十二回もインタビューをしたことのあるタリバン専門家のラヒムラ・ユスフザイ氏は、タリバンの現在の勢力について次のように述べていた。

 「アフガニスタンで相当数のタリバン指揮官や戦闘員が米軍に殺されているのは事実だが、タリバン側も凄まじい勢いで人員を補充し反撃に転じている。彼らの人材供給源は無尽蔵だ。五月~七月にかけて、タリバンはカルザイ大統領の弟を含め七名以上のアフガン政府高官の暗殺に成功した。これからタリバンの反撃が激化するから戦いは泥沼化するだろう。米国が予定通りに撤退計画を進めるのは難しくなる。タリバンはパキスタン政府にとって、アフガニスタンにおける唯一の友好勢力だ。パキスタンがタリバン支援を止めることはない」

 ちょうどこのインタビューの二週間後に、アフガニスタン東部でタリバンが米軍のヘリを撃墜し、三十名近い米軍特殊部隊員を殺害した。この特殊部隊員たちが、ビン・ラディンを殺害した同じ米海軍特殊部隊シールズのメンバーだったことは、単なる偶然ではなく、オバマ大統領の勝利宣言と撤退計画の脆弱さを象徴しているものだと見るべきだろう。

 
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Unknown (Unknown)
2012-02-03 19:13:25
 現地取材が明らかにしたのは、反米感情を剥き出しにし、対米不信感を募らせるパキスタンの姿だった。彼らがタリバンに聖域を与え続ける限り、タリバンは対米テロを続け、アフガニスタンに平和や安定が訪れることもない。

 オバマ大統領はアフガンからの米軍撤退計画を明らかにしたが、実際にはテロとの戦いの終わりはまったく見えていないのが現状だった。それにもかかわらず、オバマ政権は一方的に勝利宣言をして早々にアフガンからの米軍撤退に着手してしまったわけである。これでは国内優先政策にシフトするため、無理やりに「勝利」を宣言して撤収を早めたと思われても仕方ないだろう。
大事なのは米国自身の「ネーション・ビルディング」

 「われわれが求めているゴールは達成可能なものだ。アルカイダやその同盟者がわが国や同盟国に攻撃を仕掛けるような聖域をアフガニスタンに作らせないということ、単純に言うとそれが目標だ。われわれはアフガニスタンを完璧な国にしようなどと思っていない。われわれはアフガニスタンのすべての道を取り締まり、無制限にあらゆる山をパトロールしようとしている訳でもない。それはアフガン政府の責任だ…」

 オバマ大統領はこのように述べて、アフガニスタンをテロリストの温床にさえしなければそれで目標は達成であり、アフガニスタンの国づくり(ネーション・ビルディング)は米国の仕事ではない、と強調した。まるで、「アフガンの復興にこれ以上かかわるのは米国の仕事ではない」とでも言いたげな、一種突き放した表現を、大統領は用いたのである。

 そしてオバマ演説の最後は国内問題で締めくくられている。10年に及ぶ戦争で膨大な費用をつぎ込んだこと、米経済がなかなか回復しないこと、雇用を創出しなければならないこと、米国内のインフラ整備や数々の近代化を進めていかなければならないことなどに言及した後、

 「いまこそ米国自身の国づくり(ネーション・ビルディング)に焦点をあてる時なのだ」

 と大統領は述べたのである。「ネーション・ビルディング」とは通常、戦後復興や失敗国家を支援する時に用いる言葉だが、それを敢えて米国自身に用いたのである。これは明らかに、「イラクやアフガニスタンのネーション・ビルディングはもう終わりだ。これからは、米国自身のネーション・ビルディングに資源を投入して米国自身の立て直しに充てる」、という宣言であり、大規模戦争から復興・開発に莫大な資金とエネルギーを費やしてきた過去10年の政策との決別を意味している。

 オバマ大統領の関心はもはやアフガニスタンやパキスタンのテロリストとの戦争ではなく、来年に迫る大統領選挙を見据えて、財政赤字をどう削減していくか、国内の立て直しをどのように図っていくかといった国内問題に完全にシフトしたことを印象づける言葉であった。
今後の軍事介入はリビア型

 この演説でオバマ大統領は、これからの軍事介入やテロの脅威に対する対応について次のように語っている。

 「脅威に晒された時にわれわれは軍事力で対応すべきだが、海外に大規模な部隊を派遣する必要はない。無実の人々が殺害されているような時や、地球規模の安全が脅かされている時、われわれは黙ってみているか自分たちの軍を派遣するかの二者択一を迫られるのではなく、現在リビアで実施しているように国際的な行動を呼び起こすことが出来る。われわれはリビアに一人も兵士を送っていないが、リビアの人々を守ろうとする国際行動を支えている」

 オバマ大統領は、今後は国際的な脅威があった場合に、自らの軍事力をすぐさま投入するようなことはせずに、リビア戦争に代表されるような関与の仕方をすべきだと、今後の軍事介入の方向性について述べている。

 リビア戦争において米国は最初こそ指導的な役割を果たしたものの、すぐに指揮権を北大西洋条約機構(NATO)軍に渡し、任務についても偵察や情報収集など米軍だけが提供できる役割を中心に行い、前線での戦闘任務はフランスや英国に主導してもらった。米国が単独で軍事作戦を行うのではなく、NATOのような多国籍の枠組みを使い、その一部として動くというやり方が望ましいと、オバマ大統領は明確に述べているのである。

 また自国の軍隊が脅威を受けるような場合であっても、それに対抗するために大規模な部隊を派遣するのではなく、パキスタンでビン・ラディンを殺害したような特殊作戦、無人機を使ったミサイル攻撃で対処する方が望ましい、と今後のテロへの対応の方向性も示している。

 オバマ演説で明らかになったことは、ブッシュ前政権時代から続いてきた大規模な軍隊を投入した「対テロ戦争」はもう終わりだということ。厳しい財政状況や反戦世論の高まりという国内事情から、もはやそうした大規模な部隊を他国に投入する戦争の遂行は持続不可能である。

 これからはテロの脅威に対しては、無人機や特殊部隊を使った小規模部隊で対応し、国家による脅威に対しては単独による軍事作戦は避け、多国籍の国際的な軍事行動に参加する形をとるという方針を、オバマ大統領は明確に示したのだ。目に見える大規模な軍事介入から、秘密作戦、特殊作戦など目に見えない戦争がメインになるという訳である。

 パキスタンの例を見る限り、それが成功しているとは言い難い状況だが、それでもオバマ政権はこの新方針を掲げている。今後、米国の「目に見えない戦争」は、世界の秩序崩壊をますます加速させることに繋がるのかもしれない。
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Unknown (Unknown)
2012-02-03 19:15:24
隠された戦争

この10年は、まさに「対テロ戦争の時代」だったと言って間違いないだろう。そして今、この大規模戦争の時代が「終わり」を迎えようとしている。6月22日、オバマ大統領がホワイトハウスで演説し、アフガニスタンから米軍を撤退させる計画を発表したのである。
米国は一つの時代に区切りをつける決断を下したが、イラクもアフガニスタンも安定の兆しを見せておらず、紛争とテロ、混乱と無秩序は、世界のあらゆる地域に広がっている。そして東アジアでは、中国という大国が着実に力を蓄え、米国の覇権に挑戦し始めたかに見える。
無秩序と混乱、そしてテロの脅威が拡大し、しかも新興国・中国の挑戦を受ける米国は、これから限られた資源を使ってどのような安全保障政策をとっていくのだろうか。ポスト「対テロ戦争時代」の米国の新しい戦争をレポートする。
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