宝満34次で発見された礎石建物は
出土遺物から9世紀後半から10世紀の創建とみられます。
この時期に山岳で明確に遺構が確認されている類例は
九州に於いてはまだまだ多くはないようです。
今日は古賀市の薬王寺廃寺をご紹介しましょう。
薬王寺温泉の入り口にある県が整備した河内池を見下ろす
鋤先山(標高249m)の東斜面にそれはあります。
遺跡は調査後に保護のために埋め戻されています。
斜面を削って造り出した4段ほどの段があります。
2段目の広い段の中に石を用いた14×12mの低い基壇があり、
その上に4×5間の礎石建物がありました。
基壇前面
東側礎石列
参考資料;『甍の波薬王寺廃寺と古賀の瓦業』2001古賀市立歴史資料館
出土遺物から9世紀後半から10世紀の創建とみられます。
この時期に山岳で明確に遺構が確認されている類例は
九州に於いてはまだまだ多くはないようです。
今日は古賀市の薬王寺廃寺をご紹介しましょう。
薬王寺温泉の入り口にある県が整備した河内池を見下ろす
鋤先山(標高249m)の東斜面にそれはあります。
遺跡は調査後に保護のために埋め戻されています。
斜面を削って造り出した4段ほどの段があります。
2段目の広い段の中に石を用いた14×12mの低い基壇があり、
その上に4×5間の礎石建物がありました。
基壇前面
東側礎石列
参考資料;『甍の波薬王寺廃寺と古賀の瓦業』2001古賀市立歴史資料館