かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

馬場あき子の外国詠 220 中国⑧

2023-04-05 12:16:55 | 短歌の鑑賞
2023年版  馬場あき子の旅の歌29(2010年6月実施)
    【李将軍の杏】『飛天の道』(2000年刊)175頁
     参加者:Y・I、T・K、曽我亮子、T・H、
         藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:T・H 司会とまとめ:鹿取 未放

     
220 隴西(ろうせい)の雲暗き日の李将軍物思ひ埋めし敦煌の杏

       (レポート)
 「隴西」中国甘粛省南東部。蘭州の南東約140キロメートルにある県。李将軍の物語は『史記』下巻列伝参照。彼は幾多の匈奴との戦いに出征し、武功を立てたが、晩年はあまり恵まれなかった。作者は敦煌の杏を見て、その李将軍の心中を思いやっている。物思いを埋めたとの言葉に、深い哀愁を覚える。(T・H)


       (まとめ)
 朝日新聞に掲載されたエッセー「李将軍の杏(あんず)」によると、『和漢朗詠集』に、「隴西(ろうせい)雲暗く李将軍家に在り」という詩句があるそうだ。エッセーの中で、馬場はこう書いている。「将軍が家に居るかぎり戦争はない。そんな平穏なある日、李将軍は何を思って砂漠の広がる辺土に杏を植えたのだろう。」と。
 Wikipedia等で調べると、一説には作物の乏しい貧しい民の飢餓対策として杏や桃を植えたとある。李広は勇猛な武将だったので匈奴からは「飛将軍」とあだ名され恐れられたが、必ずしも政治的には恵まれなかった。そんな李広が戦いのない日日鬱々と物思いに沈みながら植えた杏の苗。もちろん、民の飢餓を救いたい純一な思いの他にも、世に思うように入れられない暗いたぎりがあったであろうその複雑な胸中を思いやった歌である。(鹿取)
コメント
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