僕の患者さんで,もちろん詳しくは書けませんが,深刻な病態の50代の方がいます。昨日再入院されてきました。今日,ベッドサイドで今後の治療について話をしていて,ふと彼の床頭台に置いてある数枚のCDに目が留まりました。
背タイトルを見てみるとクラシック・バイオリニストの諏訪内晶子のアルバムが数枚と,ビル・エバンスの『 Exploration 』,ジョン・コルトレーンの『 Coltrane 』ではないですか。とりあえず治療の話を終えてから,
「ところで,ジャズ聴かれるんですか。」と切り出してみました。
彼はビル・エバンスが一番好きであり,リバー・サイドの4部作の中では『 Exploration 』がお気に入りであるとの事。
<僕と一緒だ>と思わず話も弾みます。
コルトレーンの『 至上の愛 』あたりからはだめだと言われる彼にすかさず反論。諏訪内晶子は日本で1,2位の腕のよさだと言う彼には半分同感。いろいろ話は尽きず,「外来患者さんが待ってま~す。」という看護師の呼びかけでやっと話を終わらすことができました。
彼はエバンスの1970年代後半の演奏は聞いていないと言われたので,「何かCD-Rに焼いて持ってきますよ。」と言って病室を出ました。
でも,何を焼いたらよいのでしょう。帰りの車の中で考え込んでしまいました。『 You Must Believe In Spring 』じゃ更に落ち込むそうだし,大好きな『 The Last Concert In Germany 』はエバンスが亡くなる直前のライブで縁起が悪いしな~。『 I Will Say Good By 』ではあまりにもストレートすぎるし。変な約束してしまったな~。
今日はこれから元気のでるエバンス末期のアルバムを捜してみるとします。
左:諏訪内晶子『 Complete Best intermezzo 』PHILIPS UCCP-1081
20分のインタビューDVD付き。だからなんだと言われそうですが,
ただただ美しいお姿が拝見できます。
右:ビル・エバンス『 Exploration 』RIVERSIDE RLP-9351
4部作の中でこれが好きだという人とはお友達になれそう。
エバンスの数多くの作品の中で,一番多く針を落とした
アルバムだと思う。 LPの写真を撮るのは面倒なので,
OJCのCDジャケットを載せましたが,やっぱり本作は
LPで聴くに限ります。CDだとBeautiful Loveの別テイクが続けて
収められていて雰囲気台無し。別テイクは最後にもってきてよ。
ある意味エバンスへの冒涜だと思いますが。彼が生きていたら
絶対こんな曲順許さないだろうな。それからOJCのロゴはうるさい。
このロゴがなければOJCはもっと売れると思っているのは
僕だけでしょうか。
Bolbitis Heudelotii
ボルビティスは,西アフリカ熱帯域に分布する水生シダです。
鋸の刃のように深い切れ込みを持つ葉は深い濃緑色で,
新芽のうちは透明感のある瑞々しい緑色です。
水温の下がるこれからの季節に最も美しい姿を見せてくれます。
でも評論家でもない僕のような人間が,音を文字に置き換える作業をこのブログでやっているわけで,感動した音を言葉に転換するのは難しいものだとあらためて実感しています。ついつい,だれだれはエバンス的で美しい音だとか,だれだれのサックスはブレッカーみたくてカッコイイとかといった陳腐な表現になってしまうのです。自分の国語力の無さを痛感しております。
可能なかぎり「超カッコイイ」とか「最高」などといった言葉は使用しないよう努力していこうと思っています。
というのも今日聴いているブラッド・メルドーの『Anything Goes』なんかは,まさに<超カッコイイ>ジャズなんですよね。ありきたりのスケールを行ったり来たりのアドリブや,ストックフレーズの使いまわしばかりしている退屈なソロばかりが横行しているジャズ界にあって,ブラッド・メルドーは常に次を期待させる数少ないミュージシャンではないでしょうか。
正直,以前はあまり好きになれないピアニストでした。全くスウィングしない,トリッキーなフレーズ。汗をかくことを嫌い部屋に籠ってピアノばかり弾いている神経質な優等生のイメージがあって,ちょっと敬遠していました。しかし,1990年代後半の『 The Art Of The Trio 』のシリーズなどを聴いて感動し,ブラッド・メルドーの不思議な魅力にはまっったのです。
ただ2002年の前作『 LARGO 』はあまり馴染めませんでした。このアルバムの中でブラッド・メルドーは,たくさんの実験的試みを行っていました。レズリースピーカー(ハモンドオルガンなどで使用する回転式のスピーカー,詳しくはこちらで)をピアノに接続してディストーションをかけたり,2オクターブ分の低域のピアノ弦に粘土(パテ)をくつけて不思議な音を出したり,また自らビブラフォンを演奏したりと,ジャズの領域から何とか抜け出そうとする気持ちが感じられました。決して空回りに終わらず,アルバムとしての完成度は高く,至高のジャズ・アルバムに仕上がっていました。でも僕としては少々やりすぎの感は否めませんでした。
ですから,昨年発売になった『Anything Goes』(録音は2002年10月)を買うのはずっと躊躇していました。ジャッケトも『 LARGO 』と同様,シュールなイメージで,内容的にも同系だったら嫌だなと思ってました。でも,買って正解です。今回はちゃんとしたジャズを演奏しています。『 The Art Of The Trio 』シリーズに近い仕上がりです。
今回は全曲,ジャズ・スタンダード,ロック,ポップスのカヴァーで,オリジナルは珍しく含まれていません。
6曲目の『 Nearness of You 』でのメルドーのバラード・プレイは彼の真骨頂で,間の取り方,タイム感,ちょっとモンク的な音使いなど,不思議な歌心は彼独特のものです。
7曲目のポール・サイモンの『 Still Crazy After All These Years 』も原曲を知っている世代には涙ものです。夜の闇に消入るような孤独感。ムショウに酒が飲みたくなるバラードです。
さて,ウイスキーでも飲みながら残りを聴きましょうか。
Brad Mehldau 『Anything Goes』2004年 Warner Bros. 9362-48117-2
Brad Mehldau (p)
Larry Grenadier (b)
Jorge Rossy (dr)
実は,この2枚とも中身のディスクが紛失しているんです。
だらしのない性格のため,聴いたディスクを無造作に
裸で放り投げているので他のCDケースに2枚重ねで入ってしまったり,
データ用CDの中にまぎれたりして,探し出すのが大変なんです。
帰宅後,CD棚から最近聴いたCDケースを一枚づつ開けて
探しているのですが,見つかりません。
もう,今日は諦めよううとしたその時,
なんと,CDケースとケースの隙間から1万円札が
顔を出してるではありませんか。それも複数枚。
取り出して数えたら5万円もありました。
やったー。
昔は,絶対にうちの奥が手をつけないCDの隙間に
へそくりを隠していたのですが,
すっかり忘れていたんですね。
何年もそのままになっていなようです。
よーし,明日はCDたくさん買ってこよう。
すっかり中身探しは忘れ,明日何を買おうか
DUのホームページを見て,物色中です。
P.S. 右のBaby Lopez Furst は<南米のビル・エバンス>と称され,NORMAから発売になってます。これ,すごくご機嫌で,最近よく聴いてました。
これが実に爽快な演奏で,メンバーは下記してあるように,豪華絢爛な顔ぶれです。『 Chick Corea Quintet Bud Powell に捧ぐ』と題した,おそらくパルテノン多摩サマー・ライブ96の映像だと思われます。バド・パウエルの楽曲を演奏しているのですが,1曲だけ<バド・パウエル>(7曲目)というチック・コリアのオリジナルがあって,フレッド・ジョンソンという男性ボーカルが歌っていました。これがすごく心地よくて,何度もリピートして聴いてしまいました。
夜になりどうしてもこのリメンバリング・バド・パウエルのツアーの元になったアルバム『 Chick Corea and Friends Remembering Bud Powell 』が欲しくなり,車を飛ばして御茶ノ水のDUに駆け込み,中古で1380円でゲットしてきました。このアルバムではフレッド・ジョンソンのボーカルはなくて,ルーニーとギャレットの2管フロントで,テーマを2人が吹き分けて演奏しています。思わず口笛を吹きながらスキップしたくなるような軽快なバップで(ほんとにしたら恐いですが),なぜか昔から知っているスタンダードのような懐かしさを持った楽曲です。
8曲目のバド・パウエルの『 I’ll Keep Loving You 』でのジョシュア・レッドマンのバラード・プレイは,素直な歌心を持って切々と歌い上げた心に沁みる名演だと思います。以前から旨いけどちょっと癖のある歌いまわしで好きになれなかったジョシュアですが,本演奏で惚れ直しました。
それにしてもチック・コリアって,ほんと引き出しをだくさんもっているんですね。まさに天才。あらためてチック・コリアの素晴らしさを再認識させられた一枚でした。
Chick Corea and Friends 『 Remembering Bud Powell 』1997年 Stretch MVCR-274
Chick Corea (p)
Roy Haynes (dr)
Kenny Garrett (as)
Christian Mcbride (b)
Joshua Redman (ts)
Wallace Roney (tp)
P.S. amazon で見たらDVDも発売になってるようです。
奥 「鶏レバーは買って来たけど,どうやって作るのよ。」
僕 「ほら,このあずきさんのブログ見て。」
と,作り方を読み上げる。
奥 「でも,ウスターソース、にんにくと言ったて,量が書いて無いじゃん。」
僕 「それは君の経験で何とか。」
奥 「だって,食べたこと無いもん。味知らないもん。」
僕 「・・・・。」
とぶつぶつ言いながら,やっと作ってくれました。
はたして味は。
これが結構おいしいですわ。にんにくの香りが程よくマッチし,とってもいい酒肴になりました。
奥はグラスとウイスキーまで僕の部屋までは運んでくれて。
奥とあずきさんに感謝多々。
いつもながら水草といってもボルビディスだけです。
この草を綺麗に育てることにしか興味がありませんので。
この草は水温が低ければ低いほど調子が良いので,
どうしても夏場はクーラーで27度に調整していてもいまひとつなんです。
そろそろ水温も下がりだしてきたので,頑張って水景創ろうかなと思っています。
仕事帰りに浅草の<がらん>に寄って1時間ほどJAZZのシャワーを浴びてきました。巨大なJBL エベレストDD5500から噴出する音の洪水は,まさにジャワーのように体に降り注ぎ,店を出た時には爽快な気分で仕事の疲れも吹っ飛んでしまいました。
今日かかっていたのは,
1. Four & More / Miles Davis ( Columbia 1964 )
2. Blue Soul / Blue Mitchell ( Riverside 1959 )
3. New Soil / Jackie Mclean ( Blue Note 1959 )
『 Four & More 』などは,鬼気迫るマイルスのトランペットに呼応するかのように,ロン・カーター,トニー・ウイリアムス,ハービー・ハンコックらも魔物に獲り付かれたかのような過激な鳥肌もののソロをかましてくれます。やっぱりこういう音は自宅では出せないからなー。<がらん>の音はとにかく大きいから好きです。今では手に入らないレコードなどほとんどないので,ジャズ喫茶にまで足を運ぶ必要はほとんどなくなりましたが,やはり大音量で聴けるという意味でジャズ喫茶の存在価値は今だにあると,がらんの音を聴くと痛感します。
で,帰宅して『 New Soil 』を今聴いているんですが,ピート・ラローカのドラムが貧弱にやせ細り,全く凄みをなくしてしまってました。ジャズ喫茶と比べるのも無意味ですが,いつかはあんなシステムで馬鹿でかい音でハード・バップを鳴らしてみたいと切望した次第です。
後に「ナチ政権下で何も知らずに働いていたようなものだ。」と非難したプレスティッジを去ったマクリーンは,1959年にアルフレッド・ライオンと契約しました。ライオンから「ジャズの範囲なら何をやってもいいよ。君に任せた。」と言われて大奮発。ブルー・ノート第一弾となったのが『 New Soil 』です(実際には『 Jackie’s Bag 』の方が録音は早いが。)。
メンバーはマクリーン,ドナルド・バード,ウォルター・デヴィスJr,ポール・チェンバース,ピート・ラローカです。A面にマクリーンのオリジナル< Hip Strut >と< Minor Apprehension >の2曲。B面にはウォルター・デヴィスJrのオリジナル3曲が配されています。<がらん>ではB面がかかってましたが,僕もやはりウォルター・デヴィスJrのオリジナルの方が好きで,B面をよく聴きます。というかB面しか聴きません。A面1曲目のマクリーンのオリジナル< Hip Strut >はブルースなんですよね。マクリーンのリーダーアルバムだから仕方ないのですが,A面1曲目はウォルター・デヴィスJrの< Greasy >を持ってきたほうが売れたのでないでしょうか。こちらで試聴してみてください。ドナルド・バードもこの日は好調だったのでしょう。いつもよりハイ・ノートの響きが綺麗で,フレーズもよく歌ってます。
ラーシュ・ヤンソンはスウェーデンの人ですが,スウェーデンのJAZZ界には以前紹介したエスビィヨン・スヴェンソン,ヤコブ・カールソン,アンダーシュ・パーションなどなど,結構優秀なミュージシャンがいますね。でも一番はやっぱりラーシュ・ヤンソンでしょうか。出してくる作品に裏切りは全くなく,いつも安心して購入できます。たぶんリピーター多いんじゃないでしょうか。
本作は昨年発売された,おそらく今のところ最新作だと思いますが,これも<ラーシュくん,よく出来ました>といいたくなる優等生ぶりを発揮してます。
実は昨日,キース・ジャレットの『 The Melody At Night, With You 』の事を書きましたが,キースを聴いていたら何となくラーシュ・ヤンソンも聴きたくなってしまったのです。キースとラーシュが似ているなんていう表現は使いたくありませんが,このアルバムには何となくキースを想起させる牧歌的な演奏(特に2曲目)が入っていて,連想ゲーム的に本作を引っ張りだして来たというわけです。でもやっぱりこうして聴いているとラーシュ・ヤンソンにしか創り得ない美しいメロディーの世界があるわけです。1番のお気に入りは7曲目の< Time to be alone >です。タイトルもいいでしょ。
よくラーシュ・ヤンソンを聴くと北欧の香りがするなんて表現する人がいますが,具体的にどんな匂いなんでしょうかね。
スウェーデンと聞いて浮かぶイメージは,
1.オーロラ
2.白夜
3.福祉国家
4.家具(イケアとかイノベーターとか)
5.フリーセックス
6.ボルボ
あたりでしょうか。
極寒の地でオーロラの乱舞を見ながら,琥珀色の液体を胃袋に流し込み,こんなジャズでも聴けたら幸せになれるんだろうな~。
ところで,フリーセックスってなんなんだろう。スウェーデンの人は公衆の面前でやっちゃたりしてるんだろうか。そんなはずなしな。不倫が認められているということ?。ポルノが無修正ということかな?。まさかセックスがただで出来るということではいだろうし。よくわかりません。
Lars Jansson 『 I am That 』2004年 IMOGENA SOLIG-0017
Lars Jansson (p)
Lars Danielsson (b)
Anders Kjellberg (dr)
池袋まで20分。駐車場待ちでまた20分。やっと店内に入ると,早速彼女は店から店へハシゴです。その足の速さは半端じゃないんです。汗かきかきベビーカーを押してついて行く40過ぎた中年。結構これって疲れるんですよね。こんなことが永遠2時間も続き,彼女が買ったものはシャツ1枚ですよ。時々泣き出す子供を抱っこしてあやしたり,よだれを拭いたりしながら2時間歩き回ってシャツ1枚。女の買い物ってよく分からん。フ~。なんかむなしい。
家に着くなり,疲れて熟睡してしまいました。目が覚めたら8時。日曜日も終わりです。昨日借りてきた「オペラ座の怪人」は明日観よーと。
それにしてもほんと疲れやすい。なにか病気なのかな。疑ってしまいます。肝機能障害(脂肪肝)は大したことないしなー。慢性的に疲れやすいですわ。40歳過ぎたらいっそう強く感じますね。
この人,キース・ジャレットも1996年に<慢性疲労症候群>という病気に罹ったようですが,この病気ってどうやって診断するんでしょうね。僕も慢性疲労症候群に罹ってしまいましたとか言って,仕事を1年ぐらい休んでみたいものです。
『 The Melody At Night, With You 』は,最近のキースのアルバムの中では比較的愛聴しているアルバムです。慢性疲労症候群のためしばらく活動停止していたキースが,1999年に復帰第一弾で発表した“スタンダード・ソロ・ピアノ”です。今までのソロとは別物です。優しく抱擁してくれるような心に沁みる演奏です。例のうなり声は全く聞こえません。これは僕にとってはいいことです。秋の夜更けに聴くとはなしに聴くには合いそうです。
以前に鈴木琢二という人が,キースの演奏中のうなり声は非音楽的で,まるで“絞め殺される寸前の猿みたいだ”と表現してましたが,それ以来うなり声を聴くたびに猿の苦しそうな顔がフラッシュバックのように目に浮かび,曲に集中できず興冷めしてしまう私です。
『 The Melody At Night, With You 』 1999年,ECM 1675
1. I Loves You Porgy
2. I Got It Bad And That Ain't Good
3. Don't Ever Leave Me
4. Someone To Watch Over Me
5. My Wild Irish Rose
6. Blame It On My Youth/Meditation
7. Something To Remember You By
8. Be My Love
9. Shenandoah
10. I'm Through With Love
P.S. 先ほどネットを見てたら載っていたのですが,「真夜中のドア」などのヒット曲を持つ1980年代に活躍した歌手,松原みきさんご存知ですか。僕はすごく好きでアルバムほとんど持ってましたが,彼女は昨年に子宮頸がんで亡くなられていたんですね。知りませんでした。ここにご冥福をお祈りします。
Enrico Pieranunzi (p)
Mark Johnson (b)
Paul Motian (dr)
本作はエンリコ・ピエラヌンツィの新作ではなく,1996年に発売され,長らく廃盤になっていた『 The Night Goes By 』のリイシュー盤です。発売元は昨年,欧州名盤復刻レーベルとしてビデオアーツ・ミュージックが立ち上げた新レーベル『 Sarah 』です。ジャッケトもこんなに美しくなって,鼻の下を伸ばしたスケベ親父達がつい手を出してしまうような仕掛けとなっております。はい。
<エバンス派の最右翼>とか,<イタリアのビル・エバンス>などと形容されることの多いピエラヌンツィですが,確かにエバンス派ではありますが,エバンスよりもずっとリリカルでノーブルなピアノ弾きではないかと感じています。そろそろ<エバンス派>なんていう陳腐な形容は止めにしたいところです。洗練された欧州リリシズムの極致といえる彼のオリジナルなどは,どう考えてもエバンスとは結びつかないでしょ。
こんなアルバムはソナス・ファベールの<ストラディヴァリ・オマージュ>なんかで,聴いてみたいな~なんて夢ですね。
既にあらゆるところで言い尽くされたロリンズの大名盤『 SAXOPHONE COLOSSUS 』なので,今更何をといった感じではありますが,11月には最後の来日があるようですし,たまにはロリンズでも聴いてみるかと埃をがぶった(本当に埃だらけで咳きこみました。)『 SAXOPHONE COLOSSUS 』を引っ張り出し,今聴きながら書いています。本作が録音された1956年という年にロリンズはなんと6枚ものリーダーアルバムを出しているんですね。その他にもモンクのセッションやブラウン=ローチ・バンドに参加したりと,ものすごく忙しい年だったようです。ジャズ界を見渡しても,1956年にはマイルスはマラソン・セッションをやったり,クリフォード・ブラウンは自動車事故であっけなく死んじゃうし,西海岸では何を思ったかチェット・ベイカーがいきなり歌いだしたりと,色々な事件があって大騒ぎの1年だったようです。
本作の内容は,へそ曲がりの僕といえどすばらいと言わざるを得ない出来です。ロリンズのソロは非の打ち所のなく,威風堂々としていて文句のつけようがないのですが,今あらためて聴いてみると,一番感心するのはアルバムのトータルとしての構成力の素晴らしさです。1曲1曲の構成はもちろん,選曲,曲順,録音技術など,どれも完璧に思われ,逆にそこがジャズ通には嫌がられる点でもあるのかもしれませんが。まさに,ジャズ科必修科目1限目の授業にふさわしい風格を持った名盤といってよいでしょう。
アルバムタイトルの“コロッサス”とは“偉人”という意味ですが,当時若干25歳の若造が自分を“サックスの偉人”などとのたまうものだから,ジャズ界の先輩方は生意気な奴だと煙たがったことでしょう。そもそも僕がどうしてもロリンズに馴染めない理由は,彼の自己顕示欲の強さが音から伝わってくる点です。他のミュージシャンをあまりいたわらない,眼中にないというか,自分のソロさえよければ良いみたいなところが滲み出ちゃうんですよね。本作にしたって,僕の大好きなフラナガンのソロが少なすぎます。ロリンズはピアノレス作品を結構出してますが,これだって,ピアノが目立つのを嫌ったからなのでしょう。音楽を終始自分の音で埋め尽くさなければ納得できないのではないでしょうか。
ということで,11月のラスト公演には行きません。でも生きているのに“ジャズ界の生きた伝説”とか言われて,アンモナイトじゃないんだから,ちょっとかわいそうだと思いませんか。マイルスもコルトレーンも早々死んじゃった今となっては,まさに“コロッサス”なジャズマンになっってしまったロリンズ翁でした。
P.S. OJCから再発になっているCDのジャケはロリンズが黒ベタのシルエットでなく,うっすら顔が見えるんですね。オリジナルはそうなんでしょうか。
1967年にブルー・ノートは東芝音楽工業(現:東芝EMI)と契約。東芝は直輸入盤という形でブルー・ノートのレコードを国内発売しました。そして1975年になり国内プレス契約が取れるとLNJ-70000/80000番台シリーズとしてBN1500/4000番台を再発し始めたのです。その際それまで未発表だった音源も日の目を見ることなりました。今日紹介するソニー・クラーク,ウイントン・ケリーの『 Immortal Session From Blue Note 』( LNJ-70079 )もその内の1枚です。A面はソニー・クラーク・トリオによる1958年5月の録音から6曲。B面はウイントン・ケリー・トリオによる1951年の録音から8曲で,ともに未発表音源です。ウイントン・ケリーについてはまた後日お話するとして,今日はソニー・クラークについてお話します。
前回,キングレコードの「ブルーノート世界初登場1800シリーズ」の『 My Conception 』(1959年)についてお話しましたが,本作も同じ時期の録音で,ちょうど1958年の『 Cool Struttin’ 』のセールス不振のため,新作を出し渋っていた時期に,ジュークボックス用の45回転盤(ドーナツ盤)として発売された音源です。ですから,厳密には未発表音源ではなく3枚のシングル( 45-1729, 1730, 1731 )として発売されたことがあります。
ジュークボックス用シングルですから,とてもポピュラーで親しみやすい楽曲が収められています。
1)I Can’t give You Anything But Love
2) I’m Just Lucky So And So
3) Black Velvet
4) Ain’t No Use
5) The Breeze And I
6) Gee Baby Ain’t I Good To You
とってもご機嫌な曲が並んでいるでしょ。全体にリラックスしたムードでブルー・ノートやタイムの『 Sonny Clark Trio 』とは明らかに力の入り具合が違います。録音当日,良い感じにヘロインが回っていたのかもしれませんね。本作はソニーのアルバムの中で一番多く聴いているアルバムだと思います。このあたりのブルー・ノート・レコードは現在でも安く手に入りますので,見つけた際は買ってみてはいかがでしょうか。
ブルー・ノートは今でこそジャズ・レーベルの代名詞のようにもてはやされていますが,1950年代にはまだ駆け出しのマイナー・レーベルで,カタログ数も少なく,しかもいつ倒産するか分からない経営的にも厳しい状態にあったのです。そこでブルー・ノートの創業者でありプロデューサーであるアルフレッド・ライオンは,録音する際ギャラの高額な有名ミュージシャンは避け,無名ミュージシャンをスカウトし,さらに短期間の間にたくさんのセッションに参加させコスト・ダウンを図ったのでした。そして大量のストック音源から少しづつ,発売のタイミングを計算しながら発売していったのでした。
日本で人気のソニー・クラークも1957年にそれまでの活動拠点であった西海岸から東海岸ニューヨークに移住し,そこでライオンの目に留まるまでは全くの無名ミュージシャンでした。当時既にかなりのジャンキーであったソニーは,ドラッグ代を稼ぐためにセッションに積極的に参加し,さらに重症のジャンキーになっていったのでした。
ですから,ソニーの作品およびサイドマンとしての参加作品はブルー・ノートにたくさんあるわけです。1957年のハンク・モブレーの『 Hank Mobley 』(BLP1568)からはじまり,カーティス・フラー,ジョニー・グリフィン,リー・モーガン,ジョン・ジェンキンスなどの作品に参加する一方,リーダー作としては,『 Dial S For Sonny 』(1957年),『 Sonny’s Crib 』(1957年),『 Sonny Clark Trio 』(1957年),『 Cool Struttin’ 』(1958年),『 Leapin’ And Lopin’ 』(1961年) の計6作品を残しています。ここでご存知とは思いますが,1958年の『 Cool Struttin’ 』から1961年の『 Leapin’ And Lopin’ 』までの3年間が空白になっています。この期間もちゃんとライオンはソニーに録音の機会を与えていました。しかし,『 Cool Struttin’ 』のセールス不振のため,さすがにライオンも次の作品を発売するのを躊躇したのでした。<いずれソニーが有名になったら発売すればいいや>と考えていたのかもしれません。そんな矢先の1963年1月13日,クラブ「ジュニアズ」の楽屋裏でヘロイン過剰摂取による心臓発作で不帰の人となったのでした。よってたくさんの未発表音源がブルー・ノートの倉庫に眠ることとなったのです。
そんな未発表音源を掘り起こし発売したのがキングレコードで,青地に白文字の幅広のタスキが印象的な「ブルーノート世界初登場1800シリーズ」(1979年)でした。今日紹介する『 My Conception 』(1959) もお蔵入りになっていた音源ですが,ソニーの急死によって発売のタイミングを逸しただけで,決して出来の悪いボツ音源ではありません。メンバーもハンク・モブレーとドナルド・バードの2管フロントにアート・ブレーキー,ポール・チェンバース,ソニー・クラークと来れば,悪いはずがありません。なんか<幻のジャズ・メッセンジャーズ>みたいで,ジャッケトのメンバーの活字を見ているだけで熱くなれるようなフォーマットです。もちろん内容もいいです。ソニー・クラークの表名盤が『 Cool Struttin’ 』やタイムの『 Sonny Clark Trio 』だとしたら,本作は裏名盤の横綱といってよいでしょう。もうこういうアルバムはだれがリーダーだとか関係ないですね。ジャズ・メッセンジャーズと思って聴いても良いし,ドナルド・バードのリーダーアルバムでもありです。タイトル曲<My Conception>はタイム盤でも演奏してますが,本作ではハンク・モブレーが吹いてます。僕はハンク・モブレーがテナーでは一番好きで,特にバラードのモブレーがたまらなく好きなので,それだけで本作を買った甲斐があったと思っています。収録曲は全曲ソニーのオリジナルで,同じオリジナル集のタイムの『 Sonny Clark Trio 』とかなり“だぶり”があります。
僕の所有しているのはLPですが,ジャッケト違いのCDが東芝EMIから数年前に再発されています。 『 My Conception 』(TOCJ-66079)
CDジャケットはモノトーンのソニーの横向き写真で,LPのなんだか安っぽいデザインより数段素敵です。キングはどうしてこんなジャッケト付けちゃったのだろうと悔やまれます。
まずは上の白黒写真を見てください。1978年に撮られたこの写真に写っているのは,ジャコとチャック・レイニーですが,二人とも親指の反り返りを自慢げにポーズを決めてます。
ベースを弾かれない方には分かりにくいかもしれませんが,ベースを弾く時には,右手親指が4弦の上に置き,左手親指はネックの後ろに置きます。このような基本フォームで長年ベースを弾いていると,両手親指は上記の二人のように反り返るわけです。
僕なんかは,20年以上弾いていても練習量が足りないために全く反り返る気配がありません。昔はよくテーブルの上に親指を押し当てて,反り返らせようと頑張ったものです。
では次に下のジャッケト写真を見てください。
これは最近発売された2枚組アルバム『 Portrait of Jaco the early years 1968 – 1978 』のジャッケトです。内容はジャコがまだマイアミにいた頃録音したデモ・テープや、プロとしての初めてのセッションや地元バンドでの演奏などの貴重な音源と,ジャコに関わるミュージシャン(ジョー・ザビヌル,ハービー・ハンコック,パット・メセニー,オセロ・モリノウ,ほか多数)のインタビューが収録されている<ジャコ・オタク>向けのアルバムです。内容はともかく,このジャッケトを見て何か気づきませんか。
もうちょっと拡大してみましょう。
お分かりですか。そうなんです。既に子供の頃からジャコの右手親指は反り返っていたのです。これを見て背筋が寒くなりました。ジャコはベースを弾くためにこの世に生まれてきた神童だったのです。
一週間前から今日の命日までジャコについて書いてきましたが,文章にすることで漠然とジャコについて考えていたことが,自分の中で整理ができたような感じがします。今回紹介できなかったアルバムについても,これからも時々紹介していきたいと思います。それではまた。